透き通る世界を照らす銀魂(ぎんのたましい)   作:時代に遅れている

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今回の話はおそらくスッキリすると思います。
あと真選組と高杉はパヴァーム編の後間章で出す予定です。


 第十訓 謝罪をするのにスーツは戦闘服で

アビドス砂漠。

 

そこは、アビドス高校周辺の砂漠化が進む遥か以前より、不毛の大地として存在していた場所だ。かつては観光列車が走っていたのか、錆びついた線路がかろうじて砂の海に道筋を残しており、銀時たちはそれに揺られて奥地へと足を踏み入れていた。

 

窓の外には、見渡す限りの黄土色と、陽炎に揺らぐ廃墟のシルエット。

 

「アビドス砂漠……。元々ここが砂漠の“核”だった場所かぁ。暑苦しいねぇ」

 

銀時が気だるげに窓枠に肘をつく。

通信機越しに、アヤネの緊張した声が響いた。

 

『はい。ここは普段から、所有者不明の壊れたドローンや警備ロボット、オートマタなどが徘徊している危険地帯です。十分に警戒して進んでください』

 

「了解~」

 

アヤネの警告に、ホシノがのんびりと答える。

 

なぜ、この砂漠に機械たちが彷徨っているのか。砂に沈んだかつての文明の遺物か、あるいは磁気嵐による誤作動か。今のアビドスにそれを解明する余力はなく、それらはただ「動く障害物」として認知されていた。

 

ふと、セリカが周囲を見回して眉をひそめた。

 

「そういえば……桂さんとエリザベスさんがいなくない? さっきまで一緒だったのに」

 

「ああ、ヅラとエリなら……今は“潜伏モード”だ」

 

銀時は何でもないことのように鼻を鳴らす。

 

「潜伏? どういうこと?」

 

「あいつら、連邦生徒会に呼び出し食らってるらしくてな。姿を見せると厄介だから、物陰に隠れながらついてくるそうだ」

 

「えぇ!? なんで連邦生徒会に!?」

 

「ま、以前ちょっとしたボヤ騒ぎというか、爆破騒ぎというか……不良警察(真選組みたいな連中)に追っかけ回された過去があってな。逃げ隠れするのはゴキブリ並みに得意なんだよ」

 

「どんだけ問題児なのよ、あの人たち……」

 

セリカが呆れたようにため息をつく。

列車が軋む音を立てて停車し、一行は熱気の渦巻く砂漠へと降り立った。

 

「と、とりあえず念の為、今一度火器の動作チェックをお願いします!」

 

アヤネの声に、生徒たちが慣れた手付きで愛銃を確認する。

 

「砂塵には気を付けないとですね~☆ ジャムったら大変です」

 

ノノミがミニガンの砲身を撫で、シロコもアサルトライフルのボルトを引く。

 

「帰ったらまた、分解清掃かぁ……。面倒くさいけど、暴発は怖いからね。手入れは大事」

 

「ん。準備万端」

 

カチャリ、と硬質な音が響く中、ホシノが銀時の方を向いた。

 

「銀ちゃんも、あんまり暴れないでね? 敵が出てきても、基本は私たちが対処するから。銀ちゃんはサポートってことで」

 

「はいはい、わーってますよ。俺ァ省エネ主義だからな。無駄なカロリーは使わねぇよ」

 

銀時は木刀を肩に担ぎ、やる気のなさそうにあくびをした。

 

「よし、それじゃあ気をつけて行ってみよー!」

 

 

ホシノの号令と共に、一行は砂丘の向こう、カイザーコーポレーションの反応がある地点へと歩みを進める。

風が強く吹き、視界が砂で霞む。

 

その時だった。

砂の中から、赤い光がごとりと灯る。

 

『――敵影確認。排除シマス』

 

砂に埋もれていた旧式の警備ロボットたちが、次々とその姿を現した。錆びついた装甲、不気味に回転するガトリングガン。一台や二台ではない。群れをなして襲いかかってくる。

 

「出たね! 迎撃開始!」

 

シロコが叫び、銃撃戦が始まろうとした――その刹那。

 

誰よりも速く、白夜叉が動いた。

 

「うらァァァァァァァァ!!!」

 

 

バキッ!! ゴッ!!

 

鈍く、重い破壊音が砂漠に轟く。

 

  バァァォン!!!

 

銀時が跳躍し、先頭のロボットの頭部を木刀で粉砕したかと思えば、その勢いのまま回転し、隣のドローンをバッティングセンターのボールのように打ち落とす。

 

「邪魔だ邪魔だァ! 俺の行く手を阻むポンコツどもはスクラップ行きだァゴラァァァァァ!!」

 

「ピガガガガッ!?」

 

ロボットたちが反撃する隙すら与えない。

木刀一振りで装甲がひしゃげ、回路が飛び散り、オイルが噴き出す。サポートどころか、単身で敵の群れを蹂躙していくその姿は、まさに災害。

 

あっという間に、目の前の敵部隊は鉄屑の山へと変わっていた。

 

静寂が戻る。

プスン……と、破壊されたロボットから黒煙が上がる音だけが響く中、銀時はスッキリした顔で木刀を振るった。

 

「ふぅ……。ま、こんなもんだろ」

 

その背中に、セリカの鋭い絶叫が突き刺さった。

 

「な、な、何をしてんのよアンタァァァァ!!」

 

「なんで引率者のアンタが先に暴走してるわけ!?」

 

「いやぁ〜下手に出てたら調子づいちゃうかなぁって思ってさぁ……ちょっとこづいただけじゃん?」

 

「どこが!おもくそぶっ飛んでたでしょ!!ホームランバッターばりのフルスイングだったでしょうが!!」

 

 

銀時は木刀についたオイルを手のひらで拭いながら、悪びれる様子もなく肩をすくめる。

 

「いやー、最近のロボットは生意気で困るねぇ。こっちが『あ、どうもこんにちは』って友好的なアイコンタクトを送ってるのに、いきなりガトリング回してくるんだもん。礼儀を知らねぇ若者が増えたもんだよ、まったく」

 

「アンタが木刀構えて突っ込んでったからでしょ!? 向こうは防衛プログラム通りに動いただけ!」

 

セリカの怒声が砂漠に響くが、銀時は「はいはい、次は気をつけるよ。次は」と耳の穴をほじりながら聞き流す。

その態度は、反省の色はおろか、既に今日の晩飯のことを考えているような軽さだった。

 

「うへ~、銀ちゃんは相変わらずパワフルだねぇ。おじさん、出る幕なくて助かっちゃうけど」

 

ホシノがのんびりと鉄屑の山を眺める。

 

「ん。でも、これだけ派手にやると、他の敵にも気づかれる」

 

シロコが警戒するように周囲を見渡した

 

そんな中、灼熱の太陽が容赦なく降り注ぐアビドス砂漠。

陽炎が揺らめくその砂丘の上空を、一機のドローンが孤独に飛行していた。

そのカメラが捉えた異様な光景に、モニター越しの奥空アヤネが息を呑む音が、通信機を通して全員の耳に届いた。

『……っ? 皆さん、前方に何かあります! ……巨大な街、工場……あるいは駐屯地? と、とにかく物凄く大きな施設のようなものが!』

「こんな砂漠のど真ん中に施設? 見間違いじゃなくて? こっちからは砂嵐で何も見えないけど……」

黒見セリカが目を細め、砂塵の向こうを透かそうとするが、視界は黄色く濁るばかりだ。

『見間違いではありません! 熱源反応も多数……とにかく、肉眼で確認できるところまで進んでみてください!』

アヤネの切迫した声に背を押され、一行は足場の悪い砂丘を登りきる。

そして、その頂上に立った時――吹き荒れる風の音さえも消え失せるほどの絶句が、彼女たちを包み込んだ。

「……なに、これ?」

「でかい……とても、でかい」

眼下に広がっていたのは、荒涼とした砂漠の風景を暴力的に切り裂く、巨大な要塞のごとき施設だった。

見渡す限りのコンクリート壁。空を拒絶するように張り巡らされた有刺鉄線。無骨な鉄塔が墓標のように並び、その威容は数キロメートル先まで延々と続いている。

「この規模……工場でしょうか? いえ、石油ボーリング施設にしては、警備があまりにも厳重すぎます……一体何でしょう?」

十六夜ノノミが不安げに身を乗り出す。

その隣で、小鳥遊ホシノは砂塵に塗れた分厚い外壁にそっと手を触れ、誰に聞かせるでもなく低く呟いた。

「――こんなの、昔はなかった」

少なくとも二年前。まだ彼女がアビドス生徒会の副会長として、あの先輩と共にこの砂漠を駆け回っていた頃――こんな威圧的で、悪意に満ちた建造物は影も形もなかったはずだ。

つまり、これはアビドスが衰退し、生徒会の目が届かなくなったここ数年の間に、何者かが極秘裏に建設した「何か」だ。

「砂漠のど真ん中に秘密工場なんて……おいおい、どんだけ怪しさ満点だよ。ここは悪の組織のアジトですって自己紹介してるようなもんじゃねーか。昭和の特撮でももうちょい隠すぞ」

坂田銀時が呆れたように鼻を鳴らす。

「銀ちゃんの言うとおり、怪しすぎるよ……。けど、ここで下手に動いたら――」

砂狼シロコが警戒を促し、愛銃のグリップを握り直そうとした、その刹那。

「伏せろ!」

銀時の鋭い声が、思考よりも速く鼓膜を打った。

彼は反射的にホシノの襟首を掴み、強引に砂地へと押し倒す。

  ダダダダダダダダダッ!!

直後、彼らが一瞬前まで立っていた空間を、無慈悲な銃弾の雨が切り裂いた。

砂柱が立ち上がり、乾いた発砲音が遅れて鼓膜を震わせる。

砂煙の向こうから現れたのは、これまでの野良ロボットとは一線を画す、洗練された装甲を持つオートマタ兵士たちだった。整然とした隊列、銃口から立ち上る硝煙。それは明確な「軍隊」の動きだった。

「侵入者発見!」

「逃がすな、拘束しろッ!」

無機質な合成音声と共に、包囲網が急速に狭まる。数体のオートマタが銃口を突きつけ、先頭の一体が警告を発した。

「そこのお前、動くな! 動いた瞬間、その足を撃ち抜――」

警告の言葉が完結することは、永遠になかった。

オートマタが次の単語を紡ぐより速く、銀色の閃光が疾風の如く飛び出したからだ。

ガンッ!!

「くぅぅぅぅぅぅぅぅ!!?」

鈍く、重い、破壊の音が響く。

警告を発していたオートマタの首が、物理的にありえない方向へとひしゃげ、火花を散らしながら吹き飛んだ。

銀時は着地と同時に木刀「洞爺湖」を構え直し、残りの敵をギロリと睨みつける。

あまりにも早すぎる、そして「話を聞かない」という容赦のない先制攻撃。

周囲の兵士たちは、プログラミングされた対応フローに「会話中に殴られる」という項目がなかったのか、一瞬フリーズしたように立ち尽くした。

「え……ええ!?」

アヤネの素っ頓狂な声が通信機越しに響く。

「ん……絶対にやると思った」

シロコだけは、涼しい顔で納得していた。

「銀ちゃん!? 暴れちゃダメだって言ったのに、なんで相手が喋ってる途中で殴るのさ!? お約束ってものがあるでしょ!?」

ホシノが砂まみれになりながらツッコミを入れるが、銀時はふんっと鼻を鳴らし、木刀についたオイルを払いながら言い放った。

「うるせぇよ。長話に付き合うのは校長先生の朝礼だけで十分なんだよ。グダグダ御託並べてる暇があったら、さっさと刀抜くのが侍ってもんだろ」

銀時はニヤリと笑い、凍りついた敵兵たちを見渡す。

「……さぁ、ステルス(全員殺せばバレない)の時間だぜ、ガラクタども」

 

激しい銃撃戦が始まった――いや、正確に言えば、それは戦いと呼ぶにはあまりに一方的な蹂躙劇だった。

「掃射します~☆」

十六夜ノノミの愛用するミニガンが、猛獣の如き咆哮を上げて火を噴く。圧倒的な弾幕が敵の前線を薙ぎ払い、逃げ惑うオートマタの眉間を、砂狼シロコと黒見セリカの正確無比な射撃が撃ち抜いていく。

そして、その鉛の雨の中を、銀髪の侍が疾風のごとく駆け抜けた。

「どいつもこいつも、硬てぇんだよ!!」

  ガギィンッ!! ズバァァァッ!!

銀時の木刀「洞爺湖」が閃くたび、最新鋭の複合装甲が濡れたダンボールのようにひしゃげ、火花と共に宙を舞う。物理法則を無視した破壊力に、オートマタたちは断末魔を上げる暇さえ与えられない。

「うへぇ、相変わらず無茶苦茶だねぇ、銀ちゃんは」

小鳥遊ホシノは、あくび混じりに巨大な盾で敵の銃弾を受け流しつつ、片手でショットガンを放ち、近づく敵を吹き飛ばす。

ものの数分も経たぬうちに、入り口付近を固めていた警備部隊は、燻るスクラップの山と化していた。

『制圧完了……ですね。それにしても、この警備の数……やはりただの工場ではありません』

奥空アヤネの緊張を孕んだ声がインカムから届く。

銀時は積み上げた瓦礫の山の上に立ち、施設の奥、暗闇に続く道を見据えて鼻を鳴らした。

「さて、と。邪魔者は消えた。鬼が出るか蛇が出るか……それともヅラが出るか」

「え? 今なんか言った?」

「いや、なんでもねぇ。行くぞ、探検の時間だ」

一行は、重厚なゲートをこじ開け、巨大な施設の内部へと足を踏み入れた。

          †

内部は、外観以上に異様な空間だった。

天井が見えないほど高く吹き抜けになった広大なホール。そこには巨大なクレーンが蜘蛛の巣のように張り巡らされ、ベルトコンベアが絶え間なく土砂を運び出している。

そして何より異様なのは――フロアの中央に口を開けた、巨大な「穴」だった。

施設の床一面に、ビルほどもある巨大な採掘用ドリルが突き立てられ、地底深く、星の核に触れんばかりの勢いで掘削が行われているのだ。ドリルの回転音が重低音となり、腹の底に響く。

「これ……何を掘ってるんでしょうか? 石油……にしては、規模が……」

ノノミが穴の底を恐る恐る覗き込み、不安そうに呟く。

その時、銀時の目が、作業員用通路の影でコソコソと動く「何か」を捉えた。

「……ん?」

そこには、カイザー社のヘルメットを目深に被り、薄汚れた作業服を着た二人の作業員が、不自然な手つきでモップを持ち、壁を掃除していた。

一人は線の細い長髪の男。もう一人は……明らかに人間ではない、白い着ぐるみのナニカ。作業服がパツパツで、背中のファスナーが悲鳴を上げている。

「オイ、そこの作業員」

銀時がドスの利いた声で呼びかけると、二人はビクッと大袈裟に肩を震わせ、機械仕掛けの人形のような動きで振り返った。

「ナ、ナンデショウカ。ワタシタチハ、タダノ、カイザーノ、サギョウインデス」

【怪しいものではありません】

片言の日本語を喋る長髪と、プラカードを掲げる白い物体。

銀時は無言で近づき、助走をつけ――。

  ドゴォォォォォッ!!

慈悲のかけらもない飛び蹴りを、長髪の男の顔面へ深々と叩き込んだ。

「ぐはぁっ!!」

「やっぱりヅラじゃねーかァァァ!! 何やってんだこんな所で!!」

「銀ちゃん!? いきなり一般作業員を……って、ええ!?」

蹴り飛ばされた勢いで男のヘルメットが吹き飛び、見慣れた艶やかな黒髪がさらりと流れる。桂小太郎は、鼻血を拭いながら立ち上がり、フッと前髪を払った。

「ふっ……。見破るとは流石だ銀時。完璧な変装だと思ったのだが」

「どこがだよ! 節穴かお前の目は! エリザベスに関しては作業服がボンレスハムみたいになってんじゃねーか! ただの白くてデカイ作業員だろ!」

【ジャストフィットだ】

「ヅラ!? エリザベス!? どうしてここに!?」

セリカが目を丸くして叫ぶ。桂は作業服の埃を払い、真剣な眼差しで仲間たちに向き直った。

「連邦生徒会の追手から逃れるため、最も安全な場所は敵の懐だと判断したのだ。……というのは建前で、実はこの施設から漂うキナ臭い匂いに、俺の『攘夷の血』が騒いでな」

「匂いって……オイルと鉄の匂いしかしないけど」

「いや、この地下から漂うのは……もっと古い、渇いた匂いだ」

桂の表情から、先ほどまでのふざけた色が消え失せる。彼はエリザベスと共に、轟音を立てる掘削現場の巨大な穴を指差した。

「ここ数日、作業員に紛れて潜入していたが、奴らは石油や資源を掘っているわけではない。奴らが探しているのは……『遺跡』だ」

「遺跡……?」

ホシノの眉がピクリと動く。その言葉には、聞き覚えのある不穏な響きがあった。

「ああ。この砂漠の地下深くに眠る、かつての文明の遺産……オーパーツとも呼ばれる代物だ。カイザーコーポレーションは、それを兵器転用しようと企んでいるらしい」

「兵器……」

アヤネの声が震える。

ただの金儲けではない。土地を買い占め、学校を追い詰め、生活を奪ったその果てに、過去の遺産を掘り起こし、暴力に変えようとしている。

その悪辣なシナリオに、シロコの瞳が氷点下の如く冷たく光った。

「……ん。許せない。埋める」

「落ち着けシロコ。埋めるのは後でいい。今は生き埋めにしなくても、社会的に埋める方法がある」

銀時はシロコをなだめつつ、桂に向き直る。

「で? その証拠はどこにある? まさか『見た』だけじゃ、カイザーの古狸どもはしらばっくれるぞ」

「フッ、抜かりはない。既にエリザベスが、奴らのメインサーバーから極秘データを抜き出している」

【任務完了】

プラカードと共に、エリザベスの口が「ヌッ」と開き、そこから粘液にまみれたUSBメモリが吐き出された。

「汚ねぇな! 直入れかよ! 唾液まみれじゃねーか!」

「防水仕様だから問題ない。……だが、問題はここからだ」

桂が視線を鋭くし、通路の奥、赤く点滅し始めた回転灯を睨みつける。

「データを盗んだことがバレたらしい。……来るぞ」

警報音が施設内に鳴り響き、無数の足音が、彼らを包囲するように近づいてきていた。

ーーーーーーーーーー

 一方その頃――。

アビドス砂漠から遠く離れた、カイザーコーポレーション支社ビル。

最上階にある重役室は、砂漠の熱気とは無縁の、冷徹な空調の音が支配する空間だった。

磨き上げられたデスクの向こう、豪奢な革張りの椅子に、その巨躯は沈み込んでいた。全身を無機質な鋼鉄の義体で覆ったカイザーPMCの理事は、手元の端末を耳に当て、極めて事務的な、あるいはゴミ処理を命じるような口調で告げた。

「……私だ。採掘基地への侵入者……まあ、十中八九アビドス対策委員会のネズミどもだろうが。……構わん、即時排除。もしくは捕獲してサンプルにしろ」

彼にとって、それは書類仕事の延長に過ぎなかった。

廃校寸前の生徒数名と、少しばかり腕の立つ大人が一人か二人。対してこちらは最新鋭のオートマタ軍団と重火器で武装した要塞だ。結果など聞くまでもない――はずだった。

『あ、あの……それが……』

部下の声が、受話器の向こうで震えている。

「……なんだ、歯切れが悪いな。さっさと報告しろ」

『は、はい! 申し上げます! げ、現地の防衛ラインが……か、壊滅寸前です!!』

「……は?」

理事が持つ万年筆が、ピタリと止まる。

数秒の沈黙。電子頭脳が「壊滅」という単語を処理しきれず、彼は低い声で聞き返した。

「……待て。今、何と言った? ……壊滅? 誰がだ? 我が軍がか?」

『は、はい! 侵入者の進行速度が異常で……第一防衛ライン、突破されました!』

「ふざけるなよ貴様!!」

ガンッ!!

理事が拳を叩きつけ、高級なマホガニーのデスクに亀裂が走る。

彼の電子の瞳(アイ)が、激昂のあまり赤く明滅した。

「たかが数人の学生相手に何を遊んでいる! こちらには戦車部隊も、対空砲も配備しているはずだぞ! それらはどうした!」

『そ、それが……! 戦車は……木刀を持った男に一撃で両断され……対空砲の弾は、謎の白い巨大生物が口から吐き出すビームで全弾撃墜されました!!』

「…………は?」

木刀? 白い生物? ビーム?

報告の内容があまりに荒唐無稽すぎて、理事の思考回路はショート寸前だった。部下が恐怖で狂ったか、あるいは悪い冗談か。だが、背後から聞こえる爆発音と悲鳴は、それが紛れもない現実であることを告げていた。

「っ、ええい、もういい! 役立たずどもめ! 私が直接行く!」

ガチャン!!

受話器を叩きつけるように切り、彼は即座に別の回線を開く。

怒りで義体の駆動音が唸りを上げていた。

「総員、第一種戦闘配備! 本部の予備兵力をすべて採掘基地へ回せ! アビドスの連中を、砂の一粒になるまですり潰してくれる!」

意気込んで命令を下す。しかし、返ってきたオペレーターの声は、無慈悲な事実を告げた。

『り、理事……。現在、稼働可能な兵力は……オートマタ50機のみです』

「……なんだと?」

理事の声が裏返る。

カイザーが誇る大兵力はどうした。

『先日のブラックマーケットでの戦闘、およびヘルメット団への貸与分の損失……それらが重なり、即応できる戦力は枯渇しております』

「たったの……50……だと?」

キヴォトスを牛耳る巨大企業の理事が動かせる兵力が、たったの50。

屈辱で回路が焼き切れそうだった。だが、ここで引くわけにはいかない。あの砂漠には、カイザーの悲願とも言える「遺産」が眠っているのだ。

「――っ、構わん! 社用ヘリを出せ! 私が直接指揮を執る!」

「は、はい! 直ちに!」

理事はマントを翻し、部屋を出る。

その足取りは怒りに満ち、床を砕かんばかりに力強かった。

(おのれ、アビドス……! おのれ、正体不明の侍……! 私の計画をここまでコケにしてくれた礼は、たっぷりと弾丸で返してやる!)

彼はまだ知らない。

これから向かう先には、戦車を両断し、ビームを吐く白い悪魔を従えた、キヴォトスの常識が通じない「万事屋」が待ち構えていることを。

回転翼の轟音と共に、一機のヘリが砂漠の空へと飛び立った。

それは、飛んで火に入る夏の虫――あるいは、銀髪の鬼の待つ地獄への片道切符だった。

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「殲滅完了」

 

ドンッ!!

 

最後のオートマタが、銀時の飛び蹴りによって無惨な鉄屑へと変わる音が砂漠に響いた。

硝煙とオイルの焼ける匂い。周囲には、無数の鉄塊が墓標のように積み重なっている。

 

「うへぇ……すごい量の瓦礫……。これ全部、私たちでやっちゃったの?」

 

ホシノが銃身の熱を冷ますようにパタパタと手を振りながら、呆れたように周囲を見渡す。

 

「でも、これでしばらくは静か」

 

シロコが愛銃のマガジンを慣れた手付きで交換し、油断なく周囲を警戒する。

 

「結構疲れましたねー……。何気に粘られましたし」

 

ノノミが額の汗を拭う。

 

「フッ、数は多かったが、所詮は魂の入っていない人形だな。エリザベス大丈夫だったか?」

 

瓦礫の山の上で腕組みをして仁王立ちする桂。その横で、エリザベスが【余裕】と書かれたプラカードを掲げている。ただし、その白い着ぐるみには無数の弾痕(の焦げ跡)があり、実は結構危なかったのではないかという疑惑が残る。

 

「今のうちにぱぱっと調べちゃわない? 敵の増援が来る前に」

 

セリカの提案に、全員が頷いた。

 

 

アビドスの生徒たちと、銀時、そして桂とエリザベスの一行は、スクラップの山を踏み越え、施設の奥へと歩を進める。驚くべきことに、これだけの激戦を経てもなお、彼らは誰一人として大きな怪我を負っていなかった。

 

かつて警備室だったと思しき場所へたどり着くと、アヤネの鋭い声がインカムから響いた。

 

『皆さん、ストップです! そこの外壁……何か、ロゴかマークのようなものが……』

 

「マーク?」

 

銀時が気だるげに視線を上げる。

砂塵にまみれ、塗装が剥げかけたコンクリートの壁。銀時が徐に近づき、張り付いていた砂埃を掌で乱暴に払うと、隠されていた真実が白日の下に晒された。

 

「これって……」

 

「このマーク、この集団は――」

 

描かれていたのは、鋭利な三角形が交差する、威圧的な帯の意匠。

そしてその下に記された、無機質な企業名――。

 

『KAISER PMC』

 

「――カイザー、PMC」

 

ホシノがどこか、乾いた笑いを漏らすように呟いた。

 

『……今、データベースと照合しました。ホシノ先輩の仰る通り、これはカイザーPMCのロゴです』

 

「カイザー……。カイザーって、こいつらもカイザーコーポレーションってこと!?」

 

セリカが怒りで声を震わせる。

 

「そういうことみたいだねぇ」

 

「カイザー……カイザー、カイザー、カイザーッ! どこへ行ってもッ! 一体、何なのよあいつらは!?」

 

アビドスから暴利を貪り、ブラックマーケットと癒着していた『カイザーローン』。

甘言を弄して土地を巻き上げ、学校を追い詰めた『カイザーコンストラクション』。

そして今、この砂漠の地下で怪しい採掘を行い、軍隊を差し向けてくる『カイザーPMC』。

 

すべてが繋がっている。

このアビドス砂漠を食い物にしているのは、巨大な一つの「悪意」だった。

 

「まるで悪のデパートだな。一階から屋上まで全部真っ黒ってか」

 

銀時が忌々しそうに吐き捨てる。

 

「『PMC』ということは、まさかさっきのオートマタは――」

 

「? ノノミ、どうしたの?」

 

ロゴを見た瞬間から、普段の穏やかさを消して険しい表情を浮かべていたノノミに、シロコが問う。

ノノミは真剣な眼差しで、その禍々しい文字を見つめながら答えた。

 

「PMCとは、Private Military Company……民間軍事会社のことです」

 

「ぐ、軍事って……!?」

 

「ヘルメット団のような、ただ暴れるだけのチンピラとはレベルが違います。規律を持ち、組織化されたプロの戦闘集団……文字通り、『軍隊』です」

 

「……なるほど。だからあんなに粘り強かったのね」

 

「退学した生徒や不良たちを集めて、企業が私兵として雇っているという噂はありましたが……まさか、これほどの規模だとは」

 

「つまり、身長をディスられたことにキレて兵を大量に殺しちゃったフリーザーが兵力増強に乗り出しそれ乗っかった新米兵士の集まりといったところか。……厄介なことだ」

 

桂が顎に手を当て、深刻そうに頷く。

 

「いや、例えが長すぎて意味わかんないんだけど、というかいちいちドラゴンボールに例える必要性ある!?」

 

 

【同意】

 

ノノミがさらに説明を続けようとしたその時――。

 

   ジリリリリリリリリリリッ!!!

 

突如、耳をつんざくような警報音が施設全体に鳴り響いた。

赤色灯が回転し、けたたましいサイレンが侵入者の存在を告げる。

 

「なっ……!?」

「敵襲!?」

 

生徒たちは即座に銃を構え、銀時と桂も背中合わせに陣取る。

全方位からの攻撃に備え、神経を研ぎ澄ませる――が。

 

「………………来ない?」

 

数秒、数十秒が経過しても、銃声一つ聞こえない。

飛び出してくるはずの兵士の影もない。

 

「もしかして……さっき襲いかかってきた奴らで、全員だったんじゃないの?」

 

セリカが恐る恐る顔を上げる。

 

「じゃあ、あいつらで終わりか? なんかあっさりしすぎてんだよなぁ……。ボス戦の前に雑魚ラッシュが終わったみたいな、この不完全燃焼感」

 

銀時は拍子抜けしたように木刀を下ろすが、その目は油断なく周囲を探っていた。

これだけの施設を守る兵力が、先ほどの掃討戦だけで尽きるはずがない。

 

『えっと……うるさいので、とりあえずあの警報を壊しておきましょう』

 

「ん、了解」

 

パンッ!

 

シロコの放った一撃が、壁面のスピーカーと警報装置を正確に撃ち抜く。

 

砂嵐が止み、不気味なほどの静寂が訪れた戦場。

その静けさを引き裂いたのは、頭上から降り注ぐ暴虐な回転翼(ローター)の轟音だった。

バラバラバラバラバラバラ……!!

空気を叩き潰す重低音と共に、漆黒の塗装が施された大型ヘリが砂煙を巻き上げて着陸する。ハッチが開き、整然と展開したのは、先ほどの量産機とは一線を画す重装甲のオートマタ兵団。

数は五十。一糸乱れぬ隊列は、無言の圧力を放っていた。

そして、兵士たちが恭しく道を開けたその中心から、一人の男が降り立った。

砂漠の熱気には似つかわしくない高級スーツに身を包み、頭部を無機質なラインヘッドの機械に置換した異形の巨躯。

カイザーコーポレーション理事。

彼は、鉄屑と化した自軍の無惨な姿と、その中心に立つ薄汚れた「ネズミ」たちを見下ろし、義体の駆動音を怒りで軋ませた。

「貴様らか……! 我が社の資産を、ここまでコケにしてくれたドブネズミどもは……!!」

その威圧的な登場に、アビドスの少女たちが身構える――かと思いきや。

「なんか偉そうなのが来た」

「いかにも『私がボスです』って感じの登場ね」

シロコとセリカは、どこか冷めた目でその光景を見ていた。

理事はギリリと拳を握りしめ、独りごちるようにブツブツと呟き始めた。

「――そうか……アビドス! やはり貴様らか! よくもこんな真似を!! ――いや、待て……落ち着け私……いくらここのキヴォトス住人が戦闘狂だと言っても、たかが数人の学生にそんなことができるわけがない……そうだ、そうに違いない……」

その様子を見て、銀時が隣に立つ桂を肘で小突いた。

「おいヅラ、見ろよ。ぶつぶつ一人で設定確認してるぞ。あいつ、こじらせてんなぁ。完全に厨二病(あのころ)の俺たちだわ」

「ふっ、甘いな銀時。あれは厨二病ではない。悪の組織の中間管理職特有の『現実逃避』だ。部下の手前、威厳を保とうと必死なのだ。……エリザベス、点数は?」

【3点(登場が遅い)】

「……だそうだ」

「うるさいッ!!」

理事が咆哮し、彼らの内緒話を遮った。

「私はカイザーコーポレーションの理事を務めている者だ――つまり、君たちアビドス高等学校が借金をしている相手だよ」

「え、嘘!?」

「じゃあこの人が……」

アヤネとノノミが息を呑む。

理事は咳払いを一つし、崩れかけた威厳を取り戻すようにスーツの襟を正した。

「……まあいい。私はもっと正確に言えば、カイザーコーポレーション、カイザーローン、そしてカイザーコンストラクションの理事だ。現在はカイザーPMCの代表取締役も務めている」

「――そんな肩書きはどうでもいい。要は、アンタがアビドス高校を騙して、搾取した張本人ってことでいい?」

シロコが冷徹な視線で射抜く。

「……ほう?」

「そうよ! ヘルメット団と便利屋を仕向けて、ここまで私たちをずっと苦しませて来た犯人がアンタってことなんでしょ!? アンタのせいで私たちは……アビドスはッ!」

セリカが怒りを露わにし、拳を握りしめる。だが、理事はアイラインを数回点滅させると、心底呆れたように首を横に振った。

「――やれやれ。最初に出て来る言葉がソレか。呆れ果てたぞ、アビドス」

「何ですって……!?」

「勝手に私有地へと侵入し、善良なる我がPMC職員たちを攻撃し、施設を散々破壊しておいて……ここまで本当にやりおって……くくっ、面白い」

「……善良な職員にしては、随分と好戦的な挨拶だったけどな。何の前触れもなく鉛玉ぶっ放してくるのが、御社のビジネスマナーか?」

銀時が木刀を肩に担ぎ、挑発的に言い返す。

「正当防衛さ。何せ見知らぬ人物が家に無断で入り込んで来た様なものだからな。強盗や盗人が相手なら、君たちとてそうするだろう?」

「………」

「――口の利き方には気を付けた方がいい。ここはカイザーPMCが合法的に事業を営んでいる場所。まず君たちは今、企業の私有地に対し『不法侵入』している犯罪者なのだという事を理解するべきだ」

「っ……!」

理事が右手を軽く上げると、周囲を包囲していた五十体のオートマタが一斉にガシャリと銃口を突き出した。

圧倒的な数の暴力。その威嚇に、アビドスの生徒たちは一歩後ずさる――演技をした。

彼女たちの瞳に、恐怖の色はない。

なぜなら、彼女たちの前には――銀色の侍と、狂乱の貴公子、そして白い悪魔が仁王立ちしているからだ。

「フン、不法侵入だと? 笑わせるな」

桂がスラリと刀の鯉口を切り、冷ややかな視線を理事に向ける。

「貴様らがアビドスに対して行ってきた搾取こそ、法で裁けぬ悪行ではないか。侍の理(ことわり)において、悪党の屋敷に押し入るのに玄関を叩く必要はない!」

【御用改めである!】

エリザベスのプラカードが勇ましく掲げられる。

「さて、話を戻そう――」

理事は彼らの殺気にも動じず、余裕たっぷりに続けた。

「アビドス自治区の土地だったか。確かに買い取ったとも。しかし、だからどうした? 全ては合法なる取引、記録も全て確りと存在している……まるで私たちが不法な行為をしているかのような言い方はやめて貰おう。それとも此処には、私を挑発しに来たのかね?」

「っ、どの口で……!」

「正直、何故君たちが此処に来たのかは知らないが……どうしてアビドスの土地を買ったのか、その理由が知りたいのか?」

理事が試すように問いかけると、ノノミがミニガンを構えたまま答えた。

「……確かに。こんな何もない砂漠に大規模な施設を建築してまで何をしているのか、その理由は気になります」

「ふむ――ならば教えてやろう」

理事は芝居がかった仕草で両手を広げ、背後に広がる掘削現場を示した。

「私たちはアビドスのどこかに埋められているという『宝物』を探しているのだ」

「宝物……!?」

「……もしかして、桂が言ってた話のこと?」

セリカが即座に反応するしかし、ホシノだけは目を見開き、何かに思い当たったように息を呑んだ。

「それはそう、もしそうだとすると、このPMCの兵力について説明がつかない――この兵力は、アビドス自治区を制圧する為のものじゃないの?」

シロコの鋭い指摘に、理事は鼻で笑った。

「……ハハハ。数百両もの戦車、数百名もの選ばれし兵士たち、数百トンもの火薬に弾薬――」

彼は侮蔑の視線を、たった数人の少女たちに向ける。

「たった五人しか在籍していない、今にも潰れそうな学校のために、これ程の用意をすると……本気で考えているのか?」

その言葉は、アビドス対策委員会の自尊心を傷つけると同時に、不気味な説得力を持って彼女たちを圧迫した。

だが、その重苦しい空気を破ったのは、気の抜けたあくびだった。

「ふわぁ……。要するにアレだろ? 宝探しのために砂場遊びしてたら、地主のガキどもが邪魔しに来たから追い返そうとしたって話だろ?」

銀時は涙目をこすりながら、理事を指差した。

「いい歳こいてスコップ片手に宝探しとは、ロマンチストだねぇ。だが残念だったな、おっさん。この砂場は――俺たちの『遊び場』なんだよ」

 

「君は誰かね? ヘイローも持っていない、ただの脆弱な肉体しか持たぬ君は」

カイザー理事の電子義眼が、侮蔑の色を帯びて明滅する。

それに対し、銀時は小指で耳の穴をほじりながら、気だるげに答えた。

「坂田銀時。……こいつらの『先生』だ」

「先生……か。ならば、自分の教え子の教育ぐらい徹底したらどうなんだ? 企業に逆らうことの愚かさを」

「やってるさ。てめーらみたいに金に溺れて自分を見失うな! ってな。反面教師としては優秀だよ、アンタ」

はっ……善者気取りめ

理事は鼻で笑い、鋼鉄の腕を広げた。その背後には、彼が絶対の自信を持つ重装甲オートマタ部隊が控えている――はずだった。

「まあいい、話を戻そう……何かな?」

「なんかさっきからペラペラ喋ってるけど……ウチの生徒を嵌めたのは事実だよな?」

「……ふっ、そうだ。それがビジネスというものだ」

「やっぱり!」

セリカが怒りに震えるが、理事はそれを意に介さない。

「だが、それがどうした? 私には……先ほどのアビドスでの戦闘で消耗したとはいえ、まだまだ兵力がある。財力もあれば権力もある……圧倒的な『武力』もな」

理事は一歩前へ出る。その巨躯が落とす影が、少女たちを覆い隠す。

「なんだよ、この偉そうな態度。俺たちはお前の演説を聞きに来たんじゃないんだぞ」

「身分が違うんだよ、先生……。君らと私では住む世界が違う。天と地、王と奴隷、大人と子供。身分が違えば対応も違う……そんな社会の常識もわからないのかね?」

「ふーん」

銀時の生返事に、理事の苛立ちは頂点に達した。

「これだから脳の無いバカは嫌いなんだ……。何の力もない弱者どもに、なぜ私がここまで貴重な時間を使わなければならない」

「あんた……いい加減に!」

セリカが激情に駆られて飛び出そうとする。

だが、その肩を、銀時の大きな手が制した。

「銀ちゃん?」

「なんだ? 文句があるのなら言ってみるといい……いいか? 私は『大人』で、貴様らは『子供』だ。対応が違うのも当然だろう? ……それもわからないバカなお前たちに、私が直々に教えてやろう……それがこの世界の残酷な仕組――」

「――で?」

銀時の声が、氷点下の冷たさを帯びて言葉を遮った。

「さっき言ってたその『武力』とやらが今、どこにあるんだ? 見せてくれよ。……ちょっとお前の退屈な自分語りに、飽きてきたんだよ」

「……は?」

理事は怪訝な顔で眉をひそめた。

「どこって、今お前らを囲んで……」

彼が自信満々に周囲を指し示そうとした、その時だった。

ガシャン……ガラガラガラッ……

乾いた金属音が砂漠に響く。

理事が振り返った先にあったのは、整列した兵士たちではない。

首をもがれ、胴体を両断され、あるいは爆破されて黒焦げになった、五十体の鉄屑の山だった。

「なっ……!?」

その瓦礫の頂上に、一人の侍と一匹の白い怪物が優雅に座っていた。

「フッ……話が長すぎるぞ、悪党。貴様が己の権力を自慢している間に、我々の『掃除』は終わってしまったではないか」

桂小太郎が、まだ熱を帯びた刀を鞘に納め、涼しい顔で髪を払う。

その横で、エリザベスがプラカードを掲げた。

【話なげーよハゲ】

「い、いつの間に……!? 私の精鋭部隊が……音もなく……!?」

理事の思考回路が凍りつく。

銀時が長話を聞くフリをして注意を引きつけ、その一瞬の隙に、桂とエリザベス、そして銀時自身が超高速で連携し、無音のうちに全てを葬り去っていたのだ。

「大人と子供? 身分? 権力?」

銀時がゆらりと歩み寄る。その瞳に宿るのは、理屈や損得を超越した、修羅の光。

「てめぇの言う『大人の対応』ってのが、弱ぇ奴をいたぶって悦に浸ることなら……俺ぁそいつを塗り替えてやる」

「ひっ……! く、来るな! 私はカイザーの理事だぞ!?」

「だからどうした。ここは学校(ガキの領分)だ。……教育的指導の時間だぜ、コノヤロー!!」

銀時の拳が、唸りを上げて空を切る。

  「き、貴様!何をーー!!」

 

    ゴッ!!!

鋼鉄すら砕く渾身の突きが、理事の顔面――無機質なラインヘッドのど真ん中に突き刺さった。

装甲がひしゃげ、火花が散り、理事の巨体がボールのように吹き飛ぶ。

砂煙を上げて転がる理事を銀時は見下ろした。

 

 

 「――わ……私に……この私に手を……出したな?」

 カイザー理事は、へしゃげたフェイスプレートから火花を散らし、よろめきながらも立ち上がった。その電子音声には、痛みよりも深い、プライドを粉々にされた屈辱が滲んでいた。

「お前が手を出したということは、生徒たちも同罪だ!! いいか!? 私は『債権者』だ! お前たちの借金の利率など、私のさじ加減ひとつでどうにでもなるんだぞ!?」

 彼は血走った(ように明滅する)カメラアイで、アビドスの少女たちを睨め回す。

「――今ここで増やしてやろう! 変動金利適用! 特例措置発動! 金利を……三千%上昇させてやる!! これで貴様らは未来永劫、砂を啜って生きる奴隷だ!」

「さ、三千パーセント……ッ!?」

 セリカの顔から血の気が引く。

 それはもはや返済など不可能な、死の宣告に等しい数字だった。アヤネもノノミも、その数字の暴力に言葉を失い、絶望的な表情で立ち尽くす。

 大人のルール。社会の仕組み。契約という名の絶対的な鎖。それらが、少女たちの細い首を真綿で締めるように圧迫する。

 理事が勝ち誇ったように笑おうとした、その時。

「へぇ。三千パーセントねぇ」

 気の抜けた声が、緊張の糸をぷっつりと切った。

 銀時は小指で耳をほじり、その指先に息を吹きかけながら、まるで明日の天気の話でもするかのように言った。

「おいヅラ。三千パーって、フリーザ様の戦闘力で言うとどのくらいだ?」

「ふむ。変身前なら瞬殺だが、ブラックフリーザ相手なら少々分が悪いな。……だが銀時、アイツの言っているのは戦闘力ではない。ただの『ハッタリ』だ」

「なっ……ハッタリだと!?」

 理事が激昂する。

 桂は瓦礫の上から軽やかに飛び降りると、懐から一つの小さなチップ――USBメモリを取り出し、理事の目の前に突きつけた。

「貴様が金利を上げるのは勝手だが……その前に、このデータが『連邦生徒会』や『ヴァルキューレ警察学校』、ついでに『ゲヘナの風紀委員会』に流れたらどうなるかな?」

「な……それは……!」

「これは先ほどエリザベスが貴様らのメインサーバーから頂いたものだ。ここで行われている違法な遺跡発掘、違法兵器の密売計画、そしてアビドス自治区への不当な干渉……。全ての証拠が、この小さな箱に詰まっている」

【拡散希望ペロ】

 エリザベスが、スマホを片手に「送信ボタン」を押すフリをする。

「そ、そんな馬鹿な……! セキュリティは万全だったはず……!」

「侍の侵入を、電子の壁ごときで防げると思ったか? ……取引といこうか、理事殿」

 桂が冷徹な笑みを浮かべる。

「そのデータを公表されたくなければ、アビドスへの不当な圧力を即刻中止し、ここから尻尾を巻いて去れ。……さもなくば、貴様の会社は三千パーセントの確率で倒産だ」

「き、貴様ら……! 脅迫する気か!?」

「脅迫? 人聞きの悪いことを言うなよ」

 ぬっと、銀時が理事の目の前に顔を近づけた。その瞳孔の開いた目は、どんな猛獣よりも恐ろしい光を放っている。

「これは『教育』だよ。弱い者イジメしか能がねぇガキみてぇな大人に、世の中の厳しさを教えてやってんだ。……で? どうすんだ? その鉄クズみてぇな頭で、損得勘定くらいできるだろ?」

 理事は押し黙った。

 計算するまでもない。このデータが明るみに出れば、カイザーPMCどころか、親会社であるコーポレーション全体が揺らぐ。アビドス一校の借金などとは比較にならない損失だ。

「……ぐ、ぬぅぅ……!!」

 ギリギリと、義体の歯車が悲鳴を上げる。

 暴力でも負け、情報の切り札でも負けた。完全なる敗北。

「……わ、分かった。……今回は、私の負けだ。兵を引き、金利も1500%まで減らしておいてやる」

「おい、全部じゃねぇのかよ……」

「それは、お前たちが不法侵入分だ、それぐらい払え」

 だが、理事は去り際に、怨嗟のこもった捨て台詞を吐き捨てた。

「だが忘れるな……! 借金が消えたわけではない! 契約書がある限り、アビドスは我々の掌の上だ! いつか必ず、この報いは――」

バガッッッ!!!

 再び、鈍い音が響いた。

 銀時の蹴りが、理事の腹部に深々と突き刺さっていた。

「がはっ……!? き、貴様、交渉は成立したはず……!」

「あぁ、そうだな。だからこれは交渉とは別件だ。……生徒を脅した慰謝料、ありがたく受け取れ」

 銀時は、砂に這いつくばる理事を見下ろし、吐き捨てるように言った。

「二度とその汚ぇ面見せんじゃねぇ。……」

 

 理事はもはや一言も発することができず、這うようにしてヘリへと逃げ帰っていった。

 爆音と共に去りゆく黒い機体を見上げながら、アビドスの少女たちは、ようやく肩の荷が下りたように大きく息を吐いた。

「……勝った、の?」

「うん。……私たちの、勝ち」

 砂漠の熱風が、勝利の余韻を運んでくる。

 それは、ただの借金返済の話ではない。自分たちの居場所を、自分たちの手で守り抜いたという、確かな実感だった。

 

 

それから数十分後、本当に借金の金利が半分になり銀時達の勝利のようになった。

 ーーーーーーーーー

上空へと急上昇するヘリコプターの機内。

 

轟音と振動が支配する密室で、カイザー理事はシートに座ることさえできず、腹部を押さえて「く」の字に折れ曲がっていた。

 

「ぐぅ……ッ、おのれ……おのれぇぇ……!!」

 

鋼鉄の義体には、銀時の靴跡がくっきりと、まるで烙印のように刻み込まれている。

痛みなどないはずの電子回路が、屈辱という名の熱暴走で悲鳴を上げているようだった。

 

たかが学校。たかが生徒。

そして、たかがヘイローも持たぬ、薄汚れた侍ごとき。

そんな者たちに、この私が――キヴォトスを牛耳るカイザーの理事が、泥を啜らされたなどと。

 

「認めん……! 認めんぞ……! この私が、あんなふざけた連中に負けるなど……!」

 

理事は窓にへばりつき、眼下に広がる砂漠を睨みつけた。

そこには、豆粒のように小さくなった銀色の影が、悠然とこちらを見上げているのが見えた(ような気がした)。

 

憎悪で視界が赤く染まる。

彼はガラスを叩き割りそうな勢いで拳を振り上げ、喉のスピーカーが割れるほどの絶叫を砂漠の空に叩きつけた。

 

「あの天パ侍……坂田銀時! 名は覚えたぞ! 必ず、必ずこの手で潰してやる!!」

 

 

その怨嗟の声は、虚しくプロペラの音にかき消され、砂漠の彼方へと消えていった。




次回予告
銀時「ホシノ、なにコソコソしてやがる?」
ホシノ「べ、別に何もしてないよ〜心配性なんだね意外と」
銀時「じゃあコイツ何だ?」
ホシノ「いつの間に!?はぁ銀ちゃんには敵わないね」

次回 誰もが誰かを想ってる

〜透魂〜第一回キャラクター人気投票

  • 銀時
  • 新八
  • 神楽
  • 沖田
  • 土方
  • 山崎
  • 高杉
  • 定春
  • エリザベス
  • ホシノ
  • シロコ
  • ヒナ
  • アコ
  • ミカ
  • ナギサ
  • セイア
  • ユウカ
  • ノア
  • 近藤
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