透き通る世界を照らす銀魂(ぎんのたましい) 作:時代に遅れている
澄んでだ瞳が 呼び醒ます
忘れかけてた 正義感 正義感
酸いも甘いも しゃぶり尽くす
今日のテーマは 勧善懲悪さ
散文的な 口ぶりで
やたら嘯く エイリアン エイリアン
のらりくらりと 罪深き
桃源郷に グッドバイしたんならば
理想に 忠実な
uh 希望は まだ 捨ててはいけないさ
シーソーゲームは 続いてく
そうそう ぼくらも譲れない
真剣勝負に 病み付きで
もうどうしたって やめられ ないやいや
運命論なんて
ぜんぜん関係ない
一所懸命だ だ だ
“
“何でもあり”の 世の中で
研ぎ澄ますのは 審美眼 審美眼
本音・建前 焼き尽くす
感じたままに 勧善懲悪さ
厚顔無恥な スタイルで
未だ蔓延る エイリアン エイリアン
かつて夢見た 美しき
桃源郷を ゲットバックしたいならば
理想に 忠実な
uh 希望は まだ 捨ててはいけないさ
シーソーゲームの 行く末は
そうそう ぼくにもわからない
真剣勝負の 暁は
もうどうしたって 勝つしか ないやいや
シーソーゲームは 続いてく
そうそう ぼくらも譲れない
真剣勝負に 病み付きで
もうどうしたって やめられ ないやいや
運命論なんて
ぜんぜん関係ない
一所懸命だ !だ! だ!
トリニティの優雅なオープンカフェに、およそこの学園には似つかわしくない、下品で無遠慮な爆笑が響き渡った。
「ブハハハハハハッ!!」
「グフフフフフフッ!!」
腹を抱えてテーブルに突っ伏す銀時と、顔を真っ赤にしてバンバンと机を叩く神楽。
その二人の容赦ない嘲笑を真正面から浴びていた杏山カズサは、反論する気力すら根こそぎ奪われ、ただ石のように固まっていた。
「………………ッ」
普段のクールで気だるげな表情は見る影もない。彼女の色白な頬は、沸騰したやかんのように真っ赤に染め上がり、すっぽりと被ったパーカーのフードの下で、猫耳が恥ずかしさにピコピコと震えている。致死量の『黒歴史』を最悪の連中に掘り起こされ、今すぐこのテラス席ごと爆発して消え去りたい衝動に駆られていた。
「おいおい聞いたか!? 『キャスパリーグ』だって! スケバンやってて二つ名がキャスパリーグだって!」
銀時は目尻に浮かんだ涙を拭いながら、死んだ魚の目を最高潮に輝かせてカズサを指差した。他人の痛い過去をいじる時、この男は水を得た魚のように生き生きとする。
「ちょっとちょっとォ? 一体どこの世界を破壊しようとしてたんですかぁ? どこの『人類悪』のつもりだったわけ? 比較の理でも持ってたの?」
某大人気スマートフォンRPGの壮大な設定を嬉々として持ち出し、全力で傷口に塩を塗り込んでくる天然パーマ。
「……銀さんという名の人類悪を滅ぼすための、新たな人類悪じゃないですか?」
横で呆れ顔をしていた新八が、ため息交じりに的確なツッコミを入れた。
「いやいや、新八という名の人類悪をこの世から消し去るための獣アルよ」
神楽が酢昆布を振り回しながら、新八の存在価値(メガネ)ごと無慈悲に否定する。
「……だから、言いたくなかったのにっ////」
万事屋のあまりにもフリーダムな集中砲火を浴び、カズサはついに両手で顔を覆って俯いた。声は震え、パーカーのフードを限界まで深く引っ張って、外界との接触を完全に断とうとする。
そんな彼女の痛々しい姿を見て、同じ『放課後スイーツ部』の仲間たちも、いたたまれない空気に包まれていた。
「カズサ……」
ヨシミは、どこか遠い目をしてカズサの肩をポンポンと軽く叩いた。
「そういう、後から振り返ると全身の毛穴から血が噴き出しそうになる時期って……誰にでもあるわよ。気にしないで……」
精一杯のフォローのつもりなのだろうが、視線が微妙に泳いでおり、純度100%の「同情」と「もらい事故的な恥ずかしさ」が混じっているせいで、逆にカズサの心を抉ってくる。
「大丈夫だよ! 私たち、いつだってカズサちゃんの味方だからね!」
アイリは、ふんわりとした笑顔でカズサを励ました。その優しさは本物だが、この状況下における純真無垢な肯定は、触れてはいけない腫れ物を扱うような残酷さを孕んでいた。
そして、スプーンを片手に優雅に紅茶を啜っていたナツが、哲学者のような深い瞳で語り始める。
「そうだとも。目の前にあるこのスイーツも、始めは形のない素材から始まり、装飾に凝りすぎて味が伴わない不格好な時期を経て、ようやく美味しい甘味へと昇華した。それと同じように、誰にでも未熟で優れていない時期くらいあるものさ。君でいうところの、その『キャスーー』」
「わざわざ言わなくて良いから!!」
カズサは顔を上げ、恥死寸前の臨界点を突破した勢いでナツの言葉を怒鳴り散らして遮った。これ以上その単語(名前)を聞かされれば、本当に精神が崩壊してしまう。
ハァ、ハァと肩で息をしながら、カズサはふと、周囲の違和感に気がついた。
「…………あのさ」
カズサのジト目が、さらに細められる。
怒りで赤らんだ顔のまま、彼女は目の前の万事屋三人組と、左右に座るスイーツ部の仲間たちを交互に睨みつけた。
先ほどまでカズサの顔面を覆い尽くしていた茹でダコのような羞恥の赤みは、波が引くようにスゥッと消え失せていた。
代わりにその大きな瞳に浮かび上がったのは、親しい者たちの裏切りを正確に捉えた、絶対零度の冷めた光だった。
「ねぇ、なんでみんなして椅子引いて私から距離取ってるわけ?」
ギクッ。
カズサの左右に座っていたスイーツ部の三人の肩が、まるで雷に打たれたかのように不自然に跳ね上がった。
言葉では立派なフォローを並べ立てていた彼女たちだったが、その実、本能は正直だった。カズサが「元ヤンキー」であり、おまけに「キャスパリーグなどという痛すぎる二つ名」を持っていたという衝撃の事実に、少なからず畏怖(あるいは得体の知れないヤバさ)を感じ取っていたのだ。
テーブルの下で静かに、けれど確実にギギギ……と椅子の脚を擦らせて物理的な距離をとっていたことを指摘され、三人は一斉に視線を泳がせた。
「あ、いや! これは、その……っ、テーブルがちょっと狭かったっていうか!」
ヨシミが顔を引き攣らせながら、明後日の方向を見て必死に取り繕う。
「ち、違うのカズサちゃん! ほら、急に日差しが強くなってきたから、眩しくて影に避難しようとしただけで……!」
アイリもまた、冷や汗を流しながら、パラソルの下で完全に破綻している言い訳を口走った。
そんなしどろもどろな二人の横で、ナツだけは一人、優雅に紅茶のカップを傾けながら、ひどく真面目な顔で深く頷いていた。
「気をつけたまえ、ヨシミ、アイリ。もし彼女の気が触れるような事をすれば、ここら一帯のスイーツ店を一夜にして崩壊させかねない。……それこそが『キャスパリーグ』という名の、厄災の凶獣なのだから」
「だから違うって言ってるでしょォォォ!!」
カズサの堪忍袋の緒が、ついに音を立てて千切れた。
親友たちの見え透いた言い訳と、傷口をさらに抉ってくる哲学的なボケのコンボに、元スケバンの魂の叫びがトリニティのオープンカフェにこだまする。
テラス席が完全に収拾のつかないカオス空間と化していた、まさにその時だった。
「あら? 銀さん。こんなところで一体何をしてるんですか?」
春の陽だまりのようにふんわりと柔らかく、それでいて、首筋に冷たい刃を当てられたかのような絶対的な『圧』を孕んだ声。
その声が耳に届いた瞬間、先ほどまで腹を抱えて笑い転げていた銀時と新八の背筋が、ピーンと一直線に伸びた。
「……あっ、お妙」
銀時が、引き攣った笑みを浮かべてギギギと機械仕掛けのように首を回す。
「あ、姉上!」
新八もまた、パニックを起こしたように椅子から飛び退いた。
彼らの視線の先――カフェの入り口に立っていたのは、清楚な着物に身を包み、この世の春を全て集めたかのような可憐な微笑みを浮かべる女性。
志村妙(お妙)であった。
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一方、カフェでの騒動から少し離れたトリニティの片隅。
真選組の面々が(勝手に)陣取った臨時拠点のような路地裏では、ひどく理不尽で、目を覆いたくなるような惨状が広がっていた。
「………………」
真選組局長・近藤勲は、腕を組んだまま、冷や汗を滝のように流して沈黙していた。
彼の視線の先には、両手を後ろで縛られ、地面に正座させられている一人の少女――先ほどまで元気いっぱいに「決闘」を叫んでいた宇沢レイサの姿がある。
「ってなわけで。トリニティの白昼堂々、暴動を起こしてたこの女、ひっ捕らえてきたって感じです」
沖田総悟が、さも「迷子の小猫を保護しました」とでも言うような、微塵の悪びれもない涼しい顔で報告した。その手には、少女を縛り上げている縄の端がしっかりと握られている。
「いや……」
近藤は、引き攣った顔でゆっくりと口を開いた。
「暴動起こしてたの、お前らだよね? この子、どう見てもお前らの暴動(ロケラン乱射)を止めようとしてただけだよね?」
「近藤さん、何言ってんでさァ。俺ぁいつも通り、平和維持のためにバズーカをぶちかましただけですぜ? ……土方さんの頭に」
「だからそいつを暴動っていうんだろうがァァァ!!」
全身真っ黒焦げで、見事なまでのアフロヘアーと化した土方十四郎が、血走った目で怒号を飛ばす。
「大体、なんで被害者の俺が巻き添え食らって、挙句の果てにこんな小娘の尋問に付き合わなきゃならねーんだ!」
「まぁまぁ、トシ! 落ち着け!」
近藤がお人好し全開のフォローに回る。局長としての良心が、目の前の痛々しい少女への罪悪感で押し潰されそうになっていた。
「悪いことをしたなぁ、お嬢さん。コイツら、手は早いが根は悪くないんだ。元々が武州の田舎で暴れ回ってた芋の集まりなもんでな、加減ってもんを知らねぇ。……今回の件、どうか局長の俺の顔に免じて、水に流してはくれないだろうか?」
近藤は、誠心誠意、深く頭を下げた。
その真摯な謝罪に対し、正座させられていたレイサが、大きく何度も頷きながら口を開いた。
「しょうでしたは!! ほくはかりました! ほんかいは、みずにはがすとします!!」
「………………」
「総悟ォォォ!! お嬢さんの顔面、丸潰れになってるんだけどォォォ!?」
近藤の悲鳴が裏返った。
レイサの顔は、原型を留めないほどに見事にボッコボコに腫れ上がり、まるでギャグ漫画でフライパンで強打された直後のような、無惨な「顔面崩壊」を引き起こしていたのだ。口もまともに開かず、言葉が完全に異星の言語のようになっている。(※意訳:そうでしたか!! よく分かりました! 今回は水に流すとします!!)
「何驚いてんでさァ。突然見ず知らずの大人に、自信満々に『決闘』の挑戦状を叩きつけてくるような命知らずな奴ですぜ? そりゃあ、面目丸潰れでしょうよ」
沖田は、どこ吹く風とばかりに肩をすくめる。
「いや、面目つーか、顔面が潰れちゃってるよね!? 顔のパーツがめり込むぐらい、容赦なくボッコボコにしたよねコレ!!」
いくらキヴォトスの生徒が頑丈とはいえ、年端もゆかない少女の顔面をサンドバッグにしたサディストの所業に、近藤は頭を抱えて震え上がった。
「そいつは誤解ですぜ、近藤さん。……ある時、土方さんが『侍として受けた挑戦において、相手が女だろうが子供だろうが、一切の容赦なく顔面を潰す勢いでかかれ』って、言ったような言わなかったような」
沖田は、しれっと全責任を隣のアフロヘアーに丸投げした。
「勝手に俺の言葉で嘘つくのやめてくんない!? 俺、そんな外道な教え垂れ流した覚え一ミリもねェから!!」
土方が青筋を立てて吠える。
「あぁ……本当に申し訳ない! お嬢さん、痛かったろうに! 本当に、なんとお詫びしたらいいか……!」
近藤がオロオロとレイサの腫れた顔を覗き込み、土下座の勢いで平謝りする。
「仕方ねェ」
沖田は、さも名案を思いついたようにポンと手を打った。
「じゃあ、責任を取って『土方さんが切腹する』って事で手を打ちやしょう」
「何で被害者の俺が切腹しなきゃならねーんだ! 沖田、テメェが腹切れ!」
土方が即座に噛み付く。
「土方、腹切れ」
沖田が淡々と返す。
「腹切れ沖田」
「腹切れ土方」
「腹切れ沖田」
「腹切れ沖田、じゃなかった腹切れ土方」
終わりの見えない低レベルな責任の擦り付け合いが続く中、近藤は一人、地面に正座させたままの少女に向かってオロオロと平謝りを続けていた。
「本当にもう、何とお詫びをすれば……! 局長として、ケツ毛を晒す覚悟でーー」
すると、顔面がピカソの絵画のように複雑にひしゃげたレイサが、ピクッと動き、ボコボコに腫れた顔から一本の指をスッと立てた。
「ひとふ、おねはいがありまふ」
空気が抜けたタイヤのような、くぐもった奇声。
しかし、近藤はその異星の言語(※意訳:一つお願いがあります)を、なぜか完璧にヒアリングしてみせた。
ーーーーー
「なにィィィ!! キャスパリーグだと!」
近藤はガタッと立ち上がり、目をカッと見開いた。
「つまりなんだ、君はその『キャスパリーグ』という名のヤンキーを倒すために、日夜、孤独な警備活動(パトロール)をしているっていうのか!?」
「はい、ほうでしゅ」
レイサが、原型を留めていない顔で力強く頷く。
「おい、ちょっと待て」
ここでたまらず、土方が冷や汗を流しながらツッコミを入れた。
「そいつ、さっきからいつまで顔面潰れてんだ? しかも、その状態でなんで会話が成立してんだよ」
土方の至極真っ当な疑問など意に介さず、レイサは必死の形相(物理的に潰れているが)で訴えかけた。
「はのしょは、あらゆるものをか、そのあっほうへき力でうはってきました。もしかしたら、あなはたちの、はいじなものもーー」
(※意訳:彼女はあらゆるものをその圧倒的力で奪ってきました。もしかしたらあなたたちの大事なものもーー)
「何だって!」
レイサの警告(という名の壮大な曲解)を聞いた瞬間、近藤の脳裏に、夜な夜な電柱の陰から見つめ続けている愛しのキャバ嬢の姿がフラッシュバックした。
「つまり、俺のお妙さんも奪うかもしれんということか!!」
「いや、絶対にそういう意味の『奪う』じゃないと思う」
土方が眉間を揉みほぐしながら冷静に否定する。元スケバンがキャバ嬢を奪ってどうするのか。
しかし、暴走機関車と化した二人の思考は、もはやツッコミという名のブレーキを受け付けなかった。
「ほうでしゅ! はい(愛)も、うはう! それが、ひょうしゅう(凶獣)ひゃすはりーくでしゅ!!」
(※意訳:そうです!愛も奪う、それが凶獣キャスパリーグです)
「俺から……俺からお妙さんを奪うなんて絶対に許さん! 凶獣キャスパリーグめ、俺の純愛を邪魔する気か!!」
近藤は両手で顔を覆い、男泣きに咽び泣き始めた。見えない敵に対する怒りと、勝手な被害妄想が臨界点を突破する。
そして、近藤はガシッとレイサの両肩を掴んだ。
「レイサくん! 共にその凶悪な獣を捕らえようではないか!」
「ふぁい!!」
熱い抱擁を交わさんばかりの勢いで意気投合する、ゴリラ局長と顔面崩壊少女。
「……なぁ、さっきからずっと顔面潰れたままで『ふぁい』とか言ってるんだけど、お前ら本当にそれで意思疎通できてんの?」
土方が、理解の範疇を超えた超次元コミュニケーションに戦慄を覚える。
「なぜだろうな、トシ……」
近藤は、男泣きの涙を拭いながら、夕日に向かって(まだ真昼間だが)遠い目をした。
「どこか……彼女に、深いシンパシーを感じるんだ。どこかの誰かを、ただひたすらに追いかけ続ける……そんな、真っ直ぐで不器用な信念を持つ者同士の、魂のシンパシーを」
「いや、それただのストーカー仲間じゃねェか!!」
土方の魂の叫びがトリニティの空にこだまする。
「近藤さん! 悪いことは言わねェ、そんなストーカー紛いな奴とつるむのはーー」
「よし、いくぞレイサくん!! キャスパリーグ討伐だ!!」
「はいィィィ!!」
土方の制止を完全に無視し、近藤とレイサは、謎の絆(ストーカー同盟)で結ばれたまま、猛然と白昼のキャンパスを駆け出していった。土煙を上げながら遠ざかるゴリラと少女の背中。
「…………いっちゃいましたねィ」
沖田が、木陰に寄りかかったまま、無感動な声でポツリとこぼす。
残された土方は、咥えタバコ(新しいものに火をつけた)の煙を深々と肺に吸い込み、限界まで疲労した声で吐き出した。
「……総悟。俺たち、警察なんてやめて、いっそストーカー予備校でも始めるか……? 」
「……養豚場ならいいですぜ?」
トリニティ総合学園の優雅な風景の中、真選組の威厳は完全に地に落ち、ただただ理不尽な疲労感だけが二人の周囲に漂っていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
一方その頃、トリニティの優雅なオープンカフェのテラス席。
先ほどまでカズサの恥ずかしい黒歴史が暴露され、カオスな空気が漂っていたテーブルは、突如降臨した「かぶき町の女王」によって、また別の意味で息苦しいほどの緊張感に包まれていた。
「なるほどねぇ〜。確かにそれは、乙女にとって重大な問題よね」
志村妙は、春の陽だまりのようなふんわりとした笑顔を浮かべ、上品に紅茶のカップを傾けた。その所作はどこまでも淑(しと)やかで美しいが、口から紡がれる言葉は、実体験に基づくドロドロとした凄みを含んでいる。
「相手からつけられる視線。その異常な執念、ゴキブリ以上の図太さ……。どれをとっても、彼ら(ストーカー)の右に出るものはいないわ」
「そうですよね……」
カズサは、自分よりも遥かにストーカー被害の「修羅場」を潜り抜けてきたであろう大人の女性の言葉に、深く共感して頷いた。
「じゃあ、一体どうすればーー」
カズサがすがるような瞳で、具体的な解決策(例えば警察への通報や、接近禁止の防犯グッズなど)を求めた、その瞬間だった。
「潰せばいいのよ」
「「「「「…………………」」」」」
テラス席に、時が止まったかのような絶対的な静寂が落ちた。
小鳥のさえずりも、風の音も、カフェのBGMすらも、彼女の放った一言の圧倒的な「圧」の前にひれ伏したかのようだった。
「あ、あの……すみません」
カズサは、自分の猫耳が聞き間違いをしたのだと思いたくて、引き攣った笑みを浮かべた。
「今、なんて……?」
「もう、立派な猫耳がついてるのに聞こえなかったの?」
お妙は、微笑みを一切崩すことなく、花がほころぶような声音で、もう一度、はっきりと復唱した。
「潰せばいいのよ、潰せば♪」
背筋が凍るような、純度100%の殺意の肯定。
その瞬間、テーブルを囲む万事屋とスイーツ部(一部)の脳内で、言葉を介さない超高速の『テレパシー通信(内なるツッコミ会議)』が開通した。
《出たァァァ!! ゴリラ直伝の最強宝具、『プライメイト・デス・クラッシュ』!!》
銀時が脳内で、某大人気スマートフォンRPGのマスターさながらの緊迫した叫びを上げる。
《えっ!? 何ですか銀さんコレ!? なんで急に脳内に直接語りかけてきてるんですか!?》
新八の魂のツッコミが、脳内ネットワークに響き渡る。
《クラスはバーサーカー。真名、志村お妙。その特異稀なるゴリラの力を最大まで引き出した対人理最強宝具、【
神楽が、どこから仕入れてきたのか分からない完璧なフレーバーテキストを、無表情のまま脳内でスラスラと読み上げる。
《ふむ……。彼女の宝具の基礎威力は『A』といったところか。しかし、特筆すべきは、それが我々『霊長類』に対して放たれた攻撃だった場合、特攻バフが乗り、威力が『A++』に跳ね上がるという恐るべき隠しステータスだ》
なぜか、この空間のノリに完全に適応したナツが、スプーンを口にくわえたまま、型月の世界観を完璧に理解した考察を脳内に叩き込んできた。
《いや、ちょっと待ってェェェ!! なんで何気なく人類最強の霊長類『沙保里選手』の名前入ってんの!? というかFG◯!? 説明文のフォーマットが完全に型月のそれそのものなんだけどォォ!! なんでナツさんまで完全に順応してんの!?》
新八の処理能力が限界を迎え、脳内でパニックを起こす。
《落ち着け新八。元々YAMA育ちはヤバい性能してただろ? アレと同じ原理だよ。鬱蒼としたジャングルのゴリラに育てられたら、そりゃあ星5サーヴァント級のAクラス宝具だって持ってるに決まってーー》
《だから僕の姉上はゴリラじゃないって言ってんでしょ!?》
新八の悲痛な魂の叫びが脳内ネットワークで虚しく反響し、フェードアウトしていく。
そのメタ的なテレパシー空間での大騒ぎを余所に、現実世界のお妙さんは、まるでピクニックの行き先を決めたかのように、晴れやかで可憐な笑顔を浮かべて立ち上がった。
「さ、そうと決まれば潰しにいきましょ。」
春のそよ風のように爽やかな声音で、極めて物騒な決断が下される。そして彼女は、どこかの空賊の女ボスのごとく、ビシッと空へ指を突き出して号令をかけた。
「みんな、40秒で支度して、行くわよ!」
その圧倒的なカリスマ性と、某国民的アニメ映画へのあまりにも自然なパロディ誘導。それにすっかり乗せられた万事屋とスイーツ部の面々(一部)は、なぜか一斉に立ち上がり、天高く拳を突き上げて叫んだ。
「「「「バルス!」」」」
トリニティの優雅なオープンカフェに、空に浮かぶ城を崩壊に導いた滅びの呪文が高らかにこだまする。
「皆さん、それ滅びの呪文です。」
新八はツッコミという名の虚無をぽつりと吐き出した。彼らがこれから向かう先には、間違いなく「滅び(ストーカーの)」が待っているのだろう。
ーーーーーーーーーーー
平和なトリニティのキャンパスを、異様な殺気と緊張感を漂わせた一団が練り歩く。彼らは周囲を油断なく探し回る。標的はただ一人、カズサのストーカー(レイサ)である。
先頭を歩くお妙さんの迷いのない足取りの横で、カズサは猫耳をぺたんと伏せ、冷や汗を流しながら恐る恐る口を開いた。
「あの〜すみません。もっと穏便な形で終わらせたりとか……」
かつて伝説のスケバンとして鳴らした彼女でさえ、この清楚な着物姿の女性から放たれる絶対的な『暴力のオーラ』には引かざるを得ない。どうにか血を見ず、話し合いで済む方法はないのかと提案したのだが。
「もうなにを言うのかと思ったら……」
お妙さんは歩みを止めず、ニコリと聖母のように微笑んだ。しかし、その瞳の奥には一片の慈悲も存在しない。
「あのゴキブリは何度倒しても湧いてくるのよ?だったらーー」
徹底的な殲滅。その二文字が彼女の口から紡がれそうになった、まさにその瞬間だった。
「お妙さァァァん!!」
地響きのような野太い絶叫が、キャンパスの空気を震わせた。
見れば、猛然と土煙を上げて突進してくる一匹のゴリラ――いや、近藤の姿があった。彼の血走った瞳は、お妙さんの隣を歩くカズサ(キャスパリーグ)を明確な『敵』として捉え、殺意を剥き出しにしている。
「キャスパリーグめ!お妙さんから離れろォーー!!」
愛する女性を凶悪なヤンキーから守らんと、近藤は涙と鼻水を撒き散らしながら跳躍した。その姿は一途な愛の戦士そのものであったが――。
「離れるのはテメェだァァァ!!」
ドゴォォォォンッ!!!
お妙さんの白魚のような拳が、空気を叩き割りながら近藤の顔面に深々とめり込んだ。
愛の突進は、彼女の強烈なアッパーカットによって見事に粉砕され、近藤の巨体はトリニティの青空へと美しい放物線を描いて飛んでいくのだった。ゴキブリ一匹を吹っ飛ばした後ボコボコに腫れ上がったレイサの方へゆっくりと歩み寄る。
「あら? もしかしてあなたが、カズサちゃんをつけ回しているという、噂のゴキ……いえ、ストーカーさんかしら?」
「ス、ストーカーではありません! 私は宇沢レイサです!」
レイサはシールドを構え直し、爛々とした瞳で自身の名を高らかに名乗った。
しかし、かぶき町の女王の耳には、そんな訂正など最初から届くはずもない。お妙は小首を傾げ、聖母のように慈愛に満ちた(そして絶対零度の殺意を孕んだ)微笑みを浮かべた。
「あーそう。
極めて美しい発音で紡がれた、極めて凶悪な暴言。
もはや当て字のヤンキー漢字すら凌駕する、ストレートすぎる害虫認定であった。彼女の白魚のような指先が、再び「潰す」ためのモーションへと入りかける。
「姉上、宇沢レイサさんです………」
新八が、これ以上罪なき(?)被害者を出さまいと、ズレた眼鏡を必死に押さえながら魂のツッコミと訂正を入れる。レイサ本人も、自分の名前がとんでもない暴言に変換されたことに気づき「ゴキッ!?」と硬直していた。
その、一触即発の空気を――。
「お妙さァァァァァァん!!」
空のかなたに消えたはずの地響きが、再びトリニティの地を揺らした。
見れば、先ほどロケットペンシルさながらに打ち上げられた真選組局長・近藤勲が、全身を泥と擦り傷だらけにしながら、ゾンビのような執念で舞い戻ってきていたのだ。
彼の血走った瞳には、お妙に詰め寄るカズサ(凶獣キャスパリーグ)という、完全に捻じ曲がった虚構の構図しか映っていない。
「お妙さん……! すでに奴の手に堕ちていたとは………! でも、もう安心ですよ!」
近藤は、鼻血を垂らしながらも、まるで悲劇のヒロインを救い出す白馬の騎士のような、無駄にキラキラとした(そしてひどく気持ち悪い)情熱的な眼差しでお妙を見つめた。
「俺が、あなたを地の底から救い出してあげますからッ!!」
ビシッ! と、痛々しいまでに決まったポーズ。
彼の中の脳内フィルターでは、お妙の鉄拳制裁すらも「悪しきヤンキーに操られて放った悲しき一撃」へと都合よく変換されているらしい。
「………………」
そのあまりにも狂気じみたポジティブシンキングを前に、万事屋とスイーツ部の間にスッと冷たい沈黙が落ちた。
「ごめん…あのゴリラなに言ってんの?」
沈黙を破ったのは、死んだ魚の目を極限まで点にした銀時だった。
彼は小指で耳をほじりながら、心底理解できないといった顔で近藤を指差す。
「地の底よりも深い深淵より深く堕ちたゴリラが、妙なこと言ってんだけど……。救い出すどころか、テメェが一番重症の泥沼に浸かってんだけど」
「同感アル。あのストーカーゴリラ、脳みそのシワまで完全にバナナで出来てるネ」
神楽も酢昆布をかじりながら、ゴミを見るような視線を送る。
なぜあの男は、あそこまで己に都合の良い幻覚を見ることができるのか。その異常な精神構造に一同が戦慄する中、スプーンを片手に持ったナツが、哲学者のような深い瞳で静かに口を開いた。
「先生、これはアレだ」
ナツは、溶けかかったチョコミントアイスのような、甘くも冷ややかな視線を近藤に向けた。
「現実という名の『ブラックコーヒー』の強烈な苦味から目を背けるため、己の脳内を分厚い『フォンダンショコラ』で無理やりコーティングしてしまった、哀れな男の末路さ。
彼の中では、志村妙という圧倒的強者は、悪の凶獣キャスパリーグの魔の手に囚われ、助けを待つ『か弱きお姫様(シュガークラフト)』へと見事に書き換えられているんだよ。……そうでもしないと、自我という名のお皿が割れてしまうからね」
完璧なまでのスイーツ的考察。
しかし、その甘ったるい比喩表現に綺麗に包み込まれた難解すぎる解説は、常識人の脳をただ激しく混乱の渦へと突き落とすだけだった。
「いや、言ってる意味が全然意味がわからないんですけど!」
新八は、全力でツッコンだ。
現実逃避をフォンダンショコラのコーティングで例えられても、全く腑に落ちない。むしろツッコミどころのトッピングが増えすぎて、彼の処理能力はショート寸前である。
そんなパニック状態の新八を見かねて、ミントグリーンのパーカーを羽織ったアイリが、聖母のようにふんわりとした、一切の悪意のない笑顔で助け舟を出した。
「つまり、ゴリラさんはお妙さんがカズサちゃんに囚われているように思っていて、それを助けるために来たってことですよ」
『ゴリラさん』という呼称を、さも当然の一般名詞のようにナチュラルに使いこなすアイリ。彼女の純真無垢すぎる通訳によって、近藤の狂気じみた思考回路の『結論』だけは、見事に、そして残酷なまでに翻訳された。
「内容はわかったけど、経緯が全然分からない!!」
ヨシミが、金髪のツインテールを振り乱して甲高い声で絶叫する。
なぜ警察のトップがゴリラ呼ばわりされているのか。なぜ一介のスイーツ部員であるカズサが、彼の中で悪の魔王(凶獣)に仕立て上げられているのか。そもそも、先ほどお妙の拳で文字通り星になったはずの男が、どうして無傷で舞い戻り「お妙を救う」という発想に至るのか。
論理的思考を完全に放棄した超展開の連続に、ヨシミの常識のキャパシティはとっくに決壊していた。
ーーーーーーーーーーー
「さぁ、行くぞレイサくん! 愛と正義の刃で、あの凶獣からお妙さんを取り戻そう!」
近藤は、全身の擦り傷や泥汚れなど全く気にする様子もなく、真選組の刀を抜き放って高らかに宣言した。その血走った目は、完全に己の作り上げたヒロイック・ファンタジーの世界に没入しきっている。
「はいィィィ! 覚悟してくださいキャスパリーグ! この宇沢レイサとゴリラさんのタッグが、あなたの悪行をここで打ち砕きます!」
レイサもまた、顔面がボコボコに腫れ上がった悲惨な状態のまま、重いシールドを構えて近藤の横に並び立った。
ストーカーの局長と、自称ライバルのストーカー。奇跡の『ストーカー同盟』が白昼のトリニティで謎の熱い絆を深め、完全に息の合った連携(ポージング)を見せつけている。
「だから! なんで私がさらったことになってんの!? なんで私がラスボスみたいな扱いになってるわけ!?」
冤罪(えんざい)のスケールが雪だるま式に膨れ上がっていく絶望的な状況に、カズサは半泣きで絶叫した。平穏な日常を愛する元スケバンが、なぜ極道の抗争のような修羅場に引きずり出されなければならないのか。
その時である。
「ウフフ……」
カズサの隣で、お妙が可憐な笑い声をこぼした。
しかし、その銀鈴のような声を聞いた瞬間、万事屋の三人はもちろんのこと、カズサたちスイーツ部の面々までもが、本能的な死の恐怖に総毛立ち、背筋を凍らせた。
ゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
お妙の背後から、目に見えるほどどす黒い、純度一〇〇パーセントの殺意のオーラがドロドロと立ち昇り始めたのだ。うららかな青空の下であるにも関わらず、彼女の周囲だけが不気味な暗雲に覆われ、重力が倍増したかのように錯覚する。
「やっぱり……ゴキブリは、一匹残らず、跡形もなく、徹底的に叩き潰さないとダメみたい」
着物の袖を優雅にまくり上げながら、お妙はニッコリと、この世の終わりを告げるような笑みを浮かべた。その白魚のような美しい拳からは、ギリギリギリ……と、空間そのものを握り潰すような恐ろしい破砕音が鳴っている。
「姉上ェェェ!! 目が完全に据わってます! 完全に殺る気満々です! 」
新八が悲鳴を上げる。
「ちょっと! 先生どーするのよ!」
ヨシミが銀時の背中をバンバンと叩く。
「そうです、先生! 何とか」
アイリも縋るような視線を向ける。
「ったくギャーギャー騒ぎやがって、仕方ねぇ……ここらで銀さんが人肌脱ぐとするか」
銀時は面倒くさそうに首の後ろを掻きながら、ゆっくりと立ち上がった。そして、懐のタブレット端末に向かって、ひどく気の抜けた声で呼びかける。
「アロナ〜よろしく〜」
『はい!』
元気いっぱいの電子音と共に、ホログラムの少女が起動する。
銀時はバサリと着流しの右腕を捲り上げた。すると、その腕には、赤々とした刺青のような印が刻まれていた。
――それは、どう見ても卑猥なシルエットにしか見えない、完成度高けーなオイと言わざるを得ない形状の『ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲』の紋様であった。
「え、ちょっとアロナちゃん……」
新八が、嫌すぎる予感に顔面を蒼白にさせる。
次の瞬間、シッテムの箱のメインOSは、どこぞの聖杯戦争のマスターさながらの、凛とした(しかし絶望的に間違っている)声で高らかに宣言した。
『令呪を持ってら命じます、あのゴキブリたちを倒してください!』
そのアロナの絶対命令(パロディ)を受諾した銀時は、両手を腰の横に構え、体内のエネルギー(糖分)を両掌に極限まで圧縮し始めた。
「かーめーはーめー」
「ダメェ! それ以上はダメェ!!」
世界観も著作権もコンプライアンスも全てを塵に還そうとする銀時の禁忌の構えに、新八が血の涙を流して絶叫した。
トリニティのオープンカフェが、完全に収集のつかないカオスと狂気の坩堝と化した、まさにその刹那。
「閃光弾を投下します」
凛とした、ひどく事務的な少女の声が頭上から降ってきた。
「「「え?」」」
一同が間抜けな声を上げて空を見上げた瞬間。
何の前触れもなく放り込まれた強烈な白き閃光が、カオスな狂宴ごと、彼らの視界を無慈悲に真っ白に染め上げたのだった。
網膜を焼くような強烈な白光と、鼓膜を劈く甲高い耳鳴り。
不意打ちの閃光弾によって視界と三半規管を完全に奪われ、カオスと化していたテラス席は一時的な沈黙に包まれた。
やがて、網膜に焼き付いた白い残像が徐々に晴れていく中、硝煙と舞い散る埃を払うようにして、一人の少女が毅然とした足取りで姿を現した。トリニティの自警団に所属する、スズミである。
「レイサさん……またですか?」
スズミは、静かな、しかし確かな呆れと疲労を含んだ声で深々とため息をついた。
「何度も言ってますよね。戦闘が起きたり、問題が起きたからといって、頭ごなしに武力で解決すれば良いわけではないと」
彼女の視線は、まず身内の問題児(レイサ)が居るであろう方向へと向けられ、次いで、この騒動に巻き込まれている(あるいは中心にいる)万事屋やスイーツ部の面々へとスライドしていく。自警団としての真っ当な職務執行。彼女は凛とした態度で、暴れる大人たちにも苦言を呈そうと口を開いた。
「皆さんもです。レイサさんがご迷惑をおかけしたことは謝罪しますが、いくらなんでも暴れすぎです。もう少し冷静に話し合いをーー」
「あら? 『皆さん』って誰のことかしら?」
スズミの真っ当すぎる正論を途中で遮ったのは、春のそよ風のように可憐で、そして背筋が凍りつくほどに恐ろしい、女の笑みを含んだ声だった。
白煙が完全に晴れた視界の先。
そこに立っていたお妙は、着物の乱れ一つなく、先ほどと変わらぬ微笑みを浮かべていた。
だが、その右手は――。
白目を剥いて完全に気絶している近藤の頭部を、まるでクレーンゲームの無慈悲なアームか、もぎたてのスイカでも持つかのように、指の握力だけで無造作に『鷲掴み』にしていたのだ。その足元には、同じく一撃で沈められたレイサが、ピクピクと哀れな痙攣を起こして転がっている。
ズガァァァァァァァァァァンッ!!!
「…………………!」
「………………!」
「………………!」
雷に打たれたような、いや、一万ボルトの高圧電流を直接脳天に流し込まれたかのような絶大な衝撃が、三人の常識人の身体を同時に貫いた。
完全に声帯が麻痺し、ポカンと口を開けたまま石像のように硬直する三人。彼らの思考回路は、眼前の理解不能な光景を前に完全にショートしていた。
(((沈めたァァァァァァァ!!! あの白光で目が眩んでいたほんの刹那(コンマ数秒)に、たった一人で敵方(ゴリラとストーカー)を完全に制圧したァァァァァ!!!)))
光すら置き去りにする、かぶき町の女王の圧倒的な暴力(スピード)。
理を外れた本物の『人類悪』を前に、トリニティの自警団、元スケバン、そしてツッコミ眼鏡の三人は、ただただ圧倒的な恐怖に震え、一言も交わすことなく魂の叫びを見事にシンクロさせることしかできなかった。
ーーーーーーーーーー
トリニティ総合学園が誇る医療の要、救護騎士団の病棟。
漂う消毒液の清潔な匂いと、純白のシーツが並ぶ静謐な空間は、先ほどのカオスな戦場が嘘のような安らぎを提供していた。
「セリナさん、いつもありがとうございます。今回もお手数をおかけしました……」
スズミが深々と頭を下げる。彼女の顔には、立て続けに起きた異常事態(身内の暴走や異世界人の乱闘)の事後処理による深い疲労が色濃く刻まれていた。
「いえいえ、これが私たちの仕事ですから。お気になさらないでください」
救護騎士団のセリナは、柔らかく温かい微笑みを浮かべて首を横に振った。どんな修羅場でも決して揺るがない、プロフェッショナルな天使の笑顔である。
「そういえば、姉御はどうしたアルか?」
病棟の待合ベンチで、酢昆布をモチャモチャと噛みちぎりながら神楽が首を傾げた。あの大立ち回りの後、お妙の姿だけが見当たらないのだ。
「あ〜、お妙さんですか……。彼女なら、今は――」
セリナの天使のような笑顔が、ほんの少しだけ引き攣った。その視線が、分厚い壁の向こう側――施設のさらに奥へと向けられる。
ーーーーーーーーー
場所は変わり、救護騎士団の奥、堅牢な防音壁で覆われた特別室。
そこには、互いに一歩も引かない、凄絶な覇気を放つ二人の女が対峙していた。
「お妙さん。また随分と派手に暴れ回ったそうですね」
救護騎士団団長、ミネ。
彼女は自身の背丈ほどもある巨大な盾を傍らに置き、威風堂々たる佇まいで静かに苦言を呈した。平穏と救護を司る騎士のトップとして、学園内での過剰な破壊行為は見過ごせない。
対するお妙は、着物の袖を口元に当て、ウフフと上品な笑い声をこぼす。
「ミネ団長、人聞きの悪い事を言うのはやめてくれないかしら? 私はただ、そこかしこに湧く害虫を少々駆除しようとしていただけよ?」
「……それにしては、やり過ぎではないですか? 周辺の施設への被害報告が尋常ではありません」
ミネの鋭い眼光が、お妙を真っ直ぐに射抜く。
しかし、かぶき町の女王はその程度の圧力で怯むようなヤワな生物ではない。お妙はスッと目を細め、口角を氷のように冷たく吊り上げた。
「あなたも人のことを言えないでしょう? ゴリラ団長」
ピキッ。
部屋の空気に、明確な亀裂が走った。
「……その言葉、撤回する気はありませんか? メスゴリラさん」
ミネの声のトーンが一段下がり、その背後から『破壊(救護)のオーラ』がドロリと立ち昇る。
「あなたこそ、撤回する気はないの? ゴリラ団長」
お妙もまた、背後に純度百パーセントの『ダークマター』を具現化させながら、真っ向から睨み返した。
トリニティが誇る『破壊の救護騎士』と、かぶき町が恐れる『霊長類最強の姉』。
絶対に交わらせてはいけない、同極の磁石のような二つの理不尽な暴力が、ついに臨界点を突破した。
ドゴォォォォォォォォォン!!!!!
救護騎士団の頑丈な施設そのものが、直下型地震のように激しく揺れ、奥の部屋から凄まじい爆発音と衝撃波が吹き荒れた。
ーーーーーーーーーー
病棟の窓ガラスがビリビリと悲鳴を上げ、天井からパラパラと白い漆喰が落ちてくる。床から伝わる不気味な地鳴りに、スズミたちも思わず身構えた。
「……てな感じです」
地響きが続く中、セリナは頬に一筋の冷や汗を流しながら、困ったようにテヘッと愛らしく微笑んでみせた。
「………………」
新八は、ズレた眼鏡を直す気力すら湧かず、ただ虚空を見つめて完全に沈黙していた。
(姉上……お願いですから、異世界の学園でまで『霊長類最強(ゴリラ)頂上決戦』を開幕しないでください……)
平和なはずの救護騎士団のロビーに、新八の音なき絶望のツッコミと、遠くで響く地響きだけが、虚しくこだましていた。
「それよりも、レイサさんが……」
セリナが視線を向けた先。そこには、清潔な白いシーツに包まれたベッドの上で、顔中絆創膏だらけの宇沢レイサが静かな寝息を立てていた。
そして、そのベッドを取り囲むように、トリニティが誇る(?)『放課後スイーツ部』の面々が陣取っていた。
「本当になんなの? まったく、意味わかんない」
ヨシミは腕を強く組み、金髪のツインテールを揺らしながら忌々しげに吐き捨てた。突如巻き込まれた異世界の大人たちの乱闘、そして親友の隠された黒歴史。情報量が多すぎて、彼女の常識的なキャパシティはとうに限界を超えている。
対照的に、ナツはどこか遠い空を見つめるような、芝居がかった声で滔々と語り出した。
「カズサ……いや、『キャスパリーグ』の実力がどれほどのものであったかということさ」
「彼女がいる限り、私たちを止めることは出来ない!」
「いや、カズサの過去、今の状況に全然関係ないよね!?」
ヨシミが的確なツッコミを入れるが、ナツのロマンあふれる妄想は止まらない。
「さぁ、ここら一帯を占拠するのだ!」
「あの、私もちょっと違う気が……」
アイリが控えめに、苦笑いを浮かべて宥めようとする。
「ねぇ、ちょっとお願いだから……もうやめて……」
当のカズサ本人は、ベッドの脇で頭を抱え、今にも消え入りそうな声で懇願していた。猫耳は完全に垂れ下がり、羞恥心で顔から火が出そうだった。隠し通したかった黒歴史を、親友たちに無邪気なオモチャにされる地獄の公開処刑。
そんなカズサの悲痛な叫びに、銀時が死んだ魚の目で鼻をほじりながら的外れなフォローを入れる。
「まぁまぁ、そういうなよ。こいつらなりに、お前の痛い過去を理解しようとしてんのサ」
「えっとなんだっけ……キャス……キャスパー……フォウ?」
「銀さん、キャスパリーグです……。マスコットキャラ混ざってます」
新八が呆れ果てた声で冷静に訂正する。先ほどから万事屋の脳内は型月世界に侵食されすぎている。
「先生も………っ!」
カズサの堪忍袋の緒が、ついにブツンと音を立てて切断された。限界まで張り詰めていた感情が、決壊する。
「いや、もう我慢できない! これ以上は無理だから、これだけは言わせて!!」
悲痛な叫びが病室に響く。しかし、その魂の叫びすらも、ナツは優雅な笑みで遮ってみせた。
「なに、君の出身地が月だということかい? それとも『これ以上関わらないで』というお決まりのセリフかな?」
「残念ながら両方とも無理だ。大ヒット公開されている時点で、君が月の出身地であることは知られている。それに、私たちはもう同じ船に乗ると決めたからね」
「ちょっと! 少しはカズサの話を聞きなさいよ!!」
見かねたヨシミの怒声が、雷のように落ちた。
「……はい」
ナツはシュンと肩を落とし、あっさりと引き下がった。
静まり返った病室で、カズサは一つ、深く重い深呼吸をした。
「ありがと。まさかアンタに感謝することになるなんてね」とヨシミに視線を向ける。
そして、俯き加減のまま、心の奥底に封じ込めていた本音を、血を吐くような思いで紡ぎ始めた。
「みんな、私を理解しようとしてるんだろうけど……私は、そんなこと頼んでない。むしろ、私がなぜこの過去を話さなかったのか、その理由を考えてよ」
ギュッと、パーカーの裾を白くなるほど強く握りしめる。
そこにあるのは、照れ隠しでもギャグでもない、本気の拒絶と後悔の念だった。
「私からすれば、全て忘れたいことなの。それに、アイツ(レイサ)についても………」
言葉を濁し、カズサはくるりと背を向けた。これ以上、この空間に居たわれないという逃避。
「いや、もう帰るから」
カズサが踵を返し、扉へと向かう。
「「「「………………」」」」
冷たく、ひどく気まずい沈黙が病室を重く支配した。
誰も、去ろうとするカズサの背中を止める言葉を見つけられない。ヨシミもアイリもナツも、そして銀時たちでさえ、彼女の心の奥底から絞り出された本当の痛みに触れ、息を呑むことしかできなかった。
その、鉛のように重い静寂の底で。
モソッ。
微かに、シーツの擦れる音がした。
全員の視線が、音のした方――部屋の中央に置かれたベッドへと吸い寄せられる。
顔中を包帯と絆創膏で覆われた宇沢レイサが、ゆっくりと上体を起こしていた。
「あ、起きた」
ヨシミが、緊張の糸が切れたような間抜けな声を漏らす。
いつもなら、目を覚ました瞬間に「カズサさぁぁぁん! 決闘ですゥゥ!」とやかましく叫びながらシールドを構えるはずの彼女。
しかし、ベッドに座り込んだレイサの瞳には、あの爛々とした鬱陶しいほどの光は宿っていなかった。
「………………」
レイサは一言も発さなかった。
ただ、力なく伏せられた視線が、扉の前に立ち尽くすカズサの背中を一度だけ掠めた。その瞬間、絆創膏だらけの顔が、目に見えて悲痛に歪む。
次の瞬間だった。
レイサは点滴の管を乱暴に引き抜き(あるいはそのままに)、ベッドから転がり出るようにして立ち上がると、無言のまま脱兎のごとく病室から駆け出していった。
バタンッ!!
勢いよく開け放たれた扉と、廊下を遠ざかっていくパタパタという切羽詰まった足音。
普段の彼女からは想像もつかない、あまりにも静かで、拒絶に満ちた逃走劇だった。
「……出ていっちゃいましたね」
嵐が去った後のような病室で、新八がポツリと虚空に向かってこぼした。
その乾いた事実に対し、銀時は死んだ魚のような瞳で天井を仰ぎ、面倒くさそうに首の後ろをボリボリと掻きながら吐き捨てた。
「起きてたんだろ?盗み聞きなんて、柄の悪りィことするからだ」
銀時の低く気だるげな声が、病室に落ちた真実を残酷なまでに浮き彫りにする。
カズサの拒絶の言葉は、他の誰でもない、レイサ本人の心に一番深く突き刺さっていたのだ。
ーーーーーーーーー
茜色に染まり始めた夕暮れの公園。
赤く錆びたブランコにぽつんと座る宇沢レイサは、力なく鎖を握りしめ、地面に落ちる自身の長い影をぼんやりと見つめていた。絆創膏だらけの痛々しい顔が、夕日に照らされて影を濃くする。
「カズサさんが……もう、足を洗っているとは………」
ぽつりと溢れた声は、いつもの元気でやかましい彼女からは想像もつかないほど、弱々しくかすれていた。
脳裏に焼き付いているのは、病室の扉越しに聞いた、あの冷たくも悲痛な拒絶の言葉。
「悪事から足を洗って、平穏な日々を過ごしているのなら……私が、カズサさんの日常を脅かすわけにはいきませんよね」
自称『宿命のライバル』。
彼女を正しい道へ引き戻そうと、ストーカーのように付き纏っていた自分の行動は、ただカズサの傷を抉り、隠したい過去を掘り起こすだけの独りよがりな暴力でしかなかったのだ。正義だと信じて振るっていた刃が、一番大切に思っていた相手を不必要に切り刻んでいたという絶望。
「これからは…………これから……どうすれば」
目的を失った空虚な心が、夕暮れの冷たい風に吹かれてヒュルヒュルと隙間風を鳴らす。
ポタ、と。彼女の膝に、温かい雫が一つ落ちようとした。
「おい!」
その静かな悲哀を断ち切るように、背後からドスを効かせた下品な声が飛んできた。
「ビクッ! だ、誰ですか!?」
レイサは弾かれたように立ち上がり、乱暴に目元を拭いながら振り返る。
そこには、トゲトゲしいアクセサリーをじゃらじゃらと鳴らし、いかにもガラの悪い三人組の不良生徒(スケバン)たちが立っていた。
「姉御、間違いありません。コイツです!」
取り巻きの一人が、レイサを指差して下卑た笑いを浮かべる。
「コイツが、昼間あたしらの『山』を荒らした奴です!」
彼女たちの言う『昼間の騒動』とは、間違いなくあのお妙が近藤を空の彼方へ弾き飛ばし、その余波で周囲を派手に巻き込んだカオスな出来事だろう。あそこに居合わせていたレイサは、すっかり関係者として面が割れてしまっていたのだ。
「な、なんの話ですか?」
レイサが戸惑って後ずさる。
「とぼけんなって! あたしらのシマ荒らしたんだろ? あの伝説の『キャスパリーグ』がよォ……!」
リーダー格のスケバンが、アサルトライフルを肩に担ぎながらガンを飛ばしてくる。
キャスパリーグ。
その忌まわしい名を聞いた瞬間、レイサの肩がビクリと跳ねた。
彼女たちの中で、カズサはまだ狂犬のような不良として恐れられ、そして恨みを買っている。このままでは、カズサの元へこの火の粉が降りかかってしまう。
「……いえ、違います」
レイサは、ギュッと拳を握りしめ、ボコボコに腫れた顔を上げて真っ直ぐにスケバンたちを睨み据えた。
「『キャスパリーグ』はもういません! 彼女は、もう悪事から足を洗ったんです! 今は平穏な日常を生きているんです!」
たとえ自分自身が完全に拒絶されたとしても。
彼女が手に入れたあの優しくて穏やかな日常だけは、絶対にこんな奴らに泥を塗らせてはいけない。
「あぁん? んな都合のいい話を、あたしらに信じろってか?」
スケバンは鼻で笑い、チャカッと銃のセーフティを外した。
「……まぁ、そうですよね。私自身も、今日までずっと信じられませんでしたしーー」
レイサは自嘲気味に息を吐く。一番近くで追いかけていた自分がずっと気づけなかった(認めようとしなかった)変化を、見ず知らずの他人がすぐに理解できるはずもない。
「なにごちゃごちゃ言ってんだぁ? まぁいい、アイツの仲間ならここでぶっ潰すだけだ! みんな行くぞ〜!」
「話の続きは、銃口に向けてよろしくなァ!」
スケバンたちが一斉に銃を構え、明確な殺意を孕んだ銃口がレイサへと向けられる。
「うぅ……どうしてこんなことに……」
レイサは泣き言を漏らしながらも、背中に背負っていたショットガンを「ガシャン!」と力強く前に構えた。
カズサの平穏を脅かす存在がいるなら、自分がここで食い止める。それが、空回りし続けた『ライバル』としての、せめてもの、そして最後の落とし前だ。
「仕方ありません! 宇沢レイサ、行きます!!」
沈みゆく夕日を背に、傷だらけの少女の悲壮な、しかし決して退かない覚悟の叫びが公園に響き渡った。
ーーーーーーーーーー
トリニティのキャンパスを染めていた夕日が徐々に沈みかけ、空に群青の帳が下りようとしていた頃。
先ほどのカオスな大立ち回りですっかりボロボロになった真選組局長・近藤勲は、なぜか晴れやかな、そして底抜けに気持ち悪い笑顔を夕空に向けていた。
「いやー良かった。レイサくんの勘違いで、俺のお妙さんがとられたわけでなかったと知れて……」
先ほどまで愛しの女性(キャバ嬢)が悪のヤンキーに攫われたと思い込み、一人で悲劇のヒロインの相手役を演じていた男は、泥だらけの顔を綻ばせながら心底安堵したように息を吐いた。彼の脳内では、お妙の鉄拳制裁すらも既に「愛のムチ」へと美しく変換されているらしい。
「いや、まだアンタのじゃないから! というか認めないから!!」
その近藤の甘ったるい妄想を、新八の鋭いツッコミの刃が容赦なく切り裂いた。
新八はシスコンの魂を燃やして吠える。
「アンタみたいなストーカーになんて、絶対嫁がせないから!」
平和な日常の掛け合いを取り戻しつつある大人たち。
しかし、そんな彼らから少し離れた場所を歩いていた放課後スイーツ部の面々は、どこか上の空だった。彼女たちの心の中には、病室から逃げるように飛び出していった、傷だらけの少女の背中が重く引っかかっていたのだ。
「レイサさん、大丈夫ですかね?」
アイリが、ミントグリーンの瞳に不安の影を落としながら、ぽつりとこぼした。あれだけ激しく拒絶されて飛び出していったのだ。どれほどショックを受けているか、想像に難くない。
「そうね〜」
ヨシミもまた、金髪のツインテールを弄りながら、歯切れ悪く同調する。
そんなしんみりとした空気の中、ナツだけは一人、暮れゆく群青の空を見上げながら、詩人のような芝居がかった声で語り出した。
「誰にだって、孤独となり、黄昏にうたれたい時ぐらいあるものだ………」
夕暮れの哀愁にレイサの心情を重ね合わせ、美しくロマンチックにまとめ上げようとするナツ。
しかし、ヨシミは腕を組み、極めて現実的な疑問を口にした。
「それにしても、長くない?」
飛び出していってから、既にかなりの時間が経過している。いくら黄昏に浸るにしても、あの騒がしいレイサがここまで静かなのは、やはり不自然だった。
「……連絡をとってみます」
嫌な予感を察知したのか、スズミが静かな声で告げ、自警団の制服のポケットから通信端末を取り出した。迷いのない手つきで発信ボタンを押し、端末を耳に当てる。
周囲の喧騒がスッと引き、全員の視線がスズミの横顔に集まる。
ツーツーツー……
無機質な電子音が、暮れゆく空気に虚しく響く。
「?」
スズミの端正な眉が、微かに顰められた。
もう一度、発信し直す。
ツーツーツー……
何度かけても、繋がる気配はない。ただ、冷たいコール音だけが規則的に繰り返される。
いつもなら、どんなに最悪なタイミングでも「はい! 宇沢レイサです!!」と元気な声が返ってくるはずの端末から、何の応答もない。
スズミはゆっくりと端末を耳から離し、重苦しい緊張が走る一同を見回して、静かに告げた。
「皆さん……連絡が取れません」
夕闇が深まるトリニティの片隅。
その冷ややかな一言が、新たな事件の幕開けを決定づけた瞬間だった。
ーーーーーーーーーーーーー
人気のない郊外の廃工場跡地。
無数の弾痕が刻まれたコンクリートの壁を背に、宇沢レイサは荒い息を吐きながら重いシールドの裏で膝をついていた。
「はぁ、はぁ……これはこれは………」
制服は煤と泥で汚れ、顔に貼られた無数の絆創膏の端から新しい血が滲んでいる。満身創痍。しかし、彼女はシールドを支える腕の力を決して緩めることなく、包囲するスケバンたちへ向けて不敵に笑いかけた。
「いつも私から行ってましたから、こんなに歓迎されると少し困っちゃいますね」
「残念な事に、こんなにたくさんの方が私に用があるなんて初めてですから……! はは……」
強がりの笑い声が、痛々しく虚空に響く。
自分から「決闘」を申し込んでばかりいた彼女にとって、他者からこれほどの執着(殺意)を向けられるのは皮肉にも初めてのことだった。
「マジでしつこいな……いつまで粘る気なんだよ、コイツは!!」
スケバンの一人が、苛立ちに任せてアサルトライフルを乱射する。火花がシールドで弾け飛んだ。
「こんなに打たれ強いから、決闘だのなんだのやっても大丈夫だったんだな………」
リーダー格のスケバンが、忌々しげに舌打ちをする。そして、ふと冷静なトーンで呟いた。
「それに地味にウザい。だから『宇沢』って名前が付けられたんだな」
「姉御! こんな時に製作陣の考え(メタ)を考察しないで下さい!」
すかさず子分がツッコミを入れる。異世界の天然パーマの波動が、キヴォトスの不良たちにまで伝染しているのか。
「時間がねぇ。いくら郊外っつっても、ずっと騒いでたら見つかっちまう」
別のスケバンが、焦燥感を滲ませて周囲を警戒した。
「誰か来る前に、キャスパリーグについて聞き出さねぇと」
その言葉に、リーダー格が再び銃を構え直し、冷酷な号令を下した。
「そうだな。お前ら! 銃を持って責めまくれ! なんとしても聞き出せ!」
「「「ウォォ!!」」」
怒号と共に、凄まじい鉛の雨がレイサへと降り注ぐ。
シールドを叩く轟音が鼓膜を揺らす中、レイサは薄れゆく意識を必死に繋ぎ止め、奥歯を強く噛み締めた。
「だから、教えられないって……言ってるのに」
彼女が手に入れた、あの優しくて穏やかな日常。それを守るためなら、この身を盾にする理由など十分すぎる。
「みんなのヒーロー宇沢レイサが、キャスパリーグのために戦う日が来るなんて………ふしぎなものです」
自身の皮肉な運命に、レイサは目を細めた。
「長生きはするものですね〜。15年間!」
そして、ショットガンを力強く持ち、ゆっくりと立ち上がる。爛々(らんらん)とした瞳の光が、再び彼女の瞳に宿った。
「さ、続けましょうか? 朝まで、命尽きるまで………」
某鬼狩り漫画の上弦の鬼のような、血みどろの決死の覚悟を放った、まさにその時だった。
『ふーん、その割には声に覇気がないわね。というかどこの鬼のセリフよ……それ』
硝煙の匂いと銃声を切り裂くように、ひどく冷たく、気だるげで、そしてこの上なく聞き慣れた少女の声が響いた。
「?」
レイサは目を丸くし、弾幕の中でポカンと口を開けた。
「ん? おかしいですね、聞き覚えのある声がーー」
『何年もゴキブリの如く私のことを追ってただけの根性はどうしたのよ……全く』
呆れ果てたようなため息が、確かに耳に届く。
しかし、レイサは自嘲気味に笑い、力なく首を振った。
「はは、………まさかキャスパリーグの幻聴まで聞こえるとは……」
ポツリとこぼれ落ちたのは、強がりの裏に隠されていた本当の弱音。
「わたし、内心かなり寂しかったみたいです………心が弱いですね」
病室で突きつけられた拒絶が、彼女の心にどれほどの傷を残していたのか。その痛切な吐露に、スケバンたちでさえ一瞬動きを止めた。
「な、何だ? 誰の声だ? どこから聞こえてきた?」
スケバンたちが慌てて周囲を見回す。
レイサもまた、幻聴にしてはやけにリアルな周囲の反応に「……? アレ?」と首を傾げる。
「あっちだ!! 壁の後ろから今ーー」
スケバンの一人が、レイサの背後にある分厚いコンクリートの壁を指差して叫んだ。
その直後である。
ドォォォォォォン!!!
「「「うわぁ!!」」」
凄まじい破砕音と共に、分厚いコンクリートの壁が内側から爆発したように粉砕された。
飛び散る瓦礫の雨と、もうもうと立ち込める粉塵。悲鳴を上げて後ずさるスケバンたち。
そして、その土煙を割って、ぽっかりと空いた壁の穴から現れたのは。
「………案外やろうと思えばやれるものね」
コンクリートを力業でぶち抜いた自身の右拳を眺めながら、黒いパーカーのフードを深く被った少女――杏山カズサが、気だるげに、しかし圧倒的な『王』の威圧感を纏ってそこに立っていた。
土煙が舞う中、開いたばかりの「壁の大穴」からひらりと飛び降りたカズサは、背後の暗がりへ向かって短く声をかけた。
「先生、当たりだったみたい」
無事な(?)レイサの姿を確認し、彼女は安堵の息を吐きながら視線を下ろした。
「宇沢………ん?」
チーン。
カズサの脳内で、間抜けなゴングの音が鳴り響いた。
瓦礫の山に横たわるレイサは、ピクリとも動かない。その頭のすぐ横には、カズサが壁をぶち抜いた際にすっ飛んできたと思われる、手頃なサイズのコンクリート片がゴロンと転がっていた。レイサの額には、見事なまでに新しいタンコブがプックリと育ち始めている。
「………………」
完全なるフレンドリーファイア。
カズサの猫耳が、サァァッと血の気を失って垂れ下がった。
「あのーすみません、カズサちゃん?」
壁の穴の向こうから、死んだ魚の目をした銀時が、耳をほじりながら無慈悲に現実を突きつけてきた。
「思いっきり当たっちゃってるんですけど? 助けに来てトドメ刺しちゃってるんですけど?」
「………………ッ」
カズサは沈黙した。
かつて『伝説のスケバン・キャスパリーグ』として裏社会を震撼させた自身の、あまりにも締まらない大失態。
数秒のフリーズの後、彼女は現実から全力で目を背けることを決意した。
カズサは倒れるレイサを視界の端から強引に消し去ると、バッとスケバンたちへ向き直り、精一杯のドスを効かせて吠えた。
「………アンタら。アンタら! 死ぬ覚悟は出来てるわよね?」
「ちょっと、無理があるよ?」
すかさず銀時がツッコミを入れる。
「小説版だからって、無かった事にはならないよ。読者の脳内にはしっかり今の間抜けな映像が焼き付いちゃってっからね」
その銀時の言葉を裏付けるように、銃を構えたままのスケバンたちが、顔を見合わせてヒソヒソと囁き合い始めた。
「あのー……すみません」
スケバンの一人が、恐る恐る手を挙げる。
「私、バッチリ見ちゃったんですけど。彼女の拳で吹き飛ばした瓦礫の一部で、あの宇沢って子、頭打ってました……」
「私も見ました」
「アタイも」
「あれ……アンタが壁を吹き飛ばさなかったら、あの子、倒れてなかったよね?」
「えっ、じゃあアイツがやったようなもんじゃ……」
「そうだよ〜。言い逃れできないよ〜、カズサちゃん、どうすんのコレ?」
銀時が意地悪く煽り立てる。
伝説のスケバンの威厳が、音を立てて崩壊していく。
パーカーのフードの下で、カズサの顔面は羞恥で茹でダコのように真っ赤に染め上がっていた。ダラダラと滝のように冷や汗が流れ落ちる。
耐えきれなくなったカズサは、何を血迷ったのか、一度スタスタとレイサの横まで歩いて戻り、足の位置と肩の角度を微調整した。
そして、『先程と全く同じ角度』でバッ!とスケバンたちへ向き直ったのだ。
「アンタら! 死ぬ覚悟は出来てるわよね!!」
「いや、何度やるつもりなんだよその流れ!! ビデオの巻き戻し機能かお前は!!」
銀時の絶叫ツッコミが廃工場に響き渡る。
しかし、恥ずかしさが限界突破して逆ギレ状態に入ったカズサは、もはや止まらなかった。
「つーか、あたしらに楯突くとかどーいうつもりだ!?」
スケバンたちが、誤魔化しきれないカズサの態度に苛立ち、再び銃を構え直す。
「姉御が誰か分かってんのか! 姉御はーー」
ドォォォォォン!!!
凄まじい衝撃音が、スケバンの言葉を無慈悲に叩き斬った。
名乗りの言葉を待つ気など毛頭ない。瞬きすら許さぬ速度で距離を詰めたカズサの右拳が、スケバンの一人の鳩尾に深々と突き刺さっていたのだ。
圧倒的なまでの暴力。
壁を粉砕したのと同じ威力の拳をモロに食らい、スケバンは白目を剥いて文字通り宙を舞い、瓦礫の山へと沈んだ。
「ヒィッ……!?」
残されたスケバンたちが、そのあまりにも理不尽で一方的な一撃に恐怖の悲鳴を上げる。
拳を振り抜いた姿勢のまま、カズサはゆっくりと顔を上げた。
前髪の奥から覗くその瞳は、先程までの冷や汗や羞恥心を完全に『殺意』で上書きした、冷酷無比な獣のそれであった。
「私、言ったよね?」
地獄の底から響くような低い声。
「死ぬ覚悟はあるかって……。死にたい奴から、前に出ろ」
かつてキヴォトスの裏社会を震え上がらせた『キャスパリーグ』としての威圧感が、廃工場の空気を一瞬にして氷点下まで凍りつかせる。スケバンたちは顔を引き攣らせ、後退りすらできずに完全に蛇に睨まれた蛙と化していた。
カズサのハッタリが完璧に決まり、このまま一網打尽かと思われた、その刹那である。
ダダダダダダダダッ!!!
突如、カズサの背後から無数の銃弾(とバズーカの爆煙)の嵐が吹き荒れ、スケバンたちの足元のコンクリートを派手に抉り飛ばした。
「ヒィッ!?」
「な、なんだ!?」
予期せぬ後方からの弾幕にスケバンたちが悲鳴を上げて散開する中、カズサが背後の壁の大穴を振り返ると、そこには夕日を背に受けて逆光に沈む、無駄に仰々しいシルエットの群れが立っていた。
「君らこそ、このお方が誰だか分かっているのか?」
口火を切ったのは、スプーンを指揮棒のように優雅に構えたナツだった。彼女の口調は、完全に魔王に仕える腹心(あるいは語り部)のそれである。
「このお方は……キヴォトスという特異点を破壊する、厄災のビーストにして……ッ」
続いて口を開いたのは、なぜか先程までカズサを「愛を奪う凶獣」として討伐しようとしていたはずの近藤であった。彼は完全に己の妄想設定をアップデートしたらしく、今は忠実なる暗黒騎士のような顔つきで胸を張っている。
「暗黒街の女王、」
神楽が、番傘を肩に担ぎながらヤクザ映画の用心棒さながらのドヤ顔で合いの手を入れる。
「まもなく復活する、この一帯を支配する恐怖の魔獣………!!」
ヨシミまでもが、完全に場のノリと中二病特有の空気に呑まれ、ビシッとカズサを指差しながら高らかに宣言してしまった。
「………………ッ!!」
先程までカズサが必死に取り繕っていた「冷酷無比な獣」のオーラが、音を立てて粉々に砕け散った。
代わりに全身を駆け巡ったのは、致死量を超えた自己悪寒(黒歴史の暴露)による猛烈な羞恥心である。猫耳はパニックで千切れるほどに逆立ち、顔面から火を噴きそうになっていた。
「………ちょっと!! みんな待って! 私が口塞ぐから、お願いだから待って!!」
これ以上、自身の痛すぎる設定(しかも一部は他ジャンルのFGO設定が混ざっている)を世間に放流されるわけにはいかない。カズサはスケバンたちの存在など完全に忘れ去り、涙目で両手を振り乱しながら仲間たちへ駆け寄ろうとした。
しかし、その悲痛な叫びを、最も空気を読まない(あえて読まない)男の気だるげな声が無慈悲に遮った。
「キャスパリーグでーす」
銀時が、死んだ魚の瞳のまま、ピースサインを作りながら某YouTuberのような信じられないほど軽いノリで、その忌まわしい真名(二つ名)を名乗り上げたのだ。
「先生が言うの!!?」
一番言ってほしくない人間に、一番締まらないテンションで暴露され、カズサの魂の絶叫が夕暮れの廃工場に木霊する。
「オイィィィィィィィィ!!!」
夕暮れの廃工場を揺るがすほどの、魂の底からの絶叫。
背後でひたすら黙って事態の悪化を見守っていた新八のツッコミのボルテージが、ここに来てついに限界突破を果たした。あまりの剣幕に、かけている眼鏡にヒビが入りそうなほどの勢いである。
「なんで最後、底辺YouTuberの挨拶みたいになってんの!!? 散々引っ張った暗黒神話みたいな前振りが、全部台無しじゃないですか!!
というか近藤さん!! アンタさっきまで『俺の純愛を邪魔する魔王』とか言ってキャスパリーグ討伐の旅に出てたよね!? いつから魔獣に仕える忠実な下僕にジョブチェンジしたの!? 姉上奪われる設定どこ行った!!?」
新八の肺活量の限界に挑むメガ・ツッコミが、夕空に虚しく木霊する。
しかし、その声がカズサの耳に届くことは、もはやなかった。
ドォォォォォォォォン!!!
突如、カズサの足元のコンクリートが、蜘蛛の巣状に爆ぜた。
一切の予備動作なく踏み抜かれたその一歩は、彼女の中で張り詰めていた「理性」と「羞恥心」を繋ぐ最後のワイヤーが、完全にブチ切れた音だった。
「………もう、いい」
カズサは、ゆっくりと顔を上げた。
先程までの茹でダコのような赤面はスゥッと引き、代わりに、全ての感情が削ぎ落とされたような能面のような無表情が浮かんでいる。しかし、その瞳孔はガンギマリに開いており、背後からは怒りと羞恥が臨界点を突破した者だけが放つ、ドス黒い『真の殺気』がオーラとなって立ち昇っていた。
「私の(黒歴史の)話を聞いた奴ら……みんな、みんな……」
地獄の底から這い上がってきた怨霊のような、低く、冷たく、そして絶対的な死の宣告。
「ぶっ飛ばす……覚悟して」
「「「「あ」」」」
銀時、近藤、神楽、ナツ、ヨシミ――そして、完全に巻き添えを食らったスケバンたち。
その場にいた全員の喉から、間の抜けた、しかし純度一〇〇パーセントの絶望を孕んだ一音が漏れた。
彼らはようやく理解したのだ。自分たちが、絶対に踏んではいけない凶獣の「逆鱗」の上で、盛大にタップダンスを踊り狂っていたという事実に。
直後。
「ギャァァァァァァァァァッ!!!」
「キャァァァァァァァァァッ!!!」
黄昏の空に、敵味方の区別を完全に無くした、阿鼻叫喚の悲鳴が上がり始めた。
肉が弾け、骨が軋み、大人も子供も関係なく宙を舞う。
それはもはや戦闘ではなく、恥辱に塗れた元スケバンによる、理不尽極まりない「口封じ」の大虐殺であった。
ーーーーーーーーーーー
「あ、あの………スズミさん、コレ……」
凄まじい土煙と爆音、そして断末魔が飛び交うカオスな戦場から少し離れた安全圏。
アイリが、顔を青ざめさせ、ガタガタと震える指で『惨劇の震源地』を指差した。
そこには、銀時たちがボロ雑巾のように宙を舞い、容赦なく地面に叩きつけられている地獄絵図が広がっている。本来であれば、学園の治安を守る自警団が真っ先に飛び込んで制圧しなければならない、明白な暴力沙汰である。
しかし。
アイリの隣に立つスズミは、スッと目を閉じ、一切の感情を排した能面のような顔で、ゆっくりと背を向けた。
「……私は、なにも知りません」
その声は、ひどく事務的で、機械のように平坦だった。
彼女は冷や汗を一筋流しながら、トリニティの治安維持者としての矜持(きょうじ)を、今この瞬間だけ完全にゴミ箱へと投げ捨てたのだ。あの荒れ狂う凶獣を前に、正義やルールなど何の意味も持たないことを本能で悟ってしまったから。
「あなたも、なにも見なかった……」
スズミは、震えるアイリの肩にポンと手を置き、真っ直ぐな瞳で静かに、そして強めの圧をかけて念を押した。
「良いですね?」
「……は、はいぃっ」
夕闇が全てを飲み込もうとする廃工場で、圧倒的な暴力と、それに屈した正義の『完全なる黙認』が成立した。
カズサの怒りが鎮まるまで、この理不尽な惨劇が終わることはない。トリニティの空には、近藤に続いて新たな星たち(万事屋含む)が、次々と打ち上げられていくのだった。
その後、トリニティ郊外の廃工場に集結していたヤンキー(スケバン)軍団は、たった一夜にして文字通り『壊滅』した。
それは抗争などという生易しいものではない。己の「消し去りたい黒歴史」をこれでもかと暴露され、羞恥心と怒りが臨界点を突破した一人の元スケバンによる、理不尽極まりない『口封じの大災害』であった。
そして当然ながら、その逆鱗の上で最もふざけ倒し、盛大にタップダンスを踊り狂っていた銀時たちもまた、スケバンたちと仲良く並んでストレッチャーで運ばれる羽目になった。
全身を包帯でぐるぐる巻きにされた万事屋一行が、救護騎士団のセリナによる天使のような(しかしどこか有無を言わさぬ圧を伴った)手厚いお世話を受けたのは、言うまでもない事実である。
ーーーーーーー
それから数日後。
春のうららかな陽気に包まれた、トリニティ総合学園の待ち合わせ広場。
「あ、先生。まさか先に待ち合わせ場所に来るなんて……結構意外かも」
指定された時間の十分前。普段着のパーカーのポケットに両手を突っ込みながら現れた杏山カズサは、パチクリと目を瞬かせた。
彼女の視線の先には、いつもなら「パチンコで負けた」だの「糖分が足りない」だのと言い訳をして遅刻してくるはずの天然パーマの男が、新八と神楽を従えて、まるで銅像のように直立不動で待機していたのだ。
「いやいやいや!いいって全然いいって!」
銀時は、カズサの姿を認めた瞬間、胡麻をするように両手を激しく揉み手しながら、カクカクとした不自然な挙動で身を乗り出した。その額には、春の陽気とは無関係な滝のような冷や汗がダラダラと流れ落ちている。
「カ、カズサ姫を待たせてはいけないと思い、我々下等生物が先んじて待機していただけっていうか! もう全然! むしろ待つのが趣味みたいな!」
声が完全に裏返っていた。
かつて『白夜叉』と恐れられた侍の威厳は微塵もなく、そこにあるのは、圧倒的な暴力(物理)によってトラウマを植え付けられた小動物の哀れな防衛本能だけであった。
「そうネ。みんな、キャスパリーグが底知れぬほど怖いから5時間前からここでスタンバってたとか、そんな理由で来たわけじゃないアル」
隣に立つ神楽もまた、視線を明後日の方向へと泳がせ、酢昆布を持つ手をガタガタと震わせながら、聞かれてもいない本音(致命傷)をスラスラと暴露し始めた。
カズサの顔からスッと表情が消え、パーカーのフードの下で猫耳がピクリと不穏な角度に跳ねた。その、ほんの僅かな空気の変化(殺気の片鱗)を察知し、新八のツッコミセンサーが爆発する。
「ちょっと! 神楽ちゃん、せっかく蓋をしたパンドラの箱(地雷)を無理やりこじ開けないで!! というか銀さん、言葉遣いが支離滅裂になってますから! 媚びへつらい方が、完全にトラウマ抱えた小物のそれですから!!」
新八はズレた眼鏡を必死に押さえながら、両手を振り回してカズサと二人の間に割って入った。
「カズサさん! 違います、これはその、彼らなりの誠意っていうか、あの日の大惨事に対する深い反省の意でありまして! 決してアナタを凶獣だと思って恐れているわけでは――ヒィッ!」
必死の弁明を試みる新八だったが、カズサのジト目を真正面から浴びた瞬間、先日の『空を飛ぶスケバンたち』の映像が脳裏にフラッシュバックし、カエルが潰れたような悲鳴を上げて銀時の背後に隠れてしまった。
「…………はぁ」
怯えきった異世界の大人たちを前に、カズサは心底疲れたような、特大の溜息を一つ吐き出した。
自身の忌まわしい過去は、どうやら最悪の形で彼らの脳髄に深く、深く刻み込まれてしまったらしい。
しかし、その溜息の裏には、先日の廃工場で暴れ回った時のようなドロドロとした怒りは微塵も含まれていなかった。むしろ、心の奥底にずっとつかえていた重い石が取れたような、不思議な身軽さすら感じている。
「もういいから」
カズサはふと表情を和らげ、春のそよ風に前髪を揺らしながら、口元に小さな、けれど確かな笑みを浮かべた。
「アレから色々と余裕が出来たし、感謝してるよ先生」
憑き物が落ちたような、素直な感謝の言葉。
その美しい余韻がトリニティの広場を包み込もうとした、まさにその瞬間だった。
「そうかぁ〜。感謝してるなら、それなりの誠意を見せてもらにゃ誠意を」
銀時の死んだ魚のような瞳が、突如としていやらしい黄金色(円マーク)に輝いた。彼はカズサにジリジリと擦り寄り、両手の親指と人差し指を擦り合わせながら、絵に描いたようなゲスい笑みを浮かべる。
「……………」
カズサのせっかくの綺麗な笑顔が、一瞬にして冷ややかなジト目へと元通りになった。
「オイ、良い加減しろよアンタ!調子に乗っても生徒に金せびるのはアウトでしょうが!」
すかさず新八が、ジト目で銀時を睨んだ。感動の空気を自らブチ壊しにいくダメな大人の姿勢に、ツッコミのキレも増すというものだ。
「いや、いいよ。これがここの『先生』って感じがする」
呆れながらも、カズサはどこか可笑しそうに肩をすくめた。綺麗事で終わらない、この泥臭くて図々しい空気が、今の彼女にはかえって居心地が良かった。
「あ、褒めてはないからね」
釘を刺すようにつけ足し、カズサは少しだけ真面目な顔つきに戻って銀時を見上げた。
「それにしても不思議。あんなめちゃくちゃしてるのに、『やる時はやる』って本当だったんだ………」
「? 今回、銀ちゃんが頑張ったところなんてあったアルか?」
神楽が不思議そうに首を傾げる。彼女の記憶の中では、銀時は終始ふざけてスケバンたちにボコボコにされていた(最後はカズサにボコボコにされていた)印象しかない。
しかし、カズサは首を横に振った。
「宇沢と連絡が取れないって分かった時、場所を真っ先に特定して向かってたんだ……」
カズサの脳裏に、あの時の情景が蘇る。スズミの端末からコール音が虚しく響いた瞬間、それまで鼻をほじっていたこの男の目の色が、一瞬だけ鋭い獣のように変わったことを。
「それに、私まで呼んでさ」
カズサは、銀時の気だるげな横顔を見つめながら言葉を紡いだ。
「初めから、私に解決させるつもりだったでしょ? 私が彼女を助けるようにすることで、仲を取り持つつもりで」
自分から拒絶してしまったレイサ。素直に謝るきっかけを失っていた自分を、あえて「レイサのピンチ」という逃げられない現場に引きずり出すことで、強引に和解の舞台を整えたのだ。
ただの適当な大人に見えて、その実、誰よりも生徒の心の機微をすくい取っていた。伊達に「万事屋」を、そして「先生」を名乗っているわけではない。
「銀ちゃん、本当アルか?」
神楽が目を丸くして見上げる。
「俺ぁしらねぇよ」
当の銀時は、ふいっとそっぽを向き、面倒くさそうに首の後ろをボリボリと掻いた。
「面倒だったから呼んだ、ただそれだけのことよ」
決して己の善意や気遣いを認めようとしない、不器用な照れ隠し。そのあまのじゃくな態度に、カズサはふっと息を抜き、呆れたように沈黙した。
「……………」
やっぱり、変な大人だ。でも、悪い大人じゃない。
そう結論づけて、カズサが歩き出そうとした、その時だった。
「つーか、カズサ」
不意に、銀時の声からチャランポランな軽薄さが消えた。
ドスが効いているわけではない。しかし、確かな芯を持った、侍のような低く落ち着いた声。
彼は振り返り、カズサを真っ直ぐに見据えて言った。
「俺も一つ、お前に聞きてぇことがあんだけど」
春の生温かい風が、トリニティの広場を静かに吹き抜けていく。
先ほどの喧騒が嘘のように穏やかな空気の中、銀時は普段のチャランポランな態度の裏にある、底知れない大人の瞳でカズサを見据えた。
「スケバンをやめた理由。どーして辞めちまったんだ?」
その問いは、鋭くもどこか優しく、彼女の心の柔らかい部分にスッと入り込んできた。
「そうですよ」
隣で新八も、純粋な疑問を浮かべて同意する。
「負けなしなら、普通辞める気なんて起きないですよね。その世界でトップだったなら、なおさら」
彼らの真っ直ぐな視線を受け、カズサはふっと息を漏らし、照れ隠しのように視線を少しだけ泳がせた。
「アレ、話してなかったっけ?」
カズサは、過去の自分を遠くから眺めるような、どこか懐かしむような穏やかな声音でぽつりとこぼした。
「あんまり面白くないけどーー」
それは、キヴォトスの裏社会を震え上がらせていた『凶獣』の、あまりにも些細で、だからこそ決定的な転機だった。
「本当になんでもない日にさ。いつものように喧嘩して、他愛もない暴力の中で勝利に酔いしれながら家に帰ってたの」
鉄の錆びた匂いと、アスファルトの冷たさ。それが当時の彼女の『日常』だった。
「そしたら、……偶然、ある子が目に入って」
カズサの瞳に、当時の色鮮やかな光景が蘇る。
「道の片隅にあるきれいなカフェで、ケーキやパフェを食べながら騒いでて。……なんで食べてるのか分からないような、歯磨き粉みたいなチョコミントを食べながら、友達と心の底から笑っててさ」
彼女の口元に、自然と柔らかな笑みが浮かぶ。
暴力で全てを捻じ伏せていた自分とは対極にある、砂糖菓子のように甘くて、パステルカラーに彩られた少女たちの世界。
「自分でもよくわからないけど………それを見て、ピタッと足が止まったの」
「不思議だよね。本当に何でもなかったのに。なんでだろう……」
カズサは自身の胸に手を当て、あの時感じた説明のつかない『焦燥感』と『憧憬』を思い出すように目を伏せた。
「すごく楽しそうだったんだ。可愛くて、柔らかくて……暖かい笑顔だった。あの時の、血の匂いをさせて尖りきってた私じゃ、どう逆立ちしたって真似できない雰囲気でさ」
自虐的に響く言葉とは裏腹に、彼女の声はひどく優しかった。
「そしたら、急にあの子みたいになりたくなって。………あんな素敵な女の子になりたかった。ほんと、それだけ」
強さでも、恐れられる名前でもなく。ただ、日差しの中で友達と笑い合う『普通の女の子』になりたかった。その純粋な渇望が、彼女から牙を抜き、黒いパーカーの下に全てを隠させたのだ。
「そんなバカみたいなことしてたら、こんな風になったの」
カズサは肩をすくめ、自嘲気味に笑った。
「まぁ、今回は過去を隠そうとしてちょっとヒステリック気味に暴走しちゃったけど。……ホント、あの子達と『全く同じ』になる必要なんてないってのにさ」
そこまで語り終え、カズサは自分自身の言葉にハッとした。
口に出して整理することで、自分の中で絡まっていた糸がスルスルと解けていくのを感じたのだ。過去の自分を完全に否定して上書きしなくても、彼女たちと一緒に笑うことはできる。その単純な答えに。
「……?」
カズサは顔を上げ、目の前の銀髪の男を見た。
銀時は相変わらず死んだ魚のような目をして、気だるげに鼻をほじっている。だが、彼は最初からカズサに『この結論』を自覚させるために、あえてこの質問を投げかけたのだ。
「あー……そう言うこと」
カズサは全てを悟り、呆れたように、けれど確かな感謝を込めて呟いた。
「ホント、大人ってずるい」
「用は済んだみてぇだな」
カズサのすっきりとした表情を確認し、銀時は「やれやれ」といった様子で首を鳴らした。この場における万事屋(あるいは先生)としての役目は、これで完遂したらしい。
「じゃあ、そろそろお持ち帰りしてもらうとするか」
「え?」
銀時が唐突に放った言葉に、カズサは思わず間の抜けた声を上げた。
ーーーーーーーーー
シャーレの執務室は、先ほどまでの夕暮れの感傷など微塵も入り込む隙がないほど、徹底的に平和でだらけた空気に支配されていた。
「……………」
銀時の背後から部屋に足を踏み入れたカズサは、目の前に広がるいつもの見慣れた光景に、ホッと息をつこうとして――その直前で、完全に顔を引き攣らせた。
「お腹すいたぁ………」
ソファにでろんと寝転がったヨシミが、金髪のツインテールをクッションに押し付けながら、世界の一大事のように嘆いている。
「暇だし、出前とって何か食べる?」
「よ、ヨシミちゃん? 冷蔵庫にまだ色々と入ってない?」
隣でスマホを弄っていたアイリが、聖母のような苦笑いを浮かべて正論を口にする。しかし、ヨシミはチッチッと人差し指を振った。
「冷蔵庫のやつは今じゃないわ。それぞれ食べ時ってものがあるのよ。アプリで注文するけど……みんな食べるよね?」
画面をスクロールしながら、ヨシミはテンポよく注文を取り始める。
「なに食べる? アイリは?」
「うーん、私はーー」
「チョコミントパフェね、はいはい」
「聞いてすらないのに!?」
息をするように己の好みを決め打ちされ、アイリが珍しく声を張った。ヨシミはそれを華麗にスルーして、今度は優雅に本を読んでいる少女へ顔を向ける。
「ナツは?」
「私は………『ナツ』。……柚鳥……ナツ」
ナツは本から顔を上げず、どこか遠い宇宙と交信しているような、哲学的な深い瞳で自身のアイデンティティを語り出した。
「誰もアンタのアイデンティティなんて聞いてない! 何食べるのかを聞いてんのよ!」
ヨシミの的確なツッコミが炸裂する。しかしナツはどこ吹く風だ。
「もういい、勝手に頼むから口出ししないで」
完全に匙を投げたヨシミは、スマホの画面に視線を戻しつつ、ふと入り口の気配に気づいた。
「で、アンタはどうする? ……って先生、おかえり。カズサもいたんだ」
いつもの他愛のないスイーツ部の日常風景。
しかし、カズサの視線は親友たちではなく、部屋の中央で何故か仁王立ちしている『異物』に釘付けになっていた。
「ねぇ、なんでアイツがここにいるの?」
カズサが地を這うような声で尋ねる。
そこには、顔中絆創膏だらけでありながら、シールドを構えてドヤ顔を決めている宇沢レイサの姿があった。病室でのしんみりとした逃走劇など、完全に記憶から消去されたかのような鬱陶しいまでの元気さである。
「ハッハッハ! やはりここに来ると思ってましたよ! 杏山カズサ!!」
やかましい笑い声を上げて、レイサがビシッと指を突き付けてきた。
「本当に、あなたの『巣窟(そうくつ)』だったんですね!!」
「話は全て聞きました! 一人であのヤンキー軍団を片付けたと、また伝説をのこしたんですね!」
爛々(らんらん)と輝く瞳。その口から飛び出したのは、カズサが最も封印したかった黒歴史の、さらなる誇張表現だった。
「キャスパリーグ…………トリニティに封印された魔獣!!」
「いや、何言ってるのかサッパリなんだけど!?」
痛すぎる二つ名を声高らかに読み上げられ、カズサの猫耳がパニックで垂直に逆立った。ただの不良の過去が、なぜかファンタジー世界のボスキャラ設定まで盛られてレイサに伝わっている。
「てか、その話一体誰がーー」
カズサの殺気立った視線が、ゆっくりと横へスライドする。
そこには、あからさまに目を逸らして口笛を吹く真似をするヨシミと、目を閉じて「全ては星の導き」みたいな顔をしているナツがいた。
「ナツ!! ヨシミ!!」
親友たちの容赦ない情報漏洩(面白半分のリーク)に、カズサが魂の怒号を上げる。
「アレから色々と余裕が出来た」という先ほどの感動的な自己完結など、ものの数秒で木っ端微塵に粉砕された。
「挑戦状です! 受け取ってください! 杏山カズサ!!」
そんなカズサの羞恥心など知る由もなく、レイサが元気いっぱいにシールドを構え直し、宿命のライバルへ向けて突撃の姿勢をとった。
「アンタら本当に…………!!」
ワナワナと震えるカズサ。しかし、もう逃げる気も、言い訳をする気も起きなかった。隠していた過去も、平穏な日常も、結局この騒がしい連中とは切り離せないのだと悟ってしまったから。
「先手必勝!!」
レイサが床を蹴り、弾丸のように飛び込んでくる。
「覚悟してよね!!」
カズサもまた、平穏な生徒の仮面をかなぐり捨て、最高に楽しそうで凶悪な『キャスパリーグ』の笑みを浮かべながら、その拳を力強く握りしめて迎え撃つ。
キヴォトスの空の下、やかましくも愛おしい彼女たちの日常は、今日も爆音と共に続いていく。
〜透魂〜第一回キャラクター人気投票
-
銀時
-
新八
-
神楽
-
沖田
-
土方
-
山崎
-
高杉
-
桂
-
定春
-
エリザベス
-
ホシノ
-
シロコ
-
ヒナ
-
アコ
-
ミカ
-
ナギサ
-
セイア
-
ユウカ
-
ノア
-
近藤