透き通る世界を照らす銀魂(ぎんのたましい) 作:時代に遅れている
砕け散った白黒の陰陽面が、瓦礫の上に冷たく散乱している。
琥珀色の月明かりが照らす屋根の上で、サクラは静かに膝をつき、自身と全く同じ顔をしたもう一人の少女――『黒サクラ』の頭を、自らの膝に優しく乗せていた。
「ありがとう……呪縛から解き放ってくれて……」
サクラの膝枕に身を預け、黒サクラは憑き物が落ちたような、ひどく穏やかで透き通るような微笑みを浮かべた。しかし、その肌は月光よりも蒼白で、生きている人間の温もりを全く感じさせない。
「まさか、景虎の正体がサクラちゃんと同じ顔と声の持ち主なんて……」
剣を下ろした晴太が、信じられないものを見るように目を丸くして呟いた。
その場に重い静寂が降りようとした瞬間、銀時の懐から電子音が鳴り響き、シッテムの箱のメインOS・アロナの緊迫した声が夜気を震わせた。
『先生……彼女は、サクラさんと同一人物です。それも――既に生態反応がありません。』
「……そんな」
新八が息を呑み、ズレたメガネの奥で悲痛に瞳を揺らす。
アロナの冷徹な観測結果が示す残酷な事実。眼前の少女は、とうの昔に命を落としており、死してなお『骸』として操られ続けていたのだ。
「銀ちゃん、これは一体……」
神楽が不安げに銀時の着流しの袖を掴む。
「何があった……」
銀時もまた、死んだ魚のような瞳に鋭い光を宿し、静かに黒サクラを見下ろした。
「私は、あなたのいるこの世界の……平行世界の人……」
黒サクラの口から紡がれたのは、次元の壁を越えた凄絶な真実だった。
「その平行世界でも、銀さん……あなたは先生として、シャーレで仕事をしていた」
彼女の虚ろな瞳が、懐かしい記憶を愛おしむように細められる。
「あなたが来てからというもの、キヴォトスには笑顔が溢れるようになった……。はちゃめちゃで、だらしなくて……それでも決して誰も見捨てない……そんな銀さんに、みんな救われてたんだと思う」
それは、銀時たちが知るいつもの日常。馬鹿騒ぎをして、借金取りに追われながらも、誰かのために木刀を振るう不器用な侍の姿。
しかし、黒サクラの声はそこで微かに震え、深い絶望の淵へと沈み込んだ。
「でも…………」
「奴ら、突然空に現れた……」
「「「!」」」
言葉と同時に、その場にいる全員の脳裏に、彼女の記憶の断片が強烈なフラッシュバックとして流れ込んできた。
青い空が、まるで世界の血管が破裂したかのように、禍々しい真紅色に染まり上がっていく終末の光景。
「あらゆる事象を書き換える……名を持たない集団……」
黒サクラの唇から、血を吐くような呪詛が漏れる。
「名がない故に呼ばれず、何者にも認識されない……全ては神秘を元の形へと戻さんとする司祭」
「彼らの手によって……キヴォトスは滅んだ……」
「景虎……まさか主は」
月詠がハッと息を呑み、痛ましげに黒サクラを見つめた。
「私は敗れて、奴らに操られた傀儡にすぎない……。おそらくだけど、あと少しでそいつらが……この世界も滅ぼしにやってくる……」
黒サクラは浅い呼吸を繰り返しながら、絞り出すように言葉を続ける。
「私を操っていた存在が危険を認識したことと、ゲマトリアのベアトリーチェの儀式の影響によって……」
「銀さん!」
新八が血相を変えて叫ぶ。
事象を書き換え、世界を滅ぼすほどの不可視の敵。そんな理不尽な存在が、今まさにこの世界に狙いを定めている。
(つーことは、何者かわからねぇ奴がもうすぐここを滅ぼしに……。もしかすると、そいつらと『虚』のやつが手を……)
銀時は奥歯をギリッと噛み締めた。己の因縁である不老不死の化け物『虚』と、キヴォトスを滅ぼした『無名の司祭』。交わるはずのない二つの世界の絶望が、最悪の形で結びつこうとしている予感に、銀時の背筋に冷たい汗が伝う。
「でも……安心した……」
緊迫する空気の中、黒サクラは再び、柔らかな微笑みを浮かべた。
「多分、この世界で奴らによる滅びは止められる」
「………どうしてそう思うの?」
サクラが、自分の顔をした少女の頬にそっと手を添えながら問いかける。
「私の世界には、こんなに多くの仲間はいなかった……。おそらく、"銀さん"が頑張ってくれてるんだと思う」
黒サクラの視線が、新八、神楽、月詠、晴太、そして眼下で戦っていた仲間たちへと向けられる。平行世界では紡がれなかった数多の絆が、この世界には確かに存在していた。
「いや、俺こんなじゃじゃ馬娘ども呼び出した覚えねぇんだけど。いっつも戦国時代並みに開戦しまくって困ってんだけど……」
銀時がいつもの調子で首の後ろを掻きながらぼやく。それは照れ隠しであり、この重苦しい空気を少しでも軽くしようとする彼なりの不器用な優しさだった。
「ふふ……こっちの話」
黒サクラは小さく笑い声を漏らすと、自らの頭を撫でるサクラの瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
「ねぇ、サクラ。貴方に初めて会った時、操られてたから聞けなかったんだけど……聞いてもいい?」
「なに?」
「タキは……元気?」
その問いに、サクラの心臓がドクンと大きく跳ねた。
「ッ……元気よ」
サクラは涙を堪え、強く、はっきりと頷いた。
「みんなのおかげで」
「そう、良かった……」
黒サクラの瞳から、一筋の透明な涙がこぼれ落ちた。
「私は、あそこの廃工場で敗れて……タキも死んじゃって……もうボロボロだったから……」
サクラの脳裏に、あの廃工場での絶望的な光景が蘇る。もしあの時、万事屋の面々が駆けつけてくれていなかったら。もし銀時が木刀を振るってくれていなかったら。
サクラは、タキを喪い、絶望の中で心を壊され、無名の司祭の傀儡へと成り果てていた。黒サクラは、あり得たかもしれない『最悪の結末』を迎えたサクラ自身の姿だったのだ。
その悲劇の交差に、誰もが言葉を失った、まさにその時だった。
――ゴロゴロゴロゴロ!!
突如として、巨大な地鳴りが夜の闇を揺るがした。
「な、何アルか!」
神楽が体勢を崩し、屋根の瓦がパラパラと音を立てて崩れ落ちる。
「じ、地震!?」
新八が慌てて周囲を見渡す。島原獄楽島そのものが、内側から崩壊していくかのような激しい揺れだった。
「あなた様〜!」
「銀さ〜ん!」
崩れゆく瓦礫と土煙を蹴散らし、凄まじい脚力で屋根の上へと飛び込んできた二つの影。狐の面を被ったワカモと、紫のくノ一装束に身を包んださっちゃんだった。
「猿飛! ワカモ!」
月詠がクナイを構えながら二人の名を呼ぶ。
「早くこんな場所からおさらばしましょう!」
ワカモが焦燥に満ちた声を上げる。
「ここはもうすぐ崩れる。そんなところにいたら、海の藻屑になるわよ!」
さっちゃんも銀時たちの元へ駆け寄りながら、鋭く警告した。
崩壊の理由は明らかだった。
「銀さん、みんな……後はお願いね」
ガラガラと耳障りな音を立てて崩壊していく極彩色の水上屋敷。その瓦礫の中心で、黒サクラの身体は足元から淡い光の粒子となり、夜空に溶け出そうとしていた。
「私を操ってた司祭が倒されて……この島を維持していたテクスチャが切れたんだと思う……」
その微笑みは、痛ましいほどに穏やかで、全てを諦めきった者の顔だった。
「お前はどうすんだよ」
銀時は木刀を肩に担ぎ、死んだ魚のような瞳で静かに問いかける。
「私は本来、この世界にいちゃいけない異物……。私はこの幻の島と共に消えなきゃ……」
当然の理を説くように、黒サクラは静かに目を伏せた。罪を犯した傀儡としての罰。そして、平行世界の人間という存在の矛盾。彼女の心は、すでにこの崩えゆく海と運命を共にすることを受け入れていた。
「銀時……」
月詠が、助けられないのかと悲痛な視線を送る。
しかし、銀時は短く息を吐き出すと、彼女に背を向けた。
「いくぞ……テメェら」
振り向くことなく、銀時は崩壊する廊下へと歩き出す。それは一見すれば冷酷な決断のようにも見えたが、彼の背中には、言葉には出さない『誰か』への絶対的な信頼が滲んでいた。
ーーーーーーーーーー
仲間たちの足音が遠ざかり、再び周囲は崩壊の轟音だけが支配する孤独な空間となった。
崩れ落ちる床板。眼下に広がる、全てを飲み込もうとする暗い渦。
「ハハ、結局最後は一人か……」
黒サクラは、自嘲気味に小さく笑いをこぼした。
「まぁ、操られてたといっても、あれだけのことしたんだし……。それに、タキが無事だって知れて良かっーー」
安らかな終焉を迎えようと、静かに目を閉じた、その瞬間だった。
「何が良かっただって?」
不意に、ぐいっ、と強い力で身体が持ち上げられた。
「まだ何も良くなってねぇじゃねぇか……」
「え?」
驚いて目を見開いた黒サクラの視界に飛び込んできたのは、汗だくになりながら歯を食いしばり、自分を背中に負ぶって立ち上がる小さな少年の横顔だった。
「確か……君は……晴太くん、だったね」
黒サクラは、信じられないものを見るように目を瞬かせた。とっくに銀時たちと逃げたはずの彼が、崩壊する死地に一人で舞い戻ってきたのだ。
「どうして戻ってきたの? 言ったはずだよ、……私はこの世界にとってはーー」
「そんなこと関係ないね」
晴太は、黒サクラの自嘲を真っ向から切り捨てた。
「別の世界のサクラちゃんだろうと、この世界のサクラちゃんだろうと、サクラちゃんはサクラちゃんだ」
「友達を置いてくなんてダサい真似、オイラは絶対にしない」
少年の口から放たれたのは、次元の壁も、世界の理も関係ない、ただ純粋で真っ直ぐな『理屈』だった。
かつて吉原の地下で、絶望から救い出してもらった少年。彼は今、誰かを救うために自らの足で立っている。
「でも、私を背負ったら船まで辿り着けない……!」
崩れていく足場を見下ろし、黒サクラが焦燥の声を上げる。自分の重さが、この優しい少年の命を奪ってしまう。
「負担になってるとでも?」
だが、晴太は不敵に笑って、背中の少女をしっかりと抱え直した。
「オイラをあまり舐めないでほしいな。こう見えてオイラ、母ちゃんも背負って吉原を駆け出したことだってあるんだ」
炎上する地下都市から、愛する母を背負って太陽の下へと駆け抜けたあの日の記憶。あの時の重みと熱さに比べれば、今の自分はもっとずっと強くなっている。
「友達一人背負ったぐらい、どおってことないさ」
「晴太くん……」
冷たかったはずの黒サクラの身体に、少年の背中から確かな熱が伝わってくる。諦めかけていた瞳の奥から、ポロリと温かい涙が零れ落ちた。
ーーーーーーー
一方、激しい渦潮が巻き起こる水上屋敷の船着き場。
「まだ来ないかい!? このままだと、島の渦に飲み込まれちまうよ!」
小舟の舵を握る犬の獣人が、恐慌状態に陥って叫び声を上げていた。島原獄楽島そのものが、巨大な水柱を上げて海の底へと沈み始めている。
「ま、待ってください!」
サクラが、祈るように崩壊する屋敷の奥を見つめて叫ぶ。
「まだ晴太くんが来てないんですよ!」
新八も焦燥に駆られ、ズレたメガネを握りしめて暗闇を凝視していた。銀時は船の舳先で、何も言わずにただじっとその『時』を待っている。
「あ、あれは! 晴太殿〜!」
ピンと立てた狐耳を揺らし、イズナが屋敷の奥を指差して歓声を上げた。
「さっさとくるアル! のろまの晴太!」
神楽が身を乗り出し、崩れ落ちる回廊の奥に向かって大きく手を振る。
濛々と立ち込める土煙と、次々と海に崩れ落ちる瓦礫の雨。
その後ろから、自らの身の丈ほどもある少女を背負った少年が、顔を真っ赤にして死に物狂いで駆け抜けてくる。
「ちょっと揺れるけど、我慢してくれよッ!」
足元の板が割れ、海面が牙を剥いて迫る中。
晴太は背中の『友達』を絶対に落とさないよう固く抱え込み、残された最後の力を振り絞って、仲間たちの待つ船へと向けて決死の猛ダッシュを切ったのだった。
ダンッ!
崩れゆく島原獄楽島の桟橋から、小さな影が二つ、大きく宙を舞って木造の小舟へと飛び乗った。
激しい着地の衝撃で、船体が大きくグラリと傾く。
「よし、乗ったわね!」
ミチルが安堵の声を張り上げると同時、舵を握る犬の獣人が血相を変えて叫んだ。
「出るぞ!」
ザパァァァッ! と、獣人が全身の毛を逆立てながら必死に櫂(かい)を漕ぎ出す。背後では、巨大な極彩色の水上屋敷が、轟音と共に崩壊し、暗い海の底へと次々に呑み込まれていく。
その緊迫した小舟の上で、サクラは信じられないものを見て息を呑んだ。
「タキ!」
「どうしてここに?」
そこにいたのは、絶対に安全な場所で待っているはずの幼い妹だった。
「お姉ちゃんが心配できちゃった。えへへ」
タキは無邪気に笑い、サクラの着物の袖をぎゅっと握りしめる。その温もりに、サクラは思わず目頭を熱くした。
一方、船尾に降り立った晴太は、背負っていた黒サクラをそっと下ろし、タキの方を指差して尋ねた。
「どうする? 近くに行く?」
しかし、黒サクラは力なく首を横に振った。その身体は、先ほどよりもさらに淡く、光の粒子となって今にも夜風に溶けてしまいそうに透き通っている。
「いえ、いいわ……。多分彼女、私のこと見えないはずだから」
寂しげに微笑むその言葉通り、タキの視線はサクラにだけ向けられ、傍らに佇むもう一人の姉の姿を全く捉えていなかった。世界から消えゆく『異物』の姿は、すでに現世に生きる者の目には映らなくなっていたのだ。
その時である。
ゴゴゴゴゴォォォォッ!!
「ヤバイ! やっぱり出るのが遅すぎたか!!」
犬獣人の絶望に満ちた悲鳴が上がった。崩壊する島が巨大なすり鉢状の『渦潮』を生み出し、凄まじい引力で小舟を海の底へと引きずり込もうとしていたのだ。
「嫌だァ! こんなボロ舟と運命を共にするなんて!! いくぞ新八、神楽!!」
銀時が死んだ魚の目を限界まで見開き、木刀をオール代わりに海面へ突っ込んで絶叫した。
「はい!」
「おうね!」
新八と神楽も手近な板切れや番傘を海に突き立てる。
「「「うぉぉぉぉ!!!」」」
万事屋三人の馬鹿力で必死に海水を掻き出すが、島丸ごとを飲み込む自然の猛威に逆らえるはずもない。
「やっぱりダメだ!!」
犬獣人が泣き叫び、ツクヨが「あわわわ!」と頭を抱え、ミチルが「私たち死ぬの!?」と涙目で絶叫する。船上は完全なパニックに陥った。
「どうしたら………」
晴太が焦燥に駆られ、炎の刀を握り直したその時だった。
「何をしてるの、(黒)サクラちゃん……」
晴太の隣で、消えかかっていた黒サクラがふらりと立ち上がり、荒れ狂う海を見下ろす船べりへと歩み出たのだ。サクラもその異変に気づき、ハッとして顔を上げる。
「今の私には、彼らに操られてた時間が多かったからか……少しくらいなら『テクスチャ』が使えるの」
黒サクラの声は、轟音の中でも不思議なほど澄み渡って響いた。
「ただ、これ以上離れたら使えなくなる。だから——」
その言葉の真意を悟り、サクラの顔からサァァッと血の気が引いた。
「ダメ! 絶対にダメ!」
サクラは手を伸ばし、悲痛な声を上げる。
「あなたはまだ……まだやらないといけないことが……!」
自分と同じ顔をした、もう一人の自分。彼女の背負ってきた地獄を思えば、ここで終わらせていいはずがない。
だが、黒サクラはふわりと、この世の何よりも美しい微笑みを向けた。
「大丈夫よ、テクスチャが使えるっていったでしょ? 否が応でも生きて帰るから……」
それが、彼女なりの優しくて哀しい『嘘』であることは明白だった。
「それじゃあッ!」
黒サクラは、躊躇うことなく暗い渦潮の底へとその身を躍らせた。
「ちょっと!」
「サクラちゃん!!」
サクラと晴太の絶叫が夜空を切り裂く。
ザパァァンッ……。
冷たい海の底へと沈んでいく中、黒サクラの身体は美しい光の粒子となって弾け、猛り狂う海流の中へと溶け込んでいく。
その薄れゆく意識の中で、彼女の心はひどく穏やかだった。
(タキの笑顔も見られて、みんなの生き生きとした姿も見れた……。それに、初めて会った銀さんの仲間たち……)
(それを見られたんだから、こんな運命くらいどーってことはない)
水面を見上げる。
小舟の上で、自分を助けようと海へ飛び込もうとする無鉄砲な少年の姿。そして、それを泣きながら必死に抱き留めるサクラのシルエットが、月の光に照らされて揺らめいている。
(晴太くん……。あなたと一緒に戦っている彼女は、とても安心していたように思える。あなたが戻ってきた時も、心からの安堵の表情を浮かべてた……)
(今だってそう。貴方が海に沈んだ私を引き上げようと無茶をして潜るのを、必死に止めてる……。多分、"私"にとってあなたは、もうかけがえのない大事な存在なんだと思う)
自分には決して得られなかった、温かな絆。
それを、もう一人の自分が確かに持っていることが、何よりも嬉しかった。
(だからお願い……。どうか、私を……タキのことを、お願いね)
最後の願いが光の波紋となって海中に広がった瞬間。
先ほどまで船を飲み込もうと荒れ狂っていた巨大な渦潮が、まるで幻であったかのようにスゥッと消滅し、鏡のような凪いだ海面へと嘘のように鎮まった。
崩壊の轟音も消え去り、あたりには波の音だけが響く、静寂が戻った。
助かった小舟の上で、誰もが言葉を失い、水面を見つめている。
その静かな夜風の中。
何も見えず、何が起きたのかすら知らないはずのタキの瞳から、唐突に大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちた。
「あれ……?」
タキは自分の頬を濡らす温かい雫を小さな手で拭いながら、不思議そうに瞬きをする。
「どうしてかな……なんで、涙なんて……」
理由は分からない。けれど、胸の奥をギュッと締め付けるような温かくて切ない痛みが、喪われたもう一人の姉の深い愛情の証であるかのように、タキの涙腺を静かに、そして止まることなく刺激し続けていた。
吹き抜ける心地よい風が、若葉の瑞々しい香りと柔らかな陽光を運んでくる。
静寂に包まれた小高い丘の上。威風堂々とそびえ立つ春王家代々の立派な墓石のすぐ隣に、土を盛って作られたばかりの、小さくささやかなお墓がひっそりと佇んでいた。
墓標の代わりにそっと供えられているのは、真っ二つに割れた白黒の『陰陽の面』。かつて一人の少女を縛り付けていた忌まわしい呪縛の象徴は、今はもうただの静かな陶器の欠片となって、穏やかな日差しを浴びていた。
その真新しい墓の前に、サクラ、タキ、そして晴太の三人が並び、静かに目を閉じて手を合わせている。
サクラの胸の中には、深く、静かな祈りが満ちていた。
(サクラ……今は立派なお墓を作ってあげられることはできないから、今はそれで我慢してね)
心の中で、自分と同じ顔をしたもう一人の自分へと語りかける。
サクラの腰には、かつて景虎と呼ばれた彼女が振るっていた、あの漆黒の小刀が差されていた。死闘の果てに遺されたその刃の柄を、サクラはそっと、慈しむように撫でる。
(あなたの使ってたこの小刀も、これからは誰かを傷つけ、血で染めるためには使わない。私の……私たちの、大事なものを守る為に振るうから)
それは、自分自身の過去との完全なる決別であり、消えゆく間際に微笑んでくれた彼女への、何よりの供養だった。
(だから、安心して。ゆっくり眠ってね)
(私はもうーー)
祈りの最後の言葉を心の中で紡ごうとした、その時だった。
「サクラ〜! タキ〜! 晴太〜!」
静謐な丘の空気をパッと明るく染め上げるような、太陽のように暖かく、よく通る声が響き渡った。
「あっ、母ちゃんだ」
晴太がパチリと目を開け、パァッと顔を輝かせて振り返る。
視線の先、丘の下から手を振る日輪の車椅子の傍らには、感動的な空気を微塵も察することのない、見慣れた騒がしい面々がぞろぞろと連れ立って歩いてきていた。
「おいおい、お参りはもう済んだかァ? だったら早く俺の口に糖分たっぷりの特製お団子を放り込ませてくんねェ?」
銀時が着流しの懐に手を突っ込み、死んだ魚の目でだらしなく欠伸を噛み殺しながらぼやき声を上げる。
その横では、神楽が自身のぺたんこのお腹をさすりながら、不満げに声を張り上げていた。
「早くするネ! お前らがお金払ってくれないと、私の巨大な胃袋が膨れなくて困ってるアル!」
相変わらずの図々しさと、色気も情緒もない食欲の権化たち。
「いや、母ちゃんたちが大声で呼ぶから振り返ったんであって、まだお参りの途中なんだけど!」
台無しにされた空気に、晴太が呆れ果てたように盛大なツッコミを返す。
騒がしく、あけすけで、どうしようもなく温かい日常の喧騒。
振り返ったサクラの隣で、タキが「おだんご!」と無邪気に笑って駆け出していく。サクラは、その愛おしい背中と、文句を言い合いながらも待っていてくれる仲間たちの姿を見つめ、狐面の下でフッと柔らかな笑みをこぼした。
もう、怯えて泣いていた操り人形はどこにもいない。
背中を預けられる強くて優しい仲間たちと、守るべき大切な家族が、ここには確かにいるのだから。
サクラはもう一度だけ、傍らの割れたお面に向かって優しく微笑みかけ、心の中の言葉の続きを力強く結んだ。
(私は、この笑顔を守り抜くから)
決意を秘めた少女の顔に、うららかな春の陽光が、祝福するように眩しく降り注いでいた。
ーーーーーーーーーーーー
次元の底、光すら届かぬ絶対的な暗闇の空間。
そこには、肉体を捨て去り、純粋な論理と狂信のみで構成された異形の者たちが、声なき声で不気味な円陣を組んでいた。
「……景虎が、堕ちたか………」
「よもや、あの小娘に自我が残っていようとは……」
冷徹な演算機能の一部が欠落したかのような、静かな狼狽が空間に波紋を広げる。
「破壊されし神秘のみに宿り、音もなく原初へと還す……我らが崇高なる計画が、水の泡」
「やはり、あの男……いや、あの『侍』がいけない」
無名の司祭たちから、ギリギリと歯車が軋むような不快なノイズが漏れ出した。
「解せぬ」
「解せぬ」
「解せぬ、解せぬ、解せぬ!!」
理解の範疇を超えた「人間の感情」と「意志」の力によって弾き出された事実が、彼らのプログラムをバグのように蝕んでいく。だが、彼らにはまだ、最も悍(おぞ)ましく、最も強大な『手駒』が残されていた。
「こうなれば向かわせるしかあるまい……」
「ゆけ、意味を持たぬ……死神を連れし『不死の器』よ」
シャン……。
虚空に、錫杖(しゃくじょう)の冷たい金属音が鳴り響いた。
目深に被った網代笠(あじろがさ)によってその素顔は完全に隠されているが、そこから立ち上る気配は、かつての景虎すらも凌駕する、底なしの虚無と死の匂い。
「………………」
錫杖を握るその影は、ただ無言のまま、新たな殺戮の舞台へとその身を沈めていった。
地球、かぶき町。
主不在の静まり返った『万事屋銀ちゃん』の看板を見上げ、阿伏兎は首の後ろを掻きながら盛大なため息を吐いた。
「こりゃあダメだ……。どうやら奴さん、仕事で留守らしいぜ」
元春雨第七師団の副団長は、肩透かしを食らった疲労感を滲ませる。だが、振り返った先。夜兎の猛者たる若き団長は、閉ざされた扉など気にも留めず、ただ静かに夜空を見上げていた。
「ん? どうした団長。夜空なんぞ眺めて……らしくもねぇ」
阿伏兎が怪訝そうに眉をひそめる。
「へぇ〜……」
神威は、三日月に照らされた端正な顔に、無邪気で、そしてひどく獰猛な笑みを浮かべた。
「なかなか面白そうなのが、飛んでるね……」
見つめる先、星々の間に生じた僅かな空間の歪み。血の匂いを嗅ぎつけた野獣のように、神威の青い瞳が危険な光を帯びる。
「面白そうって……おいおい、まさか」
阿伏兎の嫌な予感が警鐘を鳴らすが、時すでに遅し。
「そのまさかだよ」
神威は番傘を肩に担ぎ、弾むような足取りで踵を返した。
「サッ、いくよ〜阿伏兎。僕らの居場所は、戦場にありってね」
ーーーーーーーーー
「お妙ちゃァァァァァァん!!」
場所は変わり、地球のどこか。悲痛極まりない絶叫が、静かな夜の森を切り裂いていた。
「どこだァァァァァァ!! お妙ちゃん! 僕を置いて……一体どこにィィィ!!」
柳生家次期当主・柳生九兵衛が、血走った隻眼で周囲をギョロギョロと見回しながら、愛しの女性を求めて半狂乱で駆け回っている。その背後から、息を切らした従者の声が追いすがった。
「若ァァァァァァ!!」
「東城! お妙ちゃんは見つかったのか!?」
「若ァァァ!! 見つけましたよ! 何やら怪しく光りが!!!」
東城歩がビシッと指差した先。そこには、輝かしいナニかがあった。
「何ィ!?」
九兵衛が驚愕に目を見開く。
「この光はまさに、キャバ嬢の使用済みパンティの匂いが……ゴホォォォ!!!」
東城の変態的な嗅覚による報告は、九兵衛の容赦ない蹴りが顎にクリーンヒットしたことにより、盛大な吐血と共に物理的に中断された。しかし、愛する者の気配(?)を感じ取った九兵衛は、その気配を頼りには再び江戸を彷徨った。彼らを未知の戦場へと手招きしていた。
ーーーーーーーーーーー
宇宙の彼方。
満天の星海を往く巨大な商船、快援隊の艦橋にて。
「おい、おまん。一体どこへ行くつもりで舵を取っている」
副官である陸奥の、絶対零度よりも冷たい声が響いた。
操舵輪を握る天然パーマの男、坂本辰馬は、どこ吹く風とばかりにアハハと快活に笑う。
「うーん、なんか金時に呼ばれてる気がしてな〜。なんかあの、よく分からん光を追っちゅうしだいじゃき」
星図も航路も完全に無視。ただの「直感」という名のあやふやな羅針盤で、未知の時空の歪みへと船を突っ込ませようとしているのだ。
「つまりなんじゃ。おまんの意味のない航海に身を任せろというんか?」
陸奥の瞳から完全にハイライトが消える。
「心配なかと言っちゅう! 船に酔うても、航路に迷うこと決してーーオボボボボ!!」
ビシッと親指を立てて最高にクールな台詞を決めようとした瞬間、辰馬の三半規管が限界を迎え、盛大な嘔吐音が艦橋に響き渡った。
「すまん………舵取り、誰か変わって………」
顔面蒼白で床に崩れ落ちる艦長。
「……………」
陸奥は深い深いため息をつき、静かに銃の撃鉄を起こしたのだった。
ーーーーーーーーーー
それぞれの思惑と混沌が、一つの世界へと吸い寄せられていく中。
荒涼とした星の頂で、最強の星海坊主(えいりあんはんたー)は、吹き荒れる風の中で静かに目を閉じていた。
「事象の書き換え、神性、それを信仰する名もなき使徒……か」
海坊主は、宇宙を駆け巡る中で耳にした不穏な噂の断片を、頭の中でパズルのように組み合わせていく。キヴォトスという未知の世界で起きている、理を外れた現象。
(……何故だろうな。どうしても、アイツの気配がしてならない)
脳裏に浮かぶのは、アルタナをその身に宿す者たちの存在。その影が二つ……
風が、彼のマントを大きく煽る。
(神楽がいなくなったのも、もしかしたらーー)
娘の行方不明という事実が、単なる家出ではなく、この宇宙規模の異変に巻き込まれたのだとしたら。
歴戦の父親の瞳に、鋭い修羅の光が宿る。
遠く離れたキヴォトスの空で、すべての因縁が一つに交わろうとする不穏な胎動を、宇宙最強の男は確かに感じ取っていたのだった。
村時雨篇 完
ーーーーーーーー
想い寄せれば 桜ひらひら
こぼれ落ちる僕たちの涙
いついつまでも交わした笑顔
君との約束 全ての時よ輝き続けて
旅立つ日の君に何も言えなかった
「さよなら...」想い出の場所
空っぽの春空 満ち溢れた心
わかっていたはずなのに
とめどなく刻み行く日々
繋ぎ止めたい想いを
想い寄せれば 桜ひらひら
こぼれ落ちる僕たちの涙
いついつまでも交わした笑顔
君との約束 全ての時よ輝き続けて
二人約束した桜の木の下であの日の君を探した
茜色 暮れていく空
忘れられない想いを
振り向けばほら 桜ひらひら
蘇る共に過ごした日々
歩んだ道は 色鮮やかに
僕のとなりに君は居ないよ 永久に降り積もれ
君に会いたくて会いたくて 桜が散る前に...
巡る季節の中 きらめいた君が居たこと
想い寄せれば 桜ひらひら
君を探して空を見上げた
もう一度だけ 出会えるのなら
君に伝える言葉があるよ 花びらにのせて
ーーーーーーーーーーーーーー
教えて、銀八先生!
銀八「はぁい、最近新しいオリジナルの小説を書こうとしたら銀魂らしさ全開すぎて出そうか困ってる作者の代打、坂田銀八でぇーす。」
「まぁ、引っ越しで疲れてるし、サクッといきまーす。」
「質問というか答えた方がいいかなって話、何故晴太くんは日の呼吸が扱えたんですか?教えてあげてください。」
「はい、ズバリお答えします。これは日の呼吸でもなんでもなく、刀身に油を塗って刀身に傷をつけて燃やしてるだけです。」
「ほらYouTubeとかで動画に上がってるアレ、晴太くんはアレを再現してみせただけで別に特別な修行とか痣とか何もありません。」
「ただの厨二病です。」
「はい次〜、今回の村時雨は一体何を参考に考えた話なんですか?教えてあげてください。」
「はい、ズバリお答えしましょう。これはこのサイトに掲載されている、
キ◯ォトス剣豪◯離譚という作品から着想を得たそうです。まぁ、なんかベットでのシーンは銀さんの突き放しつつ励ます感じピッタリじゃね?的なノリで書いたそうな……」
「と、今回はここまで。さっさと次回予告へ行ッチャイナ〜」
次回予告
浮世に天パの銀時というものありけり
銀時「ちょっと、なんか変なの始まったんだけど」
泥酔、ギャンブル、ゲロ吐き散らし万事のことにマダオなり
銀時「オイ、さっきから失礼すぎるんだけどこのナレーション。誰か止めてくんない?」
次回
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〜透魂〜第一回キャラクター人気投票
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銀時
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新八
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神楽
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沖田
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土方
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山崎
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高杉
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桂
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定春
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エリザベス
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ホシノ
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シロコ
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ヒナ
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アコ
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ミカ
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ナギサ
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セイア
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ユウカ
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ノア
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近藤