透き通る世界を照らす銀魂(ぎんのたましい)   作:時代に遅れている

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新八「銀さァァァん!!」
銀時「ああ?どうしたんだよ。トイレにでも行きたくなったか?」
神楽「全くこれだからメガネは。どうせまたくだらないこと持ち込んでくるネ。」
新八「くだらなくないですよ!銀魂、来年新しい映画やるんですって!!」
銀時「へぇ〜。またどうせ“今度こそ最後”詐欺のやつだろ。」
新八「いやいや!今回は違います。その名も――
新劇場版 銀魂 吉原大炎上!!!」
銀時「……タイトルからして燃え尽きてんじゃねぇか。」
神楽「バカアニキが出てる時点でやる気ないネ。さっさと本編始めるヨロシ。」
新八「オイィィィィ!!なんでそんなにやる気ねぇんだよ!あの長編“吉原炎上篇”がリメイクなんですよ!? 今度こそ本当に炎上してるんですから!」
銀時「いやいや、それ映画館で火災報知器鳴るやつだろ。」
新八「違います!しかも今回は劇場スクリーン用に2.35:1のワイド画面!!あの頃の4:3とは訳が違うんです!」
神楽「横に広がったところでメガネの顔面アップに使われるだけネ。」
新八「ちょっと!何で僕の扱いがこんな酷いの?」
新八「それに真選組のみなさんに桂さんまで総出演なんですよ!」
銀時「だったら余計やる気でねぇな。どうせスーツ着た金の亡者が“銀魂はまだイケる”とか言って俺たちから最後の一滴まで搾り取るだけだし。」
神楽「それに“吉原大炎上”って、ネットで『マジで炎上した』って拡散されて終わる未来しか見えないネ。」
新八「くぅ……でも銀さん!悔しくないんですか!?“鬼滅の刃”はたった8日で100億突破したんですよ!8日で!!」
銀時「はぁ!?100億!?……いや、どんだけ全集中して財布開けてんだよ。日本国民、みんな呼吸しすぎて酸欠になるわ。」
神楽「銀魂の映画なんて、一週間で100億どころか、映画館のポップコーン売り上げの方が上回ってたネ。」
新八「やめろォォォ!!そんな現実的な話を!!」
銀時「つーか銀魂の客層なんてな、100億出すどころか“DVDが旧作になるまで待つ”タイプばっかだろ。」
神楽「もし鬼滅みたいにヒットしたら、絶対『銀魂 無限上映編』とか作らされるヨロシ。」
新八「嫌だぁぁぁ!!二時間同じシーン繰り返すだけの映画なんて!!」
銀時「安心しろ。そんなことしなくてもどうせ俺たちの映画は延々と総集編だ。」
神楽「つまり一周回って、炎上どころか鎮火してるネ。」
新八「誰がうまいこと言えって言ったぁぁぁ!!」


第百十三訓 口説き文句は使ってるところマンガとかでしか見たことないけど皆さんはありますか?

新八の顔が引きつる。

「あ、あんたは……銀さんを撃った……!」

 視線の先――黒い制服をまとい、冷たい瞳でこちらを射抜く少女が立っていた。

 その身体は傷だらけで、膝が折れそうになるのを辛うじて堪えている。

 かつて敵対したアリウススクワッドのリーダー、錠前サオリ。

 神楽が一歩前に出る。

「どうしたアルか新八……。! お前、何の用アル?」

 サオリは口を開きかけ、しかし声は掠れ、震え、言葉にはならなかった。

 彼女の身体はふらつき、今にも倒れ込みそうで――その姿は、戦場で見た鋭さとはまるで別人のように見えた。

「銀ちゃんなら今は――」と神楽が続けようとした時。

「ここにいるぜぇ〜」

 間延びした声と共に、銀時が椅子を軋ませて立ち上がった。

「おう、入れや。……来ると思ってたぜ」

 サオリの目が大きく揺れる。

「…………!」

 ■

 湯呑みから立ち上る湯気が、静まり返った空気に淡く滲む。

「どうぞ、お茶です」新八がおずおずと差し出すが、サオリは手を伸ばそうとせず、ただ黙り込んでいた。

 神楽がじっと睨みつける。

「お前、どの面下げて銀ちゃんに会いに来たアルか? アレだけのことして……今さら助けて欲しいとか言うんじゃないだろうな?」

 サオリの喉が小さく鳴った。だが答えは返ってこない。

 ――沈黙の中で、彼女の意識はふと、暗い記憶の底へと引き戻されていく。

 ■ 回想 ■

『追撃部隊を退けることは致しません。あなた方はすでに私の庇護を離れた身。一度離反した者を易々と許しては、他の者に示しがつかないでしょう』

 あの声。冷たく、しかしどこまでも甘美に響く声。

 その一言ごとに、サオリの心臓は氷で締め付けられていくようだった。

『ですが――そうですね。こうして追撃を掻い潜り、端末を奪取し、なお私に連絡を寄越したことは評価しましょう。……えぇ、あなたは優秀です。サオリ。幼い頃から私が育ててきたあなたを処分するのは、私とて心が痛むのですから』

 その声音には一片の情のようなものが滲んでいた。しかしそれが真実かどうか、彼女にはもう分からなかった。

『ですので、最後に温情を示しましょう――シャーレの先生を、今度こそ始末しなさい』

 その言葉が突き刺さった瞬間、サオリは逃げ場を完全に失った。

 最後の温情。これを逃せば、自分たちには何も残らない。

 だが――

 雨に煙る視界の中。

 優しい眼差しで自分を見つめ続けた、ひとりの大人の顔が思い浮かぶ。

 マダムと先生。

 どちらも「大人」だ。だが、その在り方はまるで正反対だった。

 支配と憎悪に満ちた手と、ただ真摯に見守る瞳。

 その対比が、サオリの信念を静かに、だが確実に揺らしていった。

 ――過去を選ぶのか。未来を選ぶのか。

 選ぶべき時は、すでに来ていた。

 ■ 回想終 ■

「っ……ぅ――……」

 サオリの声はかすれ、震えていた。

「今さら……今さら、何をと、そう思うかもしれない」

 唇が噛み締められ、血の味が滲む。

「こんな私の話など、一蹴されて然るべきだと分かっている。……先生に助けを乞う資格なんて、どこにもない。……それでも――どうか頼む、少しでいい、話を聞いて欲しい」

 その声音に、嘘はなかった。

 彼女は泣き出しそうなほど必死に言葉を繋ぎ――そして告げる。

「……姫が。アツコが……私たちの指導者、マダムに囚われている」

 一瞬、部屋の空気が張り詰める。

 彼女は拳を強く握りしめ、喉を震わせながら続けた。

「明日の朝……日が昇るまでに、アツコは殺される……!!」

 その告白は、爆ぜるように響き渡った。

 張り詰めた静寂の中、ただサオリの嗚咽と、湯気の立ち昇る音だけが耳に残った。

 

「ミサキも、ヒヨリも、追撃部隊の襲撃に遭って、散り散りに――生死も、不明だ」

 両手をぎゅっと握り込み、サオリは緩く首を振った。

 垂れた黒髪が雨に濡れたように重く揺れ、顔を覆い隠す。

 彼女の姿を見れば一目で分かる。そこにスクワッドの面影はない。

 サオリが言った通り、彼女たちは散り散りに逃げ、互いの消息を完全に失ったのだ。生きているのか、死んでいるのか――その答えすら、彼女には分からない。

 「……あれから何日も逃げて来た。けれど、私たちに逃げ場など、このキヴォトスのどこにもなかった。どの自治区にも、どの街にも、必ず私たちを憎む目があった」

 低く、湿った声。

 アリウスという身分を隠しながら、追撃部隊を恐れながら、ただ生を引き延ばす日々。得るものなど何ひとつない、失わずに済むだけの逃避行。

 だが――永遠に逃げ切ることなど出来ない。罪悪は、影のように付き纏う。血に濡れた手から、どうしても落ちない。

 「私たちの行ったことを考えれば当然だ……その罰を、報いを、受ける覚悟はあった――だが」

 深く、頭が沈み込む。

 サオリは額を床に押し付け、声を絞り出すように涙を滲ませて告げた。

 「このままでは、アツコは――姫は、死んでしまう」

 明日の朝、夜明けと共に――彼女に、殺される。

 「私の話など信じられないだろうが、これだけは、真実なんだ」

 「………」

 「アツコは元より、そういう風に育てられた存在だから。幼い頃から、生贄にされる運命だと……私はアリウスの主人から、そう教えられてきた。……彼女は……マダムは、私がアツコを部隊に引き入れたいと願い出たとき、こう言ったんだ。――姫の運命を変えたいのなら、自身の命令に従え。そうすれば、姫だけでなく仲間も救ってやると」

 その声には、切実さが籠っていた。

 まだ何も知らず、無垢に信じることしかできなかった少女が結んだ、ベアトリーチェとの契約。

 秤アツコという少女に手を差し伸べたときから、錠前サオリはあらゆる努力を厭わなかった。どの任務でも、どの戦場でも前に立ち続け、掻い潜り、歯を食いしばって。

 その果てに――スクワッドはアリウス特殊部隊にまで選抜された。

 すべては、アツコと仲間を救うため。

 暗く、虚しく、絶望に満ちたこの世界で、せめて細やかな喜びを分かち合うために。

 それだけが、サオリの生きる理由だった。

 「エデン条約を強奪し、ユスティナ聖徒会の力をアリウスのものとし――トリニティとゲヘナを手中に収めれば……アツコは、生贄にならずに済む。……元々、そういう約束だったんだ」

 ――しかし。

 「――私は、失敗した」

 アリウス・スクワッドは任務を果たせなかった。

 エデン条約の強奪は失敗し、トリニティとゲヘナ自治区の征服も為せず。

 仲間は生死不明となり、そして――最も大切なアツコを守ることさえ出来なかった。

 錠前サオリという存在は、その全てを奪われた。

 「全て……全て、私の力が及ばず、叶わなかった……!」

 叫び、震える身体。握り締めた拳は血が滲むほどに食い込み、噛み締めた奥歯は軋む。

 それは己に対する失望と、無力への怒り。

 「今の私には、もう何もない……! トリニティにも、ゲヘナにも、同じアリウスにだって助けを求められない。嘗て共に訓練した同胞でさえ、私に銃を向けることを躊躇わないだろう……! 彼女の命令は絶対だ、そういう風に生きて来た。それ以外の生き方を知らない――疑問を抱く余地すら、許されなかった」

 ゆっくりと顔を上げ、先生を見上げる。

 月明かりだけの部屋。俯いた銀時の表情は、影に覆われて見えない。

 「私自身はどうなっても構わない……! どんな末路を辿ろうと、自業自得だと納得して泥の中で死んで行ける。……だがアツコだけは、仲間だけは――」

 それだけは、諦められない。

 命よりも大切なもの。

 ――幼い頃から、ずっと守り続けてきた。

 夢も、希望も、将来も、あらゆるものを犠牲にして捧げ続けた。

 その小さな居場所を守るために。

 だからこそ今、彼女の両手は擦り切れ、傷だらけで、泥にまみれていた。

 だがそれはサオリにとって、努力の証だった。

 「だから、頼れるのはもう、先生しか――……」

 項垂れ、再び額を地面に擦り付ける。震える身体で、必死に。

 それは懇願。到底受け入れられるはずもない、最後の一つを捧げての懇願。

 「頼む」

 「………」

 「私の命を賭けて約束する。どんな対価も支払う。どんな指示だろうと従う。……何も持たない私だが、差し出せるものなら全て捧げると誓う……!」

 懐に手を差し込み、サオリは幾つかの影を床に投げ出した。

 銀時、新八、神楽――誰もがその形に息を呑む。

 ――ヘイロー破壊爆弾。

 アリウスの切り札とも呼ばれる設置型爆弾。

 サオリはそれを見下ろし、無言を貫く銀時に言葉を重ねた。

 「これも預ける。……私の命を握ってくれて構わない。信用できないと判断したら、それを使って処分してくれ。私は決して、抵抗しないと約束する……! だから、頼む――お願いだ、先生」

 深く、深く、何度でも祈る。

 歯を食いしばり、積み重ねてきた全てを擲って、必死に叫ぶ。

 「どうか、アツコを――私の仲間を、助けてくれ……!」

 新八と神楽は言葉を失っていた。

 

 「…………」

 

 新八の胸中に浮かぶのはただひとつ。

(まさか……彼女たちに、そんな過去があったなんて……)

 神楽が銀時を振り返る。

「銀ちゃん……どうするアルか?」

 

 「…………」

 

 彼女は震えながら、ただ答えを待つ。

 やがて。

 「承った」

 「……………! へ?」

 

「つーか来るのが遅ぇんだよ。HUNTER×HUNTERの更新速度並みに遅ぇじゃねぇか」

 

「遅いって……まさか私たちの状況について知って……いや、それより!」

「引き受けてくれるのか!? 本当に?」

 

「ああ? さっきからそう言ってるじゃねぇか?」

 

「それにここをどこだと思って来たんだ?」

 

「ここはーー」

 

 「頼まれれば何でもする万事屋シャーレの銀ちゃん……か?」

 サオリはそう呟き、懐から泥に濡れた一枚の名刺を取り出した。

 雨水や泥で汚れてはいたが、その文字は確かに刻まれていた。――「万事屋シャーレの銀ちゃん」。

 

「それはーー万事屋の名刺!」

 

「銀ちゃん、こいつらに渡してたアルか?」

 

「いや、俺が渡したのはアビドスの奴らとか、交流のあった生徒たち。それとーーガスマスクの変な少女くらいだ。……だから、アイツらにあげた覚えはねぇ」

 

「そうだ。私は先生からこれを受け取ってはいない。これは、姫が贈ってくれた花束の中にあったんだ」

 「つまりこれは――姫からの贈り物なんだ」

 

銀時は、前髪をかき上げながら、ゆっくりと立ち上がった。

その声音には、重みと決意が滲んでいる。

「そうか、アイツが託した想いが巡り巡ってここに辿り着いたってわけだ。だったら尚更行かねぇわけにゃ行かねぇよな? テメェら」

銀髪の侍の言葉に、新八と神楽は一瞬だけ顔を見合わせた。

彼らにしてみれば、またしても銀時の無茶が始まる――そう悟るのに十分すぎる一言だった。

新八は、やれやれと肩を竦めながらも、口元に薄い笑みを浮かべる。

「仕方ありませんね。相変わらず無茶するんですから。」

神楽は、鼻で笑うように声を張り上げた。

「全くネ。でもーーー銀ちゃんに手を出そうとしただけじゃなく、その上部下にやらせて自分は前に出てこないとか舐めてるヨ」

ぎゅっと拳を握り締め、瞳に宿る光は鋭さを増していく。

「この手でぶちのめしてやるアル!!」

サオリの目がわずかに揺れる。

彼女の胸の奥で、重く垂れこめていた黒い靄がほんの僅かに晴れた気がした。

「先生、二人も、………!」

銀時は、そんな彼女の声を遮るように口を開く。

「お前が言った通り、今回は訳ありも訳あり、誰の手も借りられないときた……だから俺たちで何とかしなくちゃならねぇ……」

銀色の瞳が、確かな光を帯びてサオリを射抜いた。

「まずはお前の仲間とやらを探すぞ。」

新八は大きく頷き、すぐに段取りを口にした。

「分かりました。じゃあ僕がミサキさんを」

「神楽ちゃんがヒヨリちゃんを探すってことで」

「何勝手に引っ張ってるアルか!? お前に指図される筋合いないネ!! お前が私の指示に従え! この童貞ツッコミメガネ!!」

「んだと大食いゲロ吐き娘!!」

子供じみた罵り合いが、その場の張り詰めた空気を揺るがす。

ガヤガヤ、ガヤガヤ――二人のやり取りが響く中、サオリは小さく息を漏らした。

「……………」

彼女の心に浮かんだのは、あの約束だった。

『アツコ……お前のおかげでみんなを、お前自身を助けることが出来そうだ。』

――回想。

アツコが、恥ずかしそうに、それでも確かな思いを込めて手を動かしていた光景が蘇る。

アツコ(手話)『ねぇサオリ、もし困った時どうしようもない時が訪れたら、花束の中を漁ってみて。』

『花束の中にきっと、貴方を助けてくれる物が入っているから』

その言葉が、今この瞬間、現実となって彼女を救っている。

――そして現在。

銀時の声が、まるで現実へ引き戻す合図のように響いた。

「おおい、なにやってんだ? 行くぞ〜」

サオリは一瞬だけ驚いたように目を見開き、すぐに苦笑を浮かべる。

「あ、ああ。」

その声は震えていたが、確かに前へ進む力を帯びていた。

「……周辺に目標は確認出来ず」

「この辺りからはもう離れたか?」

 廃墟街の一角。

 月明かりさえ届かぬ曇天の下、瓦礫と鉄骨が影を落とす。湿った風が吹き抜け、錆びた鉄の匂いと埃が鼻腔を刺した。

 そこを、白いコートを翻しながら進む人影があった。

 冷たいガスマスクに覆われた顔は表情を読ませず、靴音だけが乾いたアスファルトに響く。アリウス自治区より派遣された督戦隊――彼女たちは離反したスクワッドを追って、この区画を踏査していた。

 だが、足取りは空を掴むようで、成果は未だゼロ。

「少なくとも痕跡は見当たりません。或いは……雨で流されたのかもしれませんが」

「このまま周辺の捜索範囲を広げますか?」

「……そうだな。もう少し周辺を探ってみよう。隣接区画の部隊に連絡を入れてこの区画を隈なく捜索する。境界線付近まで、きっちりとな」

「了解」

「手早く済ませる為に部隊を分けるぞ。三人一組、スリーマンセルで各ブロックを捜索。第一班は――」

 物陰。

 錆びついた鉄骨の陰に身を潜め、銀時は苦い顔をして低く唸った。

「おいおい、何やってんだよ。こんな敵さんがウロウロしてる中突撃しろってか? 一応怪我人なんだけど」

 彼の隣では、神楽が不満げに頬を膨らませている。

「いちいちうるさいアルな……ごちゃごちゃ言うならお前がやれヨ。どうせ年中玉打ってるか馬当てることしかやってないんだろ?」

「はぁ!? 誰がニート先生侍だとコノヤロー! お前だって年中食っちゃ〜寝てのゲロインのくせに人のこと悪く言ってんじゃねぇよ!」

 言い合う二人を前に、サオリはわずかに眉を伏せた。

「……すまない、私のせいで……」

 銀時はため息をつき、彼女をちらりと横目に見やる。

「仕方ねぇ。おい、見限られたとはいえ元リーダーだったなら爆弾の一つや二つくらいあんだろ?」

 サオリは即座に頷き、懐に手を差し入れた。

「ああ。節約する必要はあるが、まだたくさんある。ヘイローを壊す爆弾も」

「いや、そんなヤバイのはいらねぇから。ちょうどいいやつを何個かくれよ」

「分かった」

 神楽が銀時を睨みつける。

「銀ちゃん、その爆弾を使って何するつもりアルか?」

「一気に制圧した方が早いネ」

 銀時は鼻で笑った。

「バカかテメェは。こいつが狙われてんのにわざわざ飛び出してまで戦う必要なんてねぇだろ? ここは爆弾の一つや二つ使って敵を撹乱させ、その隙に迎えに行った方が――」

 銀時の手に、サオリがそっと押し付けた。

 ――しかし、そこに収まったのは円筒形の奇妙な物体。短い棒が突き刺さり、虚ろな瞳で虚空を見つめている。

 死んだような顔で、ただ在るだけの奇物。

 そう、我らがジャスタウェイであった。

 銀時と神楽は同時に目を剥いた。

『ズゥゥゥゥ!!』

「……あの、これジャスタウェイだよね?」

サオリはきっぱりと首を横に振った。

「何をいう、これは閃光弾。投げられた後、股◯の部分から光が出て敵を撹乱……」

「いや、どっからどう見てもジャスタウェイだよね!?」

「気に食わないか? 他にも色々あるぞ。ここはやっぱりヘイローを壊す爆弾か?」

 神楽は首を傾げながら次々と取り出されるそれらを見回した。

「どれがどれだか全く分からないネ。全部ジャスタウェイアル」

 ――そう、全てがジャスタウェイだった。

 ただし、大きさだけが異なり、大きいほどに禍々しい存在感を放っている。

 銀時の額に青筋が浮かぶ。

「おい! お前らの学校はジャスタウェイ工場か!? あん? 工場長にでもなってたのかゴラァ!?」

 サオリは憮然とした顔で言い返す。

「バカを言うのはよせ。爆弾を多く作ることによって工場ちょ……軍隊長の地位に登るのがどんだけ大変だったと思うんだ!」

「いや、誰もなりたかねぇよそんな称号!! 勝手に工場長でも団長でも何でもなってやがれ!」

 神楽が銀時の袖を引っ張る。

「銀ちゃん銀ちゃん」

「なんだよ。今忙しい……」

「バレたアルよ」

 鋭い声が夜闇を裂いた。

「誰だ! ……って、スクワッドのリーダー……それにお前は!?」

 アリウスの兵が銃を構え、瓦礫の向こうから顔を覗かせていた。

「チッ、バレたか……」

 サオリは一歩前に出ると、ためらいなく懐から例の爆弾を引き抜いた。

「仕方ない」

 彼女は無造作に高く掲げると――声を張り上げた。

「行けェェェジャスタウェイ!!」

「結局ジャスタウェイって認めやがった!!」

 ドカァァァァン!!

 爆ぜる閃光と爆音。夜の廃墟街に、無数のジャスタウェイの死んだ瞳が瞬きのように光を放った。

 

「「「「「うわァァァァァァ!!!」」」」」

 

 夜闇を切り裂く轟音。廃墟の壁が振動し、瓦礫が雨のように降り注ぐ。煙と火薬の匂いが鼻を突き、白濁した視界の中を、銀時たちは咄嗟に身を低くして走り抜けた。

「おい、テメェ! やっぱりそれジャスタウェイだろ! ジャスタウェイなんだろ!?」

 瓦礫を飛び越えながら、銀時が顔を真っ赤にして怒鳴る。

 隣を駆けるサオリは、乱れた髪を押さえながら淡々と返した。

「だから違うって言っているじゃないか……いくら先生でもしつこいと思うぞ」

「いいや、あれは立派なジャスタウェイでした。だって自分で言ったもんね〜、行けェェェジャスタウェイ!って。自分から認めたの聞いたもんね〜」

「だから違うって言っているだろうに!!」

 二人の激しい言い合いが煙に反響して響いた――その時。

「っ、今の声は――」

 短い息を呑む音。煙の向こう、裏路地の暗がりから恐る恐る顔を出したのは、愛銃を抱えた少女だった。煤に汚れ、血の滲む制服をまとい、震える瞳が夜を切り裂く。

「り、リーダー……ですか?」

 ヒヨリだった。

 その声に、サオリの目が見開かれる。

「ヒヨリ! 良かった、無事だったか……!」

 駆け寄るサオリの腕から転がり落ちたアリウス兵。彼女は愛銃を拾い直し、泥を蹴って仲間のもとへ走る。ヒヨリの体は擦り傷と弾痕で満ち、外套は穴だらけ――ひとりで戦い抜き、逃げ惑ってきたことを雄弁に物語っていた。

 互いに再会を喜び、ヒヨリの口元には安堵の笑みが浮かんだ。だがその次に零れた言葉は――

「ど、どうして私の居場所が分かって……?」

「あぁ、それは――」

 言いかけたサオリの背後から、のんきな声が割り込む。

「よぉ、元気にしてたか? 大食い自虐ネガティヴ娘」

「どうも〜」

 銀時と神楽が揃ってひょっこり姿を見せた瞬間、ヒヨリの顔色が一変した。

「ひ、ひぇっ!? しゃ、シャーレの先生!?」

 肩が大げさなほどに跳ね、銃を抱く腕が震える。恐怖と焦燥が滲み出し、膝まで小刻みに揺れていた。無理もない。彼女にとって銀時たちは幾度も銃を交えた敵。恨まれていると信じて疑わない存在だ。その相手がどうしてここに――?

「ど、どうしてリーダーと先生たちが一緒に居るんですか!?」

 必死に叫ぶヒヨリに、サオリが苦笑して応じようとする。

「……それについては、私が先生に救援を頼――」

「わ、分かりました! ついに天罰の時がやって来てしまったんですね? やっぱり私は終わりなんだ!」

「いや、だから先生に――」

「リーダー……話聞いてないアル」

 神楽の一言が、状況を的確に切り取る。

「そ、そうですよね……よくよく考えてみたら、先生は私達をアリウスから取り返したいですよね。自らの手で処罰したいでしょうから」

「歪んでるヨ」

「歪んでるね。政治家の思惑並みに歪んじゃってるよ、これ」

 銀時と神楽が同時に呟く。

 サオリは眉を寄せ、申し訳なさそうに説明する。

「すまない。ヒヨリは昔からネガティヴ思考のためか、思い込みがあると人の話を聞かない傾向にあるんだ」

「――わ、私達を捕まえて、シャーレにあると噂の地下牢に入れる気なんですよね!? シャーレに反抗した子達のすすり泣きが夜な夜な聞こえてくるという、曰くつきのあの場所に……!」

「あ"あん!!?」

 銀時の堪忍袋が切れた。

「おい、何人様の家を事故物件扱いしてんだテメェは! シャーレは『変な家』じゃねぇの! 殺害現場でもねぇんだよ!!」

 逆上してヒヨリの髪をわし掴みにする。

「うわぁあああんっ! もう終わりです! まだやりたい事も、読みたい雑誌も沢山あったのにぃ……!」

「だから違うって言ってんだろ!! 何今から処刑される的なセリフ吐いてんの!? 殺されたいのか? つーかやられたいんだろ!?」

 銀時の怒鳴り声とヒヨリの泣き声が交錯し、騒然たる路地がさらに混沌と化す。

銀時は呆れ顔で肩を竦めた。

「ったく……せっかく俺たちが助けに来たってのに、本人がこんなんじゃどうしようもねぇよ」

 

その一言に、ヒヨリの瞳は一瞬揺れ、まるで光を失ったように呆然とした表情を晒した。

「えっと、助けって……わ、私をですか? せ、先生が?」

 雨粒が頬を伝い、髪の先で滴を作る。小さな肩が、無意識のうちにぎゅっと縮こまる。その微かな動きに、胸の奥まで緊張が伝わる。

「だからそう言ってんだろ? 何訓練のしすぎで耳でも遠くなったんですか? 補聴器でも必要ですか?」

 銀時の声は軽快で、しかし確かな響きを持って、ヒヨリの不安を揺さぶる。

「な――……何故?」

 言葉の間には深い間隙が生まれた。雨の音だけが、遠くで屋根を打つリズムのように響く。ヒヨリの心は、予想だにしなかった出来事に押し潰されそうだった。現実がまるで夢の中の光景のように歪み、信じられないものを目の前にしたように、瞳を何度も瞬かせる。

「せ、先生と私達って敵対していましたよね? け、結構冗談じゃ済まない位の怪我とか、被害とか、出しちゃいましたし、その腕も、目だって、私達アリウスが原因で……あっ、も、もしかして記憶喪失とかですか? 私達が誰なのか、分からないとか、そういう感じの――」

 言葉は途切れ途切れに零れ、胸の奥で押し込められていた罪悪感が震えとなって表面化する。雨に濡れた頬は紅く染まり、指先は互いに絡め合い、微かに震えていた。

「小娘、銀ちゃんは仕事もしないマダオでもそこまでバカじゃないヨ。忘れるのは従業員への給与だけネ」

 神楽の軽口に、一瞬ヒヨリの口元が動いたが、表情はまだ硬い。

「ちょっと〜神楽ちゃん、全然フォローになってないんだけど」

 銀時の呆れた声も、雨音に溶けて響く。

 サオリが静かに口を開く。

「私が頼んだんだ。姫とお前たちを助けて欲しいと」

 ヒヨリはそれを聞くと、目を伏せ、小さく肩を震わせた。指先を擦り合わせ、背を丸める。手を差し伸べてくれるその温かさは、助けを必要としていた彼女にとって、計り知れないほどの重みを持つ。しかし同時に、なぜ自分たちを信じて手を貸してくれるのかが理解できず、胸の奥に疑念が渦巻く。

「た、頼むリーダーもリーダーですが、応じる先生も先生ですね……?」

 小さな声は、震える雨音に紛れ、しかし確かに響く。後ろめたさと罪悪感が入り混じり、ヒヨリは唇を噛み締め、両手を固く握った。

 そして視線を上げると、銀時の瞳が雨粒をまといながらも真剣そのものに、純粋に自分たちを見据えていた。迷いも邪心も、そこには一切なかった――ただ救うべき者のためだけに注がれた光。

「何、こちとら依頼を受けりゃ何でもやる。それが売りの先生――」

「シャーレの銀ちゃん!!」

「おい! 俺のセリフを奪うんじゃねぇ!!」

 掛け合いの裏で、ふと視線を上げたヒヨリの瞳に映ったのは、冗談を纏いながらも曇りのない光。

 雨粒を映すその瞳は、憎悪も嘲笑も欠き、ただ真っ直ぐに「救おうとする意志」だけを宿していた。

 それは、彼女がいつも遠くから眺めるだけで、自分には向けられるはずもなかった眼差し――救われるべき者に向けられる眼差しだった。

「今やるべきはただ一つ。お前たちの仲間と、その姫とやらを救い出す。それだけだ」

「――姫ちゃん……」

 その言葉に胸が抉られる。

 瞼の裏に浮かぶのは、連行されていくアツコの背中。

 呼吸をするたび、黒い煙が心臓を締め付ける。

「ひ、姫ちゃんを助けたい気持ちは、私も……同じです。助けられるなら、助けたい」

「なら――」

「で、でも……」

 雨粒が頬を打ち、声は細い糸のように掻き消される。

「果たして……私たちだけで、姫ちゃんを助けられるのでしょうか……?」

 言葉を口にするたび、現実の重みが鉛のように肩にのしかかる。

 アリウスの圧倒的な力。

 自分たちの小ささ。

 影に沈む顔は、恐怖そのものだった。

 ――かつては違った。他人事のように戦えた。

 命じられるまま、傷つき、苦しみ、死んでいく。そこに自分の意志はなかった。

 だが今は違う。

 逃げ出したその瞬間から、すべては自分の選択に委ねられている。

 ――その事実が、恐ろしかった。

 “私たちスクワッドだけの戦い。”

 支えてくれる大勢の仲間はいない。

 唯一声を掛けてくれるのは、目の前のこの大人だけ。

 勝てるはずがない――臆病な自分が、心の奥で囁く。

「助けられるかじゃない。助けるんだよ」

 神楽の声が雨音を裂いた。

「私たちはあくまで助っ人アル。結局はお前ら自身でやるしかない」

「弱腰でどうするアルか。立ち向かわなきゃ、誰も救えないアルよ」

 矢継ぎ早の言葉は刃のように胸を突いた。

 痛みが走る。だが同時に、それは不思議と温かな熱をもたらした。

 ――本当は、ずっと分かっていた。

「わ、私は……」

 雨粒が唇に触れる。

 噛み締めた口元から、震える声が零れ落ちた。

 

 

私ひとりが生き残っても、意味が無い

 

 吐き出されたその言葉は、雨に打たれながらも鋼のような硬さを宿していた。

――皆で、一緒じゃないと

 

 震える声を押し殺すように呟き、ヒヨリは両手を強く握り締める。骨が軋み、指先に痛みが走るほどに。

 ひとりぼっちは嫌だ。

 彼女はひとりでは生きられない。

 皆がいるからこそ、この苦しく冷たい世界でも呼吸ができる。皆がいるからこそ、生きて行こうと願える。

 だから――。

「そうですよね……えぇ、皆でアツコちゃんを、姫ちゃんを助けられるのなら……その方が良いに決まっています。出来るかどうかは分かりません。不安で仕方ないです。きっと辛くて、痛くて、苦しいことが、沢山待っているんだと思います……。で、でも――!」

 顔を上げる。

 瞳が雨に濡れながらも強く光を放ち、前を見据える。恐怖に歪んでいた表情はなお震えている。けれど、その震えを呑み込み、噛み締め、なお上回る勇気が彼女の姿を支配していた。

「ここで進めなかったら――辛くて苦しいって分かっているこの道を選べなかったら……私はきっと、死ぬまで後悔してしまうからっ!」

 ――ここで逃げてしまうことだけは、絶対に間違いだから。

「それは、リーダーだって同じじゃないんですか? だから、私を助けに来たんですよね……!?」

「……あぁ、そうだ」

 ヒヨリの叫びに、サオリは短く、しかし重みを込めて頷いた。

 どれほど困難でも、捨てられない大切なものがある。彼女にとってそれは、命よりも大事な仲間であり、家族だった。

「間違った道ばかりを選んできた私だが、それでも――」

 雨に濡れた手が静かに差し伸べられる。

 その手は痛みと苦しみを約束するもの。だが同時に、未来へと繋がる唯一の道標でもあった。

「また力を貸してくれるか――ヒヨリ?」

「わ、私が役に立てるのなら……!」

 ヒヨリはその手を強く握り返す。震えも、雨の冷たさも、今はもう関係なかった。

「それで、具体的には一体どうやって――」

「詳しい話は全員が揃ってからにしよう」

 逸るヒヨリを制するように、先生は穏やかに口を開いた。

「まだ、スクワッドとして動くには一人足りない」

「あっ、そ、そうですよね……!」

 ヒヨリは強く頷く。アズサが去り、アツコが捕らわれた。欠けた陣容の中で、まだひとり仲間が待っている――。

――その時だった。

「銀さァァァん!!」

 雨を切り裂く絶叫が響く。

 濡れ鼠のように駆け込んできたのは、新八だった。

「……ああ? どうしたんだよ、ぱっつぁん。まさか――!」

 銀時の口角が上がる。

 場の空気がわずかに緩む。

「ヤッタアルか? 勢いあまってK点突破でもしたアルか? サイテー」

「いや、どんな状況でベットジャンプしてんだよォォ! ていうか何でこの緊急事態でそんな展開なんだよ!!」

 新八の怒鳴り声が空気を振るわせ、重苦しい雨の中に滑稽な調子が差し込まれる。

「よしりん&みっちーじゃねぇんだよ!! バカップル劇場でもねぇんだよ!!」

 銀時が鼻で笑い、神楽は肩を竦めた。

「その様子だと……ミサキに何かあったみたいだな」

 サオリの声は鋭く、場をすぐに現実へと引き戻す。

「えぇ……実は、先ほどミサキさんが――」

「いや、いい。話は分かっている」

「そうですか……話が分かるなら、早く行きましょう!」

 焦る新八を横目に、銀時が口を開いた。

「どうせ、JKとの話し方が分からなくてセク◯ラとでも勘違いされて通報でもされたんだろ」

「まぁ、新八はキモいから仕方ないネ」

「た、確かに……女の人に慣れてない辺り……少し……へへへ」

 ヒヨリまでもが小声で呟いてしまい、頬を赤く染める。

「オイィィィィ!! JKみんなアンチ新八みたいにすんな!!」

 雨に沈んだ空気を切り裂くように、新八の絶叫が再び響き渡った。

 

トリニティ自治区――廃墟区画の外縁、忘れられた巨大な橋梁。

かつて区画を隔てる運河を跨ぐために築かれたその橋は、今や「廃棄橋」と呼ばれ、都市の片隅で時の流れに打ち捨てられていた。

周囲にはかつての工業地帯の残骸が並ぶ。窓ガラスが砕け落ちたビル、錆に食い荒らされた工場。

大通りに残る轍の跡は、かつて重機が往来した証だが、今では砂塵と雑草に覆われ、誰も振り返らぬ記憶の痕跡と化していた。

一行が橋へと踏み込むたび、靴底に小石が擦れ、乾いた音を響かせる。

鼻腔を刺すのは鉄錆の匂い。古びた埃の香りが風に舞い、肌をざらつかせた。

 

「……うわ、ここボロボロネ。定春がいたら落っこちそうアル」

 神楽が鼻をつまむようにして呟き、錆びた欄干へと目を走らせる

 

等間隔に並ぶ街灯はまだ辛うじて灯りを放つ。だがその光は均一ではなく、弱々しく点滅を繰り返すものもあれば、とうに死んだように闇へ沈んでいるものもあった。

照らし出された橋の本体は――赤黒い錆に覆われ、表面は薄汚れている。

手摺の一部は既に崩落し、ひび割れたコンクリートの亀裂は、まるで橋そのものが呻きながら崩れていく過程を見せつけるようだった。

「あぁ、かなり昔に建造されたらしいからな。周辺が衰退して以降は、ろくに手入れもされていないんだろう」

 サオリが淡々と応じる。

「い、いつ来ても……やっぱり高いですね、ここ……」

 ヒヨリは橋の縁から下を覗き込む。

 闇の中で黒々と口を開ける運河は、まるで底知れぬ奈落のようだった。揺らめく水面はわずかな街灯の光を拾い、怪しい光を返す。

 その高さは、見慣れていてもなお足がすくむほどであり、落ちれば命が一瞬で砕け散る未来しか思い浮かばなかった。

新八は無言で暗い川面を見つめた。

思考の底で浮かぶのはただひとつ――落ちれば「終わり」だという単純かつ残酷な事実。

「――下を流れる川の水深は、五メートル以上あるからね」

 不意に、乾いた声が響いた。

「……!」

 誰もが身を震わせる。

 サオリでも、ヒヨリでもない。

 耳に届いたのは、別の声――。

暗い照明の向こう側、足音が一定のリズムで響く。

視線を向ければ、闇を割ってゆっくりと歩み出る人影。

長い裾を揺らすのは、見慣れたアリウスの外套。

「流れも速いから、落ちたらそのまま水底に沈むことになるよ」

 橋の上に姿を現したその影は、静かに五人をなぞるように見やった。

「ミサキ……」

「み、ミサキさん……」

 名前を呼ぶ声が、冷たい雨のように空気を打つ。

 現れた少女――ミサキの瞳は光を宿さない。

 ただ気怠さと諦念を溶かし込んだような虚ろな色だけがそこにあった。

「リーダーに……ヒヨリ。……そして、シャーレの先生」

 彼女の眼差しは一人ずつ順に突き刺すように移ろい、最後に立つ銀時たちで止まる。

「メガネの君が連れてきた、ってところかな」

 言葉と同時に、彼女は愛銃――《セイントプレデター》を肩に担ぎ上げた。

 照明に照らされるその銃身は、雨に濡れた鋼鉄のように冷たく光を反射する。

そして――唇がわずかに動いた。

それはため息にも似た声音で、吐き捨てるように紡がれる。

「……そっか。――『そういう選択』をしたんだね、リーダー」

 その瞬間、橋の上に張り詰めた空気は、まるで氷のように一行の肺を凍らせた。

 

まさか、あのリーダーがね……それを受け入れる先生も先生だけれど、ちょっと予想外だったかな」

 気怠げに髪を指で払う仕草。

 ミサキの声は橋の上に鈍く響き、湿気を含んだ夜気に溶けていった。

 頭上の街灯が不揃いな明かりを投げ掛け、彼女の外套を照らす。そこには幾筋もの血痕が滲み、戦闘の残滓を物語っていた。包帯が不格好に巻かれ、弾痕に裂けた布地は風に揺れるたびに疲弊を訴える。

「ホント空気読んでくれない? せっかく二人で夜景見てたのに……」

 銀時が死んだ目で呟きながら、ちゃっかりとミサキの肩を掴み、サオリたちへ妙な視線を送る。

 次の瞬間――。

 銃声が重なった。

 サオリと神楽が同時に弾丸を撃ち込み、銀時の頭から盛大に血が吹き出す。

「いや、何でアンタがそこにいるの!? っていうか二人で夜景見てたって……見てたのアンタだけだから!!」

 新八の怒鳴り声が橋の上に響き、ようやく空気が現実に引き戻される。

 ミサキはセイントプレデターを静かに地面へ降ろし、銃身を橋脚に立て掛けると、横目で問いかけた。

「……此処に来たって事は、姫を救いに行くつもりなんでしょう? そうじゃなきゃ、もう『終わってた』だろうし」

「……そうだ。私達で姫を救いに行く」

「その為に先生の力を借りた、ってわけ?」

「あぁ」

「へぇ」

 ミサキの口調は淡白だったが、その声音にはどこか揶揄の色が滲んでいた。

 サオリの瞳に険が走り、視線が鋭さを増す。

 だがミサキは肩を竦め、黒いマスク越しに冷笑を含ませて言葉を継いだ。

「でも先生たちは知ってる? 私達は先生を始末すれば、アリウスに戻れるって話。そこに居るヒヨリも、リーダーも、同じ話を聞いたはずだよね?」

 その一言に、サオリとヒヨリはわずかに息を呑んだ。

 サオリは強張った表情を隠せず、ヒヨリは気まずげに俯きながらも、罪悪感を滲ませる。

「確かに……そう言われたな。先生を始末すれば、私達の裏切りは帳消しになる、と」

「やっぱり」

 ミサキの瞳には呆れが宿る。

 どこまでも「お人好し」を演じる大人を試すように、嘲るように。

 だが銀時は顔色ひとつ変えず、ただ盛大にため息をつく。

 新八が首を振り、言葉を重ねた。

 

「ミサキ、コイツらが銀ちゃんを本気で◯すつもりだったなら今ここに私たちと一緒にいるわけないネ。」

 

「神楽の言う通りです。もし彼女たちが本気で銀さんを殺すつもりなら、今ここに並んで立ってはいません」

「さっき話した通り。僕たちは――あなたたちを助けに来たんです」

 新八の言葉に、ミサキは静かに視線を移した。

 数秒の沈黙。

 その瞳は揺らがない。ただ淡く冷たい光を湛え、彼女は観測者のように彼らを見つめる。

 ――だが、その奥に浮かんだものは、ほんの一瞬の「憐れみ」だった。

「……そっか。そこまでお人好しなんだ。それはちょっと想定外――でも、だからといって私の考えは変わらないよ」

「ミサキ……!」

 サオリが一歩を踏み出す。非難するように名を呼ぶ声は、必死に縋る叫びにも似ていた。

 だがミサキは冷静そのものだった。

 その声音は冷え切った刃のように、仲間を突き放す。

「リーダー、姫を救うのは無理。装備も、人手も、時間も、何もかも足りない。……それは分かってるでしょ?」

 彼女の言葉は正論であり、冷酷な現実だった。

 支援も援護もない。敵は無数にいる。勝算は欠片すら見えない。

「仮に上手く潜り込めたとして、どうするの? バシリカに辿り着くために五人で徹底抗戦? 相手はアリウス分校の全生徒だよ。……しかも陽が昇る前に?」

 夜明けが迫る――それすら敵となる。

「それに……彼女はまだ奥の手を隠しているはず。大人ってそういうもの。私達だけじゃ、先生がいても――不可能」

「み、ミサキさん……」

 ヒヨリの声が弱く掠れる。

 誰よりも冷静な彼女が「無理」と言い切る、その重さに心が沈む。

 ――その時。

「いや、立つのは俺じゃねぇ……俺の股にある三本目の足だけだ」

 場の空気を切り裂く下卑た声。

 ヒヨリの放った弾丸が銀時の頭に炸裂し、再び血が吹き出す。

「何でシリアスパートで下ネタぶっ込んでんだァァァ!!」

 新八の絶叫が橋を揺らす。

 冷たく凍りついた空気の中に、不釣り合いなほど滑稽な叫びが木霊した。

 しかし――そんな茶化しを挟んでもなお、ミサキの視線は逸れなかった。

「ねぇ、リーダー」

 低く、諦観を抱えた声が再びサオリを射抜く。

「仮にアツコを救い出せたとして――そこに、意味はあるの?」

 言葉は深い淵のように落ちていく。

 

「……どういう意味だ」

 サオリの声は低く鋭く。

 その眉がぴくりと跳ね上がり、射抜くような視線がミサキに向けられる。

 だがミサキは動じない。

 暗い光を宿した瞳で、なおも淡々と語る。

 ――その言葉には、諦観を超えた深い絶望。

 世界そのものを見限るかのような、冷たい視座があった。

 

「アツコを助けて、めでたしめでたし――そんな子ども染みた御伽噺じゃないんだから」

 ミサキの声は、乾いた夜気の中に響いた。

 街灯に照らされたその横顔は、どこまでも静かで、どこまでも絶望に満ちていた。

「もう私達はアリウス自治区に戻れない。トリニティとゲヘナも私達を探している。仮にアツコを助けられたとしても……帰る場所のないこの世界に取り残されて、泥水を啜って生きるだけ。無意味で、苦しいだけの人生が延々と続くだけなの」

 その言葉には、長い逃走の日々で刻まれた諦観が滲んでいた。

 居場所はない。陽の当たる場所で笑う子どもたちが当たり前のように持つ「未来」を、自分達は決して持ち得ない。

 ――世界は無情に続く。

 誰かを救い、誰かを助け、希望を語った結末の先にすら、待っているのは絶望。

 アツコを救って何になる? また同じ逃亡生活に戻るだけだ。

 痛みに耐え、苦しみを抱え、追い立てられる日々をもう一度――それに意味はあるのか。

「ねぇ、リーダー」

 ミサキの声は淡々としていた。

 だがその眼差しは、長年隣で歩んできたサオリの心を容赦なく抉る。

「苦痛ばかりだった姫の人生を引き延ばして……そこに、その苦しみに釣り合うだけの価値はあるの?」

 静寂。

 サオリは答えられなかった。

 同じ泥を啜り、同じ痛みを抱えてきた自分だからこそ――否定の言葉は、喉に詰まって出てこない。

 ミサキは一歩、縁に足を近づける。

 暗く沈む夜の川面が、その瞳に映り込んでいた。

「……私はもう疲れた。だからここから飛び降りて、自由になろうと思う」

 サオリが息を呑んだその瞬間。

「早まんな」

 無骨な声が、あまりに自然に割って入った。

 銀時が立ち上がり、軽く肩をすくめながらミサキの背にそっと手を置いた。

「女が飛び込んでいいのは、男の胸だけだって父ちゃんに習わなかったか?」

 あまりに場違いな言葉。

 だが、だからこそ重苦しい空気がわずかに揺らぐ。

 銀時は右手を胸に当て、芝居がかった口調で続けた。

「堕ちるなら一緒に堕ちよう。愛欲道――」

「先生、貴様は少し黙ってくれ」

 サオリの声と同時に、轟音。

 銃声が三つ、夜を裂いた。

 銀時の頭に三発の弾丸が撃ち込まれる。

 鮮血が噴き出し、銀時は仰向けに倒れ込んだ。

 地面に響いた衝撃音が、沈黙の夜を再び満たした。

 

「先生と一緒にいるあなたたちは――私たちにも未来がある、なんて考えているんでしょうね」

 ミサキの声は凍てつく夜気のように乾いていた。

 その響きは、希望を唄う歌のようでありながら、同時に嘲弄を含んでいる。

 耳に優しい、陽だまりの中で育った子どもたちが好んで信じたがる言葉。だが自分には遠すぎる。彼女は胸の奥で冷たく呟いた。

「でも、現実は違う。仲間ひとり救えずに、苦しんで、死んでいく――結局、それが私の知る真実よ。なら、せめて苦しみから逃れたいと思うのは当然でしょう? 何もおかしな事じゃない。ただ、それが早いか遅いかの違いだけ。此処で終われば……これ以上、痛みに縋らずに済むんだから」

 その言葉は、諦観という名の刃だった。

 耳にした新八は、思わず拳を握りしめ、俯きそうになる自分を必死に押しとどめる。だが、次に吐き出した声には震えではなく、烈しい熱が宿っていた。

「……何勝手に諦めてるんですか!」

 夜空を裂くように声が響く。

 その瞳は真っ直ぐで、曇りのない眼差しだった。

「確かに……あなたのことを知ると、そう考えてしまうのも仕方ないかもしれません。だけど……!」

 一拍の沈黙。そして、叫ぶ。

「でも! 諦めたらそこから何も進まない!! このままじゃ姫さんが……アツコさんが死んじゃうんですよ!!」

 その声はまるで必死に命綱を引き寄せる者のようで。

 絶望の淵に立つミサキの手を、強引にでも掴もうとする熱だった。

 だが、ミサキの表情は揺れない。

 その冷たい瞳を見据え、次に声を発したのは神楽だった。

「生きる事を諦めて、苦しみから解き放たれるなんて――簡単に思うんじゃねェよ、若造が」

 低く、重く、腹の底から叩きつけるような声。

 ミサキの肩が、僅かに動いた。

「……」

 沈黙の中で、神楽は歩み寄る。月明かりに照らされた紅い瞳が鋭く光り、彼女の言葉は刃のように続いた。

「ここ十数年生きたぐらいで、一丁前に人生を語るなんて百年早ェネ。……せめて幸せを味わってから、そういう事を言えよ」

 苦しみだけが人生じゃない。

 痛みだけじゃない。

 この世界には、笑いも、喜びも、手を取り合う温もりも、確かに存在するのだ。

 ――少なくとも、「先生」はそう信じている。

 その信念が二人の言葉を支えていた。

 しかし、その希望の光を前にしても、ミサキはただ口角を上げる。

 それは皮肉でも、反抗でもなかった。

 むしろ、自分自身に向けられた乾いた嘲笑だった。

「……本当に、あなたたちは眩しいね」

 その声には、光に憧れながらも、決して手を伸ばせない者の苦さが滲んでいた。

 

「ミサキ」

 その名を呼ぶ声は、真冬の夜に差し込む焚き火の光のようだった。

 伏せていた瞳をゆっくりと上げれば――リーダー、サオリが此方を見つめていた。

 凛とした眼差し。揺らぐことなく、ただ強く。だがそれは命令や叱責ではなく、仲間を案じる温もりを孕んでいた。自分には決して持ち得ない、光を帯びた瞳。

 一歩。

 その足取りは静かで、しかし決意の重さを刻むように響いた。

「お前のその、苦痛だらけの人生は……死を迎えれば、本当に安息なのか?」

「……リーダー」

 サオリの声は低く、けれど胸の奥を震わせるほどに力強い。

 彼女は続けた。

「私には、お前の云う答えも、真実も、確固たる何かがある訳じゃない。ただ……分からないなりに必死に足掻いてきただけの存在だ」

 ――そう。サオリも、自分達と同じ。

 アリウスで生まれ、苦しみに揉まれ、ただ必死に歩き続けてきた子ども。

 それでも、自分達の先頭に立ち続けてくれた。幼い頃、サオリは何かを知っていると信じた。だが実際は違った。彼女もまた、もがいていただけ。けれどその姿が、仲間達の支えになった。

「だが私は――私の我儘だと云われても、お前たちに生きていて欲しい」

 その言葉は、凍りついた胸を突き破る炎のように響いた。

 世界がいくら冷たくても、彼女は自分達を生かそうとする。

「だから良く聞け、ミサキ。お前がそこから飛び込むというのなら、私も追って飛び込む」

 サオリの声は断言だった。

 それは空虚な慰めではなく、確固たる覚悟。

「お前を絶対に死なせなどしない。服に重石を仕込んでいようと無駄だ。二十秒で海岸まで引きずり上げる。その間に気を失っても、私は何度でも心肺蘇生を繰り返す。――私はお前を生かす、是が非でもだ」

 その気迫は嵐のようで、胸を圧迫した。

 ミサキは思わず、喉に手を当てる。包帯の下、幾度もサオリに救い上げられた痕。

 あの時も。何度も、何度も。

 死の縁に堕ちかけた自分を、この人は飽きもせず引き戻した。

「……まぁ、そうだよね。リーダーは、いつもそうだった」

 乾いた吐息と共に、ミサキの唇から笑みが零れる。

 だがそれは感謝の微笑みではなかった。

 むしろ、諦観の笑み。

 ――何度救われても、結局自分はまた死を望んでしまう。

 その繰り返しが、滑稽でならなかった。

 足元に広がる暗い水面を見下ろす。

 夜空を映し返しながら、冷たく揺らめいている。

 吸い込まれるような闇。呼んでいる。

「リーダー……ありがと。でもね」

 その言葉は震えていた。

 涙ではなく、笑いにも似た震え。

「私……やっぱり、疲れちゃったんだ」

 

「最後くらいさ……枯れない花の上で眠られてよ」

 最後に、小さく息を吐く。

 身体を傾ける。

 視界の端で、サオリの手が伸びるのが見えた。

 だが、届く前に。

 ――ミサキの身体は、闇へと溶けるように落ちていった。

 空気が裂ける音。

 夜気を切り裂く風圧。

 胸が浮くような一瞬の感覚の後、世界は水飛沫に呑み込まれた。

 

「ミサキ!」

 サオリが反射的に身を躍らせようとしたその瞬間――彼女の視界を横切る影があった。

 夜風を裂き、誰よりも早く川へと飛び込む人影。

「すいませぇ〜ん、そんなところで眠るくらいなら……俺と一緒に回転ベッドで眠りませんか?」

 水面に落ちる寸前、銀時は迷いなくミサキの肩を抱き寄せ、耳元で口説き文句を囁いていた。

「……は?」

 状況を理解できず、ミサキの声が裏返る。

 次の瞬間、ガシィッ!と音を立てて、新八とサオリは銀時の手を掴み、銀時は足でで彼女を拘束していた。

「オイィィィィ!!」

 新八の絶叫が橋に木霊する。

「何やってんだアンタ!!どんな状況で女口説いてんだよ!!」

 水面を揺らしながらも銀時は余裕の笑みを浮かべる。

「フッ……今なら堕とせる。そう思ったが吉日。それ以外は全部凶日だ。覚えとけよ、ぱっつぁん。テストに出るから」

「出ねぇよそんなもん!!アンタの場合、24時間365日が毎日凶日でしょうが!!」

 サオリの声が鋭く飛ぶ。

「ミサキは!? ミサキは無事なのか!?」

 水飛沫の中で、ミサキは必死に身を捩る。

「ーー!! ーー!!」

 しかし彼女の叫びは、銀時の奇妙な拘束でかき消されていた。

 何故か、銀時の股の間に顔を押しつけられる形で抑え込まれているのだ。

「ちょっと!?」新八の声が裏返る。「ミサキさん、大変なことになってますけど!?いろんな意味で無事じゃないんですけど!!」

 サオリは愕然とし、拳を震わせる。

「先生!一体なぜそんな体勢になっているんだ!?」

「だって〜こっちには銀さんバズーカがあって掴まりやすいだろ?」

「お前が捕まれヨ」神楽が冷静にツッコむ。

「離せ!さっさとミサキから離れろ、セ◯ハラ教師!!」

 怒声と共にサオリの拳が銀時の後頭部に炸裂した。

「ゴフッ!! ちょっ……離したらホントに落ちちゃう!!」

 銀時の必死の声が響く。

「離したら死んじゃう!!お前らの手に、俺たちの命がかかってんだよ!頼むぜオイ!!」

 必死とも滑稽ともつかぬ声に、新八が顔を真っ赤にしながら叫ぶ。

「わかったから!!全員で引き上げるますよ!!」

 サオリが躊躇なく身を乗り出し、神楽も手を伸ばす。

 鉄の手すりに縄のように身体を固定し、腕の筋肉が張り裂けそうになるほど力を込めて――

「せーのっ!!」

 幾つもの手が絡み合い、銀時とミサキを同時に引きずり上げる。

 水飛沫が雨のように降り注ぎ、やがて二人の身体が橋の上に転がり込んだ。

 ゼェゼェと息を切らす銀時。その下敷きにされて、顔を真っ赤にして怒鳴るミサキ。

「……最低」

「ハァッ……命を救ったのにその言葉ぁ!?」銀時は胸を押さえながら天を仰ぐ。

 

そう言葉を零し、ミサキはゆっくりと手摺を離れた。

 足取りは重い――けれど、決意の伴った確かな一歩。佇むサオリの前に進み出ると、手の届く距離で立ち止まった。

 彼女は口元を覆うマスクを指で下へとずらし、淡々と問いかける。

「それで、姫を助けるの?」

「あぁ、そうだ。先生を含めた、私達六人で」

「到底、勝ち目がなくても?」

「ああ。勝ち目なら、ある」

 その声音は硬く、鋼のように揺るぎなかった。

 ――だがミサキの耳には、強がりにしか聞こえない。アリウスに勝るものがあるとすれば、銀時たちの存在くらいだろう。けれど、サオリがそう断言するなら、それでいい。リーダーが示す道に従うこと、それが自分に課された役割だ。

 肩を竦めて、ミサキは小さく頷いた。

「……分かったよ。リーダーの命令なら従う」

 そう言いながら、彼女は仕方なさそうに、けれどどこか安堵を滲ませた微笑を浮かべた。

「今回も、最後までお供するよ――リーダー」

「……頼んだ」

 ぶっきらぼうに差し出されたサオリの手。その指先は血と傷に覆われている。

 ミサキはしばし視線を落とし、ためらうように見つめたのち、静かにその手を取った。

 力強い掌。握られた瞬間、心臓がわずかに熱を帯びる。

 ――やっぱりリーダーは変わらない。あの日からずっと。

 その瞬間、張り詰めていた空気を破るように声が響いた。

「はぁ~っ……よ、良かった! な、何とかなって……ほんっとに良かったです……!」

 ヒヨリが目尻に涙を浮かべ、胸を押さえながら大袈裟なほど安堵の声を漏らす。

 銀時たちも同じだった。肩の力を抜き、長く深い吐息を零す。強張っていた頬を柔らかくほぐすように、サオリは尋ねた。

「で、ミサキ。いいのか? もう飛び降りなくて」

「……うん。あんな目に遭うくらいなら、生きても死んでも一緒だと思って」

 銀時が横から割り込む。

「その目やめてくんない? 仮にもお前を助けたんだよ」

「その助け方が最悪なんだよ」新八が即座にツッコミを入れる。

 その掛け合いにミサキは小さく吹き出しそうになり、すぐに顔を背けた。

「そ、その……やっぱり皆さんと一緒じゃないと、私ひとりじゃ何も出来ませんし……」

 ヒヨリは恥ずかしそうに頬を掻きながら笑う。

「ミサキさんは頭が良いから、きっとこんな状況も何とか出来るんじゃないかって……えへへ」

 その言葉に、ミサキはわざと大げさに腕を組んでそっぽを向いた。

 呆れているのか、それともただの照れ隠しなのか。

 けれど――その僅かな仕草だけで十分だった。

 彼女がまだ、この輪の中にいるのだと。




次回予告

「ねぇ?彼女はどこにいるの?」

「彼女ってスクワッドのことか?そんなの知ってる訳……」

「アハハ違う違う。あなたたちの親玉、マダムのことだよ」


次回 1周年記念回しないんですか?そんな余裕はありません。

〜透魂〜第一回キャラクター人気投票

  • 銀時
  • 新八
  • 神楽
  • 沖田
  • 土方
  • 山崎
  • 高杉
  • 定春
  • エリザベス
  • ホシノ
  • シロコ
  • ヒナ
  • アコ
  • ミカ
  • ナギサ
  • セイア
  • ユウカ
  • ノア
  • 近藤
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