透き通る世界を照らす銀魂(ぎんのたましい) 作:時代に遅れている
第十五訓仕事は忘れた頃にやってくる
『先生! 今日という今日は書類仕事してもらいますからね!! 逃がしませんよ!?』
その鋭い叱責は、静謐なはずのオフィスに木霊した。
ここは連邦捜査部『シャーレ』の執務室。キヴォトスの中枢とも呼べる場所の一室である。
本来であれば、知的で厳格な空気が流れているはずのこの部屋は、今や迷宮と化していた。
机の上、床、棚の上、ありとあらゆる平面を占拠するのは、雪崩寸前の書類の山、山、山。
その白い城壁の中心で、一人の男――坂田銀時は、気怠げに椅子にふんぞり返り、現実から目を背けるように『週刊少年ジャンプ』を広げていた。
「いやぁ、最近ジャンプってダークファンタジーっつうの? なんか、暗めの話増えたよなぁ……」
銀時はページをめくりながら、誰に聞かせるでもなくボヤき始める。
「いや、銀さんも悪くないとは思うよ? そういう重厚なストーリーも嫌いじゃねぇけどさ。でもさ、昔のこうドッカンバッタンするような、理屈抜きの純粋なバトル物も読みたいっつうか。なんかこう、最近は能力の解説だけで3ページ使うような、頭使う展開多くなってきたよな。俺の脳ミソ、糖分足りてねぇからオーバーヒートしちまうんだよ」
『露骨にジャンプの話で現実逃避しないでください!!』
タブレット端末の中から、OSの少女・アロナが頬を膨らませて抗議する。
『ここ何日もアビドスに行ってた分の書類仕事、とんでもなく溜まってるんですよ!? わかってますか!?』
そう、銀時がアビドス対策委員会の顧問として奔走していた数日間、シャーレの業務は完全にストップしていた。
だが、キヴォトスの行政は止まってくれない。
毎日毎日、連邦生徒会の制服を着た事務員たちがやってきては、無慈悲に「未決裁」のスタンプが押された書類タワーを増築していくのだ。
銀時はチラリと書類の山を見る。
予算申請、部活動の認可、補習授業の報告書、器物破損の始末書……。
最初の書類を見た瞬間、「あ、これ俺の知ってる日本語じゃねぇわ」と判断し、思考を放棄したのが三日前である。
そもそも万事屋という、その日暮らしの自由業で生きてきた人間に、組織のデスクワークなどという高度な芸当ができるはずもなかった。
『もぉ……。私もお手伝いするので、一緒に書類仕事終わらせましょう! ね?』
「つってもだよ、お前は書類を触れるわけじゃねぇじゃん。いちいち『これ何?』『ハンコどこ?』って確認取るのも面倒だろ」
『うぅ……確かに、私は物理的に書類を触ることはできませんが……』
アロナは悔しそうに唸り、少し考え込んだ後、ポンと手を叩いた。
『あ、そうだ! それなら、当番制を使ってみるのはどうでしょうか?』
「当番制だぁ?」
――シャーレ当番。
それは、連邦捜査部シャーレにおける新たな制度の名称だ。
キヴォトス各学園の生徒たちが持ち回りでオフィスを訪れ、事務作業の補佐や、先生との個人的な交流(と称した監視、あるいは愚痴の聞き役)を行うシステムである。
発案者は連邦生徒会の首席行政官、リン。
この世界に迷い込み、右も左もわからぬまま「先生」という職に就いた坂田銀時が、少しでも早く生徒たちと打ち解けられるように――というのは表向きの建前。
その実態は、「あの万年金欠天パ男を一人にしておくと、パチンコに行くか昼寝をするかしかしない」という危機感から作られた、半ば強制的な更生プログラムでもあった。
「……おい。今の説明聞く感じ、やけに俺のことディスってるよね? 完全に銀さんのこと『マダオ』だって決めつけてる節があるよね?」
『アハハ……。ま、まぁ、とりあえず!』
アロナは苦笑いで誤魔化し、明るい声を作った。
『当番に来てくれる子は意外といるかもしれませんよ! 先生たちは『シャーレ』の先生なのですから! 先生と仲良くしたい、お手伝いしたいと思う生徒たちも、きっとたくさんいると思います!』
「んなもんかねぇ……」
銀時は小指で鼻くそをほじり、それを弾き飛ばしながら気のない返事をする。
だが、このまま書類の山に埋もれて圧死するよりはマシだ。
猫の手でも、借りたい。いや、生徒の手ならもっと借りたい。
「へいへい、わかりましたよ。やりゃあいいんだろ、やりゃあ」
銀時は観念したようにため息をつき、渋々といった手つきで『シッテムの箱』の画面をタップした。
アロナによって展開された生徒名簿のデータベース。そこから放たれる無機質な青白い光が、銀時の死んだ魚のような瞳を虚ろに照らし出す。
「なぁ、アロナ君? ぶっちゃけこの中で一番仕事出来そうなの誰? 計算とか得意で、領収書の整理とか文句言わずにやってくれそうな奇特な奴」
『うーん、そうですねぇ……。事務処理能力で選ぶなら、アビドスの奥空アヤネさん、ゲヘナの火宮チナツさん、あとは空崎ヒナさん……といったところが候補に挙がりますけど』
アロナは少し申し訳なさそうに、画面上のアイコンを点滅させた。
『皆さん、それぞれの学園の事情でお忙しいみたいで……今現在、ここまで来れる状態じゃないみたいですね』
「そうか~、俺のやる気スイッチも今まさにショートしたわ」
銀時は棒読みでそう告げると、流れるような動作でタブレットを机の隅に押しやった。
「よし、ジャンプ読も」
『先生! 諦めないでください!! まだ希望はありますから!!!』
アロナが画面の中で必死に手を振るが、銀時は冷ややかな目で週刊少年ジャンプの表紙を撫でた。
「ねぇよそんなもん。**『希望とは現実から最も離れた言葉だよ』**って愛染くんも言ってるよ。俺は今、鏡花水月に囚われてんの。書類なんて最初からなかったの」
『藍染惣右介の名言を引用して現実逃避しないでください! あ、先生!』
その時、タブレットから軽快な通知音が鳴り響いた。
ピロン♪
『モモトークのチャットが届きました!』
「モモトーク?何それ?」
急に聞き覚えのない単語が出てきて、銀時は眉間に深い皺を寄せた。
そんな銀時の反応などお構いなしに、『はい!』とアロナは満面の笑みで解説を始める。
『モモトークというのは、キヴォトスで普及しているチャット機能……つまりはメッセージを取り合うアプリだと思ってください。作者さんの世界で言うところの、L○NEみたいなものです!』
「なるほどなぁ。つっても、いつの間にこんなもん入れたんだよ? 俺の許可なくアプリ増やすと容量食うだろーが」
『つい最近です! これからキヴォトスで活動していくからには、連絡を取れる手段が通話のほかにもあった方がいいと思いまして! ちゃんと『坂田銀時』で登録しているので、ご安心を!』
「いや、別にそこは心配してねぇけど……。それよりも、誰からメッセージ届いてんの? 」
『あ、そうでした! メッセージは先日、先生と共にシャーレの奪還を手伝ったミレニアムサイエンススクールの早瀬ユウカさんからです!』
「あぁ……」
銀時は記憶の引き出しを少しだけ開け、その人物を思い出した。
「あの太もものデカイ子からねぇ。とりあえず、見せてくんね?」
『はい、わかりました! 太もものことは本人には言わないであげてくださいね……』
アロナがモモトークの画面を展開すると、確かにそこには『早瀬ユウカ』の名前と、新着メッセージが表示されていた。
【こちら坂田先生の連絡先でよろしいでしょうか?】
【先日、一緒にシャーレを奪還した早瀬ユウカです。覚えていますか?】
「あってる……つっても、これどうやって返信すんだ? 打ち込み方よくわかんねぇんだけど?」
銀時は画面上のキーボードを不思議そうに眺める。ガラケー世代の魂を持つ彼にとって、フリック入力は未知の領域だ。
『パスワードは打ち込めたのにですか……? ここにある文字をタッチしてください。そしたら、文字が入力されますよ』
「なるほどね。……ポチ、ポチっとな」
銀時は人差し指一本で、恐ろしくぎこちない手つきで画面をタップし始めた。
【こちら坂田銀時で間違いないです、オーバー】
『いや、なんで無線みたいな感じの返信をしてるんですか!?』
送信されたメッセージを見て、アロナは思わずツッコミを入れた。
『ここチャットルームですよ!? トランシーバーじゃないんですよ!?』
「うるせーな、雰囲気だよ雰囲気。こういうのは形から入るもんだろうが」
銀時は悪びれもせずに鼻を鳴らす。
思えば、新八と神楽と一緒に拾ったガラケーでメールをしていた時も、件名と本文の区別がつかず、カオスなメールを量産していた男だ。文明の利器への適応能力は著しく低い。
再び、ピロン♪と軽快な通知音が鳴る。
【いや、「オーバー」って。無線機とかじゃないんですから……。とりあえず、ご本人ならよかったです。少しお尋ねしたいことがありまして、そちらに向かおうと思っているのですが、よろしいでしょうか?】
律儀なユウカの返信に、銀時は再び人差し指で応戦する。
【別に問題ないぞ、オーバー】
【いや、だからオーバーいらないです】
【あと、同じセミナーの子で、私の友人の子も先生たちに会ってみたいと言っているんですが、連れて行ってもいいでしょうか?】
【別に構わねぇぞ。まだこっち来たばかりだから、知り合いが増えるのに越したことはねぇからな。オーバー】
【しつこいですよ、坂田先生】
『……銀時先生、ユウカさんがちょっと怒ってますよ。文面から静かな怒りを感じます』
アロナが冷や汗をかいたアイコンを表示する。
銀時は面倒くさそうに頭を掻くと、責任転嫁の入力(タイピング)を開始した。
【全てウチのAIの仕業です、オーバー】
『ちょっとォ!? 罪擦り付けるのやめてくれませんか!? 私のせいにしないでください!!』
アロナがプンスカと怒るが、すぐにユウカからの返信が届く。
【何適当なこと言って誤魔化そうとしてるんですか! 機械音痴の先生がAIの設定をいじれるわけないでしょう! とりあえず、行きますからね!】
『あ、よかった。擦り付けられずに済んだみたいで。ユウカさん、賢いですね』
アロナはホッと息を吐き、安堵の表情を浮かべる。
銀時は「チッ、可愛げのないガキだぜ」と毒づきながら、モモトークの画面をスクロールさせた。
そこで、彼はあることに気づく。
連絡先リスト(フレンドリスト)に、ユウカ以外の名前もずらりと並んでいるのだ。
「……おいおい、何勝手に人のメアドばら撒いちゃってんの? これ全員に俺のアカウント教えてんの? 個人情報保護法って知ってる? 情報流出もいいところだよ?」
『先生を知っている方たちですからね! 今後のために、連絡を取れるように登録しておきました! あちらも気付いているので、そのうちメッセージが送られてくると思いますよ』
アロナは「気が利くでしょう?」と言わんばかりに胸を張るが、銀時の目は笑っていなかった。
「ちょっと? 銀さんの話聞いてた? 『便利だから』で済む話じゃねーんだよ。情報流出の話をすり替えんのやめてくんない? 俺のプライバシー権は? デジタルタトゥーへの恐怖心は?」
『もう! 先生は細かいこと気にしすぎです! ほら、書類仕事に戻りますよ!』
「話をそらすなァァァ!!」
銀時の抗議の叫びは、虚しく書類の山に吸い込まれていった。
シャーレの日常は、前途多難である。
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早瀬ユウカは、ミレニアムサイエンススクールの制服に身を包み、友人である白髪ロングの少女――生塩ノアと共に、連邦捜査部『シャーレ』の無機質なエントランスに立っていた。
本日、二人がシャーレを訪れた目的は、他でもない。この『シャーレ』の顧問として着任した、「坂田銀時」という人物の正体を探るためである。
連邦生徒会長が直々に『先生』として指名し、このキヴォトスにやってきた異邦人。
だが、先のシャーレ奪還作戦で少し接しただけで、ユウカには彼がどういう人物なのか、未だに掴みきれていなかった。
(……わかっていることと言えば)
ユウカは脳内でデータを検索する。
常にやる気がなく、死んだ魚のような濁った目をしていること。
TPOを弁えず、大分……いや、絶望的に騒がしく、ふざけていること。
そして――恐ろしく強いこと。
脳裏に蘇るのは、銃弾の雨の中を木刀一本で駆け抜ける姿。
自分たちのようにヘイローを持たず、一発でも受ければ致命傷になりかねない生身の体で、彼は不良たちを一掃してみせた。
さらには、その通販で買ったような木刀で、クルセイダーちゃん――戦車を真っ二つに叩き斬るという、物理法則を無視した荒業まで見せつけたのだ。
その驚愕の事実を、セミナーの書記であるノアに話したところ、「それは記録のしがいがありますね」と興味を示し、せっかくだから親睦を深めに行こうという話になり、今に至るわけだが……。
「でも、チャットで『オーバー』って送ってくるなんて、面白い先生ですね」
ノアがクスクスと笑いながら、手元のメモ帳を開く。
「面白いっていうか……悪ふざけしてるとしか思えないんだけど……。大丈夫かしら、これから先生としてやっていけるの?」
ユウカは眉間を押さえて溜息をついた。
「ユーモアがある方が生徒も接しやすいですし、大丈夫じゃないでしょうか?」
「あの人からはユーモアどころじゃない、もっとこう……昭和の加齢臭のようなものを感じる気がするけど……。とりあえず、執務室に行くわよ。えっと……」
執務室の場所を確認しながら、ユウカとノアはエレベーターに乗り込み、最上階へと上がっていく。
チーン、という軽い電子音と共に扉が開き、シャーレのオフィス前へと到着した。
重厚な扉の前に立ち、ユウカは身だしなみを整えてから、コンコンとノックをする。
「…………」
「反応がないわね?」
数秒待っても返事はない。不在なのだろうか。
ユウカがもう一度ノックしようと手を伸ばした時、ノアが不思議そうに声を上げた。
「あら? ユウカちゃん、これ……鍵、開いてますよ?」
「え?」
見れば、扉は完全に閉まっておらず、わずかに隙間が空いている。セキュリティ意識の欠如に、ユウカのこめかみがピクリと跳ねた。
「ほんとだ。どんだけ不用心なのよ……! ここはキヴォトスの重要施設なのよ!?」
「まぁまぁ。これで『鍵を開けてもらえるまで待つ』っていう工程を省けたんですから……合理的でいいんじゃないですか?」
「……ま、そういうことにしておくわ。入りますよ、先生」
ユウカが呆れ半分でドアノブに手をかけ、勢いよく扉を開け放った。
その瞬間だった。
ドバババババババッ!!!
ユウカがオフィスに足を踏み入れた瞬間、鼓膜をつんざくような崩落音が室内に響き渡った。
雪崩だ。
ただし、美しい白銀の雪ではない。未決裁、未処理、未確認の判子が押されるのを待つ、大量の書類による紙の雪崩である。
「せ、先生ぇぇぇ!!?」
視界を埋め尽くす白い紙の海。
その惨状に絶句するユウカの目に飛び込んできたのは、信じがたい光景だった。
書類の山の中心、わずかに空いたスペースで、まるでリゾート地のビーチでくつろぐかのように、銀時が書類の束を枕にして優雅に寝そべり、『週刊少年ジャンプ』を広げていたのだ。
「……あ、そこ。今いいとこなんだから静かにしてくんない? 次のページで卍解するかどうかの瀬戸際だから。俺のテンションも卍解寸前だから」
銀時は視線を雑誌から外さず、気怠げに手を振ってシッシッと追い払う仕草をする。
「卍解してる場合ですか! なんですかこの量の書類は! なんでこんな世紀末みたいな状況でジャンプ読んでるんですか!?」
ユウカが怒りで青筋を立てて詰め寄ると、銀時は「やれやれ」と面倒くさそうにページをめくった。
「何でって? ……そりゃお前、ジャンプ読んだら『燃える』からに決まってんだろ。俺の小宇宙(コスモ)が。セブンセンシズが目覚めようとしてんの」
「ジャンプ読んで燃えるのは先生のハートだけで、仕事は物理的に燃やさない限りなくなりません!!」
ユウカの計算され尽くした鋭利なツッコミが炸裂する。
彼女は怒り心頭で銀時の手からジャンプをひったくって没収すると、腕まくりをした。
「もう! 見てられない! 私が片付けますから、先生も手伝ってください!」
「あー!俺のジャンプが……。計算高い女はモテねーぞ、太もも」
「誰が太ももですか!!」
ユウカは文句を言いながらも、手際よく、かつ猛烈なスピードで散らばった書類を回収し、カテゴリ別に仕分け始めた。
その背中を見ながら、ノアは「ふふっ」と楽しそうにその光景を記録し、銀時は「へいへい」と気のない返事をしながら、ようやく重い腰を上げるのだった。
数分後。
そこには、神の奇跡――あるいは、ミレニアムの科学力と事務処理能力の結晶とも呼ぶべき光景が広がっていた。
先程まで部屋を埋め尽くしていた「未決裁書類の雪崩」は、ユウカの電卓のような計算速度と、ノアの完璧な記憶力に裏打ちされた仕分け作業によって、瞬く間に駆逐されていた。
今や机の上には、カテゴリ別に分類され、定規で測ったように整然と積み上げられた書類の塔(タワー)が、美しいスカイラインを描いている。
「……つまり、まとめますと」
ユウカは額に浮いた汗を軽く拭うと、腕組みをして、ゴミを見るような冷ややかな視線(ジト目)を銀時に向けた。
「ここ最近、アビドス対策委員会との共闘や、ゲヘナ風紀委員会との遭遇……色々な生徒との出会いやトラブル、様々な環境の変化が立て続けに起きていて、先生自身の仕事処理能力が追いつかなくなったと……そういうことですか?」
完璧な現状分析。逃げ場のない論理的包囲網。
銀時はバツが悪そうに視線を泳がせ、ポリポリと頬を掻いた。
「まぁ……そんなとこだ。いやぁ〜、人気者ってのも辛いもんだねぇ。あっちこっちから『先生、先生』って、仕事のオファーが鳴り止まなくてよぉ。気付けば周りには仕事(ストーカー)ばかりだよ。俺の魅力に引き寄せられた不遇な仔羊たちに、周りをぐるりと包囲されちゃってるわけよ」
銀時はやれやれと肩を竦めてみせるが、その目は明らかに動揺していた。
そんな苦しい言い訳が、セミナーの会計に通じるはずもない。
「だ〜か〜ら〜! 先生が仕事をせずに、ジャンプを読んで現実逃避していたからでしょう! ただの自業自得! ツケが回ってきてるだけなんですから! ちゃんとしてください!」
ユウカの正論という名の銃弾が、銀時の眉間に突き刺さる。
ぐうの音も出ない。だが、ここで素直に謝るようなら、彼は万事屋などやっていない。
銀時は小指で耳の穴をほじりながら、ふぅーっと深いため息をついた。
「おいおい、そりゃあねぇぜ、イシヘンジ……ゲフン! 早瀬さんよぉ」
「誰が、H100・A125・B135・C20・D20・S70の合計種族値470の岩・単タイプポケ◯ンですか!!?ユウカです!」
「そもそもの話、銀さんの仕事はこんな書類仕事なんかじゃなくて年中無休でジャンプ主人公の活躍を観察することなの。彼らがどーやって世界救ってんのか、その『友情・努力・勝利』の方程式をこの目で見届けるのが、銀さんの『本業』なの! 書類仕事なんてのは、あくまで副業! オマケ! 分かりましたかハニー?」
「誰がハニーですか!!」
開き直りとも取れる銀時の独自の職業倫理(屁理屈)に、ユウカのこめかみでピキリと血管が浮き上がる音がした。
横で見ていたノアは、そのやり取りを「面白い生態ですね」と微笑ましげに手帳に記録していた。
「っていうかさぁ――」
銀時は積み上げられた書類の山から視線を外し、部屋の隅でサラサラとペンを走らせている少女を指差した。
「そこでさっきからずっとメモってる子、誰? なんでずっとニマニマしてんの? 怖いんだけど」
その少女――生塩ノアは、銀時の視線に気づいてもペンを止めず、むしろその口元の笑みを深めただけだった。まるで珍しい実験動物の生態観察でもしているかのような、底知れぬ眼差し。
「まさか銀さんの恥部とか書いてない? 俺の過去のあんなことやこんなこと、果ては銀さんの下のピー的な事情とか記録してないよね!? 俺のプライバシー、ダダ漏れじゃないよね!?」
「先生……」
ユウカが氷点下の視線で銀時を射抜く。
「少なくとも、そういうセクハラに値するような発言は女子生徒のいない時にお願いします。教育上よろしくありません」
ユウカはコホンと一つ咳払いをすると、隣に立つ少女へと手のひらを向けた。
「そういえば、まだ紹介してませんでしたね」
ユウカの声色が、事務的なものから少し柔らかなものへと変わる。
「メッセージでも送りましたが、この子は生塩ノア。私と同じミレニアムの生徒会『セミナー』に所属する書記で、私の大切な友人です」
「初めまして、坂田先生」
紹介を受け、ノアは優雅な所作でお辞儀をした。その透き通るような白い髪が、ふわりと揺れる。
「先ほど紹介にあずかりました、生塩ノアです。先生の『ユニーク』な生態、とても興味深く拝見しておりました。これからよろしくお願いしますね」
その笑顔は完璧でありながら、どこか全てを見透かしているようなミステリアスな雰囲気を纏っていた。
「ほら、先生も。ボーッとしてないで、自分で自己紹介ぐらいしてください」
「おいおい、お前は俺の母ちゃんか? 参観日に来たオカンか? それぐらい言われなくたって出来るっつーの」
銀時はやれやれと頭を掻きながら、改めて二人に向き直った。
「俺は坂田銀時。ま、呼び方は適当でいいぜ。坂田でも、銀時でも、銀さんでも、銀ちゃんでも……好きに呼んでくれ。堅苦しいのは肩が凝るからな」
それは、教師としての威厳も何もない、あまりにフランクすぎる挨拶だった。しかし、その飾らない態度こそが、彼という人間を最も表していた。
「……そうですか」
ノアは少し考えるような素振りを見せた後、パチンと手帳を閉じた。
「それでは親しみを込めて、『銀さん』と呼ばせてもらいますね」
本人が色々な呼び方を提示したのだから、ここは一番親しみやすい呼び方を選ぶのが最適解だろう。それに、今のところの観察結果として――この男は、だらしないが悪い人達ではなさそう、というのがノアの第一印象だった。
「ちょ、ちょっとノア!? 先生をそう呼んでいいのかしら……」
ユウカが慌てて小声で囁くが、ノアは悪戯っぽく微笑むだけだ。
「先生がいいと言ってくださっているのですから、問題ありませんよ。それに、ユウカちゃんも親しみを込めて『銀さん』と呼んでみてはどうですか? 名前を呼ぶだけでも、距離が縮まって親しくなれるものですよ?」
「ええっ!? い、いや、私は……」
ユウカが顔を赤らめて口ごもる。生真面目な彼女にとって、教師をあだ名で呼ぶなどハードルが高すぎるのだ。
そんな彼女の反応を見て、銀時はニヤリと口角を上げた。
「そうそう。むしろ、俺は堅い感じはあんま好きじゃねぇからな。崩していこうぜ? なぁ、太ももちゃん?」
銀時の視線が、ユウカの健康的な太ももへと露骨に向けられる。
瞬間、ユウカの顔色が茹でダコのように真っ赤に染まった。
「だっ――!!」
「誰が太ももちゃんですか!! わたしの名前はハ•ヤ・セ・ユ・ウ・カです!! いい加減覚えてください!!」
ユウカの絶叫が執務室に響き渡る。
その横で、ノアは「ふふっ、太ももちゃん……新しい呼び名ですね」と嬉しそうに手帳に何かを書き込み、銀時は「へいへい」と耳を塞ぐ。
書類の山は片付いたが、シャーレの騒がしさは当分収まりそうになかった。
「もう……分かりました!」
ユウカは深く、深く息を吐き出すと、カッと目を見開き、腹を括ったオカンのような強烈なオーラを放った。
「今日のところはもう引き返そうと思ってましたが……気が変わりました。ええ、変わりましたとも!」
彼女は仁王立ちになり、床に散らばった(そして片付けたばかりの)書類の山を指差した。
「残りの仕事も全部終わるまで……今日はテコでも帰りませんから! 覚悟してくださいね、先生!」
「あら」
その宣言を聞いたノアは、口元に手を当てて楽しそうに目を細めた。
この展開、記録する価値あり。彼女のペン先が期待に震える。
一方、銀時の脳内には、昭和のバラエティ番組のような不吉な効果音が鳴り響いていた。
(ゲゲンチョッ!!)
藪をつついて蛇を出すどころか、計算高い鬼を出してしまった。
銀時は滝のような冷や汗をダラダラと流しながら、引きつった笑顔で後ずさりする。
「い、いやぁ~? 今日は遊びに来たお前らに仕事をさせるなんて、先生として悪いっつうか? ほら、せっかくの放課後だし? パフェでも食べて帰った方が有意義なJKライフなんじゃねーかなーなんて……」
「大丈夫ですよ、私は」
ノアが逃げ道を塞ぐように、にっこりと微笑んだ。
「先生のお仕事ぶりを観察するのも、また一興ですから」
「……」
詰んだ。
完全に包囲された。
真正面には計算と正論の鬼。背後には全てを記録する観察者。
銀時の生存本能が、瞬時に最適解を弾き出した。
――逃げるんだよォォォ!!
銀時は無言のままクルリと回れ右をすると、脱兎のごとく床を蹴った。
その速さは、まさにゴキブリが新聞紙を持った人間から逃げる際のそれである。
「あ、先生! 逃げないでください!」
ユウカが即座に反応する。
「バカヤロー! あんな致死量の書類なんてやってられるかァァァァ!」
廊下を全力疾走しながら、銀時は魂の叫びを上げる。
「俺はなァ! 縛るのは好きだが、縛れるのは嫌なんだよォォォ!!」
「どういう意味で言ってますそれ!? 」
卑猥なニュアンスを含んだ(というかそのまんまな)言い訳に対し、ユウカは顔を真っ赤にしながらも、驚異的な脚力で追走する。
「あばよとっつぁ~ん!!」
「私はとっつぁんじゃありません!!」
シャーレの無機質な廊下で繰り広げられる、おっさんと女子高生のドタバタ鬼ごっこ。
その様子を、ノアは執務室の入り口から優雅に眺めながら、ペンを走らせていた。
「ふふっ、本当に退屈しませんね」
満足げに手帳に何かを書き記すノアだったが、その筆先がふと止まる。
事態は彼女の予想に反し、一方的な展開を見せていたからだ。
銀時の逃げ足は、異常なまでに速かった。
それは単なる脚力の問題ではない。障害物を流れるように回避し、壁を蹴り、摩擦係数ゼロのような滑らかさでコーナーを曲がっていくその動きは、まさに『逃走のプロフェッショナル』。借金取りや定春(巨大犬)から逃げ回ることで培われた、無駄に洗練された生存本能の賜物だった。
対するユウカも計算通りに最短ルートを駆けているはずなのだが、野生の勘で動く銀時の予測不能な軌道に翻弄され、その差は縮まるどころか、絶望的に開きつつあった。
(うーん、困りました……。これでは銀さんが逃げ切ってしまい貴重な記録がとれません……ん?)
どうしたものかと小首を傾げたノアの視界に、ふと『あるもの』が飛び込んできた。
廊下の隅、先ほどの雪崩から漏れたのであろう、一枚の書類がヒラヒラと落ちていたのだ。
何気なくそれを拾い上げ、内容を確認したノアの瞳が、三日月のように細められた。
(これはこれは……面白そうですね)
そこには、経費申請書として提出するつもりだったのか、銀時の筆跡でとんでもない内容が走り書きされていたのだ。だが、ノアがその内容を吟味するよりも早く、事態は急変する。
「よっと!」
前方を走る銀時が、廊下に散乱していたコピー用紙の束を、軽やかな跳躍でひらりと飛び越えた。
「絶対……逃がさなーーっ!」
必死の形相でそれを追うユウカ。
彼女の意識は前方の銀時に集中しすぎていた。足元への注意が、ほんの数秒、計算から漏れていたのだ。
銀時が飛び越えたその着地点。
そこには、摩擦の少ないツルツルの上質紙が一枚、悪魔の罠のように待ち構えていた。
「――あっ!」
ユウカの上履きが、その紙を踏みつける。
ズルッ。
世界がスローモーションになったかのような浮遊感。ユウカの身体が、物理法則に従って大きく後方へと傾いだ。
受け身も取れない、無防備な転倒。後頭部が硬い床へと吸い寄せられていく。
ユウカが覚悟を決めて目を瞑った、その瞬間。
「!?」
前方で着地していたはずの銀時が、弾かれたように振り返っていた。
背後で聞こえた不自然な衣擦れの音と、息を飲む気配。
長年、戦場と修羅場をくぐり抜けてきた彼の『勘』が、脳で理解するよりも早く身体を動かしていた。
「あっ、あぶねぇ!!」
銀時は逃走の勢いを強引に殺し、きしむ足音と共に反転する。
その瞳から、先ほどまでのふざけた色は消え失せていた。
彼は地を蹴り、倒れゆくユウカの体へと、迷いなく手を伸ばした――。
ドンッ!
鈍い衝撃音と共に、ユウカの視界が反転した。
しかし、予想していた硬い床の痛みは訪れなかった。
代わりに背中に感じたのは、温かい体温と、どこか懐かしい甘い匂い、そして少しの線香の香り。
恐る恐る目を開けると、そこには至近距離で自分を見下ろす、気怠げな――しかし今は真剣な色を宿した深紅の瞳があった。
「……ったく。計算ばっかしてっから足元がお留守になんだよ」
銀時が、床とユウカの後頭部の間に自らの掌を差し込み、クッションにしていたのだ。
もう片方の腕は、倒れないようにユウカの腰をしっかりと支えている。
いわゆる、「床ドン」に近い状態で、ユウカを庇って倒れ込んだ形だ。
「せ、せん……せ……?」
ユウカの思考回路がショートする。
心臓が早鐘を打ち、顔に一気に熱が集まるのがわかった。
普段の「ダメな大人」としての姿と、今の「頼れる男」としてのギャップ。その落差が激しすぎて、計算が得意な彼女の脳内CPUでも処理しきれない。
『そういえば……初めにあった時もふざけてたけど心配してたくれたような…ですもしかしてほんとは優しくて頼りになる大人だったりーー』
「精密機械は衝撃に弱いんだろ? 壊れたら修理代高そうだしな」
銀時はふっと息を吐くと、いつもの調子に戻ってニカっと笑った。
「……怪我はねーか?」
「は……はひっ!?」
ユウカはまるで茹で上がったタコのように顔を真っ赤にし、バッと銀時の胸板を突き飛ばした。
「ち、近いです! 離れてください!!」
「痛ってぇなぁ……。おいおい、そこは『ありがとう』とか、なんかこう感謝の言葉があってもいいんじゃねぇの? いきなり突き飛ばすって何? 照れ隠しにしては殺意が高すぎじゃねぇの?」
銀時は尻餅をついたまま、突き飛ばされた胸をさすって抗議する。
しかし、ユウカはまだ顔を真っ赤にしたまま、パクパクと口を開閉させて言葉にならない音を発していた。思考回路がショートしたヒロインの典型的な反応だ。
そんなカオスな状況の中、一部始終を特等席で眺めていたノアが、パチンと手帳を閉じ、優雅な足取りで二人に近づいてきた。
「ふふっ。……でも、結果オーライじゃないですか、ユウカちゃん?」
「え?」
ユウカがキョトンとして振り返る。ノアは悪戯っぽく目を細め、床にへたり込んでいる銀時を指差した。
「おかげさまで――逃げ回っていた銀さんを、こうして捕まえられましたよ?」
「……あ」
その言葉に、銀時の顔が引きつった。
そうだ。自分は逃走中だったのだ。
かっこよく助けたせいで足が止まり、あろうことか自らユウカの元へ戻ってきてしまった形になる。
「ゲッ! まさかお前……!」
銀時は戦慄の表情でユウカを指差した。
「あの転倒は演技だったってか!? 俺の良心につけ込んで足を止めるための、ハニートラップならぬドジっ子トラップだったってのか!? 汚い! さすが計算高い女はやり口が汚いねホント!」
「ち、ちが――っ!!」
心外な濡れ衣に、ユウカが即座に否定の声を上げる。
「誰がそんな手の込んだことしますか! 本当に滑っただけです!」
「え? 違うんですか?」
ノアがわざとらしく小首を傾げた。その瞳の奥には、計算し尽くされた小悪魔な光が宿っている。
「てっきり私は、銀さんを捕まえるための作戦だと思って感心していたんですが……。もし、そうじゃないとしたら……」
ノアは一歩、ユウカに近づき、耳元で囁くように言った。
「他に、意味があったりするんですか? ……例えば、銀さんにーー」
「ノア!!」
ユウカの悲鳴にも似た叫びが響く。
羞恥心が限界突破したユウカは、そのやり場のない感情をすべて「怒り」というエネルギーに変換し、爆発させた。
「も、もういいです! とにかく! 銀さんが捕まったという結果だけは事実です!!」
ユウカは鬼の形相で銀時の襟首を掴むと、ズルズルと引きずり始めた。
その怪力は、火事場の馬鹿力ならぬ、羞恥場の乙女力によって数倍に跳ね上がっている。
「ちょ、タンマ! 待って! 首締まってる! 落ちる! 銀さんの意識がシャットダウンしちゃう!」
「問答無用です! さっさと執務室に戻りますよ! 今日の仕事が終わるまで、トイレ以外で一歩でも部屋から出たら……セミナーの権限で先生の口座を凍結しますからね!!」
「横暴もんだよこれ!政治家並みに権力に物言わせちゃってるよこれ!!」
廊下に銀時の断末魔がこだまする。
ノアは引きずられていく銀時と、耳まで赤くしながら彼を運ぶ親友の背中を見送りながら、満足げに手帳を開いた。
「ふふっこれから面白くなりそうですね……」
こうして、シャーレの夜は更けていく。
山積みの書類と、電卓を弾く音、そして時折響く男の悲鳴と共に。
次回予告
ノノミ「楽しみですねみんなでショッピングなんて」
ホシノ「うへえおじさんには朝が早すぎるよ」
銀時「俺もだ」
シロコ「ん、銀ちゃん桂さんたちは、」
銀時「あいつらもう海の準備しに行きやがった。まだ決まってねぇのにな」
次回水着は主張は控えめに
〜透魂〜第一回キャラクター人気投票
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銀時
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新八
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神楽
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沖田
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土方
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山崎
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高杉
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桂
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定春
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エリザベス
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ホシノ
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シロコ
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ヒナ
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アコ
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ミカ
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ナギサ
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セイア
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ユウカ
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ノア
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近藤