透き通る世界を照らす銀魂(ぎんのたましい) 作:時代に遅れている
なんか切り替え方おかしいかもだけど
そろそろ面白くなるんで……第一幕のクライマックスまで解除は待ってクレメンス
合宿所ロビー。時刻は早朝、窓の外ではまだ山の稜線が朝焼けに染まりきっておらず、薄い紫色が辺りを包んでいた。
その空気の中、補習授業部の面々は無言で集まっていた。
――誰もが、目の下にクマを携え、魂の抜けた目で立っている。
「揃ったな……」
銀時が、妙に威厳を持たせた口調で言う。全員が眠気の沼に沈みかけている中、彼一人だけはやけに元気だった。髪からはまだかすかに湯気が出ていたが、それすらもう誰もツッコまない。
「これより第一回卒業試験突破会議を始めまーす」
その言葉に合わせ、隣に立つ桂が声を張る。
「拍手ゥゥゥ!!」
――シーン。
部屋の空気が止まる。拍手など、誰一人として手を動かす余裕すらない。全員、今にも意識を落としそうだ。
「拍手ゥゥゥ!!!」
再び桂が叫ぶ。今度は強引に、彼自身がパンパンと手を叩いた。それに促され、数名が義務のように弱々しい拍手を返した。
ぱち……ぱち……ぱち……
その音が逆に虚しく響く。
「いいかお前ら〜」
銀時が座卓に肘をつきながら、だらけた口調で言い出した。
「全部で三回ある試験のうち、お前らは二回も不合格を食らってる。これ、普通ならレッドカードってやつだ。いくらあの毒吐き柱――ナギサのせいとはいえ、現実は非情。退学コースまっしぐらってワケよ」
重苦しい沈黙。誰もが脳裏に浮かぶ、“追放”の二文字。
その重さを吹き飛ばすように、銀時が身を乗り出して言った。
「そこでお前らのテストでーー、どんなチートをして合格するかの意見をこいたい!!」
堂々と。不正上等の姿勢で。
「ちょ、ちょっと待ってください!!」
鋭い声が飛んだ。ヒフミだった。睡眠不足のはずなのに、その瞬間だけは瞳がギラリと輝いている。
「なに先生ともあろうあなたが、生徒に堂々と不正を働きかけてんですか!?」
銀時は鼻で笑う。
「不正? 聞き捨てならねぇな。これは“俺のやり方”だ」
「どんなやり方ですか!」
「○殺教室の渚も言ってただろ。『戦って勝たなくていい。殺せば勝ちなんだ』ってな」
横から桂が目を細め、補足する。
「つまりは“正々堂々と戦わずとも、勝利を得ればいい”という、勝負の本質を突いた名言でーー」
「それ、自分の得意なことを生かして勝負するって意味です!! あなたたちみたいに不正を正当化するための言葉じゃないですからね!?」
ヒフミの怒号に空気がピリつくが、それを切り裂いたのはアズサの静かな声だった。
「……ちょっといいか?」
銀時が振り返る。
「ん?」
アズサの隣で、ハナコがにこりと笑った。
「私たちに案があるんですけど♪」
場面が切り替わる。
ティーパーティー本部。白亜のテラス、紅茶の香りがほんのりと漂う。
陽射しは穏やかで、鳥の囀りさえどこか気品を帯びている。
その中、ナギサが優雅にティーカップを持ち上げた。
「おや? ヒフミさん。珍しいですね。あなたからここに来るなんて」
「アハハ……ちょっとナギサ様とお話ししたいな〜って思いまして……」
ヒフミの声は上ずっていた。笑顔も、微妙に引きつっている。
ティーカップの中の液面が、わずかに震えていた――彼女の指先と同じように。
回想が挟まる。
合宿所、前夜。
「え!? 次回のテスト用紙の内容を記録に残す!?」
コハルが目を丸くする。
「はい。あのナギサさんのことです。どうせ、また私たちを嵌める計画を立ててるはず。その中に、テスト用紙のデータもあるでしょう」
ハナコの声は落ち着いていた。まるで、既に勝ち筋が見えているかのような静けさだ。
「そこでそのデータを盗み、次回の試験を有利に進めようという案だ」
アズサが短く補足する。作戦は明快。だが、実行が難しい。
銀時が眉を上げた。
「なるほどな。けどティーパーティー内部にどうやって潜入するんだ? あの疑心暗鬼状態なら簡単に入れねぇだろ」
「そこは大丈夫です」
ハナコがにっこりと笑い、すぐ隣のヒフミをちらりと見る。
「ヒフミさんに“惹きつけ役”をお願いするんです。ナギサさん、ヒフミちゃんにはとっても弱いですから♪」
そして、現在。
ヒフミの心の中では、葛藤が渦を巻いていた。
(うぅ……とうとう私自身もナギサ様を欺くことになるなんて……。でも、でもみんなのためだし……!)
笑顔を保ちながらも、胸の奥では静かな裏切りの痛みが波打っていた。
それでも彼女は、ティーカップの香りとナギサの視線を前に、演技を続ける。
――作戦は、すでに始まっていた。
合宿所の屋上。まだ朝靄の残る空の下、銀時はフェンスに肘をつきながら、じっと遠くを見ていた。
「どうやら、ヒフミのやつ……うまく惹きつけてるらしいな……」
まるで、戦地に仲間を送り出した指揮官のような声色だった。だが、頬に貼った湿布が全てを台無しにしている。
傍らで双眼鏡を覗いていたコハルが呟いた。
「すごいわね……。本当にティーパーティーと繋がりがあったなんて……」
その声には驚きと少しの羨望が混じっていた。お菓子とティーカップの空間が、今や潜入先になるとは思いもよらなかったのだろう。
アズサが時計を確認し、淡々と告げる。
「先生、そろそろアレの時間だ」
「ああ、そうだな……」
銀時が静かに頷き、腰の木刀に手をかける。
その塚の部分をひねると、スッと飛び出してきたのは、やけにダサいサングラス。それを顔にかけた瞬間、空気が一変した――ような気がしただけだった。
「聞いているか? ハン〇くん」
桂がどこからともなく現れ、無駄に深刻な口調で言い出す。
「これから与えられる任務は、ナギサ殿が企てているテストの計画書、並びに次回テスト用紙のデータを盗み出すことにある」
その横顔はやけに真面目だったが、背後からエリザベスが「また始まった」と言わんばかりにプラカードを掲げていた。《無許可路線》
コハルが眉をひそめて、突っ込む。
「いや、ハン〇なんて人ここにいないし……ていうかなんでそんなスパイ映画みたいな感じで連絡取ってんの?」
桂はそれにも動じず、続ける。
「例によって、貴様、もしくは仲間のメンバーが捕えられ、あるいは◯されても、当局は一切関知しない。そのつもりで。成功を祈る。なお、このメッセージは5秒後に自動的に消滅する」
「うぉっ!?」
銀時が慌ててサングラスを外そうとした瞬間、**「ボンッ!!」**という小爆発音が鳴り、レンズの一部が黒こげに。
銀時が顔をしかめながら木刀を構え、勢いよく宣言した。
「よし、俺たちも始めるとするか!」
その瞬間。
――♪チャッチャッチャーラッチャッチャッチャーラチャッチャチャーラ〜〜♪
「ミッション・イン◯ッシブル」のメインテーマが、どこからともなく鳴り始める。
銀時は風を切ってトリニティの中庭を走る。
――その姿はもはや“銀時”ではなくトム、“銀走り”とでも言うべきか。腕を直角に構え、やたらと縦に激しく上下する「トム走り」の完全再現だった。
一方。
アズサはすでに屋根の上から静かにロープで降下していた。黒のスーツ姿に身を包み、完璧なまでに無表情。空気すら彼女を避けるように流れていく。
そのすぐ下――ティーパーティーのテラス。
まるで映画のワンシーン。だが彼女のヘッドセットからは、平然とした声が漏れる。
「目標、視認。進入開始」
その様子に続くように――
「ヴァァァン!!」
けたたましいエンジン音が轟いた。
ハナコが、スクール水着姿でバイクにまたがって現れた。
なぜライダースーツではなく水着なのか。それを問う者は、もう誰もいなかった。
彼女は笑顔のまま、トリニティの噴水前を爆走する。通り過ぎる生徒たちは悲鳴と驚愕を交え、道をあける。
すべては、計画通り――のはずだった。
「ちょっと待ちなさいよアンタたち!!!!!!!」
耳をつんざくような怒鳴り声が、屋上に響き渡った。
コハルだった。両手を腰にあて、髪を逆立てながら地団駄を踏んでいる。
その叫びと同時に、テーマ曲が**「キュッ…………プツッ」**とレコードが擦れたように途切れた。
バイクのスロットルに手を添えていたハナコの指が硬直し、アズサはロープで中空にぶら下がったまま静止。銀時に至っては、変な角度でトム走りの姿勢を固めたまま、膝がプルプル震えていた。
銀時がゆっくりと、ぎこちなくコハルの方に首を向ける。まるで古いロボットのような動きだった。
「……何?」
その声は、まるで寝ぼけた猫のようにとろんとしていた。が、場の空気はすでに修羅場の一歩手前だった。
じとりとした視線がコハルに注がれる。皆が一斉に「お前が空気壊した」みたいな目をしていたが、当のコハルは怯むどころか、その視線に火をくべた。
「“何”じゃないわよ!!何よその走り!その降り方!!完全にミッションイン◯ッシブルそのものじゃない!!?」
銀時はその抗議にもどこ吹く風で、木刀を肩に引っかけながら口元を緩めた。
「何言ってんだ?こうした方がな、やる気も上がんだろ。ノリってのはな、時に命より重ぇんだよ」
間を置いて、サムズアップしながら高らかに宣言した。
「よって、俺たちはこの小説の人気を上げるために、ト◯・クルーズの波に乗る!!」
手前に**「WAVE RIDE(波乗り)」**と書かれたプラカードを掲げるエリザベス(いつの間に出てきたのかは誰も知らない)。
「勝手に乗るな!!」
すかさず、コハルのツッコミ雷撃が銀時を貫いた。精神的には天井を突き破る威力だった。
そこに、ぬるっとした笑みを浮かべてハナコが割って入る。
「まぁまぁ、コハルちゃん。その辺にしておいたらどうですか〜?」
その優しげな言葉が終わるやいなや、
「アンタもアンタでなんでスクール水着でバイク乗ってるのよ!!Hなのはダメ!死刑!!」
コハルの口から繰り出された斬撃級のツッコミが、空間を縦に割った。
ハナコはきょとんとした顔で、自分の胸元に視線を落とし、ぽつりと答える。
「でも私、ライダースーツ持ってませんし……。あ、じゃあ裸でなら――」
「いいわけないでしょ!?」
電光石火のカウンターで叫ぶコハル。耳をつんざく怒鳴り声に、さすがの銀時も「うっせーなこいつ……」と小声で呟いたほど。
――と、そこに不意に緊張が走る。
「……あら?何か声が聞こえませんか?」
ナギサの声。
その瞬間、全員の動きが一変した。先ほどまでの茶番はどこへやら、まるで機械仕掛けのように、全員が一斉に身を隠す動作に入る。
「まずい、どこかに隠れろ!」
アズサの冷静な一言に従い、彼らは廊下脇の部屋へと一斉避難。
扉が静かに閉まった直後――
ガチャ。
ティーパーティーのテラスへと繋がるドアが開き、優雅な足取りでナギサが姿を現した。完璧な制服、完璧な髪、完璧な笑顔――その全てが、敵に回すには危険すぎるオーラを放っていた。
「………?」
ナギサは耳を澄ませる。まるで音の残響すら読もうとするかのように。
「おかしいですね……確かに、声が聞こえたはずですが」
その視線が、ヒフミへと注がれる。目線が合った瞬間、ヒフミの背中がピンと伸びた。
「き、気のせいですよ!気のせい!ナギサ様もお忙しいですから、きっと幻聴ですよ!あはは……」
心の奥では大雨警報が発令中だったが、顔だけは必死に笑顔を保っている。引きつった笑顔に、震える声、滲む冷や汗。
まるで役者のように、でも演技力がない役者のように、彼女は笑っていた。
ナギサはじっと彼女を見つめる。……しかし、やがてふっと笑みを緩めた。
「……そうですか」
銀時が息をつきながら、ベッドの下から頭だけを出す。
「……よし、なんとか誤魔化せたみてぇだな」
その言葉に、全員が同時に肩を落とした。沈んでいた空気に、ようやく息が通った瞬間だった。
「ほっ……」
コハルが胸をなで下ろす。額にはうっすら汗がにじみ、ようやく常識人としての理性が戻りつつある。
アズサはひとつ呼吸を整え、辺りを見回す。
「それにしても……豪華な部屋だな」
壁際のランプは真鍮製、天井には繊細な彫刻が施され、棚にはペロロ型の高級ティーセット。どこを切り取っても一流の品々が揃っていた。
その中で浮いているのは、場違いなメンバー一行と、いまだスクール水着姿のハナコだった。
「おい、露出狂。どうした?ぼーっとした顔して」
銀時が口を開くと、ハナコは小首をかしげ、淡々と告げた。
「ここ、ナギサさんのお部屋です」
銀時の顔が一瞬で凍りつく。
「……え?」
次の瞬間、地鳴りのようなツッコミが部屋中に響き渡った。
「「えぇェェェ!!!!!」」
全員の顔が白くなった――ほとんどホラー漫画のコマのように。
――その直後。
ナギサの眉がぴくりと動く。
「!?」
足元に緊張が走ると同時に、廊下を駆ける音が迫る。
ドドドドドド!!
バァン!!
乱暴に扉が開かれ、ナギサが滑り込むように部屋へ踏み入った。
「やはりおかしい……。ここには誰かいたはず……」
ヒフミが咄嗟に立ちはだかる。頬を引きつらせ、まるで引火寸前のマッチのような笑顔を貼りつけていた。
「な、ナギサ様!? げ、幻聴です!きっと疲れから来るものですよぉ……ハハ……」
ナギサの目は鋭く細められ、室内の空気がさらに張り詰める。
一方その頃――
ベッドの下。
重なり合う人間×4。
「肘ッ!肘が私の頬に刺さってるんだけど!?」
「こ、こっちは誰かの足が鼻にっ……!」
「先生、私の顔に座ってるんですだが……!」
「しゃーねぇだろ!この体勢で俺に文句言うなよ!」
四人は文字通りもみくちゃの肉団子状態で、必死に息を殺していた。まさにトリニティー潜入史上、最も間抜けな窮地だった。
やがて――
ガチャ
扉の音。足音が遠ざかり、室内の空気から重圧がふっと抜けた。
全員、同時に呼吸を解放する。
「よ、良かった〜……」
銀時が仰向けに倒れ込み、天を仰いだ。
「あのヒフミが頑張ってくれたおかげだな。今度何か、ペロログッズでも買ってやんねぇと……もちろん、コハルの金でな。」
ピクッと反応するコハル。
「自分で払いなさいよっ!!」
久々の鋭いツッコミが炸裂し、天井の飾りが小さく揺れた。
アズサは冷静に、隅に目を向けながら口を開いた。
「コハル。しばらくツッコミは禁止だ」
「余計な音を立てると、また戻って来るかもしれない。時間が惜しい」
コハルは唇を噛み、渋々ツッコミの構えを解いた。
そして、アズサが静かに指を鳴らす。
「……何か仕掛けられる前に、計画書を探すよ」
部屋の空気が、再び**"潜入"の空気**に切り替わった。
─捜索開始。
銀時たちはベッドの下から這い出し、慎重に室内を物色し始めた。
アズサは壁際のキャビネットを開け、コハルは本棚の裏を調べ、ハナコは何かのスイッチを押しそうになるが、すぐにコハルに止められる。
そして、銀時が手にしたのは──ナギサ私物の収納ボックス。
「おっ、こっちは何かありそうだな……っと」
カパッ。
**中には丁寧に束ねられたフォトアルバム。**しかも一冊、二冊ではない。銀魂の単行本レベルでズラリと並んでいる。
銀時はひとつを開いて目を細める。
「……って、うわぁああああああああ!?」
勢いよくアルバムを放り投げ、後ずさる。
アズサが眉をひそめてその中身に目を落とすと──
すべて、ヒフミの写真だった。
それも、超望遠で撮られたものから、日常風景のワンシーン、スヤスヤ寝顔ショット、さらにはペロログッズと一緒に写っている1cm刻みの連写まで……。
「こ……これは……」
アズサが一歩、無言で後退した。
銀時は頭を抱えながら叫ぶ。
「いやいやいや、ストーカーかよ!!!」
「俺の知ってるゴリラ(近藤)とまるっきり同じ行為なんだけど!?ヒフミの写真を眺めながら荒い息吐いてるよ!!!」
コハルが絶句する。
「……ティーパーティーのホストって、あんなに上品で知的な顔してたのに……」
ハナコはアルバムの一枚に手を伸ばし、うっかり口元に笑みが漏れる。
「相変わらずですね。ナギサさんは」
アズサは即座に無言でそのアルバムを閉じ、元の箱にそっと戻した。
「“愛”の定義については、あとで考え直しておくべきだな」
銀時は背筋を伸ばし、目をそらしながら言った。
「俺、絶対この部屋の掃除係とかやらねぇ……。これじゃルンバが壊れるぞ……」
その時――
コハルが机の引き出しに指をかけ、ふと違和感を覚えた。
「……この引き出し、底が二重構造になってる」
コハルがスッと爪で隙間をこじ開けると、内張りの裏から分厚い封筒が出てきた。
アズサがそれを手に取り、中を確認する。
「……見つけた」
その書類には、**“補習授業部向け特別試験計画書(非公開)”**という見出しと共に、詳細な試験内容、合格条件、さらには受験者を不合格に導くためのトラップ配置図までびっしりと書かれていた。
そして──
「……これも」
銀時が、テーブル裏のマグネットに挟まれていたファイルを抜き取る。
中には、次回のテスト用紙のコピーが入っていた。
四人は顔を見合わせる。
「これで……勝てる」
アズサの瞳に、久々の勝利の光が宿った。
だが、すぐにコハルが無言で指を立てる。
「……シーッ。まだ戻ってくる可能性があるから」
銀時は肩を竦めて、ヒフミの写真に一瞥を送りながらつぶやいた。
「帰ったらヒフミ、ガチで身の安全確保しといた方がいいな……マジで」
一方その頃──
ティーパーティーの静謐な会議室。
白磁の壁に囲まれたその空間に、ナギサのヒールの音が淡々と響いていた。
「ナギサ様? どうしてここに……?」
ヒフミが戸惑いを隠せぬ声で問いかける。
ナギサはゆるやかに振り返り、冷えた視線をヒフミに向けた。
「いえ……先ほどから妙な音が響いていたものですから」
そして、ティーパーティーホスト専用の席に歩み寄ると、
**スッ……**と肘掛けの装飾に隠されたパネルを起動。
「侵入者排除システム、稼働」
カチャ、と無機質な音が響き、ナギサがボタンを押す。
ーーーーーーーーーー
ビービービービー!
けたたましい警報音が、ナギサの部屋に鳴り響いた。
「なんだぁ?こりゃあ?」
銀時が天井を見上げ、眉をひそめる。
「まずい……おそらくバレた」
アズサが即座に警戒態勢に入る。
ハナコは、ゆるく笑いながら説明した。
「これは……ティーパーティーホストのみが使用できる排除システム」
「発動すると、トリニティーの警備プロトコルが段階的に――」
バシュッ!バシュッ!バシュッッ!
突如、壁の装飾の一部が開き、高圧エアでロールケーキが射出された。
レーザーか? いいえ、ロールケーキです。
「うおっ!?何だこりゃァ!!」
銀時は顔をかすめた甘い弾丸に驚愕し、身を屈めた。
「どんだけロールケーキ好きなんだよアイツは!!前にも口にぶち込んでただろ!?頭ん中まで生クリームかよッ!!」
とにかく甘い、しかし痛い。そんなスイーツ系ミサイルが室内を埋め尽くす。
「そんなこと言ってる場合じゃないぞ!」
アズサは機敏にかわしながら、ドアの外へと飛び出した。
「逃げるよ!」
ハナコが軽やかにバク宙してロールケーキを回避し、コハルの腕を引いて走る。
銀時たちは、バフン!という爆音を背に、トリニティーの廊下を爆走した。
その頃、会議室では──
「銀さんたちは……どうやら離脱したようですね……」
ヒフミが息を整えながら小さくつぶやく。
その視線の先では、ナギサが眉を吊り上げ、懸命に警報装置の再操作を行っていた。
「ここで……ここで捕まえなければ……エデン条約は崩れる……!」
──バシュ!
ナギサの言葉を遮るように、ヒフミのペロロバックがナギサの顔面を直撃した。
「きゃっ……!」
ナギサの身体がぐらりと揺れ、会議机に倒れ込む。
「す、すみません……!コレも任務なので……!」
ヒフミの頬に罪悪感が浮かぶが、足は止めない。今は信じるもののために走る時だった。
ドタドタドタドタ……!
「待てェェェ!!侵入者はアイツらだァァ!!」
重く鳴り響くのは、正義実現委員会の鉄靴。
背後で炸裂する爆音。
甘いはずのロールケーキが爆薬を伴って爆ぜる。生クリームと火薬の香りが空気を混ぜる。
ドォォォォン!!
爆炎がトリニティーを舐める中、銀時は再び全力疾走していた。
その姿はまさに“トム走り”……いや、銀走り。
コートをなびかせ、木刀を片手に走るその背中には、ヒーローらしからぬ疲労と、ヒーロー以上の執念があった。
「トリニティーの機密と平和のために!って言えば聞こえはいいが……結局俺ら、泥棒だよなコレ……!!」
誰も返事はしない。ただ、走る。爆風の中、甘さとスリルにまみれながら。
ーーーーーーーーー
その後何やかんやあって
あの騒がしくも危険な“任務”から抜け出した。、合宿所。
窓の外には、ゆるやかに朝霧が漂っていた。遠くの森がぼやけ、夜明けの名残を抱えた空はまだ眠たげな淡い群青をしている。
空気はほんのり甘く、しかしそれはコーヒーのようにどこかほろ苦さを含んでいた。
ヒフミはリビングの窓際にひっそりと腰掛けていた。
手にするペロロのキーホルダーを、指先でそっと撫でる。
その手の動きには愛着と、そして微かな罪の意識が滲んでいた。
「……ナギサ様、怒っていないでしょうか……」
ぽつりと漏れた呟きは、まるで湯気のように淡く、すぐに部屋の静けさに吸い込まれていった。
あの人の、不器用な優しさ。
他人には見せない、ほんの少しだけ垣間見えたぬくもり。
それを知っているからこそ、裏切ったことが苦しかった。
ヒフミの胸には、ペロロとナギサの記憶が重なり、やわらかな棘となって刺さり続けていた。
「……良くやった」
不意に、桂の落ち着いた声が響く。
「無事、データを盗めたようだな」
彼は壁にもたれ、紅茶のカップをくるりと回していた。
その顔には少しだけ、誇らしげな表情。
「ホントに大変だったよ」
銀時がぐでんとソファに倒れ込み、クッションに顔を埋めながら呟く。
「なにせ、ロールケーキで殺されかけたの、人生で初めてだからな……」
「それで……計画の内容は?」
アズサが姿勢を正し、冷静な視線をハナコに向ける。
ハナコは少し眉を寄せながら、胸元から折りたたんだ紙を取り出す。
「えぇっと……今回はテスト用紙は変更されずそのままみたいです」
「ただ、実施日が二日後に変更。そして場所は体育館とのことです」
「なるほど……了解した」
アズサがその情報を頭の中で繋ぎ、静かに頷いた。
「まぁ、私たちも計画知っちゃったし」
コハルがソファの背もたれに肘をかけて、あくび混じりに言う。
「よし、そういうわけで……」
銀時ががばっと起き上がり、急に教壇に立つ教師のようなテンションで言い放った。
「テメェら! テスト用紙の答えを全部覚えて、今すぐ寝ろ!!」
ーーーーーーーーーーー
「――アズサ、日程が変わった」
硬質な声が、夜の静けさを裂いた。
アズサは瞬きもせずにその言葉を受け取った。ただ瞳だけが微かに揺れた。
「………?」
不審げに目を細める。
「明日の午前中だ。約束の場所で命令を待て」
沈黙。
刹那の間を置き、アズサは短く答えた。
「――は」
第三次特別学力試験の前日。
皆が合宿所で眠りについた深夜、アズサの姿はその場にはなかった。
彼女は、ひとり静かにアリウス分校の地下に足を運んでいた。
そこには、かつての仲間――錠前サオリの姿があった。
「ま、待ってサオリ。その日は……!」
焦りが滲んだ声が、夜の薄闇に響く。
「何か問題が?」
まるで感情を削ぎ落としたかのような声でサオリは問い返す。
アズサは唇を噛みしめ、そして振り絞った。
「……まだ準備が出来ていない。計画よりも日程を早めるのは、リスクが大きすぎる」
言葉の一つひとつに、責任と恐れと、そして仲間たちへの迷いが滲んでいた。
「お前の言葉にも、一理ある」
サオリは短く頷き、ほんの一瞬だけ目を伏せた。
「計画を前倒しにするリスクは確かに少なくない。だが――」
再び視線を上げたその眼差しには、氷のような覚悟が宿っていた。
「明日の決行は、既に確定事項だ。機を逃せば、この好機は二度と訪れない」
彼女の言葉は、決して感情に任せたものではなかった。合理と勝利のための冷徹な選択。
「準備が出来ていないのならば、出来ている範囲で構わない。最低限、動ける準備はしておけ」
それが“アリウス”という組織の在り方だった。
その言葉に、アズサは抗う術を持たない。
「………っ」
怒りでも悲しみでもなく、静かに降り積もる無力感だけが、彼女の胸を占めた。
「明日になればすべてが変わる」
「私達アリウスにも、このトリニティにも、不可逆の変化が起きる」
サオリの声が、どこか機械のように淡々と告げる。
トリニティ――長きに渡ってキヴォトスの中枢を担ってきた巨大な学園。
それを崩すことは、世界の構造そのものを壊すこと。
革命か、侵略か。
「トリニティのティーパーティー、そのホスト――桐藤ナギサのヘイローを破壊する。その為に、お前はここに居るんだ」
アズサは言葉を返さなかった。ただ、拳をぎゅっと握りしめた。
友を、信頼を、銀時たちを裏切ること。
自分に“光”を与えてくれた人間を裏切ってまで、自分は……何を得るのか。
そんな自分が、光の中にいられるはずがない。
「……分かっている」
その声は、どこか壊れた独白のようだった。
「お前の実力は信頼している。上手くやれ――百合園セイアと同じ様にな」
「――了解」
アズサはその言葉を無言で受け取り、くるりと踵を返した。
薄暗いコリドーを静かに歩きながら、その背中は、どこか一回り小さく見えた。
そんな彼女に、サオリが最後に言葉を投げかける。
「アズサ」
「……?」
「――忘れていないだろうな、Vanitas Vanitatum」
その言葉に、アズサは静かに呟き返す。
「……全ては、虚しいもの」
「どんな努力も、成功も、失敗も……全ては、無意味なだけ。一度だって、忘れた事はない」
その声音は、まるで呪文のような空虚な祈りだった。
「……あぁ、それで良い」
サオリはそれだけ言って、小さく頷いた。
希望を持ってはいけない。幸福を求めてはいけない。
それらは毒だ。アリウスにとってはただの害に過ぎない。
「……あの男、坂田銀時を――」
サオリは冷たく吐き捨てるように言った。
「……あれの言葉に耳を傾けるな。どうせ、偽善だらけの嘘だ」
「恵まれた環境で育った、痛みを知らない者の、くだらない理想論に過ぎない」
「―――…うん」
短く答えるアズサの声は、震えていた。
「では明日……準備を怠るな」
それだけを残して、サオリは闇の中へと消えていった。
アズサはしばらく立ち尽くしていた。
そして、小さく自嘲するように笑う。
(……恵まれた環境……痛みを知らない? きっと違う)
(あの人たちにも……先生や桂にも、あの軽さの裏に……)
“痛み”があるのかもしれない。
それが何かはまだ分からない。だが、何も知らないとは……思えなかった。
思考を押し殺し、アズサは足早に闇の廊下を戻っていく。
「………」
その背中を――
物陰から、じっと見つめる視線があった。
次回予告 アズサ「みんな、私はみんなに言わないといけないことがある」
次回 裏切り者と自分で言う奴は裏切ってないことが多い
〜透魂〜第一回キャラクター人気投票
-
銀時
-
新八
-
神楽
-
沖田
-
土方
-
山崎
-
高杉
-
桂
-
定春
-
エリザベス
-
ホシノ
-
シロコ
-
ヒナ
-
アコ
-
ミカ
-
ナギサ
-
セイア
-
ユウカ
-
ノア
-
近藤