透き通る世界を照らす銀魂(ぎんのたましい) 作:時代に遅れている
これぞ本当の虚無期間
アンケートありがとうございました。
二話目編集終わりました
第九十七訓 秘密を隠し通したいならベールを被るべし
「――百合園、セイア」
「……あぁ、君を待っていたよ、白洲アズサ」
トリニティ自治区の片隅。
外界から隔絶された、重い沈黙に包まれたセーフハウス。光の一筋さえ届かぬコンクリの壁に囲まれたその空間は、まるで意図的に世界から切り離された“箱庭”のようだった。
その扉が軋みを立てて開く。
一陣の風のように、少女が踏み込んできた。
白洲アズサ――アリウスの制式コートを羽織り、顔を覆う無骨なガスマスクの下、鋼のように研ぎ澄まされた殺気を纏っている。
手には、重厚な拳銃。既にその銃口は、躊躇なくセイアの胸元を射程に収めていた。
彼女の後ろにあった扉が、重たい音を立てて閉じられる。空気が張り詰め、呼吸の音すら濁る。
――その瞬間、世界にはふたりしかいなかった。
椅子に凭れ掛かったまま、セイアは微かに目を細めた。
その双眸は、深い湖底のように冷たく、どこか夢見るように朧気だった。
アズサの指が、無意識にトリガーをかすかに引く。
しかし、撃てない。完璧な包囲、明白な正当性、確実な勝利が約束されていながら、胸の奥で何かが鈍く疼いた。
「待っていた……私を?」
「そう。夢でね、何度もこの場面を見たよ……まるで、演劇の台本でも読んでいるみたいだった。既視感(デジャヴ)というより、これは“予知夢”に近いんだ」
彼女の声は、静謐な水面に一滴の雨が落ちるような響きを持っていた。
掴めそうで掴めない。手を伸ばせば霧のようにすり抜けてしまう。
「夢で、現実になる未来を見たことがあるかい? それ以外にも、終わり方の違う夢をいくつも……」
セイアは、手をふわりと天井にかざした。
まるで、そこに何かが“降ってくる”のを感じているかのように。
アズサは、何も言わずに銃を構え直した。
だがその目は、ほんの一瞬、迷いを帯びる。アリウスの中で、理屈や情を超えたこの種の“不可解な存在”――それこそが、アズサの最も苦手とする相手だった。
「なら……私がここに来た理由も、分かっているんだな?」
「もちろんさ」
銃を向ける指がわずかに震える。その震えは、恐れではない。
――ためらい、あるいは、怒り。
セイアはそれを感じ取っていた。
アズサは恐れてなどいない。恐れているのは、自らが犯す「破壊」の行為そのものだった。
だが、セイアの瞳に映るのはただ静謐だった。
揺らがぬままに、口元だけが言葉を紡ぐ。
「私のヘイローを……壊しに来たんだろう?」
アズサの目がわずかに見開かれる。
それは、怒りでも、否定でもない。――確認だった。
「他の仲間たちは、ここまで辿り着けなかった。だが君は来た。君だけが、この場所に辿り着けた。白洲アズサ――君の力は、本当に素晴らしい」
「……だったらなぜ、逃げなかった?」
「――無意味だからさ」
その言葉は、まるで自嘲の詩(うた)だった。
セイアは肩をすくめ、視線を膝元へと落とす。
その声は、空気に沈殿するように低く、淡々としていた。
「全ては虚しいよ。運命は変えられない。予知夢を見てしまう私には、足掻くことの滑稽さがよく分かる。未来というものは、私の中では既に“過去”のようなものさ」
淡く笑う。そこにあるのは、希望でも絶望でもない。ただ、諦観。
「それに私は、そもそも戦いに向いた身体じゃない。君と戦えば、百回戦っても百回負けるだろう。なら、戦う意味などない」
アズサは――返答しなかった。
否定する必要もなかった。彼女の言葉は真実だった。
それでも、銃を下ろすわけにはいかなかった。
彼女は今、“任務”と“感情”の狭間で――葛藤していたからだ。
彼女は今、“任務”と“感情”という名の刃の上に立っている。
一歩踏み外せば――どちらにも戻れない。
椅子に深く腰掛けたまま、セイアの顔に一瞬、表情らしきものが浮かぶ。
微笑にも似た、それでいて微笑とは呼べない、儚い歪み。
沈黙が、二人の間にそっと降りる。
まるで、雪のようだった。冷たく、静かで、確実にすべてを覆い尽くしていく。
ふいに、セイアが視線を動かす。向けられた銃口を、無造作に指差した。
「ところで、君は以前にも……ヘイローを破壊したことがあるのかい?」
「……いや、ない。でも、やり方は習った」
「ふむ。そうか――“習った”んだね」
その言葉を、セイアはまるで口の中で転がすように反芻する。
それは単なる確認ではなかった。“習う”という言葉の背後にある重さを、彼女は感じ取っていた。
アズサはわずかに身を引き、左腕を背中に回す。
腰のポーチから、静かに、丁寧に――ある物を取り出した。
それは、一見すればただの爆弾だった。
しかし、表面に刻まれたどの記号も、セイアには見覚えがない。
工業製品特有の整った線や、軍用品に刻まれる識別番号すらない。まるで、誰かの執念が塗り込められたかのように不規則な表層。どこか“人の手の匂い”がする。
「それは……?」
「ヘイローを破壊するための爆弾。私は、そう教えられた」
アズサの声は、まるで誰かの教本をそのまま読み上げているかのように無機質だった。
だが、セイアの目には、そこに潜む違和感がはっきりと見えていた。
「……聞いたこともない技術だ。なるほど、アリウス独自の研究成果というわけか」
その声の奥にあるのは、驚愕か。あるいは、畏れか。
いや――ほんの少しの、哀しみかもしれない。
“それは、人間の頭の中で考えるべき物ではない”――セイアは、直感的にそう思った。
「君たちは……人を殺す方法を、学校で習ってきたんだね」
「……あぁ。必要なことは、一通り習った。『学校』って、そういうことを習う場所なんだろう?」
「――……」
その言葉は、あまりにも無垢だった。
その無垢さが、何よりも胸を抉った。
知識とは、“知らなかったことを知る”こと。
だがそれが、人の殺し方であったなら。
それが当然のように教えられる場所が、彼女たちの「学園」なのだとしたら。
セイアは小さく息を呑む。
眉間に、深い皺が刻まれる。
「あぁ……そうか。アリウスは――そこまで、なのか」
その呟きに込められた感情は、憐憫か。あるいは義憤か。
いや、ただの痛みだったのかもしれない。
無垢な子供たちが、人殺しの道具として育てられる。
憎しみの炎を燃料に、次代の刃として鍛えられる。
それが正義なのか。正当な報復なのか。
それとも、単なる連鎖の果てにある、空虚な自壊か。
セイアは、何も言わなかった。
彼女には、その答えを語る資格がないと――分かっていた。
彼女はアリウスではない。
彼女は、戦場の只中を生きた者ではない。
彼女は、ただ運命を諦め、傍観を選んだ者だ。
だからこそ、言葉を飲み込んだ。
その胸に、ただ一つの言葉だけを残して。
「それで、生きていけるのか?」と
「――白洲アズサ。一つだけ、聞かせてほしい」
「……何だ」
それは、問うべきではない問いだった。
けれど――問わずにはいられなかった。
もしもそのまま、問いかけなければ。
もしも何も言わず、このまま沈黙を選んでいれば。
彼女はきっと、“あの未来”を歩まずに済んだのかもしれない。
セイア自身のように、諦観の中に静かに沈んでいけたのかもしれない。
だがセイアは、与えてしまった。
選択を。道を。可能性を。
地獄か――あるいは、一時の安らぎの果てに訪れる、より深い地獄か。
「君は、人殺しになってしまっても……大丈夫なのかい?」
静かに、しかし鋭く突き刺さるその言葉に、アズサは答えなかった。
沈黙だけが、返ってきた。
ただ――その肩が、かすかに震えた。
セイアはそれを見逃さなかった。
銃口が、ほんの僅かに――心許なく逸れていた。
「私は見たんだ、人殺しになる事を恐れる君の姿を」
「……それも予知か」
「そうだ。君がそれを望んだかどうか、他に選択肢があったかどうか……そんなことは、本質ではない。重要なのは、君が――実際に人を殺したかどうかだ」
セイアの声は、重く、静かにアズサを貫いた。
ガスマスクの奥に覗くその瞳は、薄氷のような無機質さの下に、確かな憂いを孕んでいた。
揺らぎ――それは、セイアが視た“未来”の残滓。そこに映っていたのは、銃を構えた少女の震える指、伏せた瞳、そして……彼女がその引き金を引く“前”の、たった一瞬の躊躇だった。
アズサの心を、過去と未来の狭間に引き裂くように、沈黙が満たす。
彼女は恐れていた。
与えられた武器と、教え込まれた手段。その全てを拒絶しながら――それでも“撃たねばならない”と刻まれた役割を、否応なく受け入れようとしている自分を。
アリウスという、乾いた檻の中で。
「重要なのはそこだ。人を殺したという、その明確で絶対的で、何よりも――絶望的なまでに分かりやすい境界線において。君はその線の向こう側へと、今にも踏み出そうとしている」
セイアの言葉は冷静だった。しかし、そこに宿った熱は、決して薄っぺらなものではない。
未来を視る者だからこそ、未来の痛みも知っている。
踏み越えたその先に待つ絶望。殺した後にしか訪れない、遅すぎる後悔。どれほど叫んでも、元には戻らない喪失の深淵。
「――その時、君が感じるだろう。絶望。怒り。後悔。無力感。……そして挫折だ。君達アリウスは言う。全ては虚しい、と」
「………」
「ならばその感情すらも、君達はいつか消化しきってしまうのだろう。そう、何も感じない“兵器”のように……だが私は知っている。君はその言葉――“vanitas”――に頷きながらも、どこかで否定していたということを。違うか?」
アズサの中で、何かが――音もなく、軋んだ。
そうだ。彼女は否定していた。
否定“してしまって”いた。
血と硝煙の中にいたあの日も。
射撃訓練場の片隅で、小さく咲いていた、あの青い花を見つけた時も。
「あの日見た、小さな花を見つめながら――君はそう考えていた筈だ」
セイアの言葉が、記憶を引き裂いた。
――全ては無意味で、無駄で、虚しい。
錆びた鉄の匂いが鼻を衝く。
耳に残るのは、罵声と銃声。足元には吐き捨てられた薬莢が転がる。
それが彼女の“教室”だった。
学ぶべきは、正確な射撃。速やかな殺傷。痛みを捨てる方法。
――そんな地獄の隅で、咲いていた小さな青い花。
砕けたコンクリートの割れ目から、細く伸びた茎。
誰にも教えられず、誰にも祝福されず、ただそこに、ひっそりと。
なぜ咲いた? 何の意味がある? 咲いて、何になる?
すぐに踏みにじられ、消える運命の花――それでも。
「……けれど」
アズサの指が、グリップを強く握る。
軋む音が、沈黙の中に微かに響いた。
意味など無い。価値など無い。
それでも、咲かなければ。足掻かなければ。
この世界に産み落とされた存在が、何の為に咲いたのか――永遠に知る事は出来ない。
そして彼女は、口を開くことなく、言葉を告げた。
『それでも――足掻かなければならない』
その言葉を、セイアもまた口にした。
二人の声が、時を越えて重なり合う。
アズサの――言葉に出来なかった祈り。
セイアの――未来を知りながら、それでも託した願い。
希望はないかもしれない。
けれど、意味はあるのだと。
足掻く事に、存在する事に、きっと、何かしらの意味は宿るはずだと。
アズサは、そう信じていた。
「……百合園、セイア」
少女の声が、重くも澄んでいた。
「君は、私を殺しに来たのではない……私に、いや、アリウスではない誰かに、助言を求めに来たのではないか?」
「もし、そうだと云ったら……どうする?」
「――その先に、今よりも辛い未来が横たわっているとしても、君は……」
「無論、進む」
それは、決意だった。
涙ではなく、怒りではなく、痛みでもなく――“選択”の声。
アズサの銃口が、ゆっくりと床へと降ろされた。
静かに、確かに。
そして、その手が、顔を覆っていたガスマスクへと伸びる。
重たい仮面が、床に落ちた音は、まるで殻を割る音のようだった。
現れたのは――まだ年若い、少女の素顔。
傷付きながら、それでも光を捨てきれなかった、透明な瞳がそこにあった。
セイアは、椅子の背に身を預けながら、そっと目を細めた。
そして、静かに告げる。
「ならば――語ろう」
これから彼女が歩む未来に、救いが無いことを、セイアは知っている。
それでもなお、選ぶというのなら。
「君がこの先――どう足掻くべきなのかについて」
地獄の、そのさらに先へと進むために。
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重厚な扉の先、静寂と緊張の空気が広がる会議室。真選組局長のゴリラこと近藤にシスターフッドのメンバーが真剣な表情の中で
長机に頬杖を突いた銀髪の男が一人
「万事屋」
「おい、起きろ万事屋ァ!!」
「……zzzz」
ピクリとも動かぬその姿に、近藤の額に青筋が浮かぶ。
「起きろって言ってんのが聞こえねぇのかァァァァァ!!」
怒号と共に、躊躇なく振り下ろされた拳が銀時の額に炸裂した。
ゴンッ!!
鈍い音が部屋に響き、銀時の頭が跳ねる。だが――
「……うるせ〜な〜、こちとら一睡もせずにあのドンチャン騒ぎだったんだよぉ……もう少し……もうちょいだけ寝かせてくれや……」
その言葉は、あまりにも怠惰で、だが妙に人間臭く、どこか疲れ切った男の本音が滲んでいた。目は閉じたまま、机に突っ伏している。
傍らで腕を組んでいたサクラコが、ゆっくりと口を開く。
「……お忙しいのは重々承知しておりますが、もう少々、集中していただけますと助かります」
彼女の声は静かで冷たい湖面のようだった。感情は抑えられているが、その内側には確かな苛立ちの漣が広がっている。
「……立て続けに色々なことが起きましたから、まずは整理しておきましょうか」
彼女の指が手元の端末をなぞる。音声も、視線も、淡々としているが、それが逆に場の空気を凍らせた。
「退屈なお話になるでしょう。少なくとも、面白くはないことだと思いますが……。整理することで、進むことができることもあります。――『ポストモーテム』と呼ばれるものです」
その言葉に反応するように、銀時の頭が机にどさァァァァァとさらに沈み込んだ。
「……zzz……」
「どんだけつまんねぇんだよお前は!! 失礼にも程があるだろ!!!」
再び近藤の怒声が炸裂。拳が宙を舞うも、銀時はまるでそれすら夢の一部のようにスルーしている。
サクラコは一瞥すらせず、淡々と語りを再開した。
「セイアさんの部屋が爆破されたのは、夜中の3時頃です」
「現場へ最初に到着したのは、『救護騎士団』のミネ団長でした」
彼女の声は、記録映像のナレーションのように正確で、感情の波を抑えていた。
「室内の状況を確認したミネ団長は、すぐさまティーパーティーに報告。その瞬間、組織は混乱に陥り、情報の隠蔽工作と犯人捜しが始まりました」
その過程を説明する彼女の顔には、どこか虚無のような疲労が見える。
それはこの事態の深さを物語っていた。
「……しかしその騒動に紛れるようにして、ミネ団長はセイアさんの“遺体”と共に姿を消しました。救護騎士団の他の団員さえも、以後の消息を絶ちました」
それはまるで、一枚の幕が降ろされるような静かな告白だった。
サクラコの声が、やや低くなる。
「……ただし。『遺体』という情報自体が、最初からフェイクでした」
淡々とした語り口とは裏腹に、その真実は聴く者の思考を強く揺さぶる。
「実際には、ミネ団長は“ヘイローが破壊された”という偽情報を流しつつ、セイアさんを安全な場所へと匿ったのです」
無感情にも思える語りだが、その裏には確かな温度がある。
誰かを、守ろうとした者たちの――選択の記録。
「『ヘイローが壊された生徒』が狙われることなどありえません。セイアさんを守るためには、これが最も理に適っていた。……そう判断したのでしょう」
銀時の寝息が微かに聞こえる。
「……ティーパーティーのメンバーが襲撃されるという、かつて無い異常事態。今は誰を信じるべきか、と考える前に、“自分の手で”と。そう、彼女は思ったのではないでしょうか」
サクラコは、資料の一枚をそっと机に置いた。
「実際のところ犯人が、本来であれば情報が集約される「ティーパーティー」のミカさんであったことを考えると彼女の判断は結果的に正しかったと言えますが....」
銀時は、机に突っ伏したまま、ゆっくりと片目だけを開く。
その瞳には、いつもの眠たげな色合いはなく、どこか冷ややかな光が宿っていた。
サクラコ
「……しかし、まだセイアさんは目を覚ましていません」
銀時が身を起こす。
椅子がわずかに軋み、彼の銀髪が音もなく揺れた。
銀時
「やはりな……」
その口調は、冗談とも真実ともつかず、けれどどこか重たく、妙に静かだった。
近藤
「おいお前、知ってたのか?」
銀時は肩をすくめて、口の端だけで笑う。
銀時
「まぁな。この銀さんにかかれば、どんな秘密だろうと丸裸よ。……ま、まだ目覚めちゃいねぇようだがな」
サクラコは一つ深く息を吐き、眼鏡を指先で持ち上げた。
レンズ越しに光が反射し、彼女の表情を一瞬だけ仮面のように見せる。
サクラコ
「その通りです。爆発による外傷は、すでに癒えています。けれど、彼女は未だ眠り続けている……」
「団長も、原因はわからないと言っていました。今もミネ団長とセイアさんは、外部との接触を避け、誰にも知られぬ場所に身を隠しています」
わずかな沈黙。
会議室に響くのは、時計の針の音だけ。
サクラコ(目を閉じて)
「……おおよそにはなりますが、これが百合園セイアさんに関する現時点での報告です」
その言葉の終わりと同時に、冷えた空気にひび割れるような声が差し込んだ。
???
「あらあら、相変わらずつまらない近況報告ですね」
一瞬で場の空気が、塗り替えられた。
銀時の表情がぴくりと動く。
銀時
「…………」
近藤
「その声は……ハナコくん!? どうしてここに!?」
扉の向こうから、優雅に一歩ずつ、しかし確かな足取りで現れたのは、露出狂の少女――ハナコだった。
その微笑みは優雅で無邪気で、何かを企む悪戯好きの猫のよう。
ハナコ
「サクラコさんに捕まって、つまらない話で苦しめられているのではないかと思って……先生を助けに来ちゃいました♥」
サクラコ(眉を寄せ)
「……冗談を言うタイミングではありませんよ、ハナコさん」
ハナコ(くす、と笑い)
「サクラコさんは相変わらずですねぇ……今度、少し過激な本でも一緒に読みませんか?」
「何となくですが……サクラコさんって、そういう方面に免疫がなさそうですし。うふふ♥」
サクラコのこめかみが、ぴくりと動く。
眉の隙間に感情が滲み出るのを、彼女は必死に抑えていた。
銀時
「あら〜? そうなの〜? シスターの教えにマヨネーズ注入なんて荒業があるから、てっきりその辺はバッチリかと思ってたらしたのに〜……」
ひらひらと手を振るような軽口。
だが、それに乗ってくる者は誰もいなかった。
サクラコ
「…………ハナコさん。あの時の約束、忘れていませんよね?」
その一言には、怒りでも戸惑いでもない、静かな圧が込められていた。
会議室の空気が再び変わる。
戯れにも似た応酬の裏に潜む、確かな「契約」の気配。
そしてハナコは、まるでそれすらも愉しむかのように、また一歩、サクラコの方へと近づいた。
場の支配権が、静かに――しかし確実に――サクラコの手に戻りつつあった。
卓上には沈黙が宿り、先ほどまでの滑稽さはどこへやら、緊張が張り詰めている。
そんな中、椅子に静かに座るハナコが、ほの暗く笑む。
その笑顔は春の陽だまりのように柔らかく、しかしどこか、底の知れない影が揺れていた。
ハナコ
「……もちろんですよ」
その声はまるで、深く掘られた井戸の底から響いてくるようだった。
サクラコが頷き、言葉を継ごうとした、その瞬間――
サクラコ
「それは一――」
ハナコ(被せるように)
「『登校時の服装には、裸のみを認める』……そんな校則を作り、トリニティを“裸の楽園”へと変える計画に手を貸してほしい……そういうことでしたよね?」
室内の空気が、まるで停止したかのように凍りついた。
誰もが言葉を失う中、サクラコの口がかすかに動く。
サクラコ
「ええ、そうでい――」
――いかなかった。
サクラコの言葉が、途中で崩れ落ちた。
その意味がわからず、しばし呆然としたまま、彼女は固まる。
サクラコ
「……………はい?」
視線を向けると、ハナコはやや身を乗り出し、慈しむような目で彼女を見つめていた。
その表情の裏に隠された真意は、誰にも読み取れない。
ハナコ
「まさか、シスターフッドがこんな陰謀を企んでいたなんて……」
「さすがサクラコさん、謎に包まれた秘密主義集団の長ですねぇ? ねぇ、近藤さん?」
サクラコ
「近藤さーーーー!」
叫びにも似た悲鳴が会議室にこだまする中――
近藤(すでに上着を脱ぎながら)
「なるほど、裸の楽園……つまりそれは、警備の時も、稽古の時も、裸でいていいつまりそういうことだろう!俺は賛成だ!」
脱ぎ終わっていた。
清々しいほどの全裸だった。
その堂々たる立ち姿に、誰もがどう反応していいかわからず目を逸らす。
サクラコの口は、もう何も言えずに開きっぱなしだ。
サクラコ
「なっ……!?」
ハナコ(真剣な表情で)
「それに、あの例外条項……『原則は全裸。ただしシスターフッドのみ、登校時にベールの着用を認める』」
「さすがの私も慄きましたよ。裸にベール……なんという新しい世界……♥」
サクラコは言葉を失い、顔を真っ赤に染めながら、震える手で何かを否定しようとする。
サクラコ
「はいっ……っ!?」
ハナコ
「ですが、今の立場では協力せざるを得ません。そして、やるからには……必ずや成功させてみせます」
そう言い切るハナコの目には、一切の迷いがなかった。
だが続けて口にした提案は、さらに会議室の空気をぶっ壊した。
ハナコ
「ただ、そのベールの件はズルすぎます。ですので、私からの提案ですが――」
「『原則は全裸。ただし全生徒、靴下だけは着用可能とする』、というのは如何でしょうか?」
サクラコ
「ちょっーーー!!」
崩壊寸前のサクラコの声が、反響した。
銀時(飄々と)
「なるほど〜、“ベール”に包まれた組織には、“ベール”をってか?……お後がよろしいようで」
銀時は言い終わると、自分で自分の発言に小さく頷いていた。
どこか誇らしげに。
サクラコ
「何を上手いこと言ってるんですか!!」
だが次の瞬間、会議室の扉が乱暴に開かれる音が響いた。
マリー(息を切らしながら)
「さ、さささサクラコ様!? そ、そんな計画を…………っ!?」
サクラコ
「違いますよ!? 違いますったら!」
動揺するサクラコに、ハナコは肩をすくめてみせた。
ハナコ
「そんな……」
サクラコ
「“そんな”じゃありません!!」
「いきなり何を言っているんですか、あなたたちは!」
震える声で叫ぶように言い返しながら、サクラコはハナコを鋭く見据える。
その視線には、ある一点を突き刺すような確信があった。
サクラコ
「……私たちが、ハナコさんの頼みを聞く代わりに、ハナコさんも私たちからの頼みを一つ聞く――」
「そういう約束でしたよね?」
ハナコは数秒の沈黙ののち、ふふっと笑った。
まるで、昔の恋文を思い出すように。
ハナコ
「……ああ、そんなお話も、ありましたねぇ」
深く息をつき、サクラコは静かに天を仰いだ。
教会の会話室に満ちていた異様な熱気は、すでに失せていた。代わりに残されたのは、どこか気まずく、そして切実な重みだった。
サクラコ
「はぁ……」
その吐息は、まるで一冊の聖典を読み終え閉じるかのように重く、慎重だった。
そして言葉を選びながら、彼女は真正面から、ハナコを見据える。
「本当なら……あなたがシスターフッドに入ってくださるのが一番良いのですが……」
「それはあなたをただ、虐げて、追い詰めるようなことになってしまうのでしょうね。そんなことは、私の望むところではありません」
語りかける声は、かつての冷徹さを内に沈め、どこかためらいがちだった。
サクラコは教義に殉ずる者として、滅多に感情を揺らがせない。だが、今この瞬間ばかりは、彼女自身が“変化”の入口に立っていた。
「……今回の事件を契機として、私たちの“無干渉義”も見直されていくことになります」
「これからは、政治的な局面にも――おそらくは積極的に――関わっていくことになるでしょう」
その言葉の一つひとつが、未来の布石のように空間に置かれていく。
そしてサクラコは静かに続けた。
「その過程できっと、色々とあるはずです。理不尽な圧力や、予期せぬ暴力……」
「そんな時、あなたのような方に助けてもらえるというのは――とても、心強いことなのです。……あくまで、そういうお話です」
目を伏せたハナコの唇が、静かに動いた。
ハナコ
「……まあ、その程度なら、構わないのですが」
彼女は、深くため息をひとつ吐く。
その表情は、飄々としていて――けれども、どこか疲れたようでもあった。
まるで、終わることのない茶番の続きを望まれているような顔だった。
銀時
「……はぁ……」
近藤
「………」
室内に、ため息が二つ、三つと降るように広がっていく。
まるで静かな雨音のように、じんわりと空気を濡らしていった。
サクラコ
「どうして皆さん、そんなに残念そうな表情をしているのですか……」
「いえ、もう……もうその話には戻らないでくださいね? お願いですから」
どこか本気で懇願するような声に、思わず場が静まり返る。
けれど、そんな沈黙を破ったのはやはり――
サクラコ
「……話が逸れましたね。本題に戻りましょう。えっと……」
近藤
「全裸登校に――」
銀時
「ベールをつけるかって話だろ?」
サクラコ
「はい、って――その話じゃありませんってば! 戻さないでくださいって言いましたよね!?」
激しく突っ込んでいた。
さすがのサクラコも、今はベールの中に感情を隠しきれないらしい。
彼女はひとつ深呼吸して、ようやく話を軌道に戻す。
ハナコ
「仕方ありませんね……セイアさんの襲撃事件、その件に戻りましょう」
空気が引き締まった。
ギャグの余韻はすっと霧散し、現実が静かに音を立てて戻ってくる。
「実行犯は――ご存じの通り、アズサさんだったようです」
銀時
「……アイツが……」
銀時の声が、ぽつりと落ちる。
その奥には、怒りでも哀しみでもない、ただ鈍い違和感が沈んでいた。
ハナコ
「……セイアちゃんの部屋が爆破されたのは、夜中の3時です」
「ですが、侵入が確認されたのは……夜中の2時頃」
一同の視線が、ハナコへと注がれる。
彼女は卓上の紅茶に指を添えながら、視線を宙に漂わせた。
「つまりそこには、約1時間の空白が存在しています」
「侵入者――つまりアズサちゃんは、セイアちゃんと1時間、同じ部屋にいたんです」
その言葉に、サクラコの眉がわずかに動く。
サクラコ
「その60分の間……お二人の間には、いったいどんな話があったのか……」
誰もが固唾を呑んだ。
だが――その静寂を、飄々と割り込んだのは、やはり彼だった。
ハナコ
「それに関しては――」
近藤
「俺から話すとしよう」
その声は、不自然なほどに堂々としていた。
「彼女が一体何をして――その場でどんな会話を交わしたのかを……」
サクラコの顔が、微妙に引き攣った。
銀時は額を押さえ、ハナコは何とも言えない顔で黙り込んでいる。
彼らの胸に去来しているのは、果たして“真実”か、それとも“また茶番の予感”か――
その答えが語られるのは、次の瞬間かもしれない。
次回予告
銀時「えぇ〜まだこれ続くの〜もう読者のみんな飽きるって」
サクラコ「先生は、これはエデン条約の土台を固めるために必要なーー」
銀時「必要ねぇよ!だってーーどうせ壊れるから」
次回「取り調べにはカツ丼でしょ!と思うけど実際は出せないらしい」
〜透魂〜第一回キャラクター人気投票
-
銀時
-
新八
-
神楽
-
沖田
-
土方
-
山崎
-
高杉
-
桂
-
定春
-
エリザベス
-
ホシノ
-
シロコ
-
ヒナ
-
アコ
-
ミカ
-
ナギサ
-
セイア
-
ユウカ
-
ノア
-
近藤