アメリカに着いていつものようにトレーニングをやって。環境が変わったから体調には気をつけて過ごしています。風邪でも引いたらダメですからね。
「さて、と」
今はトレーニングも終わって宿泊先のホテルに着きました。お風呂とかご飯も色々と済ませて、レースの研究の準備をしておきます。私が出走するBCクラシック、準備は万全にしておきたいですから。時間は一分一秒も無駄にできません。
PCとか立ち上げたり、ファイルとかトレーナーさんのノートを取り出して準備は万端。さて、改めて情報を精査しましょう。
「アメリカで有力視されているのは……G1を7勝しているゲームパーソンと、バードシックスパック、か」
特に注目されているのはこの2人ですね。ゲームパーソンさんは単純に実績での評価。ここまでG1を7勝というのは無視できないでしょう。バードシックスパックさんは前走のオーサムアゲインステークスで初のG1勝利ですけど、数々のドラマからアメリカではかなりの人気を博しています。
欧州からもG1の勝ちウマ娘が出走。芝で走っている方ですけど、ダートでも自信があると陣営は太鼓判を押していました。ただ、優先順位は落ちるでしょう。
「……色々なウマ娘がいます。それこそファル子さんだって出走してくる。警戒をしなきゃダメなのは事実」
でも、私が一番警戒しなきゃいけないのは……やっぱりジェンティルさんだ。ダートの本場の相手よりも、ファル子さんよりも警戒しなきゃいけない相手。
ジェンティルさんはダートも走れる。同じチームの私はよく知っている。たまにダートで併走しますし。トレーナーさんも適性はA、芝と同じだって言ってた。つまりは、芝と遜色ない実力で走れるわけで。
「しかも、アメリカのコースは左回りのほぼ平坦。凱旋門賞の時みたいにスタミナを大きく削ることはほぼ不可能。それに、こっちのダートと日本のダートは明らかに違うし……」
考えれば考えるほど、私に不利な条件が重なっていますね。ロンシャンと同じ策を使っても効果は見込めない、だからといってスタミナを削る方法を模索しても、やっぱり最後は力勝負になる。ジェンティルさんが最も得意とする領域、力と力のぶつかり合い。
(最後の直線も短い。捲りも通用しにくいうえに先行有利。奇策を使う意味もない)
どうしたものでしょうか。ジェンティルさんは前でレースをしますし、封じ込めようにも難しい。加えて、たとえ封じ込めることに成功しても最後には包囲網を力ずくで突破してきます。色々なプランを立てていますけど、最終的には……真っ向勝負でジェンティルさんを倒すしかない、という結論に至る。
何度考えても同じ結論。思わず溜息を吐いてしまいます。
「……やっぱり、
そうと決まれば、明日以降のトレーニングも頑張りましょうか。気づけば就寝時間になってましたし。夢中になりすぎて数時間も経っていたみたいです。
「明日も頑張るぞ~!」
気を抜くとダメですからね。しっかりとトレーニングができる身体にしないと。
◇
アメリカでのトレーニングは順調。ジェンティルもタルマエも問題なくやれている。
ただ、タルマエのトレーニングは併走中心。それも、バクシンオーとタキオン相手にした併走だ。
「おいおいどうしたのかな?タルマエ君!」
「さらにギアを上げますよー!バクシンバクシンバクシンシーーンッッ!」
「うっ、くっ!」
それも、
さらに、この併走にはタルマエからのお願いもあった。
(本気のお2人と併走させてください、お2人も本気で走ってください、か)
バクシンオーもタキオンもドリームトロフィーで鎬を削る猛者。タルマエの実力も伯仲してきてるし、本番のレースになれば勝てるのではないか?という段階までは来ている。これはジェンティルにも同じことが言えるけどね。
「さて、ウォーミングアップも終わったことですし、私も混ぜてもらえます?」
併走をしているタルマエ達へ、ジェンティルがやってくる。3人とも、特に断る気はないようで。
「勿論、構わないよ。そろそろ我々も危うくなってきたかもしれないねぇ?」
「お2人とも、大変花丸に成長していますねッ!ですが私は背中を見せる系委員長、まだまだ負けませんともッ!」
「……構いません。むしろ、望むところです」
「あらあら……楽しみねッ」
4人での併走、こっちに来てからずっとやっているトレーニングだ。勿論U.A.F.のトレーニングもやっているけど、主目的はこっちの併走。都留岐さん達もドリンクを作ったりして協力してくれている。ありがたい限りだ。
タルマエの気合いの入りようは凄まじい。
「ハァ……ハァ……ッ!」
「ほう?」
「良いですね、タルマエさんッ!その調子ですよ!」
タキオンが笑みを深め、バクシンオーが手放しで賞賛する。鬼気迫る、思わずこちらも気圧されてしまいそうなほどに走っている。それもずっとだ。
「気合の入りようが凄いですねッ!タルマエさんの情熱を感じますよッッ!!」
「普段のレースと同じ……いえ、それ以上の気迫ですね」
「はい。おそらく、BCクラシックを見据えて、かと」
後は、凱旋門賞での敗北。すぐに切り替えたとはいえ、やはり悔しいだろう。
本領の舞台ではないのかもしれない、相手の得意分野だったかもしれない。でも、自分も同じくらい走れると知っている。最後は自分の油断で負けたことを知っている。だからこそ、二度と同じ負けをしないように自分を磨いている。そして……自分に足りないものを、必死に得ようとしている。
他人すらも飲み込むタルマエの気迫。
「素晴らしいですわねぇ……!さらに磨かれているッ!えぇ、だからこそ。潰し甲斐がありますッ!」
けど、それで気圧されるジェンティルではない。むしろこちらも燃え上がっている。タルマエが熱く、激しく燃えるほどに。ジェンティルも同じくらい燃え上がる。対抗心を剥き出しにして競い合う。
相乗効果で高め合っていく2人。
「す、凄いなぁ……バクシンオーさん達」
「……あぁ」
これは、キタサンとドゥラにも良い影響を及ぼしそうだ。
レース後は水分補給と汗を拭くタオルを忘れずに。
「どうぞ!ドリンクですッッ!」
「みなさんお疲れ様です。しっかりと身体を休めてくださいね」
都留岐さんとソノンエルフィーさんが手渡してみんな休憩。それにしても、良い効果が出ているね。
(気持ちが身体に与える影響はバカにできない。気の持ちよう1つで、コンディションは良くも悪くもなるのだから)
レースのパフォーマンスにも直結することだ。実力が伯仲して、最後の最後に気持ちの差で負けた、なんてこともありえる。前走の凱旋門賞なんかがまさにそれだろう。
タルマエ曰く、最後の最後に勝ちを確信して油断した。数瞬気を抜いた。その数瞬が、敗北に繋がった……そう語っていたね。
この併走でタルマエが得ようとしているものは何となくわかる。それが、ジェンティルに勝つための最も重要なピースだ。
(今のところ勝ちはなし。勝ち数が一番多いのは……バクシンオーか)
相変わらず、彼女は強いな。我ながら誇らしい気持ちになる。
休憩を十分取り終わった後は、また併走。また頑張ろう、と思っていたら。
「あ、タルマエちゃんのトレーナーさん!」
「どうもです、高村トレーナー」
「スマートファルコンさんに、トレーナーさん」
スマートファルコン達がこちらへとやってきた。ここに来た、ということは……十中八九そうだろう。
「お願い!今日も併走、お願いしてもいいですか?」
「あ、あたしからもお願いします!」
うん、やっぱり併走のお願いだ。こちらとしても断る理由はない、二つ返事で了承する。
「良いですよ。お互いに頑張りましょう」
「やったやったー!それじゃあタルマエちゃん達、今日もよろしくね!」
「おぉ!ファルコンさんもやりますか!それでは、共にバクシンしましょうッッ!」
模擬レース、実戦形式でのトレーニング。それぞれの成長に繋がるトレーニングになるだろう。
◇
ホッコータルマエ達のアメリカ遠征は順調に進んでいる。
「勝つためには……ジェンティルさんの位置……ファル子さんは……他のウマ娘も……」
1日1日を大事に、日々成長することを怠らない。
「99……100。これでいつものセットが終わりですわね。次は……」
本番であるアメリカレースの祭典、ブリーダーズカップに向けて調整を進める。
「良い調子だよファル子!過去一のタイムを記録してる!」
「よ~し、ファル子、頑張るぞ!」
日本のウマ娘だけではない。地元アメリカのウマ娘もまた、レースで勝つために調整を続けていた。
「凱旋門賞ウマ娘に、ドバイワールドカップの魔王。相手にとって不足はない!」
日本でもアメリカでも、世界になっても変わらないだろう。出走する彼女達の思いはただ1つ──レースで勝つ、それだけだ。
それぞれの思いを胸に……ブリーダーズカップ・クラシックは本番の日を迎える。
次回 BCクラシック。