透き通る世界を照らす銀魂(ぎんのたましい)   作:時代に遅れている

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焦げた瓦礫が黒煙を上げる中、二つの影が火と煙の海を駆け抜けていた。

 ――新八と神楽。

 その目に映るのは、かつての町の面影をわずかに残す焦土。崩れた建物、ひしゃげた看板、宙に舞う灰の中、彼らはただ一人の男を探し続けていた。

 坂田銀時――かつて共に笑い、泣き、戦ってきた「家族」。

 新八は走りながら叫ぶ。痛む肺を押して、それでも吐き出さずにはいられなかった。

「どうして……どうしてこんなことになってるんだよッ!?」

 足元のコンクリートが崩れ、白い煙が舞い上がる。神楽はその横顔を一瞬見つめ、言葉を絞り出すように答えた。

「分からない……アル。でも銀ちゃんが会うって約束してくれたならそれを信じるしかーー」

 そこで、彼女の声がかすれた。

 ――重く地を打つ音。

 ドドドドド……と、遠くから地響きのような足音が近づいてくる。

 目を見張った二人の前に、巨大な影が飛び込んできた。

 「定春……ッ!!」

 神楽が叫んだ。

 白銀の大きな体。だが、その毛は煤(すす)にまみれ、身体中に傷が刻まれていた。血と泥にまみれながら、それでも彼は立っていた――いいや、走っていた。仲間の元へと。

 神楽は定春に駆け寄る。

「どうしたアルか!? こんなボロボロになって……何が、何があったアルか!!」

 定春は返事の代わりに、神楽の袖を歯でくわえて引っ張る。その力は震えていた。恐怖か、焦燥か、あるいは両方か。

「定春、まさか……銀さんが……?」

 新八も、呼吸を整えながら定春の姿を凝視する。その目に浮かぶのは、不安と決意。

 その時だった――

「お前たちは……先生の知り合いか?」

 不意に、背後から声が響いた。

 二人は反射的に振り返る。

 ――そこに立っていたのは、煙と炎の向こうから歩み寄ってきた、一人の女子

 

「あなたは……誰ですか……?」

 新八が問う。声は震えていた。

 女子は一歩、また一歩と彼らに近づき、短く名乗った。

「……私は――」


ーーーーーーーーーーーー

            曇天

鉛の空 重く垂れ込み
真白に澱んだ太陽が砕けて
耳鳴りを尖らせる

ひゅるりひゅるり 低いツバメが
8の字なぞってビルの谷を翔る
もうじきに夕立が来る

曇天の道を傘を忘れて
歩く彼女は雨に怯えてる
ので僕も弱虫ぶら下げて空を仰ぐ

あちらこちらあんよは上手
珈琲屋に寄って一休み極めたら
帰れない帰らない

曇天の道をぶらりぶらぶら
歩く二人は足軽のごとく
危険好きの誰かのふりをする小心物共
曇天の道を傘を忘れて

歩く彼女は雨に怯えてる
ので僕も弱虫ぶら下げて空を仰ぐ


第百三訓 とっておきの二振り

「銀ちゃん!」

 

か細い声が、血の匂いと硝煙が混じる空気の中を裂いた。

 

ヒナの声に応えるように、坂田銀時が静かに顔を上げた。だがすぐに彼の動きは止まる。膝をついたまま、震える左手で胸を押さえた。そこからは、流水紋の白い着物に滲むように、じわじわと赤が染み広がっている。

 

彼の視線が、銃を構えるサオリに真っ直ぐ向けられた。

 

「……トリニティとゲヘナの主要部は、全て片付いた。残るは――貴様だけだ、シャーレの先生」

 

サオリの口元に皮肉の滲む笑みが浮かぶ。だがその声色には、決して情けや躊躇いといった感情の色はない。淡々と、冷徹に事実を突きつける。

 

「尤も、その様子では放っておいても死ぬかもしれんな」

 

「………」

 

銀時は、地に転がる木刀に手を伸ばしかける。しかし――。

 

「……動くな。それ以上動けば――」

 

銃口が揺れ、銀時の手が止まった。サオリはその手の先に目を凝らす。彼が何を仕掛けてくるかは分からない。だがそれでも、彼女にとって重要なのは「先手」ではなく「確実性」だった。

 

「……貴様が何かするよりも、私達が頭蓋を撃ち抜く方が早い。もう、呼吸一つでさえ苦しいだろう。抵抗しなければ、楽に送ってやる」

 

銀時は静かに問う。

 

「て……テメェら……一体何を――」

 

その問いに、サオリはほんのわずか眉をひそめた。言葉に詰まったのではない。相手の意図を、重みを、理解しようとする静かな間だった。

 

「……我々は、トリニティに代わって、この通功の古聖堂にて『条約』に調印した。新たな秩序の名の下に、条約を守護する武力集団――その結成に関する調印だ」

 

「――……エデン条約だな」

 

「……あぁ、そうだ」

 

その名を口にするだけで、場の空気が冷えたようだった。

 

――エデン条約機構。

トリニティとゲヘナの対立を制御する、第三の抑止力。だが今や、その旗を掲げているのは――アリウス。

 

「以前から知っていたのだろう、先生? 本来、これは私達の義務だった。第一回公会議の時点で、私達が行使するべきだった当然の権利だ。だがそれを、トリニティは踏み躙った」

 

彼女の言葉は淡々としていた。だが、その瞳の奥に宿るものは――怨嗟だった。

 

「私達を、紛争の原因として定義し、鎮圧対象とした。そして徹底的な弾圧を加えた。陽の下で笑う生徒達を見ながら、我々は地下で飢え、呻き、血を啜った。何故だ?」

 

雨がサオリの帽子のつばから滴り落ちる。その先にあるのは、燃えるような冷たい視線だった。

 

「普通に生きたいと願ったからだ。」

 

その言葉は、まるで呟きのように、胸の奥から零れ落ちた。

裕福でなくてもよかった。戦火のない日常、安心して眠れる夜、笑い合える友人たち――その程度の、キヴォトスでは珍しくもない「幸せ」が欲しかった。ただ、それだけだったのに。

 

「でもそれは、私達には許されなかった」

 

なぜアリウスは排斥されなければならなかったのか?

なぜ、私達はこんなにも長い間、罰を受けなければならなかったのか?

 

「……もし先人が罪を犯したのなら、なぜその罪が我々にまで背負わされねばならない? 我々は、その時代にすら生きていなかったのに」

 

サオリの語りは、もはや銀時に向けられているものではなかった。これは世界に対する、神に対する、運命に対する糾弾だった。

 

「それを背負わねばならないならば……この憎しみも、私達のものだ」

 

彼女の掌が、静かに握り締められる。

 

「だから私は――アリウス・スクワッドは、エデン条約機構としてこの不公平を正す。トリニティも、ゲヘナも、私達より少しだけ不幸になってもらう。それでやっと――釣り合いが取れる」

 

それは、復讐ではない。

救済でもない。

――等価交換。

 

サオリの背後で、亡霊たちが立ち上がった。ユスティナ聖徒会――嘗てアリウスを弾圧した存在。その亡霊を従えて、サオリは静かに告げた。

 

「これからは私達が条約を定める。トリニティとゲヘナ……この両校こそが条約に反する紛争要素であり、排除されるべき鎮圧対象だ。トリニティがそうしたように、今度は私達が――文字通りに、連中を消し去る」

 

青白い光が、雨の帳の中で不気味に揺れた。

亡霊たちは、沈黙のままサオリの言葉を聞いていた。銃口を下げることも、微動だにすることもなく、ただそこに――罪を、罰する者たちとして、立っていた。

 

「この条約の戒律――その守護者たちと共に」

 

終焉を告げるように、彼女は言葉を閉じた。

 

サオリの声は、どこまでも冷静だった。だがその奥底に宿るものは、ただの理性だけではなかった。淡々と告げられる言葉の裏側に、長き年月の果てに膨れ上がった熱――復讐の炎が見え隠れする。

「貴様らは、第一回公会議以来……数百年積み上げてきた恨みを知ることになるだろう」

 それは、まるで儀式のようだった。命を刈り取る前の宣告。サオリの言葉は銃声に勝る刃となって、銀時の胸奥を穿った。

 雨が、なおも空から降り注いでいる。彼女の纏う黒衣の裾を濡らし、打ちつける水滴が冷たく重い。だがそれは彼女の心を冷やすことはなかった。否、それどころか、冷たさに打たれるほどに、心の奥底から湧き上がる激情は鮮やかに燃え上がるのだった。

 ――トリニティが、ゲヘナが、今日という日まで忘れ去っていた存在。陽の当たらぬ地下に押し込め、記憶の底に埋もれさせた石ころのような存在。だがその石ころは、今日、彼らを打ち倒す。数百年の憎悪の果てに、遂に地上へと姿を現す。

「……だが」

 雨粒が、瞳に映る灯を曇らせることはなかった。
 銃口のグリップを握るサオリの指が、ギリ、と軋む音を立てる。

「――先生。貴様に、その席はない」

 その言葉は、銀時にとって何よりも重かった。
 誰よりも生徒を想い、彼らのために命を張る覚悟を持った者にとって――それは、拒絶そのもの。生きる意味を否定されるに等しい宣告。

 冷たい雨が、肌を刺すように降り続ける。血が雨水と混じり、アスファルトに滲んでいく。その血の温もりは、次第に失われ、銀時の身体をじわじわと凍らせていった。歪む視界の向こうで、サオリの姿だけが異様に鮮明に映っていた。

「事ここに至っては、どんな犠牲を払ってでも、貴様の排除は行えと……彼女からの厳命だ。――悪いが、ここで死んで貰う」

 彼女。すなわち――ベアトリーチェ。

 アリウスが最も重んじるべきは、エデン条約機構の発足でも、トリニティやゲヘナの壊滅でもなかった。彼女が最優先した命令。それは唯一、侍――シャーレの先生の抹殺。

 

静かに、その引き金に掛けられた指に力が籠められる。ゆっくりと、けれど確実に。

 最後までサオリは先生の瞳から視線を逸らす事をしなかった。

 ただ真っ直ぐ――正面から顔を見据え。

 彼女は、先生を、銀時を殺すと決めていた。

 

 

「あ、ぁ――あぁあァアアアッ!」

 

 

 咆哮が、街中に響き渡る。

 それは、銀時の背後から響いたもの。

 倒れ伏していた筈のヒナが転がっていた愛銃を引き摺る様にして掴み、恐ろしい形相で立ち上がろうとしていた。

 肩で息をして、流れ出る血をそのままに、満身創痍となって尚も戦う意思を見せるヒナ。口から滴る血を吐き出し、彼女は叫ぶ、全力で、腹の底から。

 

「やら、せないッ! 絶対、に……ッ! 銀ちゃんは、私が……ッ――!」

「――まだ立つのか、空崎ヒナ」

 

 ゆっくりと銃口を逸らし、踵を返すサオリ。

 その表情に浮かぶのは――感心と呆れ。

 周囲のユスティナ聖徒会が銃口を向け、ヒナは愛銃を引き攣った腕で構えながら荒い息を繰り返す。

 銃口が定まらない、指先が痙攣している。最早真っ直ぐ立つ事すらままならず、その体は小刻みに揺れていた。

 

「無駄な足掻きだ、既にその肉体は限界を迎えている……その様子では銃弾一発だろうと耐えられないだろう。」

「ぐ……ッ――!」

 

 その通りだ。 

 彼女は既に限界だ。

 それは他ならぬ、ヒナ自身が理解していた。

 今にも崩れ落ちそうな足の震え、愛銃すら真っ直ぐ構える事も出来ず、その視界は揺らいで仕方ない。そんな状態で立ち上がって何が出来る? 何を為せる? 何も――何も為せはしない。

 サオリはそう断じ、ヒナを見下すように首を傾げ告げた。

 

 

「……見ての通りだ。運命を受け入れるがいい。どうせ貴様を助けられる者など、もういな――」

「……ふはは……」

 不意に、銀時の喉の奥から、かすれた笑いが零れた。
 雨音に混じり、かすかに、だが確かに響く乾いた笑い声。

「……ぶはははっ……」

「な、何がおかしい……!」

 その瞬間、銀時の眼差しが、再び力を宿した。倒れそうな体を震わせ、苦しげに息を吐きながらも、その口元は笑みを形作っていた。

「……おい、テメェ……俺を殺しゃ、計画がうまくいくって思ってるのかもしれねぇがな……」

 彼の言葉に、サオリの眉がわずかに動く。

「――残念ながら、そうはいかねぇよ」

 肩で荒く息を吐きながら、銀時は片膝をついたまま、ぼそりと呟いた。

「侍って奴ぁな……腰に二振りの刀を差してんだよ」

 その声音には、不思議な確信があった。まるで、自分の死の未来を嘲笑うかのように。

「俺にも、あんだよ。そのとっておきの二振りが」

 その言葉と共に、銀時の目がどこかを見やる。サオリも、無意識にその視線を追った。

――『そういえば……あの犬がいない……』

 そして、空気が裂けた。

 地響きと共に、地平から煙が立ち上る。土煙の中を突き破り、巨体が駆ける。駆けてくる――雪のような白毛をなびかせ、真紅の舌を覗かせながら。

 ドドドドドドドドッッ!!!

 

「魂につき立つこの万事を守ってきたこの剣。」

 

「折れるもんならーー」

 

 銀時が、静かに、けれど力強く吠える。

 

「何だアレは……っ!?」

 次の瞬間、視界の端から跳ね上がった影。

「うおおおおおおおおおおおっっっ!!!」

 轟く咆哮と共に、新八と神楽が現れた。まるで戦神の如き鬼の形相で、銀時の前に駆けつける。

 

「折ってみやがれい」

 

 神楽は、定春の背に乗ったまま機関銃を構えた。

「そのもじゃもじゃから、そいつ(銃口)をーー!!」

 

 新八は、定春の背から飛び上がり、勢いのままに空を斬るように木刀を振り下ろした。

「離せェェェェェェェェ!!!」

 

 ドカァァァァァァン!!

 

 爆音が空間を貫いた瞬間、大地が揺れ、周囲の空気が熱気を帯びて弾け飛ぶ。砂煙が宙を舞い、視界を真っ白に覆い隠す。破片がアスファルトを跳ね、崩れ落ちた瓦礫がその存在を告げるように、ガラガラと乾いた音を鳴らした。

 

 サオリは条件反射で後退する。咄嗟に片膝をつきながら、煙の向こうに浮かび上がる影に警戒の目を細めた。

 

「くっ……!」

 

 煙幕が徐々に晴れていく中――その中心から、影が二つ、銀時の前に並び立った。

 

 一人は、眼鏡越しに真っ直ぐ前を睨み据える少年。もう一人は、鮮やかな赤いチャイナ服の少女。どちらもただの学生にしか見えない。だが、彼らの瞳は違った。火が灯っている。魂を燃やす戦いに身を投じる覚悟を、まざまざと宿している。

 

 少年の手には、木刀。

 少女の傘の先には、銃口が覗いていた。

 

 銃と剣――どちらも、戦う意思の象徴。

 

 そして、彼らは何の躊躇もなく、それをサオリとユスティナ聖徒会の軍勢へと向けた。

 

「久しぶりだな……テメェら」

 

 銀時が、倒れかけの身体を支えながら口角を上げる。だがその笑みには、血の味が混ざっていた。胸を押さえたまま、それでも仲間の姿を確かに見つめる。

 

 新八は木刀を構えたまま、かすかな息を吐いた。

 

「銀さん……相変わらず、面倒ごとに首突っ込んでるみたいですね」

 

 その声には呆れと安心が混じっていた。何度も見てきた光景。だが、今回ばかりは――血を流す銀時の姿に、胸の奥が軋む。

 

「違うアル」

 

 横に立つ神楽がぽつりと呟いた。

 

「相変わらず、バカ騒ぎしてるだけネ」

 

 その言葉は、まるで日常を取り戻すかのような強がり。雨の音の中、異様なまでに澄んだその声は、敵味方を問わず心に刺さった。

 

 そして。

 

「まぁ、その様子だと――」

 

「バカ騒ぎ、出来そうにないアルな」

 

 神楽が傘を少し上げた。その先、銃口が冷たく光る。

 

 銀時が薄く笑って言い返す。

 

「へっ……記念すべき再会シーンで軽口とは言ってくれるじゃねぇか……」

 

 そのやり取りを、息を殺して見ていた少女――ヒナは、ぽつりと心の中で呟いた。

 

(だ、誰なの……?この人たちは……)

 

(銀ちゃんの……知り合い? でも、どこか――違う。なんだろう、この感じ)

 

 銀時が苦しげに肩を揺らす中、新八がふと、ヒナの方へ顔を向けた。

 

「……ありがとうございます」

 

「へっ……?」

 

 不意にかけられた言葉に、ヒナの表情が揺れる。

 

 彼は、優しく、けれどはっきりとした声で続けた。

 

「銀さんを、守ってくれたんですよね。あなたのおかげで……僕たちが間に合うことができました」

 

「い、いや……そんなこと……私は……」

 

 言葉が続かない。喉が詰まり、うまく声が出せなかった。

 

なぜなら、自分のせいで銀時が銃弾を受けてしまったからだ。

 

守った?いや、ヒナ自身は銀時を守れなかったと思っているため、素直に感謝を受け入れることができなかった。

 

 新八は、そんな彼女に頷き、今度は静かに振り返った。

 

「さて……銀さんがバカ騒ぎできない代わりに――」

 

 神楽が、口元に獰猛な笑みを浮かべる。

 

「私たちが、バカ騒ぎする番ネ!」

 

 その瞬間、静寂が砕けた。

 

 定春が吠える。空気が震える。

 ユスティナ聖徒会の影たちが一斉に動き出す中で、二人は確かに並び立っていた。

 

神楽の傘が唸りを上げる。

 

 弾丸が雨のように放たれ、ユスティナ聖徒会の亡霊たちが青白い残像を残して弾け飛ぶ。彼女はその場に留まらない。銃撃の合間に跳躍し、回転し、傘の柄で敵の頭部を打ち据える。拳が風を裂き、足が地を穿つ。まるで天真爛漫な暴風のように、攻撃と笑顔を同時に撒き散らしていた。

 

 一方、新八は沈着だった。道場仕込みの構えは堅苦しいが無駄がない。木刀を持つ両手に迷いはなく、敵の攻撃を受け流しては、的確に急所を狙い、次々と亡霊を薙ぎ倒していく。真っ直ぐな眼差しが、その心の内に燃える怒りと決意を照らしていた。

 

 そんな二人の戦闘の最中――空気を切り裂くように、神楽が叫ぶ。

 

「新八ィ、私があの厨二病マスク(サオリ)をやるネ。お前はゴーストバスターでもしてるヨロシ」

 

 

 息を整える間もなく、新八が振り返って言い返す。

 

「いいや、僕が彼女をやるから。神楽ちゃんがお化け退治しときなよ」

 

 神楽が片眉を吊り上げて怒鳴る。

 

「何を言うアルか!? お前には荷が重いって言ってるネ!」

 

 傘をブン、と振り回して一体を吹き飛ばしながら、続ける。

 

「大人しくル◯ージマンションでもしてるアル!」

 

「誰がル◯ージだ!?」新八も負けじと応戦する。

 

「僕だって……僕だって銀さんの仇、取りたいんだよ!!」

 

 その言葉に、戦場の一角で膝をついたままの男が、顔を上げる。

 

「……おい、まだ俺、生きてるから。死んでないから。勝手に殺さないでもらえる?」

 

 銀時の血まみれの姿を、ヒナが必死に支えている。けれど、どこか飄々としたその口調は、確かに“いつもの銀さん”のままだった。

 

 戦火の只中で繰り広げられる、どこか噛み合わない掛け合い。だが、その場にいる全員が知っていた――それこそが、万事屋の戦い方なのだ。

 

 そして、その異様な空気を真正面から受けたサオリは、理解に苦しんでいた。

 

(……何だ? 何なんだ、あいつらは?)

 

 胸の奥に湧き上がるのは、焦り。いや、恐れだった。

 

(あの様な精鋭が……まだ残っていたというのか?)

 

 亡霊部隊が次々に撃破されていく光景は、彼女にとって想定外の事態だった。サオリの計算では、既にすべての戦力は排除されていたはずだ。いや、排除したはずだったのだ。

 

(……だが、あの様子だと、私のところまで攻撃が来ることはない。ここは一時退去して――)

 

 そう思った瞬間。

 

 ドカァァァァァァン!!

 

 雷鳴のような衝撃音が大地を揺るがし、爆煙がサオリの視界を覆った。

 

「!?」

 

 咄嗟に身を翻す。耳がキーンと鳴る。周囲の亡霊たちが立て続けに崩れ落ちる中、**何かが来る。**そう直感した。まるで巨大な何かが駆け抜けるような轟音――それはただの攻撃ではない。意志を持って、彼女を狙っている。

 

 逃げるしかない。そう思った瞬間にはもう、遅かった。

 

煙から現れた人物にサオリは目を見開き驚いた。

 

雨の帳を裂くように、その名が呼ばれた。

「お、お前は――」

 サオリの声が震える。あれほど感情を排し、鉄面皮であろうとしてきた彼女の瞳に、明らかな動揺が走る。

「……アズサ!?」

 その姿は、雨に濡れて静かに立っていた。濡れた髪が頬を伝い、白い制服の裾から滴る水は、まるで長く沈黙していた刃が鞘から抜けた瞬間のような冷ややかさを放っている。

(まさか……あいつら、手を組んでいたのか!?)

 サオリの思考が一気に加速する。あの茶番のようなやり取りも、銀時の芝居がかった言動も――すべて、この女を隠すための目眩ましだったというのか。

(私にアズサを気づかせないために、あの様な芝居を……!)

 不意に、視界の端で新八と神楽がにやりと笑った。悪戯っ子が種明かしをするような、得意げで狡猾な笑み。彼らは聖徒会の防陣を蹴散らしながら、まるで踊るように戦線をかき乱していく。

「き、きさ――ッ!!」

 怒声が雨に溶けた瞬間、アズサの身体が宙を舞うように滑り込む。

 ゴンッ!

 鈍い音と共に、鋭い蹴りがサオリの脇腹を抉った。均衡を崩した身体が数歩、後退する。サオリが思わず歯噛みした瞬間、銀時が地に膝をつく。

 

 

「……ぐっ」

(……やべぇ、目が……ぼやけてきやがった……)

 濁る視界。流れ込む雨水と血が、温度を奪い、銀時の世界から色を消していく。

「銀ちゃん!」

 ヒナが叫ぶ。膝をついた銀時に駆け寄り、その身体を必死に抱えた。

(まだ? まだなの……?)

 そんな絶望の底に、突如として轟音が響いた。

 鉄を軋ませるような、金属が擦れ合う悲鳴。標識がなぎ倒され、車体が弾丸のように突入してくる。雨の地面に跳ね飛ばされたユスティナ聖徒会の兵士が、地面を転がった。

 キィィィィィイ!!

 急制動の音が耳をつんざき、やがて停止した車両の後部ドアが跳ね上がる。

 中から、白衣を翻しながら顔を出したのは――

「先生っ! 委員長ッ! 手をッ!」

 セナだった。救急医学部が誇る突入用装甲車の中から、焦燥に満ちた瞳でこちらを見つめている。

「……装甲車? いや、これは――」

 サオリが呆然と呟く間にも、ヒナが手を差し伸べる。セナがそれを掴み、一気に銀時の身体ごと引き込んだ。

 その瞬間、ユスティナ聖徒会の兵たちが動いた。銃口が装甲車へ向けられ、一斉に弾丸が叩きつけられる。装甲外殻に火花が飛び、硬質な音が幾度も反響する。

 しかしセナは怯まなかった。

 腰のホルスターから、救急用突入キット――グレネードランチャーを引き抜き、躊躇なくトリガーを絞る。

 ポンッ!

 乾いた音と共に発射された弾頭が、近距離に密集していた聖徒会の足元に着弾。

 ――そして、爆発。

 ドゴォォンッ!

 火の粉と衝撃波が弾け、兵士たちの身体が宙に舞う。悲鳴が風に溶け、戦場に一瞬の静寂が生まれた。

 セナは振り返り、車外に残った三人に叫ぶ。

「あなたは――!?」

「僕たちは――」

 新八が残ると言おうとしたその時、アズサが前に出た。

「……行け」

 低く、鋭い声。雷鳴のように耳に残る。

「え?」

「お前たちは先生の古くからの友達なんだろう? だから……行ってあげてくれ」

 その言葉には、言い尽くせぬ信頼と決意が込められていた。

「ここは私が食い止める……!」

 神楽が眉をひそめる。

「いくら何でも無茶ネ! こんな数の敵をお前一人で――」

「ごちゃごちゃ言わず行けッ!!」

 言葉が、鋭い槍のように刺さる。セナも叫ぶ。

「早く!!」

 新八が決意の目で頷き、神楽が叫んだ。

「分かったネ!」

 セナが運転席へと駆け込み、ブレーキを解放する。

「発進しますッ、御注意を!」

 装甲車が轟音を上げて地を蹴る。砕けたアスファルトを跳ね飛ばし、火花を引きながらその車体が戦場を突き抜けてゆく。

 その背を、アズサが静かに見送る。

 そして、逃げ去る装甲車の残した轍を睨みながら、サオリは小さく舌打ちを漏らした。

「……逃したか」

 銃撃を続けるユスティナ聖徒会だが、装甲車の防御は完璧だった。タイヤすら耐弾仕様で、進路妨害は困難。あれは間違いなくトリニティ本校舎まで撤退するだろう。

 それでも、構わない。

(問題ない。心臓近くに……確かに弾を撃ち込んだ)

 いかに超人的な肉体を持とうと、致命傷を受けては助からない。

 サオリは確信する。

 私は――あの男を、この手で殺したのだ。

 そう、あの侍を。

 「――アズサ」

 その名が、雨に濡れた空気を震わせた。

 灰色の曇天の下、アズサが銃を構えたまま、無言で立ち塞がる。冷たく張り詰めたその姿を前に、サオリはゆるやかに振り向いた。だが、その動作には既に油断の欠片もない。全身に纏うのは、冷えた鉄の覚悟。

 二人の距離はわずか十数メートル。けれど、その間に流れる空気は、千年の孤独にも似た隔絶に満ちていた。

 ――あの日の再現。

 銀時が銃弾に倒れたその瞬間、アズサの内に宿った怒りは、静かに、しかし確かに沸き上がっていた。炎ではない。氷のような憤怒。心の底に沈み、誰にも見せなかった感情。

 一方のサオリは、まるで仮面を貼り付けたように無表情だ。だが、その瞳の奥には確かにある。憎しみ。羨望。そして……祈りにも似た、歪な救済の意思が。

 異なるのはただ一つ――。

 もはや、誰もこの戦いを止める者はいないという、絶望的な事実だけだった。

「……まだ、甘い夢に酔っているのか」

 サオリがぽつりと呟く。その声音には、諦念と苛立ち、そしてどこか懐かしさすら混ざっていた。肩から担いでいたライフルをゆっくりと下ろし、その手が迷いなくグリップに絡まる。引き金にかかる指先は、かつて仲間の命を守るためにあったもの。しかし今、その銃口はまっすぐにアズサを捉えていた。

 対するアズサも、微動だにしない。銃を握る手が、微かに震えていた。

 それは恐れではない。躊躇でもない。ただ一つ、感情を――憐れみを振り払うための戦慄だった。

 同じ釜の飯を食い、同じ床で眠り、飢えと寒さを共にした日々。
 同じ血の味を知り、同じ星を見上げながら、未来を語り合った少女たち。

 だが今、彼女たちは別の旗のもとに立つ。

 サオリはアリウスとして。
 アズサは、もう一度トリニティとして。

 「……仕方ない、手伝ってやろう」

 サオリの声は、まるで過去の自分に語りかけるように静かだった。

「何度でも――その夢から目を覚まさせてやる」

 それはかつてアズサが信じた未来への反逆。

 将来を語り、希望を信じ、いつかこの暗闇から抜け出せると夢見た日々。その夢は、陽の下に生きる者だけに許された戯言だった。地上の空を見上げながら笑っていた少女たちにだけ、神は奇跡を与えた。

 アリウスには、そんな奇跡は訪れない。

 「アズサ」

 サオリが言う。言葉ではなく、決意そのものを。

「お前の居場所は、此処にしかない」

 その言葉に、アズサの奥歯が音を立てて軋んだ。

 ――違う。

 私はそこから抜け出した。這い上がった。銀時たちに出会って、私は変わった。

 曇天が、二人を包む。

 空から落ちる雨粒は、冷たさ以上に重い。世界全体が沈み、光なき影が地上を支配していた。

 握った銃のグリップが痛いほどに食い込む。指先の震えは、もはや止めようがない。だが、それでも引き金を離すことはない。

 そして、アズサは静かに言葉を吐き出す。

「サオリ」

 視線がぶつかり合う。

「私は……お前を」

 銃口が、わずかに揺れた。

「――許さない。」

 言葉は雷のように鳴り響き、その瞬間、世界が静止したかのようだった。

 

 




次回予告


将軍「聞こえなかったのか?道を開けよと申しておる。」

「ここにいるのはーー」

「互いの平和を望み戦った者たちだ。」


次回  真の和平とはルールです定められたものでなく、互いのことを思い合うことなり

〜透魂〜第一回キャラクター人気投票

  • 銀時
  • 新八
  • 神楽
  • 沖田
  • 土方
  • 山崎
  • 高杉
  • 定春
  • エリザベス
  • ホシノ
  • シロコ
  • ヒナ
  • アコ
  • ミカ
  • ナギサ
  • セイア
  • ユウカ
  • ノア
  • 近藤
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