透き通る世界を照らす銀魂(ぎんのたましい)   作:時代に遅れている

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トリニティー救護騎士団の病室。
白を基調とした清潔な室内には、外の喧騒がまるで届かないかのような静けさが満ちていた。カーテンの隙間から差し込む柔らかな光が、ベッドに横たわるセイアの横顔を照らし出す。
その傍らに座るミネ団長は、今日も変わらず彼女の看病に付き添っていた。重要な会議の折に席を外すことはあっても、それ以外の時間はほとんどこの病室で過ごしている。
セイアの手をそっと握りながら、ふと視線を窓へ向ける。
――外の戦いは、果たしてどうなっているのだろうか。
騎士団も、仲間たちも、そして先生は……。
心の奥底に小さな不安が芽を出し、胸を締め付ける。
『皆さんは上手くやれているでしょうか』
ミネは自らを叱咤するように心中で呟きながら、再びセイアの寝顔へと視線を戻した。
そのときだった。
「心配せずとも先生が勝ったよ。」
澄んだ声が、静寂を破るように響いた。
ミネは思わず息を呑み、目を見開いた。
「せ、セイアさん……?」
長らく閉じられていたはずの瞳が、ゆっくりと開かれる。
まるで夜明けの空が少しずつ光を取り戻すように。
セイアの瞳はかすかに潤みながらも、確かな意志を宿してミネを見つめていた。


第百十八訓 我々は陽の下でそれぞれの道を歩む

ベアトリーチェの巨体が崩れ落ち、やがて光に呑まれるように地へと沈んでいった。

割れ砕けたステンドグラスからは、鮮烈な陽光が差し込み、聖堂の中を黄金色に染め上げていく。

だが歓声はなかった。

誰もが声を上げることなく、その光をただ静かに見つめていた。

長い夜を抜けて初めて迎えた、本物の朝のように。

フレアが呟いた。

「先生、これが……アリウスに昇る太陽か?」

銀時は片方の刀を肩に預け、口元に僅かな笑みを浮かべた。

「そうだ……どうした? 外で見た太陽と同じだったか?」

フレアは光に手をかざし、まるで温もりを確かめるように拳を握る。

「いや、温かい……温かい光だ。他で見た光と何ら変わりないはずなのに……」

彼は少し震える声で、しかし確信を持って言った。

「ただただ温かい」

その時、十字架に縛られていた姫のもとに声が届いた。

「姫……ベアトリーチェは倒れ、陽は昇った……だから目を開けてくれ……頼む――アツコ!」

わずかな呻きが唇から漏れる。

その声に応えるように、長い眠りの中にあった彼女のまぶたがぴくりと震え、乾いた唇が動く。

やがてゆっくりと瞼が開かれ、焦点の定まらない瞳が揺らぎながらも周囲を映した。

「……あれ、皆?」

「アツコ!」

「姫……!」

「姫ちゃん! 気が付きましたか!?」

覗き込む家族の姿を認めたアツコは、かすかに首を傾げて数度瞬きをしたのち、柔らかな微笑を浮かべる。

「うん……サオリ、ヒヨリ、ミサキ――みんな、おはよう」

そのあまりにも自然な言葉に、ヒヨリとミサキは一瞬言葉を失った。

「お、おはようって……」

「はぁ……相変わらずだね、姫」

戦いの果ての重さなど意に介さず、まるでいつもの朝のように振る舞うアツコに、二人は思わず苦笑する。

だがサオリは、もう抑えきれなかった。

「アツコ……!」

彼女は勢いよく抱き締め、その肩に顔を埋めて声を震わせる。

「良かったッ! 本当に、良かった……!」

「わ……サオリ?」

戸惑うアツコの肩に、ぽたぽたと熱い雫が落ちる。

アツコが眠りについてから、どれほどの絶望を味わい、どれほどの危地を越えてきたか――彼女にはまだ分からない。

だが、必死に縋りつき泣き崩れるサオリの想いだけは痛いほどに伝わった。

「アツコ……生きていてくれて、ありがとう……本当に、ありがとう」

「………うん」

アツコは瞼を閉じ、そっと頷く。

その仕草は小さく、それでいて言葉以上に温かく、深い。

銀時は遠巻きにその様子を眺め、静かに口を開いた。

「どうやら、そちらも目を覚ましたみてぇだな」

アツコは銀時へと視線を向ける。

「先生……先生がアリウスに光を昇らせてくれたんだね」

銀時は短く息を吐き、目を細めた。

「…………」

そして首を振る。

「ちげぇよ。これはテメェらの光だ。俺が昇らせたわけじゃねぇ」

差し込む陽光の下、その言葉は確かな重みをもって響いた。

銀時の視線の先――そこにあるのは、誰かが与えたものではない、自ら掴み取った光。

アリウスの子らが取り戻した、本当の朝だった。

 

「それにーー」

 

「お前のおかげでもあるのさ」

 

銀時は袖をゴソゴソと漁り、何かを取り出した。掌に載せられたそれは、小さな花弁の色を留めたままの――カモミールのしおりだった。

サオリが目を見開く。

「それは……?」

アツコが小さく息を呑み、囁くように言った。

「カモミール……持っててくれたんだね」

銀時は片眉を上げ、少し気恥ずかしそうに笑った。

「お隣さんから後で聞いた……花言葉が『逆境に耐える』ってな」

彼の声音は静かだが、その奥に確かな熱があった。

「恥ずかしいが、俺は一度折れかけた……“先生”の叱責もあるが、俺がもう一度立ち上がったのにはコイツのおかげでもあるんだよ」

アツコは柔らかく目を細め、かすかな微笑を浮かべた。

「そっか……少しでも役に立てたなら良かった」

銀時はしおりを彼女の前に差し出す。

「こいつは返すぜ」

アツコが戸惑いの声を漏らす。

「え?」

銀時は深く息を吸い、力強く告げた。

「アリウスはここで終わりじゃねぇ。ここから始まんだよ。これからテメェらは厳しい荒波に呑まれることになる……そんな中でもテメェらは前向いて光見ながら前に進まなきゃならねぇ」

ステンドグラスから差し込む光が、彼の背を黄金に縁取っていた。

「『逆境に耐える』……これからのお前らにピッタリじゃねぇか」

アツコは胸に込み上げるものを押し殺し、唇を結んだ。

銀時はそこで視線をフレアに向ける。

「フレア、テメェはどうする? シャバにでも出るか?」

問いに、フレアは迷いなく首を横に振った。

「いや、私はここに残ろうと思う……」

「「「!?」」」

アリウスの生徒たちが驚きの声を上げる。

「隊ちょー……いや、フレア! どうして? もう私は自由だ。ここに残る理由なんて――」

だがフレアの瞳は揺らがなかった。

「ここアリウスの生徒は、私たちも含めて皆、生まれてから任務以外でここを出たことがない。外で生きていくにも何をしていいか分からない者、自由の意味すら知らない者もたくさんいる。ベアトリーチェの支配に置かれていたのに、急に自由になったところで……彼女たちは苦悩することは明白だ」

フレアはゆっくりと天井を見上げ、差し込む陽光に目を細める。

「だからまだ完全には陽は昇っていない。私はアリウスの“月”を守る。太陽が人々を温かくするのなら、寒い夜を照らす者も必要だ。だから私はここに残り、アリウスの月の番人となる!」

その言葉に、生徒たちの胸に熱が走った。

「フレア………」

やがて一人が、拳を握りしめて声を上げる。

「私も残る!」

「隊長が残るなら私も!」

「一人で背負わせはしない。私にも背負わせてくれ!」

「隊長の覚悟に、我々はついていく!」

次々と声が重なり、揺るぎない誓いとなっていく。

フレアは驚きに一瞬固まったが、やがて小さく息を吐き、笑った。

「言ったはずだぞ。私は隊長を辞めたと」

一瞬の沈黙のあと、誰かがぽつりと呟いた。

「あっ……そうだった」

「アハハハハ!」

笑い声が広がる。重苦しい空気を溶かし、やっと陽光と同じ温かさが胸を満たしていった。

 

「先生、私は――」

サオリが何かを言いかけた瞬間、銀時が軽く手を上げて遮った。

「俺のところで働くなんて言うなよ」

「「「え?」」」

不意打ちの一言に、その場の空気が止まった。

銀時は溜息を吐き、肩をすくめる。

「何驚いてんの? 俺のところはあのバカ二人で定員オーバーなの。……給料もろくに払えねぇし」

それでもサオリは、瞳に強い光を宿して口を開いた。

「それでもいい……私たちは皆、先生に恩を返さなければならない」

だが銀時は首を振り、言葉を重ねる。

「だからそんなもんいいって……つっても、聞かなそうだな」

深く息を吐き、低い声で続ける。

「はぁ……テメェら甘えんな」

「「「!」」」

一瞬、空気が張り詰めた。

「何しかれたレールの上走ろうとしてやがる。甘ぇんだよ、そんなんじゃいつまで経ってもテメェの罪の意識は消えやしねぇよ」

サオリは狼狽し、声を震わせる。

「そんな……なら、それなら一体私はどう償って、私は、何を背負っていけば……!?」

銀時の視線は、どこか遠くを見ていた。

「俺はテメェらがやったことなんかよりも、やべぇくらい悪いことをたくさんやった……」

「そんな中でどうやってそいつを償おうとしたか」

彼は静かに告げる。

「俺ぁ万事屋って何でも屋を営むことで償うことに決めた。……俺が先生やってんのも、万事屋の依頼で頼まれてのことなんだよ」

銀時の言葉は重く、だが温かさを含んでいた。

「苦しみを背負って前へ進むことは、命を差し出すことよりも辛れぇ……テメェらがどんな償いをするかは、テメェ自身で決めるこったな」

サオリは唇を噛み、震える声を絞り出す。

「それは一体、どういう――」

「サッちゃん」

その声にサオリは我に返る。アツコがそっと彼女の腕を引いていた。力のないその動作に驚いて目を落とすと、座り込んだままのアツコが真っ直ぐ見上げていた。

その瞳は、不思議な納得を宿しているように見えた。

「――私は、分かる様な気がする」

「……姫?」

アツコはふわりと表情を緩め、問い掛ける。

「ねぇサッちゃん、やりたい事はある?」

「……やりたい、事?」

困惑に染まった声。アツコは指先を一本、また一本と折り立てながら、淡々と問いを重ねていく。

「先生は、人を見捨てられないその性分で何でも屋を営んだ。――サッちゃん、サオリの好きなものは何? やりたい事は? 趣味は? 将来の夢は? なりたいものは? ……私達はそういう当たり前で普通の事を、何一つ知らない」

サオリは思考を巡らせたが、何も浮かばない。

「分からない……一度も、考えた事がなかった。ずっと言われるがままに、生き抜く事だけを考えていたから――」

好きなものも、やりたい事も、趣味も、夢も。

何一つ思い浮かばなかった。

仲間たちは顔を見合わせ、やがて一人がぽつりと声を漏らす。

「そうだね、サオリは責任感が強くて、決断力があって……んーと」

「リーダーは教えるのが上手です、色々……お、教えてくれる時は、怖いですけれど」

「真面目ではあるよね。計画を立てるのも上手いし、指揮をするのも上手だし。まぁそうじゃなきゃ、私達はずっと前に野垂れ死んでいた」

次々と浴びせられる仲間からの言葉。

サオリは思わず面食らう。そんな風に自分を言葉で評価されたのは初めてだった。

「教える……真面目、決断力がある……」

呟きながら、サオリの胸に微かな光が灯る。

銀時が腕を組み、口元を僅かに緩めた。

「答えは見つかったみてぇだな」

「先生!」

サオリが顔を上げると、銀時はもう背を向けていた。

「悪いが俺ぁ先に行くぜ……残業がまだ残ってるからよ」

足を止めずに振り返りもせず、ただ声だけを残す。

「そして――」

差し込む光に銀髪を輝かせながら、銀時は笑った。

「お前がいい先生になれた時きゃ、一緒に日が昇るまで酒でも飲むとしようや」

 

 

「なっ……!」

思わず息を呑む。

それは、サオリの予想の遥か外にある言葉だった。

責任感が強く、決断力に優れ、教えることも得意。そして真面目で計画立案に長け、指揮も取れる。

――確かに、そうした資質を持つ者にこそ「先生」という道はふさわしい。

だが。

「リーダーが、せ、先生に!?」

「……あんまり想像がつかないけれど」

「ううん、そんな事ないよミサキ。サッちゃんなら良く似合いそう……でしょう?」

ヒヨリは驚愕を、ミサキは疑念を、そしてアツコは確信めいた笑みを。

三者三様の反応が交差する中で、アツコだけは迷いなくサオリへ視線を向けた。

「ね、サッちゃん」

 

「私が……先生」

その声にサオリは反射的に自分の手を見下ろす。

――傷に塗れ、血にまみれた手。

それは、どう見ても人を導くための手には見えなかった。

これまで学んできたのは「誰かを傷つける術」ばかり。

教えることがあるとすれば「どう生き延びるか」という技術のみで、その裏には優しさも学びへの姿勢も存在しなかった。

失敗すれば死ぬ――ただそれだけが支配する過酷な現実の中で生きてきた。

そんな世界に育った自分に、果たして「誰かを導く未来」などあるのだろうか。

いや――

胸の奥で、銀時の声が甦る。

「テメェらどんな償いをするかはテメェ自身で決めるこったな」

導く者になる。

そのために努力するのだ。

二度と、自分たちのような生徒を生み出さないために。

厳しくも真っ直ぐに導く、銀時のような「先生」に。

サオリは深く息を吸い込み、震える手を強く握り込んだ。

その手はまだ血に塗れていたが、それでも――新たな未来を掴むために力強く震えていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

ミカは最後の力を振り絞っていた。聖堂の静けさは、もはや戦いの余韻に満ち、床には血の匂いが鈍く漂う。彼女の手は震え、服の裾は赤く染まり、咳とともに血が口元から零れる。明滅する灯火の中で、世界が遠ざかるように感じられた。

ミカ「ごめんね先生、約束守れそうにないや……」

声は砂を噛むように掠れていた。彼女は膝をつき、血の滲む腹を押さえる。息は浅く、それでも口の端に小さな笑みを浮かべようとするのが見て取れた。

「でも私も頑張ったよ?」

「神秘を使ってあの厚い雲を晴らしたし……この子たちを食い止めた……」

「まぁ約束を破ることに変わりはないか………」

記憶が、彼女の胸の奥で鮮やかに立ち上がる。薄いヴェールのように、過去の景色が一つずつ重なっていった。

「でもね先生私今とても穏やかな気持ちなんだ……」

目を閉じると、世界は一変して一面の花畑になった。風が花びらを揺らし、色と香りが優しくミカを撫でる。温度の違う記憶が肌を包み、心臓は異なるリズムで打った。

「幸せだったあの頃……」

肩に寄り添う手の感触。振り返れば、セイアとナギサと三人で囲んだ小さなテーブル。笑い声が遠く澄んで聞こえ、まるで別の人生がここに重なっているかのようだった。

「罪滅ぼしをしたくて堪らなかったあの時も……」

視線はさらに移り、セイアが病室でナギサと穏やかに語り合う姿が目の前に現れた。時間の層が透け、過去と現在が交差する。どれも本物の温度を持った幻影で、しかし確かに彼女の胸を暖かく満たした。

横を見ると、サオリたちスクワッド、そしてアリウスの生徒たちが、光を見据え前へ向かって歩いている。歩幅は揃い、顔には決意が浮かんでいた。未来は、彼らの足跡とともに伸びていく。

その群像を追って手を伸ばす。指先は花の香りを掴もうとするように震えた。

「これが未来になるのなら……」

「もし機会があるのなら……私、私は」

しかし光景は薄いガラス細工のように脆く、ミカの掌の前できしみ、音もなく砕け散る。破片は星屑のように舞い散り、現実の冷たい石床へと戻された。

「先生はサオリたちを前に進ませたのかな……いや、もう進んでるかもしれないな〜」

「だって先生は私みたいな魔女にも寄り添ってくれたんだから……でも」

「これでお別れかなぁ」

言葉は風に溶けた。目蓋の裏に映るのは温もりの残像だけで、ミカの胸は静かに締めつけられる。

「…………」

そして、別れの静寂を突き破るように地鳴りにも似た重低音が鳴り響いた。振動が床から骨へ伝わり、周囲の破片が微かに震える。

ドドドドドドドド

足音は雷の断末魔のように連打され、空気が引き裂かれる。銀時の姿は突如、戦場の中心に現れた。青の刀身の木刀と桃色の柄の木刀が彼の両手で閃き、勢いよく振るわれたその刃は、聖女を宙に吹き飛ばす。続けざまに足蹴りが加わり、聖女は再び床に叩きつけられた。

銀時は鳴り止む振動の中で、ミカの目前に立ち塞がる。木刀の先が埃を切り、彼の息遣いが冷たい空気を震わせる。

「おっはっようございまァァァァァす!!!」

その声は非常に軽やかで、しかしどこか頼もしさを孕んでいた。場の緊張を一気に引き戻し、絶望の輪郭をぼやけさせる。ミカは目を見開き、かすかな笑みが唇に戻るのを感じた。木刀の影が、彼女の世界に小さな影絵を落とす。

「出席点呼の時間だぁ。呼ばれた人は返事をしてくださ〜い」

 

銀時の問いは、まるで日常の合図のように柔らかく、しかし確かな救いを帯びていた。床に残る血と泥の匂いの中で、その一言は小さな灯火となってミカの胸に灯る。

ミカの頬を伝う涙は、堰を切ったように零れ落ちていた。震える肩、その小さな背中を見つめながら、銀時は深くため息をつき、どこか呆れたような声音で口を開く。

「おいおい、何しけた面ぁしてやがる。約束したはずだぜ。次会う時は笑顔って、無事に戻って来いって。言ったよな?」

 

その言葉にミカはか細い声で返した。

 

「ご、ごめんなさい……でも私、……」

銀時は眉をしかめ、吐き捨てるように言い放つ。

「謝って済むなら警察はいらねぇんだよ。」

そして懐からゴソゴソと何かを取り出すと、それを高々と掲げて見せつけた。

「ほら見ろ。お前がさっさと来ねぇからお前の大事な物――」

右胸から取り出されたのは、血と埃に塗れた写真。ティーパーティーの集合写真だ。三人が並んで笑顔を浮かべている一枚。豪奢な装飾で縁取られ、いつまでも傷一つ付けまいと守り続けてきたはずのものに、血の染みと、刀が貫いた跡が残されていた。

銀時は苦々しく笑いながら言う。

「傷物にしちゃったじゃねぇのよ」

「アァァァァァ!!」ミカは泣きそうな声を上げる。

「だから渡したくなかったのに〜!!」

 

「それにその言い方やめてくれないかな?それだとなんか奪われたみたいじゃん。いや奪われてるけどそう言う意味じゃなくて!」

 

言葉とは裏腹に、銀時は肩をすくめて続けた。

「悪りぃな。けどお前らの大事なもんを右胸に置いたおかげで、傷物にするだけで済んだ。」

ベアトリーチェの刃が心臓を貫いたはずなのに生きていた――それはこの写真が盾となったからだ。しかし、言い方がどうにも癪に障る。

「だからその言い方やめてって言ってるじゃん!!」ミカは顔を赤くして叫ぶ。

「いや確かに傷物になったけど!なんか嫌なんだってば!!」

その様子を見て、銀時はふっと笑った。

「……涙目なくなったな」

「あっ……」ミカはハッとしたように目を瞬かせる。

銀時は立ち上がり、差し出した手で彼女を引き上げようとした。

 

「女の面に涙は一ミリもあいやしねぇ……そんな面で逃がそうもんなら俺が恥かいちまうだろうが」

 

「さてと、そろそろずらかるとするか」

だがミカはその手を振り払い、首を横に振った。

「無理だよ……」

「……あ?」

「だって私、魔女だもん」

その声は静かで、しかしどこか諦めの影を落としていた。

「魔女がハッピーエンドを迎える物語なんてないからさ。私はここで消えなくちゃ……」

銀時の瞳が鋭く光る。

「何言ってやがる。魔女が聖女を倒す――そんな物語があってもいい」

「そう言ったのは、お前だろ?」

ミカはかすかに笑い、けれど首を振った。

「ごめんね。私、悪い子だから……嘘ついちゃうんだ」

血に濡れた唇で、小さく、しかしはっきりと言葉を紡ぐ。

「だからごめん。再会して早々に悪いけど……先生だけでも、逃げて………」

 

ミカの声は震えていた。

「先生、言ってたじゃん。その写真……約束守らなかったら、メ◯カリでもどこにでも売却するって……」

彼女はかすかに笑おうとするが、その表情は痛みと諦観に覆われていた。

「ほら、早くしないと……戻れなくなっちゃうよ………」

銀時はしばし沈黙し、視線を落とす。その瞳には迷いも怒りもなく、ただ何かを決め切った鋭さだけが宿っていた。

「…………おい、ミカ」

「え……?」

銀時は深く息を吐き、ゆっくりと問いかける。

「お前の思う、幸せな話ってのは……どんな物語だ」

「へ?」ミカは不意を突かれたように瞬きをする。

「やっぱ……お姫様とか……危機に陥ったところを王子様が助けに来てくれる、そんな物語が私は好きだけど……」

彼女は言い淀み、頬を赤らめて問い返す。

「ど、どうしてそんなこと聞くの?」

銀時は口の端を吊り上げた。

「ふぅーん。それじゃあ………」

「えっ、ちょ……先生、待って!」

次の瞬間、銀時は片膝を軽く折り、左手をミカの膝裏に差し入れる。

「よっこらせい!」

不意に体が浮く。ミカの両腕が反射的に銀時の首へ回される。

それは――片手だけで支える荒っぽい、それでも確かなお姫様抱っこ。

「これならお前さんはお姫様。一緒に逃げても問題ないよなぁ?」

「い、いや、それはそうだけど……」

ミカの顔がみるみる紅潮していく。

「これからで違った意味で逃げられない……////」

銀時は構わず、片方の肩越しに聖女たちへ鋭い視線を向けた。

「おい、そこの聖女ども」

低く、しかし堂々とした声が大聖堂に響く。

「その聞こえてるか聞こえてねぇか分かんねぇ耳で、よーく聞け」

彼は一歩前に進み、青い刀身が僅かに揺れる。

「こちとら今から“幸せの切符”を掴みに行くんだ。せいぜいこの瞬間ぐらい――開けてくれねぇか?お祝いのパーチーをよ」

聖徒会の聖女たちが一斉にたじろぎ、沈黙が場を支配する。

その様子に銀時は鼻を鳴らした。

「そうかぁ、それがお前らの答えか」

目を細め、不敵に笑う。

「だったら、俺の答えも一つだ」

支えていない片手が閃き、青の刀身を持つ木刀が抜かれる。

木刀でありながら刃より鋭く、空気を裂くような迫力が大聖堂を満たした。

「人ん家の姫様に――」

構えを取る銀時の眼光は雷鳴のように鋭い。

「勝手に手ェ出してんじゃねぇクソガキども!!」

その一喝は大聖堂の空気を震わせ、聖女たちの心臓を揺さぶる。

腕の中で震えていたミカは、ぽつりと呟いた。

「……わーお////」

聖徒会の聖女たちを吹き飛ばし、大聖堂の外へと駆け抜ける。

 銀時の腕に抱えられたミカは、胸の奥から溢れ出る言葉を抑えきれず、ぽつりと呟いた。

「ねぇ、先生。私………」

 しかし、その声はすぐに銀時の低い一喝に遮られる。

「黙って抱っこされてろ。銀さんがお姫様抱っこするなんて滅多にねぇんだからよ」

 その声音には軽口めいた調子と、けれど揺るぎない力強さがあった。

 だがミカはなおも口を開こうとする。

「でも……」

 その瞬間、外から聞き慣れた大声が飛び込んできた。

「銀さァァァァァん!!」

「アリウスに日が昇ったってことはやったアルか!勝ったアルか!」

 新八と神楽だ。荒れ果てた大地に陽光が差す中、二人の姿はどこか日常を思い出させる温もりを帯びていた。

「当然だろ、銀さんは約束は違わねぇ男だから」

 銀時は胸を張って言い放つ。

「そうですね」新八が真面目に頷く。

「給料日に払うって約束は守ったことないけどな」

「ぐっ!オイ神楽、この状況で主人公を貶めるか普通!?」

「もうちょいカッコつけさせてくれねぇじゃねぇか!!」

 ギャーギャーと騒ぐ三人。そのやり取りはどこか懐かしく、戦いの爪痕を一瞬だけ忘れさせるほどに賑やかだった。

 だが、その笑い声を耳にしながら、ミカの胸には別の思いが渦巻いていた。

(……ほら。先生には待っててくれる人がいる。でも私には――)

「ミカさん、」

 柔らかな声が、彼女の思考を遮った。

「へ……な、ナギちゃん」

 振り返ると、そこにナギサが立っていた。彼女の顔には安堵と喜びが入り混じっている。

「無事だったんですね………」

「なんで……私、学校をめちゃくちゃにしたり、勝手に出ていってみんなに迷惑かけたのに。それに、セイアちゃんだって――」

「私がどうかしたのかい?」

 澄んだ声が響く。ミカが目を見開くと、そこにセイアが立っていた。

「せ、セイアちゃん………どうして」

「私がいないと君が泣き止まないと聞かされてね。居心地の良かった場所から、わざわざ降りてきたのさ……」

「セ、セイアさん!嫌味みたく言わなくてもいいじゃないですか……」ナギサが慌てて嗜める。

「ミカさん?」

 その瞬間、ミカは声を上げて笑った。

「ふふ、」

 胸の奥に熱いものが込み上げる。

(私にも……いたんだ。待っててくれる人が)

 次の瞬間、ミカは力いっぱいにセイアとナギサを抱き寄せた。

「グハァ……」セイアの苦しげな声が洩れる。

「み、ミカさん!?」ナギサも驚きの声を上げる。

 それでもミカは離さなかった。涙で滲む視界の中、必死に言葉を紡ぐ。

「ありがとう……たくさん悪いことした私のために、来てくれてありがとう!」

「もう、何を泣いているのかと思ったら……」ナギサが微笑み、そっと手を添える。

「当然じゃないですか。私たちは――」

「友達なのだから」セイアが柔らかく言葉を重ねる。

 三人の肩が触れ合い、温かな絆がそこにあった。

 銀時はその光景を少し離れた場所から眺めていた。

目を細め、煙草を咥えるでもなく、ただ静かに呟く。

「……やっぱ女にゃ笑顔が一番だ」

 差し込む朝日が、三人の笑顔を黄金色に照らし出していた。

ーーーーーーーーーー

アリウスの地に、重苦しい沈黙が落ちていた。

 異三郎は白手袋をきつく締め直し、冷徹な声で命じる。

「エリートとしてアリウスでの現場検証は正確に頼みますよ。一片のゴミも見逃さないように……」

 その厳命に、側にいた信女が眉を寄せた。

「異三郎………」

「どうしたんですか?信女さん、もうドーナツは――」

「マダムの遺体が消えた………」

 異三郎は一瞬、眼鏡の奥で光を鈍らせる。

「ほう………」

 

一方その頃。

 瓦礫の山を越え、ベアトリーチェは血に濡れた体を引きずっていた。

 息は荒く、肩で大きく呼吸を繰り返す。割れた唇からは血が滴り、瞳には焦燥と恐怖が交錯している。

「はぁ、はぁ、はぁ……しくじった……」

「まさか、あの男に……かような力があろうとは……」

 朽ちた壁にもたれ、必死に立ち上がる。

 その胸に残るのはただ一つの欲求。

「逃げなくては……逃げて、再び……認めさせなければ」

 認められたい。ただその執念だけが彼女の血を巡らせ、足を動かしていた。

「私を……私という存在を……」

 しかし、その独白を断ち切るように――

 ドスッ。

 鋭い一撃が彼女の腕を穿ち、肉を裂いた。血が飛沫のように散る。

「がァァァァァ!!」

 暗がりから姿を現したのは、朧だった。

「誰も認めることなどない。偽りの天になど、もう誰も従うことはない」

 氷のような声。その横に立つ影が、静かに口角を吊り上げた。

「へぇ〜、あれだけやられておきながらまだ息があるとはな」

「奴らから授かった“権能”とやらのおかげってわけか」

 高杉晋助。

 その名を口にした途端、ベアトリーチェの顔に怯えと怒りが混ざり合う。

「た、高杉晋助………!なぜ……私たちは協力していた仲ではなかったのですか?」

「協力?」

高杉は鼻で笑った。

「はっ、散々ガキどもを利用してきたテメェの口から、そんな甘っちょろい戯言が出てくるとはな。笑わせてくれるじゃねぇか……」

 瞳には一片の情もない。冷酷な刃のように告げる。

「だが残念。俺ぁただ利用できる奴は利用する。ただそれだけさ」

「なっ……!」

 そのやり取りを朧が淡々と見つめ、冷たく言葉を重ねる。

「俺がお前に近づいたのは、儀式でお前が権能を受け取ったことを確かめるためだ。権能を受け継いだということは、すなわち“彼ら”と接触したのと同義だからな」

 その言葉に、ベアトリーチェの瞳が揺らぐ。

 高杉はさらに踏み込む。

「そして、確信した。テメェは“不死身”の権能を授かり、色彩との接触を果たしていたってことをな」

「どいつもこいつも………私を――」

「私自身を認めずにィィィィ!!!!」

 叫んだ瞬間、再び刃が閃く。朧の剣が彼女の腕を断ち切り、地に血飛沫が散った。

「がァァァァァ!!」

「だがその様子だと、もう彼らに見捨てられたようだな」

腕が再生しない様子を朧は冷徹に見下ろす。

「ぐっ………」

 高杉は一歩前に出て、刀を肩に担ぎ上げるようにして笑んだ。

「さぁ吐いてもらうぜ。お前に権能をもたらしたのは誰だ?」

 ベアトリーチェは呻きながらも答える。

「虚……彼はそう言った……そして私に血を分け、私に不死の権能を――」

 ザシュッ!

「がァァァァァ!!」

 高杉は容赦なく斬りつけた。

「んなことは聞いちゃいねぇ」

「奴は虚なんかじゃねぇ……虚復活のために作られたただの偽物。あんなガラクタ、何人でもいる」

 血を吐きながら倒れるベアトリーチェを見下ろし、なおも追い詰める。

「俺が聞いてんのは――」

「そいつを操り人形みたく使って、世界を弄んでる“上の奴”についてだ」

「そ、そんなバカな!私が接触した時は一人しかいなかった!!それに場を仕切っていたのも彼!彼がリーダーでないのなら、一体誰が――」

 朧が冷淡に告げる。

「総督。おそらく"ここ"も外れだ。下っ端としてしか扱われていない。ここでどんなに尋問しても無駄だ」

 高杉は小さく鼻で笑い、刀を振り上げる。

「フッ……そうか」

「ま、待て………」

「安心しな。すぐにお仲間が後追って、賑やかになるさ」

 そして低く囁く。

「いずれ、“色彩”ふざけた司祭どもいや、……世界の首ひっさげて、地獄(そっち)へ行くからよ」

「“銀時”によろしくな」

「はっ……ああ……」

 最後に彼女の口から洩れたのは、諦めとも安堵ともつかぬ吐息。

 

 

次の瞬間――高杉の一刀が振り下ろされ、

 

 ベアトリーチェの絶叫は、赤黒い飛沫と共に途絶えた。

 

その後マダムの遺体はフレアたちによって発見されることとなった。

 

後日。

 銀時は一束の花を手に、再びアリウスの荒野に足を踏み入れていた。

 崩れた石壁の合間、花に囲まれた小さな空き地に――粗末ながらも墓標が立っていた。

 その場に、先客がいた。黒い礼服を纏い、無表情に佇む男。ゲマトリアの一員、黒服である。

「……なんと、また見窄らしくも華やかな場所に眠らされたものですね」

 男の声は、冷えた風に混じって淡々と響く。

「己を理解し、他者を認めていれば、手の上で転がされずに済んだというのに。本当に愚かな方だ……ベアトリーチェ」

 墓標の前に花を置きながら、銀時は目を細めた。

「フレアから聞いた話だがな……実はコイツも、ただ寂しかっただけなんじゃねぇかって」

 静かな声には、不器用な優しさが滲んでいた。

「不器用にしか関われなくてよ。他者を憎み、力でねじ伏せるやり方しか知らなかった……ってな。あんなことも、こんなことも、色々悪さしてきた奴だが……それでも育ててくれた親だからって。最後ぐらい夢見させてやろうって、花畑に墓を作ったらしいぜ」

 銀時は肩をすくめ、視線を黒服へ向けた。

「……で、何の用だよ。」

 

「ダチ公だったか?敵だろうと何だろうと、悪いことしちまったな」

 黒服は目を伏せ、淡々と答える。

「いえ。彼女も自分自身を失いかけていました。潮時かと思っていましたが……いざいなくなると、やはり胸に来るものがありますね」

 そして口元に僅かな笑みを浮かべ、皮肉を乗せる。

「いずれ、あなたのお墓にも通うことになるかもしれません。良かったですね」

「いや、俺の方が行くわ。通いつめるわ」

「いやいや、私はそれを飛び越えて通い詰めますよ。ジェット機でかかってみせましょう」

「い〜や、俺のジェット機の方が速ぇ!」

「いーや、私のジェット機の方がサービスが充実してます!」

 しばし不毛な応酬が続き――荒野に風が吹き抜ける。

 黒服がふっと表情を引き締め、真顔に戻る。

「相変わらず派手にやりましたね。まさか“色彩”の力を受けた彼女まで倒してしまうとは……勝つとは思っていましたが、五体満足でとは少々驚きを隠せません」

 銀時は花を見下ろしたまま、低く答える。

「冗談じゃねぇ……ありゃただの袋叩きだ。大口叩いといてなんだが、俺ひとりじゃどうにもならなかった」

「ククク……」黒服の笑いは乾いていた。

「そこを誇っていいのですよ。我々のように自分の利益のためにしか動かない連中には、あなたのように人を集める力はありません。それもまた“実力”の一つです」

 黒服の瞳が細くなり、声が低く沈む。

「銀時先生。ここから先が、本当の戦いとなるでしょう。彼女が力を受けた時に接触した組織……それはキヴォトスにとっても、我々にとっても、そしてあなたにとっても危険な存在」

「解釈されず、理解されず、疎通されず――ただ“到来する”だけの不吉な光」

「目的も意思疎通も不可能。ただ“観念”として降り注ぐもの」

 黒服はその名を囁いた。

「“色彩”――彼らが、このキヴォトスを目指して動き出しています」

 そして、淡々とした声に冷酷な重みを乗せた。

「対抗策は……一応打ってはありますが、効き目があるかは不明。あるいは、何も出来ずに蹂躙されるかもしれない」

「先生あなた――殺されますよ」

 だが、銀時の目は死んではいなかった。

「そうかい……」

 肩を回し、口元を歪める。

「今度来やがったら、『放映当初から今までサザエさん全話見るまでくんな』って言っといてくれ」

 銀時は背を向け、歩き出す。

 その背に、黒服の声が再び落ちてきた。

「蹂躙と同時に……救いを求めている者もいます」

 銀時の足が、わずかに止まる。

「数多の世界を蹂躙しながらも、なお“解放”を待ち望んでいる者がその中にはいる。運命という鎖に囚われ、生きる屍となった者を――あなたは救おうとしますか?」

「彼らにも……光を与えることが出来ますか?」

 ビュー……!

 風が二人の間を吹き抜ける。

 銀時は何も言わず、ただ肩をすくめて歩みを再開した。

 黒服は静かに墓標を見やり、淡く呟く。

「人間とは……本当に不可解な生き物ですね」

「憎んだ相手の墓を作り……その墓に花を手向けるのですから。憎んだ分だけ思い入れもあるということでしょうか。それとも……他の意味が?」

 一瞬、首を振り、小さく笑う。

「いや。考えたところで、我々には理解できそうにありませんね」

 背を向け、風の中に溶けるように歩き去る。

「忠告はしましたよ。これで貸し借りはなし、ということで」

 最後に振り返りもせず、ただ一言だけ。

「……死なないでくださいね」

 黒服の影はやがて瓦礫の奥へと消えていった。

 

ーーーーーーーー

 

ティーパーティーのテラスに、柔らかな陽光が差し込んでいた。

 銀時は椅子にだらしなく腰をかけ、ぼんやりと空を見上げている。

「先生、先生、先生!」

 ナギサが小走りにやってきて、彼の顔を覗き込む。

「あ?」

 銀時は半分寝ぼけた声を出し、気の抜けた返事を返した。

「大丈夫かい?」セイアがカップを置いて、穏やかに尋ねる。「ずっとぼうっとしていたようだが」

「いや、なんでもねぇよ。ちょいと次回のジャンプの展開について考えてただけだ」

「……全く、先生は緊張感というものが欠如しているように思えます」ナギサが呆れ声を上げる。

「まぁまぁいいじゃないか」セイアは微笑む。「久しぶりに平和なトリニティーに戻れたのだから」

 銀時は鼻を鳴らしつつ、きょろきょろと辺りを見回した。

「そういや、ミカゴリラの姿が見えねぇな」

「ミカさんならお部屋でお休みですよ」ナギサが答える。「よほどお疲れになったのでしょう。いつもにも増して熟睡しています」

「おいおい、大丈夫なのか?アリウス助けたって言っても不満は残ってんだろ。ほら、“魔女だ!”とか、“力あるなら他の星でも制圧して来い”とか、言われてんじゃねーの?」

「……途中から悪魔みたいな例えになってたが」セイアが苦笑する。「まぁいい。そこの心配はいらないんだ。あっちを見てくれ」

「ん?」

 銀時が視線を向けると――

「良いか皆!」

 朗々と響く声。そこには将ちゃんが立っていた。

「悪人はただ責めればいいというものではない。ミカは己が信念、己が魂のために戦ったのだ! 幾ら汚名を着せられようとも、その心は何者にも汚せぬ!」

 銀時の目が見開かれる。

「分かるか! 彼女は自分の身を犠牲にして敵陣へ乗り込んだ! そんな彼女を咎めることは許されぬ!」

「これからは協力し、この学園に新たな風を吹かせるのだ!」

「「「ハッ、上様!!」」」

 生徒たちが一斉に声を揃えた。

「なっ!!」

 銀時の背に稲妻が走った。

「しょ、しょ、将軍かよォォォ!!」

 彼はテラスの椅子を蹴って立ち上がり、両手を振り乱す。

「ちょ、ちょっと待てェェェ!! 何アレ!? 何のドッキリサプライズ!?」

「何って……」ナギサは不思議そうに首を傾げる。「彼のおかげで暴動も、学園内のいじめも急激に減ったんですけど」

「いや、そういやじゃなくて!! 何あの変わりよう!? 黄色頭の雷鬼狩りぐらい振れ幅おかしいだろ!!」

 かつて――

『ねぇ何アレ、キモ……』『マジ、あり得ないんだけど』

 と陰口を叩いていたトリニティーの生徒たちが。

 今では――

『なんて個性的な趣味をお持ちの方なんでしょう』

『趣味を持つって素晴らしい! 自己理解が深い証拠です!』

 と、顔を紅潮させて敬意を捧げている。

「見事に“トリカス”から“聖人”へジョブチェンジしてんじゃねーか!!」

「それに“上様”!? いつの間に将軍の忠臣になってんだよアイツら!!」

 銀時の絶叫は、青空の下でテラスに響き渡った。

 

セイアが涼やかな声で口を開く。

「銀時よ、何をそんなに驚く必要がある。男子、三日会わざれば刮目して見よと言うだろ。それと同じだ」

 

「このトリニティー総合学園は生まれ変わるんだ」

「いや、変わりすぎだろ!!」

 銀時が椅子を蹴り飛ばし、思わず叫んだ。

「この変貌ぶりは3日どころの話じゃねぇよ!! 何これ、お前たちだけ精神と時の部屋にでも行ってたわけ? 俺がいない間にジョブチェンジできるまで修行してたわけですかコノヤロー!!」

 そんな銀時を、ナギサは冷ややかに見据えた。

「ところで先生、何で呼び出されたか分かっていますか?」

「は?」

 銀時が首を傾げると、ナギサは静かに一枚の書類を差し出した。

 

ーーーーーーー

「ねぇ……何これ?」

 銀時は、教卓の前に立ち、書類を見下ろして眉間に深いシワを刻む。

 騒乱があったとはいえ、学園は学園である。試験という仕組みは続き、生徒には成績が付きまとう。トリニティは学業において厳格だが、赤点のボーダーは低い。つまり、そこで落ちるというのは“洒落にならないレベルで酷い”ことを意味していた。

 そして、そんな洒落にならない生徒たちが――

「あぅ……」

「ふふっ♡」

「ふむ……」

「うぅ……」

 銀時の視界に並んでいた。

「全くおんなじメンツじゃねぇかァァァァァァァ!!!」

 外では雷のごとく変貌を遂げている学園が、中ではこれっぽっちも進歩していない。銀時は髪を掻きむしりながら怒鳴った。

「何でここはまんじりとも進歩してねぇんだよ! 外だと地球人がスーパーサイヤ人になるぐらいの変化があったつーのに!!」

 集まった顔ぶれは前と同じ。阿慈谷ヒフミ、浦和ハナコ、白洲アズサ、下江コハル。

「つーかアレから試験免除で合格したよね? なんでまたここにいんだよ?」

 問い詰める銀時に――

「えっと、その……試験日とペロロ様のコンサートが被ってしまって……」ヒフミが頬を赤らめて口ごもり、

「次の試験範囲はまだ習っていない」アズサは真顔で答え、

「さ、三年生の試験を受けてみたんだけど、全然解けなくて……」コハルは肩をすくめ、

「ひとりだけ放置プレイなんて、寂しいじゃないですか♡」とハナコが艶やかに笑う。

 銀時は机に突っ伏した。

「ねぇコイツらだけザ・ワールドされてない? あの時から全然進んでねぇんだけど」

 各々が各々の理由で赤点を取り、こうして再び補習授業に舞い戻ってきたのである。

「まぁ良いではないか銀時」桂が腕を組んで言う。

 

「これで順調に攘夷志士を増やせるのだから」

 

「だから攘夷なんてもん流行らねぇって言ってんだろうが!!」

 銀時は頭を抱えた。

「ったく誰がやるかってんだ顧問なんて……もうウンザリなんだよ。裏切り者騒ぎに巻き込まれるわ、テロ行為に巻き込まれて死にかけるわ、やばいギョログロと対峙させられるわで、お前らの先生なんてやってたらいくつ命があっても足りねぇよ」

「誰が補習なんて見るか……」

「誰がもう――」

「お前らの先生なんてするかァァァァァ!!!」

 銀時は絶叫し、教室を飛び出した。

 エリザベスが黒板の隅で小さなフリップを掲げる。

『あ、逃げた』

 外には新八と神楽が待っていた。

「え、どうしたんですか銀さん」新八が目を丸くする。

「早く逃げるぞテメェら!」銀時は息を荒くしながら叫んだ。「捕まったら最後、地獄行きの特急列車に乗らされるぞ! going to hellになっちゃうよ!!」

「はぁ?」新八が呆れる。

「銀ちゃんの場合、既にヘル行き決定みたいなもんだけどな……」神楽が鼻を鳴らした。

「なんだと! 銀時俺は諦めんぞ……行くぞ貴様ら!」桂が拳を掲げ、

「え、ええと……」ヒフミが慌て、

「よし行くか……」アズサが無表情で頷き、

「もうなんなのよ一体!」コハルが叫び、

「ふふ……❤️」とハナコが微笑む。

 

 ――こうして、補習授業部はまた一つ歩みを始めた。

 裏切り者探しに振り回され、動乱の鎮圧に身を投じ、アリウスの暗がりで死闘を潜り抜けた日々。

 戦火と陰謀の狭間で揺れる彼らを、銀髪の男は時に振り回し、時に導き、時に自ら命を削って支えた。

 それは決して立派な教師の姿ではなかったかもしれない。

 だが、彼が不器用に示した背中に続いた者たちが確かにいた。

 壮大にして混沌たる「エデン条約」は、かくして一つの幕を閉じる。

 笑いと涙と裏切りと、そして血にまみれた誓いの果てに――。

 残されたのは、補習授業部という小さな居場所。

 だが、その小ささこそが、戦乱の渦を潜り抜けた彼らにとって、なによりの証だった。

 

 

エデン条約篇 完?




ーーーーーーーーーー

            曇天

鉛の空 重く垂れ込み
真白に澱んだ太陽が砕けて
耳鳴りを尖らせる

ひゅるりひゅるり 低いツバメが
8の字なぞってビルの谷を翔る
もうじきに夕立が来る

曇天の道を傘を忘れて
歩く彼女は雨に怯えてる
ので僕も弱虫ぶら下げて空を仰ぐ

あちらこちらあんよは上手
珈琲屋に寄って一休み極めたら
帰れない帰らない

曇天の道をぶらりぶらぶら
歩く二人は足軽のごとく
危険好きの誰かのふりをする小心物共
曇天の道を傘を忘れて

歩く彼女は雨に怯えてる
ので僕も弱虫ぶら下げて空を仰ぐ



プロローグ壱
 セイアが去った後――意識の狭間に広がる、静謐な庭園。
 薄桃色の光が霞のように漂い、風に揺れる竹林が微かにざわめきを奏でていた。
 松陽は縁側に腰掛け、湯呑を掌に包み込むようにして口をつける。
 湯気はゆるやかに立ちのぼり、儚げに空へ溶けていった。
 そこへ、草履の音もなく影が寄る。
 白銀の髪を揺らし、狐めいた耳をぴんと立てた少女が、長い煙管を指に挟んで腰を下ろした。
 紫煙が細く伸び、やがて風に散る。
「おや、ここに来るとは珍しいこともあるものですね」
 松陽が目を細めると、少女は片口を吊り上げる。
「クズノハ」
 呼ばれた名に応えるように、少女は煙管を軽く鳴らした。
「何、相方がいなくなって寂しいかと思っての」
「お茶会に来てやっただけじゃ………」
 彼女の声音は、ぶっきらぼうに聞こえながらも、どこか気遣いを孕んでいた。
「今回の件、突然押し付けるようなことをしてしまってすまなんだ………」
 松陽は首を横に振り、穏やかに微笑んだ。
「いえいえ、良いんですよ。これでも一応先生をしていましたから……子供の面倒をみるのは慣れています。それに――」
 視線は遠く、霞の向こうにいる弟子を思い描くように。
「おかげで元気な弟子の姿を見れましたから」
 クズノハの瞳に一瞬だけ柔らかな光が宿った。
「それはよかった………。」
 だが、次の瞬間には険しさが戻る。
「松陽よ、色彩はすぐそこまで迫っておる……別のお主が弟子の生徒たちを襲うわけじゃが」
「教えんで良いのか?」
 問いかけに、松陽はただ静かに湯呑を置いた。
「大丈夫ですよ。相手は私の偽物、いや、本物だろうと負けることはありませんよ」
 クズノハの眉がぴくりと動く。
「なぜそう言い切れる?」
 松陽の答えは、揺るぎなかった。
「なぜって、私は彼の先生。先生が弟子を信じるのは当然じゃありませんか?」
 耳に甦るのは、あの日の声――
『上等だぁ! 言われなくてもアンタを超えた先生になってやるぜコノヤロー!!』
 その響きを胸に、松陽は確信を込めて言い切った。
「彼は約束を守る侍であり、先生ですから」

次回予告

銀時「え?エデン条約篇最終回じゃねぇのって?いいんだよそういうのはノリに任せときゃ何とかなるから」

次回終わりよければ全てよし、じゃなくてゴリラ

〜透魂〜第一回キャラクター人気投票

  • 銀時
  • 新八
  • 神楽
  • 沖田
  • 土方
  • 山崎
  • 高杉
  • 定春
  • エリザベス
  • ホシノ
  • シロコ
  • ヒナ
  • アコ
  • ミカ
  • ナギサ
  • セイア
  • ユウカ
  • ノア
  • 近藤
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