歓声に包まれるロンシャンレース場。勝負は終わり、勝者を讃える声が響き渡っていた。
《1着から3着までクビ差ハナ差と大接戦!しかもそれが日本から来た3人の挑戦者!日本のウマ娘はここまで来たのだ、ここまでやれるのだ!熱い勝負を繰り広げてくれた、日本の彼女達に割れんばかりの拍手を!そして、彼女らの栄光を讃える喝采を!1着はジェンティルドンナ、2着ハナ差オルフェーヴル!3着はクビ差でホッコータルマエ!4着はヴェニュスパーク、ホッコータルマエから遅れること2と1/2バ身差、5着は……》
オルフェーヴルは歓声を耳にしながら、歯噛みする。
(おのれ……ハナ差、届かなかったかっ!)
彼女自身、この敗北にある程度納得している。同じ状況からのよーいドン、介入する余地のない舞台で勝敗を分けたのは……意地。ジェンティルドンナの意地が、オルフェーヴルを上回った。今回はそうなったと、オルフェーヴルは言い聞かせる。
だが、悔しさが晴れるわけではない。これでジェンティルドンナには三度負けた。王である自分が、同じ相手に三度負けたのである。到底許せることではない。
(……練り直す。余は諦めるつもりは毛頭ない)
「フン。次だ」
敗者に語る言葉はなし。ただ勝者を一瞥し、地下バ道を通って帰っていく。その足取りは敗者のものではなく、挑戦者の歩みだった。もう一度、ジェンティルドンナへと挑む。決意を固めて、オルフェーヴルは控室へと戻っていった。
膝をついて呼吸を荒げるヴェニュスパーク。今回のレースを思い出し──涙を流す。
「『勝てなかった……っ、勝てなかったッ!』」
4着。今まで負け知らずで乗り込んできた自分が、大舞台で4着。しかもそれが、明らかな実力不足からくるもの。展開に左右されたのではない、運に見放されたのでもない。ただ、実力が足りなかったからこその4着。ヴェニュスパークにとっては耐え難い現実だった。
俯いて、涙するヴェニュスパーク。しかし。
「……『師匠、言ってました。どんなことがあっても、すぐに立ち上がるべきだって』」
勝負服の袖で涙を拭い、立ち上がる。苦しくて、辛くても、それでも自分を奮い立たせて立ち上がる。下を向いている時間が一分一秒でも惜しい、彼女達に勝つために、栄光を掴み取るためには少しの時間も無駄にはできない。
「『次の戦い、もう始まってます。私は、ここで終わりじゃない。だから、次はッ!』」
先程まで泣いていた少女の姿はもうない。次の勝負に向けて、戦士の目を宿らせるフランスの女王の姿がそこにはあった。
ヴェニュスパークの様子を見て、モンジューは静かに目を瞑る。
(そうだ、ヴェニュスパーク。悔しさを忘れるな。その感情は、必ずお前を強くする)
弟子の成長を嬉しく思うモンジュー。ヴェニュスパークもまた、ウイニングライブに向けて地下バ道を通っていった。
「……『それはそれとして聖に慰めてもらいます』」
……少しばかり不安になるが、大丈夫だろう。
そして、ホッコータルマエ。彼女は下を向いているが。
(どうして、最後の最後に油断したんですか、私は)
それは悔しさからではない。負けた悔しさよりも彼女の感情を塗りつぶしているのは──自身に対する怒り。
(ジェンティルさん相手に、どうして勝ちを確信したんですか。どうして数瞬油断したんですか、私は)
最後の直線。0コンマ数秒の油断が招いた敗北が、ホッコータルマエには許せなかった。
ただ、少しずつ気分を落ち着かせていく。敗北を正しく刻み、次はどうするべきかを頭の中で組み立て、己の感情をコントロールする。やがて、ホッコータルマエは完全に落ち着いた。
(……切り替えましょう。終わったことをウダウダ言ってもしょうがないですから。結果は結果、私は敗者。受け入れるしかない)
次の挑戦へ切り替える。ターフから去ろうとした、その時。
「今回は私の勝ちですわね、タルマエさん」
「……ジェンティルさん」
ジェンティルドンナから声をかけられた。優雅な笑み、ホッコータルマエと相対する。
「ま、当然でしょうか。私は芝の頂点に立っているウマ娘ですもの」
「安い挑発ですね。なにが言いたいんですか?」
「そうねぇ、しいて言うなら」
ホッコータルマエへと指を突きつけ、宣言する。
「BCクラシック。砂の頂点も私が戴きます。現・頂点である貴方を完膚なきまでに潰して差し上げましょう」
ダートの頂点に君臨するホッコータルマエを引きずり下ろす。ジェンティルドンナはそう告げた。彼女の言葉に対し、ホッコータルマエは──観客席へと手を振る行動に出る。
「『みんな~、今日は応援ありがとうだべ~!負けちゃったけど、次はもっとけっぱって勝つからよろしくだべさ!』」
愛嬌を振りまき、ファンにお礼の言葉を口にする。いつも通りの行動を取る。ジェンティルドンナの言葉に応えることなく。
突然そんな行動を取ったホッコータルマエに怪訝な表情を浮かべるジェンティルドンナ。振り返り、ホッコータルマエの表情を窺うと。
「──今日は負けました。ジェンティルさん」
「っ」
先程の愛嬌を振りまいていた姿はもうない。競技者としてのホッコータルマエ、魔王としての彼女が、そこに立っていた。
「次はBCクラシックですね。あぁそうだ、知ってますか?ジェンティルさん」
「……なにを、かしら?」
一歩ずつジェンティルへと歩み寄り、お互いの肩がぶつかりそうなほど近づいたその時、ホッコータルマエは無表情で告げる。
「私は同じ相手に二度負けません。ゴールドシップさんも、トランセンドさんも。必ずリベンジを果たしました」
「そう」
「敗者が何を言っても無意味。だけど、敢えて言いましょう──勝つのは私です」
勝利宣言。ジェンティルドンナに黒星をつけると宣言する。変わらずの無表情、確かな自信を宿して。
心の底から昂りを感じるジェンティルドンナ。レースが終わった直後だというのに、今すぐにでも彼女と決着をつけたいと思うほどに。必死に抑えて、去り行くホッコータルマエへと視線を向ける。
「えぇ、白黒つけましょうか。私の神話が、貴方の神話を終わらせる……BCクラシックで、ね」
「……」
ホッコータルマエはなにも答えない。敗者に語る言葉はない、そう言わんばかりに去っていった。その後ろ姿に、満足感を覚える。
(次戦う時、彼女はもっと強くなる。さぁ、BCクラシックは
次のレースへと胸を高鳴らせる。アメリカの地、ウマ娘のレースの祭典──BCクラシック。ジェンティルドンナは微笑みを浮かべて、ターフを去った。
余談だが、観客席。
「聖トレーナー、聖トレーナー!あたし様は感無量だ!日本のウマ娘が、上位を独占だぞ!?こ、ここまで来れるなんてぇ……!」
「さ、佐岳さんがここまで……いえ、気持ちは分かりますけど」
「そうですよね涼花さんッッ!レースで勝って、とてもめでたいですッッ!」
「とりあえず、飲みがどうなるか決まりましたね」
佐岳メイは日本勢が上位を独占するという夢のような光景に大号泣。都留岐涼花が必死に宥めつつも困惑そして祝福、ソノンエルフィーは大きな声で賞賛の声を送り、高村聖はいつも通り今後の予定を組み立てていた。
そして、高村はボソリと呟く。
「ただ、タルマエにとっては苦しい勝負になるな。BCクラシックは、彼女にとって
「「えっ?」」
呟きに反応するドゥラメンテとキタサンブラック。真意を探ろうとしたが……生憎と高村は佐岳や都留岐と次の予定を立てていたので聞くことはできなかった。
「どういうことだろう?BCクラシックはダートなのに」
「タルマエにとって、不利?逆ではないのか?」
疑問が生まれる2人。後で聞いてみよう──そうすることにした。
◇
ウイニングライブも終わり、僕達はホテルへと戻ってきた。部屋で今後の予定を立てていると、部屋をノックされたので入室を促す。
「それで、話はなにかな?キタサン、ドゥラ」
入ってきたのはキタサンとドゥラ。2人とも一体何の用があって僕のところに来たのか。
2人は僕の疑問に答える。
「その、トレーナーさんが呟いてた言葉が聞こえて。BCクラシックでは、タルマエさんの方が不利だって」
「……あぁ、そのことか」
すぐに合点がいった。あの呟きのことか。
「タルマエはダートを主戦場にしている。対して、ジェンティルは芝だ。不利なのは逆ではないのか?」
「まぁ、普通ならそうだね」
「教えて欲しい。どうしてタルマエの方が不利なんだ?」
ドゥラの疑問。そうだね、普通に教えてもいいんだけど。
「……じゃあ、ちょっとした勉強の時間といこうか」
2人にも考えてもらおう。今後のために、ね。2人は疑問の表情を浮かべつつも、僕の言葉に素直に従う。
僕はジェンティルとタルマエのデータをタブレットに表示させる。2人は画面を覗き込んでいた。
「まず、大前提としてこれが2人の適性とかステータスだ。この情報を基に説明していくよ」
「う、うひゃ~……やっぱり凄いです」
「……どの距離、どのバ場でも問題なく戦えるようになっているな」
君達もそうだよ、とは言わずに黙っておく。ここでは関係ないからね。
「で、このデータを踏まえた上で……次は凱旋門賞と今回のBCクラシックが開催されるレース場のデータを見ていこうか」
次に表示するのはコース場のデータ。これが一番重要な要素だ。
「凱旋門賞はタフなレース。向こう正面はほぼ上り坂なのに加えてコーナーの下り坂、さらにはフォルスストレート。冷静にレースを見極めることが大事になってくる」
「でも、BCクラシックはほぼ平坦……というよりは」
「アメリカのレース場はどこもそうだ。欧州のような起伏のコースはない」
このコース情報を頭に入れた上で、最後に見せるのは……欧州とアメリカのレースのスタンス、というよりはどんな展開が多いか?というものだ。
「欧州のレースではチーム戦と呼ばれることがある。王道の先行策が好まれるし、基本的には落ち着いたレース展開、策と策がぶつかり合うことになる」
コース場のこともあってか、日本と比べてスローになりやすい傾向にある。だが、アメリカはその真逆だ。
「対してアメリカのレースは力と力のぶつかり合い。ハイペースで流れることがほとんどだ。真っ向勝負になる」
「は~……んんっ?」
なにか引っかかっているような素振りを見せるキタサン。さて、ここからが問題だ。
「ここまでの情報を踏まえた上で、タルマエとジェンティルが得意とする分野を考えてみて。キタサン達は知ってるだろう?」
「え、え~っと、え~っと」
「……」
考え込む2人。答えを見つけたのは、2人同時だった。
「「あっ!」」
「……気づいたかな?」
キタサンが手を挙げる。せっかくなので学校の先生みたいにやってみよう。
「じゃあ、キタサン。答えてみて」
「タルマエさんは、策をぶつけてレースを支配。ジェンティルさんはフィジカルでのゴリ押し!」
「そうだね。正確には王道の先行策で周りの策を潰すって感じだけど」
次に手を挙げたのはドゥラ。きっと、2人とも答えを見つけたのだろう。
「じゃあドゥラ」
「……アメリカのレースは力と力のぶつかり合い、策が介入する余地はほとんどない。つまるところ、タルマエの策は意味をなさないことになる」
言葉を並べるドゥラ。どうしてタルマエが不利なのか?その答えを口にする。
「対して、力と力のぶつかり合いはジェンティルの得意分野。2人に適性の差がないのだとしたら……天秤が傾くのはジェンティルの方だ」
「欧州のレースは、タルマエさんの策が決まりやすい。相手を罠に嵌めるの、得意ですから!」
「大分言い方がアレだけど、まあその通りだね」
タルマエはレースを支配することが得意。ジェンティルは真っ向勝負が得意。真っ向勝負が好まれるアメリカでは、ジェンティルの方が有利だ。
「タルマエは今までダートのレースを支配してきた。ただ、今回ばかりは厳しい勝負を強いられるだろうね」
「色んな策をぶつけて、スタミナを削っても」
「最終的には、ジェンティルを純粋な力勝負で超えるしかない、ということか」
そう、だからこそ、BCクラシックで不利なのはタルマエの方だ。逆に、凱旋門賞で有利だったのはタルマエの方。コース場の起伏を利用して、いくらでもスタミナを削ったりすることができた。でも、次のアメリカは策をいくらぶつけようがフィジカルでのゴリ押しが通用しかねない舞台。苦しい戦いになるだろうね。
答えを得たキタサンとドゥラ。2人は不安な表情を浮かべている。タルマエの実力を信じていないわけではない。ステータス上は互角なのは分かっている。けれど、真っ向勝負のジェンティルがどれだけ強いのかも知っている。だから不安は拭えない。
「じゃあ、タルマエさんは「心配ないよ、キタサン」えっ?」
そんなことはタルマエだって分かっている。でも、それで諦める彼女じゃない。
「タルマエだって百も承知だ。だからこそ、今も勝つ方法を模索している」
きっと部屋で研究をしているだろう。どうやってBCクラシックを勝つか、その方法を。
「それに、キタサン達も分かっているんじゃないかな?」
「……あくまで不利なだけ。それが」
「レースの勝ち負けを決めるわけじゃない、か?」
「そう。確かにタルマエにとって不利だけど、負けるわけじゃない。不利なことでも覆すことはできる、諦める理由にはならない……これは大事だから、2人ともしっかり覚えておいてね」
少しの間無言。僕の言葉を噛みしめているのか、果たして。
やがて2人は。
「「はいっ!」」
しっかりと、力強く答えた。うん、これなら大丈夫そうだ。
「2人の疑問には答えられたかな?」
「はい!ありがとうございました、トレーナーさん!」
「良い勉強だった。今後に活かす」
「うん。それじゃあ2人とも、おやすみ」
部屋を退出する2人。さて、と。
「今日の凱旋門賞のデータをまとめておくか。まだ時間に余裕はあるし」
バクシンオーが来る前に仕上げないと……!
この後超テンションが高い佐岳さんと都留岐さんとソノンエルフィーさんと朝霞トレーナーと飲む高村トレーナーの姿があったとかなかったとか。