透き通る世界を照らす銀魂(ぎんのたましい) 作:時代に遅れている
登場するのは高杉と真選組に決まりました。
一応アビドス編が終わったら間章という感じで各キャラに寄り添ったストーリーを書こうと思います。
「……白い悪魔がエネルギー砲でこちらの砲弾を撃墜。さらに、五百人の風紀委員がヘイローのない先生たちによって全滅……? ……はぁ。アコ、不条理ギャグ漫画のあらすじを聞いてるんじゃないのよ。ちゃんと真面目に説明して」
空崎ヒナの細い肩が、深い溜息と共にわずかに揺れた。目の前に広がる光景――ひっくり返った戦車、砂に埋もれた精鋭たち、そして半泣きの部下たち。それらは彼女の常識という名の天秤を、音を立てて狂わせていた。
『本当なんです!! 本当に起きたことなんです!!』
「アコだけじゃなくて、現場の全員からの証言……。え、これ、本当に……?」
ヒナが困惑の極みに達し、その巨大なヘイローが微かに明滅した、その時だった。
「これはこれは。天下の風紀委員長様じゃねぇか。いやぁ、オタクの連中には身に余る歓迎を受けましてね。おかげでこっちは肩こりが治ったぜ」
気怠げな、それでいて底知れない圧を孕んだ声。ヒナは反射的にその方向を向いた。
そこにいたのは、死んだ魚のような目をした銀髪の男、坂田銀時。
(………………ッ!?)
一目見て、ヒナの背筋に冷たい戦慄が走った。
強者ゆえの直感。目の前の男、そしてその背後に立つ奇妙な侍と白い「ナニカ」。彼らが纏う空気は、銃火器の硝煙ではなく、幾千の死線を越えてきた「鋼の意志」そのものだった。
「……にわかには信じられないけれど。ここまで証人がいて、この惨状を見せつけられたら……信じるしかないわね。……ところで、イオリ。あなたは何でそんなに情けない顔で足を押さえているの?」
「……あの白饅頭の腹筋を蹴ったら、私の骨が負けた」
イオリが恨めしそうに指した先では、エリザベスが「お疲れ様」と書かれたプラカードを掲げながら、悠然とスクワットをこなしていた。
それを見たヒナは、ようやく悟った。――あぁ、これは理屈じゃない、異世界の暴力だ、と。
「あのー……委員長さんで、間違いないんですよね?」
アヤネが恐る恐る問いかけると、ヒナは居住まいを正した。
「……いけない。まだ自己紹介もしていなかったわね」
ヒナは銀時たちに向き直り、砂漠の夜風に長い銀髪をなびかせながら、凛とした佇まいで一礼した。その仕草は、戦場にあってなお、一輪の月下美人のように気高く、美しい。
「……はじめまして、シャーレの先生。ゲヘナ学園、風紀委員会、委員長。空崎ヒナよ。……最悪の初対面になったこと、謝らせて。……先生、貴方たちの名前は?」
「どうも訳あって先生やってる坂田銀時でぇーす」
「その助手、桂小太郎!!」
「【そのまた助手、エリザベス!】」
「……そう。坂田先生、桂さん、そして……エリザベス、ね。……分かったわ。アコ」
『は、はい……』
「事情は……大体察した。ゲヘナにとっての不安要素の排除。それを風紀委員会が「風紀を正す」という範疇で行うなら、私は何も言わない。……けれど、今回のこれは別」
ヒナの瞳が、ホログラム越しにアコを射抜く。
「ティーパーティーやシャーレ、連邦生徒会。そういう政治が絡む活動は、万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)のたぬきたちにでも任せておけばいい。……少し頭を冷やしていなさい、アコ。詳しいことは帰ってから、じっくり聞くから」
『はい……。……ふぅ、それで済むのならいいです。……助かった……』
アコが安堵の吐息を漏らした直後、銀時が鼻をほじりながらボソリと呟いた。
「……つまり、ヨコチチ・ハミデヤンは、独断で俺を逆ナンしに来たってわけか。熱烈なアプローチすぎて、こっちは心臓がいくつあっても足りねーよ」
「……ヨコチチ・ハミデヤン? アコのこと?」
ヒナが困惑したように小首を傾げる。
「俺ァ名前覚えんの得意じゃねぇからな。特徴であだ名つけることにしてんだよ。な、ヅラ?」
「ヅラじゃない桂だ!!」
「……この場に、交渉を担当する生徒はいる?」
ヒナの静かな問いかけに、アヤネは背筋を正し、一歩前へ出た。その眼鏡の奥にある瞳には、学園の命運を背負う覚悟が宿っている。
「……私です。アビドス対策委員会所属、奥空アヤネ。……何か、確認したいことでも?」
「……ひとつだけ」
ヒナは視線を周囲の惨状から、アヤネの顔へと移した。その瞳は冷徹だが、どこか深い思慮を含んでいる。
「小鳥遊ホシノは、どこ?」
「……えっ? ホシノ先輩ですか……?」
予想外の名前に、アヤネは毒気を抜かれたように瞬きを繰り返した。「ホシノ先輩は今日、非番で……。何度か連絡はしたのですが、お昼寝をしているのか一向に捕まらなくて。……あの、先輩とお知り合いなんですか?」
「そういうわけじゃないわ。ただ、来る前に在校生名簿を確認したら彼女の名があったから。……そう。今は、いないのね」
ヒナが納得したように小さく息をついた、その時だった。
「あ、噂をすれば……だな」
銀時が砂漠の地平線の彼方を指差す。一同が視線を向けると、そこには陽炎を揺らしながら、のんびりとこちらへ歩いてくる影があった。
つい先ほどまで全力で駆けていた名残か、その髪はわずかに乱れていたが、皆の視線に気づくと、彼女はわざとらしいほどに「いつもの」ゆったりとした足取りに切り替えた。
「うへー……おじさん、もしかして遅刻しちゃったー? ごめんねー。今日はお昼寝が格別に気持ちよくてさー」
「昼寝ぇ!? こっちは五百人の軍隊に囲まれて死ぬ思いだったのに!」
セリカの鋭いツッコミが飛ぶ。
「ん。でも、大体片付いてる」
シロコが銀時と桂を無言で指し示す。
「これからが本当の交渉で、大変になりそうですが……」
アヤネの溜息混じりの言葉に、ホシノは「あれー?」と首を傾げてみせた。
「……そうみたいだねー。その制服、ゲヘナの風紀委員会でしょ? アルちゃんたちでも追ってきたの?」
ヒナは、言葉を返さなかった。
ただ、食い入るように、目の前の「小鳥遊ホシノ」という存在を観察していた。
対するホシノもまた、いつもの眠たげな笑みを張り付かせたまま、ゲヘナ最強の委員長をじっと見つめ返す。
二人の視線が空中で激突し、静かな、しかし確かな緊張が戦場に走り抜けた。
「……なんでもいいけどさー」
沈黙を破ったのはホシノだった。「これで対策委員会は勢揃いだけど。やり合う? ゲヘナの風紀委員長ちゃん」
「……一年生の時とは、随分と変わったわね」
ヒナの口から漏れた言葉に、銀時と桂がぴくりと耳を動かす。
「ありゃ。私たち、どこかで会ったことあったっけ?」
「いいえ。……ただ、私はゲヘナでも調べ物をすることが多かったから。……アビドスのあの『事件』のことも、記録で知っているわ」
ホシノの笑顔が、一瞬だけ硬化した。
「……あの事件の後、あなたはとっくにアビドスを去ったと思っていたのだけれど」
ホシノは答えず、ただ微笑みを深くした。その瞳の奥には、砂漠の夜よりも深い闇と、それを守り抜こうとする強固な意志が同居している。ヒナはその姿を見て、何かを悟ったように小さく頷いた。
そして、ヒナは視線を便利屋68の面々へと転じる。
「……便利屋68。あなたたちはゲヘナでもかなりの問題行動を繰り返している指名手配犯。……法と秩序に照らせば、今すぐにでも捕縛して本校へ連行すべきなのだけれど」
「あわわわわわわ……!」
アルたちが一斉に銀時と桂の背後に隠れる。
銀時は木刀を抜きはしないが、いつでも動けるよう重心を落とし、桂はエリザベスと共に「これ以上は通さん」と言わんばかりに立ちはだかった。
ヒナは、銀時の「死んだ魚のような目」の奥にある、一切の譲歩を許さない「侍」の光を見た。
「……どうやら、そうさせてはくれなさそうね」
「…」
「……先生、そうまでして便利屋達を守るのはなぜ?」
銀時はふっと視線を切り、背後で身を寄せ合う便利屋の面々を、いつもの気怠げな、それでいてどこか柔らかな眼差しで一瞥した。
それから再びヒナに向き直ると、木刀「洞爺湖」の先を地平線へと向け、静かに、だが肚に響く声で告げた。
「ヒナ……一つ、俺たちについて教えてやるよ。俺ァこれでも先生なんだが……根っこはただの『侍』でな」
「侍……?」
ヒナがその聞き慣れない単語をなぞる。
銀時の背後に立つ桂が、その言葉に呼応するようにスッと背筋を伸ばし、エリザベスは無言で【左に同じ】とプラカードを掲げた。
「侍ってのはな、一度護ると決めたもんは、たとえ命が尽きようが、魂が折れようが護り抜く。俺は先生として、侍として……こいつらを護ると決めたんだよ」
迷いのないその声音に、ヒナの胸の奥で小さな火花が散った。
彼女は、この「先生」と呼ばれている男を、もう少しだけ深く識(し)りたくなった。あるいは、彼が掲げるその「侍」という矜持が、どれほどの重みに耐えうるものなのかを。
「……さっき、うちの大部隊に攻撃を仕掛けたそうね。こうは考えなかったの? 相手が自分よりも、圧倒的に強かったらどうしよう、なんて」
ヒナの周囲の空気が、じわりと温度を変える。
「貴方はこの世界のことをまだ知らない。だからそんな青いことが言えるのよ。このキヴォトスには、私よりも遥かに厄介で、救いようのない面倒な連中が掃いて捨てるほどいる……」
一歩、ヒナが踏み出した。
「もし、それらが貴方の前に立ちはだかったらどうするつもり? その相手が……私だったら?」
バサッ!!
その瞬間、ヒナの背中から漆黒の翼が力強く打ち振るわれた。
地を這うような、暴力的なまでの威圧感(プレッシャー)。空気が凝固し、砂漠の夜風さえもが恐れをなして止まったかのような錯覚。
ゲヘナの風紀委員たちは喉を鳴らしてひれ伏し、アビドスの面々や便利屋たちは、肺を直接掴まれたような息苦しさに冷や汗を流した。
(……これが、今の空崎ヒナ。以前記録で見た時よりも、ずっと深い闇を、ずっと重い責任を背負っている……。おじさんでも、まともに受けるときついかなー、これ……。さあ、どうするの、銀ちゃん……)
ホシノが盾のグリップを握り直し、固唾を呑んで見守る。
だが、銀時の足取りは一ミリも乱れなかった。
それどころか、彼はその重圧をあくびでもするかのように受け流し、木刀を構えたまま不敵に口の端を吊り上げた。
「侍が動くのに、理屈なんざいらねぇ」
その声は、凍てつくようなヒナの圧を、春の嵐のように鮮やかに吹き飛ばした。
「そこに護りてェもんがある。……なら、剣を抜いて護る。ただそれだけさ。たとえ相手が神様だろうが、ヨコチチ行政官の飼い主だろうが……俺の剣が届く範囲は、俺の国だ」
銀時の瞳に、夜の砂漠の星よりも冷たく、そして熱い光が宿る。
理屈や損得を超越した、愚直なまでの「魂の叫び」。
ヒナはその瞳の中に、キヴォトスのどの「大人」も持ち得なかった、剥き出しの強さを見出した。
「……ふふ。理屈じゃない、か」
ヒナはふっと翼を収め、威圧感を霧散させた。
その顔には、先ほどまでの冷徹な委員長の仮面はなく、どこか清々しいものを見たような、年相応の少女の微笑みが浮かんでいた。
「負けたわ。……先生、貴方の勝ちよ」
彼女は静かに背を向け、沈黙を守る部隊へと歩き出した。その小さな背中は、先ほどよりも少しだけ、軽やかになったように見えた。
「撤収準備。帰るわよ」
空崎ヒナの放ったその一言は、短く、しかし抗いがたい決定権を伴って砂漠の熱気を凪がせた。
「で、でも……っ!」「聞こえなかった?」
反論を試みようとした部下の言葉を、ヒナは視線だけで氷結させる。最強の委員長が下した裁定に、もはや異を唱える者はいなかった。
ヒナは、再び銀時たちとアビドスの面々へ向き直った。その立ち姿は、先ほどまでの「死を運ぶ翼」ではなく、一校の秩序を司る「最高責任者」としての重みを湛えていた。
「先生。事前通達なしでの無断兵力運用、ならびに他校の自治区で騒ぎを起こしたこと……。これらについては私、空崎ヒナより、ゲヘナ風紀委員会委員長として、アビドス対策委員会に対し、公式に謝罪するわ。今後、私たちが無断で侵入することはないと約束する。……どうか、許してほしい」
深く、静かに、ヒナは頭を下げた。夜風に銀色の髪が揺れ、星明かりを反射する。その真摯な謝罪に、場にいた誰もが毒気を抜かれた。
「事前通達なしで無断兵力運用ねぇ……。いくら部下がやったとはいえ、確かにそれは上司として、組織として良くねーな」
銀時は、木刀を耳の裏で掻きながら、ふっと表情を緩めた。
「でもよ、こうやってテメェが真っ向から頭下げて謝ってんだ。反省してる奴の頭を、これ以上木刀で叩くほど俺ァ野暮じゃねーよ。今後同じことをしねーって約束もしたんだしな。……まぁ、俺もそんなに堅苦しい人間じゃねーから。今回は水に流してやるよ」
『せ、先生が許すのなら、私たちも異存はないのですが……』
アヤネが眼鏡を直し、困惑混じりに頷く。ヒナは顔を上げると、最後に一つ、その瞳に「警告」の色を浮かべて銀時を見据えた。
「これがあなたたちにとって、有益か、あるいは毒になるかは分からないけれど。……情報をひとつ」
「なんだ?」
「アビドス砂漠。そこでカイザーコーポレーションに不審な動きがある。……あまりにも不透明すぎて、公式な情報として上には伝わっていないけれど。一応、伝えておくわ」
それは、最強の委員長から、自分を「侍」と呼んだ奇妙な大人への、ささやかな贈り物か、あるいはエールだったのかもしれない。
ヒナの指示に従い、風紀委員会の大部隊は、潮が引くように砂塵の向こうへと去っていった。
夜の帳が降り、アビドスの静寂が戻る。
「……アビドス砂漠でカイザーが何をやってるのか、さっぱりだねぇ」
ホシノがのんびりとあくびを噛み殺しながら呟く。その視線を、セリカがじろりと射抜いた。
「あと、ホシノ先輩がどこで『お昼寝』してたのかも、さっぱりよね……?」
「お、おやおやぁ〜? セリカちゃん? その手に持ってる太い縄は何かなー……? おじさん、急に大事な用事を思い出したから帰りたいんだけど」
『逃しませんよ』
「アヤネちゃんまで!? 眼鏡が光ってて怖いよ!!」
「ん。銀ちゃん、ヅラ、エリザベス……確保して」
「よっしゃ、野郎ども! 逃亡犯の確保だァァァ! ◯の穴から指突っ込んで、お昼寝の夢の続きを見させてやれェ!!なぁヅラ!」
「ヅラじゃない! 桂だ! 」
「銀ちゃん、それ絶対女として死んじゃうやつだからやめてほしいっていうか〜 わわわわ!!?」
銀時と桂が、阿吽の呼吸で縄を振り回す。あっという間に亀甲縛り……もとい、ぐるぐる巻きにされたホシノは、まるで捕獲された巨大魚のように「うへぇ〜」と声を漏らしながら、アビドス校舎へと連行されていった。
その様子を、アルたち便利屋68は、呆気にとられながら見送った。
「……また、嵐みたいな人たちだったわね」
アルがぽつりと呟く。
柴関ラーメンの店構えには、傷ひとつ付いていなかった。
大将が店の奥で「また来いよ!」と力強く手を振る中、アビドスの夜は、騒がしくも穏やかに更けていった。
――――――――――――――――――
アビドス学園、対策委員会教室。
乾いた風が窓を叩く音だけが響く静寂を、悲鳴のような絶叫が切り裂いた。
「―――えっ!? 大将のお店に……退去、通知!?」
セリカが椅子を蹴倒す勢いで立ち上がり、瞳を見開く。
「しかも……土地の保有者は私たちではなくて……カイザーコーポレーションだって!?」
「はい……。先ほど、大将さんから電話があって、慌てて調べてみたんです……これを見てください」
アヤネが沈痛な面持ちで、一枚の図面を机の上に広げた。それは地籍帳――現在の土地所有者を明確に示す、残酷な真実の証明書だった。
銀時たちが覗き込んだその図面は、絶望的な色分けがなされていた。
アビドス高等学校の校舎と、その周囲のわずかなエリア。それ以外のアビドス自治区全域が、不気味な赤色――『カイザーコーポレーション所有』で塗り尽くされていたのだ。まるで、孤立無援の城が、敵の大軍に包囲されているかのように。
「で、ですがどうしてこんなことに? 自治区の土地取引だなんて、普通できるはずが……一体誰が?」
ノノミが口元を手で覆い、震える声で問う。
「……アビドスの生徒会、です」
アヤネが絞り出すように告げた。
「はい。登記簿によると、取引の主体は『アビドス生徒会』でした」
「……そう言えば、ここに『それ』はいないって言ってたよね」
「うん……二年前に、完全になくなっちゃったんだ」
シロコの淡々とした言葉に、アヤネが頷く。
「ですから、生徒会がなくなってからは取引はされていません。つまり、これは過去に……」
バンッ!!
セリカが机を叩き、悔し涙を滲ませて叫んだ。
「なに……何やってんのよ! 生徒会の奴らは! 自分たちの学校の土地を売る? それも、あんなハイエナみたいなカイザーなんかに!?」
怒号が教室に反響する。だが、その怒りの矛先である「生徒会」はもういない。やり場のない憤りが、空気を重く淀ませていく。
「…………」
その喧騒の端で、小鳥遊ホシノは一人、何かに耐えるように顔を顰めていた。
いつもの眠たげな笑みは消え、胸の奥底にある古傷が疼いたかのように、その手が微かに制服の裾を握りしめている。
(……あいつ、何か隠してやがるな)
銀時の死んだ魚のような目が、鋭くホシノの変化を捉えた。
その表情は、単なる困惑ではない。もっと深く、重い、過去の鎖に繋がれた者の顔だ。
今ここで問い詰めるのは得策ではない。銀時はそう判断し、一度視線を外したが、心の中では夜にでも話を聞くべきだと決めていた。
「そんな大事(おおごと)に、ずっと気づかず私たちは……」
アヤネが自分を責めるように俯く。
「それぞれの学校の自治区は学校のもの。あまりにも当たり前すぎて……借金返済ばかりに気を取られて、足元の崩壊に気づくことができませんでした……私が、もっと早く気づいていれば……」
「アヤネちゃんは悪くないよ」
不意に、軽やかな、けれどどこか乾いた声が響いた。
「これはアヤネちゃん……というより、おじさんですら入学する前のことなんだから」
「え……? ホシノ先輩、何か知ってるの?」
「うん。……おじさんは、元生徒会だからねぇ」
ホシノはひょいと机の上に飛び乗ると、足をぶらつかせながら、遠い目をして語り始めた。
「おじさんが入学した頃にはもう、前生徒会の人はみんないなくなってたし。引き継ぎ用の書類なんて立派なものは何もなかった。ちょうど砂漠化を避けようとして移転を繰り返してた時期だったから、前生徒会の書類関係はもう、砂の中だしねぇ……」
彼女は天井を見上げ、独り言のように続ける。
「まあ、そもそも……生徒会なんて、おじさんと、その時の『生徒会長』だけだったし」
その「生徒会長」という言葉が出た瞬間、ホシノの纏う空気が急速に冷えた。
陽だまりのような暖かさが消え、砂漠の夜のような孤独が顔を出す。
「その生徒会長は無鉄砲で……会長なのに、校内でも随一のバカで……」
脳裏に浮かぶのは、眩しい笑顔と、あまりにも大きすぎた背中。そして、砂嵐の中に消えた最後の記憶。
「私の方だって、嫌な性格の新入生でさ……。私は……」
声が震える。
後悔、自責、喪失。語れば語るほど、彼女の心は過去の砂嵐に飲み込まれていくようだった。
「……無理すんな」
ポン、と。
大きな手が、ホシノの頭に乗せられた。
「え……?」
見上げると、銀時がいつもの気怠げな表情で、しかしどこか痛ましげにこちらを見下ろしていた。
「辛(つら)ぇ話なら、無理して今ここで吐き出すこたぁねぇよ。……今は、これからどうするかだけ考えりゃいい」
その掌の温度が、冷え切っていたホシノの思考を現実へと引き戻す。
過去に囚われかけた心を、強引に、けれど優しく繋ぎ止める「侍」の手だった。
「……ありがとう、銀ちゃん……。ほんっと、あの頃は二人であちこち走り回っててさ〜」
脳裏に浮かぶのは、セピア色の記憶。
『ホシノちゃん! こっちこっち!』
『せ、先輩! こっちにこんなのがありましたよ!!』
無邪気な声。砂に消えた足跡。
「……ほんと……馬鹿みたい。何も知らないままさ」
自嘲気味に呟き、ホシノの瞳がまた陰り始める。その小さな背中が、過去という重すぎる荷物に押し潰されそうに見えたその時――。
「ホシノ先輩が責任を感じることはない。事情は知らないけど、アビドスに対策委員会ができたのは、間違いなくホシノ先輩のおかげ」
シロコが真っ直ぐな瞳で断言する。
「う、うん……」
「ん。ホシノ先輩のことは、尊敬している」
「ま、待ってシロコちゃん! おじさん、そういう真面目な雰囲気苦手で……」
「俺も素晴らしいと思っているぞ! ホシノ殿! 過去を憂うより、今を繋いだその功績、実に感服した!」
桂が腕組みをして深く頷く。
【ホーシーノ!】
エリザベスがプラカードを掲げ、野太い声にならない音でリズムを取り始めた。
「ホーシーノ! ホーシーノ! ホーシーノ!」
ノノミが手拍子と共に始めたコールは、瞬く間に教室全体へと伝播する。
「みんなやめて!? あ、あとエリザベスちゃん!? なんでおじさんを持ち上げるのさ!」
白い巨体にひょいと持ち上げられ、高い高いの状態にされたホシノが手足をバタつかせる。
「さあ、みんなご一緒に!」
ノノミが指揮者のように手を振る。
『ホーシーノ!!!』
『やめてってば〜〜〜〜!!!!』
教室を揺らすほどの歓声と手拍子。
しばらくの間、アビドスの校舎には、少女の悲鳴と温かな笑い声が響き渡った。
***
ひとしきり騒ぎ、エリザベスから解放されたホシノは、少し乱れた髪を直しながら、それでも隠しきれない照れくささに頬を朱に染めていた。
耳まで赤くしたまま、「うへぇ……」と机に突っ伏すその姿は、先ほどまでの悲壮感など微塵も感じさせない。
「……ったく、調子狂う連中だぜ」
銀時がやれやれと肩をすくめるが、その口元は緩んでいた。
「さて……湿っぽい話はここまでにして、だ」
銀時がパンと手を叩き、場の空気を切り替える。視線は机の上に広げられた地籍帳――アビドスがカイザーコーポレーションに塗りつぶされた地図へと落とされた。
「大将の店に退去通知が来たってことは、奴ら本格的に動き出したってことだろ。土地の権利が生徒会から移っちまってる以上、法的に追い出すのは向こうの理屈だ」
「……悔しいけど、書類上はそうです」
アヤネが唇を噛みしめる。
「契約が無効だとか、詐欺だったとか、そういう証拠がない限り、正攻法では……」
「だが、妙だな」
桂が顎に手を当て、鋭い眼光を地図に向けた。
「ただ土地を買い占めるだけなら、企業の拡大戦略として理解できなくもない。だが、ヒナ殿の情報によれば『砂漠で不審な動き』があると言っていたな」
「うん。……カイザーがアビドス砂漠で何をしているのか。それが、ただの土地開発じゃないとしたら……」
シロコが呟く。
「……何かを、探してる?」
ホシノが顔を上げ、いつもの気怠げな瞳の奥に、かつての勘を取り戻したような光を宿す。
「あの砂漠には何もない。あるとすれば……『過去』だけだ」
「過去、ですか?」
ノノミが首をかしげる。
「うへ、昔の遺跡とか、そういう類のやつ。カイザーが単なる金儲け以外で動いてるとしたら、キナ臭いねぇ」
銀時は木刀を腰に差し直し、ニヤリと笑った。
「だったら、話は早ぇ。そのキナ臭い現場を押さえて、悪事の証拠を引っ掴めばいい。土地の権利書だろうが何だろうが、悪党の理屈なんざ、もっとデカい悪事の証拠でひっくり返せる」
「つまり……潜入調査、ということですか?」
アヤネがごくりと唾を飲み込む。
「おうよ。カイザーが砂漠でコソコソ何やってんのか、その尻尾を掴みに行くぞ。……修学旅行の時間だ、クソガキども」
「ん。賛成」
シロコが即座に立ち上がり、愛銃を手に取る。
「面白そうですね! お弁当持ってピクニック気分で行きましょうか☆」
ノノミが目を輝かせる。
「ピクニックじゃないってば! ……でも、大将のお店を守るためなら、やるしかないわね!」
セリカも拳を握りしめた。
「潜入とあらば、この桂小太郎の独壇場! 逃げの小太郎と言わしめた変装術ご覧にいれよう」
【俺も行く】
桂とエリザベスもやる気満々だ。
ホシノは、そんな頼もしい仲間たちを見渡し、ふっと小さく笑った。
過去の痛みは消えない。けれど、今は――。
「うへぇ……。おじさん、また過労で倒れちゃいそうだけど……ま、可愛い後輩たちのためだし、一肌脱ぎますか」
アビドス対策委員会、そして万事屋一行。
カイザーコーポレーションの野望が眠る砂漠へと、彼らは新たな一歩を踏み出そうとしていた。
次回
銀時「チッこれじゃキリがねえ!アロナ」
アロナ「はい、久しぶりですね。何ですか?」
銀時「アロナお前のエネルギーを俺に渡してエネルギーの塊を作ることはできるか?」
アロナ「出来ますが、まさか!先生いけません‼︎謝罪もんですよ」
銀時「いいかお前らこれがこの世界で本場のピーだ‼︎」
次回 謝罪をするのにスーツは戦闘服で
次回はエリザベスと桂出ません。連邦生徒会に呼び出されたからです。
〜透魂〜第一回キャラクター人気投票
-
銀時
-
新八
-
神楽
-
沖田
-
土方
-
山崎
-
高杉
-
桂
-
定春
-
エリザベス
-
ホシノ
-
シロコ
-
ヒナ
-
アコ
-
ミカ
-
ナギサ
-
セイア
-
ユウカ
-
ノア
-
近藤