透き通る世界を照らす銀魂(ぎんのたましい)   作:時代に遅れている

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今回話はあまり銀時らしくないかもされませんご了承ください。
ではどうぞ

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プロローグ
第一訓万事屋続くよどこまでも!


ある日の朝

万事屋銀ちゃんの暖簾が風に揺れ、軋む音が小さく鳴った。

 

扉がガラリと開くと、いつものように気怠げな表情で坂田銀時が現れる。

鼻をほじりながら、靴を脱ぐのすら面倒そうに、だらりとした足取りで室内へと入った。

 

「バァァァァァ、飲みすぎた〜やべぇよコレ、絶対に酔った。二日酔いになる感じだよコレェェェ」

 

愚痴をこぼしながらいつもの座椅子に腰を落とす。だが、その視界にふと、見慣れないものが映り込んだ。

 

机の上。

そこには一通の手紙が、まるで誰かがそっと置いていったかのように、整然と鎮座していた。

 

「……ん?」

 

銀時は眉をひそめ、無造作にその封筒を手に取った。

開封し、雑に折られた便箋を広げる。

 

「犬の散歩から地球平和を守るまで何でもやってくれる万事屋の店長、坂田銀時さん。

突然ですが、あなたに学園都市キヴォトスを救ってほしいのです。

後ほど詳しいお話をさせていただきます。

——連邦生徒会長より」

「キヴォ……? キヴォトス? なんだそれ、ウルトラマンの必殺技か何かか?」

 

銀時は目を細め、手紙を裏返した。

すると、そこにも何かが書かれていた。

 

「……我々は望む、七つの嘆きを。

……我々は覚えている、ジェリコの古則を。」

その言葉を読み上げた瞬間だった。

 

バチィィィッ!!

 

手紙から放たれた謎の光が、銀時の身体を呑み込んだ。

彼は言葉を発する間もなく、空間ごと捻じ曲げられていく——。

 

章一:無人列車と血塗れの招待状

 

「……っく、眩し……」

 

視界が徐々に戻ると、銀時はいつの間にか、古びた列車の座席に座っていた。

車両内は誰もおらず、かすかに揺れる振動と、鉄と油の匂いだけが満ちていた。

 

「ここは……電車か? さっきの手紙の裏のやつを読んだからか?」

 

困惑と不安が混じった声を漏らしながら、彼は立ち上がる。

窓の外は深い闇に包まれていて、景色は何一つ見えなかった。

 

そのときだった。

 

「坂田さん、どこですか?」

 

少女のような、しかしどこか儚げな女性の声が車内に響いた。

 

「……っ!?」

 

銀時は背筋を凍らせ、ゆっくりと振り返る。

だが、車両には自分以外、誰もいない。

 

「お、おれ以外にも人が……いや、まさか、幽霊じゃねえよな?」

 

怯えた表情を隠せず、足がすくむ。

幽霊というワードが頭をよぎるたび、肝っ玉が縮み上がるのがわかる。

 

「怖ぇぇぇ……トイレ行きたくても行けねぇ……」

 

震えながら、どうにか恐怖をごまかそうと、銀時は突然、音程を外しながら歌い始めた。

 

「♪あんなこといいな、できたらいいな〜♪ あんな夢こんな夢い〜っぱいあるけど〜♪」

 

だが、その歌声に——

 

「ふふっ……坂田さん、噂通り面白い方ですね」

 

再び、声が返ってきた。

 

銀時はビクッと肩を震わせ、恐る恐る振り向いた。

すると、そこに……一人の女性が立っていた。

 

長い黒髪に、儚げな表情。

しかし、何より目を引いたのは、彼女の腹部から流れる大量の血だった。

 

「お、おい、大丈夫か……!?」

 

彼は咄嗟に駆け寄ろうとする。が——

 

「気にしないでください」

 

彼女はゆっくりと手を上げて、制止の合図を送った。

その手は震えていて、それでも凛とした気配を失わない。

 

「坂田さん、まずは話を聞いてほしいのです。私は……連邦生徒会長です」

 

声はかすれていたが、その瞳には確かな意志が宿っていた。

 

「突然の手紙で、あなたをここに呼び出してしまい申し訳ありません。でも、これからあなたに助けていただきたいのです……」

 

「学園都市キヴォトスには、数々の問題が山積していて、このままでは崩壊の危機に瀕しています」

 

「私はその選択を誤り、こうして命を失いかけています……」

 

銀時はその言葉を静かに、しかし確かに聞き届けた。

 

「どうか……この都市を救ってください。坂田さんなら……」

 

一瞬、彼は言葉に詰まった。

だが次の瞬間、目を細め、静かに口を開いた。

 

「おい、あんたが命をかけて守ろうとした都市なら、俺が守ってやる。だからーー」

 

「安心して眠りな」

 

彼の言葉が届いたその瞬間、再び謎の光が銀時を包み込んだ。

 

その光は、先ほどよりも柔らかく、まるで誰かの祈りのように——。

 

——遠くで誰かの声がした。

 

「……い。……先生、起きてください。先生!」

 

淡く響くその声は、まるで夢の奥から届いた鐘の音のようで。

 

「……あ?」

 

銀時はうっすらと目を開けた。視界がぼやけ、最初はまるで霧の中にいるようだった。

じわじわと現実が押し寄せ、ようやく世界の輪郭が浮かび上がる。

 

目の前には、一人の少女が立っていた。

透き通るような白い肌に、漆黒の長髪。

澄んだ青い瞳は氷の湖のように静かで、見る者を射抜くほどの気品があった。

だが、何よりも異質だったのは——その頭上に**輝く「輪」**だった。

 

天使。

そう呼ぶ以外に形容がなかった。

その神聖な光を放つ輪は、まるで天上の存在の証明のように、ふわりと浮かんでいた。

 

銀時は頭を押さえながら、むくりと上半身を起こす。

まだ少しだけ鈍く頭が痛むが、構わず少女へと目を向けた。

 

「アレ? ここどこ? 天国? 俺、やっと成仏できたの? 悪いけど、プリンの食い残しまだあるんだけど」

 

彼の冗談に、少女は一度目を伏せ、わずかに肩を揺らしてため息をつく。

 

「……少々待っていてください、と言いましたのに。お疲れだったみたいですね。なかなか起きないほど熟睡されて、その上ご冗談まで。夢でも見られていたようですね」

 

凛とした口調。

けれど、どこか呆れたような優しさがその声には混じっていた。

 

「ちゃんと目を覚まして、集中してください。もう一度、改めて今の状況をお伝えします。私は七神(ななかみ)リン。学園都市『キヴォトス』の連邦生徒会に所属する幹部です。そして、あなた——坂田銀時先生は、おそらく私たちがここに呼び出した“先生”……のようですが」

 

「のようですが、ってなんだよ。呼び出した割にはフワッとしてんなオイ。つか、先生って……俺、教壇に立つタイプじゃねぇぞ。どっちかというと立たされる側だぞ?」

 

銀時は寝癖を直しながら、立ち上がりつつブツブツとぼやいた。

その様子は、異世界に来たというより、二日酔い明けの朝みたいだった。

 

「……あぁ、推測系でお話ししたのは。私も先生がここに来た“正確な経緯”までは把握していないからです」

 

「おいおい、異世界に召喚しておいて『詳しくは知らん』って何だよ。お前らガバガバか?」

 

「それに……先生って言ったよな? ていうかここ異世界だよな? 銀さん異世界転生ってやつか? じゃああれか! チート能力にハーレム生活、毎晩宴会コースってやつ? もうあんなとこに戻らなくてもいい…か……も」

 

リンは無言で銀時を見つめた。

無言の視線がじわじわと圧力を増し、銀時は徐々に口を閉じた。

 

「……混乱されてますよね。悪ふざけをするほどに。わかります。こんな状況になってしまったこと、遺憾に思います」

 

少女は冷静に、しかし誠実な声音で言葉を紡いだ。

 

「でも、今はとりあえず、私についてきてください。どうしても——先生にやっていただかなくてはならないことがあります」

 

「なんだよ……また厄介ごとかよ。最近、静かに暮らしてたのになぁ」

 

銀時はぼやきつつも、どこか慣れたようにため息をついた。

この手のトラブルに巻き込まれることは、もう慣れっこだった。いや、もはや生き様そのものだった。

 

「……で、その“やっていただかなくてはならないこと”ってのは?」

 

リンは一瞬考えるように目を伏せた後、淡々と答えた。

 

「——学園都市の命運をかけた大事なこと……ということに、しておきましょう」

 

そう言うと、少女はくるりと踵を返し、無言で歩き始めた。

その背中には威厳と神秘が宿っていて、銀時も思わず黙ってついていくしかなかった。

 

二人は無言のまま、やがてエレベーターの前に立つ。

リンは振り返らず、ただ静かに「待っている者」のように佇んでいた。

 

「チン。」

 

静かに響いたエレベーターの音とともに、床がわずかに震える。

ガラス張りの壁の向こうには、ゆっくりと流れる風景が現れ始めた。

 

まるで近未来の都市を模したような景観。

空高く突き出す塔の数々に、宙を舞う輸送艇、曲線と光で構築された建築物の群れ。

そのどれもが、銀時の知る江戸の情緒からはまるでかけ離れた景色だった。

 

「おいおい……マジでここ、江戸じゃねぇぞ」

 

銀時は目を細めながら、エレベーターのガラスに額をつけて景色を眺めた。

高層ビルが雲を突き、空を泳ぐ巨大ディスプレイが街の情報を無言で語っている。

 

「つーかこれ、俺たちの知る地球ですらねぇよな……」

 

銀時の脳内で、スッとある記憶がよみがえる。

 

「……ということは……やっぱこれアレか? 銀さん、召喚された感じじゃね?」

 

言いながら、自分の手をじっと見つめる。

 

「どっかに契約を結んだマスターがいて、異界から呼ばれた英霊的な……」

 

ハッと気づく。

 

「アレ? 俺、それだと死んでね? てことは銀さん今、生死の狭間にいる的な? 成仏コース?」

 

そんな一人芝居に、隣のリンがスッと視線を投げた。

 

「……何の会話をされているのかはよくわかりませんが、少なくとも、英霊にはなれないと思います」

 

「んだと!? テメェ、銀さんナメんじゃねぇぞ! 銀さんだってな、英霊の座に登録されるくらいの実績はあるからな。いや、あるかもしんねぇし、ある予定だし、むしろ今、審査中だし!!」

 

しかし——それはそれで面倒な未来では? と、ほんの一瞬だけ銀時の表情が曇る。

 

リンはそのやり取りに何も返さず、ただ一言、静かに告げた。

 

「改めて——ようこそ、キヴォトスへ、先生」

 

その一言が、異世界に来たという実感をようやく銀時の胸に刻み込んだ。

 

「キヴォトスは、数千の学園が集まってできた巨大な学園都市です」

 

「おいおい……数千って、それも学園だけで? 先生どころか校長でも手に負えねーよ。いや、少子化どうした。どっから湧いて出てんだ、そんな学生」

 

「? 少子化……? それは何の病気ですか?」

 

「違ぇーよ! っていうか……それ、今んとこ笑えねぇやつだから!」

 

その軽口すら軽く流すように、リンは続けた。

 

「とにかく、このキヴォトスが——これから先生が働く場所になります」

 

「……は?」

 

思わず銀時の表情が引きつる。

先ほどから“先生”と呼ばれ続けてはいたが、まさかこの街全体で働くなどとは思ってもみなかった。

 

「いやいやいやいや、待て待て。今の流れ的に、俺がこの学園都市全体の先生ってことになるよな? 一つの学校じゃなくて、“数千校の総担任”じゃねぇかそれ」

 

「……それは、また後でゆっくり説明します」

 

「オイィィィィィ! 後ってなんだよ!? 銀さん、今すぐ知りたい系男子だから! 知らせろ今! 明かせ今ァァ!」

 

しかし、そんな銀時の必死な訴えにも、リンはあくまで冷静に首を振る。

 

「まず、先生にやっていただきたいことがあります。急を要するのです」

 

「は〜〜い出た、説明後回しパターン! 物語の序盤にありがちなやつ〜!」

 

それでも、少女の瞳は真っ直ぐだった。

飾り気のない真摯な視線に、銀時はついに観念する。

 

「チンッ」

 

エレベーターが目的の階に到着したことを告げる。

扉が音もなく左右に開き、リンは何も言わずにその向こうへと足を進める。

 

銀時は小さくため息を吐き、ポケットに手を突っ込んでつぶやいた。

 

「……結局また巻き込まれてんじゃねーかよ、俺……」

 

けれどその背に、どこか覚悟のようなものが宿っていた。

 

——こういう展開には、慣れっこだからこそ。

 

その喧噪の中、真っ先に反応したのは、長く伸びたツインテールが特徴的な、引き締まった太ももを露わにした少女だった。

眉間に皺を寄せながら、目を吊り上げ、リンを見つけた途端に声を張り上げる。

 

「ちょっと待って! 代行! 見つけた、待ってたわよ! 連邦生徒会長を呼んできて!」

 

雷のような怒号が、場にいた全員の視線を一気に引き寄せる。

その勢いに銀時も思わず眉をひそめたが、少女の目はすぐさま隣にいる彼に向けられた。

 

「……うん? 隣の大人の方は?」

 

その問いに、銀時は一瞬だけ目をそらしながら、どう言い繕うか考える。

しかしその間にも、他の少女たちが次々に近づいてきた。

 

その中でもひときわ目を引いたのは、黒の軍服を思わせる制服を着た、しっとりとした黒髪の少女。

凛とした立ち姿、そして——背中から広がる漆黒の翼。

 

「おぉ……こいつぁまた……天人の親戚筋か何かか?」

 

銀時が心の中でぽつりとつぶやく。

 

天界絡みには慣れているはずの彼でさえ、どこか目を奪われてしまう存在感があった。

 

その後ろから姿を現したのは、冷たい光をたたえた眼鏡越しにこちらを見据える、風紀委員と書かれた腕章を巻いた少女だった。

 

「連邦生徒会長に会いに来ました。風紀委員長が、今の状況について納得のいく回答を要求されています」

 

冷静かつ正確な口調。だが、そこに込められた圧はひしひしと伝わってくる。

 

さらに驚くべきはその外見以上に、彼女たちが持っている装備だった。

 

——サブマシンガン。ライフル。ショットガン。そしてハンドガン。

 

少女たちはそれぞれ、まるで日常品のように銃器を携えていた。

 

「……ガキどもが物騒なもん普通にぶら下げてんじゃねぇか……」

 

銀時は鼻をほじりながら、だが心の中では全力で警戒音を鳴らしていた。

 

リンはそんな中、明らかにめんどくさそうな溜息をつきながら前に出る。

 

「……あぁ、面倒な人たちに捕まってしまいましたね」

 

そして口を開いた瞬間、口調が変わる。

 

「こんにちは、各学園からわざわざお越しいただいた生徒会、風紀委員会、その他時間を持て余している皆さま。こんな……ええ、大変お暇そうな皆さまがここを訪れた理由は、もちろん存じ上げております」

 

銀時、心の中で叫ぶ。

 

(やべぇよ、今絶対、笑顔で毒吐いたよ!? 絶対に喧嘩売ってるよ!? この場を爆発させにきてるよ!?)

 

鼻くそをつまんだ指先に軽く息を吹きかけ、それを適当に弾く。

あらぬ方向へと飛ばしてから、銀時は心の中で「知らんぷり、知らんぷり」と念仏のように唱えた。

 

リンはそれでも冷静を装い、視線を少女たちに向けて続ける。

 

「はぁ……。今、学園都市に起きている混乱の責任を問いたい——ということでしょう?」

 

待ってましたと言わんばかりに、怒りが爆発する。

 

「そこまで分かってるなら、なんとかしなさいよ!」

先ほど怒鳴った太ももツインテ少女が再び詰め寄る。

「連邦生徒会なんでしょ!? 幾千もの学園自治区が、今まさに混乱に陥ってるのよ! この前なんか、うちの学校の風力発電所がシャットダウンしたんだから!」

 

「連邦矯正局で停学中だった生徒の一部が脱走したという情報もあります」

——背中に黒翼を持つ少女が、低く静かな声で告げる。

 

「不良たちの登校襲撃も急増しています。治安の維持が困難です」

風紀委員長の眼鏡が冷たく光る。

 

「戦車やヘリの不法流通も、2000%増加です!」

数字のインパクトに、思わず銀時の目が丸くなる。

 

(いやちょっと待て……今、サラッと“戦車”と“ヘリ”って言ったよな!? てか2000%って、倍々どころの話じゃねぇし!いやそれよりやっぱ、戦車!? ヘリ!? とかの話だよ。なにその近未来バトルフィールド!? ここ本当に学園都市!? 俺、完全に場違いなんじゃ……)

 

少女たちの告発は止まらない。

 

「こんな状況で連邦生徒会長は何してるの!? 何週間も姿を見せてないって、どういうことよ!」

 

怒号と不満、そして不安が渦巻く中、銀時は一人、徐々に冷や汗を浮かべていた。

 

(いや、これヤバイって……普通に銃とか戦車とか出てくるの、ヤバイって……俺、どんなとこに来ちまったんだよ!?)

 

(いやいやいや、落ち着け俺。まだ話は全部聞いてない。きっと聞き間違い、あるある……うん、たぶん……)

 

そうやって必死に自己暗示をかけていると、次第に場の空気が銀時に向かい始める。

 

少女たちの視線が、銀時へと集まる。

 

沈黙。そして——

 

「……ちょっと待って。そういえば、この大人たちは一体どなた? どうしてここにいるの?」

 

青髪の少女が、鋭い視線を銀時に向けて問いかける。

 

それに続くように、白髪のロングヘアの少女が困惑気味に言葉を漏らす。

 

「えっと……その方、誰なんですか? さっきから気になって仕方ないんですけど……」

 

「ちょうどいいので、このまま説明させてもらいます。連邦生徒会長は今、席におりません。正直に言いますと、行方不明になりました」

 

その一言は、部屋の空気を一変させた。凍りついたような静寂が走り、少女たちの間に緊張が伝播していく。

 

「……え!?」 「……!!」 「やはり、あの噂が……」

 

顔を見合わせ、次々に声をあげる少女たち。さざ波のように、不安が広がっていく。

 

「結論から言うと『サンクトゥムタワー』の最終管理者がいなくなったため、今の連邦生徒会は行政制御権を失った状態です。認証を迂回できる方法を探していましたが……先ほどまで、そのような方法は見つかっていませんでした」

 

「それでは、今は方法があるということですか、首席行政官?」

 

黒髪の少女が慎重に問いかけると、リンは静かに頷き、次に視線を銀時へと移す。

 

「それが、皆さんが疑問を持った大人の人。この先生こそが、フィクサーになってくれるはずです」

 

一瞬にして、全員の視線が銀時に集中する。驚きと疑念と好奇心が渦を巻く。

 

「……マジかよ。俺、説明聞いてなかったんだけど。急にラスボスみたいな立場にされてね?」

 

「先生……ですか」 「キヴォトスではないところから来た方のようですが……先生だったのですね」

 

「はい。こちらの銀時先生は、これからキヴォトスの先生として働く方であり、連邦生徒会長が特別に指名した人物です。」

 

「行方不明になった連邦生徒会長が指名……? ますますこんがらがってきたじゃないの……」

 

少女が困惑の色を濃くしながら頭を押さえる。流れからして、次にくるのは自己紹介だ。

 

銀時は鼻をかきながら、やる気のなさそうな声で口を開く。

 

「どうも、坂田銀時でーす。なんかよくわからんけど、今日から『先生』? をやるらしい。ちなみに、糖分摂らないと死ぬ呪いにかかってるんで、よろしく。糖分王に俺はなる!」

 

 

「こ、こんにちは、先生。私はミレニアムサイエンススクールの……い、いや、挨拶なんて今はどうでもよくて……!」

 

「おいおい、こっちは頭下げて名乗ったんだぜ? なのにそっちは挨拶スルーって、どんだけ失礼なガキなんだよ。礼儀ってもんをだな――」

 

「が、ガキって……!」

 

一瞬で火がついたかのように、先ほど自己紹介をしかけた少女が睨みつけてくる。

 

「私は早瀬ユウカです! 覚えておいてくださいね、先生! あと、礼節がなってなかったのは謝りますが、ガキ扱いはやめてください!」

 

「ガキってのはな、自分がガキって自覚のないヤツのことを言うんだよ。まぁ、覚えたぞ、太も……ユウカね」

 

「いま、太ももって言いかけたましたよね!? ねぇ、絶対言おうとしましたよね!!」

 

「……先生は元々、連邦生徒会長が立ち上げた、ある部活の担当顧問として、こちらに来ることになりました。連邦捜査部『シャーレ』。単なる部活ではなく、一種の超法規的機関。連邦組織のため、キヴォトスに存在する全ての学園の生徒たちを、制限なく加入させることすらも可能で、各学園の自治区で、制約なしに戦闘活動を行うことも可能です」

 

「そして、なぜこれだけの権限を持つ機関を、連邦生徒会長が作ったのかはわかりませんが……。シャーレの部室はここから約30㎞離れた外郭地区にあります。今はほとんど何もない建物ですが、連邦生徒会長の命令で、そこの地下に『とある物』を持ち込んでいます。先生を、そこにお連れしなければなりません」

 

リンはそう言うと、スマートフォンを取り出し、番号をタップする。

 

「モモカ、シャーレの部室に直行するヘリが必要なんだけど……」

 

『シャーレの部室? ……あぁ、外郭地区の? そこ、今大騒ぎだけど?』

 

思いがけない返答に、リンの眉がぴくりと動く。

 

「大騒ぎ……?」

 

『矯正局を脱出した停学中の生徒が騒ぎを起こしたの。そこは今戦場になってるよ』

 

「……うん?」

 

『連邦生徒会に恨みを抱いて、地域の不良たちを先頭に、周りを焼け野原にしてるみたいなの。巡航戦車までどっかから手に入れてきたみたいだよ? それで、どうやら連邦生徒会所有のシャーレの建物を占拠しようとしてるらしいの。まるでそこに何か大事なものでもあるみたいな動きだけど?』

 

電話の向こうのモモカが軽い調子で喋り続ける中、リンの表情が徐々に曇り、そして―――影を落とす。

 

銀時の背筋に、薄氷を踏むような冷気が走った。

 

(あ、ヤベェ。これ、笑ってるけど笑ってないヤツだ。お妙さんとか神楽がブチギレてる時のアレだ。完全にアウトだわ、俺)

 

『まぁ、でも、もうとっくに滅茶苦茶な場所なんだから、別に大したことな……あっ! 先輩、お昼ごはんのデリバリーが来たから、また連絡するね!』

 

あっさりと電話を切るモモカ。リンはこめかみに青筋を浮かべながら、携帯をそっと下ろした。震える肩。だがその震えは怒りによるものだと、誰の目にも明らかだった。

 

「……だ、大丈夫です。……少々問題が発生しましたが、大したことではありません。」

 

リンはにこやかな微笑を浮かべて返答するが、その瞳にはまったく笑みが宿っていない。銀時は思わず一歩引く。

 

(やっべぇ、あれ絶対ブチギレてるじゃん。今ボケたら命はないな……)

 

ふと、リンの視線がユウカたちに向く。まっすぐ、射抜くような視線だった。

 

「?」 「な、なに? どうして私たちを見つめてるの?」

 

ユウカが不安げに問いかけると、リンは静かに、しかし底の見えない笑顔で言った。

 

「ちょうどここに各学園を代表する、立派で暇そうな方々がいるので、私は心強いです」

 

「……えっ?」

 

「キヴォトスの正常化のために、暇を持て余した皆さんの力が今、切実に必要です。行きましょう。先生も」

 

「お、おう……」

 

リンの言葉に、銀時は従う以外の選択肢を本能的に捨てていた。逆らえば死――そんな予感すら抱かせる圧に、思わず背筋を伸ばす。

 

そんな二人の後ろ姿を見て、ユウカたちも黙って見ているわけにはいかず、慌てて声をあげる。

 

「ちょ、ちょっと待って! 行くって、どこに行くのよ!?」

 

ユウカの叫びを皮切りに、他の生徒たちも慌てて銀時たちのあとを追いかけていった。

 

 

ドカァァァァン!!

 

乾いた爆発音が街の空気を切り裂くように響き渡る。空は煤けた煙に染まり、ビルの窓が衝撃波で砕け散る。もはやここは学園都市などではない―――戦場と化していた。

 

銀時の心の声『……嘘でしょ〜!?マジで爆弾飛び交ってんじゃん!なんなんだよこの物騒っぷり!絶対間違えてるだろこの設定!誰だよ学園都市にしようって言い出したのyos◯er!!』

 

燃え盛る瓦礫の中を、少女たちの怒号と銃声が飛び交う。ユウカはサブマシンガンを携え、細い指で引き金を絞りながらも叫んでいた。

 

「なんで私たちが不良たちと戦わなきゃいけないのよっ!!」

 

弾丸の雨の中、冷静に状況を分析する声が返る。

 

「サンクトゥムタワーの制御権を取り戻すためには、あの部室の奪還が必要ですから……」

 

「それは聞いたけどぉ!? 私これでも生徒会の役員よ!? それなりのポジションなのに、なんで私が前線で銃撃戦なんて!!」

 

不満と恐怖が入り混じった声が、炎の轟きにかき消される。

 

「おい! 余所見してんじゃねぇ!!」

 

叱責の声とともに、銀時の表情が強張る。が、それは一瞬遅かった。

 

銃声が響き、ユウカの体が弾けるように仰け反る。

 

「おい、大丈夫か!?」

 

銀時は瓦礫の陰から素早く身を乗り出し、ユウカの元に駆け寄る。撃たれたはずの少女の周囲に、血の気配はない。匂いもない。違和感が銀時の背中をぞわりと這い上がる。

 

「いったぁ……! あいつ等、違法JHP弾使ってるじゃない!!」

 

「伏せてください、ユウカ。それに、ホローポイント弾は違法指定されていません」

 

「うちの学校ではこれから違法になるの! 傷跡が残るでしょ!? 女の子にとっては死活問題よ!!」

 

反論するユウカの声を、羽のように広がる黒い翼をもつハスミが静かに聞いている。その冷静さと、この非常事態のギャップがどこか異様だ。

 

一方、銀時は――

 

「それにしても先生心配してくれてありがーー」

 

「よかった〜無事みたいだな。ったく見た目通り丈夫な奴だな〜おい」

 

「あの太ももも私ですけど……そっちが本体じゃなくてこっち!こっちが本体なんですけど!?」

 

「なぁんだ。ということはコレはモデルガンの撃ち合いだったわけね。なるほどなるほどそれなら学園都市でも納得できるわ」

 

「先生!?」

 

銀時はまるで散歩でもするかのような足取りで、爆煙の向こう、敵陣の方へ歩を進めていく。弾丸が彼の周囲をかすめ飛び、瓦礫が砕け散る中――

 

「……何だ? あの男?」

 

「てか、それよくできたモデルガンだな……ちょっとおじさんにも見せー」

 

ドドドドド!!

 

「うおおおおお!? ちょっ!? は? ま、マジの銃じゃねーか!?

なんつーもん持ってんだこのガキ!てか、いきなりぶっ放してんじゃねーぞ!

吉原で金づる扱いされてるおっさんより早漏れじゃねーか!

そっちがその気ならジャンプ(こっち)だって黙ってねぇからな!!」

 

「なにやってるんですか!!」

 

「何ってお前らの方が何してんだよ。あんなマジもんの銃なんかで撃ち合いして!」

 

「え? あ、そういえば……キヴォトスの外の世界の人は、銃弾一発でも致命傷になるんでしたっけ。先生、私たちは銃弾を受けても、よほどのことがない限りは致命傷にはなりません」

 

その一言に、銀時は目を見開く。 自分たちの世界では、天人ですら銃で命を落とすことがある。 だが、彼女たちは―――それすらも、軽々と超越していた。

 

「なるほど、ってことはだーー」

 

「そう、先生は大人しく物陰に隠れてーー」

 

「俺が前に出て、殴りに行っても問題ねぇってことだな」

 

銃声が風を裂く。火薬の匂いが煙と共に漂い、コンクリートの地面には数多の弾痕。戦場と化した学園都市の一角で、銀時はひょいと物陰から顔を出した。砲火の合間を見計らい、白い煙草のような息を吐きながら呟く。

 

「パッと見た感じ、まぁ……この程度ならイケんじゃね?」

 

彼の視線の先では、ユウカたち即席の連携チームが押され気味の戦線を必死に支えている。誰もが己の判断で動いており、秩序も指揮もない。

 

そんな中、守月スズミ――銀時を「先生」と呼ぶ白髪の少女が、蒼白な表情で彼を見つめる。

 

「先生、まさか……前に出る気ですか? あなたたちは私たちと違って、銃弾を受ければ……!」

 

「心配すんなって。こう見えても、修羅場は何度もくぐってきてっから。ま、ガキを殴るのは気が引けるけどよ……教師として、教育はちゃんとやんなきゃな?」

 

その瞬間、風が変わった。

 

爆風の余韻が一拍遅れて静まるのを見極め、銀時は跳ねるように物陰から飛び出した。腰から引き抜いたのは、名前とは裏腹に年季の入った木刀――「洞爺湖」と刻まれたそれを手に、弾丸の雨の中を突き進む。

 

「バカだ、あいつ、木刀一本で!?」 「撃て! 撃てェェェ!」

 

怒号と銃声が交錯する中、銀時は弾丸を身体をひねって回避し、あるいは木刀で正確に弾き返す。銃弾がまるで紙飛行機のように舞い、地面に吸い込まれていく。

 

「うおおおおおおおっ!!」

 

その雄叫びと共に、不良たちの懐へ踏み込む。跳躍し、空中で身をひねると、先頭にいた敵の顔面に豪快な蹴りを叩き込む。吹き飛んだ相手を追うように、地に着地すると同時に左右に木刀を薙ぎ払う。鋭く、重く、まるで剣戟の音すら響きそうな一閃が銃を握る手を打ち砕き、敵を地に伏せさせる。

 

「なんで木刀で銃が斬れるんだよ!?」 「やばいって、マジで鬼がいるぞ!」

 

悲鳴と混乱の渦中、ユウカたちは呆然とその光景を見守っていた。

 

「せ、先生って……あんな人だったんですか?」 「身体能力……私たちと遜色ないどころか、もしかするとそれ以上かも」 「ツルギにも匹敵するレベルかもしれませんね……」

 

銀時の暴れっぷりによって、前線は見る間に瓦解していく。不良たちは武器を放り投げ、逃げ出す者も続出した。

 

銀時はそのまま戦線を切り裂くように進み、シャーレの入り口付近にいた不良を木刀で殴り飛ばす。地面に崩れ落ちた相手を一瞥すると、肩に木刀を担ぎながら戦車へと向かう。

 

――次の瞬間、ドォン!と地を揺らす爆発音。

 

「……ったく、どこまで物騒なんだよこの学園は」

 

木刀を軽く握り直した銀時が跳躍し、戦車の前に着地すると同時に、背後で轟音が響いた。振り返らずとも分かる。戦車が、真っ二つに割れていた。

 

「戦車を……真っ二つに……!?」 「ま、マジで勝てるわけねぇ……」

 

不良たちは恐慌状態に陥り、蜘蛛の子を散らすように逃げ去る。

 

「……はぁい、終了」

 

銀時が木刀を鞘に戻しながら、軽く手を上げて言う。

 

「はぁい、終了じゃありません! 先生、何してるんですか!? 一歩間違えれば死んでましたよ!?」 「大丈夫大丈夫。アレぐらいじゃやられねーから」

 

ユウカが詰め寄るが、その言葉が途切れる前に――

 

ゴゴゴゴ……

 

鈍く、低い地鳴りが鳴る。瓦礫を乗り越え、バリケードを破壊しながら、新たな戦車が姿を現した。

 

「巡航戦車です! クルセイダー1型……私の学園の制式戦車と同型……!」 「不法に流通されたものね。PMC経由で不良に渡ったのかも」 「ってことは……壊していいってことだな?」 「えぇ、その通り……って先生!? 何する気ですか!?」 「戦車だろうが、先手必勝ってやつだ。行くぞ、てめぇらぁ!」

 

ユウカ、ハスミ、チナツ、スズミの誰もが目を見開く。まさかまた突っ込むとは、誰も想像していなかった。

 

銃弾の嵐が銀時を迎える。しかし彼は止まらない。躍動する筋肉と木刀の冴えが、風を裂きながら進む。

 

「先生、危ない! 援護します!」

 

ハスミが構えた重火器が、戦車の砲身を正確に撃ち抜いた。銃身がぶれる。その一瞬――

 

「おせぇよ!」

 

銀時の叫びと共に、彼の姿が宙に浮く。戦車の砲身に飛び乗り、木刀を突き刺すと同時に砲身を貫いた。

 

『こ、壊れた!? 砲身が……!』 「先生、まさかそれ、木刀でやったんですか……!?」

 

スズミの問いに、他の少女たちは無言で首を横に振る。

 

砲身を貫かれた巡航戦車は、まるで心臓を失った巨獣のように、その場で動きを止める。銀時は静かに砲身から飛び降りると、肩に木刀を担ぎ、まるで何事もなかったかのように仲間の方へと歩いていった。

 

その後ろで、戦車が**パキィン……**と金属音を響かせながら真っ二つに割れ、地に崩れ落ちる。爆発はしなかったが、もはやその姿は鉄くず同然だった。

 

「せ、先生……。木刀で、戦車を……砲身を……」

 

呆然と呟いたのはチナツだ。彼女は目を瞬かせ、銀時の手にある木刀を見つめる。そこには一筋の傷もなく、まるでそれが伝説の霊刀であるかのような錯覚を抱かせた。

 

「やっぱ、ありえない……」

ユウカは額に手をあてて項垂れる。

「計算がどうとか、物理がどうとか……そういう次元じゃない……」

 

「アニメや漫画じゃないんですよ!? リアルなんですよ、ここ!」

スズミが思わず叫ぶように言うが、その言葉すらも、今の銀時の行動を前にすれば説得力を失っていた。

 

「……ま、俺も、リアルとフィクションの境目とか、あんま分かってねーしなぁ」

銀時は頭をかきながら、飄々と返す。

 

その余裕に、ハスミすら少しだけ苦笑した。

 

「……本当に、連邦生徒会長が選んだというだけはありますね。あんなの、普通じゃありません」

 

すると、戦場の空気を読むように――不良たちが次々と逃げ出していく。

 

「ム、無理だって! 勝てるわけねぇよ!」 「あれ、風紀委員長よりヤバいぞ……鬼だ、あの大人、絶対鬼だって……!」

 

銃も投げ捨て、叫びながら散っていく不良たちの背中を見送る銀時。ぽりぽりと頭をかきながら、木刀を再び腰へと差し戻す。

 

「さて……んじゃ、次はどこ行きゃいい? 敵の親玉ってのはまだ奥か?」

 

「え? えぇ……たぶん、シャーレの研究棟に……でも、もう先生が行ったら、全部終わるんじゃ……」

と、スズミが言いかけたところで、通信機にざらついた声が入った。

 

『こちら、リン。皆、ご苦労だったわ。……でも、油断しないで。今のは、あくまで前哨戦。敵の本命は、まだ動いていないようなの』

 

リンの落ち着いた、しかし緊張感を孕んだ声が空気を引き締める。

 

「へぇ……じゃあ、ボスのご登場ってわけか。楽しみだな」

銀時は口の端をつり上げ、にやりと笑う。

 

「いや、楽しんじゃダメですって! 先生、ホントに戦車を壊した後だってのに……なんで余裕なんですか……!」

 

「ま、体力は有り余ってっからな。それに、今のうちに見せとかねぇと……教師としての威厳ってやつが立たねぇだろ」

 

「それ、さっきの戦車見た時点で立ち過ぎです……!」

ユウカが心底呆れたように返し、ハスミとチナツも思わず笑いを漏らす。

 

だがその中で、スズミだけが一歩後ろに下がり、銀時をまじまじと見つめていた。

 

(この人は……本当に、何者なの?)

 

人間離れした動き、木刀で弾丸を受け流し、戦車すら斬り伏せる――

 

(……先生。本当に「人間」ですか?)

 

そう思わずにはいられない光景が、そこにはあった。

 

「んな大したことしてねぇよ。それよりも、これで『シャーレ』とやらを奪還できたんじゃねぇの? 残ってたやつも撤退したみたいだしよぉ」

 

戦いを終え、銀時が肩に木刀を担ぎながら呟く。破壊された戦車の残骸が遠くで煙を上げる中、その言葉に通信越しのリンの声が重なった。

 

『あ、は、はい。そうですね。『シャーレ』部室の奪還完了。私ももうすぐ到着予定です。建物の地下で会いましょう』

 

通話が切れ、瓦礫と硝煙の匂いがわずかに残る校舎の中へと、銀時はゆっくりと足を踏み入れる。照明は消え、僅かな非常灯が薄暗い影を落としていた。廊下には倒れた机、割れたガラス、踏むたびに軋む床板の音だけが響いている。

 

エレベーターは停止したまま、沈黙を守っていた。

 

「ったく、文明ってのは、電気一つ止まっただけでただの箱だな……」

 

ぶつくさと文句を言いながらも、銀時は階段を降りていく。鉄の手すりを滑る掌、冷たさが皮膚を刺す。

 

やがて、地下への入り口――錆びついた扉の先に辿り着いたときだった。

 

そこに、リンの姿はなかった。

 

代わりに、非常灯の仄かな明かりの下に立っていたのは、狐の面を被った少女だった。

 

その姿はどこか幻想的ですらあった。身に纏った和装は、戦闘とは無縁の静けさを纏い、まるで能楽の舞台から抜け出してきたかのような錯覚すら抱かせる。

 

銀時は小さく目を細め、呆れ混じりに口を開いた。

 

「おいおい、電力通ってねぇからって、セキュリティがガバガバじゃねぇか。知らねぇ間に、こんなとこまで入り込まれてんじゃねーかよ」

 

軽くため息をついて、ゆっくりと歩を進める。

 

その気配に気づいたのか、狐面の少女は背を向けていた身体を振り返らせた。

 

「うーん……これが一体何なのか、まったく分かりませんね。これでは壊そうにも……あら?」

 

彼女の声は澄んでいたが、どこか芝居がかったような抑揚がある。銀時の存在に気づき、面越しにじっとこちらを見つめる。

 

「よぉ、狐のお嬢ちゃん。こんなとこで何してんだ?」

 

銀時の軽口に、少女はぴたりと動きを止めた。

 

「貴方は……先ほど外で暴れていた大人の人」

 

その言葉に、銀時の瞳の色がわずかに変わる。ふざけたような態度の裏に潜む鋭い直感が告げていた――この少女、ただ者ではない。

 

銀時は木刀を静かに引き抜き、柄に手を添えたまま剣先を彼女に向けた。

 

狐面の奥から、じわりと空気が変わる。 仮面越しであっても、彼女の瞳がわずかに緊張を帯びたのが分かった。

 

一触即発の空気。

 

しかし――

 

「あら、あららら……」

 

その声は思いのほか間延びした、驚きとも怯えともつかない間抜けな声だった。

 

「……あん?」

 

「……あ、ああ……し、失礼いたしましたァァァァ!」

 

突然、少女は叫ぶと、銀時の目の前から音を立てて駆け出し、闇へと逃げ去った。

 

「お、おいっ!? なんなんだアイツ……狐のクセに、逃げ足だけは狸みてぇに速ぇな……」

 

肩透かしを食ったような形で剣を収めた銀時が、頭をかきながらぽつりと呟く。

 

そんな彼の背後に、軽やかな足音が響いた。

 

「お待たせしました、お二方。……? 何かありましたか?」

 

階段の先から現れたのは、少し息を整えた様子のリンだった。銀時の様子に僅かな疑問を浮かべるが、特に詮索はせずに部屋の中へと進む。

 

「いや、あったっちゃあったが、まぁ、問題ってほどでもねぇから大丈夫だよ」

 

「そうですか……ここに、連邦生徒会長の残したものが保管されています」

 

リンは部屋の中央に置かれた台の上へと手を伸ばす。 黒い布に包まれたそれは、まるで聖遺物のような神聖さすら漂わせていた。

 

彼女は丁寧に布をめくり、内部を確認する。

 

「幸い、傷一つなく無事ですね。……受け取ってください」

 

それを銀時の方へと差し出すリン。その瞳は真剣そのものだった。

 

銀時は、差し出されたそれを見つめながら、ふっと笑う。

 

「ま、狐も変なマスクもいたけどよ。これが無事だったなら、今回はそれで上出来だろ」

 

「……坂田先生、これは連邦生徒会長が残した『シッテムの箱』です。この箱は、連邦生徒会の技術でも開けることができなかった……ですが、先生なら……あるいは」

 

その声には微かな期待と、どこか頼るような震えが宿っていた。

 

リンがそっと差し出したのは、タブレットだった。無機質でありながら、そこには何か生きているような、冷たい脈動を感じさせる圧があった。まるで、長い時を閉じ込められた知識そのものが、ようやく開かれる刻を待ちわびていたかのように。

 

銀時は眉をしかめながらも、ふと脳裏に蘇る記憶に手を伸ばした。あの時手紙の裏に、何気なく記されていた謎の文言――。

 

彼は箱の端末に指を這わせると、低く呟いた。

 

「……我々は望む、七つの嘆きを。……我々は覚えている、ジェリコの古則を」

 

瞬間。

 

黒い箱の表面が淡く脈動し、幾何学的な紋様が青白く浮かび上がった。無音の中に、何かが“目覚めた”ような気配が満ちる。圧倒的な静寂に満ちた空間に、機械的な声が静かに響いた。

 

『……接続パスワード承認。現在の接続者情報は坂田 銀時、確認できました』

 

『「シッテムの箱」へようこそ、坂田 銀時先生。生体認証及び認証書生成のため、メインオペレーターシステム“A.R.O.N.A”に変換します』

 

箱の中心に走った細い光の筋が、まるで銀時の視界を貫くように輝きを増す。

 

そしてその瞬間――世界は、白に飲まれた。

 

無限の白があらゆる境界を消し去り、音も感覚も、時間すらも奪っていく。銀時は何もない空間にただ漂い、その先で“次の場所”へと導かれる。

 

次の瞬間、彼の足元には水の感触があった。

 

「……ここは……?」

 

目を開けると、そこは見覚えのない教室だった。

 

だが、それはただの教室ではなかった。床一面が水に覆われており、揺らめく波紋が窓から差し込む光を反射して、まるで水族館の中にいるかのように壁や天井を淡く揺らめかせている。

 

窓の外には果てのない青空と、どこまでも続く水平線。学校という閉ざされた空間に、本来ありえない光景が広がっていた。

 

教室の中央――机の上には、ひとりの少女が静かに横たわっていた。

 

彼女の髪は長く銀色に輝き、その顔立ちは、連邦生徒会長に酷似していた。だが、よく見れば、どこか違う。あの会長の持つ厳格さではなく、もっと柔らかで、無垢な印象を湛えている。

 

「……また異世界送りかよ。二回連続でネタ被せってのは、あんま読者ウケ良くねぇんだけどな」

 

銀時はぼやきながらも、辺りをぐるりと見渡す。ふと、前方の机に突っ伏して眠る少女の姿が目に入った。水色の髪を持ち、年端もいかない小学生ほどの外見をしたその子どもは、教室というにはあまりに異様なこの空間で、まるで何事もないかのようにすやすやと眠っていた。

 

「……おーい、お嬢ちゃん。寝てるとこ悪ぃけど、起きてくんない?」

 

銀時は声をかけるが、返ってくるのは安らかな寝息と、どこかほのぼのとした寝言だけだった。

 

「くぅぅぅ……カステラにはぁ……いちごミルクより……バナナミルクの方が……」

 

「馬鹿野郎! いちご牛乳の方が合うに決まってんだろうがァァァァ! 二日酔いにも効くからねアレ!他にも腰痛や毛根の再生にも絶大な効果あるからねアレ!!」

 

銀時の叫びに、ようやく少女がまぶたを開けた。目をこすりながら、まだ夢の中の続きを引きずっているような表情で、ぽかんと銀時を見つめる。

 

「……あれれ? ここって……? 先生……? え? 坂田銀時先生……!? うわああああ!? あ、あわわわ……!」

 

目の前の少女の慌てぶりに、銀時は指を耳に突っ込みながら淡々と応じる。

 

「そうだけど、何だよお前。やけに取り乱してんな」

 

少女は何度も深呼吸を繰り返し、必死に自分を落ち着けようとしていた。ようやく心を整えたのか、彼女は笑顔を作り、自己紹介を始める。

 

「私はアロナ! 『シッテムの箱』に常駐している管理OSにして、先生をアシストする秘書です! ここで先生が来るのを、ずっとずっと待ってたんですよ!」

 

「……待ってたわりには、思いっきり爆睡してたけどな。カステラの夢見るくらいにはよ」

 

「うぅぅ……」

 

図星を突かれ、アロナは涙目になりながらも、なんとか話を続けようとする。

 

「と、とにかく! これからよろしくお願いします、先生!」

 

「はいはい、よろしくだな。アロハ」

 

「アロナです!!」

 

頬をぷくっと膨らませ、全力でツッコミを入れるアロナ。その一挙手一投足が、いかにも子どもらしく、純粋で、そしてどこか放っておけない。

 

──銀時の目には、かつて守るべきだった子どもたちの影が一瞬だけよぎるが、すぐにその感傷を振り払う。

 

「それと、今の私は声帯の調整がまだ不完全でして……少し機械っぽく聞こえるかもしれませんが、今後ちゃんとサポートしていきます!」

 

「まぁ、機械からくりのことは俺にはわかんねぇけど、そこらへんはアラ……アロエ? に任せるわ」

 

「アロナです!! 原型がアしか残ってないんですが!? もはやそれ別人ですよ!?」

 

ツッコミを続けるアロナを、銀時はどこか楽しげに見つめていた。 ひとしきり茶番を終え、やっと本題に入る。

 

「それよりよ、アロn──じゃなくてアロエア。お前はぱっつぁんの代わりとして、ツッコミ担当を認めてやるよ」

 

「それ喜んでいいものなんですか!? なんだか、すごく嫌なんですが!? あと、さっき名前言いかけましたよね!? わざと言い直しましたよね!? わざと間違えてたんですか!?」

 

ここまでのツッコミでアロナは肩で息をしてしまう。

そのぱっつぁんという人がどんな人かは知らないが、銀時からこんな扱いを受けているのだろうかと考えると、少し可哀そうに思えてくると同時に自分のこれからが少し不安になってくる。

だが、先生である以上は秘書として、しっかりサポートをするつもりである。

 

「それよりも先ほどのサンクトゥムタワーの件ですが、私ならなんとかできますでもその前に、生体認証が必要なんです。ちょっとだけ、恥ずかしいですけど……」

 

そう言ってアロナは、人差し指を差し出す。その先端には小さなガラスのようなディスプレイが埋め込まれていた。

 

「この私の指に、先生の指を重ねてください。……まるで指切りげんまんみたいですよね?」

 

「いや、週休7日のサン◯ーだろ。『調和しています』ってやつ」

 

「さ、サン◯ーって何なんですか!? それより、ほら、お願いします!」

 

銀時が指を重ねると、アロナは照れたように微笑んだ。

 

「うふふ……これで先生の指紋を確認します。……えーっと……」

 

目を細め、画面をのぞき込み、距離を変えながら凝視するアロナ。──だが、どうにも様子がおかしい。まるで見えていないかのように、長時間凝視を続ける。

 

(う~ん、よく見えないかも……まぁ、これでいいか)

 

──明らかに適当だった。

 

「……はい! 確認終わりました!」

 

「……おいおい、絶対手抜きしてたろ。さっき『う~ん』って顔してたし、そんなに時間かけるもんじゃねぇだろ」

 

「ち、ちゃんと確認しましたぁ! 目でも見えますからっ!」

 

「ほ~ん……」

 

「……その、どうでもよさそうに鼻ほじるのはやめてください……うぅ」

 

銀時の反応に、アロナの目にうっすらと涙が浮かぶ。 その姿に、銀時は少しだけ困った顔をして、ぽんと彼女の頭に手を置いた。

 

「……悪かったよ、アロナ。だけどよ、これはお前にしかできねぇんだ。他の誰にも頼めねぇから、頼むわ」

 

「……むぅ……先生のお願いなら……仕方ないです。やります。でも、なでなではこのままでお願いします……!」

 

──ちょろい。

 

だが、その素直さに銀時は内心少しだけ安心した。 この世界でも、信じられるものが一つあるというだけで、前に進む理由になるのだ。

 

「それで、何でサンクトゥムタワーの制御が必要なんでしたっけ?」

 

「なんでも、そこの制御権を持ってた連邦生徒会長が行方不明なんだと。そんで、それがないと困るって話でよ」

 

「……そういうことだったんですね。残念ながら、私もその生徒会長の詳細は知りません……。ほとんど情報がなくて」

 

アロナの声は、静かな部屋の中でわずかに反響し、銀時の耳に届いた。彼女の表情には困惑と無力感が滲み、まるで霧の中を手探りで進むような不安が感じられた。電車の中で出会ったあの少女と生徒会長が同一人物である可能性は、見た目の類似だけでは確証が持てない。情報の欠如が、真実への道を閉ざしていた。

 

「まぁ、わからねぇもんは仕方ねぇさ。会長とやらはきっと、自分探しの旅にでも出たんだよ。年頃のガキだったし、そんなもんだろ」

 

銀時は肩をすくめ、軽く笑いながら言った。その声には、過去の経験から来る達観と、若者の迷いに対する理解が込められていた。しかし、アロナは心の奥で疑問を抱いていた。単なる自分探しの旅で、ここまで徹底的に情報を消すものだろうか。彼女の瞳には、消えた生徒会長への懸念が浮かんでいた。

 

「それでは、サンクトゥムタワーのアクセス権を修復します! 少々お待ちください!」

 

アロナは姿勢を正し、目を閉じて集中した。彼女の周囲には微細な光の粒子が舞い、まるで空気が静電気を帯びたかのような緊張感が漂った。数秒後、彼女は目を開き、穏やかな笑みを浮かべた。

 

「サンクトゥムタワーのadmin権限を取得完了」

 

「え? もう?」

 

銀時は驚きの声を上げた。先ほどの生体認証に比べ、今回の作業は驚くほど迅速だった。彼は再び長時間待たされることを覚悟していたが、その必要はなかったようだ。

 

「先生、サンクトゥムタワーの制御権を無事に回収できました。今、サンクトゥムタワーは、私アロナの統制下にあります。今のキヴォトスは先生の支配下にあるも同然です!」

 

「スゲェな、おい。つうことは俺は今、将軍みたいなもんかよ」

 

「はい、正しくその通りですね」

 

アロナは誇らしげに答えた。しかし、銀時は肩をすくめ、苦笑いを浮かべた。自由を愛する彼にとって、支配や権力は重荷でしかない。

 

「まぁ、つっても、支配とかはあんま興味ねぇから、さっさとそれをリンたちの連邦生徒会に渡してやってくれや。できるんだろ?」

 

「はい、先生の承認があれば、確かに可能です。でも……大丈夫ですか? 連邦生徒会に制御権を渡しても……」

 

「大丈夫大丈夫。よくわかってない俺よりも、あいつ等の方がわかってるだろうから、ちゃんとしてくれるだろうよ」

 

「わかりました。これよりサンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会に移管します!」

 

アロナが宣言すると同時に、周囲の景色が揺らぎ、銀時は元の世界へと引き戻された。彼の身体はシッテムの箱を起動した時から一歩も動いていなかったが、時間は確実に流れていた。

 

「確認しました。サンクトゥムタワーの制御権は無事に確保されました。これで、連邦生徒会長がいた頃と同じように、キヴォトスの行政管理を再び進められます」

 

「良かったな」

 

「はい.....本当にお疲れ様でした、先生。キヴォトスの混乱を防いでくださったこと、連邦生徒会を代表して深く感謝いたします」

 

リンは深々と頭を下げ、感謝の意を示した。銀時は照れくさそうに笑いながらも、どこか誇らしげな表情を浮かべた。

 

「いやいや、万事屋として当然のことをしただけさ」

 

彼の言葉には、普段の飄々とした態度の裏にある責任感と優しさが滲んでいた。リンは再び頭を下げ、そのまま部屋を後にした。

 

銀時はシャーレの部室に戻り、椅子に深く腰掛けた。天井を見上げながら大きく息を吐き、これまでの出来事を思い返す。彼の瞳には、これから待ち受ける困難への覚悟が宿っていた。

 

「よし!ここでもいっちょやってやるか!」

 

銀時は立ち上がり、拳を軽く握った。キヴォトスの平和を取り戻すため、再び立ち上がったのだった。




次回予告
「なぁーアロナ俺は何し行ったんだっけ?」
「えーっとアビドス高等学校のアヤネさんから地域の暴力組織から学校を守るための物資の支援を頼まれていまそこに向かっています。」
「だよなぁ!だけどここ砂漠なんだけど?何日も前から風景何一つ変わってないんだけど!!ちゃんと仕事しろアロナァァーーー!!」
次回(砂漠旅行とか正直一つたりとも記憶に残ってねェ)

〜透魂〜第一回キャラクター人気投票

  • 銀時
  • 新八
  • 神楽
  • 沖田
  • 土方
  • 山崎
  • 高杉
  • 定春
  • エリザベス
  • ホシノ
  • シロコ
  • ヒナ
  • アコ
  • ミカ
  • ナギサ
  • セイア
  • ユウカ
  • ノア
  • 近藤
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