透き通る世界を照らす銀魂(ぎんのたましい) 作:時代に遅れている
中央に置かれた豪奢な座卓には、目にも鮮やかな色合いの座布団が整然と並べられ、賓客をもてなす準備が完璧に整えられている。しかし、この部屋を満たしているのは歓迎の空気ではなく、肌を刺すような冷たく重い緊張感だった。
朱色の欄干越しに外を眺めれば、暗い水面に揺蕩(たゆた)う無数の提灯の明かりと、それらを繋ぐ豪壮な回廊が闇の中に浮かび上がる。権力と富を具現化したような、圧倒的なスケールを誇る水上屋敷である。
その豪奢な座敷の中央、上座に陣取るのは、周囲の闇を纏ったかのような漆黒の装束に身を包む男だった。顔には白黒の太極図を模した『陰陽の面』を張り付け、一切の感情を読み取らせない。
そして、その得体の知れない男の足元に、床に額を擦り付けるようにして深く頭を垂れる影が一つ。妖しげな『狐の面』で顔を隠した、華奢な少女であった。
「サクラ、例の件はどうなっている?」
男の低く濁った声が、静寂の淵から響く。
「は、はい……」
狐の面の少女――サクラは、微かに声を震わせながら答えた。
「……ご命令の通りに。我々を嗅ぎ回っていた百華(ひゃっか)の者どもは、皆……始末して参りました……」
床に手をつくサクラの小さな拳が、僅かに、しかしはっきりと震えている。
同郷の治安維持部隊を手にかけてしまった血の罪の重さに耐えかねているのか。畳の目をきつく掻き毟るように握り込まれたその手を、陰陽の面は冷徹な視線で見下ろしていた。
「……そうか」
チャリン、と無機質な金属音が響き、男の懐から放り投げられたずっしりと重い皮袋が、サクラの目の前に転がった。
「ほれ、褒美だ」
「…………」
「サクラよ。裏切りは許されんぞ……」
男の言葉は、ねっとりとした毒のように少女の鼓膜へ絡みつく。
「水……一生というものは、よく水に例えられる。生きとし生けるもの、その全ては本来『弱者』なのだ。弱者は、抗うことなく強き者に流され、身を委ねることで初めて生をもたらされる」
男は立ち上がり、朱色の欄干越しに見える暗い水面を見下ろした。
「お主も生き長らえたくば……そして何より、その『望み』を叶えたいならば、己を殺し、ただ水のようにその身を尽くせ」
望み。
その言葉を出された瞬間、サクラの震えていた拳に、別の強い力が籠もった。迷いや罪悪感を無理やり心の奥底へ押し込めるように、さらに強く、白くなるほどに握り締められる拳。
「………はッ!」
擦れた声で、しかし明確な服従の意志を示した。
「よろしい……。では早速だが、次の仕事だ」
「え……今から、ですか?」
想定外の言葉に、サクラは弾かれたように顔を上げた。
「……あの、少しだけ、家に戻ってからでも――」
言葉の途中で、部屋の空気が完全に凍りついた。
「…………」
男は一言も発しなかった。ただ、陰陽の面の奥にあるであろう双眸が、射抜くような『殺気』を放ったのだ。面の上からでもはっきりと伝わる、絶対的な支配者としての暴力的な気配。逆らえば一瞬で命を刈り取られるという生物的な恐怖が、サクラの喉を締め上げた。
「も、申し訳ございません……っ!」
サクラは慌てて息を呑み、再び床に深く額を打ち付けた。
「……相手の情報を提供する。奴は、我らが商売を邪魔しただけの小悪党ではない」
男は不快そうに鼻を鳴らし、新たな標的に対する明確な憎悪を滲ませて語り始めた。
「我らが神への信仰すら妨げ、冒涜した許しがたき外道……」
「……して、その者の名は――?」
狐の面の奥で、サクラが張り詰めた声で問う。
男はゆっくりと、呪詛を吐き出すようにその名を口にした。
「……その名は、坂田銀時」
「シャーレに所属する、『先生』だ」
【挿絵表示】
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想い寄せれば 桜ひらひら
こぼれ落ちる僕たちの涙
いついつまでも交わした笑顔
君との約束 全ての時よ輝き続けて
旅立つ日の君に何も言えなかった
「さよなら...」想い出の場所
空っぽの春空 満ち溢れた心
わかっていたはずなのに
とめどなく刻み行く日々
繋ぎ止めたい想いを
想い寄せれば 桜ひらひら
こぼれ落ちる僕たちの涙
いついつまでも交わした笑顔
君との約束 全ての時よ輝き続けて
二人約束した桜の木の下であの日の君を探した
茜色 暮れていく空
忘れられない想いを
振り向けばほら 桜ひらひら
蘇る共に過ごした日々
歩んだ道は 色鮮やかに
僕のとなりに君は居ないよ 永久に降り積もれ
君に会いたくて会いたくて 桜が散る前に...
巡る季節の中 きらめいた君が居たこと
想い寄せれば 桜ひらひら
君を探して空を見上げた
もう一度だけ 出会えるのなら
君に伝える言葉があるよ 花びらにのせて
第百三十訓 世の中流れに身を任せるのも大事
静謐な空気が支配する、月明かりの夜。
サクラは、目の前を歩く天然パーマの男の背中に、静かに、しかし確かな殺意を込めて声をかけた。
「……少し、いい?」
男の足がピタリと止まる。サクラは相手の反応を冷静に窺いながら、ゆっくりと問いを重ねた。
「貴方が、シャーレ所属の『先生』……坂田銀時?」
「……………」
男は何も答えない。ただ、背中を向けたまま沈黙している。
「沈黙は、肯定と受け取るけど……いいの?」
「……………」
「……そう。話が早くて助かるね」
サクラは、躊躇なく腰に挿した刀の柄に手をかけた。
キヴォトスという、銃火器が絶対的な力を振るう世界において、古風な刀を武器とする異質な存在。
しかし、彼女にとってはこれが最も信頼できる相棒であり、自らの生き様そのものでもあった。
「貴方個人に、恨みはないけれど……。悪いけど、死んでもらうから」
チャキリ。
静寂を切り裂く金属音と共に、サクラは刀を抜いた。
月光を反射し、紺碧に輝くその刀身からは、まるで涙のように水滴がポタポタと滴り落ちている。不気味なほどに美しい、刀
しかし、銀時は振り返るどころか、一歩も動こうとしない。
それどころか、その背中は小刻みに、激しく震え始めていた。
(死を前にすれば、どんな大人でも震えるものなんだ……)
サクラは、その震えを恐怖の証だと認識した。
(そうだよね。死ぬのは、誰だって怖い。でも、ごめんなさい。私にも、私の大事な者のために……譲れないものがあるの)
サクラは覚悟を決め、重心を低く落とした。
獲物を狩る獣のように、地面を蹴る準備を整える。
(せめて情けとして……一瞬で意識をーー!!)
「覚悟!」
サクラは刀を構え、弾丸のように駆け出した。
その刹那、銀時がガバリと勢いよく振り返った。
(振り返った!? まさか……あの硬直状態から、私の初動に対応したの……っ!?)
サクラが驚愕に目を見開いた、次の瞬間。
銀時の口が大きく開かれ、そこから想像を絶するものが噴出した。
「オボボボォォォォォッ!!!」
それは迎撃でも回避でもなかった。
虹色に輝く、胃袋からの未消化物の奔流が、突進の勢いそのままにサクラの顔面へと直撃したのである。
「…………ッ!?」
サクラの動きが完全に停止した。紺碧の美しい刀身にも、狐の面にも、そして彼女の全身にも、酸っぱい臭気を放つ液体が滴り落ちる。
当の本人は、自身のしでかした惨状など意に介さず、ふらふらと千鳥足でその場によろめいた。
「あーやべぇよコレ、飲み過ぎちゃったよコレ〜……クカカッ」
銀時は口元を手の甲で拭い、虚ろな目で夜空を見上げる。完全に泥酔者のそれであった。
「(柴)大将の奢りだからって調子乗り過ぎちまった。タダ酒ほど怖いもんはねェなァ……」
彼はこめかみを抑え、苦悶の表情を浮かべる。
「あー頭痛って〜……こんなことなら飲む前にア◯ジオンでも飲んどくんだった……」
そこでようやく、銀時の焦点の合わない瞳が、目の前で硬直している「何か」を捉えた。
「って、アリ?」
銀時は首を傾げ、ゲロまみれの少女と、彼女が持つ抜き身の日本刀を交互に見た。
「も、もしかして……そこに誰かいたり〜?」
「……………」
サクラは無言だった。あまりの屈辱と、鼻を突く強烈な悪臭に、言葉を失っていた。先ほどまで銀時が「震えていた」のは、恐怖ではなく、単に吐き気を催していただけだったのだ。
「その〜、なんかぁ……ごめん?」
銀時が、とりあえずといった様子で軽く謝罪の言葉を口にする。
その軽い態度が、サクラの中で何かが切れる決定的な引き金となった。
(もう……我慢できない……!)
狐の面の下で、少女の顔が修羅の如く歪む。もはや任務も、大事な者のためという大義名分もどうでもよかった。ただ、目の前の酔っ払いを排除する。その一点のみが彼女を突き動かした。
「殺すッ!!!」
「え、ちょっ、待って! 話せばわかるって! 汚くしたのは謝るから! クリーニング代出すからァ!お願い300円あげるからぁ!」
銀時が慌てて手を振るが、ブチ切れた暗殺者は止まらない。
「ギャァァァァァッ!!!」
月が見下ろすキヴォトスの路地裏に、酔っ払いの情けない悲鳴と、ゲロまみれの少女による怒りの斬撃音が響き渡った。
凄惨な死闘(主に胃袋からの内容物による)が繰り広げられた路地裏の惨劇から数十分後。
血の匂いも、酸っぱい吐瀉物の臭いもすっかり洗い流されたシャーレのオフィスは、まるで日曜日の昼下がりのような、ひどく平和でアットホームな空気に包まれていた。
ふかふかのソファの中央にちょこんと座っているのは、先ほどまで冷酷な殺意を振り撒いていた暗殺者――サクラである。
シャワーを借りてすっかり汚れを落とした彼女の黒髪からは、仄かに市販のフローラル系シャンプーの甘い香りが漂っている。恐ろしげな狐の面は頭の上にちょこんとずらされ、その下から覗く素顔は、腕を組んでツンと不満げに頬を膨らませていた。
先ほどの「冷徹な人斬り」の面影など微塵もない。今の彼女はどう見ても、機嫌を損ねて拗ねているだけの、少し物騒な小物を持ち歩く等身大の少女にしか見えなかった。
「どうぞ。熱いので気をつけてくださいね」
そんな彼女の前に、新八が湯気の立つ緑茶の入った湯呑みをことりと置いた。その手つきは、完全に『突然やってきた親戚の子供』をもてなすオカンのそれである。
「あ、ありがとう……」
サクラは毒が入っているかどうかの警戒よりも先に、反射的に素直な礼を口にしてしまった。そして、己の置かれた状況のあまりの異常さに、居心地悪そうに視線を泳がせる。
「その……お風呂まで、借りちゃって……」
暗殺のターゲットの拠点に上がり込み、あろうことかシャワーを借りてサッパリし、今はお茶まで出されている。殺し屋としてのプライドと、年頃の少女としての羞恥心が脳内で大渋滞を起こし、サクラはますます小さくなって肩をすぼめた。
そんな彼女の様子を見て、神楽が定位置で酢昆布をかじりながら深く頷いた。
「気にする必要ないアル。元はと言えば、ウチのバカがタダ酒に釣られて飲み過ぎたのがいけないネ」
神楽は呆れたように肩をすくめ、容赦ない毒舌を吐き捨てる。
「よりにもよって、こんな年頃の汚れなき少女の顔面にゲロ吐くなんて、人間としてサイテーアル。切腹モノネ」
「そうだよ、いくら酔っていたとはいえ、普通は節度をもって飲むべきだよね……」
新八も深く同意し、被害者であるサクラに同情の眼差しを向ける。
すっかり『加害者と被害者』、あるいは『出来の悪い保護者とその被害に遭った少女を慰める会』のような構図が出来上がっていた、その時だった。
「…………ちょっと待てェェェェ!!」
オフィスの奥から、全身を包帯でぐるぐる巻きにされ、もはやミイラ男にしか見えない痛々しい姿の男――坂田銀時が、びっこを引きながら姿を現した。
先ほどの路地裏で、ブチ切れたサクラによって散々微塵切りにされた(あるいはされかけた)悲しき成れの果てである。
「オイ、お前ら、さっきから何、親戚の集まりみたいなアットホームな雰囲気に包まれてんの!?」
銀時は痛む脇腹を庇いながら、ソファで寛ぐ少女と、それをもてなす身内たちを指差して絶叫した。
「そいつ殺し屋! 間違いなく、この銀さんを物理的に殺しに来てる刺客だから!? さっきまでマジで俺の首狙って刀振り回してたから!?」
ツッコミの勢いで包帯から血が滲むのも構わず、銀時は血走った目で喚き散らす。
「お茶出してんじゃないよ! なんで風呂上がりにほっこりしちゃってんの! 『ORDER』から抜け出してきたような顔して、俺の純潔(◯貞)ごと命を刈り取りに来てんだよコイツはァァ!!」
全身包帯だらけの男による悲痛な魂の叫び。
しかし、ソファに座るサクラは、組んだ腕を解くことなく、ただ「ふんっ」とそっぽを向いて小さく鼻を鳴らすだけだった。
その頭上で、桜の形をしたヘイローが、まるで彼女の怒りと呆れを代弁するかのように淡く明滅していた。
「見苦しい言い訳ネ」
神楽はピシャリと一蹴し、新しい酢昆布の箱を無慈悲に開けた。
「真の侍は、胃液を刃にしないアル。うら若き乙女の純情と衣服を汚した罪は、万死に値するヨ。お前がその包帯で首吊って詫びるべきネ」
「純情!? コイツのどこが純情!? 今もお茶すすりながら俺の急所を的確に狙う目で睨んでるからね!? 湯呑みから立ち上る湯気に混じって、冷たい殺気ビンビンに放ってんの気づかないの!?」
銀時の悲痛な指差しの先で、サクラは「ふんっ」と不満げにそっぽを向き、両手で包み込んだ湯呑みに口をつけた。
ズズッ……と、ひどく平和な音が静かなオフィスに響く。シャンプーの香りを漂わせ、少し大きめの借り物の服に身を包んでお茶を飲むその小動物のような姿は、どう贔屓目に見ても冷酷無比な暗殺者には見えなかった。
「やれやれ……」
新八は深くため息をつき、ズレたメガネのブリッジを中指でクイッと押し上げた。
「確かに、銀さんのやったことは人道的にもジュネーブ条約的にも完全にアウトですけど……」
新八はそこまで言うと、声のトーンを一段階落とし、ソファで小さくなっている少女へと真っ直ぐに視線を向けた。
湯呑みを握る彼女の指先が、怒りからか、あるいは別の感情からか、微かに白くなるほど力み、震えていることに気がついたからだ。
「でも……あなたみたいな年の女の子が、一体どうして銀さんを襲うなんて真似を……?」
新八の真摯で真っ直ぐな問いかけが、静かなオフィスに吸い込まれていく。
サクラは答えず、ただ両手で包み込んだ湯呑みの水面(みなも)をじっと見つめ、長く重い沈黙を落とした。
揺れる緑茶の澄んだ水鏡。そこに映っていたのは、冷酷無比な『人斬り』の顔ではない。
血塗られた運命に迷い、重すぎる業(ごう)に疲弊しきった、ただの年相応の不器用な少女の顔だった。
「………」
サクラは、胸の奥底に溜まっていた澱(おり)を吐き出すように、ふっと小さく息を漏らす。
そして、残りのぬるくなった茶を飲み干すと、音を立てずに湯呑みをローテーブルへと置いた。それは、彼女の中で一つの『区切り』をつけた合図でもあった。ゆっくりと、立ち上がる。
「今日のところは……助かったわ。ありがとう」
紡がれたその声は、刺客としての冷たい響きではなく、一人の少女としての痛いほど素直な感謝だった。
彼女は静かに振り返り、決意を秘めた、けれどどこか悲哀を帯びた瞳で万事屋の面々を真っ直ぐに見据える。
「貴方のことは、無かったことにしておくから……」
――誰にも、これ以上迷惑はかけられない。
自分が背負ってしまった深く暗い闇に、こんな底抜けにお人好しで、温かくて、そして(ゲロを吐くほど)酷く汚い連中を巻き込むわけにはいかないのだ。
サクラはそう固く心に誓い、自身の腰の傍らにあるはずの愛刀へと手を伸ばし――そのまま出口へと歩き出そうとした。
「……得物持ったまま、ずらかる気か?」
その細い背中に、地を這うような、低くドスの効いた声が投げかけられた。
サクラの足が、不可視の鎖に繋がれたようにピタリと止まる。
ハッとして振り返れば、そこには全身を包帯でぐるぐる巻きにした銀時がいた。しかし、つい先ほどまでの『ゲロまみれで喚き散らす情けない酔っ払いのオッサン』の気配は、そこには微塵も存在しない。
普段の死んだ魚のような目は、今や抜き身の刃のように鋭く冷たい光を放ち、彼女を真っ向から射抜いていた。数多の修羅場を潜り抜けてきた本物の侍だけが持つ、息が詰まるほどの重圧感(プレッシャー)が、平和だったオフィスを瞬時に戦場へと塗り替える。
「お前みたいなガキが、人斬りなんざやってんのか……。命狙われた当事者としては、当然の疑問だと思うがねェ」
それは鋭い追及であり、同時に、凄みの裏に隠された「ひとりで抱え込んでるもんがあるなら全部吐き出せ」という、彼なりの酷く不器用な気遣いでもあった。
しかし、サクラはその温い手にすがるわけにはいかなかった。彼女はギュッと顔を伏せ、鋼のように頑なに心を閉ざす。
「……貴方たちには、これ以上迷惑をかけない」
喉の奥から絞り出すような、悲痛な、けれど決して曲げられない固い意志を持った声。
「それに、私には……どうしても、やらないといけないことが――」
サクラは力強く言い放ち、己の覚悟を示すため、手元の愛刀を引き抜いて見得を切ろうとした。
「――って、アレ?」
サクラの手は、空しく虚空の空気を掴んでいた。
あるはずの硬い鞘の感触がない。手に馴染んだ柄の感触がない。
冷徹な暗殺者の顔面に、みるみるうちに「純度100%の素の困惑」が広がっていく。
「か、刀は……?」
キョロキョロと、まるで迷子になった子供のように周囲を見渡すサクラ。
そんな彼女の耳に、オフィスの隅から、今の張り詰めたシリアスな空気には1ミリもそぐわない、なんとも無邪気でアホらしい歓声が届いた。
「すごいネ、銀ちゃん! 刀振ったらジャブジャブ水が出てくるアル!! これでいつでも水遊びできるネ!」
「うぉぉぉッ!? マジでかァァァ!?」
サクラが弾かれたように振り返る。
そこには、目をキラキラと輝かせた神楽と銀時がいた。彼らは、いつの間にかサクラの腰から鮮やかにスリ取った美しい紺碧の妖刀を、まるでデパートのオモチャ売り場で買ってもらったばかりの新作玩具のように、キャッキャと無邪気に振り回していたのである。
刀身が空を切るたびに、本来なら人を斬るための美しい水飛沫が、オフィスの観葉植物やらソファやらをビチャビチャと景気良く濡らしていく。
「これアレだろ!? 完全に『日◯刀』ってやつだろ!? なぁ神楽、銀さんこれで『水の呼吸』とか扱えたりする!? 家族を惨殺された長男の顔つきになれちゃう!? 禰◯子ォォ!とか叫びながら鬼とか滅せられちゃう感じ!?」
先ほどまでの圧倒的な凄みは完全に霧散し(というか元々そんなものはなく)、銀時は某大ヒット鬼退治マンガの主人公になりきって、一人ではしゃぎ倒している。
「オイィィィィィィッ!!!」
あまりの落差と台無し感に、新八の魂のツッコミ(絶叫)が、平和なオフィスに大音量で響き渡った。
「人がせっかく! シリアスな空気作って! 彼女の背負ってる悲しい事情を聞き出そうとしてたのに、アンタら背後で何してんの!? 何でいつの間にかスリ取って某大ヒット刃の真似事してんの!? サクラさん完全にドン引きして呆然としてるじゃないすか!!」
怒髪天を突く勢いでキレ散らかす新八のツッコミも虚しく。
「水の呼吸 拾弍之型! ネオアームストロングサイクロンサイクロンジェットアームストロング砲!」と叫びながらオフィスを水浸しにする銀時と神楽の『ごっこ遊び』は、止まる気配を一切見せないのだった。
飛沫を上げて乱舞する紺碧の刃。平和なオフィスは、あっという間に某大ヒット和風剣戟アニメの修行場(あるいは水浸しの惨状)と化していた。
神楽はビチャビチャになった部室でピタリと動きを止め、ひどく冷めた、まるで可哀想なものを見るような目で新八を見下ろした。
「今更、私たちに何を求めてるアルか、新八」
「えっ……?」
「そうだよ、ぱっつぁん」
神楽の言葉に同意するように、銀時が振り返る。
驚くべきことに、彼の出で立ちはいつもの白地の着流しから、いつの間に用意したのか**『市松模様の羽織』に、耳には『花札のような耳飾り』**という、完全にアウトな姿へと瞬時にすり替わっていた。おまけに肩にはどこから連れてきたのか、異様に目の据わったカラスまで乗せている。
「初週の映画興行収入で、向こうの無限城に侵入した鬼狩り様たちに十倍以上も差を広げられてんだよ? こちとらアニメ映画界の端くれとして、もはやプライドとかなんとか言ってる次元じゃねェんだよ」
銀時は手にした刀を肩に担ぎ、どこまでも清々しい、恥知らずなドヤ顔で言い放った。
「恥も外聞もかなぐり捨てて、乗れる波(ブーム)には全力で乗っていく! それが俺たち万事屋の生き様ってもんだろーが!!」
ザパァァァァンッ!!
銀時の言葉を裏付けるかのように、彼の背後に幻覚の浮世絵のような巨大な荒波がザッパーンと立ち上る(ような気がした)。あまりの堂々たるパクリ宣言に、新八はツッコミの言葉すら失い、口をパクパクとさせる。
しかし、銀時の容赦ない刃(メタ発言)は、そこでは止まらなかった。
「あ、そっか〜」
ふと、銀時は何か重大な事実に気づいたようにポンッと手を叩き、ひどく意地悪な、ニヤニヤとした笑みを浮かべて新八を見た。
「そういやお前(の中の人)、『鬼滅』どころか『呪術』の方にもアレなんだっけ〜。そりゃあ、波に乗れない側の人間としては、この水飛沫もただの冷や水にしか見えねェよなァ〜」
「あ、忘れてたアル。お前、どっちのメガヒット作のオーディションも……おっと、これ以上は新八の存在意義(アイデンティティ)に関わるネ」
神楽がわざとらしく口元を押さえて同情の目を向ける。
グサァァァァッ!!!
新八の胸の奥深くに、目に見えない巨大な日輪刀と特級呪物が同時に突き刺さった。
万事屋のリーダー(中の人は岩柱)とヒロインからの、あまりにも生々しすぎる声優(メタ)いじり。
「は……っ、はァ!!?」
新八の顔面から一気に血の気が引き、メガネのレンズが哀愁を帯びて曇る。彼は両手をぶんぶんと振り回し、顔を真っ赤にして裏返った声で絶叫した。
「べ、別に出てないからって困るもんじゃないし!? 確かにジャンプの二大看板アニメに呼ばれてないのは事実だけど、別に僕、そういうの気にしてないし!!」
ズレたメガネをガタガタと震える手で押し上げながら、新八は自身の自尊心(と中の人のキャリア)を必死で防衛しようと喚き散らす。
「別に! 『鬼滅』に『呪術』に出るのが声優の全てじゃないから!! ぼ、僕だって、キヴォトスでこうやってツッコミの仕事貰えてるんだからァァァ!!」
涙目になりながらも必死に虚勢を張る新八の叫びは、悲しいほどに説得力がなく、ただただ虚しく水浸しのオフィスに響き渡るのだった。
その横で、サクラは「この人たち、一体何と戦っているの……?」と、完全にドン引きしたまま完全に置いてけぼりを食らっていた。
いつ終わるともしれない万事屋のパロディ地獄。
そのあまりの馬鹿馬鹿しさと、自分の大切なものをオモチャにされる屈辱に、ついにサクラの中で張り詰めていた「冷酷な暗殺者」としての糸が、プツンと音を立てて千切れた。
「も、もう良いでしょ! いい加減にして! 返してよッ!?」
水浸しになったオフィスの床を踏み鳴らし、サクラは涙目になりながら叫んだ。
凄みも殺気もない、ただの年相応の少女の悲痛な叫び。彼女はすがるような目で、銀時の手にある紺碧の刀を強く睨みつける。
「それは……っ、私の……『師匠の形見』なんだから!!」
悲痛な響きを帯びたその言葉が、水音の絶えない部屋にピタリと時を止めさせた。
形見。
その重すぎる単語を聞いた瞬間、はしゃぎ回っていた銀時の動きがピタッと止まり、目が見開かれる。
「………!? し、師匠……?」
銀時の脳内で、凄まじい速度で点と点が線で繋がっていく。
『水の呼吸』のようなエフェクトを放つ刀。そして、少女の頭に乗せられた『狐の面』。さらに『師匠』という決定的なキーワード。
「お、おい待て。その狐面……ってことは、もしかしてお前……鱗だ――」
大人の事情(著作権)を完全に無視した、某天狗のお面を被った育手の名前を口にしかけた、まさにその刹那である。
――ドスッ!!!
「アッブゥゥゥッ!?」
銀時の口から、カエルの潰れたような奇声が漏れた。
いつの間に万事屋の傘立てから引っこ抜いたのか。サクラの両手には、銀時の愛刀である『洞爺湖』と彫られた木刀がしっかりと握られており――その切っ先は、無防備な銀時の尻の穴(ピンポイント)に、親の仇のごとく深く、そして容赦なく突き刺さっていた。
木刀の柄を握りしめ、サクラは氷点下の声で冷酷に吐き捨てた。
「……判断が遅い」
「アヒィィィィッ!? 痛い痛い痛い! 割れる! 銀さんの藤の花が真っ二つに割れちゃうからァァァ!!」
「銀さんの藤の花は最初から割れてますよ」
尻を押さえて床をのたうち回る銀時。大ヒットアニメの超名言を、まさか自身の木刀によるカンチョーという最悪の形で回収されるとは思っていなかったのだろう。
サクラはその隙に銀時の手から自身の愛刀をひったくり、大事そうに胸に抱き抱えた。
「ま、待てって……ストップ、タイム、タイム……っ」
涙目で尻をさすりながら、銀時はなんとか床に膝をついた。
先ほどまでのふざけきった態度は(尻の痛みも相まって)なりを潜め、少しだけ、いつもの『面倒見のいい大人』の顔が覗いている。
「……ちょっくら、お前を連れてかねぇといけねぇ場所があるから………話はそこで聞くから」
「どうせ……」
サクラは刀を抱きしめたまま、警戒心を露わにして一歩後ずさった。
「ヴァルキューレ警察学校とかに、私を突き出すんでしょ。先生(オトナ)なんて、みんなそう……」
暗殺未遂の現行犯。当然の処置だ。大人に裏切られ、利用されてきた(であろう)彼女の瞳には、深い諦めと不信感が渦巻いていた。
しかし、銀時はゆっくりと立ち上がり、乱れた着流しの襟を正して、ふっと鼻を鳴らした。
「んなとこじゃねぇよ」
その声には、一切の嘘や誤魔化しが含まれていなかった。
銀時は足元に転がった木刀を拾い上げ、肩にポンと担ぐと、真っ直ぐにサクラの狐の面を見据えた。
「良いから、黙って俺たちについてこい」
そして、先ほど尻に受けた痛みを返すように、ニヤリと口角を上げて挑発的に笑う。
「……判断が、遅ぇぞ?」
「……?」
サクラは目を瞬かせた。
ヴァルキューレではない場所。このふざけた、けれど時折底知れない凄みを見せる大人が、自分をどこへ連れて行こうとしているのか。
サクラの瞳に小さな戸惑いと、ほんの僅かな『期待』のようなものが揺らいでいた。
ーーーーーーーーーーーーーー
銀時が「連れていかねぇといけない場所」と豪語してサクラを引きずり込んだ先。
それは、ヴァルキューレの無機質な取調室でも、シャーレの会議室でもなかった。
煌びやかな提灯が夜空を彩り、三味線や太鼓の軽快な音色がどこからともなく響いてくる和の繁華街――百鬼夜行連合学院のど真ん中。
その中でも一際豪壮な構えを見せる木造の茶屋、『ひのや』の暖簾の前だった。
「…………ッ!!」
その看板を見上げた瞬間、サクラの顔面からサーッと血の気が引いた。
狐の面の下で、彼女の瞳が極限まで見開かれ、呼吸が浅く乱れる。猟犬の群れの中に自ら飛び込んでしまった仔狐のように、彼女はパニックに陥りながら銀時の着物の袖を力任せに引いた。
「ち、ちょっと……ッ!」
サクラは周囲の目を盗むように身を屈め、歯の隙間から絞り出すような必死の小声で銀時に詰め寄った。
「何で、よりにもよって『ひのや』なの!? ここ、百華(ひゃっか)の本部みたいなところじゃないッ!?」
百華――それは、百鬼夜行の治安を乱す者を容赦なく排除する、泣く子も黙る自警団。そして何より、サクラ自身が陰陽面の男の命令によって「始末」を下した相手たちの巣窟である。
そんな死地に、暗殺の実行犯である自分を堂々と連れてくるなど、狂気の沙汰としか思えなかった。
しかし、当の銀時はといえば、狐のように目を吊り上げるサクラを不思議そうに見下ろし、小指で器用に鼻をほじりながら、これ以上なく呑気な小声で返してきた。
「え? だって、お前のその着物姿、どう見ても百鬼夜行の服装じゃん?」
「制服って柄でもねェし、シャーレで事情聞こうとしても口割らねェし。だったら、俺たち『銀魂』の定番のノリ的に、こういう和風の茶屋で団子でもモサモサ食いながら腹割って話した方が、ポロリと本音が出るかな〜って。そういう粋な大人の計らいなわけよ」
「粋な計らいで死地に連れ込まれてたまるかッ! バカなの!? 小説のテンプレ展開のために私の命をベットしないでよ!」
半泣きになりながらツッコミを入れるサクラ。その必死すぎる狼狽ぶりに、銀時は鼻をほじる手をピタリと止めた。
「……それとも、何か?」
不意に、銀時の声のトーンが一段低く落ちた。
死んだ魚のような、しかし決して底を見せない濁った瞳が、サクラの焦燥を真っ直ぐに射抜く。
「お前、こんな大通りにある茶屋(店)に顔も出せねェくらい……ここ(百鬼夜行)でも何か『やらかしてたり』するわけ?」
「ッ……!」
図星を深く、鋭く抉られたサクラの喉がヒュッと鳴った。
この男は、本当にただの思いつきでここへ来たのか。それとも、自分が百華を襲撃した犯人であると薄々感づいた上で、あえてこの『現場』へと連れてきたのか。
煌びやかな提灯の光が、影を濃く落とす銀時の顔を不敵に照らし出している。
サクラはごくりと固唾を呑み、胸に抱いた愛刀を無意識に強く抱きしめた。
「何してるんですか、銀さん。店の前で突っ立って」
重苦しい緊迫感をぶち壊すように、暖簾の奥からひょっこりと顔を出したのは、すっかり席についてくつろいでいた新八だった。
その隣からは、先ほどの『鬼退治ごっこ』の熱がまだ冷めやらない神楽が、ビシッとサクラと銀時を指差して言い放つ。
「判断が遅いアルよ、二人とも! さっさと席につかないと団子売り切れるネ!」
「へいへい、わーったよ。今行くっつーの」
呆れ顔の新八と、謎の天狗(?)目線で急かす神楽に毒気を抜かれ、銀時はやれやれと首を後ろに掻きながら暖簾をくぐった。
赤い野点傘(のだてがさ)の下に用意された長椅子に、銀時がどっかと腰を下ろした、その時である。
「主人殿〜! ご注文はどうしますか、ニンニン!」
ポンッ!という軽快な効果音すら聞こえてきそうな勢いで、煙と共に一人の小柄なウエイター――いや、くノ一が現れた。
百鬼夜行連合学院・忍術研究部のミチル……ではなく、キツネ耳をぴこぴこと揺らす後輩忍者、イズナであった。ご丁寧に、店の制服に身を包み、お盆を器用に指先で回している。
「え? 何お前、こんなとこで働いてんの?」
銀時が目を丸くして尋ねると、イズナは「はい!」と元気よく頷き、胸を張った。
「忍術研究部のみんなで、『忍びならではの武器であるクナイの扱いを、百華の皆さんから直接学びながらアルバイトも出来る』という一石二鳥の修行として、ここで頑張って働いている次第です!」
「あっそ。たくましいこったね。じゃあ、とりあえずみたらし団子6つ」
感心したような、全くしていないような適当な相槌を打ち、銀時はメニューも見ずに注文を済ませる。そして、まだ店の入り口で石像のように固まっている少女に向かって、顎でクイッとしゃくった。
「おい、いつまで突っ立ってんだ。早く来いよー」
「…………っ」
サクラは、暖簾を握りしめたまま、激しい葛藤に苛まれていた。
(ま、まぁ……中に入って適当にお茶を濁すくらいなら、いいよね……。いくらここが百華の息がかかった店だとしても、そう都合よく見つかるわけがないし)
サクラは、自身の顔を隠す狐の面を深く被り直し、深呼吸を一つした。
(そう、あの、クナイを雨のように降らせる『頭のお姉さん(頭領)』にさえ会わなければいいだけの話だし……。コソコソしていれば、バレずにやり過ごせるはず――)
己にそう言い聞かせ、意を決してサクラがそろりそろりと店内に足を踏み入れた、まさにその瞬間だった。
「なんじゃ、主(ぬし)らか……」
紫煙の匂い。
カツン、という遊女特有の甲高い足音と共に、奥の座敷から現れたのは、長いキセルをふかし、艶やかな着物のスリットから網タイツの美脚を覗かせる金髪の美女――百華の頭である『月詠(つくよ)』であった。
サクラの心臓が、文字通り「ヒュッ」と音を立てて凍りつく。
月詠は、銀時たちを見るなりキセルからふぅと細い紫煙を吐き出し、ひどく気怠げに、そして心底うんざりしたような声で言った。
「また、あの厄介なストーカー共の引き取りにでも来たのか?」
天井裏に潜むという、次元の壁を超越したストーカー被害(しかもキヴォトスと江戸の最強クラスのハイブリッド)の報告。
しかし、今のサクラにとって、そんなギャグのような惨状など全くどうでもよかった。
狐の面の奥で、彼女の顔面は蒼白を通り越して土気色に染まり、全身の毛穴という毛穴から滝のような冷や汗が噴き出している。
(終わった……!! よりにもよって、入店一秒で真っ先にあっちゃいけない人(ラスボス)に会っちゃったァァァァ!!!)
絶対に遭遇してはならない、自身が手を下した組織のトップ。月詠が放つ、歴戦の強者特有の静かなる威圧感を前に、暗殺者サクラのささやかな生存フラグは、乾いた音を立てて無惨にへし折られたのだった。
「どうしたアルかサクラ? 突っ立ったまま、生まれたての子鹿みたいにガクガク震えてるアルよ?」
空気を読むという概念を持たない神楽の無邪気な問いかけが、サクラの背筋に氷柱を突き立てる。
「い、いや……っ、別に……なんでも……っ」
引き攣った喉から、掠れた声がどうにか漏れ出る。極度の緊張で舌がもつれ、まともな弁明すら思い浮かばない。
「……銀時。誰じゃ、その連れの子は?」
不意に、月詠の冷ややかな視線が、銀時からサクラへとスライドした。
「見ない顔じゃが……」
――ビクゥッ!!!
まるで首筋に鋭利なクナイを突きつけられたかのように、サクラの肩が大きく跳ねた。
息が止まる。心臓が早鐘のように打ち鳴らされ、耳の奥でドクドクと不快な音を立てる。見透かされている。狐の面という薄っぺらい仮面など、この女の前では何の意味もなさない。
絶体絶命の窮地。
しかし、その重苦しい空気をぶち破るように、銀時がわざとらしく大きな声を上げた。
「いや〜! コイツゥ〜、ウチの田舎から出てきた遠い親戚の子でさぁ!」
銀時はサクラの肩をバンバンと乱暴に叩きながら、胡散臭さ満開の愛想笑いを浮かべる。
「今、絶賛『中二病』拗らせ中でよォ! ほら、こういう和風な場所に来るからって、気合い入れて謎の暗殺者コスプレしてんのよ! イタいお年頃なのよ! なぁ、サクラ!」
強引なでっち上げ。あまりにも雑な設定だが、銀時は有無を言わせぬ勢いで押し切ろうとする。
「ほう……?」
月詠は細めた瞳で、キセルの雁首をトントンと指先で叩いた。
その視線は、銀時の軽薄な態度を容易くすり抜け、彼に肩を抱かれて硬直しているサクラを真っ直ぐに射抜いていた。
「親戚のコスプレ狂い、か。……それにしては、随分と『本気で怯えている』ように見えるが?」
月詠の低く静かな声が、茶屋の空気を一瞬にして刃のように研ぎ澄ませた。
月詠の鋭い視線が、値踏みするようにサクラの全身を舐め回す。
その射抜くような眼光は、単なる茶屋の女将のものではない。数多の修羅場を潜り抜け、百鬼夜行の深い闇を束ねてきた『死神太夫』のそれだ。
サクラは息をするのも忘れ、狐の面の下で血が滲むほどに唇を強く噛み締めた。
(つ、捕まる……!)
自身がその手で沈めた百華の隊員たち。彼らの血の匂いが、まだこの身にべったりと染み付いているのではないか。拭い去れない罪悪感と恐怖が、サクラの心臓を冷たい手で鷲掴みにする。
月詠がキセルを握る手が、微かに動いたように見えた。絶体絶命の防衛本能から、サクラの指先が無意識のうちに目を瞑った――まさにその時だった。
「アレ、銀さんたちだ!」
張り詰めた殺気を無邪気にぶち破る、場違いなほど明るい少年の声。
「あ、晴太くん」
「久しぶりアル」
新八と神楽が、ホッと息を吐くように振り返って声を返す。現れたのは、吉原……もとい、ここ『ひのや』で手伝いをしている元気な少年、晴太だった。
「本当久しぶり! 2人は原作ぶりだっけ?」
何食わぬ顔でサラリと読者(視聴者)目線のメタ発言をかます晴太。しかし、彼の純粋な視線はすぐに、見慣れないキツネ面の少女へと釘付けになった。
「って、誰? その子」
「………ッ!」
突然注目を浴び、サクラは肩をビクッと跳ねさせて息を呑む。月詠の鋭い視線も依然としてこちらを向いたままだ。
「ああ〜、コイツ?」
銀時は、いつの間にか運ばれてきていたみたらし団子をモチャモチャと頬張りながら、緊張感の欠片もない、信じられないほど気の抜けた声で言い放った。
「今日からここでバイトすることになる子ぉ」
(……はぁァァァ!?)
サクラの脳内で、特大の爆弾が爆発した。
暗殺者として潜入(?)した敵のど真ん中で、まさかの従業員宣言。
「ち、ちょっと……ッ! 何勝手なこと言って――!」
サクラは周囲の百華に聞こえないギリギリの小声で凄みながら、銀時の着流しの胸ぐらをガシッと力任せに掴み上げた。さっきまでの怯えはどこへやら、理不尽極まりない巻き込み事故に対する純粋な怒りと焦りが大爆発している。
しかし、銀時は胸ぐらを掴まれたまま団子を飲み込み、痛くも痒くもなさそうに鼻をほじり続けている。
「えぇっ! じゃあ、僕の初めての『後輩』!?」
晴太の瞳が、パァァッと星を散らしたように輝き出した。年下(に見える)の新人アルバイトの登場に、少年のテンションは最高潮だ。
「そうそう、後輩後輩。良かったなァ晴太。これでようやく、お前も一番下っ端の**『癸(みずのと)』**から脱出だ」
しれっと他作品の鬼狩り組織の最下級ランクを引き合いに出し、適当極まりない祝辞を述べる銀時。サクラの抗議など、完全にBGM扱いである。
一触即発だったはずの茶屋の入り口は、銀時の口から出た出鱈目な嘘によって、瞬く間にカオスなコント空間へと上書きされていくのだった。
「ほら、そんなとこで怯えてないで、こっちおいでよ!」
晴太の屈託のない無邪気な声が響く。彼はサクラの手首をがしっと掴むと、躊躇う彼女を強引に茶屋の奥へと引っ張り込んだ。
「えっ!? え、えぇッ!?」
狐の面の奥で、サクラはパニックに陥りながらも、少年が引く手の予想外の温かさに抗いきれず、ズルズルと引きずられていく。
「おい、晴太……!」
月詠が鋭い声で少年を制止しようとし、忌々しげに銀時をキッと睨みつけた。
「銀時。お主、一体どういうつもりじゃ……」
『死神太夫』の凄みを込めた問い詰め。
しかし、銀時はいつもの飄々とした態度をスッと消し去り、死んだ魚のような目に、わずかに真剣な、しかしひどく重い色を宿して月詠を見返した。
「……まぁ、そういうこった」
多くを語らない。語れない事情がある。
その無言のメッセージを、月詠は瞬時に感じ取った。
「しばらくの間、アイツの面倒を頼んだぜ……」
銀時は首の後ろをボリボリと掻きながら、面倒くさそうに、けれど確かな責任感を滲ませてそう告げた。
それだけ言い残し、銀時はサクラたちの後を追って茶屋の奥へと歩き出す。
後に残された月詠は、紫煙を細く吐き出しながら、ただ無言でその背中を見送ることしかできなかった。
ーーーーー
茶屋のさらに奥深く。普段は使われない頑丈な格子戸がはめられた座敷――という名の、臨時の『牢屋』。
そこには、シャーレへの不法侵入および極度のストーカー容疑で捕縛された、次元を超えた二人の変態が収容されていた。
「あ、銀さん……ッ!」
格子にへばりつくようにして、紫色のくノ一装束に身を包んだ猿飛あやめ(さっちゃん)が、頬を赤らめて身悶えした。
「旦那様ぁっ!」
その隣では、同じく鉄格子を両手で握りしめ、ふさふさの尻尾を揺らす『災厄の狐』――ワカモが、恋する乙女のような潤んだ瞳で銀時を見つめている。
そんな強烈なストーカー二人組に対し、様子を見に来た万事屋三人組(銀時、新八、神楽)は、揃いも揃って絶対零度の虚無の瞳を向けていた。
「助けに来てくれたのね!? こうやって私を焦らした後に、無理やり連れ出してくれるプレイなんでしょ!?」
さっちゃんが鉄格子に顔を擦り付けて荒い息を吐く。
「旦那様! 信じてください、あの百鬼夜行を騒がせている連続襲撃事件、私は一切関わっておりません!! 最近は旦那様のお姿を天井裏から拝見するのに忙しくて、人斬りなどしている暇は――」
ワカモが身の潔白(と自身の犯罪行為)を必死に訴えかける。
「…………」
「…………」
「…………」
万事屋の三人は、顔を見合わせることもなく、ただ一言。
心の底からの、ひどく深いため息を「はぁぁ〜……」と同時に吐き出した。
そして、見事なシンクロ率でくるりと踵(きびす)を返し、騒ぎ立てる二人を完全に無視して、一言も発することなくその場を立ち去っていったのだった。
ーーーーー
それから、数日の時が流れた。
「い、いらっしゃいませ……っ」
『ひのや』の活気ある店内。
そこには、店の制服である見習い用の着物に身を包み、おぼつかない手つきでお盆を運ぶサクラの姿があった。
晴太に手を引かれ、イズナたち忍術研究部の面々に明るく教えられながら、サクラは慣れない『接客』という仕事に必死に食らいついていた。
「サクラお茶と団子のおかわりお願い!」
「は、はい! 今行きます!」
時折つまずきそうになったり、注文を聞き間違えたりしながらも、その声には初日にあったような『殺気』や『暗殺者としての冷たい壁』は消え失せつつある。
不器用ながらも一生懸命に働くその姿は、どこにでもいる普通の年相応の少女そのものだった。
その様子を、少し離れた帳場から、太陽のように温かな微笑みを浮かべる日輪と、静かにキセルをふかす月詠が、まるで母親のように優しく見守っている。
「どうですか?サクラさんの様子は」
「新八に神楽、銀時はどうした?」
「ああ、銀さんはなんかやることがあるとかで……」
「そうか」
「本当によく働くよ、あの子。慣れない仕事でも弱音一つ吐かないし、何より仕事の飲み込みが驚くほど早くてねェ」
まるで自分の娘の成長を誇るかのような、温かな響き。その横でキセルをくゆらせていた月詠は、ふぅと細い紫煙を宙に吐き出しながら、やれやれと呆れたように肩をすくめた。
「まったく……どこぞの万年金欠で家賃も払わぬ天パにも、あやつの爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいぐらいじゃ」
「あはは……本当、そうですね……」
姿の見えない雇い主(銀時)に対する辛辣な皮肉に、新八はズレたメガネを直しながら、愛想笑いで誤魔化すしかなかった。
『ひのや』を包む、どこまでも平和で長閑な日常の風景――新八はそう思っていた。
しかし。
「……しかし、これではっきりと確信したわ」
不意に、月詠の低い声から一切の温もりがスッと消え失せた。
新八がハッとして隣を見ると、月詠の瞳には先程までの茶屋の女将としての顔はない。そこにあったのは、百鬼夜行の闇を睨みつける冷徹な『百華の頭領』としての鋭い光だった。
彼女の視線の先には、無駄のない洗練された足運びで、重いお盆を軽々と運ぶサクラの背中がある。
「あの連続襲撃事件の『犯人』は、間違いなく奴だと……」
「……え?」
新八の顔から、スッと血の気が引いていく。
賑やかな店内の喧騒と、三味線の軽快な音色が、新八の耳から遠ざかり、代わりに冷たい緊張感が背筋を駆け上がっていった。
ーーーーーーー
カーン、カーン……ッ!
むせ返るような熱気と、火の粉が蛍のように舞い散る薄暗い空間。
赤熱した鋼を叩き上げる規則正しい槌(つち)の音が、リズミカルに響き渡る。銃火器が支配するキヴォトスにおいて、時代錯誤とも言える古風な鍛冶場。
そこで額に汗を滲ませ、一心不乱に鉄を打っていた刀鍛冶の少女――鉄子(てつこ)は、ふと背後の入り口に立つ影の気配に気づき、重い金槌を下ろした。
「……?」
防護用のゴーグルを額に押し上げ、煤(すす)で汚れた顔で不思議そうに振り返る鉄子。
「よォ。仕事中、邪魔するぜ」
暖簾を潜って立っていたのは、銀時であった。
しかし、その顔にいつもの覇気のない死んだ魚のような目の面影はない。修羅場をいくつも越えてきた本物の侍としての、静かで、底知れない凄みが全身から立ち昇っていた。
彼の肩には、厳重に布で巻かれ、鞘に納められた一本の日本刀――サクあの水飛沫を上げる『紺碧の妖刀』が担がれている。
次回
月詠「奴の背後には誰かいる……」
サクラ「ごめん……もう帰れないかも」
バカイザーMADAO「その刀をどこで手に入れた!?」
銀時「さぁゲロってもらうぜ洗いざらいな」
次回 オリジナルの設定入れすぎても大丈夫、だってこれ二次創作だから
ーーーーーーー
教えて、銀八先生
銀八「はぁーい、呼ばれて飛び立てなんとか〜坂田銀八でぇーす」
「はい、早速読者様の質問。」
「シュエリンさん、幼児化しても普通に強いってどゆことですか」
「はい、ズバリお答えします。」
「キヴォトスの生徒さんはみんな甘露寺蜜璃です。
可愛い見た目してて身体能力はバカみたく高い。
つまり、キヴォトスの生徒は全員が甘露寺蜜璃なんです。
小さくても力持ちなんです。強いんです。
現代版甘露寺蜜璃なんです」
「なのでブルアカの生徒さんのCVみんな花◯香菜で良いんじゃないかな?」
「と、アンケートのその他に書こうと思います」
「じゃあオリジナルストーリー村時雨篇読んで廊下に立ってなさーい」
〜透魂〜第一回キャラクター人気投票
-
銀時
-
新八
-
神楽
-
沖田
-
土方
-
山崎
-
高杉
-
桂
-
定春
-
エリザベス
-
ホシノ
-
シロコ
-
ヒナ
-
アコ
-
ミカ
-
ナギサ
-
セイア
-
ユウカ
-
ノア
-
近藤