透き通る世界を照らす銀魂(ぎんのたましい) 作:時代に遅れている
……え?
「2周年の記念日はもうとうの昔に過ぎてるぞ」って?
いやいや、違うんですよ。これは決して私がサボっていたわけではなく、時空の歪みというか、見えない敵と血みどろの死闘を繰り広げていた結果であって……すいません、嘘です。ただ単にジャンプ読んで屁をこいて寝てました。
「最近更新がなくてやる気ねーだろ」って?
そうですね……正直に言います。ぶっちゃけ「ラビット」に入ってからというもの、自分のモチベーションという名のパトリオットは完全にへし折れました。
というか、小説を書くモチベ自体がマッハで家出中です。成績も別に悪くはないんですが、新八の存在感くらい平行線を辿っていて一向に上がりません。逆に右肩上がりで爆伸びしているのは、無駄な出費とストレスだけという始末。どうなってんワイの人生。
それはそうと10月10日、なんか正式に「銀魂の日」に制定されましたね。記念日協会の人たちは頭に餡子でも詰まってるんでしょうか。
まぁ、普段は死んだ魚のような目をして更新をサボり倒している私ですが、いくら筆が止まろうと、この日だけは別です。
銀魂の日には必ず、地獄の底から這い上がってきます。
そう、自らの灰の中から蘇る不死鳥(フェニックス)のごとく……いや、どっちかというと糖分を求めて徘徊するゾンビのごとく。
こんな便所の落書きみたいな文章に付き合ってくれる、皆さんのような筋金入りの暇人……もとい、物好きな方々がこの世に存在する限り、透魂はーー
永遠に不潔です。
青空をバックにハラハラと舞い散る鳥の羽と、ガムテープが剥がれて千切れた段ボールの破片。
その中心で、布切れ一枚を素肌に纏い、手製の段ボールの翼を大きく広げて宙に停止している男の姿を、銀時は床に縛り付けられたまま、死んだ魚のような瞳でじっと凝視していた。
どこからどう見ても、江戸の路地裏で幾度となくダンボールハウスごと燃やされたり、ハローワークの前をうろついては追い出されていた、あの『まるでダメなおっさん』その人であった。
「……ねぇ。長谷川さんだよね? 何やってんの?」
感情の起伏を一切排した、乾ききった銀時の問いかけ。
だが、宙に浮くマダオはサングラスの奥の視線を銀時から冷ややかに逸らし、天に向かって厳かに右手を掲げた。その声は、まるで古代の神が下界の塵芥を見下ろすかのように、無駄に重々しく響き渡る。
「……者どもよ。即刻、この汚れた天パを外界へ捨てて来なさい」
「いや、存在そのものが汚れまくってる汚物に言われたくねェよ」
銀時の喉から、呆れたような口調のツッコミが炸裂する。
「…オイ、大事なことだからもう一度聞くぞ。何やってんの? 長谷川——」
「その『長谷川』という死の呪文を唱えるのをやめなさい」
マダオは苦悶の表情を浮かべることもなく、ただ静かに首を横に振った。
「テメェの名前だろうが!!」
銀時は全身のロープが千切れんばかりに身をよじり、狂ったように吠えた。
「ザキか! お前それ、ドラクエのザラキの親戚か何かか!? 三十数年間連れ添ってきた己の本名を、急に黒魔術の禁呪みたいに扱うのやめてもらえる!?」
「外界の常識は、ここでは一切通じないものと思いなさい」
マダオは神々しいポーズを崩さぬまま、静かに語りかけてくる。
「良いですか? ここは無所有ならぬ、無所有《エデン》。あらゆる物質の執着、労働の苦しみ、そして社会規範という名の鎖から解脱し、世界の真理に辿り着いた者のみに許された、選ばれし別世界なのです」
「あ゛ぁ!?」
銀時の口から、濁点のついたドスの利いた声が漏れ出る。
すると、祭壇の下で平伏していたデカルトが、待ってましたと言わんばかりに勢いよく顔を上げ、涙を浮かべて熱弁を振るい始めた。
「堕天使マダオ様の仰る通り! ここは無所有! 浮世の欲という欲から完全に解脱した、堕天使たちの行き着くべき聖域なのです!」
「あーそう。もう堕天使でもマダオでもザラキでも何でも良いや」
銀時はもはや突っ込む気力すら削がれ、床に頬を押し付けたまま半目でため息を吐いた。
「どっちにしろ、人生のレールから奈落の底まで真っ逆さまに『堕ちてる』ことには変わりねェしな……!」
「おや……?」
デカルトがすっと目を細め、怪しい笑みを浮かべながら銀時を見下ろしてきた。
「仲間になりたいですか? やはり、あなたも救いを求めて我らの門を叩き、仲間になりたいのですね?」
「いや、まだ何も言ってないし……」
「どうしてもというのなら——!」
「話を聞け!!」
デカルトは銀時の制止を華麗に踏み倒し、ビシッと人差し指を突きつけて、極めて俗物的な条件を突きつけた。
「缶詰め30缶! 廃棄弁当60個を、我々に『供物』として捧げなさい!!」
「……」
数秒の沈黙の後、銀時の瞳から光が完全に消え去った。
冷酷な暗殺者のような底冷えのする気迫が、縛られた体から立ち上る。
「いいよ? ……お前らを先に地獄へ供物として捧げる方が、圧倒的に早い気がしてきたわ」
その殺気を前にしてもなお、宙に浮くマダオは微動だにしなかった。
彼は哀れみの混じった視線を銀時に投げかけ、口の端を吊り上げてフッと鼻を鳴らす。
「分かりますか? ……クズ田さん」
「「ここでは、外界で最底辺だった者こそが、頂点に君臨できるのですよ……。家もなく、職もなく、妻に逃げられ、段ボールのぬくもりだけを友としてきたこの私こそが、神として崇められる世界……フッ、素晴らしいとは思えませんか?」
背後の段ボールの翼(無数のガムテープで補強済み)をワサワサと揺らしながら、マダオは青空を仰いだ。狂気と愉悦、そしてどうしようもない情けなさが入り混じった高笑いが、キヴォトスの空へと無駄に響き渡る。
「ハハハハハハ!」
ひとしきり笑い終えると、長谷川はふっと遠い目をした。サングラスの奥に、ありもしない過去の走馬灯を映し出しているかのように、ひどく重々しいトーンで語り始める。
「長かった……本当に長かった。世界に別れを告げてから、警察庁長官にまで上り詰めるまで出世。仕事も順調だった……唯一の問題は頭に輪っか、ヘイローが浮かんでいることくらいだった。」
その謎すぎるシリアスな語り口と衝撃の設定に、ロープでぐるぐる巻きにされ転がっている銀時は、額に青筋を浮かべて食ってかかった。
「ちょっと、何勝手に自分語りしちゃってんの?いうかアンタだけ『転移』じゃなくて『転生』ルート乗っかってんの!?つーかヘイローというか一回死んでるよね!? マダオ完全に死んでるよねソレ!」
銀時の的確なツッコミも、もはや神(仮)となった長谷川の耳には届かない。彼は哀愁を漂わせながら、ハードボイルドな刑事ドラマの主人公のごとく言葉を紡ぎ続ける。
「しかし、そこから問題だった。あの青嶋という警察官に会ってから……」
「ねぇ、さっきから何の話してんの?青嶋って誰?キヴォトスに男いたの?」
「誘拐事件、身代金の要求。毒性ウイルスにAI優先。」
次々と飛び出す、この世界とも、元の世界とも全く関係のない物騒な単語の羅列。長谷川は天を仰ぎ、大いなる悲劇に見舞われた殉教者のような顔を作った。
「数々の問題が重なり私はーー」
ゴクリ、とデカルトたち浮浪者が固唾を飲んで見守る中、彼は最も残酷な真実を口にした。
「無職になった」
たっぷりと間を取った渾身の告白。しかし、導き出された結論は、奇跡的なまでに「いつも通り」だった。
「結局堕ちてんじゃねぇか!何も変わってもねぇよ!つーか内容的に踊るだよねソレ!?newの大捜査のやつだよねソレ!?」
「映画の評価、酷評ばかりだった」
さらに追い打ちをかけるように、メタ的な悲哀まで持ち出してくる始末。その身も蓋もない理由に、銀時の堪忍袋の緒が完全に弾け飛んだ。
「知らねェよ! 映画のレビューサイトの低評価まで背負って異世界に降臨してんじゃねェよ!! 誰のどの作品のどの役柄とゴッチャになってんだテメェは! 中の人の華々しいナレーションキャリアまで勝手に泥水で煮込むのやめてもらえる!? ていうか、なんで他人の映画の興行成績でアンタが無職になっての?というか結局マダオだよね?マダオに戻っただけだよね?」
銀時の正論という名の機関銃が空間を蜂の巣にする。
しかし、その身も蓋もない現実の指摘すら、この狂信の渦に呑まれた男たちには届かない。
「おお……なんという過酷な巡礼……!」
傍らに控えていたデカルトが、胸元で両手を固く握りしめ、震える声で感涙に咽び泣いた。薄汚れた頬を、感動の涙が伝い落ちる。
「社会の理不尽、ネットの誹謗中傷、星ひとつの嵐という現代の業火に身を焼かれ……そのすべてを赦し、手放し、完全なる『無』へと還られた神……! これぞ真の解脱! これぞ堕天使の歩むべき受難の道!」
「受け止めてねェよ! ただのネット掲示板のアンチコメント見て凹んでるだけのオッサンだよ!!」
銀時の絶叫をBGMに、デカルトは涙を拭い、今度は冷ややかで哀れむような視線を地面を這う銀時へと向けた。
「シャーレの先生よ!あなたはこの姿を見ても何とも思わないのですか?」
「ー」
呆れ果てて言葉を失った、たった一瞬の沈黙。しかし、デカルトはそれを都合よく解釈し、大げさに天を仰いで頭を振った。
「おお……なんと嘆かわしい……!」
「まだ何も言ってねぇよ!」
「自らの高貴な身分を隠し、ただの町人と偽ってまで俗世に溶け込もうとするその傲慢さ! やはりあなたは、物質文明の毒に侵され、堕天使マダオ様の放つ『完全なる無』の光を直視できなくなっている……!」
誇大妄想も極まったデカルトの説教に対し、銀時は目を背けながら、視覚的な暴力に対する悲鳴を上げた。
「いや、直視できてきないの光じゃなくて、オッサンの生々しい脇毛!! 布切れ一枚で露出度上げてんじゃねェよ! テメェらの倫理基準どうなってんだ!!」
デカルトは大きくコホンと咳払いをし、強引に堕天使の放つ悲哀のオーラから話題を切り替えた。
「さて、教祖様も出迎えたところで……そろそろ本題といきましょうか」
彼はギラギラと餓えた眼差しで、床に転がる銀時を見下ろした。その目には、高尚な哲学など微塵もなく、ただひたすらに『肉と揚げ物』への執着だけが燃え盛っている。
「さぁ、約束なさい。スナックお登勢の廃棄弁当などは我々に譲ると! あの生意気なラビット小隊に約束させるのです!」
絶対的優位に立つホームレス集団のリーダーによる、命(と弁当)を懸けた緊迫の脅迫劇。
しかし、ロープでぐるぐる巻きにされ、圧倒的不利な状況にあるはずの銀時は、鼻クソでも弾き飛ばしそうなほど気の抜けた顔で即答した。
「いや、無理だね」
「は?」
拍子抜けするほど軽い拒絶に、デカルトが間の抜けた声を漏らす。
銀時は縛られたままゴロンと仰向けに寝転がり、どこぞの豆知識を披露する豆犬(マメシバ)のような、やけに澄んだ瞳で段ボールハウスの天井を見上げた。
「ねぇ知ってる? 女ってのは、男よりよっぽど自立が早ェ生き物なんだって」
「……」
「つまり、親だろうが先生だろうが、ある日突然、口も聞いてくれないもんなの。俺が今さら『弁当譲ってやれ』なんて言ったところで、『は?キモい。近寄らないで』ってゴミを見るような目で見られるのがオチなわけよ」
銀時が語った、思春期の少女特有の残酷すぎる真理。
しかし、その言葉は思わぬ方向へと特大の跳弾となって突き刺さった。
「そうだよな……ハツも俺がマダオになってから………」
祭壇の上。
段ボールの翼を広げたまま、堕天使マダオの背中が急激に丸まり、その周囲だけ世界が一瞬にしてセピア色に染まった。
かつて別居中の妻・ハツから突きつけられた冷酷な現実や、電話越しに響く冷たい声が脳内を駆け巡ったのか、長谷川はボロボロと大粒の落涙を始めたのである。
「あー! 堕天使様が特大の精神的ダメージを!!」
「なんてことだ! 外界の真理(リアル)がマダオ様の無所有の心を抉っているぞ!!」
信者たちが教祖の突然のトラウマ発作に慌てふためき、秘密基地内がパニックに陥る。
「デカルト隊長! ここはどのようにーーってもう電話かけてる!!」
振り向いた信者が見たのは、どこから調達したのか、ひび割れたスマートフォンを耳に当てているデカルトの姿だった。
その画面には、昨晩彼らが独自の情報網でちゃっかり入手していた
『RABBIT小隊(ポイントマン)』の連絡先が表示されている。
プルルルルル……ガチャ。
「もしもし、我々は所確有のメンバー、デカルトと申す者」
デカルトは、いかにも悪の秘密結社の幹部めいた、重厚で威圧的なトーンで交渉を持ちかけた。
「あなた方の『先生』はこちらで捕獲しました。彼を無事に解放してほしくばーー」
人質を取った誘拐犯の、最も王道で、最も緊張感の走る交渉の切り出し。
相手は、たとえ反抗期であっても、自らの恩師を救うために焦燥し、要求を呑むしかないはずだ。デカルトの脳内には、山積みのチキン南蛮弁当のヴィジョンが広がっていた。
しかし。
電話の向こうから聞こえてきたのは、絶対零度すら下回るような、サキの氷のように冷たい一言だった。
『好きにすれば』
ブツ。
「「「「「………………」」」」」
ツーツーツー……。
ひび割れたスマートフォンのスピーカーから漏れる、「拒絶」の電子音。
薄暗い段ボールハウスの内部は、まるで南極の永久凍土に放り込まれたかのような、恐ろしいほどの静寂に包まれた。
数秒の硬直の後、自らの耳と現実を疑ったデカルトは、スマホの画面と、床に転がっている銀時の顔を交互に二、三度見比べ——ついにパニックを起こして吠えた。
「どういうことですか!! あなた本当に先生なんですか!? 全然信用されてませんが! 完全に捨て置かれてますが!!」
誘拐犯が人質に対して「お前、本当に価値あるの!?」とキレるという、犯罪史に残る本末転倒な事態。デカルトの額からは滝のような冷や汗が噴き出し、ボロボロのコートを震わせている。
しかし、当の人質である銀時は、ロープでぐるぐる巻きにされたイモムシ状態でありながら、どこまでもふてぶてしく、かつ一抹の強がりを滲ませたドヤ顔で鼻を鳴らした。
「だから違うって。これはアレだ、反抗期だよ。ツンデレの登竜門みたいなアレ」
「ツンデレ!? あなたは敵に捕らえられて、一切の交渉の余地なく即座に捨て置かれたんですよ!? これがツンデレだというつもりですか!?」
あまりにも強引すぎるポジティブシンキング(現実逃避)に、デカルトの裏返った声が段ボールの壁に響く。
だが、銀時の詐欺師のごとき滑らかな弁舌は止まらない。彼はシャクトリムシのように身をよじってデカルトを見上げ、さも世界の真理を説くような真顔で言い放つ。
「そうだよ。世の中にゃ、愛するがゆえに手作りクッキーに睡眠薬仕込んでドス黒いアプローチしてくる奴がいるくらいだ。愛情の裏返しってやつよ。……現に、長谷川さんの奥さんだって出ていってるからね」
他作品の大人気ラブコメの凶悪なヒロインムーブを勝手に引き合いに出しつつ、銀時は祭壇の上に視線を向けた。
「ねぇ、長谷川さん」
話を振られた先——段ボールの祭壇の上。
そこには、世界の真理を悟ったはずの『堕天使』の無惨な姿があった。
「ハツゥゥゥ!!」
ガムテープで補強された手作りの翼を震わせながら、マダオは両手で顔を覆い、天に向かって血を吐くような号泣を響かせていた。妻への未練という名の俗世の未練(煩悩)が、これでもかと段ボールハウスを満たしていく。
「堕天使様!! あなたさっきからずっと奥さんの名前しか叫んでないんですが!!」
先程まで涙を流して崇拝していたデカルトが、ついに教祖のあまりの情けなさに耐えきれずツッコミを入れる。
さらには、周囲で平伏していた無所有のメンバーたちまでもが、次々と怪訝な顔を上げ始めた。
「つーか、あなたの奥さんツンデレでしたっけ!? これまでの人生で、そういうシチュエーションありましたっけ!?」
信者たちからの、設定の根幹を揺るがすメタ的な鋭いツッコミ。
堕天使の権威が音を立てて崩れ去り、ただの「妻に逃げられた無職のオッサン」のトラウマ発表会と化したカオスな空間。
その惨状を見渡し、銀時はロープで縛られたままニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「まぁ、そういうわけだ。ツンが出れば、次に来るのは必ずデレ……。お前らは、そのデレが来たタイミングに乗じて交渉する。これで完璧だ」
根拠など一切ない。ただ己のプライドを守るためだけの、ペラペラなハッタリ。それに対してデカルトはー
「では、堕天使様がどうなっても良いと、そういうことかな? シャーレの先生よ……」
デカルトは、狂気に満ちた笑みを浮かべながら、その薄汚れたブーツの底を無慈悲にも振り下ろした。
ドスッ!
鈍い音と共に、神聖なる段ボールの祭壇に鎮座していたはずの『堕天使(マダオ)』が、床へと引きずり下ろされ、デカルトの足によって無惨にも踏みつけられたのである。
「ちょっと待って! 堕天使踏んでる! 完全に地に堕ちちゃってる! 文字通りの堕天使に成り下がったよ!!」
先程まで涙を流して崇拝していたはずの教祖を、躊躇なく足蹴にするという暴挙。縛られたままの銀時が、目玉を飛び出さんばかりに見開いてツッコミを入れる。
「堕天使様は、自らその身を挺してこうおっしゃっている……! 我らの目的は『高級廃棄弁当・焼肉』を手にすることだと! 目的達成のためならば、何人の犠牲だろうと屈しはしないと!」
「アンタの足元で堕天使、思いっきり暴力に屈して踏み躙られてっけど!? つーか内容的に、人質が俺から教祖(リーダー)に鞍替わっただけだけど!?」
もはや交渉の基本すら崩壊し、互いに支離滅裂な論理をぶつけ合う底辺の泥仕合。
——だが、その時。
カサリ、と。
不気味なほど静かに、段ボールハウスの外の枯れ葉を踏みしめる「規則正しい足音」が近づいてきていた。
特殊部隊特有の、気配を殺した硬い靴音。そして、暗闇の中でカチャリと小さく響く、アサルトライフルのセーフティを解除する冷徹な金属音——。
『……ターゲットの生体反応、この奥の不法占拠エリアに確認』
『周囲の警戒を怠るな。相手は極めて狡猾な浮浪者集団……容赦は不要だ』
通信機越しに響く、研ぎ澄まされた戦術的やり取り。
そのプロフェッショナルな気配に気づいたデカルトは、ハッと顔を上げ、勝利を確信したように歪んだ笑みを浮かべた。
「な! 本当にノコノコやって来るとは……。ですが、来てくれたなら話は早い! これからスナックお登勢の賄いは、全て我ら無所有が——」
ドゴォォォォンッ!!!
「グヘッ!!?」
交渉の言葉が終わるよりも早く。
段ボールハウスの壁を蹴り破って突入してきた黒い影が、ライフルの銃床でデカルトの顔面を情け容赦なくカチ上げた。
「……うるさいですよ。少々黙っていてください」
土煙が舞う中、月光を背にして現れたのは、完全武装した純白のウサギ
——RABBIT小隊の小隊長、ミヤコであった。
彼女は鼻血を吹き出して吹き飛んだデカルトを一瞥すらせず、床でイモムシ状態になっている銀時を見下ろした。
「先生、救出に来ました」
「え、ホントに来た?」
銀時が素で驚きの声を漏らす。電話口でのあの絶対零度の切り捨てから一転、見事な強襲作戦である。
しかし、ミヤコはフイッと顔を背け、瞳をツンと細めて言い放った。
「勘違いしないでください。私はあくまで、居場所を作ってくれた借りを返しに来ただけです。……別に、先生を助けようとして来たわけじゃありませんから」
ツンッ、とウサギ耳を揺らし、腕を組んでの完璧な定型文。
それはまさに、ラブコメ史における王道中の王道。誰もが一度は通る「素直になれないヒロイン」の模範解答であった。……しかし。
「古いよ〜。何時代のツンデレキャラ演じてんの? 原始人並みに古いツンデレだよ〜お前」
助けられた身でありながら、銀時はコンマ一秒の躊躇もなく、そのテンプレ台詞を小馬鹿にしたトーンでヘラヘラと笑い飛ばした。
「…………」ピキッ。
ミヤコの純白の額に、明確な怒りの青筋が浮かび上がる。恩を仇で返す大人の態度に、彼女の中で何かが音を立てて千切れた。
「こ、こうなったら………堕天使様、お力を!」
その隙を突いて、顔面を抑えながら立ち上がったデカルトが、血走った目で足元の長谷川へと手を伸ばした。
「え、なに!?」
ガシッ!!
デカルトは、あろうことか長谷川の両足を強引に掴み上げると、陸上競技のハンマー投げの如き異常な膂力で、自らの体を軸にして猛烈な勢いで回転し始めたのである。
「無所有の武器は……銃火器だけではありませんよォォォ!!」
「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
ギュルルルルルルルッ!!!
ボロボロの着流しと段ボールの翼をバサバサと羽ばたかせながら、マダオが超高速の遠心力で空間を薙ぎ払う。段ボールハウスの柱がへし折れ、巻き起こる突風が周囲のゴミを吹き飛ばしていく。
「無所有とか関係なしに、俺は武器じゃねェェェ!!」
高速回転させられながら、長谷川が三半規管の限界を迎えながら涙目で絶叫する。
「くっ、汚いぞ……!」
その恐るべき(?)光景を前に、突入してきたサキがヘルメットを押さえながらギリッと歯を食いしばった。
「えぇ……何戸惑ってるのさ。まとめてぶっ放しちゃおうよ」
隣でモエが、ウキウキとした顔でグレネードランチャーを構えようとする。
「馬鹿を言うな! 彼は民間人だ! それに——」
「うぉぉぉぉぉ!!」
「見ろ! 柱でも何でも削り取るあの恐るべき勢い! アレは砲弾だろうと逆転サヨナラホームランを決められる質量兵器だ! なんて恐ろしい武器なんだ、堕天使!!」
サキの戦術眼が、マダオという存在を完全に「規格外の物理兵器」として誤認し、戦慄の汗を流していた。
「ちょっと待って! お前ら仮にも防衛部隊のエリートの一員だよね!? だったら真っ先にツッコむべきところが……あァ?」
冷静な戦況分析という名の現実逃避に走るウサギたちに、銀時がツッコミを入れようとした、その時だった。
ガシッ。
銀時の背中(縛られたロープの結び目)を、細くも力強い手が、ガッチリと掴み上げた。
「……ちょっと、ミヤコさん?」
冷や汗を流しながら振り返る銀時。
そこには、先程の「原始人並みのツンデレ」という煽りを根に持ち、完全に瞳孔の開いた笑顔を浮かべるミヤコが立っていた。
「残念でしたね、デカルト。……このRABBIT小隊にも、とっておきの『武器』があるんですよ」
「……え、ミヤコ君。まさか」
銀時の死んだ魚のような目に、本能的な恐怖が宿る。
「RABBIT小隊は、どんな特殊な状況下でも対応できるよう、周りにある『全ての物』を扱えるように高度な訓練を受けています!」
ミヤコは、ロープでぐるぐる巻きにされた銀時の体を、軽々と、そして無慈悲に頭上へと担ぎ上げた。
「あなた方クズを制圧する『鈍器』に、先生はなったんです!!」
「人間を鈍器呼ばわりしてるテメェらの方がよっぽどクズだろォォ!! さっさと離せ! 腐れラビットォォォォ!!」
ギュルルルルルッ!!
音を置き去りにするほどの猛烈な遠心力が、二人の男たちの顔面の皮を無慈悲に引き伸ばし、重力という概念を完全に破壊していく。
右を見れば、ボロボロのコートを着た哲学ホームレスに両足を掴まれ、手製の段ボール翼をバサバサと散らせながら竜巻のごとく回転する『堕天使(マダオ)』。
左を見れば、純白の特殊部隊ウサギにロープごと担ぎ上げられ、空気を切り裂く必殺の質量兵器と化した『万事屋(天然パーマ)』。
互いが互いを人間プラズマ兵器として振り回し合う、戦術も倫理もかなぐり捨てた極限の暴風域。
その致死量の回転運動の中で、三半規管が完全に破壊され、脳内のシナプスがショートしきった長谷川泰三は——突如として、その漆黒のサングラスの奥に『宇宙の真理』を宿し、奇妙なほど穏やかな笑みを浮かべた。
「ハハハ……俺の登場、意味があったか? とりあえず面白そうだから入れてみたけど、結局扱い難しくて、こうしてただぶん回してるだけだろ……」
それは、劇中のキャラクターが絶対に口にしてはならない、次元の壁(第四の壁)をいともたやすくぶち抜くメタ発言であった。
遠心力で涙と鼻水を撒き散らしながら、長谷川は空の彼方に向かって、あまりにも透き通った声で語りかける。
「知ってるよ。銀魂のギャグ回は、中盤までハチャメチャに風呂敷を広げて……最後に無理やりいい感じに締める。俺たちは、その綺麗なオチを成立させるための、ただの哀しき踏み台になったんだ……」
「悟り出したよ!! この作品の根幹に触れだしたよ!!」
同じく超高速回転させられながら、銀時が血を吐くような絶叫でツッコミを叩き込む。
しかし、神(マダオ)の諦観はもう誰にも止められない。そして、彼らを己の武器として振るう二人の『狂戦士』たちのボルテージもまた、最高潮に達していた。
「「うぉぉぉぉぉぉ!!!」」
デカルトの怨念に満ちた雄叫びと、ミヤコの冷徹なる戦術的気合いが、夜の公園で完全にシンクロする。
そして——人間と人間が、音速を超えたスイングで真っ向から激突した。
さらにそこへ、モエが「あははっ、これもいっけー!」と嬉々として撃ち込んだグレネード弾が、完璧なタイミングで着弾。
マダオの段ボール、銀時の木刀、ホームレスの怨念、エリートの意地、そして大量の火薬。
それらすべてのエネルギーが一点で臨界点を突破し、化学反応を起こした結果。
カッ……!!
キヴォトスの夜を真昼のように照らす、圧倒的で無慈悲な閃光。
次いで、鼓膜を吹き飛ばすほどの轟音が轟き——公園一帯を包み込む、見事なまでの大爆発が巻き起こった。
何もかもを白く塗り潰す、伝統と格式の『爆破落ち』であった。
ーーーーー
数日後。
キヴォトスの空の下、万事屋の仮拠点(スナックお登勢の二階)。
「あっ! 銀さん!」
「帰ってきたネ!」
玄関の引き戸がガララッと開き、足音を立てて入ってきたその人影に、留守番をしていた新八と神楽がパッと顔を輝かせた。
ようやく帰還した、自分たちの頼れる(?)保護者。どんな無茶苦茶な騒動に巻き込まれようとも、必ず最後にはケロッとした顔で帰ってくる、あの銀髪の天然パーマが——。
「「え?」」
出迎えようとした新八と神楽は、数歩踏み出したところでピタリと石化し、間抜けな声を漏らした。
玄関に立っていたのは、確かに坂田銀時であった。
お馴染みの白地に青波模様の着流し。腰に差した洞爺湖の木刀。常に気怠げな死んだ魚のような瞳。
そこまではいい。そこまでは、いつもの彼だ。
しかし、その頭部に鎮座していたのは——見慣れた銀色の天然パーマではなく。
爆発の熱と衝撃によって極限までチリチリに縮れ、見事なまでの真球(まんまる)を描いて天に向かって膨れ上がった、『銀髪の巨大アフロ』であった。
焦げ臭いオゾンと火薬の匂いをプンプンと漂わせながら、銀時は無言のまま、魂の抜け殻のような顔で宙を見つめている。
「あの……」
新八は、あまりにも完成度の高いその球体(アフロ)から目を逸らすことができず、引きつった頬をヒクヒクと痙攣させながら、恐る恐る尋ねた。
「何が、あったんですか……」
銀時は何も答えない。
ただ、窓の外から吹き込んだ風が、チリチリのアフロの表面を虚しく撫でていった。
次回予告
銀時「え?次回予告だ?」
「えーっとまぁ銀さんジャンプ探しにきただけだから」
新八「僕はお通ちゃんのCD探しにきただけですから」
神楽「私は、廃棄弁当探しにきただけね」
次回 こっちがホント雨に打たれど心は晴れて2
〜透魂〜第一回キャラクター人気投票
-
銀時
-
新八
-
神楽
-
沖田
-
土方
-
山崎
-
高杉
-
桂
-
定春
-
エリザベス
-
ホシノ
-
シロコ
-
ヒナ
-
アコ
-
ミカ
-
ナギサ
-
セイア
-
ユウカ
-
ノア
-
近藤