透き通る世界を照らす銀魂(ぎんのたましい) 作:時代に遅れている
トリニティ郊外、合宿所の一室にて。
月の光がカーテン越しに差し込み、部屋は淡い銀の帳に包まれていた。
しかしその静謐な夜の空気とは裏腹に、室内には落ち着きのない気配が漂っていた。
「眠れません」
ぽつりと漏れたヒフミの声は、静けさの中にやさしく波紋を広げる。
「眠れない」
それに応えるようにコハルが布団の中で寝返りを打ち、短く呟いた。
「眠れないですね〜」
さらにハナコが、どこか楽しげな口調で追い打ちをかける。
「眠れない」
……と、場違いなほど真剣な声で桂が続く。
エリザベスプラカード:『眠れぬ』
カシャリと鳴ったプラカードの無言の一撃が、地味に効く。
その全員が、まるで申し合わせたかのように――銀時の布団の中にぎゅうぎゅう詰めになっていた。
「いや……ひとりで眠れェェェ!!!」
ついに銀時が叫んだ。
もう限界だとばかりに、布団の中で手足をばたつかせる。
その布団はひとり用。
本来なら大の大人がひとり眠るだけで精一杯のスペースに、五人と一体(?)がひしめき合っている。
銀時の足に桂の膝がめり込み、ハナコは枕を抱えたまままるで猫のように丸くなっている。
ヒフミとコハルは、両サイドで背中合わせに寝ようとしながらも落ち着かず、何度も寝返りを繰り返す。
「お前らさー今は異常気象で梅雨時期でも暑いの!年中無休で俺たち蒸されてんの!!」
銀時の声がうなる。
「明日の朝も早ぇんだからさっさと寝ろっつーの!!」と続けるが――
「いや……」
「眠れないのだ」
ヒフミと桂の冷静な反応が、銀時の絶叫に水を差すように続く。
「いやそれさっき聞いた……」
布団の中で寝返りも打てぬまま、銀時は虚ろな目で天井を見つめる。
「眠れないなら眠くなるまで寝なきゃいいだろ? さっさと自分の部屋で寝ろって!頼むから寝かせてくれーー」
その懇願は、しかし次の瞬間、“もはや常識は通じない”という現実に再び叩き落とされる。
「寝られないんですゥゥゥ!」
ハナコが銀時の布団の上を**ゴロゴロゴロ……ゴロゴロゴロ……**と、まるで地を這うのように何度も往復し始めた。
「おい、なんやってんだテメェ〜!!」
「全然全くまんじりとも眠れないんですゥゥゥ!!」
「知らね〜よ!!嫌がらせしてんじゃねぇよ!!!」
銀時の枕が一度浮き、そして着地とともに彼の叫びが炸裂した。
「寝かせなさいよ」
静かな声が、背を向けたままのコハルから響く。
「は!?」
銀時が驚き、慌ててコハルの方を振り返る。
そして、コハルは枕を抱きしめながら、銀時の方へチラリと視線を流し――
「アンタの持てるすべての力を持って私たちを寝かせてみなさいよ」
言い放つその姿は、まるで布団の支配者。
「勝手に寝ろよ!!それが先生に物を頼む態度か!?」
バァンッ!!
勢いよく閉まる襖とともに、銀時の怒声が合宿所の廊下に木霊した。
「全員出てけェェェ!!」
もはや限界だった。押し寄せる生徒たちと桂の理不尽な“夜の襲来”に耐えきれず、銀時はついに実力行使。
ドアを締め出し、ようやく手に入れた静寂――そして、ひとりきりの布団。
その感触に、銀時は深くため息をついた。
「ったく、付き合ってられっか……」
布団に身体を沈め、毛布を肩までかぶる。
やっとこさ訪れたこの束の間の自由に、銀時の目蓋がゆっくりと――
ガチャ――
開くな開くな開くな開くなと心の中で願ったドアが、無慈悲に開いた。
「やっぱりその布団じゃないと眠れそうにないです」
ヒフミがそっと、だが確信犯的な笑顔で言う。
「寝かせなさいよ」
コハルは手短に要求だけを突きつけた。
「ああ!?」
銀時の悲鳴が再び部屋に響く。
「銀時、俺たちがベッドで寝る。入れてくれ」
桂の声は冷静すぎて、逆に恐怖すら感じさせる。
「いちゃもんつけてんじゃねぇよ!!布団なんてどれも同じだろ!?
あんな窮屈な状態で寝られるか!!!」
だが、返答の代わりに返ってきたのは、
「いいから入れてください♪」
ハナコの満面の笑顔と共に――
バサッ!! ドサッ!!
「ウォォォォ!!!!!」
銀時の絶叫も虚しく、次々と布団に飛び込んでくる影たち。
小さな布団は再び無法地帯へと成り果てた。
「はぁ……いいですね〜この安心感」
「コレならすぐに寝られそうです」
「うん」
満足げな声が布団から漏れる。
まるで温泉に浸かった旅館の宿泊客か何かのようだ。
「永遠に眠り続けろクソガキども……」
銀時はぼそりと呪詛のように呟きながら、隣の空いたベッドへと無言で移動する。
自分だけの聖域を確保するために。
「ったくなんなんだってんだよ。
こっちはせっかく寝てたってのに……俺、ひゃっこい布団嫌なんだよ」
静かになった……かと思えば、
「「「「…………」」」」
バチッ。
「眠れないです」
四重奏のように揃った声が、闇を裂いた。
「いい加減にしろよテメェら!!」
もはや理性という名の壁が音を立てて崩れる。
しかし、悪夢は続く。
「やっぱり全然ダメね」
「真っ暗なのが邪魔でぜんぜん眠れないです」
「それになんだか汗臭い……」
「オメーらが入りこんできたんだろうが!!」
銀時の魂のツッコミが響くが、それでもなお、
「そちらの布団良さそうですね。寝かせてください♪」
とハナコが一歩ずつ忍び寄ってくる。
「キリねぇっての!!」
もうこの世には、平穏も、静寂も、睡眠も存在しないのかもしれない――
銀時の精神が少しずつ削られていく中で、桂が突然、哲学者のような声で語り出した。
「そうだ。今、なぜ眠れないのか考えていたのだが……」
「そんなもん考えるぐらいなら羊のことを考えろよ」
「そしたら段々、今までどうやって寝てたか、わからなくなってきたのだ。
寝方忘れてしまった。どうやったら眠れるのだろう。どうやったら眠りに中に入っていけるのだろう?」
「とりあえず、黙れ!
そして目をつぶってじっとしてろ!
いつの間にか寝てるから。
ったく、なんで変なとこばっか真面目なんだよテメェは……」
銀時の声はどこか諦めているようにも感じられる
布団の中に、唐突に哲学の時間が訪れた。
「でも考えてもみてください先生」
そう切り出したハナコの声は、どこか聖堂の鐘のように静かで、重かった。
「寝るって一体何でしょう?」
その問いは、静寂の水面に投じられた一石。
部屋の空気がじわりと凍る。いや、温度ではない。思考の温度だ。
「目をつぶっても、結局私達はまぶたつぶっているだけで、眼球は中でゴロゴロしていますよね?」
ゴロゴロという擬音のせいで、銀時の眼球が反射的に軽く動く。
「真っ暗だけど、結局それはまぶたの裏側見てるだけで……。眠っているわけじゃないんです。この証拠に、昼間、日の下で目を閉じると真っ赤です」
冷静な地獄。布団の中で広がる、科学と哲学と神経過敏のコラボレーション。
銀時は口を開く間もなく、ハナコの思考の奔流に呑まれていく。
「眼球どうすれば眠れるのでしょうか? まっすぐまぶたの裏見ていればいいのでしょうか? それとも上の方見てればいいのでしょうか? どうすればがんきゅ――」
「やめろよ!!!」
銀時の悲鳴が爆発した。
心の平穏が、音を立てて崩壊していく。
「こっちまで眠れなくなってきたろーが!どうしてくれんだよ!
意識してたら俺もワケわかんなくなったじゃねーか!
上のほうだっけ? 下のほうだっけ? 眼球の置き場が分かんねーよ!!」
パニックが、感染していく。
「あと寝る時って、息、口でするんだっけ? 鼻でするんでしたっけ?
口から吸って、鼻から出すんでしたっけ? 鼻から吸って、口からでしたっけ?」
ヒフミが、今度は呼吸の迷宮へと案内する。
「やめろ!」
銀時の魂のツッコミが震える。
だが、止まらない。新たな追い討ちが、布団の奥から襲ってくる。
「手って、組んだほうがいいんだっけ? 横に置くんだっけ?
布団から出すんだっけ? しまうんだっけ? 枕の位置ってどのへんだっけ?
仰向けだっけ? うつ伏せだっけ?」
コハルが、身体のポジショニング問題を爆撃のように投下してくる。
「やめろ!!!」
銀時の精神が、毛布の隙間から音を立てて逃げ出しそうだ。
そして――
「人ってどこから生まれて、どこに行くのだろうか?
宇宙の向こう側ってどんなになっているのだろう?
この小説の評価カラーはなぜ赤ランプがつかないのだろう?」
桂が無限の哲学空間を開いた。
「やめろよ!!うわーーーー眠れねー!!!」
もはや、銀時の中の何かが限界を超えた。
眠るという行為が、いかに神秘的で、曖昧で、難解なプロセスだったか。
彼は今、それを人生で初めて正面から突きつけられていた。
「もう全然眠れる気がしねー。眠るのってこんなに難しかったっけ?
俺たちこんなに高度なこと毎日やってたっけ?」
エリザベスのプラカードが上がる。
《眠るってなんだっけ?》
「うるさい!!」
銀時は叫んだ。魂の底から叫んだ。
「そんなややこしいこと考えて眠れるわけ無ぇだろ!
どんだけ不器用なんだよ!高倉健でももう少しうまくやるわ!!」
だが――その瞬間、彼の中の「眠り」という存在は跡形もなく消え失せた。
眠るとは? 意識とは? 宇宙とは?
そして、なぜ人は夜、考えてはいけないことばかり考えてしまうのか――
その答えを知るには、まだ少し夜が深すぎた。
「どんどん、頭が冴えていきます。どうしたらいいでしょうか――このままじゃ私、一生眠れないです」
ハナコが、穏やかな口調で絶望を語る。
部屋の空気が、凍りもせず、温まりもせず、ただ「眠気」とは別次元のものに包まれていく。
「かんべんしてくれよ……」銀時は片手で顔を覆った。
時計の針は夜中の二時半。
銀時の脳内では、眠気の女神がもうカーテンを閉めて帰宅しようとしていた。
「明日試験日だって言ってんだろ。七時起きだ。もう四時間半しか眠れねーよ。
ナポレオンでも寝起き愚痴ってくるよ。
『吾輩の辞書には、睡眠三時間って書いてあるけど、空気読め』とか言ってくるよ」
ヒフミが静かに追い打ちをかける。
「どうすればいいでしょうか。先に寝ないでくださいね。銀さん」
「お前なぁ……」
銀時は、言葉ではなくため息で世界を否定した。
「とりあえず、そのぐちゃぐちゃ考えるのやめろ。頭を使うな。
そもそも睡眠なんてのは、意識して取るもんじゃねーんだよ」
説教口調だが、どこか眠気に取り憑かれた老人のような哀愁が漂う。
「人間、規則正しく生活してりゃ、夜には自然に眠れるもんなんだ。
一日汗水たらして、一生懸命働いて、心地良い疲れと共に眠る。
これが正しい睡眠ってもんなんだよ」
「……そうか」ハナコが小さく呟く。
「日がない一日中ゴロゴロしてたのに、眠たくなるわけないですもんね」
「そうだろ。お前らがおかしいのは、眠り方なんかじゃなくて、眠る前の生活の方なんだよ」
「……先生に言う資格はないと思いますが」
「ッ……!!」
銀時は反論できなかった。なぜなら心当たりが多すぎたからだ。
「わかったら、さっさと校内ぐるっと回ってこい。お前らに足りないのは適度な疲れだ」
「わかりました、ちょっとひとっ走り行ってきますね♪」
ドアが開く音がした。
これで少しは静かになる――そう思った矢先だった。
――しばらくして。
「先生、」
「先生」
「ああ!?今度はなんだよ!?」
ドアの外に立っていたのは――水着姿のハナコと、正義実現委員会の面々だった。
「あなたが彼女の責任者のシャーレの先生だな?」
「……はい?」
「深夜に水着で走っていた。ご説明いただきたい」
「いや、それはこいつに……」
「先生、」ハナコが喘ぎながら立っている。
「はぁ、はぁ、全然眠れないです。走ってきたのはいいですけど、はぁはぁ……
今度熱くて眠れないどころか、説明もできません。はぁ……ゴホッ、ゴホッ」
顔は真っ赤、呼吸は乱れ、身体中は汗でべったり。
「誰がそんなに虫の息になるまで走ってこいって言ったよ!!
眠れるわけねーだろ!そんなベタベタの体で!!」
「絵面もヤベェんだよ!!この世のどこに水着姿で街を走るJKがいるよ!!」
「……あのー」正義実現委員会が遠慮がちに割って入る。
「うるさい!!これはすべてこのバカが独断でやったこと!もうこれで終わりだ!!帰れ!!!」
怒号の中、夜の空気がかすかに震える。
――しかし。
「先生、お腹すいた……」
コハルの一言が、その怒号の余韻をぬるく吹き飛ばす。
この場の誰よりも、平然と致命打を放つのがコハルの芸風だった。
銀時は一拍置いて、天井を仰ぐ。
「……わかった。じゃー俺が飯炊いとってやるから、その間にお前は風呂入って来いや」
「はぁ……はぁ……わ、分かりました……」
息も絶え絶えのハナコが、水着姿のまま素直にうなずいた。
「飯食ったあとには、誰でも眠くなるだろ。本当は体によくねーが、背に腹は変えられん……
このままじゃ、俺も眠れねーしな……」
「う、うん」
コハルの返事には、若干の罪悪感と炊きたてご飯の期待が滲んでいた。
――しばらくして。
「銀さん、銀さん!」
部屋に駆け込むヒフミの声が、再び銀時の眠気を暗黒の彼方へ連れ去った。
「今度はなんだよ!!」
そこには、腹が特大に膨れたコハルの姿と、それを囲む謎の団結力。
「いいかコハル殿?ヒッヒッフーだ」
桂が真顔で助言する。
「ヒッヒッフーって……それ出産の呼吸法じゃない!?」
「ほら、コハルちゃん、言う通りに」
ハナコが無駄に前向きな笑顔で煽る。
「「「ヒッヒッフー」」」
「誰が腹式呼吸するまで食べてこいって言ったよ!!眠れるわけねーだろそんな腹で!!」
コハルの腹は膨張した炊飯ジャーのようにパンパンで、寝返りすら打てない。
銀時の表情がどんどん塩対応になっていく。
「すいません、コハルちゃん、いっぱいご飯炊いてあったからって詰め込んじゃって……」
「明日の朝の分も入ってたんだよ!何俺の分まで食ってんだこのクソガキ!!」
「ツッコミ担当が仕事ほっぽり出して、ボケに走ってんじゃねぇよ!!」
「ダメみたい……苦しくて寝返りも打てないわ……
私もシャイプアップランしてこようかな……ランだけに」
「誰がうまいこと言えって言ったよ!ツッコミをしろツッコミを!」
銀時は両手で顔をわしづかみにした。
「あーあ、もうわかった。もう好きにしていいから、頼むから俺を寝させてくれ……」
「ダメですよ!」
今度はハナコがピシャリと指を立てる。
「夜更かしは美容の大敵ですから!」
「そんなことしてる奴らに、美容云々言われたくねーよ!!」
銀時の声が再び天井を貫く。しかしその叫びは、もうただの悲鳴に近かった。
「おい、頼むよ……もう四時だよ……明日七時起きだよ……
三時間って、ナポレオンでもお母さんに八つ当たりしまくりだよ!!
『吾輩の辞書に茄子はない』って味噌汁の具に絡んでくるレベルだよ!!」
「……わかりました」
ヒフミが神妙な表情でうなずく。
「もう騒ぎませんよ。銀さんには、もう迷惑かけません。
ご飯食べさせてくれたり、いろいろしてくれましたし……」
「お、おぉ……」
銀時はようやく一筋の希望を見出した――その矢先だった。
「だが」
桂が突然、視線を天井に向ける。
「……あんまり静かだと、またいろいろ考えてしまうかもしれん。
ラジオとかつけておこう」
「音小さめならな」
銀時は、諦めの中でその提案を受け入れた。
深夜、部屋にはラジオの低いノイズ音が鳴っていた。
カチ、カチ……と秒針が刻む音すら、今は妙に大きく聞こえる。
ラジオDJ「ヤングナイト・トレイン」
「ということで早速行きましょうか」
「こないだ十二指腸結石が治ったばかりのDJジュンジローがお送りする。三分で泣ける話」
「ヤングナイト・トレイン」
落ち着いた声が、スピーカーからじわりと染み込むように流れてくる。
夜更けの静寂を抱きしめるような、どこか懐かしい口調だった。
DJジュンジロー「ということで早速行きましょうか」
「DJジュンジローがお送りする三分で泣ける話、最初のお便り紹介します」
「ラジオネームトムさんのお話です。」
「ごめんねジェリー」
音楽がフェードアウトし、空気が凪いだ。
――遠い蝉時雨と、扇風機の回転音が思い出されるような、淡い語りが始まった。
「私の初めて友達ができたのは、忘れもしない十年前の夏でした」
女の子「引っ込み思案で、いつもぽつんと一人で遊んでいた私を気遣い、
父が連れてきてくれた友達。それがジェリーだった」
「私とジェリーはいつも一緒、どこへ行くにも一緒、何をするにも一緒、
まるで本当の友達のようだった」
「いろんなゲームを教えた」
「待て!」
「ジェリーの十八番は“待て”。どんなごちそうを前にしても、一度“待て”といえば、
いつまでも待っていた」
「ジェリー以外に友達なんていらない。当時そんなことを思っていた
私だったが、そんな思いとは裏腹に、ジェリーに興味を持った子どもたちが、
私の周りに増えはじめ、いつの間にか私にはジェリー以外の友達が沢山できていた」
「待て!」
「それから、私の興味がジェリーから他に移るのに、そう時間はかからなかった」
「以前のように、私を一緒に遊びに行きたがるジェリー。
ワンワンと吠えるジェリー。そんな時は、彼の十八番が役に立った。
私はジェリーに一言“待て”。ジェリーは、いつものように私が帰ってくるまで、
そこで待っていた。一歩も動かず。ただじっと私の帰りを待っていた」
「そんな折、父の店が倒産し、裕福だった私の家は没落。
私たちは借金取りに追われ、着の身着のまま逃げ出すはめになった」
「自分たちもままならない状況の中、真っ先に切り捨てるべき対象は、
子供の私にも理解できた」
「自分の運命を察したのか、ジェリーは手足がちぎれんばかりに、追いすがってきた」
ジェリー「くーーーん」
女の子「待て」
「私は、いつもの一言を冷徹に浴びせた」
「“待て”――私は一度も振り返ることなく、ジェリーの前を去った」
一瞬、ラジオの音が小さくなる。ノイズ音さえも、息を呑んだように止まった。
「それから数ヶ月、私の足はあの場所へと向かっていた。
既に遠く街に引っ越していた私だったが、どうしてもジェリーの
ことが頭から離れなかった」
「ジェリーならきっと大丈夫。きっと誰かが拾ってくれているはず。
今思えば、私は早く安心したかったのだ。私に罪はないことを、
ジェリーが生きてる姿を見ることで、それを確認したかったのだ」
「ジェリーは誰かのものにも、亡骸にもなっていなかった。
ジェリーは、いつもの様にそこで待っていた」
「一歩も動かず、ただじっと私の帰りを待っていた」
老人「ひどいもんじゃろぉ。しばらく前にそこに捨てられておってのぉ、
親切な人が連れて行こうとしたり、餌をやろうとしたり、
いろいろしとったんだが、こやつどういうわけか、
頑としてここから一歩も動かなくなってしもうた。
そのうち誰も相手にしなくなってしもうた」
「まさか、主人が戻ってくるとでも思って待っておったのかのう。
いずれにしても哀れな話じゃ」
「そっと手を伸ばし、頭をなでると、かすかに開いたうつろの目で、私を見る」
「ジェリーは僅かに尻尾を振る素振りを見せると、それっきり動かなくなった」
女の子「ウワァァァァン」
老人「お嬢ちゃん、そうか、あんたがこいつのご主人だったのか」
女の子「ジェリーは私が帰ってくるのを待っていたのね。あの時からずっと……ずっとぉ」
「ジェリー、あなたになんて謝ればいいの? 何度謝ればいいの?
あなたは私に沢山の物をくれた。一人ぼっちの私の寂しさを忘れさせてくれた。
世界を広げてくれた。初めての友達になってくれた。なのに、
私は、私はあなたに、大切な友達になんてことを……」
女の子「ウワァァァン」
老人「詫びることなど無いさ。こやつはあんたをずっと待っていた。
そしてあんたはここへきた。それ以上に何がいる?
最後に主に会えて、こやつも幸せだったじゃろう」
女の子「そんなことない! きっと恨んでいるわ!
だってジェリーを死なせたのは、他でもないこの私だもの!」
老人「ジェリーは死んでなどおらん。ちゃんと生きとるよ」
女の子「どこに! どこにいるっていうのよ!」
老人「それはもちろん」
アズサ「お前の後ろにだァァァァァ!」
銀時・桂「「うわァァァァァ!!!!」」
ヒフミ・コハル・ハナコ「キャァァァァァ!!!」
……ドンッ!と、部屋中の布団が跳ね上がった。
まるで見えない衝撃波が走ったかのように、誰もが反射的に背後の壁に張り付いた。
耳鳴りのように残る悲鳴と静寂の余韻のなか、ひときわ目立つ存在がそこに立っていた。
――アズサだった。
だが、その表情はどこか釈然としない。
いたずらを仕掛けた者の勝ち誇った笑顔ではなく、唇をキュッと結んだまま、わずかに眉間を寄せ、ムスッとした表情で立ち尽くしていた。
アズサ「全く、ようやく気づいたか……」
銀時「ようやく、気づいたか、じゃねぇよ!! ようやく眠れそうだったってのにお前まで参戦してくんじゃねえよ!!」
怒鳴る銀時の声が、天井の照明を揺らす。
混乱の極みに追い詰められた男の、叫びとも怒鳴りともつかない声だった。
銀時「というか、ようやく気づいたかってどこにいたんだよ?」
アズサ「ずっといたぞ。廊下に声もかけた――」
銀時「知らねーよ! 小説に描かれてねぇ所なんてわかるわけねぇじゃねえか!」
その言葉に、ヒフミが一瞬「メタですね……」と呟きかけたが、空気の緊張に飲まれ、声は喉の奥に消えた。
アズサ「私は――!」
みんな「!?」
その一言に、場の空気が変わった。
アズサの声が、ただ怒りや突発的な感情から出たものではないことに、誰もが気づいていた。
彼女の唇がわずかに震えていた。
それは、恐怖。――そして、覚悟。
アズサ「私はみんなに言わないといえないことがある」
ゆっくりと、彼女は息を吸い込んだ。
その呼吸は震えを帯び、夜の静寂と月光が包み込むようにアズサの姿を際立たせていた。
胸の奥で膨らむ不安と恐れ。
口にした瞬間、仲間たちがどんな目で自分を見るのか。
どんな言葉を浴びせられるのか。
――それでも、もう偽ることはしたくなかった。
たとえ、ここですべてが壊れたとしても。
彼女の中には、皆と紡いできた思い出がある。
幾度の苦笑、衝突、支え合い――確かに在った絆が。
ならば、自分は戦い続ける。
誰にどう見られようと、自分自身を貫いて。
アズサ「……ティーパーティーの、ナギサが探している、トリニティの裏切者は」
その場にいた全員の視線が、アズサへと集まった。
時間が止まったかのように、誰一人動けない。
ただ、静かに、じっと見つめることしかできなかった。
アズサは一歩、前へと踏み出した。
カツン、とフローリングに響く足音。
窓の隙間から差し込む月明かりが、彼女の輪郭を優しく縁取り、
その顔に浮かぶ強い意志と、どこか痛ましい決意を照らし出す。
アズサ「――私だ」
その声は、静かだった。
けれど、どんな叫びよりも重く、深く、魂を揺さぶった。
その瞬間、銀時も、ヒフミも、ハナコも、誰一人、言葉を発することができなかった。
静寂が、夜を貫いた。
「……えっ、と」
「きゅ、急に何の話……?」
「………」
アズサの告白。それはまるで投下された無音の爆弾のように、補習授業部の空気を凍りつかせた。
言葉の余韻だけが、天井から吊るされた照明の揺らめきのように残り、室内に重く降り積もる。
ヒフミとコハルは瞳を瞬かせながら、互いの顔を見合わせる。戸惑いを押し殺そうとするが、うまくいかない。
ハナコは一歩後ろに下がったまま、その顔に張りつめたものを漂わせていた。
銀時と桂は、一切の冗談を捨てた眼差しでアズサを見つめる――まるで、嵐の前の沈黙を迎える兵士のように。
アズサは、己の呼吸の音すら邪魔に感じるように、細く、深く、静かに息を刻む。
その姿はまるで、決意という名の刃を己の胸に突き立てる修道士のようだった。
「……私は、元々アリウス分校の出身だ。今は書類上身分を偽って、トリニティに潜入している」
その一言は、静かな水面に投げ込まれた石のようだった。
波紋のように、静寂の中に混乱を引き起こす。
「あ、アリウス分校……?」
「な、何それ、そんな校名聞いた事も……」
「アリウス分校――」
困惑に染まる二人に、ハナコが沈着な声音で答える。
彼女の口から紡がれる言葉は、まるで過去から蘇った亡霊の記録だった。
「嘗てトリニティの連合に反対した、分派の学園です……その反発のせいで現在のトリニティ総合学園とトラブルとなり、その後はキヴォトスのどこかに潜伏していると聞いていましたが――」
「そうだ。私は此処に来るまで、ずっとアリウス自治区に居た」
アリウス――その名に聞き覚えのある者は、そう多くはない。
それは古びた歴史書の一節のようなもので、今では生徒たちの記憶の片隅にすら残っていない。
消された名。影に堕ちた組織。
「今はアリウスとしての任務を受けて、こうして学園に潜入している」
「潜入……」
コハルの呟きは、氷の雫のように空間を打つ。
その言葉の異質さが、日常という薄氷をひび割れさせていく。
ヒフミは必死に思考を巡らせる。
アズサのことを、信じたかった。
彼女の過去に不明瞭な点が多いのは知っていた。
それでも今までは――一緒に笑った、悩んだ、戦った、そういう時間が確かにあったのだ。
「あ、アズサちゃんが元々トリニティの生徒ではないという事は分かりました……でも、それが裏切り者と、何の――」
「その、任務と云うのは」
その声を遮るように、アズサが声を張る。
それは決意を絞り出すような、切実で、痛々しい声だった。
「――ティーパーティー、桐藤ナギサ、そのヘイローを破壊する事」
その一言が落ちた瞬間、空気が変わった。
息を呑む音さえ、過ぎた風のように薄れた。
ティーパーティー――桐藤ナギサ。
そのヘイローを破壊する。
それはすなわち、「殺す」という意味。
コハルとヒフミの二人が、瞬時に顔を蒼褪めさせる。
現実感が崩れていく。まるで世界そのものが、今、足元から崩れ落ちようとしていた。
「う、嘘でしょ!? そ、それって――」
「うん……彼女を、殺す為に私は此処に居る。そして第二目標が――」
アズサの指先が、静かに、しかしはっきりと動いた。
その小さく、細い指が――彼を指した。
「――そこにいる坂田銀時、シャーレの先生、その殺害」
世界が、音を失った。
冷たい真空のような沈黙が、全員の前に横たわる。
コハルとヒフミは言葉を喪い、ただその場に立ち尽くす。
肩が震え、目が見開かれ、恐怖と混乱が体中を蝕んでいた。
アズサの言葉は、まるで心臓を直接掴むかのように重く――酷く、痛い。
「……アリウスは、ティーパーティーと先生を消すためならば、何でもしようという覚悟でいる」
「そ、そんな……」
ヒフミの唇が震え、声がかすれる。
目の焦点が定まらず、現実と夢の境界を彷徨っているようだった。
ナギサのヘイローを破壊する?
銀さんを殺害する?
それが……彼女の、任務?
この日々が、この絆が、ただそのためだけに――?
疑念が胸に浮かぶ。
それは鋭い棘となり、胸の奥に突き刺さる。
アズサを、信じたかった。
けれど、その言葉が、冷たく鋭く心を裂いてゆく。
不信が、静かに、ゆっくりと――首を擡げた。
「アリウスはまずティーパーティーのメンバーであるミカを騙して、私をこの学園に転入させた。詳細は知らないけれど、きっとトリニティと和解したいとか、そういう嘘を吐いたんだと思う」
アズサの口から紡がれた新たな真実。それは静かに、しかし確実にこの場にいる全員の胸に棘を突き立てる。
心の中『……成程、ミカさんを――確かに彼女は政治には向いていないと云われていましたが』
ハナコは、わずかに伏し目がちに目を細めた。言葉を失い凍りつくヒフミとコハルの傍らで、彼女だけが思索を巡らせている。まるで、積み重なるパズルのピースが今、ぴたりと嵌まったかのように。
心の中『おそらく本命は、事が終わった後に罪をミカさんに被せる為でしょう……それで内紛など勃発すれば、トリニティは自然と割れる。そういうことを見越して行動しているでしょうけど……それより――』
その瞬間だった。
くしゃりと、感情に押し潰されるようにハナコの顔が歪む。
「アズサちゃん、それを口にするという事は、あなたは……」
「ま、待って、待ってよ!」
ハナコの言葉を遮るように、コハルの声が響いた。
震える手を広げて、二人の間に身体を滑り込ませる。まるで緊張の刃を折ろうとするかのように。
妙な圧を放つハナコ、決意の影を纏うアズサ。
その間に立ったコハルは、潤んだ目で、今にも崩れそうな声を上げた。
「きゅ、急に何の話をしているの……!? ティーパーティーのヘイローを破壊するとか、先生の殺害だとか……! あ、アズサが、その、アリウス? っていう所に所属していたっていうのは分かったよ! でも――」
コハルの言葉は焦燥に塗れていた。
追いつかない感情が、言葉の端々を引き攣らせる。
頬は紅潮し、肩は震え、瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「アリウスの事は良く知らないけれど、それが私達補習授業部と、どういう関係があるのよ……!? アズサは何で、急にこんな話をし出したの……!? だって、現にティーパーティーだって生きてるし……!」
「――あのバカ教師もマヌケ面晒しながら生きてるじゃない!?」
「おい、マヌケ面のバカ教師って誰に言ってる?」
「俺のこと? 俺のこと言ってる?」
「………」
静まり返った室内に、銀時の声だけが間延びして響いた。
まるでピンと張った糸に、無理やり風船でも括りつけたような違和感が漂う。
けれど誰も笑わない――もはや笑える空気ではなかった。
アズサは、コハルの叫びに応えず、そっと目を閉じる。
それは――信じてくれている声だった。
たとえ必死に現実から目を逸らそうとしているだけでも。
きっと、銀時が本当に殺されるなら、今ここにいないはず。
ナギサが狙われていたなら、既に何かが起きていたはず。
そう信じたい――コハルはそう思い込むことで、心の均衡を、守ろうとしていた。
けれど。
「――明日の朝、アリウス分校の生徒がナギサを狙ってトリニティに侵入する」
空気が、一気に変わる。
「っ!」
「……私は、ナギサを守らなければならない。アリウスの企みを阻止する為に」
「……あ、明日の、朝……!?」
ヒフミの声が、裏返る。
その顔に走る驚愕は、もはや隠すことさえできない。
明日。いや、もうすぐにでも朝は来る。
つまりそれは、今日――それは、試験の当日。
アズサの口調、態度、言葉の端々から読み取れるのは、明らかに「戦う意志」だった。
試験を受ける気など、微塵もない。
それは、補習授業部の一員としてではなく――アリウスの敵として、トリニティを守る者として。
事実上の、離反宣言。
ヒフミは気づいた。
――アズサは、完全に覚悟を決めている。
誰かの敵として生きることを、自分の手で選んだのだと。
「先生!」
タブレット越しに響くアロナの声は、どこか焦燥を帯びていた。小さな電子音が、この場の空気を裂くように響く。
銀時「……ああ? なんだよ、今それどころじゃ――」
ぶっきらぼうに応じながらも、画面に映るアロナの表情を見た瞬間、その目が見開かれる。
「……なに?」
一瞬の沈黙ののち、低く絞り出されたその声は、他の誰にも聞き逃せるものではなかった。
ハナコ「銀さん、どうしたんですか?」
銀時「……明日、トリニティ全域に戒厳令が発令されるって話だ。」
「「「「えェェェ!?」」」」
空気が爆ぜたような叫びが室内にこだまする。
コハル「な、なんで!? 戒厳令って、外に出られない……つまり試験も受けられないってことじゃない!!」
焦燥と困惑が入り混じった声。試験、それは彼女たちにとって未来への扉であり、日常の象徴だった。それが突然「封鎖」されるという現実に、思考が追いつかない。
ハナコ「なるほど、本館に戒厳令……最後の試験でのナギサさんの強行的な行動を受けて、正義実現委員会が本館を空けるタイミング……ええ、要人襲撃には最適です。アリウスにも……優秀な参謀が居る様ですね。だから突然襲撃の日を変更したんですね。」
その声は静かだったが、冷えた刃のような鋭さを帯びていた。まるで戦場の地図を俯瞰で見る軍師のように、全体の構図を見通している。
心の中『……でも、おかしい。なぜ、アリウスが突然変更された戒厳令のことを……』
その思考の中で、何かが閃いた。
『!?』
『なるほど! そういうことだったんですね!!』
ハナコの瞳が鋭く輝く。真相に手がかかった瞬間の探偵の顔――
だがその横で、別の声が割り込む。
コハル「な、何でアズサがそんな事する必要があるのさ……? それに、明日って、試験は――」
アズサ「それは――」
震え混じりの疑問が空気に漂う。だが、それに答えるより先に、銀時の手がヒフミとコハルの肩を優しく叩いた。
それは、背中を押すでも、退けるでもなく、「ここは任せろ」と告げる無言の合図。
銀時「……おい、アズサ。」
彼の声音が、どこまでも静かに落ちる。
「テメェは裏切り者なんかじゃねぇよ。」
アズサ「え……?」
目を見開くアズサ。まるで耳を疑うように、その言葉を反芻する。
「何を言ってるんだ先生? 私はこの学園に先生を殺そうと侵入しーー」
銀時「確かに、テメェは俺を殺せって命令されて来たんだろうよ。」
「けどな――」
言葉に重みが乗る。鋼のような決意と、どこまでも温かな信頼が、その声に宿っていた。
「お前に、そんなことをするつもりなんて、はなから無かったはずだ。」
アズサ「……!」
桂が、静かに前に出る。
桂「アズサ殿――一緒に攘夷活動をした仲間として、分かることがある。」
彼の声は、過去の血と誓いを知る者の重みを帯びていた。
「お前ほどの腕があれば、銀時の暗殺は無理でも、ナギサ殿の命を奪うことなど造作もなかったはずだ。」
「それも、騒ぎが起きぬように、後腐れのない形で。」
エリザベスが掲げたボードが、その静寂にさらに一石を投じる。
『深夜に仲間との密談で、襲撃を遅らせていた。』
『そんなこと裏切り者がすることじゃない』
言葉ではない、されど鋭い真実。エリザベスの静かな告発は、アズサの心の奥深くに突き刺さった。
アズサは、ふらりと立ち尽くし、そして――俯いた。
その肩が震えていたのは、涙か、それとも張り詰めたものが解けた反動か。誰にもわからなかった。ただ、ひとつだけ確かなのは、ここに「信じる者たち」がいたということだった
アズサ「私は――」
声が、震える。けれどそれは、涙を堪えているからではなかった。自分の中から、確かに湧き上がるものを吐き出すための震えだった。
「みんなで一緒に遊んだり、遊んだり……遊んだり……」
銀時(小声)「え? ここ、勉強合宿だったよな? 遊んだ記憶しか言ってねぇけど」
コハル(小声)「いや、それアンタのおふざけのせいだから」
ささやかなツッコミが現実を少しだけ軽くする。でも、次のアズサの言葉は、その空気を再び強く引き戻した。
アズサ「……でも、何をしても楽しかった。だから、だから……この楽しい時間を壊したくなかった」
その言葉に、誰もが息を呑んだ。
「皆で何かをするということ。声を上げて笑い合うこと……私は、それを手放したくなかった」
当たり前のような小さな思い出。けれどそれは、アズサにとって何よりも尊い日々だった。
彼女にとって、それは誰かの“日常”などではなく、今までの人生で初めて拾った奇跡だったのだ。
本当に、些細なことだった。お菓子を分け合うこと。一緒に眠ること。何気ない日々のすべてが、彼女にとっては“黄金の記憶”だった。
それは絶望の淵にあっても、なお胸に抱いて戦えるほどに、大切な記憶だった。
彼女は、銃を握りしめる。その冷たい金属の感触が、決意に火を灯す。
腹の底から声を絞り出した。
「そうだ、私は……まだまだ、やりたいことがいっぱいある……!」
「海に行きたい! お祭りも! 遊園地も、水族館も……! 知らないところ、見たことない景色……全部、まだまだ沢山あって……!」
「だからッ、だから私は、まだ――みんなと、一緒に……ッ!!」
その叫びに、誰かが強く頷いた。
ヒフミ「行きましょう!!」
「行きましょうよ、みんなで!!」
「エデン条約が終わったら……ちゃんと、遊びに行きましょう!!」
涙で目を潤ませながら、ヒフミは言葉を続けた。
「アズサちゃんはよく、言ってた……Vanitas vanitatum et omnia vanitas――“すべては虚しい”って……」
「でも、銀さんにエリザベス様桂さんたちがいて……私たちが一緒に笑えるなら、そんな言葉、ぜったい嘘です!!」
アズサ「ヒフミ……」
コハル「そ、そうよ!」
「私たちがいたのは、トリニティでも最底辺、救いようがないような除け者扱いだったけど……」
「あのバカ教師たちと一緒だったから、毎日が楽しかった。退屈なんて、一秒だってなかった!」
目を真っ赤にして、それでも前を向いて叫ぶ。
「私はバカだから、うまくまとめられないけど……これだけは言える!」
「潔く諦めずに最後まで抗うべきよ!1人で消えたりしないで!!」
その言葉に、桂の目が見開かれる。
それはかつて、戦場で銀時に言われたあの言葉と、まったく同じ熱を帯びていた。
『最後を美しく飾りつける暇があるなら、最後まで美しく生きようじゃねぇか……』
アズサ「……コハル」
震える声が、小さく呟く。
その時だった。
銀時「……その通りだ、テメェら」
誰もが振り向く。銀時の声には、まるで教室の喧騒を一撃で静める“重み”があった。
銀時「何が“すべては虚しい”だ。ふざけやがって」
「……人生ってのはな、たしかにクソみてぇなもんだ。幸せを掴んだと思ったら、手からスルリとこぼれ落ちる。何の前触れもなく、大事なもんが目の前から消えて……息をするのも嫌になる日だってある」
その口調は飄々としていて、けれど一言一言に重みが宿る。
「それでも、俺は信じてる。幸せってやつはな――」
「手から零れても、何度でも掬い直せるってことだ」
「仲間がいる限り、笑える限り、拾い集めりゃいいんだよ。何度でも、何度だってよ」
銀時の目がアズサを見据える。
「だから、お前が見たその夢――遊園地だろうが海だろうが、お前が願ったその全部を――諦めんな」
「このバカ教師は、テメェらを誰ひとり退学にさせたり離したりさせやしねぇ」
一瞬、時が止まったようだった。けれどその沈黙の中、アズサの目に、涙が滲み始める。
それは、苦しさの涙でも、痛みの涙でもなかった。
――温かさに、触れた涙だった。
しんと静まり返った空間に、突然――
ハナコ「みなさん、感動のシーンを邪魔して悪いのですが……」
パチンと指を鳴らしながら、ハナコが静かに口を開いた。
「試験会場に行きますよ」
「ティーパーティーの皆さんを呼んで♪」
一同が一瞬にして現実に引き戻される。え? という顔をしたまま、動けずにいたコハルが最初に反応する。
コハル「えっ、もう!? 今の流れで行くの!? タイミングってもんがあるでしょ!?」
戸惑いとツッコミの混じった声が、残響のように部屋に響いた。
ハナコ「えぇ。皆さんの話を聞いてたら……どうにも腹が立ちまして」
ふん、と鼻を鳴らして、どこか冷ややかな笑みを浮かべる。
「……あの小賢しい猫ちゃんに、“真実”ってやつを突きつけてあげようと思いまして」
その言葉に、エリザベスが即座にフリップを掲げた。
エリザベス『真実?』
ヒフミ「ハナコさん……“真実”って一体……」
不安げに眉を寄せるヒフミ。その目はどこか心配そうだった。
「それに、そんなこと言って……本当に、大丈夫なんですか?」
ハナコ「えぇ、大丈夫ですよ」
微笑んだ彼女は、カバンの中からおもむろに黒縁メガネを取り出す。
そのまま、すっとかけてみせた。
そして、にこりと笑いながら宣言する。
「浦和ハナコ、迷宮なしの探偵ですから♪」
……数秒の沈黙。
「「「「……………」」」」
一斉にズッコケそうになる面々。その場に吹き荒れる、言葉にならない“間”。
コハル「いや、またコ◯ンパロディィィィィ!?!?」
全力のツッコミが炸裂した。
コハルの手が頭を抱え、銀時が思わず笑いを噛み殺すように肩を震わせる。
銀時「いや待て、そういや俺たち……結局、一睡もしてなくね?」
おまけ、
黒服「高杉さん、どうやらアリウスの生徒たちも動き出したようです。おそらく、シャーレの先生……あの白夜叉も動きを見せるでしょう。」
「今回も、動きを見るだけにしますか?」
高杉「フゥー。さぁな、そいつはーー」
「アイツ次第だ。」
その会話を遠くから見る辛子色の髪にメガネをかけた袴姿の男性
「………………」
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次回 ゴリラの縄張り争いにも葛藤がある
〜透魂〜第一回キャラクター人気投票
-
銀時
-
新八
-
神楽
-
沖田
-
土方
-
山崎
-
高杉
-
桂
-
定春
-
エリザベス
-
ホシノ
-
シロコ
-
ヒナ
-
アコ
-
ミカ
-
ナギサ
-
セイア
-
ユウカ
-
ノア
-
近藤