透き通る世界を照らす銀魂(ぎんのたましい)   作:時代に遅れている

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深い不快足掻いて参上
苦い願い 砕いて無情
暗いCRY 湿っぽい現状
幼気な理想は一体どこ?
心の負傷
常にロードショー
夢と現実のズレで「チクショー」
そろそろでしょ?
反撃の狼煙上げましょう
したり顔する曲者たちを今度こそ返り討ちにしてやれ
LAI LAILA LAI LAI
どこまでも
LAI LAI LA LAI LAI
超えていけ
LAI LAILA LAI LAI
魂を
LAI LAI LA LAI LAI
燃やしていけ!
万の宴で舞い踊って
互い違い 迷ったダンジョン
伝え難い 孤高の焦燥
うざいくらい上がったテンション
「控えめに言って、マジ、神だね」
そう言われるほど斬新な
0点か100点のイメージ携えて切った張ったの浮世で
やんちゃに自分(おのれ)奏でましょうや

LAI LAI LA LAI LAI
どこまでも
LAI LAI LA LAI LAI
超えていけ
LAI LAI LA LAILAI
熱い血を
LAI LAI LA LAI LAI
たぎらせて!
破綻した思想を剥ぎ取る
爆ぜるか否か
覚悟を決める
その決意が本当の刃したり顔する曲者たちを今度こそ返り討ちにしてやろう
さぁさぁ皆の衆!
やっちゃって!
LAILAI LA LAI LAI
どこまでも
LAI LAI LA LAI LAI
超えていけ
LAI LAI LA LAI LAI
魂を
LAI LAI LA LAI LAI
燃やしていけ!
万の宴で舞い踊って




第百四十五訓 こっちがホント雨に打たれど心は晴れて

窓ガラスを叩きつけるような激しい雨音が、室内に重く響いていた。

灰色の雲に覆われたキヴォトスの空からは、まるで世界を水没させようとするかのような豪雨が絶え間なく降り注いでいる。

 

 

「……今日は雨か」

 

 

窓辺のソファにだらしなく身を預け、坂田銀時は死んだ魚のような瞳で外の景色をぼんやりと眺めていた。その気怠げな呟きに応えたのは、机の上に置かれた『シッテムの箱』から発せられる、透き通ったAIの音声だった。

 

 

『雨は雨でも大雨注意報が出てますから……特にジメジメしますね』

 

 

画面の中で傘を差したアロナが、少し困ったような笑顔を浮かべる。

 

彼女の言う通り、室内は不快指数が振り切れそうなほどの湿気に満ちていた。肌にまとわりつくような空気の重さに、銀時は鬱陶しそうに頭の天然パーマを掻き毟る。

 

 

「こんなジメジメした空気じゃ、気持ちまで陰気臭くなっていけねェや」

 

 

「ジメジメジメジメ、頭の中にもカビ生えそうアル」

 

 

銀時のボヤキに同調するように、床に敷かれたクッションの上でゴロゴロと転がっていた神楽が、酢昆布を咥えながら恨めしそうに声を上げた。

 

 

「もう生えてるだろ?」

 

 

「お前も生えてるだろ、股に」

 

 

一切の生産性のない、底辺極まりない罵倒の応酬。

 

銀時は鼻で深くため息を吐き出すと、さらにソファの奥深くへと体を沈み込ませた。

 

 

「あーあ、外出る気がしねェや……お金ねェし、定春臭ェし、俺の足も臭ェし、メガネだし」

 

 

「メガネだしってなんですか? 足の裏と並べないで貰えます?」

 

 

部屋の隅で洗濯物を畳んでいた新八が、即座に振り返ってツッコミを入れる。

 

彼の背後には、まるで万国旗のように、部屋中を埋め尽くさんばかりの大量の洗濯物が所狭しと干されていた。生乾きの洗剤の匂いが、室内のジメジメとした空気をさらにカオスなものにしている。

 

「二人とも、何ネガティブになってるんですか? しっかりしてくださいよ。これでも恵まれた待遇なんですよ僕ら」

 

 

「そうは言ってもなぁ、嫌いなもんは嫌いなんだよ……」

 

 

銀時は不満げに唇を尖らせ、天井の染みを睨みつけた。

 

 

「つーか『雨』ってなんだよ。名前からして湿ってるだろ? 聞くだけでキノコ生えてくるだろ?」

 

 

「しょうがないでしょ、雨なんだから」

 

 

新八は呆れ顔でため息をつき、また一枚、湿ったタオルをハンガーに掛けた。

 

 

視界を遮るほどの生乾きの布の森。その息苦しい光景から現実逃避するように、銀時はポンッと手を叩いた。

 

 

「そうだ、名前を変えたらいいんじゃね。スカッとしてシュワってする奴」

 

 

『先生、それお酒じゃないですか?』

 

 

すかさずアロナが、冷静沈着な正論を突きつける。しかし、現実逃避モードに入った銀時の耳には届かない。

 

 

「『RainyBrew』とかにしねェ?」

 

 

『先生、それお酒です。栃木県・日光のクラフトビールです。お酒から離れてください』

 

 

キヴォトスの超高性能AIによる、無駄に解像度の高い検索とツッコミ。

 

 

「まず『英語』ってとこから痛々しいアル。女の日にしろヨ……多いし」

 

 

神楽が鼻をほじりながら、デリカシーの欠片もない恐るべきネーミングを提案する。

 

 

「いや、違う日に聞こえるから。言いづらいから。ネタ的に使いづらいからソレ」

 

 

新八が冷や汗を流しながら、コンプライアンスのギリギリを攻める神楽の発言を必死に打ち消した。

 

 

「じゃあ、間をとって『ディスクロージャー・デイ』にしよ」

 

 

銀時が、もうこれで良いや的な投げやりなノリで宣言する。

 

 

「どこが間なんですかソレ? 何を『開示』するつもりなんですかソレ?」

 

 

新八の喉から、本日何度目か分からない悲鳴のようなツッコミが漏れ出た。ビールと生理現象の間に、どうして情報公開という概念が挟まってくるのか。その論理の飛躍は、もはや狂気ですらある。

 

 

しかし、銀時は新八の抗議を完全に無視し、ソファからガバッと立ち上がると、無数にぶら下がる洗濯物の隙間からビシッと指を突き出した。

 

「以降、雨の日のことは『ディスクロージャー・デイ』って呼ぶように」

 

「コホンッ」

 

 

シッテムの箱の画面内で、アロナがわざとらしく、かつ健気に咳払いをした。

 

ジメジメとした不快な空気を少しでも払拭しようと、両手をギュッと握りしめ、アイドル顔負けの満面の笑みを作ってみせる。

 

 

『まぁ、とにかく!』

 

 

『ディスクロージャー・デイもすぐ終わりますから。気持ち切り替えていきましょう! 先生』

 

 

キヴォトスが誇るメインOSの、主人を気遣う健気な励まし。

 

しかし、そのキラキラとしたエールは、生乾きの匂いが充満する万事屋の空気の中へ虚しく溶けていった。

 

 

「いや〜雨って嫌だよねぇ。何もやる気が起きねぇ」

 

 

先ほど自ら発布したネーミングなど、すでに脳内の彼方へ消え去っているのだろう。ソファにスライムのようにドロドロに溶け込んだ銀時は、鼻をほじりながら心底ダルそうにぼやいた。

 

 

「ダル重〜アル」

 

 

床のクッションに顔を埋めた神楽も、墓場から這い出てくるゾンビのようなうめき声を上げる。

 

せっかくの気遣いをコンマ一秒で無に帰されたアロナは、画面の中でピタッと笑顔を硬直させた。

 

 

『……言わないんですか!? ディスクロージャー・デイって言わないんですか!? 私、結構恥ずかしかったんですよ!!』

 

 

顔を真っ赤にしたアロナが、バンバンと見えない壁を叩き始めた。

 

真面目な生徒会長のようにルールを遵守した結果、盛大な梯子外しを食らったAIの悲痛な叫びである。しかし銀時は、さも「信じられないものを見た」かのような薄目を開け、小指で耳をほじりながら聞き返した。

 

 

「んー? おい、青封筒。お前ディスクロ……なんて言った?」

 

 

『え!?』

 

 

「いや、え!?じゃなくて……カタカナで『ディスクロージャー・デイ』って言ってて恥ずかしくないの? かっこいいとか思ってた感じなの?」

 

 

息をするように放たれる、見事なまでの責任転嫁とガスライティング。

 

つい数分前に自ら命名した事実を完全隠蔽し、純真無垢なアロナを「痛い横文字を使いたがる中二病AI」へと仕立て上げようとする悪魔の所業である。

 

 

『先生が言ったんじゃないんですか! これからは雨の日はディスクロージャー・デイって呼ぶようにって!!』

 

 

「え? 銀さんがカタカナ英語を? いや無いわ〜。そんな痛々しいことすんの、マジで無いわ〜」

 

 

涙目で抗議するアロナに対し、銀時は大げさに両手を広げ、やれやれと首を振ってみせる。

 

あまりにも理不尽な主人の態度に、シッテムの箱の処理能力が怒りでショートしかけた、その時だった。

 

 

「うるさいアル。イライラするから喋んな!」

 

 

突如、理不尽の矛先が銀時へと向いた。

 

湿気で機嫌が最悪のドン底に達している神楽が、八つ当たり全開で吠えかかる。

 

 

『皆さんで私にイライラぶつけたいだけですよね!? 今、1番怒ってるのアロナちゃんなんですよ!!』

 

 

「いや、当たってなんかねぇし! つーかうるせっ! みんなしてうるせーし! 黙れよ!!」

 

 

「お前が黙れヨ! 服装がイタイんだヨ!!」

 

 

もはや天候も横文字も全く関係ない。ただの感情に任せた個人攻撃の応酬である。

 

 

『もう知りません! 好きにしてください!!』

 

 

プイッとそっぽを向いたアロナが、画面の奥へと引っ込んでしまう。残された現実の部屋では、銀時と神楽の小学生レベルの口喧嘩が、さらにヒートアップしていった。

 

 

「ギャーギャー!」

 

 

「ワーワー!!」

 

 

生乾きの匂いが充満する密室で繰り広げられる、世界一生産性のない騒音。

 

部屋中を埋め尽くす洗濯物の森の奥で、タオルを畳む手を止めた新八は、虚無の瞳でその惨状を見つめていた。

 

「あー……ほんと。うるさい」

 

低気圧にやられたツッコミ役の、ボソリと漏れた心からの本音。

万事屋のジメジメとした『ディスクロージャー・デイ』は、未だ終わる気配を見せなかった。

 

ーーーーー

 

スナックお登勢の店内には、外のジメジメとした空気を追い出すかのように、紫煙と安酒の匂いがどんよりと漂っている。

 

 

「はぁ、だりぃよ……陰気臭ェよ……あー、やんなっちゃうな〜ホント」

 

 

カウンター席に突っ伏したまま、坂田銀時はグラスの氷を指先でカラカラと鳴らし、この世の終わりのような声でボヤキ続けた。その背中には『やる気ゼロ』という文字がオーラとなって滲み出ている。

 

 

「全く、何だってんだい……」

 

 

カウンターの中でグラスを拭いていたお登勢が、呆れたようにため息を吐き出した。

 

 

「アンタはこうして、雨風しのげる屋根の下で悠々自適に暮らしてんだろ? ちょっとはシャキッとしたらどうだい」

 

 

「出来ねェよ……」

 

 

銀時はカウンターに頬を押し付けたまま、うつろな目で反論する。

 

「だって空が曇ってるからね、連動して俺の心も曇るんだよ。ほら、見てみ? 滴ってくるだろ、俺の顔から悲しみの雨が」

 

 

「誰もアンタの気持ちの持ちようなんて気にしちゃいないさね。」

 

 

一切の同情を切り捨てるお登勢。

 

そのやり取りの傍らで、テーブル席で烏龍茶を飲んでいた新八が、ふと店内の違和感に気がついた。

 

 

「あれ、お登勢さん。今日、RABBITの皆さんは?」

 

 

いつもなら、開店準備のためにエプロン姿のウサギたちが店内を慌ただしく駆け回っている時間帯だ。しかし、今日に限っては彼女たちの姿がどこにも見当たらない。

 

 

「サボりアルか? 最近流行りの『退職代行』って奴使ってバックれたアルか!」

 

 

神楽が酢昆布をモチャモチャと噛みながら、不穏な憶測を飛ばす。

 

「イヤ、お登勢サンノ売上金ヲ盗ンデ、トウニ逃ゲタノカモシレナイニョン」

 

 

キャサリンが猫耳を揺らしながら、さらにドス黒い可能性を提示した。

 

「泥棒はアンタ」

 

 

お登勢がピシャリとキャサリンを黙らせ、ふぅとタバコの煙を吐き出した。

 

 

「そっちの心配はいらないさ。あの子たちなら、ちゃんと用件は伺ってるからね」

 

 

「え、用件って?」

 

 

新八が首を傾げる。真面目な彼女たちが、全員揃ってシフトを休む理由。

 

 

「あの子たちの『居場所』が、危ないんだとさ」

 

 

お登勢の低い声が、雨音に負けないほどの重さを持って店内に響いた。

 

ーーーーーー

 

 

ザァァァァァ……。

 

 

アスファルトを叩きつける容赦のない豪雨が、視界を白く染め上げている。

 

 

「……なんでこんな雨降りの中、俺が外出しなきゃならねェんだ……」

 

 

ビニール傘を肩に担ぐようにして差し、銀時はズボンの裾を濡らしながら、不貞腐れた顔で水たまりを避けて歩いていた。

 

 

『先生は心配じゃないんですか? RABBIT小隊の皆さんが』

 

 

懐に忍ばせたシッテムの箱から、アロナの心配そうな声が響く。

 

 

「心配って……反抗期のウサギ相手に、どう心配しろって言うんだよ」

 

 

銀時は面倒くさそうに首を掻いた。

 

「思春期の娘がお父さんにどんな態度取るか知ってますか?やれパンツを別に洗えーだ。やれ、話しかけるなーだ。授業参観にくるなだ。また煙たがられるのがオチ——」

 

 

銀時の言葉は、公園の入り口に差し掛かったところでピタリと止まった。

 

 

「まずい! こっちのタープも破れた!」

 

 

豪雨と強風が吹き荒れる公園の奥深く。

 

そこはもはや、生活の拠点ではなく『過酷な戦場』と化していた。

 

テントのロープも、想定を遥かに超えるゲリラ豪雨の猛威によって次々と千切れ、防水シートが悲鳴を上げてはためいている。

 

 

膝下まで泥濘に浸かりながら、サキが必死に支柱を押さえ込もうとしていた。

 

 

「大丈夫です。まだ防水シートの予備がありますから……それで、今使える弾薬と火器を優先して保護を……!」

 

 

ミヤコもまた、ずぶ濡れになりながら物資を運び出そうと声を張り上げている。

 

だが、その声には明らかな焦りが滲んでいた。自然の脅威を前に、特殊部隊のエリートという肩書きも、戦術的な計算も、ここでは何の意味もなさない。

 

防寒着すら十分に持たない少女たちの体温は奪われ、拠点は今まさに泥水の中に沈もうとしていた。

 

強がりだけで保っていた限界が、今にも決壊しようとした、その時。

 

 

「お〜い、テメェら」

 

 

雨音を切り裂くように、ひどく間の抜けた、気怠げな声が響いた。

 

 

「……こんなジメっとしてるとこで、何やってんの?」

 

 

ミヤコたちがハッとして振り返る。

 

そこには、傾けた傘に雨音をバラバラと響かせながら、片手はパンパンのビニール袋に、片肌脱ぎの着流しの懐にもう片方の手を突っ込んだ、銀髪の男が立っていた。

 

凄惨な泥濘の中で悪戦苦闘する少女たちを前にしても、その男の顔には一切の緊張感がない。ただ「近所のコンビニにジャンプを買いに来た」とでも言わんばかりの、死んだ魚のような気怠げな瞳がそこにあった。

 

 

「何って……見たら分かんない? 装備の保護だよ、保護」

 

 

モエが、吹き付ける雨を疎ましそうに手で払いながら、不機嫌極まりない声で答える。

 

 

「こんな『ディスクロージャー・デイ』の中で?」

 

 

「……何だその、ディスクローなんとかって」

 

 

サキが泥だらけのヘルメットを被り直し、怪訝な顔で眉根を寄せた。

銀時は傘を肩に預け直すと、さも「世界の常識だろうが」と言わんばかりのしたり顔で、雨空を指差した。

 

 

「カラクリと猫の天敵であり。空から降り注ぐ、無数のシャンパンの名前をそう言うんだよ。ディスクロージャーの如く、すべてを洗い流す聖なる——」

 

 

「それ普通の『雨』だろ!! 何、無駄に面倒な言い換えしてんだ!腹立つんだよ!!」

 

 

サキの怒号が、轟く雷鳴のように公園に響き渡る。

 

しかし、そんな魂のツッコミすら、銀時は暖簾に腕押しといった様子で飄々と受け流していた。

 

 

「先生」

 

 

ミヤコが、泥水に濡れた純白の髪をかき上げ、凛とした、しかし張り詰めた声で真っ直ぐに銀時を睨み据えた。

 

 

「私たち、今大事なところなんです。これ以上邪魔をするなら、帰ってもらえますか?」

 

 

その言葉には、明確な拒絶が込められていた。

 

大人の理不尽によって居場所を奪われた彼女たちにとって、他人の、それも「ふざけた大人」の憐れみなど、決して受け入れてはならないものだったのだ。

 

銀時はポリポリと頬を掻き、フッと鼻を鳴らした。

 

 

「何。水の滴るイイ女って言葉もあるが……今のテメェらは『冠を戴いた猿』だ。ただ意地張って泥水すすってるだけの、見すぼらしい子猿」

 

 

「こんなジメジメした陰気臭ェ場所から、屋根付きのスナックにでも移動した方がマシだと思った次第だ。せっかくお登勢のババアが席空けて待ってんのによ」

 

 

銀時の言葉は乱暴で、容赦がなかった。しかし、その根底にあるのは間違いなく『避難の提案』であった。

 

だが、ミヤコは微動だにしなかった。

 

彼女はギュッと拳を握りしめ、雨に打たれながらも、決して折れない意志の光をルビー色の瞳に宿して言い返した。

 

 

「お言葉ですが、先生。私たちは、ここを動くわけにはいきません」

 

 

「……」

 

 

「私たちがいる此処こそが……SRT復活のための、私たちの意思表示ですから」

 

 

雨風をしのげる安全な場所よりも、己の信念と、奪われた学園の復活を選ぶ。

 

それがどれほど無謀で、大人から見れば馬鹿げた意地であろうとも。彼女たちにとっては、絶対に譲れない魂の境界線だった。

 

ミヤコの決意に満ちた眼差しを受け止めた銀時は、数秒間の沈黙の後——ふぅと短く息を吐いた。

 

 

「そうかい。……じゃ、せいぜい頑張んな」

 

 

あっさりと。拍子抜けするほど、あっさりと銀時は引き下がった。

 

説教をするでもなく、無理やり引きずっていくでもなく。彼は背を向けると、懐から取り出した無骨な『布袋』を、水たまりの脇の比較的濡れていないベンチへと放り投げた。

 

 

「あ、ソレ。あのババアに頼まれた奴だから、後で適当に渡しといてくんない?」

 

 

「……どうして、私たちがそんなお使いを!」

 

 

サキが反発の声を上げる。

 

 

『自分で渡すべきだG』

 

 

ダストボックスの蓋の隙間から、ミユもプラカードで抗議する。

 

 

「先生(おれ)も暇じゃねェの。じゃあな」

 

 

銀時はそれ以上振り返ることなく、片手をヒラヒラと振りながら、再び灰色の雨のカーテンの中へと溶け込むように消えていった。

 

 

「……全く、何なんだアイツは」

 

 

サキが忌々しそうに、遠ざかる背中を睨みつける。

 

 

「時間の無駄だったね〜。こんな非常時に、スナックの店長のお使いの押し付けなんてさ」

 

 

モエは呆れたように肩をすくめ、ベンチに放り投げられたズッシリと重い布袋へと近づいた。

 

「はてさて、何が入ってるのかな〜」

 

 

「ちょっ!」

 

 

ミヤコが制止しようとしたが、モエはすでに袋の口の紐を解いていた。

そして、その中身を見た瞬間。

 

 

モエの目が、驚きに丸く見開かれた。

 

 

「……これ、防水シートだ。しかもかなり分厚いやつ。……他にも、頑丈なペグとか、防水テープとか、色々入ってる」

 

 

「え……?」

 

 

サキの言葉が止まる。

 

ダストボックスから這い出てきたミユも、コテンと首を傾げた。

 

 

『……これは、つまり?』

 

 

ミヤコは、ベンチに置かれたその大量の補修資材の束を、静かに見つめた。

 

 

……スナックの女将の頼まれものなどではない。どう見ても、野外での雨風をしのぐための、キットだ。

 

『ここを動くわけにはいきません』というミヤコの意思表示。

 

あの男は、それを聞いた上で、この荷物を置いていったのだ。

 

「屋根の下へ来い」という自らの提案を蹴られたにも関わらず。彼女たちの意地を尊重し、公園(ここ)に留まるための『手段』を、わざとらしいお使いのフリをして置いていったのである。

 

 

『せいぜい頑張んな』

 

 

その言葉が、決して突き放すためのものではなく、不器用すぎる大人なりの『エール』であったことに、少女たちはようやく気がついた。

 

 

「……先生」

 

 

ミヤコは、銀時が消えていった雨の彼方を、もう一度だけ振り返った。

その背中はもう見えなかったが、冷たく凍えていた彼女の胸の奥に、ほんの少しだけ、確かに温かい火が灯っていた。

 

 

「ミヤコ?」

 

 

サキが、小隊長の指示を待つように真っ直ぐな視線を向ける。

ミヤコはルビー色の瞳を輝かせ、力強く頷いた。

 

 

「……これなら、何とかなりそうです」

 

 

激しいディスクロージャー・デイ(雨)は、未だ止む気配はない。

しかし、RABBIT小隊の面々は、先ほどまでの悲壮感を完全に払拭し、不器用な大人から手渡された確かな『希望』を手に、再び拠点防衛という名の任務へと力強く立ち向かっていく。

 

その後、鉛色の雲はキヴォトスの空に居座り続け、連日にわたって無慈悲な雨を降らせた。

 

 

しかし、RABBIT小隊の少女たちは、泥濘に沈みかけた自分たちのテント——たった一つの『居場所』を、決して手放すことはなく

 

 

あの銀髪の男が置いていった補給物資は、決して潤沢と呼べる量ではなかった。それでも、ミヤコたちは限られた防水シートとペグを駆使し、交代制で夜通し雨水を掻き出し、吹き荒れる風から拠点を守り抜いた。

 

どんなに雨に打たれようとも、彼女たちの瞳から『諦め』の二文字が浮かぶことはなかったのである。

 

ーーー

 

 

「……今日も雨か」

 

 

スナックお登勢の窓際。

 

 

ガラスを打ち据える雨粒を眺めながら、坂田銀時は気怠げに頬杖をつき、グラスの氷を揺らした。外の世界は、彼が数日前に『ディスクロージャー・デイ』と名付けた通り、未だにジメジメとした水底のような空気に包まれている。

 

 

「RABBIT小隊の皆、頑張ってますね」

 

 

新八が、ふと窓の外へと視線を向けた。

 

 

「前々から思っていましたが、本当にSRTの学校を復活させたいんでしょうね、彼女たちは」

 

 

エリートとしての誇りを胸に、泥にまみれながらも抗い続ける少女たちの姿。それを思い浮かべた新八の横顔には、純粋な感嘆の色が浮かんでいた。

 

だが、銀時は死んだ魚のような瞳をさらに細め、フッと自嘲気味に鼻を鳴らす。

 

 

「全く、酔狂な奴らだぜ。学校のためにわざわざ、あんな泥水すすって意思表示してみせるとか……」

 

 

銀時の脳裏に、強風の中で必死にテントの支柱にしがみついていたミヤコの姿がフラッシュバックする。

 

 

「自分たちだけじゃあ力不足だって、嫌でも分かってるだろうに……」

 

 

それは、かつて圧倒的な力(天人)を前に、それでも刀を握って抗い続けた自分自身の過去と重ね合わせているような、どこか寂寥感を帯びた声だった。

 

 

「それはアンタらも一緒だろ?」

 

 

紫煙と共に吐き出されたその声に、銀時が視線を動かす。

 

カウンターの奥でタバコを吹かしていたお登勢が、すべてを見透かしたような鋭い目で銀時を見据えていた。

 

 

「わざわざ、そんな意地っ張りな子たちのために物を提供するなんてさ……。アンタらも、あの子らに思うところがあってやったんじゃないかい」

 

 

大人に裏切られ、世界から見放されてもなお、自分たちの信念(正義)を貫こうとする不器用なウサギたち。その姿に、かつて己の武士道を貫こうと足掻いた魂が共鳴したのではないか。

 

お登勢の核心を突く言葉。

 

 

図星を突かれた銀時は、バツの悪さを隠すように、あえて悪態をついた。

 

 

「酔うのも大概にしろよ、クソババア。いや、アンタの場合もうボケの季節か」

 

 

「誰の頭が一の瀬ばあさんだコラァ!」

 

 

銀時の口から飛び出した謎の固有名詞に対する、お登勢の瞬時の怒号。店内にいつもの騒がしい日常の音が響き渡る。

 

カランコロン、と。

 

 

その時、スナックのドアベルが軽快な音を立てて開いた。

 

 

「お、神楽ちゃん帰ってきた」

 

 

新八がホッと息をつき、バサバサと振って水滴を落としているチャイナ娘を迎え入れた。

 

 

「おかえり。ちゃんと渡してきた?」

 

新八の問いかけに対し、神楽は雨合羽のフードをバサッと脱ぎ捨て、自信満々に胸を張ってピースサインを突き出した。

 

 

「バッチしアル! 私に出来ないお使いなんてないネ!」

 

 

「しかし……大丈夫でしょうか」

 

 

スナックお登勢のカウンターの端。

 

自信満々な神楽とは対照的に、空いたグラスをトレイに乗せていたソラが、ふと不安げな声を漏らした。その視線は、誇らしげに胸を張る神楽に向けられている。

 

 

「ソラちゃん、何か問題でもあるのかな?」

 

 

新八が不思議そうに首を傾げた、その瞬間。

 

 

「ナンクセツケンジャネェヨ!! イクラタトウトオマエハココノシンザンモノ!」

 

 

ソラの背後から、皿洗いをしていたキャサリンが泡だらけのスポンジを片手に、凄まじい剣幕で詰め寄った。新参者からのクレームを絶対に許さない、古株の謎のプライドである。

 

 

「そうネ!私のお使いに問題があるとでも言うアルか!」

 

 

神楽もまた、キャサリンに便乗してふんぞり返り、ソラに向かってビシッと指を突きつけた。

 

 

「これでも初なんだヨ! 単独の依頼解決初なんだヨ! 舐めんなよ小娘〜!」

 

 

「いや、舐められる要素しかないよね?」

 

 

ジャンプを読み始めた銀時が、ページをめくりながら呆れたようにツッコミを入れる。

 

 

「つーかお前、これが初めてのお使いだったっけ? 今まで散々パシリにされてきたのに、そんな『初めてのお使い』みたいな初々しい描写、これまで無かったっけ?」

 

 

第四の壁をあっさりと越えていく銀時のメタ発言をよそに、お登勢は紫煙を細く吐き出し、静かにソラへと視線を向けた。

 

 

「で、ソラ。何かあったのかい?」

 

 

女将の落ち着いた問いかけに、ソラは冷や汗をタラタラと流しながら、気まずそうに視線を泳がせた。

 

 

神楽が自信満々に「バッチシ」と言い切ったお使い。しかし、ソラは現実を知っている。

 

「……………」

 

 

ソラの、すべてを察してしまったような沈黙。

 

それが何を意味するのか、我々読者が知るのは、もう少し後のことである。

 

ーーー

数日後。

 

 

キヴォトス全域に、警報が鳴り響く。

 

 

『台風七号、接近』

 

 

連日の雨で地盤が緩みきった公園に、容赦のない暴風雨が牙を剥いていた。

 

木々は引き千切られんばかりに大きくしなり、横殴りの雨粒が散弾銃のようにテントの布地を打ち据える。

 

 

「くっ! モエ、こっちを手伝え!」

 

 

泥水に膝まで浸かりながら、サキは強風でひしゃげそうになるテントのメインポールを、全身の筋肉を軋ませて必死に支えていた。

 

 

「いつまでも機械を抱きしめている場合か!」

 

 

「いやいやいや、通信装備が浸水したらやばいでしょ!?」

 

 

モエは雨合羽の下に大事な通信機器や起爆装置を抱え込み、必死に雨から守ろうと身を縮めている。兵器や機械を何よりも愛する彼女にとって、この水魔は最大の敵だ。

 

 

「ミユ! 防水シート!」

 

 

サキが轟音の風に負けじと怒号を飛ばす。

 

 

『も、もう予備は……ないですG』

 

 

強風でひっくり返りそうになるダストボックスを必死に押さえながら、ミユが涙目でプラカードを掲げた。

 

 

「くそっ! 連日の雨で使い切ったか!」

 

 

サキの顔が絶望に歪む。銀時たちが置いていってくれた資材も、この数日間のゲリラ豪雨を凌ぐためにすべて使い果たしてしまっていた。

 

 

「どうするの? この辺の機器だけでも、かなりの損害になるよ」

 

 

モエの悲痛な声が響く中、ミヤコがずぶ濡れになりながらテントの周囲を駆け回っていた。

 

 

「防水周りが補強できたら、次は排水溝の方を!」

 

 

ミヤコはスコップを手に、足首まで浸かった泥水を必死に掻き出そうとする。

 

 

「土砂が詰まっているのか、水が溢れて……このままでは浸水しかねません!」

 

 

「分かってる! こっちも補強が間に合ってないんだ!」

 

 

サキの腕力が限界を迎え、ポールを持つ手がプルプルと震え始めている。

 

 

「手を離したら、すぐに崩れそうなレベルでーー」

 

 

自然の猛威を前に、特殊部隊の戦術も訓練も、すべてが無力化されていく。

 

少女たちの意地と体力が、まさに限界点を突破しようとした、その時だった。

 

 

ゴロゴロゴロ……ピカッ!!

 

 

空が、一瞬にして真昼のように白く染まった。

 

 

「……今のって……」

 

 

モエが抱えていた機器から顔を上げる。

 

 

『……中央に、雷が落ちたG』

 

 

ミユが、震える文字で絶望の事実を告げた。

 

 

強風と豪雨を切り裂き、公園の中央——彼女たちの拠点のすぐ真横の巨木に、特大の落雷が直撃したのだ。

 

 

バリバリィッ!という大気を裂く轟音と共に、焦げた木の匂いが暴風に混じる。そして、その衝撃波と突風が、限界ギリギリで持ち堪えていたテントにトドメを刺す。

 

「まずい……! テントの支柱が!!」

 

 

サキの悲鳴。

 

 

ミヤコが振り返ったその視線の先で、彼女たちの『最後の居場所』を支えていた太いポールが、無慈悲な音を立てて真っ二つにへし折れた。

 

轟音と共にへし折れた支柱。

 

泥水の中に無惨に沈んでいくテントの残骸。

 

荒れ狂う台風の暴風雨がすべてを打ち据える中、RABBIT小隊の四人は、ただ呆然とその光景を見つめることしかできなかった。

 

 

「………」

 

 

誰の口からも言葉が出なかった。

 

 

吹き荒れる風の音と、容赦なく叩きつける雨音だけが、彼女たちの鼓膜を冷酷に揺らす。

 

 

「て、テントが……。」

 

 

ミユの震える声が、絶望の静寂を破った。それは、雨に濡れた子犬のようなどこまでも弱々しい響きだった。

 

 

泥まみれになったヘルメットの下で、サキは力なく両腕をだらりと下げた。

 

 

「弾薬、全部ダメになったな……。」

 

 

「通信機器類も……。」

 

 

水没した機械の残骸を見つめながら、モエもまた、感情の抜け落ちた声で呟く。

 

 

「全部、終わりか……。」

 

 

サキのその一言は、ただの物質的な喪失を意味するものではなかった。

 

公園での過酷な野宿。大人たちへの反抗。エリートとしてのプライド。そのすべてを支えていた『最後の砦』が、今、完全に崩壊したのだ。

 

 

「いえ、諦めるのはまだ早いです」

 

 

その絶望の淵で、たった一人。

 

ミヤコだけが、泥水の中に落ちていたシャベルを拾い上げ、両手で強く握りしめた。白くなるほどに指に力を込め、必死に気丈な声を張り上げる。

 

 

「排水溝をどうにかして、浸水の少ない装備から回収してーー」

 

 

「装備だけの話じゃない!!」

 

 

サキの怒号が、雷鳴のように響き渡る。

 

ミヤコの言葉を遮り、激しい雨に打たれながらサキは吠えた。その目には、悔しさと、どうしようもない惨めさが入り混じった涙が浮かんでいた。

 

 

「全部、全部だ……! 私たちSRTは、もう……!!」

 

 

「サキちゃん……」

 

 

泣き崩れそうになるサキを、ミユが悲痛な面持ちで見つめる。

 

その横で、モエが雨粒を拭うこともせず、自嘲するように冷たく笑った。

 

 

「はあ………こうなると分かってたら、最初っから……」

 

 

「な、何を言ってるのですか……?」

 

 

仲間の口から出た『諦め』の言葉に、ミヤコはシャベルを持ったまま後ずさった。

 

 

「最初にみんなで、言ったじゃないですか。私たちが諦めない限り、SRTの名前はーー」

 

「ミヤコだって、分かってたんじゃないの?」

 

 

モエの静かで冷酷な現実の指摘が、ミヤコの理想を無慈悲に切り裂く。

 

 

「こんなバカみたいなこと、いつまでも続けるわけにはいかないって。今の私たちに信用はない。治安維持どころか、アルバイト……賄いで生活するほどギリギリな毎日」

 

 

エリート特殊部隊であった彼女たちが、スナックの女将に頭を下げ、怪しげな大人から施しを受け、廃棄弁当の残りカスで食いつないでいる現状。

 

それがどれほど惨めであるか。

 

 

「正義がどうとか、犯罪者がどうとか、そんなレベルじゃない」

 

サキが、泥水の中に膝をつき、嗚咽を噛み殺しながら地面を叩いた。

 

 

「こんな状態で、SRTの名前が守れてるとは思えない……! ……もう、自分が何をしてるのか分からなくなってきた」

 

 

「ほんと、何やってんだろうね」

 

 

モエが暗い瞳で、真っ暗な嵐の空を見上げる。

 

「頼らないって言ってた、先生(大人)の手まで借りて」

 

 

銀時たちが置いていった防水シート。あの不器用な大人の優しさにすがり、意地を張ってここまで延命してきた自分たちの矮小な姿が、どうしようもなく惨めでならなかった。

 

 

「ミヤコちゃん……」

 

 

ミユが、雨に濡れたウサギのように肩を震わせ、懇願するような瞳でミヤコを見つめた。

 

 

「もう、諦めようよ……」

 

 

心も、体も、そして誇りも、すでに限界を超えていた。

 

これ以上、この冷たい泥水の中で意地を張り続ける意味など、どこにもないのだ。

 

 

「…………」

 

 

ミヤコは、何も答えない。

 

顔を伏せ、前髪から滴る雨水が彼女の表情を隠している。

 

やがて彼女は、ゆっくりと踵を返し、泥濘む地面を力強く踏み締めてーー嵐の奥へと向かって歩き出し始めた。

 

 

「……ミヤコ、どこに行くんだ?」

 

 

サキが顔を上げ、信じられないものを見るような目でその後ろ姿を呼び止める。

 

 

「こんなバカげたことを、まだ続ける気か!?」

 

 

土砂降りの雨の中。

 

ミヤコは立ち止まり、背中を向けたまま、静かに、しかし決して折れることのない鋼のような声で答えた。

 

 

「……はい、そうです」

 

 

手にしたシャベルを杖のように突き立て、彼女は振り返ることなく言い放つ。

 

「……諦められません。SRTのためにも」

 

 

それは、あまりにも強情で、あまりにも孤独な決意。

 

すべてを失い、仲間たちの心が折れてしまった泥濘の底で。小隊長(リーダー)であるミヤコだけは、たった一人になろうとも、自らの信じた正義の火を消すことを拒んだのである。

 

バチバチと顔を叩きつける大粒の雨。

 

轟音を立てて荒れ狂う風の中、ミヤコは足首まで浸かる冷たい泥水に立ち、ただひたすらにシャベルを振るい続けていた。

 

 

(水圧が、強い……。もう、手の感覚も……)

 

 

悴んだ指先はとっくに限界を超え、シャベルの柄を握る力すら失われかけている。溢れ出した泥水が、彼女の細い足を重く絡め取り、体温を容赦なく奪っていく。

 

 

仲間たちは心が折れてしまった。

 

 

エリート部隊としての誇りも、この拠点を守り抜く意義も、暴風雨という圧倒的な自然の暴力の前にへし折られ、泥水の中に沈んでしまった。

 

 

(確かに……意味の無いことかもしれない……)

 

 

強ばる腕で泥を掻き出しながら、ミヤコは唇を強く噛み締めた。

 

意地を張っているだけだ。滑稽なピエロだ。大人たちの言う通り、こんなことをしても何も変わらないのかもしれない。

 

 

(でも、私はSRTを……私の思う、理想を……!)

 

 

瞳から、雨水なのか涙なのか分からない雫がこぼれ落ちる。

 

ミヤコは泥まみれになった顔を上げ、嵐の夜空に向かって、魂の底から絶叫した。

 

「諦め、られないっ!!」

 

その痛切な叫びが、暴風の轟音にかき消されそうになった、その時だった。

 

「……………」

 

 

ミヤコの背後に、三つの影が音もなく立っていた。

 

「……え?」

 

ハッとして振り返る。

 

そこには、傘も差さず、ずぶ濡れになりながら、それぞれの手に『シャベル』をしっかりと握りしめた万事屋の三人——銀時、新八、神楽が、まるで地蔵のように無言で佇んでいた。

 

 

「先生……?」

 

 

なぜ、彼らがここにいるのか。

 

彼らが、なぜこんな土砂降りの泥濘の中に立っているのか。

 

混乱する頭で、ミヤコは泥だらけの顔を強張らせ、必死に弱みを見せまいと声を張り上げた。

 

 

「……今日は何の用ですか?」

 

 

シャベルを構え直し、鋭く睨みつける。

 

 

「見て分かると思いますが、今は冗談を言っている場合ではーー」

 

 

しかし。

 

三人はミヤコの拒絶の言葉を最後まで聞くことなく、無言のまま、彼女の横をスッ……と通り過ぎた。

 

 

「え……?」

 

 

そして彼らは、ミヤコがたった一人で掘り進めようとしていた排水溝の前に並び立ち、一斉に手にしたシャベルを泥水の中へと突き立てたのだ。

 

 

ザクリッ、バシャァッ!!

 

 

「おりゃァァァ!!」

 

 

「せいッ!!」

 

 

「どっせいアルゥゥゥ!!」

 

 

先ほどまでの静寂が嘘のように、三人は凄まじい勢いで排水溝の泥を掻き出し始めた。

 

銀時の力強いストロークが泥の塊を吹き飛ばし、新八が手堅く水路を確保し、夜兎の怪力を持つ神楽がシャベル一杯につきダンプカー並みの土砂をぶっ飛ばしていく。

 

たった三人が加わっただけで、水没しかけていた排水溝が、瞬く間に本来の機能を取り戻し始めていく。

 

 

「……どうして」

 

呆然と立ち尽くすミヤコが、震える声で尋ねる。

 

見返りなど何もない。むしろ関われば泥を被るだけのこんな厄介事に、なぜ大人が無条件で手を貸してくれるのか。

 

その問いに対し、銀時は泥水で顔を真っ黒に汚しながら、決してミヤコの方を振り向くことなく、極めて不自然に堂々とした声で言い放った。

 

 

「勘違いすんな。俺ァ、前に此処に『ジャンプ』買ってきたのを忘れて、探しにきただけだ」

 

先日公園でついた嘘と、一言一句たがわぬ完璧なリピート。

 

この暴風雨の中で、泥濘の底から紙の雑誌を発掘しようとするなど、もはや狂気の沙汰である。

 

 

「僕も、お通ちゃんの激レアアルバムをまたこの公園に落としちゃって、探しにきただけですから!」

 

 

新八もまた、雨で曇った眼鏡を拭うこともせず、必死にシャベルを動かしながら明らかな嘘を重ねる。

 

 

「私、私も——!」

 

神楽は自らの背丈ほどある泥の塊をシャベルで豪快に放り投げながら、ドヤ顔で言い放った。

 

 

「シャベルで排水溝の泥どかして、落とした『酢昆布』を探しにきただけネ!!」

 

 

「それもう最初から『泥どかす目的』でシャベル持ってきてるよね!?」というツッコミすら追いつかない、力技すぎる言い訳。

 

ジャンプを探すため。アルバムを探すため。酢昆布を探すため。

 

彼らはそんな三流以下の見え透いた嘘をつきながら、ずぶ濡れになって泥水を被り、ミヤコの『居場所』を守るために必死にシャベルを振るい続けている。

 

恩を着せることもなく。

 

説教を垂れることもなく。

 

ただ『たまたま探し物をしてるだけ』という体裁で、彼女の隣に立って泥を被ってくれる。

 

ーーー

時間を少し遡ること数日前、神楽が帰ってきた日のことである。

 

スナックお登勢の店内。

 

カウンターの端で、ソラが、思い詰めたような表情で銀時に詰め寄っていた。

 

 

「皆さんが支援して、RABBIT小隊の皆さんも頑張っているのは知っています。ですが、連日の雨にテントでは、いくら保護しようと設備はダメになっていきます」

 

 

ソラの小さな両手は、エプロンの裾を白くなるほど強く握りしめられている。

 

彼女なりに、あの公園で過酷な生活を送る同年代の少女たちを、本気で心配していたのだ。ただ物資を送るだけでは、圧倒的な自然の暴力の前ではどうにもならないという残酷な現実を、彼女は察していた。

 

「それに台風七号も近く、もう補給では防ぎきれないかもしれません」

 

ソラは顔を上げ、すがるような瞳で銀時を見つめた。

 

「ですから!」

 

 

「アイツらに安全な道を薦めてやれってか?」

 

 

グラスの氷をカラリと鳴らし、銀時は窓の外の鉛色の空を見つめたまま、ソラの必死の訴えを静かに遮った。

 

その声は、いつもふざけている時の軽薄な響きではなく、ひどく落ち着いていて、どこか凄みすら帯びていた。

 

 

「悪いがソイツは、俺たちの仕事じゃあねぇ……行く道決めんのはアイツらの仕事だ」

 

 

「……っ」

 

 

「俺たちの仕事はあくまで、アイツらのバカな夢に付き合ってやるまで……」

 

 

「先生!」

 

たまらずソラが声を荒らげた。

 

雨風をしのげる安全な場所があるのに、わざわざ危険な真似を続けさせる大人の理屈が、心優しい彼女にはどうしても理解できなかったのだ。助けられる力があるのに、なぜ彼女たちの強がりをそのままにしておくのかと。

 

銀時はゆっくりと立ち上がり

 

ポン、と。

 

ソラの頭に、銀時の大きな手がぽんぽんと優しく置かれた。

子供を諭すような、しかし一人の人間の覚悟を誰よりも尊重している『保護者』の手だった。

 

「大丈夫だって。奴らが諦めたらそこまで……此処の従業員でも万事屋の真似事だろうと好きにさせてやらぁ」

 

「だが、あのバカどもの一匹でも諦めねぇようなら——俺ぁそのバカの夢で踊る」

 

銀時の死んだ魚のような瞳の奥に、かつて数々の絶望を打ち砕いてきた、鋼のような熱い光が宿る。

 

理不尽な世界から居場所を奪われ、それでも己の誇り(SRT)を胸に泥水の中で抗い続ける少女たち。その不器用で気高い魂が折れない限り、自分もまた、どこまでもその泥に付き合う覚悟なのだと。

 

木刀を腰に差し、銀時は扉へ向かって歩き出しながら、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

「ま、当分終わることなそうだけどな」

 

ーーーー

 

「……三人が三人、バカなのか?」

 

 

ミヤコの後を追って戻ってきたサキが、信じられないものを見るような目で呟く。

 

 

「ジャンプにアルバム、酢昆布って……どれも紙と食品だぞ。こんな土砂降りの中で落とした時点で、濡れたら最後、終わりだろうに」

 

 

真面目な彼女の頭は万事屋のあまりにもガバガバな嘘設定に追いつかず、マジレスを口にする。

 

すると、雨合羽の下で通信機器を抱えていたモエが、先程までの暗い表情を嘘のように晴らし、ニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

 

「サキ、これは照れ隠しだよ。不器用な大人たちの照れ隠し」

 

 

『ツンデレだG』

 

 

いつの間にか定位置のダストボックス(強風で横倒しになっている)から首を出したミユまでもが、ちゃっかりプラカードではなく肉声で便乗した。

 

 

「誰がツンデレだ!」

 

 

排水溝の泥を掬い上げていた銀時が、顔にへばりついた濡れた天パを振り乱しながら、ムキになって怒鳴り返す。

 

 

「さっきまで弱音吐いてた委員長ウサギが!! テメェらみたいな根性無しのペットは、ババアが用意した生のニンジンでも食って、一生スナックで飼われてろい!」

 

 

痛いところを的確に突きつつ、最大限の憎まれ口で煽り倒す銀時。

 

しかし、その絶妙に腹の立つ言葉は、サキの中に燻っていた『折れかけたプライド』に、これ以上ないほどの特大のガソリンを注ぎ込まれる。

 

「誰が委員長ウサギだ!!」

 

 

ピキッ、とサキの額に明確な青筋が浮かび上がる。

 

彼女は先程までの涙を乱暴に手で拭い去り、泥水の中から勢いよく立ち上がった。

 

 

「それに、アレは弱音じゃない! 絶望的な戦況という『事実』に、少し感情が乗っかっただけだ!!」

 

 

完全に詭弁である。

 

しかし、その声にはもう、数分前のような惨めな響きは一切混じっていいない。

 

「あァ!? なんだその言い訳! めちゃくちゃ心折れて泣きそうになってたくせによォ!」

 

 

「泣いてない! 雨が目に入っただけだ! というか、お前らみたいな素人に土木作業を任せておけるか!」

 

 

サキは怒りに任せて、銀時の手から泥だらけのシャベルをひったくると、彼を強引に押しのけるようにして、自ら凄まじい勢いで排水溝の泥を掘り起こし始めた。

 

エリートとしてのプライドと、不器用な大人への反発心が、限界を迎えていたはずの彼女の体に底知れぬ活力を与えていた。

 

 

「あーあ、ほんと何やってんだか……」

 

 

モエが呆れたようにため息をつきながらも、通信機器の防水カバーを足で器用に抑えつつ、落ちていた木の枝で泥掻きを手伝い始める。

 

 

『手伝いますG』

 

 

ミユもまた、ダストボックスの蓋を盾のように構えながら、小さな両手で一生懸命に土砂を退け始めた。

 

 

その後、SRT特殊学園の誇り高きウサギたちと、江戸からやってきた万事屋一行による、戦術もへったくれもない決死の土木作業が続いた。

 

 

やがてーー猛威を振るっていた暴風雨が嘘のように弱まり、分厚い雲の隙間から、うっすらと白み始めた月の光が差し込み始める。 

 

詰まっていた排水溝が完全に開通し、拠点に溜まっていた泥水が勢いよく流れ去っていった。

 

 

「ディスクロージャー・デイ、終わったアルな」

 

 

泥まみれになった神楽が、シャベルを杖のように突き立てて、雲間から射す光を見上げながら呟いた。

 

 

「あーあ、ジャンプ見つかんなかったな」

 

 

銀時が、顔の泥を腕で適当に拭いながら、これ見よがしに肩をすくめる。

 

「僕のお通ちゃんのアルバムも見つかりませんでしたね」

 

 

新八もまた、泥水でコーティングされた眼鏡を押し上げながら、最後まで見え透いた嘘を貫き通した。

 

そんな、どこまでも自分たちを偽る大人たちを前にして。

 

ミヤコは、泥だらけの純白の髪をかき上げ、真っ直ぐに銀時を見据えた。

 

 

「先生、どうして私たちを助けるんですか?」

 

 

凛とした、しかし確かな熱を帯びた問いかけ。

 

それでも銀時は、わざとらしく視線を明後日の方向へと逸らした。

 

 

「勘違いすんな、お前らを助けた覚えはねぇよ……」

 

 

「私に嘘をつかないで!!」

 

ミヤコの口から飛び出したのは、まるで毎週日曜のドラマで出た、あるゲイの叫び。

 

「ネタ?」

 

 

「ネタアルか?」

 

 

すかさずモエと神楽が、冷ややかなジト目で的確なメタツッコミを入れる。

 

「…………」

 

 

一瞬にしてシリアスな空気をぶち壊されたミヤコは、顔を真っ赤にして黙り込んだ。しかし、それでも彼女は決して視線を逸らさず、銀時を強く睨みつけたまま言葉を紡ぐ。

 

 

「今まで、何度も荷物置いていったりしておいて……何のつもりなんですか?」

 

 

見返りを求めるわけでもなく、説教をするわけでもなく、ただ泥を被ってくれる。そんな不可解な大人の真意を、どうしても聞き出したかった。

 

銀時は、ポリポリと泥のついた頬を掻き、観念したように短く息を吐く。

 

「別に、何かして欲しいわけでも何でもねぇよ」

 

「……」

 

 

「俺たちゃあ、小汚くても自分の夢を貫き通すバカウサギの未来を見たくなっただけのー」

 

銀時は、月光を背にして、いつもの気怠げな、けれどどこまでも温かい笑みを浮かべた。

 

「ただのバカだ」

 

自身の行動を、高尚な理念でも同情でもなく、ただの『バカな好奇心』だと笑い飛ばす。それが、この不器用な大人なりの、対応。

 

 

「はい?」

 

 

ミヤコが、予想外の答えにきょとんと首を傾げる。

 

 

「まさか、それだけで私たちに手を貸していたと……筋金入りのバカだな」

 

 

サキが、呆れ果てたように、しかしどこか晴れやかな顔で鼻で笑った。

 

 

「まぁ、バカなのは最初から知ってたけどね。くひひ」

 

 

モエもまた、泥だらけの顔で意地悪く笑い。

 

 

「も、モエちゃん……せっかく助けてくれたのに……」

 

 

ミユだけが、オロオロとしながら万事屋たちを気遣っている。

 

 

ミヤコは、シャベルからそっと手を放し、姿勢を正す。

 

そして、泥だらけの制服のまま、銀時たちに向かって深く、深く頭を下げた。

 

 

「助けはいらないと言い続けていましたが……結局助けられてしまいましたね」

 

 

顔を上げたミヤコのルビー色の瞳には、もう迷いや絶望の影はなかった。

 

 

「理由の方は少々納得がいきませんが……ありがとうございます、先生」

 

素直な感謝の言葉が、空気の中に溶けていく。

 

 

「じゃあ、僕たちも帰りますか」

 

 

新八が、すっかり雨の上がった空を見上げて促した。 

 

「そうだな」

 

 

銀時がけだるげに首の骨を鳴らす。

 

 

「早くしないとVIVAN◯間に合わないネ!」

 

 

神楽がシャベルを肩に担ぎ、ウキウキとした足取りで歩き出す。

 

 

「神楽ちゃん、もうそれ終わってるよ……」

 

 

新八の的確なツッコミが響く中、三人は来た時と同じように、飄々とした足取りで公園の出口へと向かっていった。

 

 

「全く……」

 

 

去り際、銀時は少しだけ足を止め、背中越しにボヤくように呟いた。

 

 

「ディスクロージャー・デイは何でも開示しちまいそうでいけねぇな、ホント」

 

 

照れ隠しのように、乱れた天パをガシガシと掻き毟る。

 

 

「だから嫌いなんだ」

 

 

強がりなウサギたちの意地も、不器用な大人の隠していた本音も、すべてを洗い流して『開示』してしまった嵐の夜。

 

 

文句を言いながら帰っていくその頼もしい背中を見送りながら、ミヤコは泥だらけの顔に、今日一番の柔らかい微笑みを浮かべた。

 

 

(いや……ディスクロージャー・デイ……捨てたもんじゃありませんでしたよ)

 

 

水たまりに反射する光が、彼女たちの『居場所』をキラキラと優しく照らし出していた。

 




次回 


銀時「えぇ?撤去?お引越し?いやいやいやそんなこと突然言われても……」

「え?何、マジで警察不良になってんの?」

次回 不良警察24時ってホントにあったんだ

〜透魂〜第一回キャラクター人気投票

  • 銀時
  • 新八
  • 神楽
  • 沖田
  • 土方
  • 山崎
  • 高杉
  • 桂
  • 定春
  • エリザベス
  • ホシノ
  • シロコ
  • ヒナ
  • アコ
  • ミカ
  • ナギサ
  • セイア
  • ユウカ
  • ノア
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