透き通る世界を照らす銀魂(ぎんのたましい) 作:時代に遅れている
薄暗い観測室。
モニターの冷ややかな光だけが、そこにある「影」を照らし出していた。
ゲマトリア、黒服。
常に冷静沈着、論理と知性を重んじる彼が、今はまるで新しい玩具を与えられた子供のように、モニターの縁を掴み、画面に映る光景に釘付けになっていた。
画面の向こうでは、砂塵が晴れ、真っ二つに裂かれたビナーの巨体が沈黙していく様が映し出されている。
「……素晴らしい。まさか、あのビナーを……我々が観測しうる最強の神秘の一つを、こうも容易く屠ってしまうとは」
黒服の声は、抑えきれない歓喜で微かに震えていた。
彼の単眼のようなセンサーが、激しく明滅を繰り返す。
「流石は戦場の鬼、『白夜叉』と恐れられた男、坂田銀時。そしてその盟友、『狂乱の貴公子』桂小太郎……。こちらの世界の常識(ルール)など、彼らには紙切れほどの意味も持たないということですか」
黒服は手元のデータを巻き戻し、決着の瞬間のログを再生する。
そこには、論理的思考を放棄したくなるような、デタラメな「奇跡」が記録されていた。
画面の中で、銀色の閃光がビナーを貫く。
「極めつけは、あの『妖刀』による内部からの刺突。……ふふ、ふふふ」
黒服の身体に走る亀裂が、脈動するように赤く光る。
それは未知への渇望。理解不能な事象への、純粋な知的好奇心。
「論理も、神秘も、物理法則さえもねじ伏せる『侍』というイレギュラー……。ああ、素晴らしい」
黒服は画面の中の銀時へ向けて、恭しく手を伸ばした。まるで、新たな研究対象を愛でるかのように。
「ますます興味が湧いてきますねぇ……。貴方たちがこのキヴォトスに、どのような『混沌』と『結末』をもたらすのか」
静寂な部屋に、粘着質で、底知れぬ笑い声が響き渡った。
「クックックッ……」
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その夜アビドス高校 校庭
そこには便利屋とアビドスの生徒の他にカイザーに苦しめられた地元住民と柴崎ラーメンの店長が来ていた。
アヤネが司会を担当している。
「ではみなさん!今回はカイザーコーポレーションからアビドスを守ったことを記念してここにパーティーを開こうと思います!では今回のMVP坂田銀時先生と副顧問桂小太郎さんに一言いただきましょう」
スポットライトの光が、校舎の壁際でチャーシューメンを啜っていた二人を直撃した。
突然の指名に、銀時は「んぐっ」と麺を詰まらせかけ、桂は素知らぬ顔でエリザベスの後ろに隠れようとする。
しかし、逃げ場はない。
数百人の期待に満ちたキラキラした視線(と、一部の冷ややかな視線)が二人を刺す。
「えー、あー……ゴホン」
銀時は観念して立ち上がり、マイクを受け取った。
しかし、いざ口を開こうとすると、先ほどの戦闘での「お前らを護る」とか言っちゃったクサいセリフや、生徒たちの純粋な感謝の眼差しがフラッシュバックする。
「ま、まぁ……なんだ。その……お日柄もよく?いや……俺も、その……あー、なんだ……」
(やべぇ、超恥ずかしい。なにこの空気。感動のフィナーレ的な? 「先生ありがとう!」的な? 銀さんそういうガラじゃないんだけど! 痒い! 背中痒くなってきた! 蕁麻疹出るわこれ!)
銀時の顔がみるみる赤くなっていく。耳まで真っ赤だ。
限界だ。このむず痒い、青春ドラマのような空気に耐えられない。
銀時はカッと目を見開き、突然スイッチを切り替えた。
「――っていうのは建前でぇよく聞けお前らァァァ!!」
アヤネがポカンとする中、銀時は選挙演説のような手振りでまくし立てる。
「今回の勝因! それは決して愛とか友情とかそういうジャンプ編集部が好みそうな甘っちょろいものではなく! あくまで作者の事情! 尺の都合! そして何より、早く帰って録画したドラマが見たいという俺の個人的な欲望によるものであったわけだ!!」
「え、あ、あの銀さん?」
「要するにだ! 過去のことは水に流せ! 借金も吹っ飛ばした! 理事も空に飛ばした! つまり残ったのはプラスのみ!
人生はプラスマイナスゼロって言うけど、今日はプラス! カロリーもプラスだ! 明日からダイエットすればいいだけの話だろーが!!」
「いや、一体なんの話をしてんのよ!!」
銀時は強引にジョッキ(ウーロン茶)を掲げた。
「細かいことは気にするな! 終わり良ければ全て良し! ラーメン伸びるから食わせろ! 以上!! 解散ッ!!」
「……フン、銀時にしては上出来な演説ではないか」
桂が隣でニヤリと笑う。
「うっせ。……ほら、さっさと乾杯終わらせて行くぞヅラ。ラーメン伸びちまう」
「だからヅラじゃない、桂だ!乾杯!!」
そのあまりに強引すぎる締めくくりに、会場が一瞬静まり返り――そして、セリカが絶叫した。
「丸め込んだ!! 照れくさくなったことを皮切りに無理やり丸め込んだよこの大人!!」
セリカのツッコミも虚しく、銀時の音頭で「カンパーイ!」という声が上がり、感動的な祝勝会は一瞬にしてただのドンチャン騒ぎへと変わっていった。
しかし、その騒がしさこそが、戻ってきた日常の証でもあった。
ドンチャン騒ぎが一段落し、少し落ち着きを取り戻した校庭の隅。
銀時と桂がジョッキ(中身はウーロン茶とイチゴ牛乳)を傾けていると、ホシノ以外の対策委員会の面々が、少し改まった様子で歩み寄ってきた。
「銀さん、桂さん。……本当に、ありがとうございました」
アヤネが深く、丁寧に頭を下げる。その瞳は潤んでおり、眼鏡の奥で揺れる感謝の色は真剣そのものだった。
「お二人が来てくださらなかったら……私たちはきっと、学校も、ホシノ先輩も守りきれなかったと思います。……本当に、なんと御礼を申し上げればいいか」
「よせよ。俺たちがやったのは、ちょっと背中を押しただけだ。あのデカい蛇を倒したのは、俺たちの木刀じゃねぇ。……お前らが今日まで、歯を食いしばって守り抜いてきた『意地』だ」
「左様。礼を言われるようなことはしていない」
二人が照れ隠しに視線を逸らしていると、アヤネの後ろから、モジモジと身体を揺らすツインテールの少女――セリカが一歩前に出た。
「……はい! 二人にこれ、プレゼント」
セリカは顔を背けたまま、二人にそれぞれ封筒を突き出した。
「大したものじゃない……けど。……その、お礼よ」
そのあまりにも教科書通りの挙動に、銀時がニヤリと口角を上げる。
「おいおいヅラ、見ろよ。絶滅危惧種かと思ってたが、こんな極上の産地直送モノが見れるとはな」
「うむ。実に由緒正しきツンデレだな。重要無形文化財に指定すべきかもしれん」
「う、うるさいわね! さっさと開けなさいよバカ!」
セリカの罵声に急かされ、二人が同時に封筒の中身を確認する。
銀時の封筒には、キヴォトスでも有名な高級スイーツ店の『プレミアム食べ放題チケット』。
桂の封筒には、入手困難なレアグッズも含む『モモフレンズ・スペシャル無料交換券』が入っていた。
「こ、こいつは!」
「なんと! ペロロ様の限定グッズも対象ではないか!」
二人が驚いて顔を上げると、セリカは耳まで真っ赤にして早口で捲し立てた。
「か、勘違いしないでよ! 私は別に、アンタたちの趣味を調べたりしてないから! 誰かに聞いたりなんか絶対してないんだからね! たまたま手に入っただけだから!」
言い終えるが早いか、セリカは「もう!」と叫んで、逃げるように向こうへ走っていってしまった。
その背中を見送りながら、銀時はしみじみと呟く。
「……銀時、あれは……」
「あぁ。……教科書に載せたいくらいの、完璧なツンデレだよアイツは」
だが、安息はそこまでだった。
「銀ちゃん、銀ちゃん♡ 疲れたでしょう?」
次に現れたのは、聖母のような微笑みをたたえたノノミだった。彼女は自身の太腿をポンポンと叩き、甘い声で誘惑する。
「私、耳かき得意なんですよ〜。よかったらここで、膝枕してあげましょうか? ☆」
「ん。銀ちゃん、それより運動した方が疲れが取れる」
反対側からシロコが真顔で割り込み、ロードバイクのハンドルを握らせようとする。
「今から私と一緒に、ロードバイクでキヴォトス一周の旅に出よう。デートみたいなもの。……ん、決定」
「ちょ、お前ら極端すぎんだろ! 癒やしか地獄のトライアスロンかの二択しかねーのかよ!」
「ちょっと待ちなさい! 抜け駆けは許さないわよ!」
そこへ、アル率いる便利屋68までもが「私たちが接待するわよ!」と参戦。
「膝枕は私が!」「いやサイクリングだ!」「ハードボイルドにバーへ行くわよ!」と、銀時を巡ってアビドスと便利屋によるキャットファイトが勃発しかけた、その瞬間。
ゴチンッ!!
「うるせぇぇぇ!! 俺の休憩というなの癒しの邪魔すんなガキどもォォォ!!」
銀時の愛の拳骨(ゲンコツ)が全員の脳天に炸裂。
少女たちは「あだっ!」「ふぎゃっ!」「ハードボイルド……」と、仲良く煙を出してその場に伸びてしまった。
†
「よぉ、セリカちゃんたちの先生! いやぁ、アンタらすごいなぁ」
嵐が去った後にやってきたのは、柴関ラーメンの店長、柴大将だった。
彼は頭に巻いた手ぬぐいで汗を拭いながら、感心したように二人を見上げる。
「あの悪名高い民間軍事会社まで止めちまうたぁ、驚いたよ。おかげで店も守れた。ありがとな」
その称賛に対し、銀時と桂は静かにグラスを置いた。
「大将、アンタまでよしてくれよ……俺ぁただ、コイツらが護りてぇと言った場所を護るのに、ちょいと手を貸しただけだ」
銀時が頭をポリポリと掻く横で、桂も真剣な眼差しで語る。
「そうだぞ大将。貴殿がラーメンと蕎麦の味で、ここにいる人々に笑顔を与えるのが仕事であるように……我々の今の仕事は、生徒の未来を守ることだった」
桂は続ける。
「仕事の難しさや種類に違いはあれど、己の仕事を全うしているという点においては、我々と貴殿に違いはない。……だから、そんな風に我々だけを特別扱いして褒めるのはやめてくれ」
その言葉を聞いた大将は、目を丸くした後、ニカっと笑った。
「へへっ……二人とも謙遜だねぇ。粋なこと言ってくれるじゃねぇか」
大将は懐から数枚のチケットを取り出し、二人に押し付けた。
「じゃあ、そんな先生方に俺からもサービスだ。柴関ラーメン無料チケット、今度来る時はコイツを使ってくれ。……期限なしだ、いつでも待ってるぜ」
「お、マジで? サンキュー大将!」
「かたじけない。蕎麦も頼めるか?」
大将は「おうよ!」と手を振り、屋台の客の元へと戻っていった。
手元に残ったラーメンチケットと、生徒たちの笑顔。
銀時はそれを懐にしまい、ふと思い出したように隣を見た。
「そう言えばヅラ? お前なんか、この後エリと一芸披露するって言ってなかったか?」
「ハッ! そうであったな!」
桂は慌てて周囲を見回す。
「エリザベス! どこだ! こっちへ来い! ラップの準備だ! Katsura a.k.a Runaway Kotaroのデビューライブだぞ!」
視線の先、校庭の隅でヒフミと熱心に「ペロロ様談義」に花を咲かせている白い塊があった。
「エリザベス!」
呼びかけられたエリザベスは、ヒフミとの楽しい時間を邪魔されたことに明らかに不機嫌そうに反応した。
チッ!
はっきりと聞こえる舌打ち。
そして、面倒くさそうに一枚のプラカードを掲げた。
【後で戻る】
「『後で』じゃない! 今だ! 」
「……はい! エリザベス様! 」
桂に引きずられていくエリザベスを見ながら、銀時はやれやれと苦笑した。
アビドスの夜は更けていくが、その熱気は冷めるどころか、怪しげな方向へと加速し始めていた。
即席ステージの上、スポットライトを一身に浴びて立つのは、長い黒髪をなびかせた侍、桂小太郎。そしてその横には、謎の白い生物エリザベス。
「お主たち! よくこの時間まで楽しんでくれて感謝する。……アビドス対策委員会副顧問(自称)、桂小太郎だ!」
桂がマイクを握りしめて叫ぶと、生徒や住民たちから割れんばかりの歓声が上がった。
ワァァァァアアア!
彼らが救世主の一人であることは周知の事実だ。しかし、この後に何が始まるのかを知る者は、この世界には(まだ)いない。
「では皆のもの、用意はいいか! ミュージック、スタート!」
桂が合図を送ると、どこから用意したのか、チープだが妙に重低音の効いたビートが流れ出した。
ズン、チャッ、ズン、チャッ。
桂がリズムを取り始める。その動きは盆踊りとヒップホップが悪魔合体したような奇妙なステップだった。
「Yo! Hey! 1,2,3,4……!」
桂が息を吸い込み、韻を踏む(?)。
「やるなら今しかねーZURA!
やるなら今しかねーZURA!」
「攘夷がJOY!攘夷がJOY!」
「おい! なんでラップ!? なんでよりによってそのチョイス!?」
ステージ下の最前列で、焼きそばを食べていた銀時が吹き出した。
だが、桂の暴走機関車は止まらない。真顔だ。あの男、至って真剣な眼差しで「ZURA」と言い放っている。
「ラップじゃない! カツラップダYO!
攘夷がJOY!
JOYが攘夷!」
桂が客席にマイクを向ける。
「はいここで復唱!」
横にいたエリザベスが、シュパッと目にも止まらぬ速さでプラカードを掲げた。
【 攘夷がJOY! JOYが攘夷! 】
意味不明なコール・アンド・レスポンス。しかし、アビドスの生徒たちの適応能力は高かった。
「じょーいがじょーい!」と、ノノミやシロコまでもがペンライトを振って乗っかっている。
「宴(うたげ)は今しかねーZURA!
宴は今しかねーZURA!」
韻を踏む気があるのかないのか分からないリリックに、銀時のこめかみに青筋が浮かぶ。
「何でよりによってラップチョイスしてんだよ‼︎ サランラップで簀巻きにして窒息させてやろうか!」
銀時の殺気立ったツッコミ。
だが桂は、その野次さえもフローの一部として取り込んだ。
「包むのダメですよーZURA!
窒息ダメですよーZURA!」
「攘夷がJOY!JOYが攘夷!」
「即興で返すんじゃねぇよ!!それに無駄に韻でウゼェんだよ!!」
再び訪れるサビ。
もはや会場は謎の一体感に包まれている。ヒフミも「JOY!」と叫んでいる。
「はいここで復唱!」
エリザベスが再びプラカードを裏返す。
【 攘夷がJOY! JOYが攘夷! 】
桂は天を指差し、ドヤ顔でクライマックスのバースを叫んだ。
「ふざけた奴らには、俺が天誅……!!」
その瞬間、銀時の堪忍袋の緒が切れた。
「お前が一番ふざけてるんですけどォォォォ‼︎」
銀時の絶叫ツッコミがアビドスの夜空に響き渡る。
しかし、桂はニカっと爽やかに笑い、ラストの決め台詞を放った。
「パーティー後半、始まるYO!」
そのあまりの突き抜けた馬鹿馬鹿しさに、銀時は脱力し――次の瞬間、諦めとヤケクソが入り混じった笑顔で、拳を突き上げた。
「JOY!!」
結局乗っかるんかい、という周囲の視線を置き去りにして、狂乱の宴は第二幕へと突入していた。
背後では、マイクを握りしめた桂の「攘夷がJOY! JOYが攘夷!」という不可解なコール&レスポンスが、祭りの熱狂と共に夜空へ吸い込まれていく。
その喧騒から少し離れた、校舎の影。
パイプ椅子に腰掛け、気怠げにイチゴ牛乳のパックを啜っていた銀時の元へ、小さな影が落ちた。
「……先生。ちょっと、いい?」
振り返ると、そこにはゲヘナ学園風紀委員長、空崎ヒナが立っていた。
その表情は、いつもの冷徹な仮面を少しだけ外し、どこか迷子のような、探るような色を浮かべている。
「ん? なんだ、風紀委員長サマもラップやりたくなったか? 今なら飛び入り参加で『風紀(FUKI)がFREAKY』とか韻踏めるぜ?」
「……遠慮しておくわ」
ヒナは小さく溜息をつくと、銀時の隣に並び、夜空を見上げた。
「……先生たちは、『理屈なんて関係なしに護ると決めたら護る』って言ってたわよね」
「あん? まあ、言った気もするな」
「それを……貴方は本当に、あの砂漠で実行してみせた」
ヒナの脳裏に焼き付いているのは、巨大なビナーに単身で挑みかかる銀色の背中。
計算も、勝算も、利益も度外視した、あの一撃。
「……怖くは、なかったの?」
ヒナは問いかける。それは、常に「責任」と「組織」という重圧の中で、合理的な判断を強いられてきた彼女だからこその問いだった。
「あれほどの怪物……普通なら足がすくむわ。それとも……なにか、助ける代わりに見返りを求めたりするから、あそこまで無茶な勝負を挑めたの?」
大人は汚い。大人はズルい。大人は常に、対価を求める。
それが、キヴォトスで生きてきた彼女の知る「大人」の姿だったから。
銀時はストローから口を離し、静かにヒナの方へ視線を落とした。
いつもの死んだ魚のような濁った目ではない。
月明かりを反射し、鋭く研ぎ澄まされた刃のような眼光が、そこにあった。
「……前にも言っただろ? 理屈なんて関係ねぇって」
その瞳。
普段は死んだ魚のように濁っている赤茶色の瞳が、月明かりの下、ギラリと鋭い光を宿した。
「俺は護ると決めたら、どんな状況でも護る。相手が戦車だろうが、化け物だろうが、神様だろうがな。……」
「……」
「怖いなんて思ってたら、そもそもあんな所へ喧嘩売りに行かねぇよ。……見返り? そんなもん求めるくらいなら、最初からパチンコ打ちにいってるよ」
銀時は鼻で笑い、ニカっと口角を上げた。
「ただの……侍の意地だ。ここに一本通ってるモンが、折れる音がするのが一番痛ェからな」
彼は自身の胸を親指でトントンと叩く。
そこには嘘も、駆け引きも、大人の汚い計算もなかった。あるのは、馬鹿みたいに真っ直ぐな、鋼の信念だけ。
ヒナは息を呑んだ。
その瞳の奥にある揺るぎない光を見て、彼女の中で張り詰めていた何かが、音を立てて崩れ落ちた気がした。
「そう……」
ヒナは伏し目がちに呟き、小さく苦笑した。それは、自らの狭い認識を恥じるような、けれどどこか安心したような笑みだった。
「ごめんなさいね。……私はまだ、大人というものを信用できていなかったみたい」
「ま、期待なんざしない方が身のためだ。ロクな大人がいねーからな、世の中は」
「ふふっ。……貴方が言うと、説得力がないわね」
ヒナの表情が、年相応の少女のように柔らかく綻ぶ。
背後ではまだ、「JOY! JOY!」という騒がしい声が響いている。
しかし、二人の間に流れる空気だけは、静かで穏やかなものに変わっていた。
そしてヒナは風紀委員を連れて帰った。
旧生徒会室。
そこは、かつてアビドスがまだ賑やかだった頃の記憶が眠る場所。
窓の外からは、カツラップの重低音と生徒たちの歓声が微かに聞こえてくるが、分厚い扉と静寂がその喧騒を遠い世界の出来事のように隔てていた。
ホシノは一人、窓枠に腰掛け、ガラス越しに広がる夜空を見上げていた。
「ユメ先輩……奇跡、起きちゃったかもしれません」
その声は震えていた。
諦めていた未来。捨てようとした自分。
それらが、あの破天荒な侍と仲間たちの手によって、強引に、けれど温かく拾い上げられたのだ。
「何しんみりしてんだ。ここだけお葬式ムードですかぁ? コノヤロー」
不意に背後からかけられた声に、ホシノは肩を跳ねさせた。
「銀ちゃん!? どうしてここに?」
振り返ると、入り口の扉に気怠げに寄りかかる銀時の姿があった。手にはまだ飲みかけのイチゴ牛乳が握られている。
「パーティー会場に姿見せねぇからな。ここじゃねぇかなと思って来たわけだ」
銀時はズカズカと部屋に入り込むと、ホシノの隣の壁に背中を預けた。
「ホシノ、お前も参加しろって。いつまでも一人で抱え込んでちゃ、いつか壊れちまうぞ。……硝子(ガラス)のハートは一度割れると修復不能だからな、俺のみたいに」
「うへぇ……銀ちゃんのハートは強化ガラス並みに図太いでしょ」
ホシノはいつもの調子で軽口を返そうとしたが、その表情には影が落ちたままだった。
「……うん。もう少ししたら、行くね」
その言葉が、ただの時間稼ぎであることを、銀時は見抜いていた。
この少女はまだ、過去という鎖に繋がれたままだ。
銀時はイチゴ牛乳を飲み干し、静かに問うた。
「ホシノ。……人が死ぬのは、いつだと思う?」
唐突な問いかけ。
ホシノは少し考え、キヴォトスの常識、そして現実的な答えを口にした。
「……ヘイローが壊れたり、心臓が止まった時……かな?」
物理的な死。生物としての終わり。
だが、銀時は首を横に振った。
「違うな」
銀時は窓の外、瞬く星々を見つめながら、自身の魂に刻まれた哲学を語り始めた。
「人が本当に死ぬのは……心臓が止まった時でも、病気になった時でもねぇ。……『人の記憶から消える時』だ」
「……記憶から……?」
「ああ。たとえ肉体が滅んでも、誰かがそいつのことを覚えていて、想いを馳せている間は……そいつは死なねぇ。俺はそう思ってる」
銀時は視線をホシノに戻した。その瞳は、ふざけていた時とは違う、大人の優しさを湛えていた。
「つまり、お前が先輩について想いを馳せてる間は、先輩は死なねぇ。お前の中で、ずっと生きてる」
「……っ」
ホシノの瞳が揺れる。
自分が生きている限り、先輩もまた、共に在るのだと。
それは「忘れてはいけない」という呪いではなく、「覚えていていい」という救い。
「だからホシノ。……自分の今の存在を、大事にしろよ。お前が消えちまったら、お前の中の先輩までいなくなっちまうからな」
ホシノは静かにうなづく
「分かったならよし。……ほら、皆が待ってるぜ」
銀時はそれ以上何も言わず、ヒラヒラと手を振って部屋を出て行った。
その背中は、来た時よりもずっと大きく、温かく見えた。
一人残されたホシノは、再び夜空を見上げた。
窓の外には、アビドスの広大な砂漠と、それを優しく照らす満天の星々が、どこまでも輝いていた。
銀時はそれ以上何も言わずに部屋を出た。
その日の夜は星々が輝いていた。
次回予告
銀時「おーいユウカちゃん!ちょうどいいところに来てくれたこの仕事手伝って欲しいんだけど…」
バタン
銀時「ぶっ飛ばすぞイシヘンジン!」
ユウカ「あれは相当な頑固汚れだわ…」
次回忘れた頃に仕事はやってくる
〜透魂〜第一回キャラクター人気投票
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銀時
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新八
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神楽
-
沖田
-
土方
-
山崎
-
高杉
-
桂
-
定春
-
エリザベス
-
ホシノ
-
シロコ
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ヒナ
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アコ
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ミカ
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ナギサ
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セイア
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ユウカ
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ノア
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近藤