時は少し遡り、慧音の元に竜之助を預かるという知らせが来る日の前日の夜のこと。
「さて、それじゃあもう帰ろうか」
「ええ、そうね」
鷺ノ守由美と琢磨は、人里にある定食屋を出て、自宅に向かおうとした。
「ふー、食べた食べた。ちょっと食べ過ぎちゃったかな?」
「ふふっ、仮にそれであなたが太っても、ちゃんと栄養取ってくれた方が私は嬉しいわ」
「由美のほうこそ、あんまり食費を削るとか言って、食べないようにはしないんだぞ?」
「ええ。わかってるわ。……赤ちゃんが出来れば、もっとしっかりと栄養管理したのだけど……」
「……仕方が無いさ。それを悔やんでも仕方ない。確かに子供ができないのは残念だけど……俺は由美が居てくれればそれでいい」
「……琢磨……」
そう照れ臭そうに言いながら琢磨は顔をそらし、由美はその様子を可笑しそうに笑っていた。
「あら、なら子供が……息子さんが欲しいですか?」
突如としてどこからか声が聞こえてきた。
「な、だ、誰だ⁉︎」
「ふふっ、ここですわ。ここ」
そう声がしたと思ったら、目の前の空間が突如裂け、中から目玉が大量に空間が現れた。
「ひっ……」
「なにも怖がることはない……とはあまり言えませんね。初めまして。お二方。八雲紫と申しますわ」
その空間の中から、妖怪の賢者、八雲紫が顔を出した。
「な……よ、妖怪……‼︎」
「そんなに警戒しないでくださいな。なにも取って食おうというわけではないのです。ただ、先ほどの話に興味を持ったので参上した次第ですわ」
紫は扇子を広げ、口元を隠しながらそう言った。
「話って、子供ができないって話……?」
「ええ。その通りです。お子さんが欲しいというお話です」
「確かにそう言っていたけど……なんなのですか、それが……」
「差し上げましょう。若い男性の子供を」
「……は? 差し上げるって、一体なにを……」
琢磨がそう言った瞬間、霊夢の時と同じように琢磨と由美の後ろの空間が裂け、頭にスキマを開けて、中をいじるように手が蠢いた。
「「あぁああぁああああっ‼︎‼︎」
二人は抵抗することもできず、その場に気絶した。
「ふぅ、これでひとまず……」
「その人間をどうするつもりなのかしら?」
そこに、今まで隠れて様子を見ていた人影、八意永琳が顔を出した。
「あら、約束通りに来てくれるなんてね。あんまり期待して無かったのだけど」
「妖怪の賢者様直々に頼み事があると呼び出されたら、応じないと後が怖いわ」
「あら、そう」
二人はくすくすと笑い合うように、しかし、お互い信用してはいないという目で相手のことを見つめた。
「それで、その人間を使ってなにをする気なのかしら。まぁ、私は面倒ごとさえ起こしてくれなければそれでいいけど」
「とある理由で、半妖の子供を引き取ってくれる親が必要なのよ。まぁ、誰でもよかったんだけど、たまたまこの二人がそんな話をしていたから、決めてあげたの」
「……なんだかあなたらしくないわね。妖怪と人間の理想郷を作る。それがあなたの目的と聞いていたのだけど?」
「ええ。確かにそのつもりよ。これはそのための下準備……必要なことなのよ」
「……その二人の記憶を弄っていたみたいだけど、なんの記憶を弄っていたのかしら」
「その半妖に関する記憶よ。朝になったら人里に行き、上白沢慧音の元に向かう。そしてその半妖の子供を引き取ることを告げ、子供を引き取る。そして……その半妖を殺したいほど憎ませる記憶を与えたわ」
「殺したいほど憎ませる……それで、なに? 引き取らせておいて、勝手に殺させるつもり? 穏やかじゃないわね」
「今はこれしか手がないのよ。妖怪が手を出すと、もしかするとマズイことが起こる可能性がある。だから人間にやらせるのよ」
「それなら、あの博麗の巫女にでもやらせたら? 信頼できないそこらの人間にやらせるよりはいいと思うけど」
「それはダメ。あの子にこれ以上、あの半妖の子供と関わらせるわけにはいかないわ。あの子の知らないところで、始末するのがいいのよ」
「……じゃあ、最後に一つ質問させてもらうわ。あなたほどの妖怪がそこまで危険視する、その半妖の子供。いったい何者なの?」
「……名前は芥河竜之助。今はまだそれしか言うことはないわ」
「あら、それならこれからあなたが私に頼むことを聞いてあげないわよ?」
永琳はニコニコと笑顔で答えた。
「……全く、呼び出したりするんじゃ無かったわね。わかったわ。あなたは口が硬いだろうし……他言無用よ?」
「もちろんよ。それで、その半妖、竜之助とかいう子供はいったいなんなの?」
「それは--------」
八雲紫はゆっくりと口を開き、
「……ちょっと待って。それ、本気で言ってるの?」
「ええ。本当のことよ」
「……なるほどね。だからあなたはその子を殺したいと……」
「わかってくれたかしら?」
「ええ。わかったわ。それなら協力するしかないわね。私はなにをすればいいのかしら」
「私は少ししたら、霊夢の記憶の竜之助に関する記憶を消しに行くわ。その時に、多分だけど、記憶を戻すということで、魔理沙辺りがそっちに行くと思うわ。だからあなたには、神社に行って、記憶は戻すことはできないと断言して欲しいの」
「なるほどね。わかったわ。その役目、引き受けましょう」
「頼んだわよ。八意永琳」
そう言うと、紫は琢磨と由美をスキマに落とし、消えていった。
「……やれやれ、面倒なことには関わりたく無かったけど、こればっかりは仕方が無いわね」
永琳はため息をつきながら、静かに永遠亭に帰って行った。
はい、というわけで、三十一.五話終了いたしました。途中までは紫の予定通りということでしたが、霊夢の記憶を取り戻すということだけが予定外ということでしたね。そして、永琳さえも驚く竜之助の秘密。これはいったいどのようなものなのか。その辺りも含めて、良かったら次回もゆっくりしていってください♪