フランスでの日々はあっという間に過ぎていく。各々が勝利を勝ち取るために、一日も無駄にすることなくトレーニングを続ける。
オルフェーヴルの気合いも相当なものだった。高負荷のトレーニングを続け、周りも驚くような量をこなしている。
「おぉッ!オルフェーヴルさん記録更新ですねッッ!これは喜ばしいことですよッ!」
「くだらん。この程度で満足する余ではない。もっと負荷を高めよ」
「えぇ……今でも普通の子達の3倍くらいはやってない?やっぱオルフェちゃん凄いな~」
トゥインクル・シリーズではトレーナーすら振り回す暴君と呼ばれている彼女だが、地道な基礎トレを休んだことは一度たりともない。驕ることなく常に上を目指し進む。
そんな彼女の頭にあるのは今回の対戦相手。とりわけジェンティルドンナの存在がある。オルフェーヴルを相手に二度も敗北をもたらした相手、いつかは屈服させてやると企んでいる相手だ。
ジェンティルドンナの強さはトゥインクル・シリーズでも飛び抜けている。【神童】と呼ばれ現在では【大天才】と周りから恐れられている高村聖が育てた怪物。規格外の強さと圧倒的な知略を以てトゥインクル・シリーズを荒らしまわっている、現トゥインクル・シリーズ最強のウマ娘だ。
(彼奴の強さは二度も対戦したからこそ分かる。なにより、二度目は圧倒的不利な状況を覆した……本来であれば勝てるような状況でもなかったところから、彼奴は勝利を掴み取ったのだ)
思い出すのは二度目の対決となった宝塚記念。ジェンティルドンナはレース序盤から囲まれており、終盤まで包囲網が解けることはなかった。着差はほとんどなく、後で映像を見返しても抜けられるような場所はどこにもなかった……ジェンティルドンナの横を除いて。
(あそこで横っ飛びなど、普通は考えつかぬだろうよ。常人には理解できない発想を、あの貴婦人は軽々とやってのけた。それを実現するだけの体幹があった。恐ろしいものよ)
隣のウマ娘が失速し、前のウマ娘がペースを上げた一瞬の隙。その隙をついての横っ飛び。思わず目を見開いて驚いたほどの衝撃だった。ジェンティルドンナでなければできないだろう芸当。オルフェーヴルも素直に賞賛した。
凱旋門賞を最重要で警戒しているのはジェンティルドンナ。次点で警戒しているのは──ホッコータルマエ。ジェンティルドンナと同じチームに所属している、【ダートの魔王】だ。
ダートのウマ娘が何故凱旋門賞に?とは思わない。ミーティアのウマ娘ならばそれくらいやると不思議に思わない。そして、このホッコータルマエもかなり厄介な相手だ。
(砂の皇帝と称されるほどのレースメイク能力に加え、彼奴自身の身体能力も貴婦人に匹敵する。ダートの戦国時代を終わらせた王……か)
同じチームであるワンダーアキュートを介してその強さは伝わっている。曰く、自分の走りをさせてもらえない、言葉通りレースそのものを支配するウマ娘。こちらも油断ならない相手だ。
(朝霞めがミーティアのメンバーと併走を組んだからな。模擬レース形式でのレースで、彼奴の圧は体感した。成程、アレは並のウマ娘には耐えられまい)
気を抜けば飲まれそうになる感覚。ダートに君臨する魔王は伊達ではないと実感させられることになった。余談だが、併走の結果はサクラバクシンオーの勝利で終わっている。
ミーティアの2人は最重要で警戒しなければいけない。ただ、オルフェーヴルにはもう1人、気になっている相手がいた。それがフランスのウマ娘、ヴェニュスパーク。
(彼奴を見ていると心がざわつく……なんだ?余の何が、彼奴を警戒させる?)
強さで言えばジェンティルドンナやホッコータルマエには一段も二段も劣る相手。なのに彼女を警戒しなければならないと警鐘を鳴らす。
(確かに、本場フランスのウマ娘。しかも彼奴はあの傑物、高村の育てたウマ娘でもある。警戒しておくに越したことはない、か)
最終的に、勝利のためならば警戒すると決めた。今回の凱旋門賞を勝つためにはと油断はしない。
オルフェーヴルの目的は凱旋門賞の連覇。日本のウマ娘はまだ誰も成し遂げていない偉業に、彼女は挑もうとしている。
「余は勝つ。絶対にな」
トレーニングを続けるオルフェーヴル。彼女の気合いは、過去最高レベルに高まっていた。
◇
さて、今日のトレーニングも無事に完遂しましたわね。それにしても。
「私と張り合うタルマエさん……ふふ、面白いわ」
同じチームのライバルにしてダートの頂点に立った彼女は私と競い合うことを嫌がらないようになった。むしろ、好戦的になったと言えるでしょう。彼女の強さは私に匹敵する……えぇ、だからこそ挑みがいがあります。
それに、オルフェさんの気合いも相当なもの。凱旋門賞はとても面白い勝負になるでしょう。
「もっとも、誰が相手であっても正面からねじ伏せるのみ。私のやることは変わりませんわ」
王道の走りを以ていかなる策も粉砕する。それこそが私のレースであり強さの証明。強者として君臨「すまない、入ってもいいだろうか?」……あら、この声は。
「構いませんわ──ドゥラメンテさん」
「失礼する」
同じチームのドゥラメンテさん。彼女もまた、高みへと至るために研鑽を怠らないウマ娘。最強を証明しようとしている子。
私の部屋に入ってきたドゥラメンテさんはこっちを真っ直ぐに見ている。さて、彼女はいったい何の御用があるのかしら?私から声をかけるのではない、あくまで彼女からのアプローチを待つ。
しばらく待っていると、彼女の口から出てきたのは。
「教えて欲しい。あなたにとっての強さとは何だ?」
「……強さ、ね」
強さとは何か?という問いでした。
「知っているとは思うが、私は最強を目指している。後学のためにも、あなたにとっての最強を聞きたい。よろしいだろうか?」
さて、不安そうになっているドゥラメンテさんですが。私の答えは決まっていますわ。
「勿論構いませんわ。私の話を聞いて、貴方が何を成すか……少し興味がありますもの」
「助かる」
頭を下げる彼女。さて、強さとはなにか、ですか。
「絶対の証明、強者ならば誰もが持ちうるもの。絶対的な勝者の証……それが私にとっての力」
「絶対的な、勝者の証」
「えぇ。強者こそが大義を成す、強者だけが正義を証明できる。力こそが強さ、最強の証よ」
どんな大言壮語を並べようとも、力がなければ何も成すことはできない。素晴らしい理想を掲げようとも、実現するための力がなければ誰も見向きはしない。だからこそ、力という強さは必要条件ですわ。
「そして、力を持ったからには覚悟を決めなければなりません」
「……なにを、だ?」
「全てを背負う覚悟ですわ」
力には責任が伴う。情けも甘えもいりません、必要なのは力を証明し続けること。勝って勝って勝ち続けて、己の正義を証明する。
「一度決めたならば貫く覚悟を持ちなさい。貴方のレーススタイルを見つけたのならば、最後までそれを貫き通しなさい。強者はどのようなスタイルであっても勝利を収める……そう信じ歩みなさい」
「己を信じ、貫き通す」
「そうですわ。そのための土台は、トレーナーが整えてくださります。貴方は揺るがぬ覚悟を以て望めばいい」
私のレーススタイルはあらゆる策を真っ向から粉砕すること。それこそが私の強さを証明する手段であり、どんな状況だろうと貫く覚悟を決めています。それで敗北するようならば……私の研鑽が足りなかっただけのこと。
あぁ後、大事なことを伝えなければなりませんわ。
「そして、敗北に言い訳をしないことよ」
「……当然のことだ」
あら、分かっているようで何よりですわね。
敗者に語る言葉などない。アレが足りなかった、コレが足りなかった……そんなもの、言い訳する前に何故整えなかった?という話でしかない。敗者の言葉には誰も耳を貸さない、勝たなければ誰も興味を持ちません。言い訳を並べる暇があるならば、速やかに立ち上がり努力を重ねるべきですわ。
ドゥラメンテさんは私の言葉を反芻しています。さて、彼女がどのような最強を証明するのか。
「楽しみにしてますわ、ドゥラメンテさん。貴方が何を成すのか……私へと牙を突き立てることを、ね」
「あぁ。待っているといい。いずれは──私の最強があなたの正義を崩す」
「あら怖い。楽しみにしていますわ」
その後は普通に談笑を楽しみましたわ。アスリートの家系の視点は、とても貴重ですもの。
◇
あ~……今日のトレーニングも疲れましたぁ~。でも、頑張らないといけない。そうしないと、ジェンティルさんにもオルフェーヴルさんにも勝てないから。
(ジェンティルさんはどんな策も真っ向から粉砕してくる。今更策を弄するタイプでもない。オルフェーヴルさんは純粋に強い。総合値では一番だと思う)
後はヴェニュスパークさんもだし、警戒しなきゃいけない相手はたくさんいます。その全てを把握して、私はレースを掌握する……いつものように。
さて、また対戦相手の研究をしましょう、って考えていた矢先のこと。
「す、すいませ~ん……タルマエさんいますか?」
「あれ、キタさん?」
キタさんが私の部屋を訪ねてきました。ちょっと申し訳なさそうに。一体どうしたんだろう?
ひとまず入室を促して、飲み物を渡す。
「それで、どうかしましたか?キタさん」
「えっ、と、その」
言いにくそうにしているキタさん。少し待っていると、彼女は私のところに来た理由を話してくれた。
「タルマエさんの走る理由は、なんですか?」
「えっ?」
「そ、そのっ!タルマエさんが苫小牧を盛り上げたいから、っていうのは知ってるんです!でも、その……」
あ~……確かに言いにくいですよね。私は、一度周りが見えなくなっていたから。
「そうですね。私は一度、やらなきゃいけないって気持ちが先行し過ぎていた。その結果、周りが見えなくなって。トレーナーさんにも迷惑をかけちゃった」
「す、すいません!言いにくいことなのに……」
「全然いいですよ。もう吹っ切れてますから」
すでに過去のことだと割り切っています。だから気にしていない。
「正直な話、走る理由は今でも変わらない。苫小牧のために、地域活性化のために。私は今もアピールし続けている。それが私の原点だから」
「タルマエさん……」
ただ、キタさんには覚えておいて欲しいことがあります。キタさんはもしかしたら、私と同じ状況に陥るかもしれませんから。
「ただ、そうですね。これだけは覚えておいてくださいキタさん」
「な、なんでしょうか?」
「──1人で悩まないことです」
私はそれで痛い目を見た。結果、トレーナーさんに迷惑をかけた。だから、教えておかないといけない。
「自己嫌悪に陥ること、あると思う。どうしてみんなみたいになれないんだろう、みんなみたいにならなくちゃ。そう思っちゃうことがあると思う」
「タルマエ、さん?」
「そんな時は、落ち着いて周りを見て欲しい。私もそうだし、チームのみんなが……なによりトレーナーさんが聞いてくれる。キタさんの悩みを聞いて、一緒に考えてくれる」
1人で抱え込むことはダメなんだってことを。時には人を頼ることも大事なんだってことを、キタさんに教えないといけません。同じ轍を踏まないように。
「みんなはみんな、キタさんはキタさん。そのことを覚えておいて欲しい。自分を見失わないようにしてほしいんです」
「自分を、見失わない」
「はい。きっと辛いことや困難が待ち受けていると思いますけど、そんな時は私の言葉を思い出してください。キタさんは1人じゃない、ってことを」
……な~んて。ちょっと先輩風を吹かしちゃったでしょうか?チームの先輩はキタさんですけどね。
キタさんは、私の言葉を噛みしめている。そして、最後には明るい表情で立ち上がった。
「ありがとうございます、タルマエさん!」
「ううん、私の言葉で元気が出たなら嬉しいかな」
「はい!元気百倍です!それでは、失礼します!」
キタさんは元気よく部屋を出ていった……あの調子なら、大丈夫かな?
さて、と。
「凱旋門賞のリサーチを続けましょう。勝利を確実なものにするために」
トレーナーさんが作ってくれた資料とにらめっこ。でも、遅くならないようにしないとですね。