その力は何の為に   作:カニ漁船

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BCクラシック VSジェンティルドンナ

 アメリカ、サンタアニタパークレース場。BCクラシックが開催される今日この場所はお祭り騒ぎとなっている。ブリーダーズカップはアメリカのレースで最も熱い日、全14レースからなる一大イベント。アメリカだけではなく世界中から強豪が集まるこのレースを、国民は楽しみにしている。とりわけBCクラシックはダートのチャンピオン決定戦と呼ばれるほどであり、世界最高峰の舞台だ。ダートのウマ娘達の憧れの舞台である。

 今回の出走人数は12人。そして、日本からは3人のウマ娘が出走しており、内2人は最有力候補として名を馳せている。

 1人はジェンティルドンナ。凱旋門賞を制した、名実ともに芝世界最強のウマ娘。あらゆる危機的状況を打破し、全ての策を真っ向からねじ伏せてきた貴婦人。力押しのレーススタイルはアメリカでも人気であり、芝ウマ娘でありながら今回のBCクラシックで本職のウマ娘に負けず劣らずの人気を集めている。

 

「『芝ウマ娘だろうが関係ないさ。俺達の貴婦人は凄いレースをしてくれる!』」

「『ダート初挑戦がこのBCクラシックなんてな。けど、彼女なら良いレースどころか勝っちまう、そんな気すら起こさせるんだからスゲーよ!』」

 

 凱旋門賞ウマ娘がBCクラシックを取る。史上初の偉業を成し遂げてくれるのは彼女しかいない。そんな触れ込みだった。インタビューでも変わらぬ自信を見せたジェンティルドンナに、史上初の偉業へ期待が寄せられる。

 もう1人はホッコータルマエ。ドバイワールドカップでのレースっぷりはアメリカでも注目されており、圧勝を飾った彼女は日本のウマ娘で一番の人気を誇っている。あらゆるウマ娘を封じ込め、支配する魔王。さらには前走の凱旋門賞では3着と好走、期待が高まっている。

 

「『魔王のレースが全てを封じ込める!勝つのはホッコータルマエさ!』」

「『苫小牧ってすげぇところなんだな』」

 

 余談だが、ホッコータルマエは魔王と呼ばれていることからどちらかというとヴィラン、ジェンティルドンナはヒーロー寄りの扱いを受けていた。

 この2人には劣るが、スマートファルコンも根強い人気がある。日本のダート路線で活躍し続けたハヤブサ、逃げのレーススタイルにファンは注目している。この舞台でも逃げることができるのか?日本のウマ娘は、全員注目されていた。

 そして、注目されているのはもう一つ。ジェンティルドンナとホッコータルマエ、どちらの記録が破られるか?である。

 

「『ホッコータルマエは負けた相手には次のレースで絶対に勝ってきた。だから今回は彼女が勝つ!』」

「『いやいや、ジェンティルドンナはこれまで無敗だぜ?今度も彼女が勝つに決まってる!』」

「『いや、普通にどっちの記録も破れるなんて「『うるせぇ黙ってろ!』」……はい』」

 

 ジェンティルドンナの無敗か、ホッコータルマエのリベンジか。あるいは両方か。少なくとも、ある1つの事象にならない限り必ずどちらかの記録は終わることになるだろう。期待半分、不安半分でファンは待っていた。

 

 

 そして地元アメリカ。最有力候補であるゲームパーソンを筆頭に、数々のドラマから凄まじい人気を誇るバードシックスパック、ベルモントステークスを勝利したウマ娘も出走しており、今年も豪華メンバーが揃っている。

 

「『他のウマ娘に負けんなよー!素晴らしいレースを見せてくれー!』」

「『アメリカの誇りにかけて!』」

 

 1番人気を集めているのは──実績と地元の評価であるゲームパーソン。次いでホッコータルマエが2番人気。バードシックスパック、ジェンティルドンナと続いていた。

 

 

 プログラムは順調に進んでいき、ついにメインイベント──BCクラシックを迎える。会場のボルテージは、最高潮に達しようとしていた。

 

《ついに迎えました、BCクラシックの時間です!会場の熱気は留まることを知らず、常に最高を更新し続けている!サンタアニタパークレース場だけ夏になったようだ!興奮冷めやらぬこの状況で、BCクラシックに出走するウマ娘達が続々と姿を現してきた!ダートの10ハロン、良バ場での開催!レースの発走が今から楽しみで仕方がない!》

 

 ファンに向かって手を振るゲームパーソンにバードシックスパック。お祭り騒ぎの状況で、ジェンティルドンナは俯瞰する。

 

(さて、やはり一番恐ろしいのは……彼女ですわね)

 

 チラリと視線を送る。その先にいるのは、同じチームのメンバーであるホッコータルマエ。

 

「『苫小牧は良いとこ!日本に来た時はぜひ遊びに来てほしいべさ!日本の苫小牧をよろしくね~!』」

 

 観客に愛嬌を振りまく姿はレース中の彼女と似ても似つかない。本当に同一人物か?と疑ってしまいそうになるが、これがホッコータルマエだ。

 観客へのアピールが終わったかと思えば、彼女の表情は一変する。アイドル然とした姿はすでになく、あるのは戦う者の表情。周りのウマ娘が思わず震えあがってしまいそうな圧を感じる。ジェンティルドンナが身震いするほどに。

 

(素晴らしいですわね。それでこそ、倒し甲斐があるというものです)

 

 心の中で賞賛するジェンティルドンナ。彼女を下し、芝と砂の頂点に立つ。ジェンティルドンナは誰が相手でも変わらない。強者としてレースをねじ伏せ、圧倒的な力で君臨する。ただそれのみ。

 

「面白い勝負になりそうね。えぇ、とても」

 

 手を握り、開いて。脱力するジェンティルドンナ。心身ともにリラックスしており、絶好調を維持している。これまでと同じように勝利し、ダートの頂点をホッコータルマエの手から奪う。気づけば、周りのウマ娘が竦み上がりそうな笑みを浮かべていた。

 

 

 ホッコータルマエも変わらない。先程の愛嬌は鳴りを潜め、今はただ戦場に赴く戦士の目をしている。

 

(位置取りは決まった。どう走るのかも決まった。そのために、これまで頑張ってきた)

 

 思い出すのはアメリカに来てからほぼ毎日のようにやった併走の日々。チームの先輩である2人、サクラバクシンオーとアグネスタキオンと走り続けた。己に足りないものを埋めるために、勝利を手繰り寄せるために。

 

(正直な話、五分の勝負だと思う。でも、これこそが最も確実な方法。ジェンティルさんを倒すなら、これしかない)

 

 ホッコータルマエの決意は固い。作戦を実行するために全てを注ぎ込む覚悟はできている。

 

「覚悟してくださいジェンティルさん。私は、あなたに勝ちます」

 

 ゲート入りの時間がやってきた。ホッコータルマエの枠順は4番、ジェンティルドンナは6番での出走。

 

《順調に進みます、ゲート入りの時間。この時ばかりは静まり返るサンタアニタパークレース場、先程の熱狂が嘘のような静寂だ。アメリカ期待の最強ウマ娘ゲームパーソン、このBCクラシック初勝利なるか?こちらも負けておりません日本のホッコータルマエ。凱旋門賞は3着と好走、ダートの魔王はどのようなレースを披露してくれるのか?》

《しかし、これでどちらかの記録が終わってしまうのが悲しいところだね。無敗かリベンジか、楽しみだよ!》

《ジェンティルドンナも凄い、まさに絶好調といった様子!そして今、最後のウマ娘がゲートに収まった。態勢が整って、スタートの瞬間を待ちわびている!》

 

 喧騒は静まり返り、風の音すら聞こえるレース場。世界最高のレースの祭典、ブリーダーズカップ。花形であるBCクラシックが今始まろうとしている。

 永遠にも感じる時間。水が落ちる音すら聞こえそうな空気を切り裂いて──ガシャンッ!と、ゲートの開く音が響いた。同時に、ウマ娘達が一斉に駆け出す。

 

《っ、スタートしました!ダート10ハロンの激闘BCクラシックが開幕しました!揃って綺麗なスタートを切る、最初に飛び出すのはどのウマ娘か?飛び出したのは、ゲームパーソン!9番ゲートから勢いよく飛び出すゲームパーソン、そして内の1番からスマートファルコン逃げるのには絶好の枠順だスマートファルコンも飛び出そうとしている!》

 

 BCクラシックが幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 最初に飛び出したのはアメリカのゲームパーソン、そして日本のスマートファルコンだ。内からスマートファルコンが、外からゲームパーソンがハナを取るために上がって行く。

 

《最内から上がって行くスマートファルコン、外から上がるゲームパーソン2人が逃げるか?いや、2人だけではない。ダディーズブーツとパラディンソードも上がる。熾烈なハナの取り合い、しかし有利なのはスマートファルコン最内を活かして上がって行きます。先行争いも過激だ、お互いの身体がぶつかりそうなほどに密着しているぞ》

 

 4人のウマ娘がハナを主張するように動く。ホッコータルマエとジェンティルドンナは、先行争いを繰り広げていた。逃げることもできるホッコータルマエだが、今回選んだのは先行の位置。ジェンティルドンナと同じ位置取りだ。

 

 

 ホッコータルマエの位置に一瞬怪訝な表情を浮かべるジェンティルドンナ。罠に嵌めるのかと思ったが、その様子もない。同じように熾烈な先行争いを繰り広げている。

 

(……油断は禁物。何時、どこで罠に嵌めるのか油断できませんもの)

 

 ホッコータルマエの強みをよく知り、経験したからこそ最大限警戒する。どんな罠にも対応できるようにしていた。

 

《第1コーナーめがけて進むウマ娘達。まだまだ続く熾烈な位置取り争い、だがハナを取るか?有利な位置を取れるのか楽しみだ!》

 

 全員が想像していた通り、速いペースで進む。序盤ということを加味してもかなりのハイペースだ。譲るわけにはいかない、ハナを取らせるわけにはいかない、自分よりも良い位置につかせないという思いがあるかもしれないが……一番はウマ娘としての本能だろう。

 隣が競り合うのだから競り合う、ペースを上げるのだから負けじとペースを上げる。闘争本能を抑えることなく、純粋な力勝負を展開する。ただそれだけの、シンプルなものだ。負けないために走っている。

 

 

 まもなく第1コーナーを迎えるが、ハナの取り合いは続いている。

 

《まもなく第1コーナー。スマートファルコンとゲームパーソンがまだ競り合う、まだ競り合う!ダディーズブーツとパラディンソードも負けていないぞ、ハナの取り合いは続いている。先行勢は1バ身遅れて様子を見る形、日本のホッコータルマエとジェンティルドンナはこの位置だ》

《ホッコータルマエは先行の位置だね。逃げには加わらないようだ。何の意図があるのか、注目だ》

《先行の位置でも油断はできない。魔王のレースメイクはどこでも通用するぞ。先行勢を引き連れてホッコータルマエとジェンティルドンナ、逃げウマ娘4人を見る形で第1コーナーへ!》

 

 スマートファルコンに焦りはない。むしろ冷静に走れている。

 

(でも、どこかで一息はつきたいかも!このペースだとさすがに自滅しちゃうから!)

 

 ゲームパーソン達も同じとはいえ、どこかで息をつかなければその先に待っているのは失速からの自滅。それだけは避けたいところだ。最内のベストポジションを駆け抜けるスマートファルコン、逃げ勝負の天秤は彼女に傾いているだろう。

 そんな前を走るウマ娘達の状況を、俯瞰するホッコータルマエ。見事なコーナリングで最内をキープし、近くを走るジェンティルドンナを見る。

 

(……おあつらえ向き、ですね)

 

 ジェンティルドンナは展開に振り回されることなくレースをしている。ホッコータルマエと同じように。

 

(このコーナーで仕掛けるのは得策ではありません。が、仕掛けは施しておきましょう)

 

 他の先行勢へと目をつける。BCクラシック序盤は、やはりというかハイペースの様相を呈していた。

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