透き通る世界を照らす銀魂(ぎんのたましい)   作:時代に遅れている

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想い寄せれば 桜ひらひら
こぼれ落ちる僕たちの涙
いついつまでも交わした笑顔
君との約束 全ての時よ輝き続けて
旅立つ日の君に何も言えなかった
「さよなら...」想い出の場所
空っぽの春空 満ち溢れた心
わかっていたはずなのに
とめどなく刻み行く日々
繋ぎ止めたい想いを
想い寄せれば 桜ひらひら
こぼれ落ちる僕たちの涙
いついつまでも交わした笑顔
君との約束 全ての時よ輝き続けて
二人約束した桜の木の下であの日の君を探した
茜色 暮れていく空
忘れられない想いを
振り向けばほら 桜ひらひら
蘇る共に過ごした日々
歩んだ道は 色鮮やかに
僕のとなりに君は居ないよ 永久に降り積もれ
君に会いたくて会いたくて 桜が散る前に...
巡る季節の中 きらめいた君が居たこと
想い寄せれば 桜ひらひら
君を探して空を見上げた
もう一度だけ 出会えるのなら
君に伝える言葉があるよ 花びらにのせて


百三十三訓 流れるだけでなく確固たる自我を持て

 

 

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弾き落とされた無数の鉛玉が、真新しい畳の上にパラパラと無機質な音を立てて転がっていく。

その硝煙の立ち込める広間の中で、使いの者は表情の奥底に微かな苛立ちを滲ませつつも、あくまで優雅に、ひどく冷ややかで傲慢な笑みを浮かべた。

「……人生最後の瞬間ぐらい、最高の美味と空間で送り出してあげるのが、私なりの『作法』なのですが。どうやら、野蛮なあなた方には不要な気遣いだったようで」

それは、己の残酷な罠を美化する、悪党特有の歪んだ美学であった。

しかし、そんな気取った台詞に対し、銀時は肩に担いだ木刀をトントンと叩きながら、ニヤリと口角を深く吊り上げた。

「そうでもねぇよ」

死んだ魚のようだった瞳に、ギラリとした修羅の光が宿る。

「テメェらの『作法』とやらのおかげで、こっちも戦前の腹拵えがバッチリ出来たんだ。……存分に、この場を盛り上げてやるよ」

血で血を洗う死闘の幕開け。

悪を討つ侍としての、最高に痺れる見得切り――かと思われた、次の瞬間だった。

「この間の、パチ屋で玉当て損なって大負けした『腹いせ』……テメェらにぶつけてな」

「…………は?」

使いの者の顔から、優雅な笑みが綺麗に滑り落ちた。

百鬼夜行を裏で操る巨大組織に対する大義など微塵もない。ただのパチンコでスッたオッサンの、純度100%のドス黒い私怨であった。

「……わっちは、愛用のキセルの葉がちょうど切れてイライラしておったところじゃ。その腹いせ、主らで晴らさせてもらう」

月詠が、両手に構えたクナイをチャキリと鳴らす。冷徹な死神のオーラを放ってはいるが、その動機は極めて個人的な「ニコチン切れの八つ当たり」である。

「私はッ! 大事なご飯の時間を台無しにされた腹いせネ!!」

神楽は、飛来した弾丸を番傘で豪快に弾き落としながらも、逆の手でしっかりと巨大なエビの天ぷらを口に押し込み、モチャモチャと咀嚼しながら怒り狂っている。もはや食欲が殺意を凌駕していた。

「僕はッ! この小説内で、お通ちゃん(アイドル)の出番が全く用意されていないことの腹いせでッ!!」

新八に至っては、目の前の敵に対する怒りですらなく、物語の構成(と作者)に対する魂のメタ・クレームを木刀に乗せて絶叫した。ズレたメガネの奥の瞳は、血の涙を流さんばかりに血走っている。

あまりにもくだらなく、そしてどこまでも身勝手な理由のオンパレード。

その時、銀時の懐にしまわれたタブレット端末『シッテムの箱』から、ポンッ!という小気味良い音と共に、ホログラムの少女が勢いよく飛び出した。

「ちょぉぉっと待ってください!! 皆さん、ただの自分勝手な欲望の『腹いせ』かまそうとしてるだけなんですけど!?」

シッテムの箱から飛び出した高性能AI・アロナの悲痛なツッコミが、絢爛豪華な広間に空しく木霊する。しかし、その間の抜けた響きすらも、場を支配し始めた凍てつくような殺気を和らげることはできなかった。

使いの者の顔からは、先程まで張り付いていた優雅な笑みが完全に剥げ落ちていた。

まるで精巧に作られた無機質な能面。その瞳には、人間的な感情の一切を削ぎ落とした底知れない冷酷さだけが黒々と湛えられており、ただ物理的な動作として薄い唇が静かに開かれた。

「………おやりなさい」

ささやくような、低く冷ややかなその一言。それが、この密室における死の狂宴の、絶対的な『合図』であった。

ドガァァァンッ!!

爆音が鼓膜を叩き、四方を囲む極彩色の襖が、まるで内側から巨大な圧力で弾け飛んだかのように一斉に吹き飛んだ。

豪奢な装飾が施された客間の壁が崩れ落ち、天井の板目が雨あられと降り注ぎ、さらには床下の真新しい畳すらも無残に突き破られる。そこから現れたのは、黒装束に身を包んだカポネ・アルの構成員たちだった。彼らは意志を持たない黒い泥の濁流のごとく、広間へと絶え間なく雪崩れ込んでくる。その手には、キヴォトス特有の無骨なアサルトライフルや、殺傷能力に特化した凶悪なサブマシンガンが鈍い光を放ちながら握られていた。

「オラァァァッ!!」

裂帛の気合いと共に、銀時が床板を軋ませるほどの尋常ならざる踏み込みで地を蹴った。

衝撃で青畳がひしゃげ、い草の匂いが舞い散る中、愛用の木刀『洞爺湖』が重苦しい空気を引き裂き、凶暴な唸りを上げて横薙ぎに一閃される。

ドゴォォォンッ!!

たった一振り。ただそれだけの動作で、先陣を切って飛び込んできた十人近い重武装の男たちが、まるで凄まじい暴風に巻き込まれた枯れ葉のようにまとめて吹き飛ばされた。朱塗りの豪奢な欄干が木端微塵に粉砕され、男たちは夜の海へと無惨に叩き落とされていく。キヴォトスの生徒が有する「神秘」の加護すらも力任せに粉砕する、物理法則を度外視した理不尽極まりない一撃である。

「ホアチャァァッ!!」

高く澄んだ掛け声とともに、神楽が舞う。彼女は愛用の番傘の先端から、容赦ない銃弾の雨を四方八方へと乱れ撃ちながら、一切の無駄を省いた夜兎の戦闘術で敵陣のど真ん中を蹂躙していく。小柄な身体から繰り出される規格外の蹴りが一発決まるたびに、筋骨隆々の大男がピンボールのように天井までバウンドし、悲鳴を上げる間すら与えられずに次々と意識を刈り取られていった。

一方、月詠は舞い散る火の粉とむせ返るような硝煙の中を、まるで花魁の優雅な舞のように滑らかにすり抜けていく。彼女の指先から放たれる無数のクナイが、暗闇に銀の軌跡を描きながら、敵の銃身を的確に弾き、急所を容赦なく穿っていく。

「そこだァッ!!」

新八もまた、伊達に万事屋で数々の修羅場を潜り抜けてきたわけではない。四方から飛来する銃弾の軌道を瞬時に読み切り、木刀で的確に弾き落としながら、鋭い踏み込みで死角へと潜り込む。そして、淀みない連撃で次々と敵の顎を打ち抜き、確実に無力化していく。

彼らの戦闘力は、まさに一騎当千。圧倒的、という言葉すら生ぬるく感じられるほどの『暴の化身』たちが、そこに顕現していた。

――しかし。

「チッ……! なんだこの数……次から次へと湧いて出やがって!」

銀時が、両手で握りしめた木刀で二人の男の脳天を同時にカチ割りながら、忌々しそうに舌打ちを漏らした。

その死んだ魚のような瞳には、明確な焦燥が浮かび始めている。

これほどまでに圧倒的な力で敵をなぎ倒しているにも関わらず、一行は広間の中央から一歩たりとも『前』に進めていなかったのだ。

倒しても、倒しても、廊下の奥の暗がりから、ひしゃげた窓の外から、吹き飛んだ天井の穴から、狂乱状態の蟻の群れのように、次から次へと新たな敵が際限なく湧き出してくる。

構成員個々の力は、万事屋一行の足元にも及ばない有象無象に過ぎない。だが、死の恐怖すら麻痺したかのようなその異常な『数』と『質量』が、幾重にも連なる物理的な肉の壁となって、銀時たちの行く手を完全に塞いでいた。四方八方から飛び交う凶弾の雨あられが、顔の周りを飛び回る鬱陶しい羽虫の群れのように、絶え間なく彼らの足止めを強要してくる。

「キリがないネ!」

神楽が苛立ち紛れに番傘を大きく薙ぎ払い、周囲の敵を一気に円形に吹き飛ばす。だが、その強烈な一撃によって生まれた僅かな空白すらも、一瞬の瞬きに等しい時間で、次なる黒装束の群れによって黒々と埋め尽くされてしまう。

血と硝煙が混じり合う混沌と殺戮の渦。

その凄惨な光景を、使いの者は広間の奥、安全な高みから冷ややかに見下ろしていた。

化け物じみた万事屋の戦闘力には、彼も面の下で微かな驚愕を覚えていた。だが、所詮は多勢に無勢である。この無限にも等しい物量の波状攻撃の前に、どれほど強靭な肉体を持っていようと、いずれは疲弊し、息絶える。

そう確信したかのように、使いの者は興味を失った冷たい瞳で背を向け、優雅に身を翻した。

「この場で存分に『腹いせ』とやらを晴らすといいでしょう。……それでは、私はこれで」

「あ! 待ちやがれ!!」

挑発的な捨て台詞に、銀時の怒声が爆発した。木刀を猛然と振るい、立ちはだかる肉の壁を無理やりこじ開けようと前方へ突進する。

だが、その行く手を完全に塞ぐように、新たに湧き出した数十人もの構成員が、一斉に重機関銃を構えて分厚い銃口の壁を作った。

ダダダダダッ!

鼓膜を容赦なく破るような轟音と共に、一斉射撃の火線が放たれる。濃密な鉛の弾幕が、銀時の歩みを強引に、そして無慈悲に押し留めた。

「クソッ……!」

銀時が舌打ちと共に防御の姿勢を取る。

その鬱陶しい弾幕と、濛々と立ち込める硝煙の向こう側で――。

使いの者の姿は、音もなく開いたからくり扉の奥、深い深い屋敷の闇の中へと、亡霊のように静かに消え去っていったのだった。

むせ返るような硝煙と、とめどなく流れ込んでくる黒装束の群れ。

床に散らばった無数の薬莢が、彼らが踏み込むたびにじゃらじゃらと無機質な音を立てる。いくらなぎ倒しても一向に減る気配のない絶望的な物量を前に、神楽が愛用の番傘を構え直しながら、緊迫した声を上げた。

「銀ちゃん、どうするアルか?」

その額には微かな汗が滲んでいる。夜兎の無尽蔵な体力をもってしても、この無限湧きする肉の壁を正攻法で突破するのは骨が折れると本能が悟っていた。

「どうするも何も、コイツらぶっ飛ばして前に行くしかねぇだろ……」

銀時は、両手で握りしめた木刀『洞爺湖』の柄にギリッと力を込めた。死んだ魚のような瞳には一切の諦めはないが、その呼吸は戦闘の激しさを物語るように荒く熱を帯びている。

「でも銀さん、この数ですよ」

新八が、ズレたメガネを震える指で押し上げながら悲痛な声を漏らす。廊下の奥からさらに湧き出してくるカポネ・アルの構成員たちは、もはや人の形をした黒い津波であった。

その圧倒的な死の壁を前にして。

スッ、と。

一行の中から、小柄ながらも凛とした影が一歩前へと進み出た。

月詠である。彼女は両手の指の間に、冷たい銀色の光を放つ無数のクナイを扇状に構え、その艶やかな背中で銀時たちを庇うように立ち塞がった。

死地に赴く女の、あまりにも見慣れた、そして哀しいほどに揺るぎない自己犠牲の立ち姿。

「月詠さん……またですか?」

新八が、呆れと心配が入り混じったような疲れたため息をつく。吉原の炎上から今日に至るまで、彼女はいつだってそうやって、自分一人で全てを背負い込もうとするのだ。

「わっちがここを食いとめる……主らは先に行け」

月詠の言葉には、一片の迷いもなかった。

自分を犠牲にしてでも、愛する者たちを前へ進ませる。百華の頭領たる『死神太夫』の、冷徹で、ひどく不器用な決意の表れだった。

しかし――その悲壮な覚悟は、すぐ隣に並び立った銀髪の侍によって、物理的に、かつ乱暴に叩き折られた。

「バカ言ってんじゃねぇよ」

銀時が怒声と共に鋭く踏み込み、迫り来る敵の群れに向かって木刀を猛然と振るう。

ゴォォォンッ! と、空気を叩き割るような衝撃波と共に数人の敵が吹き飛ぶ中、銀時は月詠をキッと睨みつけた。

「言ったろ、俺ぁ去り際に吐く女の戯言、間に受けねぇことにしてるってッ!」

かつて吉原の深い地下で、彼女を絶望の糸から引きずり出した時の、あの揺るぎない誓い。

銀時はさらに敵をなぎ倒しながら、血を吐くような強引さで吠えた。

「それに今回の件、巻き込んだのはこの俺だ。置いていけ」

誰かを犠牲にして進む道など、坂田銀時の辞書には存在しない。業を背負うのは自分一人でいいという、これまた男の不器用極まりない意地の張り合いである。

「わっちが残ると言っておるんじゃ!」

月詠も負けじと声を荒らげ、銀時の前に出ようとクナイを構える。

「俺が残るって言ってんだろうが!」

銀時がそれを遮るように木刀を振り回し、もはや敵の存在を置き去りにして、死地のど真ん中で壮絶な口論が勃発した。

飛び交う銃弾の雨の中で、一歩も引こうとしない意地と意地のぶつかり合い。

「ちょっとちょっと二人とも! いい加減にーー」

圧倒的ピンチの中で繰り広げられる、緊張感ゼロの痴話喧嘩。新八がたまらず顔を真っ赤にしてツッコミの声を張り上げた、まさにその瞬間だった。

ダダダダダダッ!!

シュパパパパパンッ!!

突如、カポネ・アルの群れの『背後』――すなわち、広間へと続く廊下の奥から、閃光のような銃弾の雨と、鋭い風切り音を伴った無数の手裏剣やクナイが、容赦なく敵陣を強襲した。

「グアァァッ!?」

「な、なんだ背後から……ッ!」

完全に意表を突かれた黒装束たちが、次々と悲鳴を上げて崩れ落ちていく。分厚い肉の壁が内側から切り崩され、濛々と立ち込める硝煙の向こうに、月明かりを背負った三つの少女の影が浮かび上がった。

「そうよ、夫婦漫才は後にしなさい」

煙の中から響いてきたのは、ひどく得意げで、どこか小憎らしい少女の声。

「あっ、あなたたちは!」

新八が驚きと安堵に目を丸くする。

そこに立っていたのは、桜吹雪の舞う夜空を背景に見栄を切る、百鬼夜行連合学院・忍術研究部の面々であった。

「ふふん! 私たち、呼ばれず忍びてーー」

部長であるミチルが、右手を顔の前にかざし、これ以上ないほどバッチリと決まった(と本人が思っている)ポーズで、忍びとしての最高にクールな口上を述べようとした。

――だが、その最高にシリアスな見せ場は、隣で千切れんばかりに尻尾を振る、純真無垢な黄金の精神によって無残に粉砕された。

「主殿〜! 助けに来ましたよ〜!」

イズナが、口上など完全に無視して、パァァッと顔を輝かせながら銀時たちに向かって大きく両手を振り、ぴょんぴょんと飛び跳ねてしまったのだ。隠密もへったくれもない、ただの元気な仔犬のごとき忠誠心の爆発である。

「…………ちょっとイズナ!」

ビシッと決めていたミチルのポーズが、音を立てて崩れ落ちた。顔を真っ赤にして、隣の無邪気な後輩へと怒りのツッコミを入れる。

「せっかくの決め台詞が台無しにーー!」

命懸けの戦場への奇襲という最高に美味しいシチュエーションを、台本通りにこなせなかったことへの痛恨の極み。ワナワナと震えるミチルの背後で、身の丈ほどもある手裏剣を背負った長身の少女――ツクヨが、ひどく申し訳なさそうに、オロオロと指を絡ませながら口を開いた。

「あ、あのー……部長?」

「何?」

ミチルが不機嫌そうに振り返る。

「全然……忍んでないですけど」

ツクヨから放たれた、あまりにも冷静で、ぐうの音も出ないほど的確なド正論。

派手な爆発と共に登場し、大声で夫婦漫才を指摘し、あまつさえ大声で名乗りを上げようとしていた彼女たちの行動は、忍びの基本である『隠密』の対極に位置していた。

(し、しまったァァァ!!)

ツクヨから放たれた、あまりにも純粋で残酷なド正論。その言葉が脳天を直撃した瞬間、ミチルの内心で盛大な警報が鳴り響いた。

(そうよ! 忍びは暗闇に潜み、気配を殺してなんぼなのに……私たち、登場から名乗りから何から何まで、全っ然忍んでない! 忍ぶどころか、極彩色のスポットライト浴びてるレベルでめちゃくちゃ目立ってる!!)

顔面からサァァッと血の気が引き、額に滝のような冷や汗が噴き出す。しかし、部長としてのちっぽけなプライドが、ここで非を認めることを強烈に拒絶した。

「お、大いなる忍びは、時に大胆な陽動をも辞さない!」

ミチルはワナワナと震える足を必死に踏ん張り、ビシッと夜空に向けて指を突き出した。顔を引き攣らせながらも、無理やりドヤ顔を作り上げて声を張り上げる。

「これぞまさに『木を隠すなら森、人を隠すならド派手な爆発の中』の術!!」

「いや、爆発してるのはテメェらの頭ーー」

「はいそこ! ちょっと黙る!」

冷え切った死んだ魚の瞳で放たれた銀時の的確すぎるツッコミを、ミチルは顔を真っ赤にして食い気味に怒鳴りつけて粉砕した。事実だからこそ、これ以上いじられるわけにはいかないのだ。

「それにしても……ミチルさんたちは、どうやってここに?」

新八が、ズレたメガネを直しながら純粋な疑問を口にした。この島原獄楽島は、法も秩序も届かない広大な迷宮だ。カポネ・アルの心臓部であるこの水上屋敷まで、どうやってピンポイントで辿り着いたのか。

「それはですねーームグッ!」

イズナがピンと立てた狐耳を揺らし、あの地獄のような『最後の一発アンケート』の珍道中を元気いっぱいに語ろうと口を開いた瞬間。

ミチルの手が恐るべき速度で伸び、後輩の口を強引に、かつ物理的に封鎖した。

「情報収集よ! 忍びとして当然でしょ!」

ミチルはイズナの口を塞いだまま、不自然なほど高い声で早口に捲し立てた。あんなスケベジジイたちの下世話な欲望を聞いて回っていたなど、尊敬する主人殿(銀時)の前で絶対に口が裂けても言えない。

「いや、部長……本当はーー」

嘘をつけない生真面目なツクヨが、申し訳なさそうに真実を告げようと長身を縮こまらせる。

「情報収集よ」

ミチルが、般若のような凄みを効かせた低い声でツクヨを睨みつけた。

「いや、でも……」

「情報収集」

「は、はい……」

有無を言わせぬ部長の絶対的な圧力(プレッシャー)の前に、気の弱いツクヨは完全に押し切られ、シュンと肩を落として口をつぐんだ。

かくして、血で血を洗うはずの死地のど真ん中で、緊迫感の欠片もないゆるいコントが繰り広げられていた。

当然、その状況を面白く思わない者たちがいる。

「貴様らーー!」

怒号が、硝煙の立ち込める廊下に響き渡った。

「いつまでお遊び感覚でいるつもりだ!」

限界までコケにされたカポネ・アルの構成員の一人が、怒りで顔を真っ赤に紅潮させ、手にしたアサルトライフルの銃口を容赦なく三人の少女たちへと向けた。

ダダダダダダダッ!!

殺意の塊である鉛の雨が、暗闇を切り裂いて忍術研究部の面々へと降り注ぐ。

「ッ危ない!」

神楽が鋭く叫び、番傘を構えて飛び出そうとした、まさにその刹那だった。

凶弾が少女たちの柔らかな身体を無惨に引き裂く――かと思われた瞬間。

ポンッ!!

軽快な破裂音と共に白煙が上がり、銃弾は空しく虚空を貫いた。

煙が晴れた後に残されていたのは、血を流して倒れる少女たちの姿ではない。床にコロコロと転がる、三つの可愛らしい『狐のぬいぐるみ』だけだった。命中した弾丸によって、中から白い綿がフワフワと舞い散っている。

「なっ!」

構成員が、あり得ない光景に目を見開いて硬直した。

忍びの基本にして奥義、『変わり身の術』。

ギャグのようなやり取りから一転、本物の忍びとしての鮮やかな手腕を見せつけられた敵が、狼狽に隙を晒したその直後。

 

「これぞイズナ流忍法!」

巨漢の背中をふわりと蹴り台にし、軽やかに宙を舞ったイズナが、音もなく敵の背後を蹴りを入れて見事な着地を決めると同時にビシッと印を結んだ。

硝煙と血の匂いが立ち込める薄暗い広間の中にあって、彼女の頭上でピンと立つ狐耳と、ちぎれんばかりに揺れるふさふさの尻尾だけが、この死地にそぐわないほど明るく瑞々しい生命力を放っている。

「主人殿、ここはイズナたちに任せて先へ行ってください!」

振り返ったイズナの瞳には、死地に対する恐怖も、退路を断たれる迷いも一切存在しなかった。ただ純粋に、敬愛する主君が往くべき道を自らの手で切り拓く刃となれることへの誇りと、底抜けに真っ直ぐな忠誠心だけが、月光のようにキラキラと輝いている。

「そういうこと! ここは百鬼夜行が誇る、私たち忍術研究部に任せなさい!」

頭上からパラパラと安っぽい桜吹雪――ミチルが自作の仕掛けから手動で撒き散らしたただの紙吹雪――が舞い散る中、彼女は筒から火花を散らす特製手裏剣をばら撒きながら意気揚々と降り立った。けたたましい爆音と分厚い白煙が瞬時に新たな壁を構築し、怒涛のごとく迫り来る黒装束の群れを強引に足止めする。

その隣には、どこから調達したのか、不自然に立派な『木』の格好に擬態したツクヨがズシンと着地していた。

「わ、私も……微力ながら、盾になります……っ!」

生来の気の弱さゆえか、彼女の長い足は微かに震えていた。しかし、その長身で銀時たちをすっぽりと庇うように立つ不器用な背中には、立派な忍びとしての悲壮な覚悟が確かに宿っていた。

「主ら……」

予想外の援軍、それも年端もゆかない少女たちの捨て身の覚悟に、月詠が痛ましげに目を細めて息を呑む。

「フン、なかなかやるアルな! 伊達に忍者ごっこしてるわけじゃないネ!」

神楽は番傘を肩に担ぎ直し、生意気で頼もしい後輩たちへ向けて、ニッと好戦的な笑みをこぼした。

数多の銃口が火を吹き、怒号と悲鳴が入り乱れる殺戮の空間。

その混沌のど真ん中で、銀時は両手で握りしめていた木刀『洞爺湖』の力をフッと抜き、ゆっくりと腰に差し直した。

死んだ魚のような、やる気のない濁った瞳。だが、その奥底で静かに、けれど地獄の業火のように燃え盛る修羅の炎は、すでに目の前の有象無象を通り越していた。彼の視線の先にあるのは、からくり扉の奥でふんぞり返る『虎』の喉首ただ一つ。

「……チッ。しょうがねェな」

銀時は首の後ろをボリボリと掻き、照れ隠しのように、わざとらしく悪態をついた。

「ほら行くぞーテメェら。」

「銀さん、ほんとに置いてくつもりですか?」

駆け出そうとする銀時の背中に、新八がズレたメガネを抑えながら慌てて問いかける。いくらキヴォトスの生徒が頑丈だとはいえ、あんな少女たちを最凶の暗殺集団の前に置き去りにするなど、正気の沙汰とは思えなかったのだ。

「大丈夫だって、あいつらが任せろって言ってんだ。忍ぶもんとしてちゃんと凌んでくれるだろうよ」

銀時は歩みを止めることなく、仲間たちを引き連れて敵の隙間をすり抜け、襖の奥へと一気に駆け出す。その背中越しに放たれた言葉には、不思議と少女たちへの確かな信頼が滲んでいた。……が、感動的な空気を最後まで維持できないのが、この銀髪の侍の業である。

走り去る廊下の奥から、ふざけきった声が響いた。

「それにーーだいじょうぶだ、ドラゴン◯ールで生きかえれる」

「結局パロディたいだけじゃねぇかァァァ!!」

死地に赴く緊張感を微塵も残さない新八の魂の絶叫ツッコミが、硝煙と紙吹雪の舞う水上屋敷に虚しく、そして盛大にこだました。

 

背中越しに遠ざかっていく万事屋一行の足音を聞き届け、イズナは狐耳をピンと立てて小さく息を吐いた。

「行きましたね」

その横顔には、多勢に無勢の死地に残る恐怖よりも、敬愛する主君の背中を守り抜くという確かな誇りと喜びが満ちている。

「そ、そうですね……うぅ」

隣で立派な木に擬態したツクヨが、震える声で泣き言を漏らす。恐怖で長い足がすくみそうになりながらも、彼女は決してこの場から逃げ出そうとはしなかった。

だが、眼前の圧倒的な物量を誇るカポネ・アルの構成員たちにとって、ちっぽけな少女たちに足止めされ、標的を取り逃がしたこの状況は、最大の屈辱以外の何物でもない。

「我らをさしおき、頭に会おうなんざーー」

「舐めてんのかァァァ!!!」

怒りで顔を朱に染め、血管をぶち切れんばかりに浮き立たせた男たちが、アサルトライフルを構え直して野獣のような咆哮を上げる。

殺意の濁流が少女たちを飲み込もうとした、その刹那だった。

「舐めてるのはそっちの方よ、アンタらの相手は私たちだって言ったでしょ?」

ニヒッ、と。

硝煙の匂いが立ち込める中、ミチルが不敵な笑みを浮かべた。その両手には、導火線に火が点けられ、今まさに暴発寸前でバチバチと火花を散らす特大のロケット花火が何本も握りしめられている。

「さぁ……祭りを続けましょう♪」

ドォォォォォンーーーー!!

背後の広間で鼓膜を破るような大爆発が起きたのと、ほぼ同時に。

「うおらアアアアアアア!」

襖の奥へと続く廊下で、銀時と神楽、二人の修羅の咆哮が重なり合った。

凄まじい爆風が極彩色の襖を粉々に吹き飛ばし、濛々たる煙を木刀が真っ二つに叩き割る。煙を割って飛び出した銀時が、行く手を阻む敵の群れを次々と宙へ打ち上げ、散らしていく。続く神楽も、夜兎の怪力で振るう番傘で黒装束たちを容赦なく叩き潰し、青畳を悲鳴のように軋ませながら一直線に突き進む。

その圧倒的な勢いに引っ張られるようにして、新八も煙の中から転がり出た。躓きそうになる体勢を無理やり立て直し、必死に前をゆく背中を追う。

「どけゴラァァァ!!」

銀時が吠え、廊下を蹴り断つような凄まじい踏み込みで駆け抜けていく。新八の目に映るその背中は、相も変わらず乱暴で、無茶苦茶で――どうしようもないほどの頼もしさに満ちていた。彼らが切り拓いた血路を駆け抜けながら、気がつけば新八も無我夢中で叫んでいた。

「急いで景虎のもとへ!悪の元栓を閉めに行きますよ!!」

長い廊下を抜け、水上屋敷のさらに奥へと踏み込もうとしたその時だった。

「待て、」

先頭を走っていた月詠が、急ブレーキをかけるように足を止め、短く鋭い声を上げた。

「どうしたアルかツッキー……うわッ」

神楽が文句を言いかけて前を向き、そのまま息を呑む。

そこは、屋敷の最深部に位置する、異様に開けた広場だった。

視界の端で、夜が琥珀色に爆ぜたかのような錯覚に陥る。

漆黒の川面に反射しているのは、数えきれないほどの提灯の灯火だ。それらは整然と並びながらも、水面の揺らぎにドロリと溶け込み、まるで黄金の鱗を持つ巨大な魚が横たわっているかのように見える。

闇を切り裂いて伸びる朱塗りの橋は、現世と隠り世を繋ぐ境界線のようであった。遠くから微かに届く祭囃子の残響が、湿り気を帯びた生温かい夜風に乗って、新八たちの肌を静かに、そして気味悪く撫でていった。

あまりにも美しく、そしておぞましい狂気の空間。

「ここは……」

新八が、絶句して周囲を見渡す。

「どうやら……決戦の舞台準備はバッチリみてぇだな。」

銀時が木刀を肩に担ぎ直し、ゆっくりと口角を吊り上げた。その死んだ魚のような瞳が、広場を囲むようにして聳え立つ、異様に高い塀の上へと真っ直ぐに向けられる。

「ささっとその面拝ませてくれねぇかい?なぁ……景虎様」

挑発的な銀時の声が、琥珀色の夜気を震わせる。

見上げた先――。

青白い月光を背負い、ひらけた決戦場を囲むようにして聳え立つ高い塀の上から、白黒の太極図を模した『陰陽の面』を被った漆黒の影が、虫けらを見下ろすような絶対的な冷酷さで、彼らをじっと見下ろしていた。

 

「……来たか、我らが意思に反する者よ」

見上げるほど高い塀の上から、夜の闇よりもなお暗い漆黒の装束が、地の底を這うような低い声を発した。

顔を覆う白黒の太極図――『陰陽の面』の奥で、狂信的な光がギラリと瞬く。キヴォトスの神秘を歪め、神の復活などという妄言にすがりつく巨大犯罪組織の最高幹部、景虎。

その全身から放たれる殺気は、先ほどの有象無象とは次元が違った。空気を重く、粘り気のある泥のように変え、新八たちの呼吸すらも圧迫してくる。

「此度こそ其方の命、神への供物とせん」

傲慢に、そして残酷に宣告される死の神託。

しかし、その絶対的な重圧を真っ向から浴びながらも、銀時は木刀を肩に担いだまま、フッと鼻で嘲笑った。

死んだ魚のような瞳には、怯えなど微塵もない。あるのは、理不尽な暴力で一人の少女の人生を狂わせた「外道」に対する、静かで、底知れぬ怒りだけだった。

「ああそう……神様の供物に、そいつも悪かねぇかもな」

銀時は、ゆらりと重心を落とす。

「だが、あいにく神様に願ってあたった試しほとんどない俺からすりゃあ、全く嬉しくもなんともねぇ」

パチンコでスッた恨み節のような、呆れるほどに俗っぽい前置き。だが、次の瞬間、銀時の全身から爆発的に噴き上がった修羅の気迫が、景虎の放つ重圧を真っ向から食い破った。

「それにこちとら、テメェに用があんだ。腹割って話そうぜ」

ギリッ、と木刀の柄を握りしめる音が、静寂の広場に響く。

殺意と怒りを限界まで圧縮した、白夜叉の咆哮。

「まずはその仮面、外してからな!」

銀時の言葉が終わるか終わらないかのうちに、二つの影が同時に弾けた。

数十尺の高さを誇る塀の上から、獲物を狩る猛禽類のように音もなく飛び降りる景虎。そして、重力を完全に無視した凄まじい脚力で、下から一直線に空へと跳躍する銀時。

琥珀色に染まった夜空の中空――ぽっかりと浮かぶ青白い月を背景にして、二つの軌跡が真正面から激突した。

ガギィィィィンッ!!!

木と鋼。本来なら勝負にすらならないはずの材質の激突が、鼓膜を裂くような凄絶な金属音を夜空に轟かせた。

景虎の抜き放った小太刀と、銀時の『洞爺湖』が鍔迫り合いを起こし、暗闇の中に眩い火花がバチバチと放射状に散り散る。

空中で交錯する二人の視線。陰陽の面の奥にある狂気の瞳と、万事を護り抜く覚悟を決めた侍の鋭い眼光が、火花越しに火花を散らした。

「銀ちゃん!」

頭上で繰り広げられる人外の激突に、神楽が思わず叫び声を上げ、上空の銀時を援護すべく番傘を構えて地面を蹴ろうとした、まさにその刹那だった。

シュッ、タァンッ!

神楽の眼前の石畳に、鋭い風切り音と共に数本の特殊な刃が突き刺さった。

「ッ!?」

咄嗟に足を止め、神楽と新八、月詠が背中合わせに構え直す。

「――ここは我らが、お相手致しましょう」

気配も、足音もなく。

琥珀色の提灯の灯りに照らされた広場の四方から、先ほどの黒装束たちとは明らかに纏う空気が異なる、異様な出で立ちの集団が姿を現した。

顔には一様に不気味な『能面』を被り、その手にはキヴォトスの銃火器だけでなく、鎖鎌や特殊な形状の日本刀など、殺傷能力に特化した古の暗殺武器が握られている。

ただの構成員ではない。景虎直属の精鋭、カポネ・アルの『親衛隊』と呼ぶべき手練れの暗殺者たちだった。

「チッ……鬱陶しいハエ共が、まだ残っておったか」

月詠がクナイを両手に構え直し、ギリッと奥歯を噛み締める。

「ツッキー! 新八!バカは放っておくネ! 私たちはこっちの掃除をするアル!」

神楽が好戦的な笑みを浮かべて番傘の銃口を親衛隊へと向けた。

一方、空中で激しい鍔迫り合いを演じていた銀時と景虎は、互いの尋常ならざる力に弾き飛ばされるようにして空中で別れ、広場へと至る朱塗りの廻廊では、神楽や新八、月詠たちがカポネ・アルの親衛隊と激突する怒号と剣戟の音がひっきりなしに爆ぜていた。

しかし、その耳をつんざくような喧騒すらも、まるで見えない分厚いガラスの壁に阻まれているかのように遠く、くぐもって感じられる。眼下で繰り広げられる死闘の気配は完全に切り離され、だだっ広い広場は、ただ二人の修羅だけが存在する絶対的な『檻』と化していた。

鼓膜を揺らす轟音と共に、空中で激しい鍔迫り合いを演じていた銀時と景虎は、互いの尋常ならざる膂力と覇気に弾き飛ばされるようにして、石畳の上に重く着地した。

タァンッ、と火花を散らして滑る両者の足。

「………」

体勢を立て直した景虎は、微動だにしない。白黒の太極図を模した陰陽の面が、青白い月光をヌメりと反射する。その底知れない不気味な沈黙からは、機械のように一切の感情が削ぎ落とされた、男の冷酷な威圧感だけが放たれていた。

再び、地を蹴る両者。

ギィィィンッ!!

甲高い鋼と木の悲鳴が鳴り響く中、銀時の死んだ魚のような瞳は、眼前の敵が放つある『違和感』を正確に捉えていた。

(刃同士がぶつかる度に……僅かに滴るしぶき……)

鍔迫り合いの最中、景虎が振るう無骨な小太刀の刃先から、あり得ないはずの極小の水滴が散っているのだ。銀時の脳裏に、先ほどの広間で使いの者が吐いた言葉が、冷たいパズルのピースのようにフラッシュバックする。

――『あのお方は普段から本来とは別の存在で、本体は女性』

――『あの刀は何度も磨上げ(すりあげ)をされており、本来の力を失っている』

ーー『この島の存在を過去から現在まで捏造されている』

「ぐっ……」

思考に一瞬の隙が生じた銀時を、景虎の小太刀がギリギリと重圧をかけて押し込んでくる。女性の腕力とは到底思えない、絶対的な暴力の重さ。

「考えごと………」

面の奥から発せられたのは、やはり機械のように平坦で、一切の抑揚がない『男の声』だった。殺意すらもプログラムされたかのような、生気のない響き。

「テメェ……一体何もんだぁ!?」

「…………」

「ダンマリか……だったらキッチリゲロしろもらうぜ」

「その隠した面も何もかもなァァ!!」

激しい束釣り合いで火花を散らし、互いの顔を凝視し合った。

その時だった。

「……………」

カチリ、と。陰陽の面の奥から、不自然なノイズが漏れた。

そして、風の音にかき消されそうなほど微小な、本当に、本当に小さな声が、銀時の耳に届いた。

(……に………ご……)

それは、先ほどの冷酷な男の声とは似ても似つかない。

ひどく怯え、泣きじゃくり、必死に抗いながらも何かに心を押し潰されているような……『幼い少女の声』だった。

そんな悲痛な感情の欠片が、絶対的な支配の隙間から、血を吐くように零れ落ちたのだ。

「チッ!」

銀時の顔が、かつてないほどの激しい怒りと嫌悪に歪んだ。

子供を洗脳し、道具として操り、その手で無理やり血を流させる。そんな外道極まりない仕打ちに対する、白夜叉としての沸点を超えた怒り。

銀時は舌打ちと共に、全身のバネを限界まで引き絞った。

腕の筋肉を軋ませ、両手で握りしめた木刀『洞爺湖』を目一杯に振るい、鍔迫り合いの均衡を力任せに破壊する。

ドゴォォォンッ!!

空気を叩き割るような爆発的な一撃が景虎の体勢を崩し、その漆黒の身体を数メートル後方へと大きく押し飛ばした。

 

土煙が湿った夜風に流され、後方へと吹き飛ばされたはずの景虎の姿が、再び青白い月光の下に露わになる。

その光景を目にした銀時の顔が、微かに引き攣った。

あれほどの膂力と怒りを乗せた一撃を、防御ごと強引に叩き割ったはずだった。だが、石畳の上に音もなく着地した漆黒の装束には、土埃ひとつ、衣服の乱れすら生じていなかったのだ。斬撃によるダメージはおろか、疲労の色さえ見えない。キヴォトスの神秘による絶対的な防御力なのか、あるいは何らかの異常な治癒力か。

「………おいおい、冗談だろ」

銀時は、木刀の柄を握る手にギリッと力を込め、忌々しそうに舌打ちを漏らした。

「無傷とか……」

常識外れのバグのような敵の耐久力。

だが、死んだ魚のような瞳に一瞬だけ浮かんだ驚きはすぐに消え去り、代わりにドス黒く煮えたぎる修羅の炎が再び燃え上がった。相手が理不尽な化け物であろうと、そんなことはどうでもいい。あのふざけた仮面の下で泣いている『誰か』を引っぱり出し、この狂った組織の悪辣なからくりを全てぶっ壊す。その目的は最初から定まっているのだ。

「まぁいい、どっちにしろテメェの化けの皮を剥ぐつもりだったからな」

銀時はニヤリと好戦的で凶悪な笑みを浮かべ、洞爺湖の切っ先を景虎の喉元へと真っ直ぐに突きつけた。

「回復するならするで、楽にはいかせねぇよ……」

底冷えのするような殺気が、広場の空気をビリビリと震わせる。

しかし、その凄まじい気迫を正面から浴びてもなお、景虎の陰陽面からは微塵の動揺も感じられなかった。

ただ、機械のように冷淡な男の声が、ポツリと夜の帳に落ちた。

「……やはりこうなるか、」

まるで、銀時がここまで喰い下がってくることを事前に計算し尽くしていたかのような、冷酷な響き。

言葉の余韻を残したまま、景虎の身体が重力を無視したようにふわりと浮かび上がる。そして、一足飛びで広場を囲む水上屋敷の高い屋根の上へと、亡霊のように身を翻した。

「二度も逃すか!」

銀時が即座にその後を追おうと、石畳の広場を強く蹴り出した、まさにその刹那だった。

――ズボォォォッ!!

踏み込んだはずの銀時の足元から、確かな石畳の感触が唐突に消失した。

いや、崩れたのではない。そこにはまるで『元から地が無かったかのように』、幻の地面が虚空へと溶け落ちたのだ。高度なホログラム技術か、あるいは得体の知れない妖術の類か。

絶対の死角から発動した致命的なトラップ。空を踏み抜いた銀時の身体は、為す術もなく、重力に引かれるまま真っ逆さまに落下していく。

「ドワァ!」

先ほどまでの凄みのある剣客の姿から一転、ひどく情けない悲鳴を上げながら、銀時の姿が広場の真下に広がる淀んだ暗い海面へと吸い込まれていく。

ザパァァァァンッ!!

夜の闇に高く上がった水飛沫と鈍い水音が、罠の完成を冷酷に告げていた。

「銀時!」

廻廊で親衛隊と激闘を繰り広げていた月詠が、その異音に血相を変え、クナイを振るう手を止めて悲痛な叫びを上げる。

「銀ちゃん!」

神楽の焦燥に満ちた声が、琥珀色の提灯が揺れる夜空へと虚しく木霊する。

暗殺者たちに行く手を阻まれ、手を伸ばすことすら叶わない。頼れる万事屋のリーダーが暗い水の底へと沈んでいく絶望的な光景が、少女たちの瞳に焼き付いたのだった。

 

暗く淀んだ冷たい海面が、激しい水飛沫を上げて白く泡立っていた。

先ほどまで空中で人外の剣戟を繰り広げていた白夜叉の威厳は、今や見る影もない。

「だ、だぁ〜誰かァ! 助けてくれ〜!」

情けない悲鳴が、夜の闇に虚しく木霊する。

銀時は両手をバタバタと無様に振り回し、大量の海水を飲み込みながら、沈んでは浮かび、浮かんでは沈むという死のダンスを水面で踊り狂っていた。底知れぬ海に対する純粋な恐怖で、死んだ魚のような瞳が完全に裏返りかけている。

廻廊でカポネ・アルの親衛隊と血みどろの死闘を繰り広げていた月詠が、その無様な姿を視界の端に捉え、クナイを振るいながら声を張り上げた。

「どうした銀時、速くこっちへこんか!」

足場の悪い海とはいえ、あの並外れた身体能力を持つ男ならば、自力で岸まで泳ぎ着くことなど容易いはずだ。なぜあそこまで溺れかけているのか理解できず、月詠は焦燥に眉をひそめる。

しかし、必死に敵の刃を木刀で弾き返していた新八から、絶望的な事実が告げられた。

「だめです月詠さん! 銀さんは泳げないんですよ! カナヅチなんです!」

「何、仕方ないわっちが助けに入ーー」

新八の悲痛な叫びに、月詠は舌打ちをして水面へと飛び込もうとした。自身の身の危険を顧みず、救い出そうと身体を翻した、まさにその刹那だった。

「よそ見とは感心しませんね……」

背後の暗がりから、先ほど姿を消したはずの『使いの者』が、音もなく亡霊のように湧き出した。その手には、月詠の急所を的確に穿つべく、冷たい殺気を帯びた凶刃が握られている。

「くっ!」

月詠は咄嗟に身を捻り、間一髪でその刃を躱した。だが、体勢を崩されたことで海への飛び込みは完全に阻まれ、再び使いの者と親衛隊の執拗な猛攻の中に引きずり戻されてしまう。

「おお〜い! 誰かァ! 助けてくれェ!!」

上空での凄惨な足止めなど知る由もなく、冷たい海の中でもがく銀時の情けない救難信号だけが、琥珀色の提灯の灯りに照らされた水面に響き渡る。

そんな地獄絵図を、屋根の頂から見下ろしている漆黒の影があった。

「無駄だ、誰も助けになど来やしない。来たところで……無くすまでよ、その結果をな」

陰陽面を被った景虎の、機械のように平坦で冷酷な声が夜風に乗って落ちる。

這い上がろうとする希望すらも絶対的な暴力で叩き潰し、全てを海の底へと沈める。それが、神の復活を掲げる最凶の暗殺者の、揺るぎない宣告だった。

ーーーーーーーーー

一方、水上屋敷へと至る広間。

銀時たちを先へ進ませるべく、殿を引き受けた忍術研究部の少女たちは、絶望的な物量を前に限界を迎えつつあった。

濛々と立ち込める硝煙と、とめどなく押し寄せるカポネ・アルの黒装束たち。

「イズナ、ツクヨ大丈夫……?」

手持ちの火薬を粗方使い果たし、息も絶え絶えになりながら、ミチルが後輩たちを振り返る。忍び装束は煤で汚れ、持ち前の強気な声にも隠しきれない疲労の色が濃く滲んでいた。

「だ、大丈夫ですよ部長……」

イズナが肩で息をしながら、どうにか笑顔を作って応える。だが、いつもはピンと立っている狐耳は力なく垂れ下がり、ふさふさの尻尾も火の粉を被ってボロボロになっていた。

「ヒィィィィ! もう無理! もう耐えきれません!!」

限界をとうに超えていたのは、巨木の擬態ボロボロに引き裂かれた長身の少女――ツクヨだった。

四方八方から飛来する銃弾の恐怖と、押し寄せる敵の殺気に心が完全に折れ、彼女は巨大な手裏剣を抱きしめたまま、大粒の涙をポロポロとこぼして悲鳴を上げる。

「ちょっとツクヨ! 少しは耐えてくれない!? シーンが移る時まで耐えてくれない!?」

絶体絶命の死闘のど真ん中であるにも関わらず、ミチルがメタ発言全開のツッコミを涙目で絶叫する。物語の構成上、ここであっさりと全滅するわけにはいかないという、部長としての悲痛な叫びだ。

「そ、そんなこと言われても!!」

物語の都合など知ったことではないツクヨが、ついに腰を抜かしてへたり込んだ。

その無防備な少女たちの姿を、カポネ・アルの構成員たちが見逃すはずがない。

「死ねぇぇ!!」

血走った目をした黒装束の男たちが、獲物を仕留める野獣のような雄叫びを上げ、漆黒の銃口を一斉に三人の少女へと突きつけた。殺意の鉛玉が放たれる、絶望の瞬間が迫っていた。

 

絶体絶命の死地。黒装束の群れが一斉に引き金を引こうとした、まさにその時だった。

ドガァァァンッ!!

爆発の轟音が水上屋敷を揺るがし、同時に無数の鋭利な金属音が夜の空気を切り裂いた。

「グアァッ!?」

「な、何だ!?」

硝煙と土埃が晴れた視界の先。そこに広がっていたのは、蜂の巣にされた少女たちの姿ではなく、無数の『クナイ』に手足を縫い留められ、床に倒れ伏して呻くカポネ・アルの構成員たちの無惨な姿であった。

「こ、これは……」

死を覚悟して固く目を瞑っていたミチルが、信じられないものを見るように目を見開く。

「間違いありません……助太刀感謝します!」

イズナがピンと狐耳を立て、暗闇の奥に潜む気配に向かって深々と頭を下げた。

煙が渦巻く回廊の奥。そこから、カツン、カツンとゆっくりとした足音を響かせながら、二つの影が歩み出てきた。

「全く、同じ主人と品定めしておきながら、この程度だなんて……話になりませんね」

淑やかでありながら、背筋が凍るほどの妖艶な殺気を纏った声。

現れたのは、和装に身を包み、背後で巨大な狐の尾を揺らす女――『災厄の狐』ワカモであった。彼女は手にした禍々しい狐の面をゆっくりと顔に当てがいながら、倒れ伏す敵兵たちをゴミでも見るような冷ややかな目で見下ろす。

「とはいえ、下衆どもの好きにさせる気はありませんが」

底知れない愛の重さと凶暴性を孕んだその言葉に続くように、もう一つの影が紫色のマフラーを翻して並び立った。

「そこに畜生も加えてね」

赤縁の眼鏡をギラリと光らせた紫のくノ一――猿飛あやめ(さっちゃん)が、手にしたクナイをチャキリと鳴らす。

決して交わるはずのなかった、次元を超えた『最強(最凶)のストーカー同盟』。愛する銀時の背中を追ってこの獄楽島へと辿り着いた二人の女の登場が、戦局を劇的に覆した瞬間だった。

[画像]

ーーーーーーーーー

一方、その頃。

広場の真下に広がる淀んだ海面では、修羅の戦いとは無縁の、あまりにも情けない生存競争が繰り広げられていた。

「も、もうだめだ!」

大量の海水を飲み込み、白目を剥きかけた銀時の身体が、ついに力尽きて暗い海の底へと沈みかけようとしていた。酸素を求める手が見えない水魔に引きずり込まれそうになった、まさにその時。

「銀さーん! 助けに来たよ!!」

バシャァァンッ!!

高い塀の上から響いた少年――晴太の元気な声と共に、重りのついた太い縄が、銀時のすぐ目の前の水面に勢いよく投げ込まれたのだ。

「!!」

溺れる者は藁をも掴む。銀時はその命綱に必死でしがみつき、ゲホゲホと海水を吐き出しながらどうにか水面に顔を出した。

「お、お前はーー」

塩水で霞む目を細めて上を見上げる。

「晴太か!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

広場を囲む高い屋根の上。そこには、身を乗り出して力一杯に縄を握りしめ、ニヒッと太陽のような悪戯っぽい笑みを浮かべる晴太の姿があった。

誰も助けに来ないはずの絶対の死地に、一番幼い少年が駆けつけたのだ。

「姑息な真似をーー」

向かいの屋根からその光景を見下ろしていた景虎の、機械のように冷淡な声に微かな苛立ちが混じる。銀時を確実に海の底へ葬るべく、景虎が体に力を入れ再び何かをしようとした、まさにその刹那だった。

「何をしようとしてるか知らないけど……」

音もなく。夜の闇そのものに溶け込むような完璧な歩法で、景虎の完全な『死角』から一人の少女が躍り出た。

「よそ見はいけないんじゃなかった?」

凛とした声と共に、紺碧の軌跡が夜空を裂く。

「!?」

景虎の放つ絶対的なプレッシャーを前にしても、その一撃には一片の迷いもなかった。

咄嗟に反応した景虎の小太刀と、少女の振るう妖刀『村時雨』が激しくぶつかり合い、バチバチと火花を散らす。

「貴様はーー」

景虎の陰陽面の奥の瞳が、驚愕にわずかに見開かれた。

かつて自分に震え、命令されるがままに手を血に染めていた気弱な操り人形。サクラが、己に刃を向けて真っ向から立ちはだかっていたのだ。

「…………」

刃を交え、景虎の底知れない重圧を間近で浴びたサクラの腕が、かつての恐怖の記憶からか、微かにブルリと震えた。呼吸が浅くなり、唇をキツく噛み締める。

その一瞬の怯えを、対岸の屋根の上から晴太は見逃さなかった。

「言ってやれサクラちゃん! ここまで来といて、怖気づくなんてなしだよ!!」

塀の反対側から投げかけられた、無鉄砲で真っ直ぐな少年のエール。

その声が、サクラの心に絡みついていた過去の呪縛を、パチンと音を立てて弾き飛ばした。

「ッ!」

サクラの瞳に、もう迷いはなかった。

震えていた両腕に確かな熱と力が宿り、村時雨の刀身から迸る水飛沫が、景虎の小太刀を力強く押し返す。

「私はもう、あなたの操り人形じゃない……一人じゃない!」

サクラは、狐の面の奥から、かつての支配者を真っ向から睨み据えて叫んだ。

「あんたの歪んだ野望も、忌まわしい所業も……この刀で全部断ち切って、私の大切な人たちを護り抜くッ!!」

少女の魂からの咆哮が、琥珀色の提灯が揺れる獄楽島の夜空に、気高く響き渡った。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 




次回予告

ついに駆けつけた晴太夫婦に変態ストーカー

村時雨篇もクライマックスが近い。

では全国ザイン会の皆さんが一緒にせーの!

付き合っちゃえよ!

晴太「いやまだ夫婦というか付き合ってもないけどォォォ!?」


次回 
【挿絵表示】



投票の結果みました?ひどくない?銀さんの圧勝だよ?

いや、銀さんファンとして嬉しいけど……これじゃあ人気投票篇できそうにないし………

いっそのこと、別のランキングにするかってことで検討します

〜透魂〜第一回キャラクター人気投票

  • 銀時
  • 新八
  • 神楽
  • 沖田
  • 土方
  • 山崎
  • 高杉
  • 定春
  • エリザベス
  • ホシノ
  • シロコ
  • ヒナ
  • アコ
  • ミカ
  • ナギサ
  • セイア
  • ユウカ
  • ノア
  • 近藤
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