全部を出し尽くした。自分が出せるものを全部絞り出して、最後は意地だけで走っていた。凱旋門賞の私にはなかったもの、ジェンティルさんに勝つための、最後のピース。アメリカでバクシンオーさん達と併走することで、どうにかモノにすることができた。いえ、正確には解放することができた。
《ホッコータルマエが駆け抜けた!意地を貫き通したのはホッコータルマエ!クビ差の激戦を制して、ジェンティルドンナを下した!ダート最強の座は譲れない、譲らない!ジェンティルドンナの無敗神話を崩して、ダートの頂点に君臨したのは日本のホッコータルマエだぁぁぁ!!》
《アメェェェイジィィング!素晴らしいレースだったよ!力で全てをねじ伏せる、そんなレースだった!》
《そして!これでホッコータルマエは史上初の偉業を成し遂げた!そう、ドバイワールドカップとBCクラシックの同一年制覇というとんでもない偉業だぁぁぁ!誰も成し遂げたことがない、前人未踏の領域!まさにダート最強の座に君臨しましたぁぁぁ!》
最後まで勝ちたいという思いで走り抜けること。策を使うのではなく、純粋に勝ちたいという思いだけで走ること。最後の一瞬まで油断することなく、しっかりと駆け抜けることができた。その代償に、脚が凄く震えていますけど。
「あ、あはは……や、やったべ~……っ」
震えながら、どうにか拳を突き上げる。多分だけど、今の私は凄くカッコ悪い。でも、ファンのみんなは……拍手で迎えてくれる。
「『良いレースだったぞぉぉぉ!』」
「『痺れる戦いだったわ!またアメリカに来てね~!』」
「すっげぇ、あの貴婦人に勝つなんて!すげぇよホッコータルマエー!」
温かい声援に心地よい拍手の音。うん、悪くない。
震える脚でどうにか立っている状態。そんな私のところに、ジェンティルさんがやってきた。
「随分と、お疲れのようね」
いや、不敵に笑ってますけどジェンティルさん。あなたも限界ですよね?いつもと変わらないように見えますけど、私には分かりますよ。本当は立っているのだって限界、それを意地だけで支えている。私と、何も変わらない。
気丈に振舞うジェンティルさん。いつもと変わらない、堂々としていて、自分の力に自信を持っていて……本当に、強い人。
「えぇ、まぁ、はい。怖い怖い貴婦人さんがいましたので。私も全部を出し尽くさないと勝てませんでした」
「あらあら、恐ろしい魔王様が言えたことかしら?なにもしなくても恐怖させる魔王様?」
止めてくださいよソレ!商品展開は許してますけど、本当はあまり気に入ってないんですからね!?
「ですが、えぇ。おめでとうと言っておきましょうか」
「……ありがとうございます」
「精々玉座を磨いておいてくださいな。私が座るその日まで」
この状況で挑発ですか。いずれ私の座も戴きに来ると。ま、これもジェンティルさんらしいというか。
でも、譲りません。
「どうぞ、何度でも挑んできてください。私が、何度でも返り討ちにしますので」
「……ふふ、うふふ!えぇ、勿論挑ませてもらいますわ。これでも私、少々しつこくてよ」
笑いながら去っていくジェンティルさん。本当に変わらないなぁ、あの人。
嘆息して、改めて観客席を見る。目に入ったのは──トレーナーさんの姿。
(……私が、勝利を届けたかった人)
いつも私達のために一生懸命で、どんな時でも私達を見捨てずに手を尽くしてくれて。私達と一緒に突き進んでくれる、凄い人。こっちに全幅の信頼を置いてくれて、私達の願いを叶えてくれる……優しい人。
トレーナーさんは、複雑そうな表情をしています。私が勝って嬉しいのと、ジェンティルさんが負けて悔しい表情。気持ちは分かりますよ、どうすればいいのか、同じ立場になったら私も分からなくなると思います。
なら、私がやるべきことは。
「勝ちました、トレーナーさん!」
精一杯の笑顔で、勝利を報告すること。
トレーナーさんは一瞬呆けた後、優しく微笑んで。
「うん、おめでとうタルマエ」
私の勝利を、祝福してくれました。
ウィナーズサークルでのインタビューを終えて、控室に戻った後。
「お疲れ様だね、タルマエ。おめでとう」
「はい、ありがとうございます」
いや、それにしても。本当にキツかった。やっぱり、ジェンティルさんが最大の強敵でした。
「どんな策を使っても、最後には力で押し通るしかない。ジェンティルさんの得意な土俵で戦うしかない……凱旋門賞で身に沁みて分かってましたから」
「そうだね。ジェンティルはどんな策を弄してもあまり効き目がない。力での勝負に持ち込むことができるからね」
本当にそうですよ。だからこそ対策に四苦八苦しましたし。
会話はそれだけ。私とトレーナーさんの間に生まれる無言の時間。き、気まずい……!およそ勝った後とは思えないほどに気まずいです!
(な、なんて言えばいいんだろう?考えろ、考えろ私!)
この状況を打破する起死回生の一手を!え~っと、え~っと!
「……ひとまず、後はライブに向けて「と、トレーナーさんッッ!」うわ、ビックリした。どうしたの?」
や、ヤバい。大きな声が出ちゃいました。でも、今はそれよりも!
「トレーナーさん、今回のレース……ドキドキしてくれましたか!?」
「……えぇと?」
「熱い勝負を、私達の熱を、しっかりと感じ取ることができましたか?私の頑張り、見てくれましたか?」
自分でも何を言っているのか分からない。トレーナーさんも呆けている。な、何言っちゃってるんだろう……!
けど、トレーナーさんはすぐに優しい顔をしてくれて。
「──うん、しっかりと見ていたよ。凄く熱くて、ドキドキするようなレースだった」
「……あっ」
「思わず手に汗握る、っていうのかな?気づけば手を強く握ってた。とても熱い、記憶に残るような、応援したくなるようなレースだった」
最後に、一言。
「頑張ったね、タルマエ。本当におめでとう」
そう言ってくれて。思わず私も。
「──はい!ありがとうございます!」
笑顔で、応えていました。
◇
……これが、私の初敗北ですか。
最内を取れなかったこと、外を走るロスがあったこと、色々と要因はあるでしょうが……そんなものはくだらぬ些事。結局のところ、私の敗因はただ1つ。
「私の研鑽が足りなかった。全てをねじ伏せるには力が足りなかった。それに尽きますわ」
「まぁ、君はそう言うだろうね」
トレーナーもしっかりと理解しているようね。私の敗因を。
敗者に語る言葉はない、言い訳など並べる権利などない。今回の敗北をしっかりと刻み、次の戦いでは勝つために手を尽くす。そのためにも、私自身の研鑽が必要ね。
「次回のレースに向けて、またメニューの調整を頼みましたわよトレーナー。次こそは私が勝てるように尽くしなさい」
「勿論、頑張らせてもらうよ」
きっとタルマエさんにも同じことをするんでしょうけど。ですが私の前で言わないのは好印象ね。
それにしても、面白いですわねぇ……!
(私が力で負けた。確かに悔しいことです。ですがそれ以上に!)
「まだ超えるべき相手がいる……!私の力でねじ伏せられない相手がいる!レースは本当に素晴らしいですわ!」
「いつも通りだね。まぁ負けたからって落ち込むような君でもないけど」
当然ですわ!むしろ燃え上がるというものです!タルマエさんに力で負けた。ならば今度は、私が力で下さなければなりません。それこそが強者としての矜持であり、私が成すべきこと。まぁ、次はどこで戦うのかは予想ができませんが。その辺りはトレーナーが上手くやってくれるでしょう。芝であってもダートであっても、次は私が勝つ。それだけですもの。
さて、次のレースはどうしましょうか。ジャパンカップ……は、さすがに厳しいとして。有馬記念は悪くないと思いますが「そう、だね。ジェンティル」っ?
「どうかしまして?」
「……うん、なんて言えばいいのか、上手くまとまらないけど」
バツが悪そうにしているトレーナーの表情。必死に言葉を絞り出そうとして、考えているようね。一体どうしたのかしら。
「お疲れ様。本当に、お疲れ様」
「……ぷっ!」
な、何を言うのかと思えば、たったそれだけの言葉を言うのに迷っていたのかしら?
「うふふふ!」
「……気の利いた言葉が思い浮かばなくて」
申し訳なさそうにして、可愛い人。でも、そうね。
「気の利いた言葉はいりません。私は敗者、貴方はただ発破をかければそれでよろしい」
「……だよね」
ですが、えぇ。悪くない気分ですわ。本当に、彼の言葉は陳腐なものでも温かく感じる。ありふれた誉め言葉でも嬉しくなる。きっと、そこに嘘も何もない、混じりけのない純度100%の言葉だから、でしょうね。どうしてそんなことが分かるのか?彼は私達に誠実にぶつかってきた。どんな時でも正直に対応してきました。信じるには十分な根拠です。
気づけばライブの時間が迫ってきていますわね。
「さて、それではライブの準備をしますわ」
「うん、ライブもしっかりと見ているよ」
センター以外のポジションは初めてですが、問題はありません。完璧にこなしてみせましょう……いえ、普通に考えて癪ですわね。まぁ構いません。次からはまた、私がセンターになるのですから。
BCクラシックでもたらされた初めての敗北。けれど、へこたれる暇など私にはありません。次こそは彼女に勝つ、ダートの頂点を私の手中に収める……ならば、次は。
(ドバイワールドカップもいいかもしれませんわね)
覚悟なさい?ホッコータルマエさん。去り際も言いましたが……私は少々しつこくてよ。今度こそ貴方を屈服させる、私の力で勝利を掴み取る。貴方の懐にあるダート最強の座を、私の手に収めましょう。
「うふふ、楽しみね」
年末にはU.A.F.も控えています。我々ミーティアのウマ娘は今回競技に参加しませんが、実況・解説として出演することになっています。後は……これはまだいいですわね。
なんにせよ楽しみですわ。レースも、U.A.F.も……ね。
◇
ライブも終わって、ホテルに帰ってきた。今日のレースは……凄かったな。うん、凄かった。
凱旋門賞はジェンティルが、BCクラシックはタルマエが勝った。これで1勝1敗、か。
(ジェンティルはまた戦うだろうな。タルマエは、微妙なところだ)
でも、タルマエもまたジェンティルとは競い合いたいと思っているかもしれない。知らないけど。
色々と思い出して、胸が熱くなってくる。あぁ、本当に凄かった。凄いレースだった。これまでも素晴らしいレースはたくさんあったけど、今回のBCクラシックはベスト3ぐらいに入るかもしれない。
(……ここまで影響されるなんてね)
思わず笑みがこぼれる。日本にいる虎太郎にまた新聞を頼もう。向こうでも記事になるだろうし。
こっちの新聞を買っておかないとな。スクラップブックの作成には欠かせない。あぁネットの記事も漁らないと。やるべきことがたくさんで、やりたいことが多すぎて。本当に、本当に楽しいな。
さて、まずはネットの記事から「バクシンバクシーーン!トレーナーさんッ!就寝の時間ですよッッ!!」あ、うん。
「ば、バクシンオー。こ、これだけはやらせてほしい。お願いだから」
「い~えダ……やや?これはBCクラシックの記事ですね?」
PCの画面を覗き込むバクシンオー。こ、これはいけるか?
「そ、そうなんだ。せめて目についたこの記事だけはプリントアウトしたいんだ。お願いだ」
「ふ~~~む……」
顎に手をやり考えるバクシンオー。やがて──手で大きな丸を作った。
「許可しましょうッッ!私が監視しますッ!」
よ、よしっ!許された!早速プリントアウトしよう!
こうしてバクシンオーの監視の下、記事をプリントしていく。たまにバクシンオーが興味深そうにしたり、手伝ったりもしてくれた。この時間も、うん。悪くないね。
「日本に帰ったらU.A.F.ですね!委員長は実況と解説も模範的。しっかりとこなしますとも!」
「頑張ってね。僕も実況席にいるから」
「はい!共にエルフィーさんを応援しましょうッ!」
その後は指定の時間までバクシンオーと一緒に作業をしていた。U.A.F.もいよいよ第1回大会が開催される。どんな結果を迎えるのか……ドキドキだ。