透き通る世界を照らす銀魂(ぎんのたましい) 作:時代に遅れている
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想い寄せれば 桜ひらひら
こぼれ落ちる僕たちの涙
いついつまでも交わした笑顔
君との約束 全ての時よ輝き続けて
旅立つ日の君に何も言えなかった
「さよなら...」想い出の場所
空っぽの春空 満ち溢れた心
わかっていたはずなのに
とめどなく刻み行く日々
繋ぎ止めたい想いを
想い寄せれば 桜ひらひら
こぼれ落ちる僕たちの涙
いついつまでも交わした笑顔
君との約束 全ての時よ輝き続けて
二人約束した桜の木の下であの日の君を探した
茜色 暮れていく空
忘れられない想いを
振り向けばほら 桜ひらひら
蘇る共に過ごした日々
歩んだ道は 色鮮やかに
僕のとなりに君は居ないよ 永久に降り積もれ
君に会いたくて会いたくて 桜が散る前に...
巡る季節の中 きらめいた君が居たこと
想い寄せれば 桜ひらひら
君を探して空を見上げた
もう一度だけ 出会えるのなら
君に伝える言葉があるよ 花びらにのせて
琥珀色の月明かりが照らす高い塀の上。見下ろす景虎の陰陽面が、冷たい光を鈍く反射していた。
「貴様か.......なぜ神に抗う、なぜ神に頼らない」地の底を這うような、抑揚のない男の声が夜の闇に滑り落ちる。
「全て神に任せれば、もう苦しむことはないと言うのに」
その狂信的な問いかけに対し、サクラは紺碧の妖刀『村時雨』を握る手にぐっと力を込め、揺るぎない眼差しで真っ向から言い放った。
「はなから神に頼ろうとした所で上手くいくなら、この世の中こんな厳しくないわよ」
凛とした少女の声が、湿った夜風を真っ直ぐに切
り裂く。
「神様はあくまで、私たちが目標に辿り着くまでの道の石ころをどかして、通りやすくしてくれる存在。目標を叶えたりするには、結局自分たちの努力が必要なの」
「そんなにこの世界が嫌いなら、自分の力で行動しなさいよ!この大バカ!」
過去の悲劇に打ちひしがれ、ただ震えていたかっての彼女はもういない。自らの足で立ち、自らの手で運命を切り拓くという、強い意志の宿った言葉だった。
その言葉を受けた景虎は、ピタリと動きを止め、面の奥で底知れない感情をかせた。
......そうか.....””ここでも"貴様は抗うか」
意味深な、そしてどこか忌々しげな呟き。しかし、男はすぐにまた元の冷徹な暗殺者の気配へと戻った。
「まぁいい」
そして、景虎は高い塀の上から、眼下でもがく者たちを虫けらのように見下ろしながら告した
「……役者は揃ったのだ。さぁ始めよう」
高い塀の上から見下ろす景虎の声には、やはり微塵の熱も含まれていなかった。
無機質な能面のように張り付いた白黒の陰陽面。その奥から紡がれる言葉は、絶望のどん底でもがく者たちを嘲笑うかのように、ひどく残酷で、底冷えのする響きを伴って夜の闇に溶け込んでいく。
「宴の時間だ」
その静かな死の宣告に対し、サクラと晴太、そして眼下でもがく銀時までもが息を呑んだ。
琥珀色の提灯に照らされた水上屋敷の頂に、氷のように冷たく、息苦しいほどの静寂が降り立つ。
「「……………」」
張り詰めた糸が切れるような、絶対的な無音。
その直後だった。
シュンッ!
空気を鋭利な刃物で切り裂くような微かな風切り音と共に、塀の上に立っていたはずの景虎の漆黒の姿が、文字通り夜の闇へと『融解』した。
(消えた!?)
狐の面の奥で、サクラの瞳が驚愕に見開かれる。
単なる異常なスピードではない。呼吸音も、気配も、そしてあれほど濃密に立ち込めていた殺気すらもが、一瞬にして完全に消失したのだ。視覚はおろか、第六感すらも誤魔化す、暗殺者としての極致とも言える超高等技術。
どこから来る。上か、下か、それとも背後か。
サクラの全身の産毛が総毛立ったその瞬間――絶対の死角である斜め後方の空間が、ドロリと歪んだ。
音もなく飛来したのは、どす黒く澱んだわずかな飛沫を纏わせた、三日月の如き不可視の『斬撃』だった。
空気を腐らせるような悪意の塊が、サクラの細い首筋を確実に刈り取ろうと迫る。
だが、かつての怯えきっていた彼女ならいざ知らず、今のサクラは死の恐怖に足がすくむことはなかった。
彼女は振り返るよりも早く、その身を水面に浮かぶ木の葉のようにしなやかに沈み込ませた。
川の淀みない流れのように、一切立ち止まることなく、流麗な足運びで身体を捻る。黒く澱んだ斬撃が、彼女の黒髪を数本切り裂いて空を切り、背後の瓦屋根を無音で粉砕した。
回避と同時に、サクラは両手で握りしめた紺碧の刀――『村時雨』を、下段から頭上へ向けて円を描くように勢いよく振り抜いた。
ザァァァッ!!
彼女の迷いなき闘志に呼応するように、刀身から溢れ出る澄んだ水が、途切れることなく宙へ撒き散らされる。
それは単なる反撃ではない。サクラを中心に、広範囲に水飛沫の『膜』を張ることで、闇に潜む見えない敵の動きを、水滴の不自然な弾きと空気の乱れによって判別する「レーダー」の役割を果たしていたのだ。
パァンッ!
左斜め前の空間で、撒き散らされた水飛沫が不自然に弾け飛んだ。
(そこッ!!)
サクラは地を蹴り、迷いなくその空間へと村時雨を突き入れた。
ガギィィィンッ!!!
何もないはずの虚空で、凄まじい火花と水飛沫が爆発した。サクラの渾身の一撃を、闇の中から小太刀で受け止めた景虎が、チッと舌打ちをして姿を現す。
(水の勢いが増している……)
鍔迫り合いの中、陰陽面の奥で景虎の瞳が微かに細められた。
先ほどの広場での打ち合いとは、明らかに違う。刀身から止めどなく溢れ出る水の水圧が、そして何より、刃に乗せられた少女の『重(おもさ)』が、格段に跳ね上がっているのだ。
想定外の事態に、常に冷徹であった景虎の太極図の面の下で、初めて明らかな狼狽と疑念が渦巻いた。
「貴様、一体どうやってその刀の力をーー」
激しく打ち合う剣戟の最中、景虎はたまらずその疑問を口にした。恐怖で縛り付けていたはずの操り人形が、なぜ己の支配を抜け出し、伝説の刀を覚醒させ得たのか。
しかし、その男の問いの語尾は、冷たく鋭い水飛沫によって物理的に断ち切られた。
「私、あなたと話すの好きじゃないから。それ以上話しかけないで」
サクラの口から紡がれたのは、かつての怯えや従属など微塵も感じさせない、絶対零度の拒絶だった。
それは単なる強がりではない。彼女の人生を狂わせ、血の匂いで染め上げた『忌まわしい過去』そのものである眼前の男に対し、一切の情も対話の余地も持たないという、完全なる決別の意志表示であった。今の彼女が向ける厳しく冷たい態度は、過去の呪縛たるこの男ただ一人にのみ向けられた、最も鋭利な刃なのだ。
ピタリ、と。
サクラの容赦ない拒絶を受けた景虎の周囲から、微かな人間味すらもが完全に削ぎ落とされた。
「そうか………」
地の底から響くような、機械的でひどく平坦な呟き。
交差する刃越しに伝わってくる景虎のプレッシャーが、ドロリとした重く粘着質な『殺意』へと変貌を遂げる。言葉による支配が通じないのなら、肉体を徹底的に破壊し、絶望の底で再び服従させるまで。
「ならば、話すまで問い続けるまでのこと」
宣告は、死神の吐息のように冷酷だった。
景虎の小太刀から、先ほどよりもさらに濃密でどす黒い殺気のオーラが噴き出す。琥珀色の月光が照らす瓦屋根の上で、言葉を捨てた純粋な殺戮の嵐が、再びサクラの細い身体を呑み込もうと牙を剥いた。
屋根の頂で繰り広げられる死闘は、もはや現実の光景とは思えないほどの美しさと凄惨さを孕んでいた。
圧倒的な強者である景虎に対し、サクラの振るう紺碧の刃は、夜空を斬り裂くたびに美しい水飛沫の軌跡を描き出す。その様は、極彩色の金屏風に躍動的に描かれた水絵巻のごとく、息を呑むほどに流麗であった。
その神話の如き光景を、眼下の安全圏から呆然と見上げる男が一人。
「ねぇ、誰あれ何あれ。」
晴太の投げた縄によって暗い海の底から辛くも引き上げられたばかりの銀時である。ズブ濡れの着流しからポタポタと情けなく海水を滴らせながら、彼は遥か頭上の激闘を指差して突っ立っていた。
「誰ってサクラちゃんだよ。」
一生懸命に縄を引いて助け出した晴太が、さも当然のようにあっさりと答える。
「いや、ちょっ!」
「あの水絵巻描いてる奴誰ぇぇ!?」
銀時は死んだ魚の目を極限まで見開き、夜空に向かって絶叫した。
彼の脳裏を駆け巡っているのは、そのあまりにも見覚えのある「水のエフェクト」である。
そう、ジャンプ史における後輩にして400億様。
『鬼滅の刃』である。
大人の事情もコンプライアンスもまるごと斬り捨てるようなサクラの覚醒っぷりに、銀時は一人で勝手に都合の良い(そして極めてグレーな)トンデモ設定を組み立てかけた。
「もしかして、アレですか?俺と行動を共にしてないたった1話の間に痣を発現させてーー」
言いかけて、銀時はすぐさま自らそれを全力で否定した。濡れた銀髪を振り乱し、魂のメタ・ツッコミが夜の獄楽島にこだまする。
「いやいや、知らねェェェ!!?あんな使い手知らねェェェ!!」
「あんな水の柱知らねぇよ俺ぁ!!」
世界観の壁をぶち破る銀髪の侍の絶叫が、水上屋敷の虚空へと盛大に消えていった。
ーーーーーーー
「はぁぁぁ!!!」
眼下で喚き散らす天然パーマのくだらないツッコミなど一切届かない遥か高みで、サクラは裂帛の気合いと共に村時雨を振り抜いた。
激しい剣戟によって飛び散った水飛沫が、彼女の黒髪や細い首筋を濡らし、青白い月光を反射してキラキラと輝いている。死闘の最中でありながら、その姿は文字通り『水も滴る良い女』と呼ぶにふさわしい、凛とした気高さと息を呑むほどの美しさに満ち溢れていた。
(私の攻撃が、完全に見切られている……? いや、これは――)
サクラの瞳に冷たい疑念が渦を巻いた。
渾身の力を込めて振り抜いた『村時雨』の一閃。水飛沫を伴う必殺の軌道は、しかし、景虎の漆黒の身体を捉えることはなかった。まるでサクラが次に踏み込む位置、刃の角度、呼吸の切っ掛けすらも事前に知悉(ちしつ)しているかのように、景虎は影のように揺らめいてその一太刀を軽々と躱してみせたのだ。
そして、回避と同時に放たれる、息つく暇もない複数回の鋭い斬撃。
「くっ!」
サクラは咄嗟に刃を返して防御に回るが、手首が痺れるほどの重い衝撃にたまらず後退を余儀なくされる。
(知っているんだ、私の動きを……!)
ただの戦闘経験の差ではない。サクラの剣術の癖、踏み込みの深さ、防御のタイミング。その全てを完全に把握しているかのような、ひどく気味の悪い見切り方だった。
鍔迫り合いから離脱した景虎は、音もなく瓦屋根を蹴り、十数メートル離れた位置へとふわりと舞い降りた。
距離が開き、一瞬の静寂が落ちたその時。サクラの視線が景虎の漆黒の装束に注がれ――そして、得体の知れない悪寒に全身の毛が総毛立った。
(傷口が……おまけに、服の破れ目すら完全に元通りになっている……)
先ほど、彼女の刃は確かに景虎の袖を裂き、浅からぬ傷を負わせて血を流させたはずだった。しかし今、月光の下に佇むその装束には、血の跡はおろか、糸のほつれ一つ存在していない。キヴォトスの生徒が持つ神秘の治癒力でも、衣服の損傷までは瞬時に直せない。まるで、ダメージを受けたという『事実そのもの』が巻き戻されたかのような、不可解極まりない現象。
(どういうこと……?)
論理が追いつかず、サクラの思考がコンマ数秒、完全に停止した。
「!?」
歴戦の暗殺者が、その致命的な隙を見逃すはずがなかった。
サクラがハッと顔を上げた瞬間、考え事をしていた彼女の意識の虚を突くように、景虎の小太刀から放たれたドス黒い斬撃の波が空気を引き裂きながら迫っていた。回避は到底間に合わない。
本能が死を告げたその刹那、サクラは己の持つ水刃の性質を極限まで引き出した。
『村時雨』を正面に突き出し、刀身から溢れ出る水を激しくうねらせ、己の周囲に竜巻のような渦を発生させたのだ。
ザバァァァッ!!
紺碧の激流が分厚い水の渦となってサクラの盾となる。そこに景虎の凶刃が激突し、凄まじい水飛沫が弾け飛んだ。渦の激しい回転力によって斬撃の威力を強引に削ぎ落とし、殺傷力を半減させた、まさに紙一重の防御。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
水煙が晴れた砕けた瓦の上で、サクラは荒い息を吐きながら膝をついた。極度の緊張と連続する死の回避が、彼女の体力を劇的な速度で奪っていく。
滴る水音だけが響く中、景虎の陰陽面が、ゆっくりとサクラを見下ろした。
「……気づいたか」
機械のように平坦で、どこまでも冷酷な男の声が、琥珀色の月夜に不気味に響き渡った。
「あなた……時間を巻き戻しているの?」
狐の面の奥から絞り出すように放たれたサクラの声は、微かに震えていた。
傷だけでなく、衣服の破損すらも元通りになるという不可解な現象。それは単なるキヴォトスの神秘や治癒の域を遥かに超えている。時間を巻き戻す以外に、あのような光景を説明できる理屈が彼女には思いつかなかった。
「ようやく口を開けたかと思えば問いとは……」
景虎は、白黒の太極図を模した陰陽面をスッとサクラに向け、人間味の欠片もない平坦な男の声で嘲笑った。
「答えて」
サクラは村時雨の柄を握る手に力を込め、刃のように鋭く睨みつける。
「違うな………」
景虎の低い声が、琥珀色の月光が降り注ぐ瓦屋根の上に重く落ちた。
「そもそも『無かったこと』にしている。事象の書き換えだ」
「書き換え……?」
サクラが息を呑む。事象の書き換え。それは世界の物理法則すらも凌駕する、神の領域に足を踏み入れたような悍ましい概念だった。
「見せた方が早いか……」
景虎は言葉少なに、漆黒の装束に包まれた片手を夜空へと高く掲げた。
ーーーーーー
一方、眼下の水上屋敷の廻廊。
「ハハハハ!」
使いの者の不気味な高笑いが、硝煙の立ち込める空間に不意に響き渡った。
「!」
猛攻を仕掛けていた月詠が、背筋を這う悪寒を察知して大きく後方へと跳躍し、敵との間合いを取る。
「どうしたアルかツッキー!?」
背中合わせで死闘を演じていた神楽が、月詠の異変を感じて声を上げた。
「見ろ」
月詠は両手にクナイを構えたまま、眼前のカポネ・アルの親衛隊たちへと鋭い視線を送る。
「はっ、傷がーー!」
神楽が驚愕に見開いた瞳の先で、信じられない光景が広がっていた。先ほどまで万事屋の苛烈な攻撃を浴び、血を流して膝をついていたはずの敵兵たちの身体から、傷口がシュルリと蜃気楼のように消滅していくのだ。
「傷どころか……体力も回復してる!」
新八が絶望的な声を上げる。彼らの荒かった呼吸は完全に平穏に戻り、まるで今、戦闘が始まったばかりであるかのような万全の態勢で再び立ち上がっていた。
ーーーーーー
さらに、離れた安全圏の屋根の上。
「どうしたんだろうサクラちゃん、攻撃の手がーー」
遥か頭上の戦局を見上げていた晴太が、サクラの動きが不自然に止まったことに気づき、首を傾げた。
「!」
その瞬間、銀時の白夜叉としての直感が、極限の警鐘を鳴らした。
彼が振り返るよりも早く、愛用の木刀『洞爺湖』を背後へと振り抜く。
ガギィィィンッ!!
「えぇ!?」
晴太が腰を抜かして悲鳴を上げた。
背後の何もないはずの虚空から、黒装束の暗殺者が唐突に出現し、銀時の首を狙って凶刃を振り下ろしていたのだ。
「さっきまでそこにいなかったよね!?」
晴太の言う通りだ。気配を殺して近づいたのではない。その空間に、突如として『敵が配置された』のである。
ーーーーーー
「もしかして!」
眼下で起きている異常な気配の変動、その全てを線で結びつけ、サクラの顔面からサァァッと血の気が引いた。
「この事象、その場に『敵がいた』と定めればいることに、『傷を無かった』とすれば無かったことに……この世の全てはーー」
景虎の絶対的な傲慢さに満ちた宣告が、冷たい夜風に乗ってサクラの鼓膜を打つ。
世界の因果そのものを己の都合の良いように書き換える、反則(チート)のような能力。
だが、その絶望的な言葉が最後まで紡がれることはなかった。
キィィン!!
景虎の小太刀に、凄まじい水飛沫を纏った村時雨が真っ向から激突した。
(止めないと!)
サクラの心臓が、限界を超えた早鐘のように打ち鳴らされる。
景虎の恐るべき能力の片鱗を前に、彼女の本能が『これ以上の余裕を与えれば確実に殺される』と叫んでいた。
(その能力を機能させる隙を与えないように、叩き込まないと!!)
防御の思考すら捨て去った、文字通りの特攻。
事象を書き換えるための僅かな思考の猶予、その数コンマの隙すらも与えないほどに、圧倒的な速度と怒涛の手数で景虎を追い詰めるしかない。
サクラの悲壮な決意と焦燥が、紺碧の刃をさらに鋭く、さらに激しく加速させ、嵐のような剣戟の幕が再び切って落とされた。
(事象を書き換えられるなら私たちの存在その者だって消すことだって)
サクラの心臓は、限界を超えた早鐘のように打ち鳴らされていた。
世界の因果を書き換えるための僅かな思考の猶予、コンマ数秒の隙すらも景虎に与えてはならない。圧倒的な速度と、怒涛の手数で彼を追い詰め、その思考回路を物理的に粉砕するしかないのだ。
サクラの手の中で、紺碧の妖刀『村時雨』が、主の悲壮な決意に呼応して凄まじい水飛沫を迸らせる。
キンッ! ガァンッ! ザァァァッ!!
鋼と水がぶつかり合う音が、夜の獄楽島に絶え間なく鳴り響く。
彼女の繰り出す連撃は、さながら荒れ狂う波そのもの。絶え間なく、そして苛烈に。景虎の小太刀が、その波に翻弄されながらも、冷徹に、そして容易くサクラの刃を捌いていく。重すぎる実力差が、刃を交えるたびにサクラの両腕を、そして心を削り始めていた――。そして
「なっ!」
サクラの渾身の袈裟斬りが、景虎の小太刀によって、ピタリと、不自然なほどの静寂の中で止められた。
受け止められたのではない。彼女の刃が、景虎の刃に吸い寄せられるかのように、完全に動きを封じられたのだ。鍔迫り合いの均衡が崩れ、二人の距離が、刃を介して極限まで近づく。
陰陽面の奥、機械のように冷淡な景虎の瞳が、サクラの狐面を、至近距離から真っ直ぐに射抜いた。
「そろそろ幕引きとしよう………」
地の底から響くような、機械的でひどく平坦な男の声。
その冷酷な宣告が、サクラの鼓膜を直接震わせる。
刃を止められた衝撃と、景虎の接近による恐怖。しかし、彼女の心は「逃げる」のではなく、「倒す」ことを選ぼうとする。
(動いて、下がって、こいつを倒す。)
(みんなが安心して暮らせるように、罪滅ぼしとして!)
彼女の脳裏に、分厚い氷で覆われていた心を深く、優しく溶かしてくれた晴太、銀時、タキ、月詠、神楽、新八……みんなの顔が浮かぶ。
圧倒的な死の淵から一転、決死の体捌きで主導権を奪い取った、見事な反撃。
しかし、その決死の覚悟を聞いた男の反応は、怒りでも驚きでもなく、ただの酷薄な嘲笑であった。
「サクラちゃん!」
神楽の悲鳴のような叫びが、戦闘の騒音を切り裂いて届く。
サクラは、その声に反応する余裕もなく、ただ、目前に迫る死(あるいは敗北)を受け入れるかのように、ゆっくりと、しかし確かな意志を込めて、目を瞑った。
永遠にも似た一瞬。しかし、サクラの華奢な首筋を断ち切るはずだった死神の凶刃は、いつまで経っても届かなかった。
――ドガシャァァァンッ!!
張り詰めた死の静寂をぶち破り、瓦屋根を豪快に削りながら、一つの小さな影が文字通り『飛んで』きたのだ。景虎とサクラの間に割り込むようにして、不格好極まりない姿勢で盛大に墜落する。
「痛ってェェェ!!」
濛々と舞い上がる土煙の中から、涙目で全身をさする少年の情けない悲鳴が響き渡った。
「せ、晴太くん!?」
恐る恐る目を開けたサクラは、眼前の信じられない光景に素っ頓狂な声を上げる。そこにいたのは、こんな凄惨な死地に足を踏み入れるべきではない幼い少年――晴太だった。どうやって反対側の塀から飛んできたのか謎だが、その乱入がサクラの命を間一髪で救ったのは紛れもない事実だった。
「痛てて……助太刀参上! ってね」
晴太は痛む腰を庇いながらも無理やり立ち上がり、サクラに向けてニカッと太陽のような悪戯っぽい笑みを向けた。
「あっちは銀さんに任せて、オイラたちはアイツを倒そう! 二人ならいける!」
頼もしい宣言と共に、晴太は腰に差していた見慣れない刀の柄に手をかけ、勢いよく鞘から引き抜いた。
ボウッ!!
その瞬間、抜かれた刀身から灼熱の炎が轟々と噴き上がり、琥珀色の夜闇をさらに熱く赤く照らし出した。
(……やけに刃がボロボロで傷だらけだけど、どこで拾ってきたのかなそれともわざと?)
サクラの脳裏に冷静な疑問がよぎったが、少年のせっかくの見せ場を台無しにするわけにはいかない。彼女はあえてそこには触れないでおくという、年上としての完璧な『大人の対応』をとった。
「……そうだね!」
少年の無鉄砲な勇気と、隣に並び立ってくれるという温かい事実が、サクラの心に再び消えない炎を灯す。彼女は村時雨を構え直し、力強く頷いた。
「晴太……貴様が……彼女に変化を」
二人のやり取りを見下ろす景虎の陰陽面の奥で、底知れないどす黒い憎悪が渦を巻いた。
絶対的な支配下にあった便利な操り人形。その首に繋がっていた糸を断ち切り、逆らう意志を持たせた元凶。その忌まわしいイレギュラーを前に、男の殺気が限界を超えて膨れ上がり、周囲の空気をドロリと重く歪ませる。
「ちょうど良い、ここで全てを終わらせてやる」
死神の宣告。しかし、その圧倒的な威圧感を真っ向から浴びても、晴太は不敵な笑みを一切崩さなかった。
「いいや、終わるのはアンタだよ。お面のおっさん」
晴太は炎を纏うボロボロの刃を、真っ直ぐに景虎の鼻先へと突きつける。
「その『能力』とやらの穴も……オイラ、もうわかっちゃったし」
「え?」
サクラが思わず目を丸くして隣の少年を見た。事象を書き換え、傷を無かったことにするあの規格外の反則能力に、明確な弱点など存在するのか。
「ふっ……戯言をォォォ!!」
景虎の常に冷徹だった能面のような態度が、ついに音を立ててひび割れた。
小賢しい少年のハッタリか、それとも本当に看破された焦りか。余裕を完全にかなぐり捨てた怒号と共に、漆黒の暗殺者が炎と水の刃に向かって猛然と襲い掛かる。
夜の屋根の上で、最終局面の激突が再び火蓋を切ったのだった。
轟々と燃え盛る灼熱の炎と、全てを洗い流すかのような紺碧の水流。
相反する二つの属性が、琥珀色の月夜の下で見事な螺旋を描いて交差する。
サクラが村時雨を振るい、怒涛の猛攻で景虎を真っ向から追い詰める。その決死の連撃の隙間、景虎の反撃がサクラの死角を突こうとするたびに、晴太の纏う炎の刃が正確に割り込み、甲高い金属音と共に死の軌道を逸らした。
純粋な戦闘力では圧倒的に劣る晴太は、決して前に出しゃばることなく、徹底してサクラのサポートと防御に己の役割を絞っていた。そしてサクラもまた、背後への憂いを完全に捨て去り、無条件で少年に背を預けて攻撃のみに専念する。
己を縛る過去の亡霊に対しては氷のように厳しい牙を剥くサクラだが、共に戦う仲間には絶対の信頼と温かな心を向けている。その完璧な連携は、まるであらかじめ台本が用意されていたかのように、見事なまでに息ぴったりであった。
ーーーーー
そのあまりにも美しく、そしてどこかで『見覚えがありすぎる』光景を眼下の広場から見上げていた銀時は、海水をポタポタと滴らせたまま完全にフリーズしていた。
「せ、晴太くん………その技……」
ワナワナと震える唇から、掠れた声が漏れる。そして、万事屋のリーダーとしての限界を突破したツッコミが、夜空へと盛大に爆発した。
「何ィィィ!?」
「ちょっと待って! 俺の知ってる、あの幼なげながら必死に食らいつくような子だった少年が………」
銀時の脳裏に、かつて吉原炎上篇で見せたあの健気な少年の姿がよぎる。だが、目の前で炎の剣技を操り、水の剣士と共闘する姿は、どう見ても別作品の主人公コンビだった。
「いやいや知らねェェェ!! あんな隊員知らねェェェ!!」
「あんな日の呼吸の使い手知らねぇよ俺ぁ!!」
ズブ濡れの着流しを振り乱し、銀時はもはや頭を抱えて絶叫する。
「どうしてこう、オリジナル短篇章で銀さん顔負けの技披露してんの!? なんでこうもオリジナル設定で暴れ出してんの!?」
「どうしたら、無限城編の炭治郎と冨岡さんみたく華麗なコンビネーション技出してくるわけ!?」
もはや世界観も大人の事情もへったくれもない。ジャンプの看板を背負ってきた元主人公としての、血の涙を流さんばかりの魂の叫びであった。
ーーーーーーーー
しかし、遥か屋根の上の二人に、下のくだらない喧騒など一切届かない。
彼らの瞳は、ただ眼前の絶対的な脅威を打ち倒すことだけを見据え、真っ直ぐに燃え上がっていた。
「おぉぉぉ!!」
「はぁぁぁ!!」
晴太の勇ましい咆哮と、サクラの気高き裂帛の気合いが重なり合う。
炎と水が極大の渦となり、景虎の防御を力任せに抉り開けた。
「!!」
事象を書き換えようとした景虎の動きが、ほんの一瞬、決定的に遅れる。
そのコンマ数秒の隙。炎の刃を真っ直ぐに突き出しながら、晴太が確信に満ちた声で敵の『最大のカラクリ』を暴き立てた。
「アンタの能力が、自分以外の実在の人物には適用されないんだろ!!」
少年の口から放たれたその痛快な看破の言葉は、琥珀色の提灯が揺れる夜空を切り裂き、傲慢な暗殺者の心臓へと鋭く突き刺さったのだった。
「オイラたちそのものを『いなかったこと』にすればそれで終わるはずなのに、アンタはそれをしなかった。いや、できなかったんだ!」
晴太の声が、炎の爆ぜる音と共に夜空へ高らかに響き渡った。
事象を書き換えるという、一見すれば無敵に思える神の如き力。しかし、その絶対的な権能の裏に隠された致命的な『綻び』を、少年は鋭く見抜いていた。
「アンタが使った技が適用されたのは、全部アンタの部下とこの館だけだ。自分以外の、確かな意志を持つ『実在の人間』の事象までは書き換えられない。……そうと分かれば、何も恐れることはないのさ!」
図星を突かれた景虎の漆黒の身体が、微かに、だが決定的に硬直した。
その戸惑いと動揺の隙を、晴太が見逃すはずがない。彼はボロボロの刃から灼熱の炎をさらに高く吹き上がらせ、追撃の手を一切緩めることなく、景虎の懐へと猛然と踏み込んでいく。
「ッ、何をしている! さっさとこの私を……!」
防戦一方に追い込まれた景虎が、忌々しげに背後の暗闇へ向けて叫んだ。無限に等しい数で湧き出していたはずの自らの手駒たる親衛隊。彼らに万事屋たちを足止めさせ、自らを援護させるための怒号だった。
しかし、その命令に応える声は、もうどこにも存在しなかった。
「残念だったな」
硝煙と血の匂いが立ち込める眼下の廻廊から、冷ややかな女の声が響いた。
月光に照らし出されたのは、両手で血濡れたクナイを弄ぶ月詠の姿。
「こっちの相手はーー」
ズレたメガネを中指で押し上げながら、新八が静かに息を吐く。その足元には、事象の書き換えによる回復すら追いつかないほどに徹底的に叩きのめされた、黒装束の山が築かれていた。
「もう終わったアル!」
神楽が番傘を肩に担ぎ、夜兎の圧倒的な勝利を宣言する。
最強の助っ人であるワカモとさっちゃんの加勢もあり、カポネ・アルの誇る精鋭部隊は、すでに一人残らず完全に制圧されていたのだ。
「!!」
下からの報告を受け、景虎の陰陽面が僅かに下を向く。
絶対的な支配者であったはずの暗殺者が、この広大な獄楽島において、完全に孤立無援となった瞬間だった。
「景虎ァァァ!!!」
その一瞬の絶望的な隙に、サクラの紺碧の刃が肉薄していた。
過去への恐怖を完全に断ち切った少女の咆哮が、荒れ狂う水流となって夜の闇を喰い破る。
その刹那。
景虎という器の内側――陰陽面に隠された深い意識の底で、表層には決して現れない『異形の精神』が激しく悶え苦しんでいた。
それは、古びた異教のローブを深く被り、顔の無い無機質な機械の骸(むくろ)のような形をした、冷酷な論理の集合体。
(解せぬ! 解せぬ解せぬ解せぬ解せぬ! 解せぬ!!)
完璧な演算と神秘の支配が、ただの感情という非論理的な力によって凌駕されていくことへの理解不能なパニック。
(逃げねば、ここは逃げーー)
器を捨ててでも、この因果の鎖から逃れようと、骸の精神が背を向けようとした、まさにその時だった。
ガシッ、と。
精神の深淵の中で、逃げ出そうとする骸の冷たい腕を、何者かが力強く引き留めた。
それは、紺碧の刃を振るう眼前の少女と瓜二つの姿をした、悲哀に満ちた幻影。
これまで強固な洗脳によって魂の奥底に封じ込められ、意思を奪われていた『器の本来の持ち主』が、サクラの刃に呼応するようにして内側から反逆の牙を剥き、呪縛の元凶を逃がすまいと限界の力でしがみついたのだ。
(き、貴様ァァァ!!!)
骸の精神が、声なき絶望の悲鳴を上げる。
内なる反逆によって動きを完全に封じられた景虎の身体は、迫り来るサクラの必殺の一撃に対して、もはや指一本動かすことすらできなかった。
――斬!!!
水飛沫を纏った『村時雨』が、銀の軌跡を描いて景虎の顔面を真正面から一閃した。
硬質な破壊音が夜空に響き渡る。
景虎の顔を覆っていた白黒の太極図の面が、真っ二つに割れ、陶器が砕けるような音を立ててパラパラと瓦屋根の上へと崩れ落ちていった。
呪縛の象徴であった面が剥がれ落ち、青白い月光が、その下に隠されていた『素顔』を柔らかく照らし出す。
「え?」
渾身の一撃を振り抜いたサクラの動きが、不自然にピタリと止まった。
大きく見開かれた狐面の奥の瞳。荒かった呼吸すらも忘れ、彼女はただ呆然と、目の前の人物の顔を見つめていた。
そこに立っていたのは、男などではなかった。
そして、見ず知らずの他人の顔でもなかった。
輪郭、鼻筋、少し色素の薄い柔らかな唇。それは、まるで水鏡に映した自分自身を見ているかのような――サクラと全く同じ顔を持った、もう一人の少女の姿だった。
面を割られたその少女の顔には、もう先程までの冷酷な暗殺者の気配も、骸のような悍ましい殺意も残っていなかった。
長きにわたる恐ろしい支配からようやく解放された、安堵と疲労。
そして、自分を救い出してくれた目の前の『自分』に対する、深い感謝の念。
サクラと同じ顔をした彼女は、糸が切れた操り人形のようにその場に力なく崩れ落ちながら、ふわりと、この世の何よりも優しい微笑みを浮かべたのだった。
〜透魂〜第一回キャラクター人気投票
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