透き通る世界を照らす銀魂(ぎんのたましい)   作:時代に遅れている

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今回からアリウス曙光篇の後半戦開始、

急展開の連続。とくと目に焼き付けよ。

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            曇天

鉛の空 重く垂れ込み
真白に澱んだ太陽が砕けて
耳鳴りを尖らせる

ひゅるりひゅるり 低いツバメが
8の字なぞってビルの谷を翔る
もうじきに夕立が来る

曇天の道を傘を忘れて
歩く彼女は雨に怯えてる
ので僕も弱虫ぶら下げて空を仰ぐ

あちらこちらあんよは上手
珈琲屋に寄って一休み極めたら
帰れない帰らない

曇天の道をぶらりぶらぶら
歩く二人は足軽のごとく
危険好きの誰かのふりをする小心物共
曇天の道を傘を忘れて

歩く彼女は雨に怯えてる
ので僕も弱虫ぶら下げて空を仰ぐ


第百十五訓母さんには隠し事してもすぐバレる

白き幕間 ― 虚構の最終回

 舞台は一転、薄暗いカタコンベの陰鬱な空気から、真っ白に塗りつぶされた空間へと切り替わった。

 どこまでも続く虚無のような背景の中央に、巨大な文字が浮かび上がる。

 ――『透き通る世界を照らす銀魂』

 その異様な光景の中、黒いスーツに身を包んだ志村新八と神楽が並んで立っていた。

 流れ出すのは、どこか物悲しい旋律。場違いなほど哀愁を帯びたBGMが、二人の声をさらに重く響かせる。

 新八は深く一礼し、表情を曇らせながら口を開いた。

 「どうも、志村新八です」

 「神楽です」神楽もまた、淡々と名乗る。

 新八はわずかに息を吸い込み、読者に向かって真摯に言葉を投げかけた。

 「前回、一周年を迎え、アリウスでの戦いもこれからという時ではありますが……今回で最終回を迎えることとなりました」

 神楽が冷ややかな声で続ける。

 「原因としては、主役の坂田銀時氏が――トリニティーピンクゴリラ、別名・聖園ミカによって◯害されてしまったため。これ以上の作品継続が不可能と判断に至りました」

 新八はうなずき、眼鏡を指で押し上げる。

 「ですから今回で『透き通る世界を照らす銀魂』は急遽最終回となります」

 彼は語るように、手を差し伸べる。

 「なぜ、坂田銀時氏がミカさんに◯害されてしまったのかというとですね……前回のこのシーンを覚えていますか?」

 場面が切り替わり、白い空間に映し出されるのは、崩れゆく石壁と狂気の笑顔を浮かべる聖園ミカの姿。

 銀時の「……クマ……ゴリさんに出会っちゃったァ……」という冗談まじりの呟きが再生される。

 そして、少女の口から放たれた言葉――「決めた、ここを先生の墓標にしよう⭐︎」――がこだますると同時に映像は闇に閉ざされた。

 新八が肩を落としながら言う。

 「このように銀さんが……不本意ながらもミカさんを煽ってしまい――」

 神楽は腕を組み、深い嘆息を漏らす。

 「皆さんお馴染みの『将軍かよォォォ』とか、『K点突破』などの衝撃シーンの顔芸を披露したまま、ゴリラの手に落ちたというわけです。」

 淡々とした口調が、むしろ滑稽さを際立たせていた。

 新八は真面目な表情を崩さず、問いを投げかける。

 「急にこうやって最終回を迎えることになったわけですけど、神楽さんはどうでしたか?」

 神楽は少し視線を落とし、苦笑混じりに呟いた。

 「なんか今となっては虚しいというか……ただ馬鹿馬鹿しいだけよ。あれだけ“夜逃げ作品”がどうのってほざいてたのに、結局この作品もエデンのベアババア退治の結末書き切る前に最終回を迎えたんだから……私もババアぶっ飛ばしたかったネ」

 「確かにね」新八は同意しながら言葉を継ぐ。

 「前回あれだけ“お墓”をネタにしてたんだから、神様からの罰として受け入れるしかないよ。」

 「……うん」神楽が静かにうなずく。

 

「というわけで終わっちゃったもんは仕方ないので早速ですが次回予告です。」

 

次回 さらばキヴォトス、さようなら坂田銀時。お楽しみに

 

 

 その瞬間――

 ビリビリッ!

 背後の真っ白な背景が音を立てて裂けていく。亀裂は広がり、白という虚無を押し破って黒い影が覗く。

 「……何勝手に終わらそうとしてるの?」

 

「「ギャァァァァ!!」」

 裂け目から姿を現したのは、狂気の笑みを浮かべる聖園ミカだった。

 虚構の幕を引き裂き、彼女は現実を引き戻すかのように、白の世界を塗り潰していった。

 

 「みんなして酷くない?」

 吐き捨てるようでいて、どこか甘えるような声音。

 「私のこと、とんでもない化け物扱いしてさ〜」

 その言葉に、空気を裂くような声が重なる。

 「ホントだよ」

 誰もが驚いて振り返ると、そこには――当の本人、坂田銀時が仁王立ちしていた。

 だが、その頭上には妙に輝く輪っかが浮かんでいる。

 「何しれっと銀さん殺されたことにしてんの? そういう大事な話はさ、作者及び読者にアンケート取ってからって常識的に習わなかったか?」

 銀時は平然と肩をすくめる。

 「勝手に殺すなんて酷い奴らだね、ホント」

 「……銀さん、その頭の輪っかなんですか?」

 新八が眉をひそめて指差すと、銀時はわざとらしく天を仰いだ。

 「え、これ? ちょっとコンビニ行く途中でいい感じのがあったからさ。まぁ、リサイクルショップで安売りしてたから付けてきただけよ」

 「いや、ここのどこにコンビニがあるんですか?お墓しかないんですど」新八が即座に突っ込む。

 一方で、場の緊張感を取り戻そうとする声が響いた。

 「というかあなたたち……本当に姫を助ける気あるの?」

 冷ややかな眼差しで問いかけたのはミサキだ。腕を組んだまま、呆れを隠そうともしない。

 「さっきから茶番劇しか起きてないと思うんだけど……」

 その横で、ヒヨリが恐る恐る声を上げた。

 「だ、大丈夫だと思います……」

 視線は手元の古びた雑誌へと落ちている。

 「拾った雑誌に書いてあったんです……“怪獣との戦いは大体3分って言われてるけど、30から90分ぐらいまで伸ばせる”って……だから、これもなんとか間に合いますよ……多分」

 「お前はいつからそんなメタ発言を覚えたんだ、ヒヨリ」

 サオリが低い声で呟く。

 その眼差しには、妹分の成長を喜ぶよりも、むしろ不安を覚える色が濃く滲んでいた。

 

 「さて、話を戻そう」

 サオリの声が、薄暗いカタコンベの空気を鋭く裂いた。

 「聖園ミカ……お前は今はトリニティで監禁中のはずじゃなかったか? どうしてこんなところにいる?」

 ミサキも腕を組み、眉を吊り上げる。

 「それに……追手だったとはいえ、アリウスの生徒をこれだけ倒して……何が目的?」

 その問いかけに、ミカはくすりと笑った。

 「もう、そんなに警戒しないで欲しいんだけどな〜」

 その声音は、まるで友人同士の冗談のように軽い。だが、空気は一層張り詰めていく。

 新八が口を挟む。

 「いや、現に銀さんの頭に輪っか生やさせたんだから無理がありますよ」

 「ま、いいや」

 ミカはひらひらと手を振った。

 「話は先に進みながらにしようよ」

 場に漂うのは、沈黙。

 誰も軽々しく言葉を返せず、足音と心臓の鼓動だけがカタコンベに響いていた。

 ーー

 「銀さん、その……頭、大丈夫ですか?」

 新八の心配そうな声が後ろから聞こえる。

 「大丈夫、大丈夫。取れるからホラ」

 銀時は何事も無かったかのように頭の輪っかを取るが、その額からは赤黒い血がだらだらと滴り落ちる。

 「銀ちゃん、頭から血が出てるヨ。大丈夫じゃないネ」

 神楽が呆れ半分で言う。だが、それに答える余裕はなかった。

 ーー

 「ねぇ、サオリ」

 唐突に、ミカの声が弾んだ。

 「前にここに来た時のこと、覚えてる?」

 サオリは短く息を吐き、答える。

 「ああ……全て鮮明に覚えている」

 瞳の奥に、当時の記憶が蘇る。

 「初めに……トリニティとアリウスの和解の象徴として、生徒を一人送ってくれと頼まれた」

 「へぇ〜、そんなことまで覚えてたんだ」

 ミカは無邪気に頷く。

 「ちょっと待って」ミサキが驚きの声を上げる。

 「その話、初耳なんだけど」

 「当然だ」サオリは低く言った。

 「マダムに……黙っておくように言われていたからな」

 「ふ〜ん」

 ミカは口元に笑みを浮かべる。その笑顔は子供のようで、しかし冷ややかな影を帯びていた。

 「じゃあさ――」

 彼女は小首を傾げ、軽やかに続ける。

 「“静かに病院にでも送ってくれたら、それでオッケー”って言ったのに……どうしてセイアに、ヘイローを壊す爆弾を使ったの?」

 「………」

 サオリの喉が詰まる。言葉が出ない。

 「リーダー……」

 ミサキが不安そうに声をかけ、

 「さ、サオリ姉さん……」

 ヒヨリが縋るように呼びかける。

 だが、サオリは振り絞るように口を開いた。

 「全ては……わたしの――」

 「マダム、でしょ?」

 「なっ……!」

 サオリの表情が凍りつく。

 ミカは星のように瞳を輝かせ、楽しげに告げた。

 「マダムって人が命令して……サオリたちはそれに従っただけ。いや、脅されてやっただけなんじゃないの?」

 「……どうして……お前がそのことを……」

 サオリの声は震えていた。

 聖園ミカの笑みは、ますます無垢に、そして残酷さを増していく。

 

ーーーーーーーーーー

 

※ここでは鴨太郎が会話していることが分かりますが、登場キャラたちには誰かは伝わっておりません。

 

銀時の言葉を受けて、ミカは一人、セイアの病室を訪れていた。

 窓から射す白い光に照らされ、病床のセイアは静かに眠っている。わずかに額に汗が滲み、苦しげに眉をひそめている様子から、生きてはいると分かった。だが――その存在自体が、今にも掻き消えてしまいそうな危うさを纏っていた。

 「私が……こんなだから」

 ミカはシーツを握りしめ、声を震わせた。

 「アリウスに利用されて……大切な人を傷付けて、怪我させて、居場所までなくして……これじゃあ、まるで――」

 唇が震え、絞り出された言葉はひとつ。

 「魔女だ」

 ――その瞬間、胸の奥にずっと押し込めていた絶望が、堰を切ったように溢れ出した。

 許しなど得られるはずがない。聴聞会はきっと、彼女を断罪するだけだろう。

 サンクトゥス分派の憎しみは消えない。たとえ自分の分派が庇おうとも、ティーパーティーに居続けることは難しい。

 いや、それどころか――自分の存在そのものが、トリニティの火種になると判断されれば、退学など現実のものになるだろう。

 そうなれば、この学園にはもう居られない。

 そうすれば、セイアにも、ナギにも、二度と会えなくなる。

 胸を裂くような喪失の予感に、ミカの心は憎しみに染まっていった。

 ――そうなる前に。

 そうなる前に、私から幸せを奪ったあのスクワッドだけは。

 その時。

 『……本当にそうだろうか?』

 唐突に、病室の静寂を破る声があった。

 「……え?」

 ミカは反射的に振り返る。

 そこには、銀時の知り合いと噂に聞いたような、見覚えのあるようでいて記憶にはない男が立っていた。

 「鴨ちゃん?」

 『うぐっ……そ、そうだ。鴨ちゃんだ』

 どこか不自然に詰まった声。だがミカは疑問を口にしながらも、深く追及はしなかった。

 「へぇ〜。鴨ちゃんって真選組の人だったんだ。でも……見たことない気がするなぁ」

 『まぁ、先日入ったばかりでな……知らなくても無理はないだろう』

 男は曖昧に誤魔化すように言葉を継いだ。

 『それよりも――』

 その目が、鋭くミカを射抜く。

 『君は憎いか? スクワッドが』

 「……うん、憎いよ」

 ミカは迷いなく頷いた。

 「だって、あの子たちのせいで……セイアちゃんは……」

 唇を噛む。目の奥に、怒りと悲しみが混じり合った色が宿る。

 『では――アリウスで君とスクワッドが交わした、あの言葉が嘘だったと思うか?』

 「え……?」

 問いかけに、ミカは息を呑んだ。

 あの言葉――それは確かに、互いに交わしたはずの約束。

 だが、それが裏切りに終わったのだとしたら……?

 心の奥底に、黒い疑念が芽を出し、広がっていく。

 

あの時――。

 会話を交わしたサオリは戸惑いこそ見せていたが、嘘を口にしているようには見えなかった。むしろ、あの眼差しは――。

 「上に掛け合って、アズサちゃんの転校を促してくれた」

 それはサオリ自身の誠意の証だったのかもしれない。だが――。

 『じゃあ、その“上”の命令で彼女たちが動かされていたとしたらどうだ?』

 鴨太郎の声音が低く響く。

 ミカの胸に、疑念という種がひとつ落とされた。

 上……? アリウスを支配する「誰か」がいる?

 だが、アリウスの象徴はスクワッド。生徒会のようにリーダー的存在として振る舞い、自治区の顔であるはずの彼女たち。

 もし彼女たちが“トップ”ではないのなら――一体、誰が?

 『実は、あの自治区を管理しているのはアリウススクワッドではない』

 鴨太郎の指が空を裂くように持ち上がる。

 『そもそも“生徒会”のように、生徒が自ら自治区を運営する組織――その存在は終ぞ確認出来なかった。委員会も部活動も、同等の権限を持つ機構すらない。……つまり、アリウスは既に自治区としての体裁すら失っているのだよ』

 「……確か……」ミカの声が震える。

 「アリウスの実質的な主は、ひとりの大人だって……云っていたはず……」

 『――彼女はマダム』

 その名が告げられた瞬間、ミカの瞳が見開かれた。

 病室の薄暗がりの中で、彼女の視線が鴨太郎の指先に縫い付けられる。

 「アリウスの生徒は、その者をそう呼称している」

 『その大人――マダムと呼ばれる存在こそ、今回の百合園セイア殺害を陰で操り、エデン条約機構を乗っ取った。つまり――君の敵だ』

 「……え?」

 ミカの呼吸が、途端に乱れる。

 耳鳴りが響き、心臓の鼓動がやけに大きく響く。

 「でも……なんで、そのマダムって人は、セイアちゃんを殺そうと……?」

 『恐らく予知夢という能力を持っていることが計画の邪魔だったんだろうそれ以外に深い意味はない』

 鴨太郎の声は冷ややかで、刃のようだった。

 『彼女は自分自身以外のことはどうでもいい。……他に強いて理由を挙げるならば――トリニティへの恨みを形として示すためだ。アリウスの“洗脳”を揺るぎないものとするため。そしてもうひとつは……』

 言葉を区切り、彼は口角をわずかに吊り上げた。

 『ヘイローを壊す爆弾の実験だ。実践を兼ねて、セイアを殺害する計画を立てた――そう考えるのが自然だろうな』

 「そ……んな……」

 視界が揺らぐ。ミカは壁に手をつき、崩れ落ちそうになる膝を必死で支えた。

 セイアの笑顔が脳裏に蘇り、次の瞬間、血のように赤黒い怒りに塗り潰される。

 『さらに付け加えれば――』

 鴨太郎の声が重くのしかかる。

 『マダムはスクワッドのひとりを人質に取った。その命綱を握ることで、彼女たちを傀儡のように操り、手駒として儀式に用いるつもりだ。……そして最後に、自らの目的を果たす』

 「……!」

 ミカの中で、なにかが弾けた。

 怒りと憎悪が、胸を焼く。

 その熱はもう、彼女の理性を押し留めるには強すぎた。

 『だからこそ、君の敵はサオリではない。スクワッドですらない。――マダムだ』

 ミカの唇が、ゆっくりと吊り上がった。

 「……マダム……」

 

「ここに君の愛銃もある。ここを出て復讐するなりここで最後を待つなり好きにするといい。選択権は君にあるのだからね」

 

 視線が暗闇を貫く。

 病室の窓から差し込む光を背に、ミカの影は、かつての彼女の姿よりもずっと大きく、禍々しく揺れていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「――とまぁ、こんな感じで説明がなされて、私はマダムを潰すためにここにいるの」

 軽い調子で締めくくったミカに、場が一瞬だけ静まり返る。

 「つまり……味方ってことですか?」

 おずおずと口を開いたヒヨリの問いに、ミカはぱっと無邪気な笑顔を浮かべた。

 「ピンポーン、大正解!」

 その軽やかな声が、妙に不釣り合いに響く。

 「でもなんでその人はアリウスについてそんなに深く知っていたんですかね?」

 新八が訝しむように呟く。

 「さぁ〜。でも、さっきのサオリの様子から見て、嘘は言ってないでしょ?だったら別にいいんじゃない?」

 ミカは首を傾げ、まるで悪戯を企む子供のような仕草で返す。

 「そうだよ新八、男が細かいこと気にすんじゃねぇよ」

 神楽が肩を竦める。

 「そんなんだからいつまでもツッコミ童◯地味メガネだって言われるネ」

 「童◯は関係ないでしょ!?」

 新八の悲鳴に、乾いた空気がほんの僅かに和らぐ。

 だが、すぐにサオリの声が場を締め直した。

 「そういえば先生も、マダムのことを知っていたようだが……なぜ知っていたのか、そろそろ教えてくれないか?」

 

 「まぁ、俺の場合は――」

 紫煙の向こうで、どこか遠いものを見据えるように目を細めた。

 「そのセイアって元声無しキツネフォックスから聞いたんだよ。……夢の中で、だけどな」

 「夢の中で?」

 ミカが目を瞬かせる。

 「確かにセイアちゃんは明晰夢を見ることが出来ていたけど……」

 「まぁそこで、なんやかんやあってな。おたくのマダムに見つかって、“囚われの身だ”とか言ってたな」

 「ねぇリーダー、信じる? 先生の冗談の可能性もあるよ。いつもふざけてる感じだし」

 ミサキが半ば呆れたように囁く。

 しかしサオリは眉を顰め、低く答える。

 「……いや、マダムのことだ。あり得なくもない。それに、今ここで真偽を改める必要はないだろう」

 緊張が漂う一行の中で、不意にヒヨリが声を上げた。

 「あ、あの……出ましたよ」

 梯子を登り切った彼女の視界に、アリウス自治地区の光景が広がっていた。

 「ここが……アリウス自治地区です。えへへ……紹介できるほど何かあるわけじゃないですけどね」

 乾いた冗談めいた声が、ひどく場違いに響く。

 頭上には建物の天井が半ば崩れ落ち、室内であるはずの空間に外光が斑に差し込んでいた。瓦礫の隙間から生え出た雑草が、ひび割れた床を覆い、苔が石材に濃く広がっている。

 内壁には蔦が絡みつき、かつての秩序だった構造を緑がじわじわと侵食していた。

 ――人が手放した場所に、自然だけが帰ってきた。

 埃にまみれた廃墟と、緑の侵食。その異質な組み合わせに、ヒヨリは思わず胸の内で呟く。

 ……退廃的、っていうんですかね

 足を地面に下ろした瞬間、奇妙な安堵感が胸をよぎった。

 それは“帰ってきた”という錯覚に似たものだった。

 

「ここがアリウス……曇り空ですね」

 

新八は空を見上げて

 

「じ、実はアリウスはずっと曇り空なんですよね。」

 

 「この辺……静かアルな」

 神楽が鼻を鳴らしながら呟いた。その声音には、わずかな緊張と居心地の悪さが滲んでいた。

 「自治区内でもかなり郊外に近い場所だから、人が滅多に寄り付かない……此処なら警備の手が薄い筈だと思ったけれど、正解だったみたい」

 ミサキはセイントプレデターを担ぎ直し、壁際に視線を走らせる。確かに彼女の言う通り、辺りは静まり返っていた。耳に届くのは微かな虫の鳴き声と、廃墟を抜ける風のざわめきくらいである。

 銀時はその沈黙の中、瓦礫の散らばる床に目を留めた。

 数歩進み、膝を折る。砕けた木箱の中から零れ落ちていた金属の輝きを拾い上げると、それは錆びに覆われ、わずかに湿気を帯びた未使用の弾丸だった。冷たさが掌に張り付く。

 「この建物は――?」

 新八が問いかける。

 「昔は遺跡だった。今は……ただの跡地」

 ミサキは答える。その声音は淡々としているが、どこか割り切れぬ響きがあった。

 「こうして見ると、訓練場として使われていた名残がまだあるね」

 「……以前、此処で訓練をしていましたね。本当に小さい頃でしたけれど」

 ヒヨリが小さく懐かしむように呟く。

 崩れた屋内の奥には、土嚢がいくつも積み上げられ、射撃訓練用の的が壁に無造作に立て掛けられていた。無数の弾痕がその表面を穿ち、周囲には折れたテーブルと、部品の欠けた銃や錆びついた模造爆弾、刃こぼれしたナイフが散乱している。

 どれもこれも時間に取り残され、朽ち果てるまま放置されていた。少なくとも数年どころではない――十年以上も前から、この場は見捨てられていたのだと告げている。

 「そうだね」

 ミサキは僅かに視線を伏せる。

 「内戦が終わったばかりの頃は、何度か使った記憶もある。けれど……スクワッドに配属されてからは、一度も足を運ばなかった」

 「……内戦って」

 新八の声には驚きと戸惑いが混じる。

 銀時は弾丸を見下ろしながら、重く言葉を零した。

 「だからテメェら、妙に戦い慣れてたのか」

 不意に漏れたミサキの言葉。その単語が突きつけるものに、新八は思わず息を呑み、銀時はどこか諦めを帯びた声でそう続けた。

 その問いに、ミサキは眉一つ動かさず、淡々と応じる。

 「十年くらい前――アリウス自治区の内部が二つに分かれて起きた戦争のこと。私たちと同年代のアリウス生なら、皆知っている」

 「……あんまり、面白い話でもないですけれど」

 ヒヨリが苦笑し、指先で頬を掻いた。その表情の奥にあるものは、幼い日の記憶――血と硝煙と、叫び声に彩られた過去だ。

 彼女にとってはただの思い出ではない。それは深い傷跡であり、スクワッドという存在の根幹を形作った呪縛そのもの。

 ヒヨリは視線を落とし、床に散らばった錆だらけの空薬莢を拾い上げる。指先に触れる金属の冷たさが、その記憶を鮮やかに呼び覚ました。

 

 

 「そう云えば、アズサちゃんと初めて会った場所が此処でしたね……まだ、憶えています」

 ヒヨリの声は、遠い記憶を掘り起こすように震えていた。

 「………」

 誰も言葉を返さない。ただ、彼女の回想が場を支配する。

 「どの訓練だったかな、射撃か、爆弾製作か……あの日は幾つかのグループが合同で訓練を行った日でした。指導教官の他にも自治区の幹部が視察に来ていて、アズサちゃんは私達とは別のグループで……大人の命令に従わなかったから、見せしめに酷く殴られて……」

 彼女の語りは徐々に沈んでいき、空気そのものが冷え込むようだった。

 その頃のヒヨリは、大人に逆らうという発想すら持たない存在だった。ただ小さく、弱く、すべてが過ぎ去るまで頭を抱えて耐えるしか出来なかった。

 目の前で、泥にまみれた小さな躯が、大人に何度も殴り飛ばされる光景を見ていながら。血と泥が混ざった地面に倒れても、アズサはその矮躯を揺らしながら何度も立ち上がり、大人を睨み続けた。

 「アズサちゃんが殴られている間、周囲の皆は見ているだけでした……飛び火して、同じように殴られるのが怖かったんです。きっと私が同じ目に遭ったら、訳も分からず泣いて謝っていたと思います。でも、あの子は何度も起き上がって、ずっと大人を睨んでいて……」

 その姿は、周囲から見れば異質だった。

 なぜ逆らうのか。なぜ痛みを選ぶのか。ヒヨリの幼い心には理解できなかった。ただ「愚か」と思うほかなく、それでいて目を離せなかった。

 「このまま放っておいたら、その子のヘイローが壊されてしまいそうだったのに……でも、怖くて動けなかったんです。そんな時、サオリ姉さん――いえ、リーダーが走って来て」

 そこでヒヨリの声は途切れた。記憶の続きを語る前に、別の声が割り込む。

 「へぇ〜サオリはみんなを守ってたんだ。悪い大人たちからみんなを」

 ミカが無邪気に笑う。

 「別にそんなのじゃない……」

 サオリは短く返すが、その声音にはわずかな揺らぎがあった。

 「もう素直じゃないな〜⭐︎ だったら尚更、先を急がないとね」

 ミカは軽快に手を振り、空気を切り替えようとする。

 「聖園ミカの言う通り、感傷に浸っている場合じゃないよ、ヒヨリ……」

 ミサキが冷静に告げると、ヒヨリは慌てて頷いた。

 「そ、そうですね」

 ミサキはヒヨリだけでなく、傍らにいる先生へも視線を送る。

 努めて冷静に、事実を並べ立てるような声音で言葉を続けた。

 「先生たちにミカって予定より力がある状態だけれど、私達だけでこの自治区全体と彼女を相手に戦うなんて不可能。目を盗んで姫を助け出すのが一番現実的だけれど――多分、私達が自治区内部に侵入している事はバレている筈。中央区方面には防衛部隊が待ち構えているから、進行ルートを良く吟味しないと」

 「………」

 サオリが沈黙したまま、街道の先を見据えている。

 「リーダー?」

 ミサキが怪訝そうに問いかける。

 「先生……気づいたか?」

 サオリが呟いた。

 「ああ」

 銀時も同じ違和感を感じ取っていた。

 「――おかしいんだ」

 サオリが指差した街道の先には、見慣れたアリウス自治区の光景が広がっていた。

 罅割れた石畳、ひびの入った街灯、苔むした外壁、割れ放題の窓硝子。瓦礫が散乱するその光景は、いつもの荒れ果てた街に過ぎないはずだった。だが――

 「……街が静かすぎる。元々人通りが少ない場所ではあったが、此処まで誰とも出くわさないのは異常だろう」

 「そう云えば……」

 ヒヨリは顔を覗かせ、窓の内側を見やった。薄暗い光が電灯から漏れている。だが、人影はなく、物音ひとつしない。まるで街から住人すべてが掻き消えたかのようだった。

 「……偶然、って線は? 予め彼女から退避命令か、招集が掛けられていたとか」

 ミサキが壁に身を寄せながら慎重に推測する。

 「だとしても極端すぎだ。最低限の警邏すら配備されていないんだぞ? これでは、まるで――」

 「ATM強奪してくださいってことアルな」

 神楽が真顔で呟いた。

 「んなわけねぇだろ!?どうしたらそんな考えになんだよ!!無人!」

 新八が全力で突っ込む。

 「ここに僕たち以外誰もいないってこと!!」

 漫才のようなやり取りすら、この不気味な沈黙の中では奇妙に響いた。

 ヒヨリは視界の端に積まれたコンテナを見つけ、駆け寄った。半ば開いたその口の中を覗き込めば、銃器や弾薬が散らばっていた。

 「これは……」

 取り出したのはグレネードランチャー、アサルトライフル、ハンドガン――アリウスの生徒達が使う標準装備。だが、その状態はあまりに良すぎた。

 「銃器に、弾薬でしょうか?」

 「そうみたいだね。でもコレは私達に支給されていたものじゃない。少し新しい物の様に見えるけれど」

 「特務に支給される武装は一般生徒とは異なるからな。しかし――確かにこれは、私達が自治区に居た頃に一般生徒に支給されていた武装ではない」

 サオリは手にしたハンドガンを眺め、無言でスライドを引く。金属音が静寂に響いた。

 それは錆びてもいなければ、壊れてもいない。新品のそれは、幼少期に錆びついた銃を振り回していた記憶とあまりにかけ離れていた。

 「な、何だか、私達の知らない間に知らないものが沢山増えているような気がします」

 ヒヨリが不安を隠さず言う。

 「……正直、違和感は私もあった」

 ミサキも頷いた。

 「エデン条約以降、自治区から長く離れていたとは云え……私達の全く知らない街になっている気がする。外観は一緒なのに、中身が違う……そんな感じ」

 「その、何と云うか……よくよく思い出すと以前から少しずつ、良く分からないものが増えていた様な気がしませんか?」

 ヒヨリは銃をコンテナに戻し、皆を振り返った。その瞳には恐れと戸惑いが宿っている。

 「自治区の彼方此方に設置された防衛設備。補給された出所の分からない武器。ヘイロー破壊爆弾……それに、今考えてみるとあの複製ミメシスというのも凄く変じゃないですか。それなのに、私達は何も疑わずに受け入れて――」

 「………」

 「私達は、一体、何を――……」

 ヒヨリの言葉は闇に吸い込まれるように掻き消えた。

 

『――あなた方が気にすることではないですよ』

 澄んだ女の声が、どこからともなく響いた。

「「「「!?」」」」

 一斉に振り返るスクワッド。空気がひやりと張り詰め、呼吸すら胸の奥で止まる。

 銀時がゆっくりと顔を上げ、口の端を吊り上げた。

「よぉ〜、やっと顔合わせができたな……マダム。いや――ベアトリーチェ」

 その呼び名に応えるように、空間が揺らぎ、淡い光が滲む。

 やがて、ホログラムのように実体を持たぬ女の姿がそこに顕現した。

 スクワッドの誰もが反射的に身構え、背筋を強張らせる。

 血が逆流するかのような嫌悪感と、骨の髄まで沁み込んだ恐怖が同時に蘇る。

 彼女――マダム、いやベアトリーチェ。

 幼少の頃から「導き手」として立ちはだかり、同時に絶対の支配者として心身に刻み込まれた存在。

 成長した今でさえ、その面影を前にすれば足は竦み、反抗の意志は霧散し、胸奥に潜む幼き日の恐怖が牙を剥く。

 姿を見るだけで、心は膝を折るのだ。

 その様子を愉しむように、ベアトリーチェは唇を歪め、上機嫌に言葉を紡いだ。

『此処は正真正銘、私の支配下にある領地。あなた達の位置や目的地、その経路に至るまで、すべて把握しております。旧校舎の回廊に向かっていることも、最初から分かっていましたとも――あぁ、愚かな子ども達。私に隠し事など不可能なのです』

 その声音は甘美でありながら、毒を孕んでいた。

 ヒヨリの唇が震え、押し殺した声が漏れる。

「さ、最初から……」

 神楽が忌々しげに拳を握りしめた。

「私たちは、まんまとお前の手のひらでコロコロ転がされてたってことアルな」

 けれども、次の瞬間、場の空気を切り裂くようにミカの声音が響いた。

「別にどうでもいいよ。手のひらだろうと足の裏だろうと――踊ってあげる」

 その眼差しは獣のように爛々と光り、挑発的な笑みを浮かべる。

「でも、余裕ぶっているのも今のうちじゃない? だって――」

 彼女はひとつ指を立てて、ベアトリーチェを真っ向から指差した。

「キヴォトスの救世主シャーレに、アリウス自治地区のエリート《スクワッド》。そして、トリニティーの魔女である私が手を組んでいるんだよ?」

 その言葉には、冷たい刃のような確信が滲んでいた。

「それに引き換えて、あなたのアリウス生徒たちは全滅。近いうちに地獄を見るのがオチじゃないの?」

 声を低く落とし、嗤いながら続ける。

「肩を震わせながら待ってるといいよ。あなたが奪ったものの代償――すべて償わせてあげるから……」

 その姿に、サオリが小さく目を伏せた。

「聖園ミカ……」

 新八も同じく唇を引き結び、息を呑む。

「ミカさん……」

 対するベアトリーチェは、クツクツと嗤いながら手元の扇子を勢いよく開いた。

 白磁の扇面が光を弾き、その奥に隠された口元は不気味に歪む。

 嗜虐に濡れたその瞳は、獲物を嬲る捕食者の光を放っていた。

『面白いことを言いますね。神に近い存在となっている私に――虫けらの集まりに恐れ抱けと?』

 彼女の言葉は刃のように鋭く、同時に氷のように冷たい。

 その声が響くたび、街道に沈む闇が一層濃さを増していくようだった。

 

『――まぁ仕方ないですね。あなた方の自信は、仲間という存在が集まっているからですか……』

 乾いた音が虚空に響いた。

 ――ッパチ。

 ベアトリーチェが指を鳴らした瞬間。

「!?」

 サオリ、ミサキ、ヒヨリの足元に、赤い花が一斉に咲き誇る。花弁は血潮のように艶やかで、見る間に三人の脚を絡め取り、茎は生き物のように蠢いて彼女たちを呑み込んだ。

「サオリ!!」

 銀時が叫び、咄嗟に手を伸ばす。

「先生!」

 サオリの声が届いたのは一瞬。

 だが――遅かった。

 紅の花は彼女たちを完全に包み込み、音もなく掻き消えた。

「サオリ!! ミサキ!! ヒヨリ!!」

 神楽の怒号が響く。

「お前……! サオリたちをどこにやったアルか!!」

 対するベアトリーチェは、憂いも見せぬ冷ややかな声音で答える。

『心配する必要はありませんよ。アリウスの聖堂に転移させただけですから。それより――心配すべきは、あなた方の方では?』

 その一言に、銀時たちは反射的に周囲を見渡した。

 次の瞬間、胸を凍りつかせる光景が広がる。

 地の底から立ち昇る霧。

 そこに混じり、亡霊のごとく人影が浮かび上がる。ひとつ、ふたつ、みっつ……数える間にも十、十一、十二――否、それ以上。

 押し潰されるような重苦しい気配。

「こ、これって……!」

 新八の声が震える。

 ミカは眉を寄せ、忌々しげに吐き捨てた。

「ユスティナ聖徒会……でもなんで? アレって、サオリたちが破って戒律は崩れたはずじゃ――」

 ベアトリーチェはゆるりと扇を広げ、嗤った。

『追撃を躱し再びこの地を踏んだ褒美として、先程の問い掛けに答えましょう。サオリ――貴女たちの任務、それは聖徒会を顕現させること。ただそれだけだったのです』

「……!」

 愕然とした表情で顔を上げるサオリの幻影が、銀時たちの脳裏に焼きつく。

『パスは一度接続さえすれば、以降は全て統制が可能。マエストロは自身の作品が奪われることを嫌いましたが、そのようなことはどうでも宜しい。……あぁ、トリニティやゲヘナの占領に関しても、私にとってはすべて――些末な事』

 幾重にも現れた瞳がベアトリーチェの周囲に開き、その黒の淵に浮かぶ赤がサオリを射抜く。

 それは嘲笑であり、侮蔑であり、残酷な愛撫だった。

『この自治区が長年抱いた憎悪を統制し、都合よく操るための方便。私はあの学園に何の遺恨もありません。繁栄しようと、滅びようと、どうでも宜しい。……そうですね、ですから――彼女たちスクワッドは見事、任務を遂行したと云えるでしょう。私に複製の能力を提供し、ロイヤルブラッドを素直に生贄として捧げてくれました。あぁ、あなたは昔から云いつけを良く聞く、都合の良い子ですね――サオリは』

 銀時も、神楽も、新八も、ミカでさえも――言葉を失った。

 背筋を氷の刃で撫でられたような沈黙が流れる。

 だが、その中で神楽が低く呟いた。

「銀ちゃん……ここは私たちに任せアル。行くヨロシ」

「バカか」銀時は吐き捨てる。「この数相手じゃ、俺たち全員でもヤベェ相手だ」

 新八が一歩前に出る。

「銀さん、ミカさん――先に行ってください」

 そして、震える声で、それでも真っ直ぐな瞳で言い切った。

「今度こそ……神楽ちゃんは僕が守りますから」

「はぁ!? ふざけんじゃねぇヨ!」神楽が即座に噛みつく。「お前なんかに守られるほど、私はやわじゃないネ!!」

「銀さん、ミカさんやわいです! さっさと行ってください!」

「オメェに言ってんだよ!!」

 互いに怒鳴り合い、いつもの調子でギャーギャーとやり合う二人。

 だがその背中は、確かに覚悟で固まっていた。

 ミカが銀時を見やり、問いかける。

「先生……どうする?」

 銀時は短く息を吐き、面倒そうに頭を掻いた。

「はぁ……ったく、お前ら。待ち合わせの場所、ちゃんと覚えてんだろうな。オイ」

「次会う時は」新八が。

「日の下で」神楽が。

 銀時はわずかに笑みを浮かべ、頷いた。

「――上等だ」

 次の瞬間、銀時はミカの腕を引き、聖堂へと駆け出す。

 その背を見送りながら、ベアトリーチェが愉悦を滲ませた声で囁いた。

『おやおや、これはこれは……愚かなこと。ここまで生死を分ける選択を誤った者を、私は見たことがありませんよ。先生――あなたの命運は尽きましたね。さてと』

 彼女の命令が、冷ややかに響き渡る。

『聖徒会――この二人を、ミンチにして差し上げなさい!』

 亡霊たちが呻き声を上げ、一斉に襲いかかる。

 神楽は鼻で笑い、傘を構えた。

「命運尽きたのは、お前アル……」

 新八も木刀を抜き、ぎらりと光を返す。

「吉原大炎上の前哨戦として――」

 二人の声が重なった。

「「粗挽きウインナーにしてやるよ!!」」

 闇を裂く咆哮と共に、決戦の火蓋が切って落とされた。

 

 




黒服の部屋。
暗闇にぼんやりとしたライトが落ち、静かに響くのはあの不気味な旋律――
らーらら、ららら……らーらら、らーらららーらら……。
「――ようこそ、『黒服の部屋』へ。」
 低く穏やかな声が場を満たす。
「本日はお忙しい中、わざわざお越しいただき、心より感謝申し上げます。」
「さて……今回皆さまにご覧いただくのは、あの“先生”から語られることのなかった出来事。そう――セイアさんが体験した、私たちとベアトリーチェの会話でございます。」
 黒服は一拍置き、口元に笑みを刻んだ。
「表舞台では決して語られぬ真実。舞台裏に潜む影の声を……どうぞ、耳を澄ませてお聞きください。」

ーーーーーーーーー

「……それでは次の議題を」
「そういうこった!」
「異論は無い……が、その前に確認しておきたいことがある」
「『マエストロ』、何か?」
「ベアトリーチェに質問がある」
「要請によって、私は自分の力を貴下に貸したのは覚えているな? 戒律を守護せし者たちを複製ミメシスして、そちらの計画に付き合わせた件だ」
「えぇ、とても感謝していますよ、マエストロ。 お陰様で、私は領地で更に大きな力を得ることが出来ました」
「私は貴下がそれを利用することを許可した覚えはない。そも、私の作品をそのように使うことは許可していないはずだ」
「あの現象は貴方の所有物ではないはずですよ?マエストロ」
「……不躾だな。私は所有権を主張しているのではない、それは──」
「不躾?よくもまぁ……私にそんな口を」
「まぁまぁ……お二人とも落ち着いてください。事を荒立てないでくださいよ」
「そういうこった!」
「失礼しました。マエストロはきっと、普遍的な現象を通じて、独創的な解釈をすることは、自分なりの表現法だと考えているのでしょう。
しかし、それはマダムの立場では別段考慮する必要がない部分かもしれません。私たちは皆、この世界を解釈する方法が違いますから」
「……つまり、私がマエストロの武器を勝手に奪ったことが気に食わない、という事ですよね?」
「……貴下が行うのは芸術ではない。そこには美学の欠片もなく、ただ兵器を生み出すだけの行為だ」
「えぇ、そうですが。何か問題でも? それに、貴方だけではありません」
「私は、黒服が提供した技術力も、ゴルコンダが解釈したテクストもそのように使っています」
「私は、貴方達の芸術には少しも興味はありません。『ゲマトリア』の一員になるときから主張してきた話だと思いますが」
「クックックッ……その通り。それはそれで良いのではと、私はそう思っています。仲間同士で争う必要はないかと。彼女はキヴォトスに自分だけの領地を確保しています。私達の計画に最も必要な存在ですから」
「アリウス自治区ですね。あそこの全ての生徒と学園を自分の支配下に置くなんて、確かにそれは偉業です……黒服のアビドスは残念でしたが……おっと、失礼。皮肉を言っているつもりは在りませんよ」
「ククククッ……! お気になさらず、確かに惜しかったですが……あの先生の存在は私の計算外でしたので」
「……『坂田銀時』。例のあの者ですね。私達の敵対者」
「いいえ、いいえ。あの方とは決して対敵してはいけません……十中八九、殺されてしまうでしょう。むしろ出来ることなら仲間に引き入れるべきです」
「私としても大変気に入っている。芸術がまだ分からないようだが、あの美学には惚れいるところがある。あの者は、私たちの理解者たる存在になってくれるかもしれない」
「私はまだ判断を保留していますが……黒服と共に見たあの映像が確かであれば……もしベアトリーチェのように私たちの一員になってくれるなら……」
「下らない。愚かで怠惰な思考ですね……木刀一つで何が出来るのか。 『坂田銀時』は必ず始末しなければなりません」


「クックック……あの白夜叉を始末すると来ましたか……」

「黒服……何が可笑しい」

「いえ、すみません。確かに貴方の才覚を持ってすれば、容易に可能でしょうが……」

「……どうやら説明が必要なようですね。えぇ、折角ですので一つずつ順を追っていきましょうか。
『聖園ミカ』がアリウス自治区を訪れて以降、彼女に多くのことを手伝っていただきました」

「そう……言わば、聖園ミカは私にインスピレーションを与えてくれる……ミューズとでも言いましょうか。
『エデン条約』を利用して太古の威厳を確保するというアイディアも、予知夢の大天使を真っ先に処分すべきだという判断も、彼女のお陰で実現できたのです。
全く……預言者だなんて厄介な力は、さっさと処分するに限りますからね。珍しい技術を提供してくれたデカルコマニー……いえ、ゴルコンダに感謝します」

「そういうこった!」
「私は、テクストを提供しただけで、それを形にしたのはマダムですよ。 それに、むしろその技術がマダムの足を引っ張っていませんでしたか?」
「えぇ……ですが、『生贄』の体に予め植えておいた防御システムのお陰で助かりました。 感謝します、黒服」
「……クックックッ。無名の司祭たちの技術が役に立ってよかったです」
「そして、聖園ミカが最後にくれたインスピレーションが……まさに『シャーレ』の先生たる彼についてのことでした。
彼女が先生をトリニティに招待したので、私はその存在について認識し、考察出来たのです。
私がアリウス自治区をターゲットにしたのは、純粋にそこが秘匿された場所であるからで、それ以上の意味はありませんでした。
『トリニティ』や『ゲヘナ』……それらに向けられた怒りと憎悪など……ふっ、私にとってはどうでもいいこと。
『怒りと憎悪』は子供たちを統制するための手段に過ぎず、『エデン条約』は守護者の力を得るための方法に過ぎず、『スクワッド』は使い捨ての道具でしかない。
聖園ミカが先生をトリニティに連れてこなければ、私はあの者の事など歯牙にもかけなかったでしょう。 ですが……あの力をこの目で見てしまった……あの矮小な木刀には然程興味はありませんが……
『魂』
あれは危険です。そして、気づいたのです、あの者の周りに纏うテクストに。あの二つの力は、私の持つ全ての意味が変わってしまいます。
よって、私の計画を果たすためには、真っ先に『坂田銀時』を消さなければなりません」
「私の決定が気に食わないようですが……どうせ私たちは各々の目的を追求するだけの存在。 あなた方に私を妨害する権利はないでしょう」
「……えぇ、そのような権利はありません。思うままになさってください、ベアトリーチェ。しかし、貴女の計画というものが何なのか、私たちに具体的に教えてくれたことはありませんでした。 マダム、貴女はアリウス自治区で何をしているのですか?」
「祭壇を用意しています」
「祭壇……?」
「あなたがアビドスでしようとしていた事と、本質的には変わりません。ただ、私は契約をするつもりはないですが」
「ほう、契約の代わりに儀式ですか……本来その二つは変わらないと考えることも出来ますが……それを実行する上で、銀時先生の存在が必ず邪魔になると?」
「えぇ、そうです……既に手は打ってあります。『スクワッド』が先生を処理してくれることでしょう」
「廃棄しようとしていた消耗品ですが、先生を殺せばロイヤルブラットを手放す機会を与えると伝えました。彼女たちにとっては断ることの出来ない提案ですから」


「マダムさま、どうやら、ネズミが潜り込んでいるようでございます。」

「ほう、そうですか……」
ーーーーーーーーーーーーーーー

「――とまぁ、会話の内容はこのように行われていたわけです。」
 黒服は手を後ろに組み、ゆったりと歩みながら言葉を続ける。
「全く……愚かなものですね。自らが勝者であると錯覚し、誇らしげに語る彼女。だが実際には――我々の掌の上で踊らされているというのに。」
 口元に笑みを刻み、瞳に冷たい光を宿す。
「……もっとも、彼女の力が強大なものであるのも事実。脅威として認めざるを得ません。」
「だからこそ――ここは私自らが動くとしましょうか。」
 静かに指を鳴らすと、背後の闇がざわめき、不穏な音楽が再び流れ出す。
「それでは皆さん……」
 黒服は深々と一礼し、影の中へと姿を消す。
「――近々、またお会いすることもあるでしょう。」
 らーらら……ららら……らーらら、らーらららーらら……。

ーーーーーー

次回予告

「陽のあたらねぇ場所なんざこの世にゃねぇ。」

「ここにも灯りが灯される時が来たんだ。」

「暗闇の女王は日の出と共にーーおねんねしやがれ!!」

次回 尊厳のために立つのは人、プライドで立つのは自己中、意地で立つのが男

〜透魂〜第一回キャラクター人気投票

  • 銀時
  • 新八
  • 神楽
  • 沖田
  • 土方
  • 山崎
  • 高杉
  • 定春
  • エリザベス
  • ホシノ
  • シロコ
  • ヒナ
  • アコ
  • ミカ
  • ナギサ
  • セイア
  • ユウカ
  • ノア
  • 近藤
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