透き通る世界を照らす銀魂(ぎんのたましい)   作:時代に遅れている

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近藤「ああ、何?うん、うん、分かったすぐ行こう」

土方「近藤さんどうした?」

近藤「トリニティーにある水族館のゴールドマグロが盗まれたらしい」

土方「ゴールドマグロだぁ?」

沖田「土方さんしらねぇんですか?全身が金色に輝いて幻の魚と言われている魚ですよ」

「その価値は時価数十億。ヒレの部分だけでも3億はするとか」

近藤「そのゴールドマグロが今朝美食研究会とかいう部に盗まれたらしい。今すぐ行くぞ。」

土方「オイ、奴らの監視はーー」

近藤「もう不要だろ、あの子達はみんな純粋でいい子なんだからな」

沖田「行きたくねぇってんなら土方さんだけ置いて行きますぜ」

土方「ちょっと、おォォォい!!」


第八十八訓 少女たちはマグロを通して生命の力を感じる

朝靄に包まれたトリニティの学舎に、元気な声が響き渡った。

 

「おはよう!」

 

 扉を勢いよく開けて入ってきたのは桂。清々しい声とは裏腹に、誰も彼の登場に対して驚きすらしない。

 

「ふぁあ……」

 銀時はまだ半分夢の中。寝癖のついた頭を掻きながら、緩慢にあくびを漏らす。

 

「おはようございます」

 ヒフミは丁寧に頭を下げるも、どこかぼんやりしていて目元にクマが浮いていた。

 

「グッドモーニング」

 アズサは機械的に挨拶を返すが、相変わらず口調に生気はない。

 

「うーん、まだ眠い……」

 コハルは毛布にくるまったまま、ぬいぐるみのように床を転がっている。

 

 そんな中、桂は両手を腰に当て、威風堂々と宣言する。

 

「さあ、今日もこの学舎で――」

 

「みなさん、今日はみんなでお出かけしませんか?」

 

 ハナコの柔らかな声がその言葉を遮った。あまりに自然に、優しく差し込まれたその誘いに、一同が一瞬時を止めたように静まる。

 

「……何?」

 

 桂が首を傾げる。その顔には珍しく困惑が浮かんでいた。

 

「おいおい、何言ってんだよ」

 銀時が顔をしかめ、毛布に顔を埋める。「俺は寝不足でまだーー」

 

「トリニティのアクアリウムで、ゴールデンマグロという希少なお魚が展示されているらしいですね」

 ハナコはさらりと告げた。まるで天気の話でもするかのように。

 

「あ、それ私もパンフレットで見ました!」

 ヒフミがぱっと顔を明るくする。「幻の魚と呼ばれているんですよね?」

 

「ちょっと〜先生の話聞いてくんない?」

 銀時が抗議の声を上げるが、誰も耳を貸さない。

 

「ていうか何が幻だよ。捕まって展示されてる時点で幻でも何でもないからね」

 

 そして彼は得意げに指を天に掲げた。

 

「本当の幻ってのはな、この声〇ボールを投げても捕まらないどころか、食事会にも参加しないヅラの中の人のことを言うんだよ!」

 

「つーことでーー」

 

「いけェェェ!〇優ボール!!」

 

「ちょっと!どんなポケモンよ!!」

 コハルがツッコミを入れるも、既に銀時の妄想は最高潮に達していた。

 

「あら?先生、知らないんですか?」

 ハナコがやんわり微笑む。「あのゴールデンマグロ、時価数十億の価値があるらしいですよ」

 

 その瞬間、銀時の動きがピタリと止まる。

 

「……時価……数十億…………だと」

 

 喉が鳴る音が聞こえそうなほどに固唾を呑んだ。

 

「今日は真選組の方々も、何なら事件でいらっしゃらないようなので――」

 

 ゴゴゴゴゴ……ッ!

 

 銀時の椅子が揺れたかと思えば、次の瞬間、

 

「マグロ狩りじゃァァァァァ!!」

 

音速を超えたかのような勢いでドアが吹き飛んだ。

 

 

 ガタガタガタッ! バタン!!

 

「……あら?」

 

 ハナコが微笑を崩さず小首を傾げる。

 

「行ってしまわれましたでござりまする」

 栗子が障子の破れた隙間からぽつりと呟いた。

 

「電光石火とはこういうことか。なるほど」

 アズサは納得したように呟く。

 

「アズサちゃん、頭の上にピ◯チュウが映ってるんですけど、まだポケ◯ン引っ張ってるんですか?」

 ヒフミがそっと突っ込んだ。

 

「トリニティの商店街は大きくて、食べ歩きとか、ショッピングもできますよ」

 ハナコが提案を重ねるように微笑む。

 

「面白そうでござりまする」

 栗子が目を輝かせる。

 

「そ、そんなの校則違反じゃん! だ、駄目ッ!」

 コハルが焦ったように制止の声を上げた。

 

「細かい校則は把握していませんが、結構皆さんこっそりやっていると思いますよ? 意外とそういう方、周りに居ませんか、ヒフミちゃん?」

 

「あ、あはは……そ、そう、ですね……」

 曖昧に笑うヒフミ。自分のブラックマーケット通いが脳裏をよぎり、汗が額を伝う。

 

「ですが、普段であればまだしも、今は補習授業部の合宿中ですし……良いんでしょうか?」

 

「遠出する訳でもありませんし、直ぐそこですよ。何より真選組の方々が朝からいらっしゃらない。コハルちゃんも如何ですか? きっと楽しいと思いますよ」

 

「ぅ……え、っと、正直、その、きょ、興味はある、けれど……」

 

 俯いたコハルの耳先がほんのり赤く染まっていた。

 

「――という事ですが、どうでしょうか、桂さん?」

 

 その問いに――

 

「話は聞かせて貰ったッ!」

 

 桂がずいと前に出て、勢いよく声を張った。傍らには、何時の間にかスケッチブックを掲げたエリザベスの姿。

 

 『脱走こそ合宿の醍醐味!』

 

 その一文が、誰よりも饒舌に、彼らの今日一日を物語っていた。

 

 桂は高らかに腕を掲げ、宣言した。

 

「――よし、では行こうではないか! 束の間の自由を求めて!」

 

「補習授業部、脱出作戦――今、始動だ!!」

 

「うふふっ……♡」

「あはは……き、来ちゃいましたね」

「うぅ……」

「はい……」

 

 トリニティ都市部――賑やかな昼間とは打って変わって、今は静けさが支配する早朝の商店街。明かりを落とした店舗のガラスには街灯の灯がぼんやりと映り込み、時おり通る車のヘッドライトが舗道に流れるような光を描いていく。人通りはまばらで、ひっそりとしたその風景は、どこか非日常の香りを漂わせていた。

 

 そんな夜の街を、補習授業部の面々がこっそりと歩いていた。楽しげに笑う声もあれば、不安げに足取りを緩める者の息遣いもある。どこか背徳的な空気が漂うその光景は、まるで映画の一場面のようでさえあった。

 

 先頭を歩くハナコの足取りは軽い。肩を揺らしてスキップでもしそうな勢いで、満面の笑顔を浮かべていた。一方、アズサはわずかに眉をひそめながらも、視線はきょろきょろと店や掲示板を追っている。不安はある。だが、それ以上に――興味が勝っていた。

 

「どうですか? もう既に楽しくないですか?」

 振り返ったハナコの頬には妖しい笑み。

「禁じられた行為をしているというこの背徳感、そしてそれを同時に行っている仲間がいるという安心感、この二つが合わさって、もう……!」

 うっとりとした声で語るその姿に、ヒフミは思わず肩をすくめる。

 

「ふむ、なるほど」

 アズサは小さく唸った。

「法を破っているのをバレるかバレないかのドキドキを楽しむ街はこんな感じなのか……想像していたよりもスリルがあるな」

 

「えぇ、そうなんです、二十四時間営業の店も多いですから!」

 と、ヒフミが応じる。言葉には明るさがあったが、瞳の奥には人気の少ないの街に対するある種の親しみが滲んでいた。実のところ、こうした“寮抜け出し散歩”は彼女にとって全くの初めてではない。それどころか、彼女の好奇心は時にブラックマーケットへと彼女を導いたほどだ。

 

「二十四時間も営業しているのでござりまするか?……ん、あれはスイーツショップ? あ、喫茶店も開いているでござりまする」

 栗子が興味津々に店先を見つめる。橙色の明かりに照らされたスイーツのショーケースが、夜にも関わらず心を惹きつける。

「モモフレンズのグッズショップもあるんですよ」

 とヒフミが続けると、アズサの目が一気に鋭さを帯びた。

「むっ、何だと!? それは重要な情報じゃないか……!」

 

「ふふっ、さすがはヒフミちゃん、詳しいですね」

 ハナコが含み笑いと共にヒフミを褒めると、当の本人は頬を赤らめ、

「あ、あははは……」

 と乾いた笑いで受け流すしかなかった。

 

 その和やかな空気に突如水を差したのは、コハルの一言だった。

「け、結局乗って来ちゃったけれど、こんなところ万が一ハスミ先輩に見られたりしたら、すっごい怒られそう……」

 

「安心しろコハル殿、だからこうして――」

 その声は、突然すぐそばから響いた。重々しく、妙に芝居がかった口調。

 

「変装しているではないか」

 

 皆が振り向いた先にいたのは――。

 

 光に照らされた路地の入口で、どこかで見たことのある赤青配色のオーバーオールを着た男が仁王立ちしていた。緑のキャップ、厚手の白手袋。手には「キノコはどこだ? クリボーは否」と書かれたプラカード。その隣では、着ぐるみのような白くて大きな謎の生物――エリザベスが無言で立っている。

 

「なんだあいつ!?」「オイ!ア…アレひょっとして世界で一番、有名な配管工マリ…」

 

「マ●オじゃないカツぶふォォ!!」

 振り返りざま、桂の怒号とともに飛び散ったのは、なぜか口からこぼれたキノコの模型。あまりに大声だったため、近くの人がびくっと肩をすくめて足早に逃げていく。

 

「ヤバイ!!ヒゲが!……ヒゲ」

 目を見開きながら慌てふためく桂。

 

 が、その瞬間――

「この変態ッ!!!」

 コハルの回し蹴りが唸りを上げ、空に閃光のような軌道を描いた。

 

 ドゴォンッ!

 

 鈍い衝撃音と共に桂は吹き飛び、頭の緑の帽子を落としながら電柱に激突。プラカードは宙を舞い、エリザベスの足元にひらひらと落ちた。

 

「何考えてんのよアンタは!」

 コハルは息を切らしながら、頬を赤らめて怒鳴る。

 

「こんな格好だったら逆に目立ってつでしょうが!!」

 

 仰向けに倒れながら、桂が呻く。

「この現代社会で和装で歩いている方が目立つと思うが……」

 

「設定に対する意見をここでしないでください」

 と、ヒフミが冷静に突っ込んだ。

 

「それにしても、ハスミさんは後輩たちに優しい方だと聞いていましたが……そんなに怒ったりするんですか?」

「も、勿論優しいわよ! それに文武両道で、さいしょ……けんび? で、品もあって、すっごい先輩なんだから! で、でも怒る時は本当に怖くて……」

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 ――正義実現委員会本部。

 

 その日、委員会の本部は静かに燃えていた。火の手こそ上がっていないが、空気は焼けつくように熱く、精神的にも物理的にも、あらゆる意味で「炎上」していた。

 

 ドォンッ!

 

 何かが壁に叩きつけられる音。高級な木製のテーブルが、無惨にも片脚を折って転がっていた。割れたティーカップの欠片が床に散乱し、その間を縫うように、荒くなった呼吸と震える足音が響いていた。

 

 委員たちは壁際に退避し、まるで猛獣の檻に入ったかのような緊張を顔に張りつけている。会議室の中心には、ただ一人――怒気と憤怒を纏った、ハスミの姿があった。

 

「………」

「………」

 

 マシロも、ツルギも、いつになく口を閉ざしている。下手な言葉は火に油だと分かっていた。いや、下手どころか「言葉」自体が危険物に思えるほど、ハスミの様子は尋常ではなかった。

 

 彼女は拳を握り締め、肩を大きく上下させながら、今にも何かを叫びそうな表情で天井を睨んでいる。いや、天井など見ていない。ただ、怒りの矛先が物理的に存在しないから、その視線は宙を彷徨っているのだ。

 

 そんな彼女に、ひとりの若き委員が震える手を上げた。勇気を振り絞って、声を発する。

 

「は、ハスミ先輩、お、落ち着いて下さ――」

 

「絶対に、絶対に許しませんッ!!」

 雷鳴のような咆哮が室内に轟いた。空気が震える。蛍光灯がわずかにチカッと明滅したようにすら見えた。

 

「万魔殿! ゲヘナッ! どうして、どうしてあそこまで……ッ!」

 声を荒げ、目に怒りの火を灯し、ハスミはその場で一歩踏み出す。床が「ミシ」と軋み、周囲の委員たちは一斉に半歩後ずさった。

 

「ひぃッ……」

 先ほど声を掛けた委員は、わかりやすく膝を震わせてしゃがみ込む。

 

「はぁ……はぁッ……!」

 荒れた息遣いの中で、ハスミはまるで猛獣のように肩を震わせ、握った拳をぐっと自分の胸元に押しつけた。その姿は、まるで怒りという名の刃に胸を貫かれているかのようだった。

 

 やがて――。

 

 彼女は、静かに、だが威厳を持って言葉を紡いだ。

 

「……よく、良く聞いておいて下さい」

 その声には熱と覚悟がこもっていた。静けさが返って場の空気を強張らせる。

 

「私は今此処に、宣言します!」

 

「……?」

 誰かが首をかしげる音が聞こえた気がした。

 

「これから、私はッ……!」

 

 ギラリ、と鋭く周囲を睨んだその瞳は、武器を構えるときのそれに近かった。そして、次に発せられた言葉は――誰一人予想できなかった。

 

「――今度こそ、ダイエットをしますッ!!」

 

「……!?」

 その瞬間、空気が凍った。まるで世界の時間が半秒だけ停止したかのようだった。

 

「……っ!」

 マシロが口を開きかけて、言葉を飲み込んだ。

 

「だ、ダイエット、ですか?」

 ようやく誰かが絞り出すように尋ねる。

 

「はい、ダイエットです!」

 ハスミは力強く頷き、手にした愛銃を天井に向かって掲げた。なぜか勇者の剣を掲げる英雄のようなポーズだった。

 

 ――惨状とダイエット。あまりに結びつかない二つの単語の間に、重くて厚い何かが横たわっている気がしたが、誰も突っ込めなかった。いや、突っ込める空気ではなかった。

 

 その瞳には確かな決意と燃えるような情熱が宿っていた。

 

「これから私が一日に二回以上食事をしたり、おやつを口にするところを発見したら、その場で指摘してどうか叱って下さい!」

 熱弁をふるうその姿は、まるで国家の未来を託された演説者のようだった。

 

「こういった事は自分だけの力では難しいので、宣言しておく方が良いと聞きました! 皆さんの助けが必要なんです!」

 

「は、ハスミ先輩……ゲヘナとの会談で一体何が……?」

 

 ふと、委員の一人が控えめに問いかける。だが、その言葉にハスミは一瞬言葉を詰まらせ――

 

「それは……」

 

 沈黙。次の瞬間――

 

「許せません……な、なんて、何て事を……ッ!」

 

 拳を握り締め、再び怒りを天に解き放つ。

 

 ――それが、どれだけのスイーツを前に我を忘れてしまったのか、あるいはゲヘナの甘味攻撃に陥落したのか、

 

――事の発端は、ほんの数時間前まで遡る。

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 ゲヘナ、万魔殿パンデモニウムソサエティ――来客室。

 

 その名に恥じぬ豪奢な空間。赤と黒のコントラストが絢爛に彩られた部屋の内装は、華美と退廃が手を取り合って舞踏しているかの如く。細密な彫刻が施されたソファに、無造作に脚を投げ出すその人物は、空間において明確な“重力”を持っていた。

 

「私がこのゲヘナ、万魔殿の主……マコト様だ」

 

 言葉と共に放たれるのは、王者の気迫とも、ただの傲慢ともつかぬ圧。外套の飾紐をひらひらと揺らしながら、長い銀灰の髪を纏い、燻んだ赤の瞳を細める少女――羽沼マコト。その眼差しは、視線ひとつで相手を値踏みする肉食獣のそれだ。

 

 一方、対面するハスミ。トリニティ総合学園、正義実現委員会副委員長。生真面目を絵に描いたような少女であり、常に冷静沈着、毅然たる態度を崩さない。

 

 彼女はこのゲヘナに、敵地たる万魔殿に、単身で乗り込んできた。正義の名を掲げ、礼節と矜持を纏って。

 

 だが――その威厳を一瞬で吹き飛ばすような、マコトの声が飛んでくる。

 

「――ふん、どうした? トリニティの正義実現委員会とも在ろう者が、挨拶の一つも碌に出来んのか?」

 

「……トリニティ総合学園、正義実現委員会の――」

 

 形式を守ろうとしたハスミの口上は、途中でぴしゃりと遮られる。マコトが掌を突き出したのだ。

 

「――あぁ、良い、結構だ、素性は既に理解している。いや……今、理解したというべきか」

 

 ハスミは内心で眉を潜める。自分で話を振っておいて遮るとは何たる無礼。だが、感情を露にせぬのが彼女の流儀。静かに、だが鋭く観察の目を向けながら、マコトの言葉の意図を探った。

 

 ――挑発か。あるいは、交渉の主導権を取るための演出。

 

 どちらにせよ、一筋縄ではいかぬ相手。彼女の実力は未知数だが、この混沌たるゲヘナを束ねる手腕、その底を侮るわけにはいかない。

 

 と――

 

「――成程、お前が【トリニティの戦略兵器】と呼ばれる剣先ツルギか」

 

「………え? あ、いえ、私は――」

 

 名を間違えられた。が、それにしても妙な視線を感じる。どこか一点に集中するような、むしろ露骨な――

 

「そうか、想定以上に規格外だな。不愉快になる位に――」

 

 マコトの視線は、明らかにハスミの“胸元”に突き刺さっていた。

 

 沈黙。

 

 不意に、彼女は高らかに哄笑する。

 

「キキッ! だがそんな戦略、このマコト様には通用しない! 出会い頭のインパクトで我々に勝とうなど甘いわッ!」

 

「……はい? 一体、何の話で――」

 

 ハスミの困惑は深まるばかりだが、マコトの勢いは止まらない。まるで暴走する装甲列車のように、論理も現実も置き去りにして突き進む。

 

「イロハ! サツキを連れてこい! トリニティの奴らに負けてなどいない事を示してやるぞッ!」

 

「はぁ……」

 

 傍らに立っていたイロハは、小さく溜息をついた。思考を一度も読んでいない長にして、やたらプライドの高いマコトという存在を、彼女は既に“取り扱い注意物件”として熟知していた。

 

「マコト先輩、この方は委員長のツルギさんではなく、副委員長のハスミさんです。書類にもそう書いてありました。それと、今もし胸の大きさの話をされているのであれば、多分サツキ先輩が来ても勝てないと思いますよ」

 

「……は、胸?」

 

「な、なにぃっ!? ツルギじゃないだと!? ば、バカな……代役……!? 舐められたものだ、この期に及んで小細工とは……!」

 

 マコトの脳内に、トリニティの陰謀が稲妻のように走る。今この瞬間にも、見えない情報戦の火花が散っていると確信して疑わない。

 

「そうか! つまりこれは最初から会議ではないッ! 【デカさ】でこちらの精神を揺さぶるための高度な情報戦……! トリニティッ、正義実現委員会……! 何と狡猾なッ!!」

 

「いえ、だから元々ハスミさんが来る予定で――私の話聞いてます? あ、やっぱり聞いてませんね?」

 

「ぐ、ぬぅ……ッ! 不愉快な位大きな胸をこれ見よがしに見せつけおって……! 喧嘩を売っているのか! この万魔殿のマコト様に対してッ!?」

 

「落ち着いてください。あともう胸の話はやめてください。そろそろ万魔殿として恥ずかしいです」

 

「はぁー……どうして異三郎さんがいらっしゃらない時に限ってこうなるんでしょう……」

 

「イロハッ! こうなったらあれを用意しろッ! このままこの【デカ女】に負けてたまるかっ!」

 

「――デカ女?」

 

 ピキィ――ッ。

 

 音がした気がした。正確には、ハスミの額に青筋が走る音である。

 

「……なるほど。では、こちらからも申し上げますが」

 

 静かに、凍てつくような声で、ハスミが立ち上がる。

 

「この会議、終了とさせていただきます」

 

「ま、待て、まだ話は――」

 

「遅いです」

 

 イロハは、その凍気に気づいていた。ああ、これはもう駄目だ、と。だからこそ誰よりも早く、迷いも未練もなく、資料を机に置いて立ち上がる。

 

「はぁ、お強い異三郎さんも信女さんもいらっしゃらないので取り敢えず私は逃げますね、じゃ」

 

 その動きに迷いはなかった。まるで熟練の戦場カメラマンのような脱出速度で、彼女は扉の向こうへと姿を消す。

 

「お、おい、イロハ!? 何処へ――」

 

「………」

 

 マコトが叫ぶ隙もなく、ハスミは拳を振り上げていた。

 

「おい、ま、待て、そ、その拳は何のつもりだ、やめ――ッ」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

「………」

 

 コハルの口から語られた一連の顛末に、補習授業部の面々は言葉を失っていた。誰もが、曖昧な沈黙の中に沈んでいる。街の雑踏は遥か遠く、夜風だけが皮膚を掠めていく――冷たさというより、どこか乾いた切なさを含んだ風だった。

 

「それで、その会議自体駄目になって……それ以来、ハスミ先輩、ご飯もあんまり食べてなくて……」

 声を絞り出すように、コハルが小さく告げる。その表情には、自責とも悲しみともつかぬ翳りが差していた。

 

「そんなことが……」

 ヒフミがそっと眉を寄せた。胸の内に広がるのは、怒りよりも戸惑い。

「ゲヘナの方々に怒るのも分かります。その様なことを……面と向かって言われては、無理もありません」

 

「何、大きいことは悪いことではないだろう」

 唐突に口を開いたのは桂だ。彼は腕を組み、何やら哲学的な表情を浮かべている。

「体が大きいことで相手を牽制――」

 

「桂さん、そういう意味の“大きい”じゃないと思います……」

 アズサが微妙な表情で遮ると、空気が少しだけ和らいだ。

 

「で、でも、ハスミ先輩は、色んな意味で強いから大丈夫!」

 声を張るコハル。自分に言い聞かせるような、そんな必死さが滲んでいた。

「あれからずっと、自分との約束を守って……頑張ってるし……!」

 

 その言葉に応えるように、彼女たちの足音が夜の舗道を軽やかに刻んでいく。ふと、アズサの視線がある一点で止まった。

 

「……むっ」

 彼女が小さく唸る。視線の先には、小洒落たスイーツ店。暖色の灯りがショーケースに反射し、甘く芳ばしい匂いが夜風に乗って漂ってくる。

「こんな所にスイーツ屋が。それも……凄く良い匂いだ」

 

「なんだか……話していたらお腹が減ってきましたね」

 ヒフミの頬が緩む。店先のメニューに目をやりながら、ふと笑顔が戻る。

 

「折角ですし、此処で何か食べて行きましょうか?」

「そうですね……あっ、この限定パフェ、凄く美味しいって聞いた事あります! 二十四時間営業なんて……知らなかったですけど!」

 

 そんな盛り上がりに、突然、ピシャリと割り込む声。

 

「ダメだ!」

 

 全員の動きが止まり、視線が声の主――桂へと向けられる。

 

「桂さん、どうしたんですか……?」

 

「武士は質素で素朴なものを食していれば良い」

 桂は腕を組んだまま、月を背に仁王立ちする。まるで講義でも始めるかの様に口調は熱を帯び、

「イチゴ牛乳だ、パフェだ。そんな甘ったれた軟弱なものを食していたら、身体だけでなく心まで堕落してしまうからな!」

 と、顔を赤らめながら、やけに真面目に言い放った。

 

「なんでそこだけバカ真面目なのよ……というか私たち武士じゃなくて学生だし」

 コハルがジト目で呟く。

 

「まぁまぁ、そうは言わずに……」

 ハナコがいつも通りの柔らかな声で桂をなだめる。

 

「のりこめ~でござりまする!」

 満面の笑みを浮かべ、栗子が駆け出す。まるで戦場に突入するかの如き勢いで、スイーツ屋の扉を押し開ける。

 

「お、おい!」

 桂の制止の声も虚しく、次々と店内へとなだれ込んでいく補習授業部の面々。談笑と甘い香りが一気に溢れ出す。

 

 残されたコハルは一人、立ち尽くす。まるで流れに取り残されたかのように、きょろきょろと辺りを見回し――そして、そっと口元を押さえた。

 

「うぅ……だ、誰も見ていないよね……?」

 

 誰の視線もないことを確認すると、小さく「ま、待って……!」と呟き、スカートの裾を摘んで店の中へと駆け出していく。その背中には、どこかいたたまれなさと、甘い誘惑への小さな敗北が、ほんのりと滲んでいた。

 

 「いらっしゃいませ~」

 

 甘やかな声が店内に響く。夜明け前の静寂が色濃く残る中、その店はまるでぽつりと灯った小さなオアシスのようだった。光は柔らかく、空間は温もりを孕み、鼻孔をくすぐる甘い匂いが気持ちを弛ませる。

 

 人影はまばらで、奥の席やカウンターにちらほらと静かな客の姿があるだけ。二階へと続く階段が、控えめに開いた秘密の領域のように口を開けている。

 

「法を破ってスイーツ屋に……」

 ヒフミがそっと口を開く。その声は震えているわけではないが、普段よりもわずかに熱を帯びていた。

「緊張もありますが、何だか凄くワクワクしますね」

 

「うん、確かに」

 アズサが微笑みながら頷いた。彼女の瞳が、ディスプレイ越しのケーキやパフェを見つめて微かに輝く。

 

「五名様でしょうか? 席はお好きな場所にどうぞ。既にお決まりでしたらご注文を伺いますが」

 

「えっと……あ、限定パフェって、まだありますか?」

 

 ヒフミが店員に声をかける。視線は頭上のメニューへと向いていたが、心はどこか、ほんの少し希望を抱いていた。この時間なら、もしかしたら、と。

 

「あぁ、申し訳ございません。限定パフェは先程、別のお客様が三つほどご注文されて最後となりました」

 

「……あ、そうですか……」

 ヒフミの肩が、しゅんと小さく落ちる。

 彼女の脳裏には、友人が「とろける幸福感」と語っていたその味がありありと浮かんでいた。だからこそ、僅かな落胆が胸に広がっていく。

 

「ふむ、一歩遅かったか……こんな時間まで狙われているなんて、侮れないな」

 桂が真顔で頷き、何やら深刻な事態でも語るように呟いた。

 

 するとその時、ヒフミが次のメニューを探そうと視線を彷徨わせていたその最中――ふと、どこか聞き覚えのある声が耳を打った。彼女の思考が止まる。視線が自然とその声の方向へと吸い寄せられていく。

 

 そこにいたのは、一人の少女。制服の襟元が乱れ、手にスプーンを持ったまま、まるで時間が止まったかのように固まっていた。

 

「――み、みなさん?」

 

 声が震える。

 そして、次の瞬間――

 

「あ、ハスミ殿」

 桂があっさりと口にしたその名に、時が跳ねた。

 

「えっ!? は、ハスミ先輩!?」

 コハルの目が見開かれ、顔が見る間に蒼褪めていく。信じられないものを見た、というより信じたくない現実に直面した時の、あの表情だった。

 

「あら……もしかして、それが限定パフェですか? 何やら沢山……」

 

 ハナコの視線は自然とハスミの前に並んだパフェの器へと落ちる。空になったガラス容器が三つ、その口を開けてきらめいていた。

 

「桂さん、それに補習授業部の皆さんも……こんな時間に一体……」

 ハスミの声は微かに揺れていた。羞恥と戸惑いが混じり合い、表情には曖昧な苦笑が浮かんでいる。

 

「あ、あぁああぁあ………」

 コハルは頭を抱えて蹲る。背中がみしみしと小さく震えていた。

(なんで……なんでここにいるの……!?)

 

 一方、ハナコはというと、何事もなかったかのようにすっとハスミの隣へ歩み寄り、にこやかな笑みを浮かべた。

 

「ハスミさん、奇遇ですね♡ 朝っぱらにパフェを三個も……確かに朝なら消費エネルギーが多く夜よりはマシですが、カロリーがないわけではありませんよ? ダイエット中と伺いましたが?」

 

「えっ!? な、何故それを……こ、これはですね……――」

 

「ふふっ、はい、心中お察しいたします。真夜中に襲ってきた“悪しき欲望”を抑えようと必死に我慢し――しかし、結局は導かれて……ここまで来てしまったのですね?」

 

「わ、悪しき欲望……? い、いえ、その……!」

 

「そうして欲望のままに振る舞った後、理性を取り戻した頃にはもう……取り返しのつかない方向に堕ちていたと……ふふっ」

 

「な、何やら云い方に邪な意思を感じるのですが……?」

 

「まぁ、朝だろうがなんだろうが、腹が減っては戦はできんからな……ハスミ殿、お隣、良いか?」

 

「あ、はい……ど、どうぞ」

 

 桂も平然とハスミの隣へ腰を下ろす。その流れに従って、補習授業部の面々もそれぞれ空いている席へと着いていく。

 

 だが、コハルだけは違った。

 彼女は小動物のように、ハナコの影へとそっと身を隠していた。顔色は青ざめ、視線は泳ぎ、肩は縮こまっている。

 

 だが、ハスミの目はしっかりと彼女を捉えていた。

 

「んんっ……か、桂さん? 自分のことを棚に上げるようですが、補習授業部の皆さんは、確か合宿中の外出が禁じられていたはずでは……?」

 

「何、これは校外学習と言ってな。世の中に蔓延る悪しき上層部を根絶やしにする見学会を――」

 

「誤解を招く言い方をしないでください!」

 ヒフミの声がピシャリと割って入る。

 

 ――はぁ。

 

 ハスミは軽くため息をついた。その表情には、困惑と、そしてわずかな笑みが混じっていた。銀時や桂のような“外の人間”の空気を、今や彼女も理解し始めている。

 

(生徒のためであれば、多少の違反も目を瞑る……そういう人たちなのだ)

 

 だが、今の自分にだけは、それを責める資格などない。

 

 ハスミは、手に持っていたスプーンをそっと容器に戻し、柔らかな声で告げた。

 

「……ここはお互いに、見なかったことにするとしましょうか」

 

「そういうことで、頼む」

 

 まるで何事もなかったかのように――

 

 ここへは、お互い訪れなかった。出会うこともなかった。

 それが、今この場における“最適解”なのだ。

 

「は、ハスミ先輩、その……」

「コハル、お勉強は頑張っていますか?」

 

 怯えるように口を開いたコハルに、ハスミは驚くほど穏やかな声音で問いかけた。その声は、冬の朝に差し込むやわらかな陽射しのように、じんわりと胸を温める。コハルは一瞬、何かの聞き間違いではないかと目を瞬かせた。

 

「コハルちゃんは頑張ってますよ!このままいけば合格圏内に届く位、頑張っていて……!」

 

「――そうでしたか」

 

 ハスミは確かにその事実を知っていたのだろう。それでも、改めて言葉にされることで、安心と喜びが胸に灯るようだった。コハルは口元をもぞもぞと動かしながらも、視線だけはそっとハスミを伺っていた。

 

「うぅ、その、えっと……」

 

「それは何よりです。言ったではありませんか、コハルはやればできると」

 

「ハ、ハスミ先輩……」

 

「そうです、あの時も――」

 

 

「応援していますよ、コハル。お勉強、頑張ってください」

 

「うぅ、は、ハスミ先輩……」

 

 それは数日前、銀時と近藤と共に禁書本を正義実現委員会へ返却しに行った日のこと。

 コハルはその場に取り残されるように、ハスミとふたりきりになった。張り詰めた空気が肌に突き刺さる。吐く息さえ音を立てそうな静寂のなか、コハルは酷く緊張していた。肩がぴくりと震える。

 

 ――成績不振、仮脱退、補習授業部。

 

 自身に突きつけられた現実の言葉が、鉄鎚のように心を打つ。今さらどんな顔をして会えばいいのか、何を話せばいいのか……。

 

「補習授業部の方では、ちゃんと過ごせていますか?」

 

「は、はい、その、多分……ですが」

 

「本来の目標を忘れないでください。私は、ただ目の前の勉強の話をしている訳ではないのです。あなたにはこれから、この正義実現委員会の一員として、頑張ってもらいたいのですから」

 

 その言葉は、ハスミの瞳と共にまっすぐにコハルの胸を貫いた。まるで、深く冷えた井戸に熱湯を注ぎ込まれたように、心の奥底がじんわりと動き出す。

 

「でも、そんな……わ、私には、到底無理な気がして……そんなすぐ成績を上げるなんて、先輩と一緒に居たい気持ちは本当ですが、私には、余りにも、その、難しい事で……!」

 

 声が震えた。目が潤む。分かっている、分かっているのだ――自分は並以下の存在だと。

 「エリート」と自称していたのは、虚勢に過ぎない。戦闘も、指揮も、外交も、自信など何一つ無い。けれど、そんな自分が憧れた、あの場所。正義を体現する者たちの中に、確かに自分の名があった。たとえ一瞬でも――。

 

「――それでは駄目なんですッ!」

 

 ハスミの声が雷鳴のように空気を震わせた。

 コハルはビクリと肩を跳ね上げ、目を見開く。ハスミの双眸は、これ以上ないほど真剣だった。鋼のように揺るぎない視線が、まっすぐに己を射抜いてくる。

 

「……ごめんなさい、急に大声を出してしまって。ですがコハル、いいですか? 私たちがこれからもずっと一緒にいる為には、今、頑張ってもらわなければいけないのです」

 

「ハ、ハスミ先輩……」

 

 両肩に置かれた手の温もりが、確かな想いを伝えてくる。期待。信頼。自分を「ただの凡人」だなんて思っていない――彼女は本気で、自分に可能性を見ているのだ。

 

「それに銀さんたちも、必ず手助けしてくれます。ええ、きっと、全力で……そんな先生の期待に応えるためにも、勉強を頑張るのが今、コハルのやるべきことです」

 

「……はい、わ、私、精一杯頑張ります!」

 

「ええ――期待していますよ」

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

「……えへへっ、は、ハスミ先輩の期待を裏切りたくないですから……」

 

 あの時の言葉が、まるで胸の中で灯り続けるランプのように、今の自分を支えている。コハルは自然と笑みをこぼす。ハスミはそんな彼女を、まるで慈しむように見つめて頷いた。

 

「ええ。引き続き応援していますよ、コハル。早く正義実現委員会に戻って来て、一緒に任務が遂行できる時を、心待ちにしていますから」

 

「は、はい! 頑張ります……っ!」

 

 友情と信頼が、目には見えずとも、はっきりとそこに存在していた。

 桂とエリザベスは、それを眺めながら、心の中でまるで瀧のように涙を流していた。

 

「これが、若さ……か」

『てぇてぇ』

 

「あら、桂さんたちが何やら菩薩のようなお顔を……」

「た、多分、感動しているんじゃないでしょうか……?」

 

 その通りだった。二人は静かに目元を拭い、静かに頷いていた。

 

 しかし、そんな感動的な時間は、唐突に響いた電子音によって破られる。

 

「? 失礼――」

 

 電子音の発信源はハスミの端末だった。彼女はポケットから端末を取り出し、画面を見つめると眉をひそめる。発信者は正義実現委員会の後輩――イチカ。

 

「こんな時間に連絡? 一体……」

 

 呟きながら、応答ボタンに指を滑らせた。

 

「はい、イチカ? どうかしましたか」

 

『すみません先輩、こんな時間に……ちょっと問題が発生しちゃいまして、今どちらに?』

 

「少々用事があって外に出ていましたが……問題とは? 詳細を聞かせて頂けますか」

 

『えっと、どうやら学園の近郊にゲヘナと推測される生徒達が無断で侵入したらしく……さらに無差別に銃撃を行いつつ、トリニティの施設を襲撃している、との情報が』

 

「襲撃……?」

 

 ハスミの表情が一瞬で変わる。

 張り詰める空気。指が愛銃のグリップを本能的に掴み、脳内では即座に弾数と装備の再確認が行われていた。

 

「まさか夜襲を……? 相手はゲヘナの風紀委員会ですか? それとも万魔殿がついに本性を?」

 

『あー、いえ、それが……』

 

「――誰であれ、恐らく狙いはエデン条約の妨害でしょう。直ぐに向かいます……! 敵の規模と場所、施設の情報を」

 

『落ち着いて聞いて欲しいっす先輩。取り敢えず相手はゲヘナ風紀委員会ではなく、兵力も全然少なくて、確認されているのは五名だけっすね』

 

「は……五名? それも、風紀委員会ではなく?」

 

『はいっす』

 

 想定外の情報に、ハスミの眉がわずかに動く。

 五人という規模、風紀委員会でないとなれば、これは単なる襲撃とは別の――。

 

『それで襲撃された場所なんですけれど……アクアリウムみたいっす』

 

「あ、アクアリウム……何故、そのような場所を……?」

 

『さぁ、あたしにも良く分からないっすけど、何だか展示中だった希少種の【ゴールドマグロ】を強奪して逃走しているとかで……』

 

「……ゴールド、マグロ」

 

 ハスミの思考が一瞬停止する。その言葉の重みに現実味が伴わない。

 

『えぇ、すげー高い魚らしくって、多分どこかに売り飛ばそうとしてるんじゃないっすかね? あ、追加で今、いくつか情報が――』

 

 紙をめくるような音が通話の向こうで響く。

 

『えーっと、どうやら相手は……ゲヘナのテロリスト集団、【美食研究会】らしいっすよ』

 

「美食――まさか、食べるつもりですか!?」

 

『それは分かりませんけれど、首謀者は会長の【黒舘ハルナ】。ゲヘナの中でも要注意人物とされている例の奴っす』

 

『おまけに銀髪の木刀を持った男性が“マグロ狩りじゃァァァァァ!!”と叫びながら、美食研究会と共に対抗しているとか』

 

「なんですって!?」

 

 コハル「銀髪で」

 ハナコ「木刀を持って」

 アズサ「マグロ狩りじゃァァァァァ……」

 

 三人の脳内に、今朝の記憶が鮮明にフラッシュバックする。

 そう、あの瞬間――

 

『マグロ狩りじゃァァァァァ!!』

 銀時が叫びながら、血気盛んに飛び出していったあの光景が。

 

ヒフミ「あの人は何やってるんですかァァァァァ!!」

 

ハスミ「なるほど……みなさんの中に彼がいないなと思ったら――」

 

「そういうことだったのですね」

 

 バキィィ……。

 

 端末を握るハスミの手から、骨が軋むような音が響いた。

 

ーーーーーーーーー

 

土方「コラァ待ちやがれェェェ!!」

沖田「そこの暴走集団止まりなさ〜い」

 

 怒声とともに、トリニティの石畳を蹴って疾走する真選組の姿があった。黒い隊服が風を裂き、銃声にも似た怒鳴り声が街に響く。

 

ツルギ「キシャシャシャ…キシャァァァァァ!!」

 

 狂気じみた笑い声が、まるでカラスが不吉を告げるように空に舞った。

 

ジュンコ「――ねぇぇぇええッ!? 何でこんなところまで来ちゃったの!? トリニティのど真ん中じゃん!? 色んな人に追われるしっ、服はずぶ濡れだしっ、走り回って疲れるしッ!」

 

 声を張り上げるジュンコの姿は、まるで嵐に巻き込まれた猫。濡れた髪が頬に張り付き、手にしたARが重さを増して彼女の腕を引く。追跡者の足音は刻一刻と近づき、喉元まで迫る焦燥が彼女の足取りを更に乱す。

 

アカリ「仕方ありません、あのゴールドマグロと聞いては黙って見ている訳にもいきませんし☆」

 

 金髪の巻き髪を揺らし、アカリはひょうひょうとした口調で言う。その笑顔は、追手の数など眼中にない、熟練のギャンブラーのような余裕に満ちていた。

 

ハルナ「ふふっ、あの伝説のマグロを只の観賞用として扱うだなんて……そんな事、美食に対する礼儀がなっていないというものですわ。ねぇ銀さん」

 

銀時「全くだ。こういう希少価値の高ぇ魚は俺たちの手で新しい価値を生み出されるためにあるんだよ。……こっちはビジネスで来てんだからな、ビジネスで!」

 

 銀時の木刀が肩に跳ねるたび、どこか軽薄なようで妙に真剣な目が光る。冗談半分、本気半分。その中間こそ、坂田銀時という男の立ち位置。

 

 トリニティ自治区、午前の陽が斜めに差し込む交差点。舗道を叩く靴音の洪水が、静寂を押し流していた。

 その中心で、紅い髪を振り乱し、全力疾走するジュンコの悲鳴が木霊する。

 その後ろに続くのは、美食研究会のメンバー達――そして一際異彩を放つ銀髪の剣士。裾が翻り、腰に差した木刀が軽やかに風を切る。

 

 さらに一際目を引くのは、ずしりと重みを持って担がれた巨大な存在――金色に輝く幻の魚、ゴールドマグロ。

 

 まるで伝説の遺産のようなその魚体は、太陽の光を浴びて宝石のようにきらめき、道行く人々の視線をことごとく奪っていた。

 

 ――これを担いでいたのは、ゲテモノ喰い・イズミ。暴れるマグロに振り回されながらも、彼女は歯を食いしばっていた。

 

ハルナ「美食というものは、孤高でありながら普遍的でなくてはなりません……ただ見世物としてお金稼ぎの手段に終わるなど、このゴールドマグロさんも望んでいない筈……私達はただ、その声に共鳴しただけ――そうですよね、フウカさん?」

 

「んんっ!? んーっ!? んんんッ!?」

 

 ハルナの肩に括り付けられた簀巻きの少女が激しく首を振る。給食部部長・フウカ、その人である。猿轡で口を塞がれ、眼には涙が滲む――だが、それをハルナは「感動の証」と勘違いして深く頷いた。

 

ハルナ「銀さん、彼女はなんと?」

 

銀時「えぇ彼女は、こんな素晴らしいゴールデンマグロの一部を解体でき、美食研究会のみなさんとこの銀ちゃんに手料理を出せるなんてこの上ない幸せですって言ってるよ」

 

アカリ「猿轡のせいで、何を云っているのかさっぱりですけれどね☆」

 

イズミ「わっ、このマグロまだびちびち跳ねてるっ、ヒレでびんたされ、ひぶっ!?」

 

ジュンコ「イズミ、ちゃんと捕まえていてっ! それ、すっごく高いんだからッ!」

 

銀時「お前落としたら承知しねぇからな!トロ部分は食ってあとは売り捌くからね!値段が落ちたら儲け無しだからね!」

 

 銀時の声は、もはや命の叫びに近かった。経済的な意味で。

 

イズミ「ところで、コレいつ食べられるの? マグロにはビンタされるし、黒いセーラー服の子達には追いかけられるし、そろそろお腹空いたんだけれど!」

 

アカリ「ん~、流石にこんな場所で実食、とはいきませんよねぇ」

 

ジュンコ「あの黒い服って、正義実現委員会と真選組だよね? こっちの風紀委員会と同じ位いやそれ以上にヤバい連中だよ! どうするのハルナ、逃げ切れるの!?」

 

ハルナ「ふふっ、逃げ切れるかどうかなんて、大した問題ではありませんわ」

 

 銀髪を払うハルナの瞳に宿る光は、まるで戦場に立つ将軍のそれだった。フウカを担いだまま、まっすぐ前を見据え――

 

ハルナ「――大事なのは食べられてーー」

 

銀時「金になるか」

 

銀時&ハルナ「ただそれだけですわ!(それだけよ!)」

 

 ハモった声に背後の空気が揺れる。もはや彼らの中で“常識”や“法”という言葉は音を失っていた。

 

「つまりは食べるか、死ぬかeat or die! その二択、それこそが私達美食研究会が歩むべき孤高の道なのですッ!」

 

アカリ「ふふっ、結局そういう事ですよね☆」

 

 アカリが持つボトムレスの安全装置が「カチャリ」と静かに解除され、死神の秒針が動き出す。

 

 そして次の瞬間――

 

山崎「居たぞッ! 例の連中だ!!」

「逃すなッ!」

 

 正義実現委員会の制服を着た少女たちと黒い制服に身を包んだ真選組の男たちが、まるで戦車のように押し寄せてくる。黒き規律の化身。正義という名の鉄槌。

 

ジュンコ「わわっ、また来た!? 適当に戦って早く逃げないとっ!」

 

ハルナ「えぇ――さぁ、包囲を破って退却します! 一刻も早く、フウカさんに新鮮なマグロのお造りを作って頂かなければっ!行きますよ銀さん!」

 

銀時「おう!」

 

「んんんッ~~!?」

 

 叫びに似た悲鳴をあげるフウカの瞳は、何かを超越していた。善も悪も、空腹も理想も、すべてを超えてただ「誰か、助けて」と訴えていた。

 

ハルナ「では、素晴らしき美食の為に――いざ!」

 

 こうして、空腹と欲望と金の臭いに塗れた大騒動。

 美食研究会&銀時 vs 正義実現委員会&真選組――

 混沌と狂気のフルコースが、今ここに開幕した!




次回

ヒフミ「銀さァァァァァン!いい加減にマグロ返してください!」

銀時「嫌だね!俺はこのままとんずらして億万長者として生きていくから!!」

お妙「ゴラァァァァァァ!!フウカちゃんを返せって言ってんだろうがァァァァァ!!」

近藤「お妙さァァァァァン!!」

お妙「ちょうどいいバットがここにあったわ」

土方「近藤さァァァァァン!!」

次回 窃盗はダメ!絶対!

〜透魂〜第一回キャラクター人気投票

  • 銀時
  • 新八
  • 神楽
  • 沖田
  • 土方
  • 山崎
  • 高杉
  • 定春
  • エリザベス
  • ホシノ
  • シロコ
  • ヒナ
  • アコ
  • ミカ
  • ナギサ
  • セイア
  • ユウカ
  • ノア
  • 近藤
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