透き通る世界を照らす銀魂(ぎんのたましい)   作:時代に遅れている

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端末の電源ボタンを静かに押し込む。
液晶の光が消える瞬間、まるで世界そのものが音を止めたかのように、周囲が沈黙へと包まれた。
さっきまで絶え間なく喧騒を響かせていたレポーターの声も、今や幻のように遠ざかる。

視線を上げれば、幾つもの瞳が彼女――サオリ――を捉えていた。
アリウス・スクワッド。ミサキ、ヒヨリ、他の同志たち。
彼女たちの目には決意と、不安、そして拭いきれぬ宿命の色が滲んでいた。

冷たい地下の空気が肌を撫でる。
カタコンベの廊下には、時間の流れが止まったかのような静謐が支配している。

「――準備は」

「問題なし」

「は、はい、終わりました! チェックも万全です、あの……すごく……」

「人形との接触はどうだった」

「問題ないよ」

「……そうか、全ては整った」

立ち上がる。
壁に立てかけていた愛銃を手に取り、冷たく重い鉄の感触を確かめる。
チャンバーを引き、安全装置の確認、弾倉の重み。
その一つ一つの所作が、覚悟を形にしていく。

「こ、これから……つらいことになるんですね……」
ヒヨリが身を震わせながら呟く。「みんな……苦しむんですね。でも……仕方ありません……」

「そう、結局……それがこの世界の真実」

サオリはゆっくりと、重い足を一歩踏み出した。
靴底が鉄の床を打つ音が、カタコンベの奥に木霊する。
その音はまるで戦の鐘のように、仲間たちを連れて歩き出す。

罅割れた端末の画面を二度、軽くタップ。
直後、辺りのライトが全て赤い非常灯へと切り替わり、無数の機械音が洞窟のような空間を満たす。

「ミサイルは」

「射出済み。着弾は五分後」

「各チームの状態は」

「待機中。指示通り、私達の突入と同時に動く予定です!」

「作戦に変更はない。古聖堂の崩壊と同時に突入、生き残りは殲滅。ミサキとチームⅡはトリニティ、ヒヨリとチームⅢはゲヘナの主力を叩け」

「了解!」

「チームⅡの最優先目標はツルギ、と真選組。チームⅢはヒナ」

「は、はい……ヒナさんですね……!」

「チームⅠ、チームⅣは――」

その時、サオリはふと横を向いた。

「……そうだ。通路に沿って地下へ。一番重要な任務になる」

「………」

「……待ってくれ、姫。必ず助け出す」

赤い非常灯が回転し、警報が轟く。
巨大な隔壁がゆっくりと動き、現れるのはトリニティとの境界――突入ポイントE-08。
あの先は、帰還なき戦場。栄光でもなく、希望でもない。
ただ、命と憎しみの交差する場所。

サオリはマスクを取り出し、顔の半分を覆った。
不思議と落ち着く、冷たい布越しの感触。
隔壁が完全に開かれると、赤い光に照らされた境界が、過去と未来を分かつ線となって立ち現れる。

――もう戻れない。

いや、最初から戻る場所などなかった。
アリウスに生まれた時点で、それは定められていた。

ふと、目の端に映る幻影。
小さな影が、廊下の隅に座っている。
あれは、幼き日の自分だ。細く、弱々しく、未来を夢見ていたはずの自分。

その瞳は何を映しているのか。
失望か。怒りか。哀れみか。
それを知る前に、サオリは帽子のつばを下ろし、視界を閉ざした。

夢を語ることに、何の意味がある?

未来を望むことに、何の価値がある?
――すべては、虚しいのだから。

「……アリウス・スクワッド、出撃する」

前へ。
一歩ずつ。
戦場へと、歩みを進める。

分厚い靴底が、未来への扉を叩く音を響かせる。
憎しみの炎に染まった瞳が、戦場を見据える。

それが正しいと、教えられたから。
それ以外の感情を、知らなかったから。

だから、彼女たちは進む。
報いるために。
喪ったものを抱えて――憎悪という名の鎖を、絶やさぬために。



第百一訓 エデン"約条"調印式 天国と地獄は表裏一体

山海經・玄龍門 ――別れの朝

部屋は静かに、しかし確かな威厳をたたえていた。

磨き上げられた漆黒の床、重厚な彫刻が施された家具、壁には絢爛な飾りが整然と並び、奥の玉座の背後には、力強く一字――『玄』。その筆致は、まるで山を貫く龍のように、天を衝いていた。

 

その一室に、騒がしさがよく似合わない、しかしあまりにも自然な声が響く。

 

 

 

「今日で新八くんに、神楽ちゃんともお別れか〜」

 

ルミの声には、明るさに混じって名残惜しさがあった。

窓の向こう、朝霧を裂いて風が流れ、玄龍門に薄紅の光が差し込んでいた。

 

 

 

「新八、神楽、主らには世話になったな」

 

キサキが低く、だがどこか温かさを含んだ声音で続ける。

 

 

 

そう――今日は、彼らが山海經を発つ日。

エデン条約の調印式を終えた今、銀時との再会を果たすため、再び旅に出る日だった。

 

 

 

「いえ、こちらこそ。銀さんと連絡がつくまで居候させてもらって……本当にありがとうございました」

 

新八は丁寧に頭を下げた。だが、その脇で項垂れる少女はというと。

 

 

 

「はぁ〜これからは毎日のように卵かけ御飯で我慢するしかないアルか……」

 

「まだまだルミちゃんたちのご飯、食べ足りないヨ」

 

 

 

呆れたように新八が振り返る。

 

「一週間で玄武商会の食糧、食い尽くしたことがある人のセリフじゃないよね?感謝を伝えるべきなのは神楽ちゃんのほうでしょ……」

 

 

 

「安心してください。今回の滞在費用のすべては、このメガネが支払います!」

 

「勝手に押し付けるなァァ!迷惑かけてたのは神楽ちゃんの方でしょ!僕は絶対に払わないぞ!」

 

 

 

次の瞬間、部屋に砂煙が舞い上がる。

殴り合い、蹴り合い、噛み合い、取っ組み合い。アニメ的な乱闘が、唐突に玄龍門の玉座前で勃発した。

 

 

 

「イタッ!痛い痛い!すみませんでした!僕が悪かったです!僕が心から謝罪します!!」

 

ボコボコボコボコ……

 

 

 

その光景を、ルミとキサキは呆れと微笑を混ぜた目で見ていた。

 

「ふふふ……」

 

「ハハハハハ!」

 

 

 

新八の口を手で引っ張りまくる神楽とそれを止めようと奮闘する新八がふと、笑い声に反応する。

 

「ん?」

 

「ん?」

 

 

 

キサキは、ふっと表情を緩めて言った。

 

「主らのそれが見られなくなると思うと、少々寂しいのう」

 

 

 

その一言に、ルミが目を細める。

 

「……キサキ」

 

 

 

「また会いに来ますよ」と新八は真っすぐに言った。

 

「卵かけ御飯に飽きた頃にな!」と神楽が乗っかる。

 

 

 

「うん、いつでもおいで。今度は、食べきれないくらい用意しとくから」

 

ルミの笑顔はまるで春の光のように柔らかかった。

 

 

 

だがその穏やかさに割って入るように、静かな声が響いた。

 

「別れは済んだか?」

 

ミナの姿が、部屋の入り口に見えた。

 

「師匠!待ち合わせの時間に間に合いませんよ!!」

 

レイジョが焦った声を上げながら駆け寄る。

 

 

 

「あっ、はい!今行きます!」

 

新八が声を上げ、背中の荷物を抱え直す。

 

「新八ィ!抜け駆けは許さないアルよ!!」

 

「待てェェェ!!」

 

 

 

そんな二人のやりとりを見つめながら、ルミがふっと口元に手を当てた。

 

「相変わらず元気だね……」

 

 

 

だが、隣に立つキサキの顔からは、笑みが消えていた。

 

「……………」

 

 

 

ルミが振り返る。

 

「キサキ?どうかした?」

 

 

 

キサキは視線を外し、ゆっくりと目を細めた。

 

「……いやな風が吹いておる……何かなければ良いが」

 

 

 

ルミは肩をすくめ、軽く笑ってみせた。

 

「キサキ、気にしすぎじゃない? いくら犬猿の仲のトリニティとゲヘナの平和条約って言ってもさ」

 

 

 

けれども、キサキの瞳は晴れなかった。

その琥珀色の眼差しは、すでに遠い空を見ていた。

 

未来という、まだ知らぬ戦場を――。

 

午前十一時半――通功の古聖堂前

クロノス・ライブ 観覧者数:約六万人

 

古聖堂の石畳に陽が射し、磨かれた装飾ガラスに虹のような反射が差し込んでいた。

今日、この神聖なる場が選ばれた理由はただ一つ――かつては信仰と統治の中心であり、今は歴史の残響として名を残すこの古聖堂こそが、二つの敵対学園の和解の舞台に相応しいと、誰もが信じたからだ。

 

だが、その厳かな雰囲気を最初に打ち破ったのは、やはりこの声だった。

 

 

 

「今この動画をご覧の皆さん、こんにちは〜っ! クロノス・スクール報道部のアイドルレポーター、川流シノンです!」

 

 

 

聖堂の前に立つ一人の少女が、マイクを手にテンション高く手を振った。小柄な身体にリボンを揺らし、足元のカメラドローンへと愛嬌を向ける彼女は、画面の向こう六万人に笑顔を届けていた。

 

 

 

「本日はついに――ついに締結されます! ゲヘナ学園とトリニティ総合学園の、エデン条約!! その調印式の現場に、私シノンが潜入しております!」

 

 

 

だが、少女の明るい声の裏で、映る聖堂前の広場には重たい空気が張り詰めていた。

人々のざわめき、軍服の擦れる音、旗が風を裂くたび揺れるたてがみのような空気――。その場には、戦火を交えてきた者同士の「本気の沈黙」が支配していた。

 

 

 

「えー、私が今いるのは、通功の古聖堂! 現場には既に熱気……いえ、それ以上の殺気が漂っております! 一歩間違えれば、何が起きてもおかしくありません! ……伝わってますかこの空気感!? 感じて! このピリッピリの張りつめた空気!」

 

 

 

手を大きく振るシノン。だがカメラの後ろからは無情な指示が飛ぶ。

 

「余計なことはいい、早く進めろ――」

 

 

 

「わ、分かってますって! 今日も画面外からの圧力が強いですが、拳になる前にちゃちゃっと進めていきましょう!」

 

 

 

声の調子は変わらない。だがその瞳の奥に、一瞬だけ、本物の緊張が走った。

 

 

 

「ご覧くださいこの威圧感! こちらが調印式会場、古聖堂の全景です! さて、何故この場が選ばれたのでしょうか?」

 

 

 

聖堂の背後には、幾千年の時を越えた石の壁が荘厳に佇んでいた。

 

「実は、ある筋の情報によると……ゲヘナ学園側の提案だったらしいんです!」

 

 

 

一拍の間の後――

 

「何故って? 歴史的な意義? 第一回公会議の地だから? いいえ違います。*『デカイ場所の方が恰好良いだろうが!』*だそうです!! ハイッ、実に分かりやすいッ!」

 

 

 

報道部のアナライザーが吐いたような説明を無理矢理元気に包み込んでみせるシノンだったが、次の言葉には一拍の沈黙が挟まった。

 

 

 

「さて、話は変わりますが……この場に、長らく沈黙を守っていた“シスターフッド”の姿があるのをご存じでしょうか?」

 

 

 

聖堂の階段の上、黒と白の礼装に身を包んだ少女たちが並んでいた。まるで封印された歴史が今ここに復元されたかのように、無言で、ただその場に“居た”。

 

 

 

「彼女たちこそ、かつての“ユスティナ聖徒会”の……いや、あまり難しい話はやめておきましょう! 視聴率が下がるらしいので!」

 

 

 

笑顔を無理に作ってみせるシノンの肩に、ピリッとした空気が走る。

 

 

 

「デスクからの圧力も強いですし、でも! でも我々には言論の自由が――」

 

 

 

【現在、回線の影響などにより、映像が乱れております――少々お待ちください】

 

 

 

 

数秒後、回線が戻った。

 

「ゴホン……失礼しました」

 

 

 

カメラが戻った時、シノンの姿はやや位置を移していた。

 

「さて。調印式が結ばれた後、両学園はこの聖堂内で、**エデン条約機構【ETO】**の創設に合意する予定です! これはつまり、今後お互いの間で起きる紛争には、共同して解決する義務を背負うということ!」

 

 

 

少女の声に熱が帯び始めた。

 

「これは単なる条約ではありません。キヴォトスというこの世界において、“争いの終焉”の第一歩になるかもしれない大きな一歩……! それが今、始まろうとしているのです!」

 

 

 

そしてカメラが切り替わる。

 

 

 

 

 

 

その無表情な締めの言葉と共に、閃光のようにフラッシュが焚かれる。

昨日行われた、連邦生徒会による緊急記者会見――その映像がスクリーンに映し出された。

 

「ちょ、ちょっと待って下さい! それはつまり、連邦生徒会長の行方はまだ不明だということですか!?」

 

「今調査中〜」

 

 

 

「SRT特殊学園の閉鎖と、サンクトゥムタワーの騒動は関係があるのですか? タワーの一部が焼失したという情報も――」

 

「娘が無事を今調査中〜」

 

 

 

連邦生徒会・松平片栗虎の飄々とした声が響く。

 

 

 

 

映像が戻り、再びシノンがカメラに映る。

 

「……はいっ! 要するに、【あんまり興味ない】という事ですね! 流石は連邦生徒会! そのおおらかさは天をも突き抜けております!」

 

 

 

聖堂前に戻った風景の中で、シノンは笑顔を保ちながら、画面に向かって手を振った。

 

「さぁ、それでは引き続き、エデン条約に参加する各学園の主要人物をご紹介していきましょう――!」

 

風が吹き抜ける。祝祭か、あるいは嵐の前触れか――

聖堂の鐘が、遠くで低く鳴った。

 

古聖堂・内部

高い天蓋に届きそうなほどの大理石の柱が林立し、天井を彩るステンドグラスが朝日を受けて、極彩色の光を聖堂内に落としていた。赤、青、金――万華鏡のような光が床を彩り、その中にずらりと並んだのは、キヴォトスの歴史を今まさに塗り替えようとする者たちだった。

 

列席するのは、トリニティとゲヘナ、それぞれの学園で要職に就く幹部、生徒行政官、委員長――名実ともに両学園を支える面々だ。そして、その中には、異彩を放つ一団も混じっていた。

 

――真選組、そして見廻組。

 

場違いとも思えるその姿。だが、警備のためという名目において、彼らはこの場に不可欠とされた。実際、それぞれの背後には、厳重な警備が付き添い、いつでも臨戦態勢に入れるよう身構えていた。

 

堂内に響くのは、厳かなパイプオルガンの調律音。そしてその静寂を、まるで水面に石を投げるように破ったのは、例によって彼の声だった。

 

 

 

「いやぁ〜……いろいろあったが、なんだかんだで無事に調印式を迎えられそうで良かったな〜トシ」

 

 

 

近藤勲は、豪快に伸びをしながら隣に立つ土方に話しかけた。だが返ってくる声は、硬い。

 

「……ああ、ホントだよ。目の前に奴らがいなければな。」

 

 

 

土方の視線の先には、見廻組の面々。その先頭に立つ少女――今もなお冷えた空気をまとう、信女がいた。

 

 

 

「おやおや〜」

沖田総悟が、涼しげな目を細めて笑う。

 

「おたくらエリート様たちも、今日はちゃんとおめかししてご参列ですかい?」

 

 

 

その視線の先には、信女。皮肉を込めた笑みを受け止めて、彼女もまた、唇を少しだけ吊り上げた。

 

 

 

「……何。調印式に真っ赤な血桜でも咲かせに来たの?」

 

 

 

「それはそっちも同じ」

信女の目を見据え、応じる。

 

「私はてっきり、この調印式に、阿鼻叫喚の飛び交う交響曲でも奏でに来たのかと思った」

 

 

 

互いの口調は穏やかだが、その実、言葉には刃が含まれていた。言葉の応酬は、次の瞬間――刃そのものへと変わる。

 

 

 

「面白ぇ」

沖田が笑った。

 

「そっちが血桜を咲かせるのが先か、俺が交響曲を奏でるのが先か――勝負するか?」

 

 

「望むところ」

 

その手が、刀の柄にかかった。刹那、信女も応じる。音もなく、刀を抜く構えを取る。

 

 

 

刃が交差する、その直前。

 

「おい、ソウゴ! やめないか!」

 

 

 

近藤が二人の間に割って入り、その声で空気を切り裂いた。刀を構えたままの二人が、数拍の間を置いて、ようやく手を引く。

 

「まったく……今日はめでたい日だってのに」

 

 

 

溜め息混じりにそう言った近藤だったが、その後ろで土方が小さく呟いた。

 

「……そうでねぇ」

 

 

 

土方の視線は、聖堂の入り口の方角に向けられていた。

 

「おかしいと思わねぇか? 見廻組の佐々木がこの場に来てねぇなんて。」

 

 

 

「……う◯こにでも行ってるんだろ?」

 

 

 

「んなわけあるか。近藤さんじゃあるまいし」

 

 

 

「おい! それはどういう意味だ!? それだとまるで俺がいつもう◯こ漏らしてるみたいじゃねぇか!」

 

 

 

「いや、そこまでは言ってねぇ。……でも、アレだよ」

 

「……あれは……L118榴弾砲じゃねぇか……」

 

 

 

聖堂の裏手、薄い金色の光が差し込む回廊の先――そこに並んでいたのは、明らかに場違いな異物だった。

 

それも一門、二門ではない。砲身を天へと向けて整列する、トリニティとゲヘナ、双方の制式方榴弾砲。まるで合同軍事パレードの準備でも始めているかのような光景が、静かに式典の背後で進行していた。

 

 

 

それは、神聖とされる儀式の場に咲いた――鋼鉄の“花”。

 

荘厳さを装う祭壇と、歴史の重みを背負った大理石の床。それら全ての裏で、重く、無言で、異常な“力”が構えられていた。

 

 

 

「だが、アレがなんだって言うんだ?」

近藤が無邪気な笑みを浮かべ、肘を軽く突き出す。

 

「確か、エデン条約の調印が無事終わったことを記念する最初の合同演習のためのもんだったろ? 祝砲みたいなもんじゃねぇってのか?」

 

 

 

「祝砲、ねぇ……」

 

土方は視線を逸らさず、鋼の塊の列に目を細めた。

 

「――どうにもくせぇんだよ。」

 

 

 

「えっ!? クサイ!? な、なにが!? オレ!? 今!?」

 

 

 

反射的にお尻の後ろを手で扇ぎ始める近藤。汗を垂らしながら、まるで本能的に“犯行”を隠す動作をしていた。

 

 

 

その様子をよそに、土方は眉をひそめ、言葉を続ける。

 

「……まずな、合同演習って話自体、ほんの数時間前まで式次第に存在してなかった。急遽加えられた、ってのが妙すぎる」

 

「俺たち真選組の出席も、形だけって話だった。それが、なぜか全員出席になった。しかも……」

 

土方の視線が、列席者の中の一人に向けられる。

 

「本来、欠席予定だったゲヘナの狸――生徒会長・マコトまでもが急遽参加。……裏で何か起きてると考えるのが自然だろ」

 

 

 

近藤は沈黙したまま、お尻の後ろをあおぎ続けている。

 

心中で――

 

(よ、よかった……! スカしたのがバレたかと思った……!)

 

 

 

「近藤さん?」

 

「そ、そうか。だがそれはトシの考えすぎじゃないのか?」

 

「今回の合同演習は演習という名の祝砲をあげて条約締結の印。それに、ゲヘナの生徒会長とやらは、かなりの変わり者で見た目は宝塚歌劇団、性格は吉本新喜劇と言われるほどの変わり者でも気分屋らしい。そこまで深い意味があるとは思えないんだがな〜」

 

 

 

そこに、涼しい声が割って入った。

 

「皆さ〜ん、このゴリラ……」

 

沖田総悟が、聖堂の列席者の前で両手を大きく掲げるようにしながら、満面の笑みで告げた。

 

「さっきスカしただけじゃなくて、ちょっと漏らしましたァ。」

 

 

 

「なぁんで知ってんだァァァ!!?」

 

 

 

聖堂に響く近藤の叫び。荘厳なパイプオルガンの残響すら、一瞬止まったように感じられる。

 

だがその騒ぎの裏で――土方の目は、聖堂の裏手に据えられた榴弾砲から、さらに奥、警備区域の“影”に潜む異様な存在に、じわりと向けられていた。

 

 

古聖堂――その奥の礼拝室。薄暗がりの中に揺れる燭台の灯火が、壁面に描かれた天使たちのフレスコ画をぼんやりと照らし出していた。

 

 外の喧騒から隔絶されたその空間には、緊張と陰謀の気配だけが静かに満ちていた。

 

 

 

 ナギサは、足元の大理石に落ちた自らの影を見下ろしたまま、微かに声を落とす。

 

「……マコトさん、先日のお話……本当だったのですね?」

 

 彼女の声音には疑念よりも、確信に近い困惑が滲んでいた。まるで祈るように組んだ両手が、決して神に向けられていないことを彼女自身が知っているかのように。

 

 

 

 マコト――その女は、ただ一人、光の届かぬ柱の陰に佇んでいた。濡れた漆のように黒く、無機質な瞳がちらとナギサの方を見やる。

 

 そして、口元に不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 

「キキキ……この私が嘘を吐くとでも? トリニティーは随分と“愚直”だな」

 

 声は低く響き、まるで聖堂の石壁に巣食う瘴気がしゃべっているかのようだった。

 

「今回、私の仲間の一人がはこのマコト様に全てを託した。裏も表も、勝ってこそ価値がある……失敗は、選べない」

 

 

 

 彼女の足元には、黒革のアタッシェケース。微かに開かれたその隙間から、規格外の軍用資料が覗いている。

 

「私は“失敗”という言葉が嫌いだ。……成功を得るためなら、敵の手すら握ってやるとも。この手がどんなに汚れようともな」

 

 

 

 ナギサは息を詰める。声に出さぬ吐息が、肩をわずかに震わせた。

 

「――ですが、彼らが巡航ミサイルまで使ってくる理由はあるのですか?」

 

 その問いの裏にあったのは、恐怖か、それとも正義か。どちらにしても、彼女のヘイローは微かに明滅していた。まるで動揺を映す心電図のように。

 

「アリウスが放つ巡航ミサイル――もしそれがこの式典を狙っているなら、条約も、平和も、全てが瓦解します」

 

 

 

 マコトは肩をすくめるように笑った。

 

「……なに、ティーパーティーを内部から崩す手引きと、ヘイローを“破壊”するための爆弾を提供した以上、アリウスの連中も“そのつもり”さ」

 

「連中が狂信者でなければ、こんな手は打たん。だが――狂っているからこそ、使える駒もある」

 

 

 

 彼の言葉はまるで毒を含んだ煙のように、聖堂の中へとゆっくりと広がっていく。ナギサはその“煙”を、反射的に拒むように身を引いた。

 

「……まさか、彼らがそれ以上の手を――」

 

「仕掛けてこない保証など、最初から存在しないさ」

 

 

 

 聖堂の奥、天窓に差し込む光が一筋――ナギサのヘイローに触れる。

 

それは祈りの光ではなく、今にも降るかもしれない火の粉の前兆にすら思えた。

 

カフェの午後は、柔らかな陽差しとほんのりと甘い焼き菓子の香りに包まれていた。

 

 窓辺の席では、補習授業部のメンバーたちが寄り添うようにして丸テーブルを囲み、笑顔とともにケーキや紅茶を分け合っていた。

 

 

 

「アズサちゃん、このケーキ美味しいですよ! 一口どうですか?」

 

 ヒフミの瞳は、クリームのようにふわふわと柔らかく笑っていた。

 

 

 

「むっ、そうなのか……? なら、少しだけ」

 

 アズサは小さく頷きながら、遠慮がちにフォークを差し出す。その様子はまるで、戦場帰りの戦士が初めて花畑に足を踏み入れるような、微笑ましい緊張を纏っていた。

 

 

 

「わ、私にも少し分けてよ! こっちのあげるから!」

 

 勢いよく身を乗り出したのはコハルだった。口にはまだ自分のケーキが残っているというのに、すでに次の甘味へと思考が飛んでいる。

 

 

 

「ふふっ、ならコハルちゃんには私の……」

 

 ハナコはゆったりとした口調で、自分の皿を滑らせるように差し出した。

 

 ――穏やかで、どこまでも平和なひとときだった。

 

 

 

 だがその傍ら、やや場違いな人物も一人。

 

「仕方あるまい……エデン条約、調印式に銀時が参加を義務づけられているとあっては、我々に時間は支えんだろう」

 

 蕎麦をすする音が響いた。

 

 

 

 桂である。

 

 

 

 オープンカフェのテラスにて、彼だけがメニューにない蕎麦を注文し、当たり前のように持参した割り箸で食していた。

 

 

 

 エリザベスが隣でプラカードを掲げる。

 

 『カフェで蕎麦?』

 

 

 

「でもあの先生、終わったらすぐにこっちに来る気満々だったわよ? それこそ仕事ほっぽり出して」

 

 コハルがふいに思い出したように言うと、

 

 

 

「意外ですねェ。先生ならさっさと家に帰って眠るかジャンプを読んでいるものかと……」

 

 と、ハナコがまったり返す。

 

 

 

「どうやら期間限定のBR◯ACHのコラボ商品を食したいらしくてな……」

 

 桂が何気なく口にした瞬間――

 

 

 

 エリザベスの手が再び高く掲げられる。

 

 『滲み出す 混濁の紋章 不遜なる 狂気の器 湧き上がり・否定し 痺れ・瞬き 眠りを妨げる 爬行する 鉄の王女 絶えず自壊する 泥の人形 結合せよ 反発せよ 地に満ち 己の無力を知れ‼ーー』

 

 

 

「「「「やるのか!いまここで!!」」」」

 

 

 

 エリザベス『破道の九十――《黒棺》‼‼』

 

 

 

 「お待たせしました〜、滲み出す 混濁の紋章 不遜なる 狂気の器 湧き上がり・否定し 痺れ・瞬き 眠りを妨げる 爬行する 鉄の王女 絶えず自壊する 泥の人形 結合せよ 反発せよ 地に満ち 己の無力を知れ‼。破道の 九十 『黒棺』‼‼ですごゆっくり〜♪」

 

 店員の明るい声が滑り込み、空気の緊張をことごとく踏み潰す。

 

 

 

「って長いわ!! なんでわざわざ完全詠唱する必要があるのよ!!」

 

 コハルがすかさず突っ込む。

 

 

 

「何を言うか! 完全詠唱でないと出力が半分以下になるではないか!」

 

「知らないわよそんなの! 厨二病患って◯ね!!」

 

 

 

 アズサがひとつ咳払いをしながら、低く呟いた。

 

「……あまり強い言葉を使うなよ」

 

 エリザベスのプラカードがぴたりと後を継ぐ。

 

 『弱く見えるぞ』

 

 

 

「うるさい! もうBR◯ACHネタもいい!!」

 

 コハルの絶叫が、店内に響き渡った。

 

 

 

 ――笑い声が混ざる。ヒフミの優しい笑い声が、風鈴の音のように淡く空気を震わせる。

 

 けれどその笑みがふと、曇った。

 

 

 

「………?」

 

 その瞬間、彼女の目の奥に何かが走った。

 

 カップを持ち上げる手が微かに止まり、視線は空間の一点を見つめて動かない。

 

 

 

 アズサが気づいて問いかける。

 

「ん? どうしたの、ヒフミ?」

 

 

 

 桂が続ける。

 

「最後の月牙でもやりたくなったか……」

 

「いい加減アンタは黙って!」

 

 

 

 コハルが再度全力で振りかぶったツッコミを放つが――

 

 

 

 ヒフミの表情は、既に笑いを忘れていた。

 

 

 

「いえ……その……今、何かが……」

 

 その声はあまりにも静かで、けれど確かな“異変”を孕んでいた。

 

 

 

――同時刻、サンクトゥムタワー。

 

 荘厳な白壁と金の装飾に囲まれた高層階の応接室で、記者会見を終えた片栗虎が、重々しい肩をだらりと落としながら、誰に聞かせるでもない愚痴をこぼしていた。

 

 

 

「ったァく……あのガキィども、同じこと何度も何度も聞きやがってよぉ……。おじさんはよ〜、さっさとキャバァにでも繰り出して、ドンペリ片手に嬢ちゃん達と天国コースに突入したいってのによ〜……」

 

 

 

 言いながらソファに身を沈めるその背中は、いかにも「働きたくない大人」のテンプレートだったが、その横で落ち着いた口調を崩さぬ男――かつての将軍・茂茂、通称“将ちゃん”は、静かに窓の外へと視線を向けていた。

 

 

 

「仕方ないだろう。彼らには“主”がいない。今後のこの世界の行方を知りたがるのも、無理はないさ」

 

 

 

 その声には諦観とも、僅かな寂寥ともつかぬ響きが混じっていた。

 

 片栗虎もその視線に釣られるようにして、重そうに立ち上がる。窓の向こう、遠く夜空の深みを見つめたその瞬間――

 

 

 

「ん? 流れ星か?」

 

 

 

 そう呟いた彼の目に映ったのは、一筋の光。

 

 ――いや、それはただの“星”ではなかった。

 

 燃え尾を引きながら空を斜めに裂くその軌跡に、茂茂の眼差しが凍りつく。

 

 

 

 「……アレは」

 

 

 

 直感が告げていた。あれは星ではない。“何か”が、天より落ちてくる。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 一方その頃、場所は変わり、ゲヘナ自治区――風紀委員会の執務室。

 

 

 

 鋼鉄のように冷たい空気が静かに張り詰めていた。書類の山を片付けたばかりのアコが、小さく息を整えるようにして声を上げた。

 

 

 

「――準備は出来た?」

 

「……はい、大丈夫です。あぁ、そういえば、万魔殿から古聖堂まで行く為の車両を貸し出して貰いました」

 

 

 

「車? どうして――」

 

 

 

「何でも今回、調印式に出席するようで……『我々も出席するのだから貴様らも出席しろ』、とマコトさんが」

 

 

 

「……へぇー、あのマコトが。明日は槍でも降ってくるのかしら」

 

 

 

 淡く嘲笑するような声音だったが、その実ヒナは驚いていた。あのマコトが、自らの存在を外交の場へと晒す――その変化が意味するものの大きさに。

 

 

 

 彼女は整えた正装の裾を一度払うと、低く、確かな声で言葉を続ける。

 

 

 

「まぁ、今更よ。これまで散々、調印式への出席を妨害しておいて、最後はこうして“用意”する。滑稽な話だけど……とにかく、イオリとチナツも待機してる。急ごう」

 

 

 

「………」

 

 

 

 アコの返答はなかった。ただ沈黙のまま、ヒナの背に目を向けたまま動かない。

 

 

 

 その様子に、ヒナは再び小さく溜息をつく。

 

 分かっていた。アコが何を思い、何に躊躇っているのか――彼女の胸に宿る、名もない不安の正体。

 

 

 

「はぁ……気に食わないのは分かるけど。言ったでしょう、アコ」

 

 

 

 そう言って振り向いたヒナの瞳は、静かな慈愛を帯びていた。

 

 アコは俯いたまま、声を漏らす。

 

 

 

「はい……分かってはいるんです。風紀委員会はほとんど変わらないでしょう。そしてマコトには制約が付く……でも、それでも……その時、委員長は――」

 

 

 

「……とりあえず、今は式に向かうのが先」

 

 

 

 その一言で会話は切られた。

 

 ヒナは知っていた。アコが恐れているのは組織の変化ではない。委員長という席に、自分――ヒナがもう座っていないかもしれないという未来。その可能性が、彼女の中に影を落としている。

 

 

 

 だからこそ、ヒナはそれ以上言葉を重ねない。真意は分かっている、だからこそ今は“時間”を与えるのが答えだった。

 

 

 

「その話は、調印式が終わった後に、ゆっくりとね」

 

「……はい」

 

 

 

 

 

 そのまま執務室を後にし、外へと出る。

 

 待っていたのは、万魔殿から派遣された黒光りする大型車両。あまりに場違いな豪奢さに思わず顔をしかめつつ、ヒナは後部ドアに手を掛ける。

 

 

 

 ふと、何気なく空を見上げた。

 

 

 

 広がる夜空に、淡く――しかし確かに、光が走る。

 

 一筋の閃光が、まるで空を引き裂くように落ちていくのを、彼女は見た。

 

 

 

「……流れ星?」

 

 

 

 呟いた言葉は疑問というよりも、“違和感”の輪郭をなぞるものだった。

 

 どこかおかしい。星にしては低すぎる。あまりに早すぎる。そして、何より――禍々しい光を放っていた。

 

 ーーーーーーーーーーー

 

 

 

 調印式が始まるにはまだ間がある。

 銀時はというと――古聖堂の回廊を、のんびりと散歩していた。

 

 隣を歩くのは、シスターフッド所属の少女、ヒナタ。微かに汗ばむ額に指先を添え、遠慮がちに声をかける。

 

 

 

「先生、大丈夫ですか〜? あの……その、ですねーー」

 

 

 

 躊躇うように言葉を探す彼女の視線が、銀時の頭部へと向かっている。

 

 

 

「ん? 何?」

 

 

 

「……いえ、その……大きな犬が噛みついていますけど……」

 

 

 

 のんびりとした会話の裏で、銀時の頭部には――白く巨大な犬、定春が全力でガブリと噛みついていた。

 

 

 

 銀時はというと、どこか魂が抜けかけたような目で空を見上げ、言った。

 

 

 

「大丈夫、大丈夫。朝寝坊しようとした時の目覚ましだから……噛まれると、体が軽くなるんだよ。ほら、今もこうして、天に……昇りそう」

 

 

 

 ガブガブガブガブ――。

 

 

 

「先生!! 死にかけてます!! 天が降りてきてます!! 天使が! 天使がお迎えに来ちゃってますからッ!! 早く目を覚ましてください!!」

 

 

 

 慌てふためくヒナタが、定春の首元を必死に引っ張る。半ば修道女、半ばレスラーのような格闘した末――

 

 

 

「……はぁ、はぁ……なんとか引き剥がせました……」

 

 

 

 ようやく事態は収束した。銀時はというと、頭を抱えながら地面に仰向け。空を見つめる目はどこか“あっち”に行きかけている。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 そこは、古くも威厳を感じさせる石造りの回廊。

 

 古聖堂――この場所は、かつて長い時を廃墟として過ごしていたという。だが今は、近く開催される“調印式”を前にして、最低限の修繕が施されていた。

 

 

 

 だが、その“最低限”という言葉が示す通り、手入れの届いているのは人の目に触れる範囲だけだ。回廊の隅には苔が生え、小さな野草が石畳の隙間から顔を覗かせている。剥がれかけた塗装、崩れかけたアーチの一部が、静かに朽ちた時間を物語る。

 

 

 

 それでもこの場所に、汚れた印象はなかった。

 

 自然と調和する退廃。まるで“過ぎ去った時間そのもの”が空気に溶けているような、そんな神秘の静けさがあった。

 

 

 

 中庭を囲むように続く回廊を歩きながら、銀時はぽつりと呟く。

 

 

 

「で、ここって一体、なんなんだよ」

 

 

 

「この通功の古聖堂は、長らく廃墟として放置されていたんですけど、今回の調印式を機に、一部が修繕されたそうです。トリニティのナギサさんと、ゲヘナのマコトさんが合意されたって聞いてます」

 

 

 

 そう言いながら、ヒナタは横手の通路へと目をやる。そこには崩れかけた石階段があり、苔が一面に張りついていた。踏み込めば滑って落ちることは想像に難くない。

 

 

 

「でも、修理されたのは本当に“式が行われる場所”だけみたいです。地下の方までは……」

 

 

 

 銀時は眉をひそめて、その奥を覗き込んだ。

 

 

 

「……結構、深そうだな〜。迷ったら出て来れなくなりそうだなオイ、」

 

 

 

 

 

 ヒナタの声が、空気の温度を一段下げる。

 

 

 

「……あくまで噂ですけど、この古聖堂の地下には、大規模なカタコンベ、地下墓所が存在すると言われています」

 

 

 

「……は?」

 

 

 

 銀時の顔が、一気に青ざめる。

 

 

 

「数十キロにも及ぶ地下墓地です。第一回公会議の記録にも“終わりが見えない”って……あ、ここ、封鎖されてますね。まだ修理がされていないみたいです」

 

 

 

 ヒナタが無邪気に語るその隙に――銀時は、封鎖された通路に向かってズルリと身体を滑り込ませていた。

 

 

 

「先生!? 何してるんですか!?」

 

 

 

「いや、ムー大陸への入り口が……その、ほら……あの……」

 

 

 

 ゴゾゴゾと壁を探る様子は、明らかに不審者そのものだった。

 

 

 

「もしかして……先生、お化けが怖いとか……?」

 

 

 

「いや! 違う!違うから! 全然怖くない!! これはあれ! 古聖堂の耐震確認! あと地下がムーと繋がってないか調査してるだけで!」

 

 

 

 言い訳が加速するほどに、胡散臭さは倍増していく。

 

 

 

「大丈夫です。人にはそれぞれ……怖いものがありますから」

 

 

 

「おい、その目やめろ。なんだよその冷たい目! 蔑んでんじゃねぇよ!!」

 

 

 

「好きなだけ、ムーでもマーでも、行ってください……」

 

 

 

「ちょっと、先生いじけちゃうよ。そんなこと言われたら、普通の大人でもいじけるちゃうからね!」

 

 

 

「………………」

 

 

 

「……おい? しつけぇぞ?」

 

 

 

 ヒナタの沈黙が、不気味な空気へと変わる。

 

 

 

「ったくよォ……嫌がらせにも程があるぜ、手の込んだドッキリだなオイ。そんなもんに引っかかるわけ――」

 

 

 

 その瞬間だった。

 

 晴天を裂くように、光が走った。

 

 

 

 流れ星――そう錯覚しそうなほど美しい軌道。

 

 だが、それは明らかに違っていた。直線的な閃光、背後に煙を引く弾頭の影。銀時の目が、ゆっくりと見開かれる。

 

 

 

「……おいおい、なんだよアレ。冗談にも程があんだろ」

 

 

 

 落ちてくる“星”が、現実に風を裂きながら迫ってくる。

 

 その光の先にあるものが、“始まり”であるとは、まだ誰も知らなかった。

 

 ーーーーーーーーーー

 

マコトは、天を裂いて降下してくる光条を見上げたまま、低く呟いた。

 

 

 

「……来たか。予定より早いな」

 

 

 

 彼女の声は、奇妙なほどに冷静だった。だが、その目には一切の余裕がなかった。 

 

 

 

 隣に並ぶナギサが、素早く身を翻し、厳しく命じる。

 

 

 

「仕方ありませんね。砲手――撃ち方、始めてください!」

 

 

 

 その瞬間、空気が震えた。

 

 ゲヘナ、トリニティ、双方の陣地から、一斉に方榴弾が吐き出される。雷鳴のような砲声が地を揺らし、夜空に無数の閃光が走る。

 

 

 

 だが、その光景をどこか間の抜けた声が裂いた。

 

 

 

「オイッ!! 祝砲あげるの早すぎるだろ!!」

 

 

 

 ――近藤がひときわ大きな声で叫ぶが、その声は誰にも届かない。砲撃の轟音に飲まれ、空がさらに明るさを増していく。

 

 

 

 それでも現実は、容易く熱狂を裏切る。

 

 

 

「すみませんナギサ様!」

「対象ミサイル、時速マッハ10を超えております!」

 

 

 

 砲手たちの悲鳴が、次々に戦況報告へと転じる。

 

 

 

「迎撃は困難です! レーダーが追い切れません!」

 

「……命中弾は数発確認されましたが――」

 

 

 

「効果が、ありません……!」

 

 

 

 ナギサは目を見開いた。

 

 不意に心臓の鼓動が跳ね、唇を震わせる。

 

 

 

「な……んですって?」

 

 

 

 横で眉を寄せるマコトもまた、信じがたいという表情で、瞬きを忘れていた。

 

 

 

「そんなはずがない。ゲヘナ昇りの迎撃砲は、最新鋭のシステムを搭載しているはず……! トリニティーのはともかく少なくとも迎撃は――」

 

 

 

 言葉が続かなかった。口先から零れた「はず」という想定が、音もなく崩れ落ちていく。

 

 

 

 ナギサの思考が、真実に触れる。

 

 

 

「……我々は――アリウスのことを、甘く見すぎていたのかもしれません」

 

 

 

 

 

 その言葉が、音の壁を切り裂いた直後だった。

 

 

 

 ――世界が、爆ぜた。

 

 

 

 音ではなかった。光でもなかった。

 

 それは、一つの時代が断ち切られる音だった。

 

 

 

 第一波のミサイルが、都市域を縫うように炸裂する。第二波はより深く、広範囲に。精密でありながら、どこか生き物のような軌道で飛来し、世界中のあらゆる座標を炎で塗り潰していく。

 

 

 

 視界が、真昼のような白に染まり――そして、焼け落ちる夕焼けのような紅に覆われる。

 

 

 

 風景が揺れた。鼓膜が悲鳴を上げる。

 都市が、拠点が、通信網が、一つずつ静かに沈黙していく。

 

 

 

 逃げようとした者。盾を構えた者。祈りを捧げた者。

 その誰もが、天より舞い落ちる無数の“子弾”――一つの母体から飛散した死の欠片――に見下ろされていた。

 

 

 

 彼らは皆、顔を上げた。

 

 まるでその一瞬だけ、世界が全員に「時」を与えたかのように。

 

 だが、誰一人として、その時間を“次の行動”へ繋げることはできなかった。

 

 

 

 なぜなら――

 

 それは現実を許さない現象だったからだ。

 

 

 

 

 

 そして、世界は――

 

 

 

 一瞬にして、その色を変えた。

 

 

 

 時間の流れが断ち切られたかのように、赤と黒が地表を這い、空を喰い尽くす。衝撃波は都市の輪郭を溶かし、爆炎はあらゆる旗を燃やした。空間が軋む。重力が悲鳴を上げる。

 

 

 

 あの日まで確かに“あった”はずのものが、何もかも、一瞬にして変わってしまった。

 

 

 

 

 

 




次回………


ヒナタ「アレはーー、」
 
「ユスティナ聖徒会、数百年前に消えた戒律の守護者……それが、どうして此処に!?」


銀時「誰だろうがなんだろうが、邪魔する奴は全員敵だ。コノヤロー」


次回 蹈常襲獄〜昔のやり方は生ぬるい?いや、現代にも繋がります。

〜透魂〜第一回キャラクター人気投票

  • 銀時
  • 新八
  • 神楽
  • 沖田
  • 土方
  • 山崎
  • 高杉
  • 定春
  • エリザベス
  • ホシノ
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