透き通る世界を照らす銀魂(ぎんのたましい) 作:時代に遅れている
「キキキッ! ようこそ、シャーレの先生!」
やけに甲高い声が、重厚な扉の奥から飛び出した。
そこはゲヘナ自治区・万魔殿パンデモニウムソサエティの議事堂――。
荘厳な造りのソファとローテーブルが、妙に浮ついた絵画やら黄金に縁取られたゲヘナ校章の垂れ幕に囲まれている。
何処かの貴族の書斎とでも言わんばかりの派手な空間の中央に、ひときわ異質な存在が仁王立ちしていた。
マコト。
万魔殿の議長にして、現ゲヘナ生徒会長。
黒のコートをなびかせ、飾緒を身につけ、室内だというのに帽子を目深に被った彼女は、口の端を吊り上げていた。
「さぁ! このマコト様と共に、どうやってキヴォトス全土を手にするか計画を――」
バァン!!
次の瞬間、扉が乱暴に閉じられる音が議事堂に響き渡った。
突然の幕引きに、マコトの声が途中で断ち切られる。
「ちょっ! ちょっと待ってくれェェェ!!」
再びバァン!と音がして扉が開かれたかと思うと、マコトが必死の形相で駆け寄り、銀時の背中に縋りついた。
「ちょっと待ってくれェ〜〜っ!!」
「この私が登場したのは第二十話以来なんだぞ!? いや、百話ぶりなんだぞ!? レアキャラなんだぞ!?」
いつもよりコートの裾をばっさばっさと煽りながら、マコトは懇願するように銀時を見上げた。
「もっとこう……何か感慨とかさ……登場シーンのありがたみとか、そういうのがあってもいいだろ!?」
だが、銀時の反応はいたって冷ややかだった。
「そんなもんあるわけねぇだろ。」
そのまま鼻をほじりながら、ボソリと続ける。
「ていうかお前、ちょっと喋っただけでキャラが濃すぎんだよ。」
「登場回数とか関係なく、キャラの濃度で胃もたれすんのさっさと自覚しがれ」
そのやり取りに割り込むようにして、一人の女生徒が現れた。
「それに……二十話から登場してないの、あなただけじゃないんですけど?」
現れたのはアコ。
シャープな視線と整った長い髪、整った制服姿の彼女は、どこか呆れたように銀時とマコトを見つめていた。
「……あっ、ヨコチチ。お前も来たの。」
銀時は何のてらいもなくそう呟き、アコを指差すこともなく、ただ淡々と視線を――いや、視線を落としていた。
アコの目がカッと見開かれる。
「ちょっと!!!」
「その影が薄いキャラみたいな扱いやめてくれません!? ていうか、どこ見てるんですか!!?」
銀時の目線が、明らかにアコの胸元に落ちている。
空気が一瞬にして凍りついた。
「……いや、本体に話しかけただけだろ?だってお前、ヨコチチしか特徴ねぇじゃん……。」
「セクハラ発言しないでください!!!!」
議事堂は高価な調度品に囲まれていたが、その空間の中心では、ただただ馬鹿馬鹿しいやり取りが繰り広げられていた。
そしてその中心にいるのは――百話ぶりに登場したにも関わらず、誰にも崇められなかったマコトと、やたら距離感の雑な銀時と、突っ込むことでしか存在感を保てないアコ。
「とにかくよォ、俺ァ朝から真剣での斬り合いに、くだらねぇ会議、そんでもってゴリラの面会付き合いときた」
銀時は鬱陶しげに頭を掻きながら、わざとらしい溜め息を吐いた。
「そんなハードモードな一日送った後に、よりによってお前らの茶番劇になんて付き合ってられるかっつーの」
そう吐き捨てると、スッと身体を翻し、扉へ向けて足を進める。が――。
「ん?」
ぐい、と和服の袖に柔らかな感触が伝わる。
振り返ると、そこには黄色の髪をツインテールにまとめた小柄な少女が、黒い制服の袖を手の甲までたるませながら、銀時の袖を引いていた。潤んだ瞳で見上げるその表情には、わずかな寂しさが滲んでいる。
「もう帰っちゃうの……?」
丹花イブキ。万魔殿に所属する、年端もいかぬ幼女。銀時とは初対面……の筈だった。
銀時は一拍、間を置いた。
それから、苦笑いと共に片手で彼女をひょいと抱き上げ、肩に乗せる。
「……よっし、一緒に帰るか」
あまりに自然な流れだった。あまりに、勝手な決断でもあった。
「オイィィィィ!! 先生待てェ!!」
背後から叫び声が轟いた。
赤いコートの裾を翻し、帽子を跳ね上げて詰め寄るのは、万魔殿の議長・マコト。
「イブキは私たちの子だぞ!? そんな無言の引き取り許されるわけないだろ!」
銀時はきょとんとした顔で振り返る。
「はぁ? 何言ってんだよ。イブキはな……」
彼は堂々と宣言する。
「これからは俺のとこに養子に来るの。今からは、丹花イブキじゃねぇ――坂田イブキだ。」
「勝手に姓を変えるなァァァ!!」
もはや言葉の限界を超えたマコトの絶叫が議事堂の高天井に響き渡る。
だが当のイブキは、銀時の肩の上で首を傾げる。
「なぁ、イブキ。あのバカ、知ってる?」
「ん〜〜……知らない」
「イブキィィィィィ!?!?」
銀時は静かに、だが着実に歩を進める。
「よし、さっさと帰ろう。知らねぇ人についてっちゃダメだって教わったろ?」
「それに隣にいる風紀乱しまくってる奴の影響も困るしな」
「……それ、絶対私のことですよね?」アコが淡々と呟いた。
その時、別の声が静かに場に割り込む。
「その通りです」
穏やかながらも芯のある声だった。
「イブキは――私と先生で育てます」
現れたのは、栗色の髪に鋭い眼差し、どこか疲れたような雰囲気を纏う少女――棗イロハ。万魔殿戦車部隊の戦車長であり、名うてのサボり魔。
「さよならです、マコト先輩」
マコト「イロハ! お前までェェェェ!?!?」
銀時は彼女の顔をしげしげと眺め、首を傾げた。
「お前、誰?」
「……あ、申し遅れました」イロハは手を軽く挙げ、無表情に名乗った。
「私、棗イロハと申します。趣味はサボり。先生と気が合うと思いませんか?」
銀時がイブキの耳元で囁くように訊く。
「なぁ、イブキ。コイツ、信用できる?」
イブキは嬉しそうに頷いた。
「うん、イロハ先輩だよ。いつも一緒に遊んでくれるんだ〜」
「……そっか」
銀時は満足げに頷き、再び歩き出す。
「じゃ、帰るか」
「帰るなァァァァァ!!」
もはや悲鳴に近いマコトの叫びが背後で響く。
「せめてイブキだけでも置いてってくれぇぇぇ!!」
沈黙の中、イロハがすっと口を開いた。
「私はいいんですね」
「ったく……さっきからギャーギャーうるせぇんだよ」
銀時は肩に乗せたイブキをずり落とさないようにしながら、うんざりとした顔で振り返る。
「連れて行ってほしいのか? どうなんだよ、連れて行ってほしいのか? ……ほれ、はっきり言いやがれ」
「なんで連れて行かれる選択肢しか存在しないんだよォォォ!!!」
マコトがテーブルを勢いよく叩き、叫ぶ。議事堂に彼女の怒声が響き渡った。
「私がしたいのは、先生を引き止めることだけだろ!? 何で先生に持ってかれなきゃならないのだ!!」
横でアコが、あからさまな疑いの眼差しで銀時を見る。
「……先生って、ロリコンだったんですか?」
「失礼なこと言うんじゃねぇよ」
銀時は不快そうに眉をひそめ、アコを睨んだ。
「俺はロリコンじゃねぇ。イブキのお父さんだ。立派なな」
「いやもう、なんか存在しない記憶が頭に流れ込んできてるんですけど。先生、脳味噌壊れました?」
「……と・に・か・く!」
バァン!!
マコトがもう一度机を叩く。彼女の手が若干赤く腫れているのを誰も指摘しない。
「今日のところはもう帰ってくれぇぇぇッ!!」
「帰るなって言ったかと思えば、今度は帰れって……お前、どんだけ面倒くせぇんだよ。高倉健でももうちょい上手くやるわ!!」
「いや、今回はどう見ても全部先生のロリコンのせいですよね?」
アコが呆れたようにぼやく。
「だぁぁから! ロリコンじゃねぇっつってんだろ!! 誰が特殊性癖持ちだって言った!? 勝手に俺の名誉を貶めるんじゃねぇよ!!」
…………
時間が経ち、議事堂はすっかり静寂に包まれていた。残された万魔殿の三人は、それぞれ別の場所を見つめていた。
「……はぁ」
マコトが深いため息をつく。勢いを使い果たした後の虚脱感に、肩が落ちる。
「先生を返してよかったんですか、マコト先輩」
イロハが、背後から静かに声をかける。彼女の声はいつもと同じ、抑揚のないダウナーな響きだが、どこかそれ以上に冷めた響きがあった。
「……」
マコトは答えなかった。が、代わりに別の声がすっと割って入る。
「いい判断だったと思うよ」
見廻組の白のスーツを羽織った、見慣れぬがどこか気配を消すような女――信女だった。
「信女さん」
イロハがわずかに反応を見せる。
「彼に言ったら……絶対首を突っ込んで、エデン条約どころの騒ぎじゃなくなる」
信女は壁にもたれながら言った。視線はどこか遠く、銀時の背中をまだ追っているようにも見える。
「そもそも、エデン条約なんて私たちにとってはどうでもいい話だったかもしれないけど……」
彼女の声に、僅かに重みが宿る。
「こうなったら、話は別」
沈黙が落ちる。
「……ここは、やはり異三郎のことを信じるしかないか」
マコトがぽつりと呟いた。拳を固く握り、目を伏せる。悔しさと、それでも信じようとする覚悟。その両方が入り混じった苦い表情だった。
議事堂にはもう喧騒はない。ただ、次なる波乱の兆しを予感させる静けさだけが、しんと漂っていた。
数週間前――キヴォトス、旧行政区の廃墟にて。
崩れかけた石造りの柱と、ひび割れた床。屋根のほとんどが吹き飛び、剥き出しの空が冷たい風を吹き込んでいた。荒廃した静けさの中に、五人の影が立ち並んでいる。
佐々木異三郎、信女、マコト、イロハ、そしてイブキ。
異三郎の視線が、目の前で不敵に笑うマコトへと向けられる。彼の声は低く、だが芯の通ったものだった。
「マコト殿。今回は……少々、勝手が違います」
言葉を切り、帽子のつばを指で軽く押さえる。
「いつものように強気で押すのも結構ですが、今回は相手が異質だ。状況を見て、臨機応変に立ち回るべきです。エリートとして……ね」
「キキキッ! そう言われると余計に燃えるなぁ!」
マコトは声を上げて笑いながら、一歩前に出る。長いコートが風に靡く。
「来てやったぞ、アリウス分校よ! さあ、話ってのを聞かせてもらおうかァ!」
イロハがすぐさま顔を覆った。
「……はあ。言ったそばから」
そこへ、廃墟の奥に佇んでいた二つの影のうち、片方が口を開く。
「いえいえ、構いませんよォ。こちらとしても沈んだ雰囲気よりは、こういう明るさの方が助かりますからねぇ。……また子さん?」
「いちいちこっちに話振らないでくれないっすか、武市先輩。それに今回本当に話したい相手は……」
そして、その“彼女”は、音もなく姿を現した。
『初めまして。私はベアトリーチェ、アリウス分校の生徒会長にして……あなたたちの契約相手です』
沈黙が落ちた。
見た目は麗しい紅い肌。だが、皮膚の下にうごめくような模様と、明らかに人間ではない数多の目。何より、彼女の存在そのものが周囲の空気を異様に歪ませていた。
「……大人なのか?」
「人……なの?」
マコトとイロハが、ほぼ同時に言葉を落とす。イブキだけが、不思議そうに首をかしげていた。
異三郎は一歩進み、咳払い一つ。
「時間が惜しいので……早速ですが、本題に入りましょう。ま○子さん」
「どこに◯入れとんじゃアホ!! また子ってちゃんと言わんか紛らわしい!」
また子が即座に怒声をあげる。
「いえ、これはエリートとしての配慮です。……深夜枠とはいえ、不適切な語は慎みたい。念のためです、ま◯子」
パンッ!!
鋭い銃声が廃墟に響く。
が、それより一瞬早く。
銀色の閃光――信女の刃が、その弾丸を空中で両断する。
刀を納めながら、信女は淡々と言った。
「銃を納めてち◯こ」
また子が髪を逆立て、叫ぶ。
「お前今何つった!?全く別の猥せつ物言ったな!」
武市が冷静に割って入る。
「また子さん。ここは会談の場であって、殺し合いの場所ではありません。銃を……納めてください」
「……ちっ」
不満げに舌打ちしつつも、また子はしぶしぶ銃をホルスターに戻す。
「さて、気を取り直して本題に入りましょう。我々アリウスの提案は……」
――だが、静寂は一人の叫び声によって木っ端微塵に吹き飛ぶ。
「キヴォトス青少年健全育成条例改正案、反対ィィィィィ!!」
武市がメガホンを片手に、指を天に突き上げて咆哮する。
「表現を律する暇があるなら、己の心を律する術を覚えよう!」
「漫画もアニメもない時代からロリコンは存在していたんだ!」
「向き合い、律する心を育むのが大切じゃないのかッ!」
「因みに私はロリコンじゃあない! フェミニストでーす!!」
「…………」
一同が静まり返る。
マコトが、ゆっくりと静かに手を上げた。
――次の瞬間。
銃声が数発。
信女が抜刀。
ベアトリーチェが無表情で蹴りを叩き込み、
また子は全力で武市を撃つ。
灰色の廃墟に、煙と叫びと混沌だけが舞っていた。
灰色に染まる崩れた空間。コンクリートの破片が転がり、風が抜ける度にパイプの軋みが鳴く。
その中心――散々蹴られ撃たれてボロボロになった武市変平太が立った。
「……えぇ、私としたことが、少々言葉を選び間違えてしまったようです」
服装を軽く整え、目が一度ぎらりと光る。
「では、今度こそ本題に入るとしましょう」
場が静まる。
期待と警戒が交錯する中、武市は高らかに両手を掲げて宣言した。
「今回ご提案したいのは――」
「そちらにいるイブキちゃん教育育成プログラム改正案への署名であります!!」
時が止まったかのようだった。
「イブキちゃんはですねぇ……あと数年もすれば、とんでもないことになると私は確信している!」
「だからこそ今! この時期から教育方針を見直し、適切な成長環境を整えることが不可欠!」
「……ちなみに、大事なことなのでもう一度言いますが、私はロリコンではなくフェミニストでーす!」
「………………」
凍りついた沈黙。
一人、マコトがゆっくりと片手を上げる。
それが合図だった。
バン! バンバンバン!
全員が一斉に銃を抜き、無言で武市に向けて引き金を引く。乾いた音が廃墟に木霊し、火薬の匂いが舞う。
その間も、ベアトリーチェの蹴りが次々と炸裂する。表情一つ変えず、無慈悲に武市の腹部を、膝を、胸元を踏みつけていた。
また子も続けて銃弾を叩き込む。
「さっきから何言ってんスか、武市ヘンタイ!!」
「自分の性癖暴露しかしてないじゃないっすか!」
武市は、撃たれながらも手を広げて叫ぶ。
「だから違うって言ってんじゃないじゃん! 私はロリコンではない、フェミニストです!」
「ただの、子供好きの――」
「それがロリコンなんスよ!!!!」
また子の絶叫が木霊した。
その時、不意に異三郎が静かに頷いた。
「……なるほど。エリートの私には理解できましたよ」
「先ほどの“青少年健全育成条例改正案”と、今の“教育プログラム改正案”」
「すべては、子どもたちの豊かな発育を促し、健やかに育てるための……そう、これは父性の目覚めですね。母性ならぬ、父性」
マコトが振り返る。声は呆れを超えていた。
「異三郎、お前……何だその頭の悪い考察は……」
しかし異三郎は真剣な顔のまま、言葉を重ねた。
「私にも、子供を育てていた時期があったので分かりますよ」
「子供の成長を見守るのは、実に心打たれる。これ以上の喜びはない……それはエリートなら誰しもが抱く当然の感情」
「いや、それはエリートとか関係ないと思いますが……」
と、イロハがぽつりと呟いた。
「……仕方ありませんね。ならばここは、私がゲヘナを代表して署名を――」
マコトが、再び静かに手を上げた。
再びの沈黙。
バン! バンバンバンバン!
四方からの銃声。マコト、信女、また子、ベアトリーチェが一斉に撃ち込む。
また子が一言、
「今度は異三郎アンタスカ!!」
だが――異三郎は、そのすべての銃弾をするりと身体を傾け、踏み込み、難なく回避した。
襟を正しながら、言う。
「エリートですから」
ベアトリーチェの足が再び異三郎を狙うが、それすらも紙一重で避け、着地。
「……あなた方、ここへは遊びに来たのですか?」
その瞬間、空気が変わった。廃墟にこだまする、低くドス黒い女の声。まるでその声音だけで、気温が数度下がったような感覚に誰もが背筋を凍らせる。
紅の皮膚に、複数の瞳。そのすべてが冷ややかに、敵意すら感じさせずにこちらを見据えていた。
「時間が惜しい。ここからは、私がお話しいたします」
一歩前に出たベアトリーチェの足音は、まるで死刑執行の鐘のようだった。
「……エデン条約を破綻させる、その計画を」
また子が舌打ちし、武市は無言のまま腕を組む。
マコトの目が、ゆっくりと細められる。
「……そうだ。話してもらおう――エデン条約。それを破綻させる、そんな計画をな」
マコトがこの場に来た理由。それはトリニティとの和解の意思が皆無な彼女が、“ある提案”をアリウス分校から受け取ったからだ。
“エデン条約を、破綻させる方法がある”
耳寄りな話だった。トリニティも条約も気に入らない彼女にとっては、願ってもない誘いであった。そして、それが今、明かされようとしている。
『まずは、計画について説明しましょう。内容は至ってシンプルです』
ベアトリーチェの瞳が、冷たい光を灯す。
『調印式の会場に、我々が開発した大型の爆弾を投下する――その一面を、諸共に火の海とするのです』
「火の……海に?」
イロハが思わず言葉を漏らす。常に冷静な彼女の声が震えていた。
「ふむ、その爆弾とは?」
マコトが興味を示すと、ベアトリーチェは淡々と答えた。
『巡航ミサイルほどの大きさです。すでに実験済みで、その威力は折り紙付き。死には至らずとも、キヴォトス人に甚大な負傷を与えるには十分な威力です』
異三郎が静かに眉をひそめる。
「……それを、人が大勢集う調印式の会場に、投下するというのですか?」
『ええ。正義実現委員会、ゲヘナ風紀委員会、シスターフッド、ティーパーティー……すべてを無力化します。それが第一段階』
計画の第一段階――暴力による機能停止。そして次なる手。
『そして、第二段階』
ベアトリーチェの声音が、さらに一段と冷たくなる。
『調印式会場の地下から、我がアリウス分校の兵士たちが現れます。そこで生き残った者も含め、全員を――一掃する』
「……我々に同盟を申し出た理由は何だ?」
マコトが問う。
『情報です。ゲヘナの内部情報を、あなた方から提供してもらいます』
『代わりに、あなた達“万魔殿”の身の安全だけは保障しましょう』
「……全てが終わった後、ゲヘナとトリニティを完全に地図から消し――その領土すべてを、我がアリウス分校が手に入れる」
また子の視線が細くなる。心の中でつぶやく。
(……実際は、こんなもの必要としてないくせに。飄々と嘘つきなんて、)
武市も内心で呟く。
(まぁ、交渉とはそういうものです……今は我慢ですよ。ここ相手をは泳がせる――それが晋助殿の命令)
『その、約三割を……貴方に差し上げますよ、羽沼マコト』
「……ふ、ふふふ……なるほど。なかなかどうして、面白い計画を立ててるな……アリウスの生徒会長よ」
『悪い話ではないでしょう? 兵器も差し上げます。協力していただけるなら、それ以上の見返りも。三割の土地には、我々の兵士も派遣します……どうぞ、お好きに使いなさい』
彼女の声は甘く、滑らかで、しかし凍てつく毒を孕んでいた。話の筋書きは、マコトを利用する気満々。最初からそのつもりだった。
アリウスにとってこれは、“復讐”。かつて自分たちが受けた仕打ちを、同じ手で返す――それだけの話。
『……貴方は、トリニティも、ゲヘナの風紀委員も、強い憎悪を抱えている。それを排除できる、絶好の機会なのです』
「……」
『あなたが今、トップに立つゲヘナ。その中の生徒たちは、きっとこう思っているはずです。“あなたなんか、いなくなればいい”と』
『慕われていない、孤立したあなたが、どうして彼女たちを守る必要があるのですか?――答えは、ありません』
マコトの目が、ほんの一瞬揺れた。
(……なんだ、この声は……?)
(何故、何故こんなにも、体が震える……!?)
その“声”を聞くたびに、胃が冷たく収縮する感覚を覚える。体が否応なく反応していた。大人の圧力、それも――悪意に満ちた“大人”のそれ。
イロハも、イブキも、同じように無言のまま、口元を引き結んでいた。
その静寂を破ったのは、異三郎の声だった。
「……おかしな話ですね」
ベアトリーチェが眉を動かす。
「……何ですって?」
異三郎は腕を組み、肩をすくめながら続けた。
「この交渉は交渉ではない。ただの命令だ。あなた方が一方的に我々を計画の一部に取り込もうとしている……その浅ましさが、丸見えですよ」
「――この、エリートから見れば、ですが」
紅い瞳が一斉に異三郎を睨んだ。
緊張が、再び張り詰める。
――闇の取引。その核心が、今まさに暴かれようとしていた。
「……何?」
ベアトリーチェの声が、わずかに揺れた。
彼女にとっては想定外の一言だったのか、それとも――彼の沈着冷静な態度が、内心に潜む焦りを揺さぶったのか。
異三郎は立ち位置を崩さず、腕を組んだまま小さく首をかしげて言った。
「何個か、質問させていただきますが――よろしいですね?」
ベアトリーチェは一瞬の間を置いてから、微笑を張り付けたような笑みを返す。
「も、もちろん……聞かれたことには、何でもお答えしましょう」
その言葉には余裕の色があるはずだった。だが、異三郎の瞳はその嘘を見抜いていた。
“図星”――その表情に微かな裂け目が走っている。
「では、一つ」
彼は一歩だけ前に出た。廃墟の床に、かすかな音が鳴る。
「あなたは、ゲヘナとアリウスが協力関係にあると仰っていた。しかし、そもそもそれ自体が、おかしな話なんです」
ベアトリーチェの瞳が、わずかに細くなる。
異三郎は、淡々と続けた。
「アリウスとは、もともとトリニティの一部――その一派が分離して形成された分校です。だが、当時は共に、ゲヘナを敵視していた。つまり、ゲヘナもトリニティも、両方が敵だったはずだ」
「そして、アリウスが孤立を選んだ理由。それは、トリニティがゲヘナと和解を模索したからだ。つまり――あなた方は、根本的に“ゲヘナが憎い”」
「そのアリウスが、今になってゲヘナと手を組む? ……常識的に考えて、矛盾していますね」
「それは……トリニティが共通の敵だからです。今は、利害が一致しており――だからこそ協力を――」
ベアトリーチェの声が、どこか上ずっていた。以前のような絶対的な支配力が、そこにはなかった。
「ふむ。たしかに、共通の敵の前では一時的な同盟もあり得る。呉越同舟、という言葉もありますからね」
異三郎はゆっくりと首を横に振る。
「……ですが、今回のこれは、“それ”ですらありませんよ」
沈黙が場を包んだ。ベアトリーチェの口元が引きつり、他の面々も息を詰めてその対話を見守る。
「では、次の話題へ」
異三郎の声には一切の感情がなかった。ただ、冷徹に“矛盾”を列挙していく。
その様はまるで、感情を切り捨てた機械のようでもあった。
「あなたは巡航ミサイルによって、調印式の会場を焼き払うと仰った」
「だがそれは、マコト殿を慕っている者も、慕っていない者も、まとめて排除するという意味ですよね?」
ベアトリーチェの口元がぴくりと動く。
「……支持というものは、長い時をかけて少しずつ積み上げていくものです。それは凡人も、エリートも同じです。あなたは、それをすべて失い、新しい兵士を送り込み、民を従わせようと?」
「無理な話ですね」
異三郎は肩をすくめた。
「その新しい民でさえ、いつ裏切り、領土を奪い返すとも限らない。統治とは、恐怖ではなく信頼の上に成り立つのですから」
「もういい……!」
ベアトリーチェが声を荒げた。明らかに怒気を孕んでいた。今までの冷静さとは異なる、感情が漏れた声だった。
だが異三郎はそれを意にも介さず、最後の一撃を放つ。
「最後に……ベアトリーチェ殿」
「あなたは、自分の意見をまるで我々の意見のように刷り込ませる話し方をしていました」
「言葉の選び方、間の取り方、視線の置き方……すべてが、他者の判断力を鈍らせ、思考を奪うように組み立てられていた」
「つまり――あなたは、最初から我々を見くびり、“操り人形”として利用しようとしていた」
「そして、目的を果たした瞬間、使い捨てるつもりだった」
空気が止まった。
誰一人、言葉を発せず。
ベアトリーチェの紅い瞳が異三郎を射抜こうとするも――
異三郎は、いつものように無表情で言った。
「……エリートが、凡人にも分かるように説明してみましたが――いかがでしたか?」
空気が、張り詰めたまま。
冷たく、鋭く、壊れる直前の硝子のように――静かに緊張が支配していた。
「それに――」
異三郎の言葉が静かに場を打った。
「おそらく三割程度なら、マコト殿は満足しませんよ。いずれキヴォトス全土を手に入れようとしているほどの、野望を持った“エリート”ですから」
その言葉に、場が微かに揺れた。
「そ、その通りだ!」
マコトが、ほんの一拍遅れて叫ぶ。
額には冷や汗。声は裏返り、拳は震えていた。
「私がそんな……三割如きで動かせるわけないだろう!!」
そのあまりにわざとらしい強がりに、周囲の誰もが心の中で突っ込みを入れた。
(絶対、サインしようとしてましたね?)
イロハが無言で心の中でため息をつく。
(マコト先輩……分かりやーすい)
イブキも困ったように視線を逸らしていた。
だが、その次の瞬間。
「……ハハハハハ!!!」
狂気を孕んだ哄笑が、場を切り裂いた。
「ベ、ベアトリーチェ殿……」
さすがの武市も、声を潜める。
「人間ごときが……この私をコケにしただけでなく、凡人だと……!?」
その声は地の底から這い上がるような、凄まじい怒気を含んでいた。
「ならば分からせてやろう……凡人がどちらなのかを!!」
ゴォォォォ……!!!
ベアトリーチェの身体から、赤黒いオーラが噴き出した。
それはまるで地獄の業火。空気が波打ち、皮膚を刺すような圧力がその場を襲う。
息を吸うことすら、苦痛に変わる。
「……くっ……!」
マコトが肩を抱えて膝をつきそうになる。だが、その背後にすっと立った影があった。
「ようやく……私の出番ね」
そう呟いたのは信女だった。
その目には、決して冗談を言わない人間の本気が宿っている。
「信女さん」
異三郎が静かに声をかける。
「イブキちゃん、イロハ殿、そしてマコト殿を連れて――ここから撤退を」
「……異三郎?」
信女は一瞬、意図を測りかねたように目を細める。
「おい、異三郎、一体どういうつもりだ!?」
マコトが立ち上がり、叫ぶ。
「マコトさん」
異三郎はゆっくりと振り返り、いつもの笑みを浮かべたまま言った。
「ここで全員が戦ったところで、生きて帰れる保証はありません。戦力差を把握して、退くのもリーダーの資質ですよ」
「このマコト様に、逃げろと言っているのか!!」
「逃げ、ではありません。“戦略的撤退”です。そして――」
その目が一瞬だけ遠くを見つめた。
ーーー
(回想)
『はい? 生き返って、彼女たちを助けて欲しいと?』
『……私が何故そんなことを? いくら“凡人”と違ってエリートでも、あなた方とは敵対していた身ーーー』
『……なるほど。面白そうですね。これは……かなりの大ボラだ』
『叶うはずもない、だからこそ……やる価値がある』
『……私が彼女たちを、生かしてみせましょう』
ーーー
異三郎は、ゆっくりと息を吐いた。
「……エリートとして、大人として――子供を守るのは、責務ですからね」
「だがっ……!」
マコトがまだ抗おうとするそのとき、信女がその肩に手を置いた。
「信女……?」
「異三郎、逃げる間の護衛は私に任せてくれていい。その代わりに……生きて帰るって、約束して」
彼女の声は無機質だったが、どこまでも強かった。
異三郎は目を細め、微笑んだ。
「おやおや……随分と我儘を言うようになりましたねぇ」
「ですが――いいでしょう。エリートは、必ず約束を守りますから」
その手が、銃を、そして刀を構える。
ベアトリーチェの赤き圧が目前に迫る中、彼は一歩前へと出た。
「――さぁ、行きなさい」
その背中は、あまりにも静かで、強くて、美しかった。
それは“覚悟”を背負った者の背中。
誰にも真似できない、たった一人の“エリート”の姿だった。
こうして、マコトはアリウスと完全に敵対……そしてそれから日は流れ。
今に至るのだった。
次回、エデン"約条"調印式 天国と地獄は表裏一体
〜透魂〜第一回キャラクター人気投票
-
銀時
-
新八
-
神楽
-
沖田
-
土方
-
山崎
-
高杉
-
桂
-
定春
-
エリザベス
-
ホシノ
-
シロコ
-
ヒナ
-
アコ
-
ミカ
-
ナギサ
-
セイア
-
ユウカ
-
ノア
-
近藤