晴れ空広がるフランス、ロンシャンレース場。しかしバ場の状態は決して良いとはいえず、重バ場での発走となった。この時期は雨が多いため仕方ないのだが。レース本番で晴れただけでも御の字だろう。
三強+1の様相を呈している今回の凱旋門賞。地元のフランスはトリプルティアラに加えて英オークスも制した新たな新星、ヴェニュスパークを応援している。
「『頑張れよーヴェニュスパークー!』」
「『前回の雪辱をー!』」
ただ、今回のレースでは3番人気。彼女を抑えて1番人気と2番人気に輝いたのは──どちらも日本のウマ娘。
《ロンシャンレース場には晴れ空が広がります。芝2400m、世界の頂点を決める戦い凱旋門賞。1人、また1人とウマ娘達が姿を現しそして。ここで登場しました1番人気のオルフェーヴル!前回の凱旋門賞覇者、今だ数が少ない栄光である凱旋門賞連覇に向けて、舵を取ります【金色の暴君】!》
《重バ場での凱旋門賞も前回経験済みですからね。知っているのと知っていないのとでは全然違いますよ》
《そして続いて登場2番人気、こちらも日本から来ましたジェンティルドンナ!1番人気オルフェーヴルとの直接対決はことごとく制しています。全ての策を真っ向からねじ伏せる【剛毅なる貴婦人】、この重バ場でもその力をいかんなく発揮してくれるか!》
《2番人気の評価は少し不満そうですね。ただ、相手はオルフェーヴル。連覇の偉業への期待、経験値の差が出たのかもしれません》
オルフェーヴルとジェンティルドンナはそれぞれ筋肉をほぐしている。入念なストレッチを行う中、芝の状態も確認。深く沈み込むバ場に、ジェンティルドンナは少しだけ眉を顰める。
(……まぁ良いでしょう。走る分には問題ありません。ただ、スタミナをかなり持っていかれそうですわね)
支障はないと判断。オルフェーヴルもかつて経験したバ場、こちらもさほど気にしていない。
ヴェニュスパークは遠目で2人の様子を観察している。2人が纏う圧に、思わず気圧されそうになった。
(っ、他の人達と比べても、凄いです。やっぱり、あの2人こそが最上級に警戒しなければならない相手)
それでも挫けない。2人の圧に真っ向から立ち向かう。
《3番人気はヴェニュスパーク。まだクラシック級ながらその実力は高い評価を得ています。フランスのトリプルティアラの内2つ、英オークスでの大差圧勝で世代最強の称号を得ました。世代の最強から世界の最強へ、こちらも侮れないぞヴェニュスパーク!》
「『私、勝つためにここに来ました。絶対に負けませんっ!』」
これまでの先達に並ぶのではない。先達を超え、師匠であるモンジューも超え。世界で一番強いウマ娘になるために。ヴェニュスパークは気合を入れ直した。
……そして、凱旋門賞における
《4番人気は、ドバイワールドカップの覇者ホッコータルマエ!日本の、ダートのウマ娘が芝の凱旋門賞に乗り込んできました。彼女は芝でも走れるようですが?》
《えぇ。ホッコータルマエは日本のダービーを制しています。芝も走れる、というのは間違いではありません。ただ、ダービー以降芝のレースには出走していません。全くの未知数といっていいでしょう》
《ドバイワールドカップで誕生した【ダートの魔王】が芝のレースへ。ダートで頂点争いを繰り広げているウマ娘は、この凱旋門賞でどのようなレースを見せてくれるのか?別の意味で目が離せません!》
ホッコータルマエ。ダートのウマ娘が、芝の頂点を決める戦いに乗り込んできた。ファンや他の出走者は彼女のことを記念出走……などとは微塵も思っていない。
「『彼女、芝も走れるんだろう?動画でたまに芝のコース走っている光景が流れてたし』」
「『そうね。タルマエは芝も走れるしダートも走れる両刀。これで凱旋門賞まで制したら……凄い偉業ね!』」
「『ただ、今回は豪華メンバーだからな。どうなるのか楽しみだ!』」
ウマチューブの動画などを介してホッコータルマエが芝でも走れることは全員知っている。それに、彼女の戦績を紐解けばブラフでも何でもないことが分かる。
次に焦点が当たったのは、芝ではどのように走るのか?というもの。ダートではレースを支配し、ドバイワールドカップで他全員を完封した実力者。それが芝でも十全に発揮できるのかどうか?もし発揮できるのならば……。
「『みなさ~ん!苫小牧をよろしくだべさ~!』」
凱旋門賞における台風の目になる。それが、ロンシャンレース場に集った全員の共通認識だった。
ウマ娘達が準備を整え、ゲートへと収まっていく。
《ゲート入りは順調に進んでいきます。日本でも最強と名高い3人が出走してきた凱旋門賞、本場の意地を見せることができるか欧州勢。今回も栄光を掴み取るか日本勢!》
1人、また1人と入る度にレース場は静かになっていく。緊張が走り、レース前の独特の空気が流れていた。
《今、最後のウマ娘がゲートに入りました。連覇の偉業か、新星の躍進か?貴婦人がねじ伏せるか、魔王が混沌を作るか!激闘の幕が今っ》
そんな緊張を切り裂くように──ガコンッ!と、ゲートの音が鳴り響いた。ウマ娘達が一斉に駆け出す。
《上がりました!凱旋門賞が始まりました、まず飛び出すのはどのウマ娘か?熾烈な先行争い、良い位置につけたいぞ》
凱旋門賞、開幕。
◇
内でも外でもウマ娘達が入り乱れる。それぞれのベストポジションを勝ち取るため、平坦な道を駆け抜けていた。
《綺麗なスタートを切りました、先行争いを勝ち取るのは誰になるのか?オジュルデュイが果敢に行きます、しかしホッコータルマエ、日本のホッコータルマエが競りかける。ホッコータルマエは逃げるのか?》
《これすらも彼女の術中かもしれませんね。レースを支配する魔王、今回はどのような思惑があるのか?》
《ジェンティルドンナは先行争いに混ざります。オルフェーヴルは後方、ヴェニュスパークも同じ位置を選んだ。まもなく坂を迎える、先行争いは落ち着きを見せるか?いや、まだ続きます先行争い》
時には身体がぶつかりそうになりながらも続く。自分が有利になるために、相手が有利にならないように動くウマ娘達。この状況を、オジュルデュイに競りかけているホッコータルマエは確認する。
(……ペースメーカー、ですか。オジュルデュイさんと私だけ抜けた形になった)
逃げる形になったのはホッコータルマエとオジュルデュイ。他は先行争いをしつつもペースを落としている。これは、
(さて、ではここで私が取るべき択は)
ホッコータルマエはオジュルデュイに寄せに行く。彼女の闘争心を刺激するように、乱すように動く。競りかけ、時には追い抜き、それでも最内は空けて進路を進む。
ただ、相手もまた強敵。オジュルデュイは僅かに顔をしかめているものの、ホッコータルマエの動き出しにはつられない。あくまで自分の決められたペースを守っていた。
(……ま、想定内です。そうそう上手くはいきません)
ドバイワールドカップとは、状況も展開も何もかもが違う。惑わすことはできないとは薄々感づいていた。
なら、
「う、くっ!」
これはオジュルデュイにとっても想定外。こちらのペースを乱すために動くことは察していたが、彼女自らがペースメーカーになるとは思っていなかった。これもまた作戦としてつられまいとしたが、構わずペースアップをする。
《ホッコータルマエが抜け出しました。ホッコータルマエの単騎逃げになるか?オジュルデュイは控えようとしている。坂に入って先行争いはまだ続きます、真ん中につけているぞジェンティルドンナ。ジェンティルドンナを含めた5人のウマ娘の先行争い、中団以下は落ち着きを見せ始めました》
勢いで気づく。ホッコータルマエはこのままペースを握るつもりだと。
(それは、さすがにマズい!)
ホッコータルマエが作るペースに惑わされてはいけない。レースを支配する魔王がペースを握ったら、そのまま勝ち逃げを許してしまう。オジュルデュイはやむを得ずホッコータルマエへと競りかける。
「『あなたを自由にはさせない!』」
想定していたペースを逸脱して競りかけるオジュルデュイ。追いかけるのに夢中になっている。ホッコータルマエも勿論競りかける──
「では、どうぞ」
ことなく、
《オジュルデュイも競りかける。ホッコータルマエを逃がすまいとオジュルデュイも行きます。オジュルデュイとホッコータルマエ、やはりこの2人がペースメーカーになるのか?いや、ホッコータルマエここは下がります。徐々に下がるホッコータルマエ、オジュルデュイが先頭に代わって勢いよく逃げます》
「は、え?」
レース中にも関わらず戸惑うオジュルデュイ。ただ、下がったのならば好都合。逸脱したペースを元に戻す……なんてことはない。
次に待っていたのはホッコータルマエの圧。後ろから震えあがるほどのプレッシャーをかけ、逸脱したペースを戻すことを許さなかった。それだけではない。
(ちょっとでもペースを下げたら内から外から揺さぶりをかけてくる……!こ、こんなの……!)
「『逃げるしか、ないっ!』」
内から抜く素振りを見せる、外から躱す素振りを見せる。抜かせてもいいが、その先に待っているのは魔王によるレース支配。オジュルデュイにも、他のウマ娘にも等しく訪れる敗北。ホッコータルマエから感じる圧と敗北という恐怖によって、まともな判断を下せなくなってきていた。
正常な思考を奪う、まともなメンタルで走ることを許さない、揺さぶりをかけ続け、勝つために徹底する走り。オジュルデュイはすでに、魔王の罠に嵌った。
(し、かもっ。私を風除けにしてる。こっちの揺さぶりは意に介さない……!これが、Roi Démon!)
2番手でレースを進めるホッコータルマエ。良バ場のペースで展開される凱旋門賞を、先行勢を3バ身引き離しながら走っていた。
その様子を先行勢から眺めるジェンティルドンナ。思わず笑みを零す。
(やはり、恐ろしいことこの上ないですわね。私でさえも飲まれてしまいそうになりますもの、彼女のレース支配は)
同じチームのライバル。どれだけのプレッシャーかは知り尽くしている。その上でやることは──圧倒的な力による蹂躙。
(彼女が私を警戒していないはずがない。きっと、なにかの罠に嵌めてくる)
「Scheiße!『隣を走っているだけで圧が……!』」
「『どう動くつもりだ、貴婦人め!』」
今はまだ機会を窺う。ただ、その時を待つ。他の先行勢はホッコータルマエの動きに注目しつつ、ジェンティルドンナを警戒する。時折仕掛けられる揺さぶりに、スタミナを削られていた。
「さぁ、どのような小細工を弄するのかしら?」
だが、ジェンティルドンナは少ししか崩れない。額から冷や汗を流しながら、レースを進めていた。
本場のウマ娘も耐え切れない圧である。