透き通る世界を照らす銀魂(ぎんのたましい)   作:時代に遅れている

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どうぞお楽しみください。


アビドス陰謀編
第二訓砂漠旅行なんて正直一ミリも記憶にねぇー


 

銀時がシャーレに赴任してからというもの、彼の生活はまるで堕落の象徴のようだった。連邦生徒会から次々と送られてくる膨大な仕事を放置し、一日中ジャンプ漫画に没頭する日々。その姿は、まるで現実から逃避する少年のようであり、責任感の欠片も感じられなかった。アロナは、そんな銀時の態度に業を煮やし、ついに堪忍袋の緒が切れた。

 

「先生、いい加減にしてください! こんなに仕事を溜め込んでたら終わりませんよ。それに、もう大人なんですから、そろそろ漫画も卒業したらどうですか?」

 

アロナの声には、怒りと呆れが入り混じっていた。しかし、銀時はまるで聞く耳を持たず、鼻くそをほじりながら答える。

 

「ったく、うるせぇなぁ。アロナ、お前は俺の母ちゃんか? それに、大人だから漫画は卒業? 何言ってんだ。大人こそ、漫画で燃えるもんだろうが!」

 

完全に開き直る銀時に、アロナは深いため息をつくしかなかった。

 

「先生、あの学校からの支援要請は……」

 

「ヘェ〜夜桜さん、一回も休まず完結とは、どごぞの予算が足りなくてBGオンリー……とか、終わる終わる詐欺してた漫画とは大違……あっそれ俺たちか……」

 

「……一応読みますね」

 

 

その時、突然一通のメールが届く。アロナはそれを読み上げる。

 

『連邦捜査部の先生へ。こんにちは。私はアビドス高等学校の奥空アヤネと申します。今回、どうしても先生にお願いしたいことがあり、このような形でお手紙を差し上げました。単刀直入に申し上げますと、私たちの学校は現在、地域の暴力組織に追い詰められています。私たちの校舎が狙われているのです。今は何とか持ちこたえていますが、弾薬や補給物資が尽きかけています。このままでは学校を占拠されてしまうかもしれません。先生、どうか私たちの力になっていただけませんか?』

 

アロナが読み終えると、添付されていた地図がモニターに表示された。その地図には、砂漠化が進行し、廃墟と化したアビドス高等学校の周辺地域が映し出されていた。かつては栄えていたこの地域も、今では荒廃し、治安も悪化の一途をたどっている。

 

「HEY、アロナ。アビドスってどこだ?」

 

銀時は、まるでSiriに話しかけるかのようにアロナに尋ねる。その軽薄な態度に、アロナは苛立ちを隠せない。

 

『Siriみたいな感覚で言わないでください! それにしても、うーん、アビドス高等学校ですが……』

 

「なんだ? 何か問題でもあんのか?」

 

『いえ、そういうわけではないんですが、昔はとても大きい自治区でしたけど、気候の変化で街が厳しい状況になっていると聞きました。どれほど大きいかというと、街のど真ん中で道に迷って、遭難する人がいるぐらいだそうです!』

 

「おいおい、街で遭難って……コンクリートジャングルだからか? 木々が生い茂るジャングルや森ならぬ、コンクリートジャングルで遭難っていうことなのか?」

 

『いや、コンクリートジャングル関係ないですよね!? でも、いくらなんでも、街のど真ん中で遭難だなんて……。そんなことがあるんでしょうか?』

 

「流石に噂とかが混じってんだろ。ほら、噂が噂を呼ぶっていうかそういうアレで」

 

『そうですね。流石にちょっとした誇張だと思いますが……それより学校が暴力組織に攻撃されているなんて……ただ事ではなさそうですが……何があったんでしょうか?』

 

「何があったにしても、面倒なニオイがすんのは確かだしな」

 

万事屋を長年やっていただけに、こういう依頼から、大きなことに巻き込まれそうだと勘が告げていた。だからこそ、銀時はメンドくさそうに、鼻の孔に指を突っ込んで、ほじりながら、どうしたものかと考えると、ふととあることが閃く。

 

(待てよ。ここでこの依頼を受けたら、俺はその学校に赴く。この依頼だって、いつ終わるのかわからねぇ。実質、出張みてぇなもんだよな? その間、書類仕事はしなくてもいいっつうことになるんじゃね?)

 

そんなことを考えた銀時はデスクに立てかけておいた愛刀の洞爺湖とシッテムの箱を手に取り、立ち上がる。

 

「よし、出張だ。アビドス高等学校へ行ってきまーす」

 

銀時の目には、久しぶりにやる気の光が宿っていた。その背中を見送るアロナは、どこか安心したような、そして少しだけ不安そうな表情を浮かべていた。

 

そんなふうに、やる気半分逃避半分でシャーレを飛び出してから――どれくらいの時が経っただろうか。

 

 銀時は確かにアビドス自治区へと足を踏み入れていた。が、その姿は「到着した者」ではなく、ただの迷子、いや――

 

「誰かァァァァァ助けてくださァァァァァい!」

『あ、アハハ……。ほんとうに遭難しちゃいましたね……』

 

 目的地であるアビドス高等学校には一向に辿り着けず、彼は今、荒れ果てた街の中を彷徨っていた。文字通りの「遭難」だった。

 

 出発は順調だった。銀時は勢いそのままにシャーレを飛び出し、途中のコンビニでいちご牛乳を買い込むと、リンに頼んで用意してもらった銀色のスクーター――愛車にまたがり、気ままに風を切っていた。

 

 だが、見渡す限り、眼前に広がっていたのは、廃墟と化し砂に埋もれた都市の残骸だった。朽ちたビル群はまるで死者の墓標のように無言で佇み、アロナのナビは、既に過去の地図に基づくものだったため、何の役にも立たなかった。

 

 その上、昨日にはとうとうガソリンが尽き、以降はスクーターを両手で押しながら、炎天下の砂道を黙々と歩く羽目に。

 

 ――いちご牛乳も、もはや遠い記憶だ。

 

 水分も栄養も途絶えて二日近く。もともとゴキブリ並の生命力を誇る銀時だったが、いかにゴキブリでも、砂漠では干からびる。

 

「オイィィィィィィィ! 地の文で人をGみてぇに扱うんじゃねぇよッ!!」

『なんで急に空に向かって叫んでるんですか、先生!? それよりも、先生がこのままじゃ脱水で……ミイラになっちゃいますよ!? このままでは“ミイラ先生”です!』

「なんで俺がミイラに昇格してんの!? 砂漠って単語見てノリで言ってんだろ!? 砂漠ってだけで安直に言ってんだろ……!?」

「……あっ、やべ、」

 

 がくり、と身体が揺れて、膝が崩れた。体が乾いた風にさらされて前のめりに倒れ込む。続いて「ガタンッ」と、スクーターが横倒しになる音が響いた。

 

『せ、先生!? 銀時先生! しっかりしてください! 意識はありますか!?』

 

 アロナの声が頭の奥で響いているような気がした。だがそれさえも、次第に遠ざかっていく。

 

「……あー、やべぇ、ボーッとしてきた。あれ……? あんなとこに……川があるじゃねぇか……助かった……」

 

 涼やかなせせらぎの音、キラキラと光る水面。向こう岸ではこういう時よくいるおばあちゃんが、手を振っている気さえする。ああ……俺、成仏するんだな……

 

『先生ッ! それ見えちゃダメなやつですから!! そっちに行っちゃダメですってば!!』

 

 そのときだった。――キキィィ――!

 乾いたブレーキ音が空気を裂き、誰かが急停止した。

 

「ん。なんだか、大きな声や音が聞こえてきたから来てみたら……大丈夫?」

 

 淡々とした声と共に近づいてきたのは、灰色の髪に獣のような耳を生やした少女だった。金属的な光を反射する目が、倒れた銀時を見下ろしている。

 

「…………お前、これが“大丈夫”に見えんの? こっちはな三途の川がはっきり見えちまってんだよ。向こうでバァちゃんが、銀時〜って、のどかに手ぇ振ってんの」

 

「……あ、生きてた。でも、大変な状態みたいだけど」

 

「喉はカラッカラ、腹はペコペコ、気力はゼロ。まじで動けねぇ……コンビニもねぇし、飲食店もねぇし……俺死ぬわ。成仏するわ。干からびてミイラになるわ」

 

「何でミイラなのか知らないけど、うん、この辺りにはそんなお店はないよ。都市部はもう荒れてて、今は郊外にしか残ってないし」

 

「……郊外つっても、どっちがどっちだか右も左もわかんねぇんだよ……地図も信用できねぇし……。それより、頼む……水を……」

 

 必死に訴える銀時を見て、少女は自転車へと歩み寄ると、荷台の水筒を手に取って戻ってきた。

 

「これ。エナジードリンクだけど……今はこれしかないの。喉、潤すだけでも――えっと、コップは……」

 

「――ッしゃあああああああッ!! 飲み物だァァァァァァ!!」

 

「あっ……」

 

 もはや限界だった。銀時は少女の言葉を聞き終わる前に、水筒を奪い取るように手にし、そのまま口をつけて喉を鳴らす。

 ――ごくっ、ごくっ、ごくっ……!

 

 命の水は、乾いた喉を濡らし、内臓の奥深くに染み渡っていく。まるで砂に水が染みるように、生命の感触が身体に戻ってくる。

 

「ぷはぁああっ……生き返ったぁ……助かったァ、いや、本当だよ。マジで……。持ってきた唯一のいちご牛乳も昨日で尽きたからな……ん? おい、どうした?」

 

 水筒を返そうと顔を上げた銀時は、不思議そうに少女の表情を見つめた。彼女は何でもない風を装いながらも、わずかに頬が紅潮していた。

 

「……ううん、気にしないで。なんでもないの」

 

 そう言って視線を逸らすその仕草は、どこか微妙な照れと戸惑いを孕んでいて、銀時は首を傾げながらも、それ以上は深く突っ込まなかった。

 

 とりあえず、礼を言って水筒を返し、再び立ち上がる。ガシャ、と倒れていたスクーターを起こす

 

「ん。もう歩いても大丈夫なの? たぶん……いや、間違いなく脱水症状とか、熱中症とか起きてたと思うけど」

 

灰色の瞳が心配そうにこちらを覗き込んでくる。そんな彼女に、銀時は額に浮かんだ汗を拭うでもなく、ひょいと肩をすくめて笑った。

 

「だいじょーぶだいじょーぶ。丈夫なのが銀さんの取り柄だからな。空腹とか、喉の渇きとか、そんなのには慣れっこだし」

 

飄々としたその声には、どこか乾いた風が吹き抜けているようだった。日常的に飢えと付き合ってきた者の言葉に、少女――シロコは眉を少しだけ寄せる。

 

「ん、それは……どうしてかは聞かないけど。それ、慣れていいものなのか、ちょっと疑問には思う」

 

歩きながら交わす、ささやかな会話。だが、背後に流れた死線の匂いはまだ消えていなかった。

 

「まあ、さっきも言ったけど、助かったよ。お前が通りかかってくれなかったら、きっと今ごろ俺、砂漠でマミーになってたわ」

 

「……なんでミイラ?」

 

心底不思議そうな口調で首を傾げるシロコ。だが、その視線はどこかじっとりと銀時を観察しているようにも感じられた。 

 

そう。このキヴォトスの地に来てからというもの、銀時が気づいたのは――自分たちのような“人間の大人”の姿がこの世界では希少種であるという事実だった。 

 

彼女らの多くは、動物の耳を持つ獣人のような少女たちや、金属の関節で構成されたロボットの姿ばかり。あまんとに似た、だがどこか純粋な存在たち。

 

(まさか、俺とハゲ以外に人間のオッサンいねぇのか、この世界……?)

 

そんな中で“人間”として、そして“男の大人”として異質な銀時に、彼女たちが警戒と興味を抱くのは自然なことだった。

 

「あ、そういやひとつ聞きてぇんだけど?」

 

歩きながら、ふと銀時が口を開く。

 

「ん。私で答えられるなら」

 

「この辺にさ、『アビドス』って高校あるって聞いてきたんだけど? 」

 

その言葉に、シロコの足が一瞬止まり、そして目が細くなる。

 

「……『アビドス』に用があるんだ。……そっか。久しぶりのお客様だ」

 

どこか遠くを見つめるような目。懐かしむような、それでいて警戒も混ざった声音だった。

 

「ってことは、お前はそこの生徒ってわけ?」

 

「ん……その通り。私は砂狼シロコ。だから、“お前”呼びはやめてほしい」

 

「はいはい。俺は坂田銀時。呼び方は好きにしな。銀さんでも、銀ちゃんでも、銀ちゃまでも可だ」

 

「……ん、なら『銀ちゃん』って呼ばせてもらう。後、案内する。もうすぐ着くから」

 

「あっそ、じゃ、案内頼むわ、また砂漠で遭難なんて勘弁なんでな」

 

「……じゃあ、ついてきて」

 

夕陽が傾き始め、地平線に溶けていく中、シロコは静かに自転車を押して歩き出す。銀時もガソリンの尽きたスクーターを押しながら、彼女の背を追った。

 

だが、その後ろから――。

 

ガシャン!

 

金属の鈍い音と共に、何かが崩れるような衝撃音。

 

「……ん? 」

 

シロコが振り返ると、そこには砂に顔を埋めるように倒れた銀時の姿があった。

 

やはり、限界はとうに超えていたようだった。

 

* * *

 

アビドス高等学校。年季の入った校舎の中の、ひとつの教室の前。

 

キィ……と軋む音と共に扉が開かれ、シロコが無表情で言う。

 

「ただいま」

 

「おかえり、シロコせんぱ……い?」

 

最初に反応したのは、ツインテールの猫耳少女。その声が途中で止まったのは、シロコの背に“グッタリとした大人の男”がぶら下がっていたからだ。

 

「うわっ!? 何!? そのおんぶしてる人、誰!?」

「わぁ、シロコちゃんが大人を拉致してきました!」

「拉致!? もしかして死体!? シロコ先輩が遂に犯罪に……!」

「みんな落ち着いて! 速やかに死体を隠す場所を探すわよ! 体育倉庫にスコップとツルハシがあるから、それを!」

 

――騒然。

 

少女たちの間に走るのは、恐慌と混乱と、あとちょっとだけワクワク。

 

「……」

 

妙な雰囲気に空気の重さを感じた銀時は、シロコの肩を軽く叩く。降ろせという意思表示だったが。

 

バサッ!

 

「いってぇ!? おい、いきなり手離す奴があるか!? せめてゆっくり……!」

 

「ん、肩を叩いてきたから、降りたいという合図かと思って」

 

「いや、合図は合図だけどね!? もっとこう、“段階”ってもんがあるだろ!?」

 

「ん……でも銀ちゃん、筋肉とかそれなりにあるし、鍛えてそうだったから大丈夫かと」

 

「お前、それが人を放り投げるように扱っていい理屈になると思ってんのかゴラァ!」

 

「ん、ごめんなさい」

 

「……いや、そうすぐに謝られると逆に文句言いづらいんだけど……」

 

周囲の女たちがいつも暴力で黙らせてくるせいで、こうして素直に謝られると逆に戸惑う自分に、銀時は思わず天井を仰いだ。

 

教室にいた三人はというと、ぽかんと口を開けて、そのやり取りを見つめていた。

 

「あ、あの、シロコ先輩。拉致じゃないのはわかりましたけど……この大人は?」

 

「……そうだった。銀ちゃん、アビドスに用があるって言ってた」

 

「え? 死体じゃなかったんですか……?」

「拉致じゃなくて、お客さん?」

「うそ……生きてたんだ……」

 

「おい、会って早々おんぶって来た奴が死体と思われるって、お前どんな扱いされてんだよ。普段、犯罪でも考えてんのテロ行為でもしようとしてんの?」

 

「ん、失礼。そこまでは考えてない。私にだって、道徳はある。……銀行強盗をよく計画してるだけ」

 

「それのどこに道徳ゥゥゥ! 俺の周りにも色々いたけど、銀行襲おうとする奴はいなかったよ! いや、成り行きでやったり、時間が止まった時に、やろうとする奴らはいたけど!せいぜい腐れ縁のテロリストはいたぐらいだからね!」

 

「そっちも十分問題あるじゃないッ!?」

 

銀時のツッコミに対し、更に猫耳の少女のツッコミが入る。

道徳があると言っておいて、銀行強盗をよく計画しているとはいったいどういう教育をされているのだろうか。

しかも、どこか誇らしげに言うものだから、質が悪い。

 

「それにしても、びっくりしました。お客様がいらっしゃるなんて……本当に久しぶりですね」

 

ほのかに驚きを含んだ声色で、アヤネがそう呟く。どこか夢でも見ているかのように、目を瞬かせていた。

 

「そ、それもそうですね……。でも、来客の予定って、ありましたっけ?」

 

ノノミが首を傾げながら、少し心配そうに言葉を継ぐ。

 

「ちょっとちょっと、しっかりしてくださいよ。ここアビドスでしょ、手紙出したでしょ? 手紙が来たっつーから、わざわざ砂漠の中、死にかけながら来たってのに」

 

銀時は肩をすくめながら答えるが、その言葉に対してシロコが小さく咳払いをする。

 

「ん、銀ちゃん。まず、自分が何者か、名乗ってない」

 

「あー、そういやそうだったな。どうも〜、俺は成り行きで“シャーレ”の先生やってる坂田銀時で〜す。趣味は糖分摂取。というか糖分取らないと死ぬ呪いにかかってんで、みなさん、俺に会ったらなにかしら甘いモン献上するように。糖分王に――俺はなる!!」

 

「何よそれ!? なんで私たちがわざわざアンタにスイーツを献上しなきゃいけないの!? それに“糖分王”って、“海賊王”になるよりずっと簡単そうじゃない!!」

 

セリカが鋭いツッコミを入れるが、銀時は真顔で答える。

 

「お前、わかってねぇな。糖分王になるにはな、糖尿病の恐怖と戦い、ドクターストップという困難を乗り越えて、常時糖分を摂取し続けても生き残ることができる強靭な肉体が必要なんだよ」

 

「ん、それはそれで、だめだと思う」

 

シロコが淡々と突き放すように言ったその言葉で、場の空気が一瞬フリーズした。

 

しかしその軽口の裏で、少女たちの瞳には別の光が宿りはじめていた。

 

「“シャーレ”って、まさか……!?」

 

「連邦捜査部“シャーレ”の先生!?」

 

「わぁ☆ 支援要請が受理されたんですね! よかったですね、アヤネちゃん!」

 

興奮気味に声を弾ませるノノミの隣で、アヤネが感極まったように頷く。

 

「はいっ! これで……補給品も、弾薬も、ちゃんと届く……!」

 

少女たちが心から嬉しそうに微笑む姿を、銀時は複雑な感情を浮かべながら見つめた。

それほどまでに切羽詰まった状況だったのだろう。

 

その時、アヤネがふと我に返ったように振り返る。

 

「あ、ホシノ先輩にも早く知らせなきゃ……。あれ? ホシノ先輩は?」

 

「委員長は隣の部屋で寝てるよ。私、起こしてくる!」

 

セリカが一言そう言って、教室を飛び出していく。勢いよく開かれるドアの音が、静かな室内に残響のように響いた。

 

銀時はその背中を眺めながら、内心で疑問を抱く。

(他の生徒、今の今まで見かけなかったな……というかここ、人余りにも居なさ過ぎじゃね?)

 

「そういや、俺は自己紹介したけど、お前らの名前、まだ聞いてなかったな」

 

「あ、そうでしたね! では改めて――私はアビドス高等学校一年、奥空アヤネです。今回の支援、本当にありがとうございます」

 

「私は二年の十六夜ノノミです☆ よろしくお願いしますね、先生♪」

 

「ん。さっき飛び出していったのが、黒見セリカ。あれで一年生。それと、もう一人、三年の委員長、小鳥遊ホシノ先輩」

 

「はいはい、よろしくよろしくゥゥゥ」

 

銀時が軽く右手を挙げて挨拶を返した、次の瞬間だった。

 

――パンッ!

 

空気を裂くような乾いた銃声が、遠くから響く。

 

「じゅ、銃声!?」

「っ……!!」

 

反射的に動くシロコたち。皆一斉に廊下へと飛び出し、校庭へと視線を向けた。

 

砂塵の向こう、太陽に照らされて浮かび上がったのは、ヘルメットを被った奇妙な一団。

その手には銃火器。叫び声と共に、荒々しく踏み込んでくる。

 

「ヒャーハハハハハハ!!」

「攻撃だ、攻撃せよ! 奴らは補給も途絶えてるぞ! 今こそ学校を占領するのだぁぁぁ!」

 

「うわわっ!? 武装集団が学校に向かってきてます! カタカタヘルメット団のようです!」

 

「え、何それ!? “ガタガタヘルメット団”!? 何、そのロケット団みたいな安直なネーミングセンス!!大丈なの!?なんかこう もっとこう……“地獄の弾丸部隊”とか、ないの!?」

 

「名前はともかく……また、来るなんて……!」

 

シロコの声が一段低くなる。強く握られた拳から、静かな怒りが滲み出る。

 

その時、廊下の奥からバタバタと足音が響き、セリカが一人の少女――ホシノを連れて戻ってきた。

 

「ホシノ先輩を連れてきたよ! 早く! ヘルメット団が――!」

 

「うへ〜……まだ起きる時間じゃないよぉ~……」

 

肩を揺さぶられてもなお、眠たそうに目を擦るホシノ。

だが、「シャーレの先生が来た」と聞いた瞬間、そのまぶたがゆっくりと開く。

 

黄金と蒼――左右で色の異なる、冴えた光を宿すオッドアイ。

 

ホシノはその異質な瞳で銀時を一瞥し、ゆっくりと片手を挙げた。

 

「先生ェ……よろしくね〜」

 

「あぁ」

 

その挨拶に、銀時は静かに頷く。

しかし、目を逸らした瞬間、思わず内心で呟いていた。

 

(おいおい、大丈夫なのあの子?よろしくっつっておいて、目は全然笑ってねぇんだけど、眠たげな態度とは裏腹に、視線だけは鋭かったよ。……ランサークラスだよ、あまりに鋭い視線過ぎて銀さんのハートにゲイボルグ放たれた感じしちゃったよ)

 

この少女たちは――何を背負い、ここで戦っているのか。

そして、どれだけの“普通”を奪われてきたのか。

 

だが今は、感傷に浸っている暇はない。

 

銀時は前を向き、すでに構えているシロコたちの背中を見る。

 

「先輩、しっかりして! 出動です! 装備持って! 学校を守らないと!」

 

セリカの叫びは焦燥に染まりながらも、明確な意志を込めていた。

その声に応じて、ホシノがのそりと身を起こす。

 

「ふぁあ〜……むにゃ〜。おちおち昼寝もできないじゃないか〜。……ヘルメット団めぇ〜」

 

欠伸交じりの声とは裏腹に、彼女の瞳だけは静かに冴えていた。

まどろみに包まれていた空気が、ゆっくりと緊張へと塗り替えられていく。

 

「ん。すぐに出るよ」

 

一言、短く、だが芯のある言葉を放ってホシノは立ち上がる。

 

「でも、まだ弾薬が……」

 

アヤネが不安を口にしたその瞬間、銀時が無造作にポケットから何かを取り出し、どこかに語りかけるように声をかけた。

 

「Hey、アロナ。物資は?」

 

『だ、だからそういう風に呼ばないでくださいってば! ……物資は、はい、現在輸送中です。承認されたばかりなので。シッテムの箱に収納して持ってくる予定でしたが、先生が勝手にあの場を逃げるように飛び出したため、それができませんでしたし。なので、アビドスに届くまで、もう少し時間がかかるかと……』

 

「なんだよ、つっかえねぇな〜」

 

ぼやく銀時の言葉にアロナの通信が途切れる。小さな四角の端末――“シッテムの箱”に向かって話しかける銀時を、シロコは訝しむように横目で見やる。

 

だが、その一瞬の静けさを破るように、シロコは何の躊躇もなく――廊下の窓から身を投げた。

 

続くように、ノノミ、セリカ、ホシノも素早く飛び出していく。残されたのはアヤネと銀時だけだった。

 

「先生、私と一緒に教室の方へ。先生は前線に出たら危険です。一発でも被弾すれば……!」

 

そう告げたアヤネの瞳には、明確な“心配”が宿っていた。だが――

 

「いや、俺ぁ後方で指揮なんざ肌に合わねぇだからサポートは……メガネ、お前に任せた」

 

銀時はアヤネの肩を軽く叩くと、軽やかに背を向けた。

 

「えっ!? 先生!?」

 

驚きに目を見開くアヤネ。だが、銀時は振り返らない。

 

そのまま階段の方へと歩み出し、やがてその姿は影に消える。

 

(……まさか、前線に行こうとしてる?)

 

彼の背中を見送るその瞬間、アヤネの中で何かがざわめいた。反射的に追いかけようと、一歩を踏み出す。

 

だが――。

 

「……ッ!」

 

廊下の向こう、校庭の方から聞こえてきた連続した銃声。乾いた破裂音が鼓膜を打ち、思考を止める。

 

その一瞬で、彼女は決断した。

 

銀時を追うよりも、今は自分のやるべきことを。

 

「ドローン、起動……!」

 

教室へと戻り、アヤネはデバイスを操作する。機械の羽音が、再び静寂を破った。

 

(……もし、“あの噂”が本当なら、先生は――)

 

彼女は信じることにした。シャーレの“先生”という呼び名以上に、彼の背にあった“何か”を。

 

だが、最後にひとつだけ――どうしても引っかかることがあった。

 

「って私はメガネじゃありません!!」

 

勢いよく叫んだ彼女の声が、教室の天井に虚しく反響した。

 

焼けるような日差しの中、アビドスの校庭には砂埃が舞い、銃声の残響が途切れがちに響いていた。

 

校舎前―――既に展開していたシロコたちの動きが、微かに鈍る。

 

敵は目前。だが、押し切れない。

 

理由は明白だった。

 

――弾薬が、足りない。

 

一発一発を、指の重みに迷いながら引き金にかける。無闇に撃てば尽きる。だが、節約して戦い切れるほど甘くもない。敵は数で勝る。撃ち返しても撃ち返しても、次々と湧くように現れる。

 

(このままじゃ……)

 

誰かの心の声が、空気のひび割れを通して伝わってくるかのようだった。

 

シロコ――その目だけは鋭く研ぎ澄まされていたが、躊躇いは確かにあった。彼女ならば、近接戦で敵陣に切り込むことも不可能ではない。だが、あの銃弾の雨の中を単身で抜けきるのは、自殺に等しい賭けだ。

 

「オラオラァ! どうしたぁ? いつもみたいに調子に乗って突っ込んでこねぇのかよ!」

 

高笑いと共に前線で叫ぶヘルメット団の一人。手にした銃を無造作に撃ちまくりながら、まるで遊び感覚で挑発する。

 

「まぁ無理もねぇよなァ! お前ら、弾薬尽きかけてんだろうがよォ!」

 

『……えっ!? なんでそんな情報を!?』

 

通信越しのアヤネの声が揺れる。

 

「大丈夫だよ、アヤネちゃん! ヘルメット団なんか、私たちの敵じゃない!」

 

ノノミは明るく笑いながらも、その指先はわずかに震えていた。

 

「ん……やるよ」

 

シロコが短く答える。気圧に押し返されるように、四人の少女が再び銃を構えた――その瞬間。

 

「多勢に無勢もいいところだな、展開的にはメタルクウラとベジータと悟空が追い詰められてるって感じですかねシロコ氏?」

 

「絶対絶命って意味では私もそう思う……って、銀ちゃん!?」

 

突然すぎる声に、シロコたちは一斉に振り向いた。

 

そこには――涼しい顔で戦場に紛れ込む、銀髪の男の姿。

 

坂田銀時。

 

なぜここに? いつから? という問いが、瞬時に全員の頭をよぎった。

 

「ん、銀ちゃん、危ない。銀ちゃんは中でアヤネと一緒にいるべき」

 

「そうです! ここは、私たちで――!」

 

「つぅわりには攻めあぐねてるように見えるけど?」

 

ノノミの抗議を遮るように、銀時は静かに、だが鋭く言い返す。その目は敵ではなく、シロコたちに向けられていた。

 

向こうの敵は今も容赦なく銃を撃ち続けている。火線は次第にこちらに寄ってきていた。

 

だが銀時は、まるでその場だけ時間が止まったかのように、ふっと視線を落とし、シロコを見つめた。

 

「なあ、シロコ。一つだけ聞きてぇんだけどよ」

 

「……何?」

 

「襲撃があってるってのに、お前ら以外の生徒が出てこねぇのを見る限り、アビドスってのはもう、お前らしかいねぇんだろ? ……そんな終わりかけの学校を守る理由は、何だよ?」

 

静寂。あまりにも直球すぎる問いに、場の空気が一瞬凍りつく。

 

「銀ちゃん……?」

 

「ここ、学園都市なんだろ? 他に学校はいくらでもある。転校って選択肢だってあるはずだ。ああ、もちろん試験に受かるかどうかは別の話だが、」

 

彼の声は、ただの無責任な大人の皮をかぶりながら、核心だけを突いてくる。

 

「こんな砂漠の真ん中にある学校に、固執して、いったい何になるってんだ?」

 

「アンタ……!」

 

セリカが、怒りを込めて言葉を吐こうとしたその時。

 

「待って、セリカ。聞かれてるのは私」

 

シロコが一歩前に出る。その背は、風に吹かれても微動だにしない。

 

ノノミは言葉を挟めず、ただ目で二人の間を往復する。ホシノは無言で銀時を見つめていた。

 

「……理由ならあるよ」

 

シロコは、はっきりとした声で言った。

 

「ここが、私たちの“居場所”だから」

 

その一言は、短く、だが重かった。

 

どれほどの時間を、苦しみを、選択を、その言葉の裏に隠してきたのか。

 

銀時はしばらく黙ったまま、彼女を見つめる。

 

そして――ふっと、口元だけを緩めて呟いた。

 

「……そうかい」

 

『もちろん(です)!』

 

アヤネの声が通信越しに返ってくる。乾いた空気を一瞬だけ潤すように。

 

「……なら、テメェらの先生として、悪い不良生徒から守ってやんねぇとな」

 

それだけを言い残して、銀時はゆっくりと腰の木刀に手をかけた。

 

スッ――。

 

曇天のような空気を裂くように、音もなく抜かれた木刀。その光景に、シロコたちは思わず息を呑む。

 

「ぎ、銀ちゃん……」

 

シロコが思わず名を呼ぶ。彼の瞳に、いつもの脱力感はなかった。

 

「それで木刀を持ってどうするつもりなのさ……?」

 

ホシノが呆れ気味に問いかけるが、銀時はその問いに、いつもの調子で鼻を鳴らす。

 

「先生の仕事と言ったら決まってんだろ? ――不良生徒どもの生活指導だ」

 

木刀を肩に担ぎながら、銀時は前線を隔てるバリケードの上に立つ。

 

「おい、ガラクタだが、ガタガタだがしらねぇヘルメットの皆さんや。こんな頑固で言うことも聞かねぇガキどもより、この俺と祭りにでも行こうや」

 

その一言に、敵の一人が肩を震わせて吹き出した。

 

「カタカタヘルメット団だ! てめぇ、ヘイローもないくせに木刀一本か!? ……頭、湧いてんのか?」

 

冷笑が飛ぶ。しかし銀時は涼しい顔のまま、煙たげに片目を細める。

 

「戦場の“せ”の字も知らねぇガキどもに、武器の話されてもなぁ……」

 

ふっと空を見上げ、続ける。

 

「ま、祭りっつっても――」

 

その目が、瞬時に鋭さを宿す。

 

「血祭りだが」

 

そして次の瞬間――銀時の体が風を裂く。

 

バリケードを蹴り飛ばし、重力を無視したような跳躍で飛び出す。突風のように砂煙を巻き上げながら、敵陣へ向けて疾走した。

 

「な、なんだアイツ!? 木刀持って突っ込んできやがる!?」

 

「銃持ってる相手に木刀って、バカかアイツ!? 撃て! 撃てェェェ!」

 

数十の銃口が一斉に火を噴く――。

 

「ダダダダダダダ――ッ!」

 

耳をつんざく銃声が炸裂する中、銀時は寸分の迷いもなく前進を続ける。

 

その動きは、もはや人間ではなかった。

 

「嘘……!? 先生が銃弾を……木刀で、弾いてる!?」

 

「ひ、ひぇえ~!? そんなのアニメの中だけの話じゃ……」

 

「違う……先生の動き、ただ者じゃない……!」

 

シロコが言葉を飲み込む。ホシノの目が見開かれ、セリカも思わず銃を下ろす。

 

――銀時の動きは、舞のようだった。

 

身体をひねり、足を滑らせ、肩を沈める度に銃弾が宙を舞い、木刀が金属音を奏でて弾き返す。

 

「バ、バケモンかよ……!」

 

銀時はもう射程内――!

 

ズドンッ!!

 

次の瞬間、木刀がうなりを上げて振り抜かれる。

 

バシィン!!

 

まるで雷鳴のような音と共に、最前線のヘルメット団員数名が吹き飛ぶ。ぶつかった砂壁に激突し、地面に転がったまま動かない。

 

(気絶……!?)

 

彼らは皆、キヴォトスの生徒たちと同じく頑丈な体を持つ。それにも関わらず、木刀の一撃で意識を刈り取られた。

 

「う、撃てぇぇぇ! アイツを止めろォ!!」

 

「はいぃぃぃぃ!! 次ィィィィィィィィィ!!」

 

敵が再び銃を乱射するも、銀時はその合間を縫って、あらゆる死角から斬り込んでいく。

木刀の一閃は、まるで一振りごとに風を切り裂くようだった。

 

その背を見ながら、ホシノが口元を緩める。

 

「……先生が戦えるなんて思ってなかったけどさ、任せっきりじゃカッコつかないしね~。おじさんたちも行くよ~」

 

「ん、銀ちゃんのおかげで、向こう混乱してる」

 

「今ある物資でも十分いけそうですね☆」

 

「木刀で銃を斬ってるのは流石にツッコみたくなるけど……今はこっちよ!」

 

セリカが叫び、再び四人は陣を立て直し、銀時の背を追うようにして動き出す。

 

――その間にも、銀時は一人、修羅の如く敵陣を切り崩していた。

 

「らぁああっ!!」

 

ズガァンッ!

 

目の前に立ちはだかっていたヘルメット団の一人を、横薙ぎに殴り飛ばす。

 

そのまま地面を転がる敵兵の脇をすり抜け、次の敵へと、影のように忍び寄る。

 

「くらえ!」

 

甲高い叫びと共に、銀時の背後に忍び寄っていたヘルメット団が銃を発砲した。

 

瞬間――空気が張り詰める。

 

(間に合わない……!)

 

そう感じたアロナが即座にバリア展開を試みるが、それよりも早く、横から飛び込んだ影があった。

 

「甘いよ~」

 

ガンッ――!

 

ホシノが盾を構え、その銃弾を受け止めた。盾に跳ね返る火花が閃光のようにきらめき、すぐさま構えたのは彼女の愛銃、『Eye of Horus』。

一拍置かずに、銃口が火を噴いた。

 

ズドン――!

 

直撃を受けたヘルメット団の兵士が叫びもあげる暇なく吹き飛ぶ。視線を交差させた銀時とホシノは、言葉を交わさずとも行動を共有していた。

 

――戦士の直感だった。

 

敵の連携も遅くはなかった。すぐに他の団員たちが二人に照準を合わせ、一斉に発砲。

 

パンッ、パンパンパン――ッ!

 

銀時は木刀を振り、斬るというよりは「弾く」。飛び交う銃弾を、まるで風を受け流すかのように払いながら接近していく。一方のホシノも盾を巧みに動かし、わずかな隙間をすり抜けながら突進する。

 

木刀が唸り、敵を吹き飛ばす。

 

ドンッ!

 

時に蹴り。

 

ズガッ!

 

時に盾で殴り倒す。

 

ゴォンッ!

 

そして、ショットガンの一撃が敵をなぎ払う――。

 

まるで舞台の上で踊るような、息の合った連携。初対面とは思えないほどに、二人の動きは重なり合っていた。

 

「ん、ドローン起動」

 

静かに、しかし確かにシロコの声が響く。彼女の切り札――ドローンが静かに上昇し、次の瞬間ロケット弾を発射。

 

ボンッ、ボンボンボンッ!!

 

連続する爆発に、砂煙と悲鳴が混じり合う。混乱の中、シロコは寸分の無駄もない動きで距離を詰め、飛び蹴りと精密射撃で敵を制圧していく。

 

「行きますよ~☆」

 

ノノミが軽やかな声を響かせながら、巨大なガトリングガンを構える。

その砲身が回転し始めた時、空気が震えた。

 

バババババババ――ッ!!

 

ガトリングの暴風が敵を貫き、次々とヘルメット団が地に伏していく。

 

「……一人ずつ、確実に」

 

セリカは構えた狙撃銃を、迷いなく撃ち込んでいく。

 

パンッ、パンッ――。

 

無駄のない一発一発が、確実に敵の戦力を削っていった。

 

「……なんか、私だけ地味じゃない?」

 

そんなことをぽつりと呟くセリカに、背後から明るい声がかぶさる。

 

『そんなことないよ、セリカちゃん!』

 

アヤネのドローンが軽やかに飛び、弾薬をシロコへ届ける。その姿はまるで、戦場を舞う天使のようだった。

 

――そして、戦況が傾いたと悟ったのか。

 

一人の不良――赤いヘルメットを被った男が、恐怖に顔を引きつらせながら銀時へ銃を向けた。

 

「お、お前……何なんだよ……! アビドスにこんな奴がいるなんて、聞いてねぇぞ!」

 

銀時はふっと笑い、木刀の先をゆっくりと相手に向けた。

 

「俺が誰かって? 俺ぁ坂田銀時。ただの侍で、シャーレの先生だ、コノヤロー」

 

「さ、侍……!? いや、それよりも先生って……! 木刀一本で化け物みたいに暴れ回ったって噂の――!?」

 

「おいおい、“化け物”はちょっと言いすぎじゃねぇの、失礼にもほどがあるだろうが」

 

「く、クソッ! こ、こんなのがいて勝てるかよ! 退けッ! お前ら、退けェェ!!」

 

指示を受けたヘルメット団たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。その背を、誰も追わなかった。勝敗は明らかだった。

 

そして――ホシノが銀時の隣へと歩み寄る。

 

「いやぁ……強いね、先生。おじさん、驚いちゃったよ~。木刀で銃弾を弾いたり、避けたりするなんてさ~」

 

「いや、自分のこと“おじさん”って呼ぶ女子も、そうそういねぇから。テメェこそ、なかなかやるじゃねぇか。正直、あんな奴ら、本気出せばお前だけで片付けられただろ」

 

「ん~。おじさんはね~、シロコちゃんたちみたいに若くないから、あんまり無理できないのよ。……それにさ、先生。あなた、いったい何者なの? ちょっと気になるな~」

 

先ほどまでの柔らかな口調のまま、しかしその目は油断なく銀時を捉えている――まるで、見極めようとするように。

 

「さっきも言っただろ俺はーー」

 

その視線を受けながらも、銀時はにやりと笑い、肩を竦めた。

 

「シャーレの先生で、ただの侍だ、」

 

それが嘘か真か、誰もわからない。ただ、その木刀の存在感と、背中で語る覚悟だけが――本物だった。

 

ヘルメット団を追い払った後、

戦火の余韻も冷めやらぬまま、銀時たちはアヤネの待つ教室へと戻っていた。

 

廃墟のようなアビドス学園の一角――ひび割れた壁に、ちらつく蛍光灯の明かりが揺れるその教室は、奇妙なほどに静かで。

そこには、ささやかな安堵と、束の間の平穏があった。

 

椅子を引いて座り込む銀時。

アヤネが手渡した飲み物を片手に、もう片方の指で鼻をほじりながら、何食わぬ顔でだらしなく腰かけている。

 

「銀ちゃんが大暴れしてくれたからだね~。少ない物資でどうするか迷ってたけど……これが大人の力、ってやつだよ。物資ももうすぐ届くみたいだし、戦闘も強いし……大人って、すごいね」

 

その言葉には、尊敬というよりも、半ば呆れに近い賞賛が混ざっていた。

 

「今まで寂しかったんだね、シロコちゃん。パパが帰ってきてくれたおかげで、ママはぐっすり眠れまちゅ~」

 

ホシノが冗談めかして言うと、セリカがぴくっと反応する。

 

「いやいや、変な冗談はやめて! 先生困っちゃうでしょ! それにホシノ先輩はその辺でしょっちゅう寝てるでしょ!」

 

「そうそう。可哀そうですよ」

 

とセリカがツッコミを入れ、ノノミが苦笑いする中、銀時は依然として鼻の中に指を突っ込んでいた。

 

アヤネが空気を整えるように、椅子から立ち上がる。そして、改めて、銀時に向けて丁寧に言葉を紡いだ。

 

「それでは改めて、ご挨拶しますね。私たちは、アビドス対策委員会です。私はオペレーターと初期対応を担当している1年のアヤネ……。こちらは同じく1年のセリカです」

 

セリカが軽く会釈する。その仕草もどこか控えめで、照れを含んでいた。

 

「2年のノノミ先輩と、シロコ先輩です」

 

「改めてよろしくお願いします、先生~!」

 

「……さっき、道端で会ったのが私。……あ、別にマウントを取ってるわけじゃない」

 

「いや、誰もそんなふうに受け取ってねぇよ」

 

銀時の軽口に、シロコの頬がわずかに染まる。自分でも気恥ずかしかったのだろう、視線をそらしてそっぽを向いた。

 

「そして、こちらが委員長の3年生――ホシノ先輩です」

 

「いやぁ~、よろしくね、先生~」

 

ホシノの目が、ふと一瞬だけ銀時を射抜くように鋭くなった。

しかしその光は一瞬で霧散し、またいつもののほほんとした微笑みへと戻っていく。

 

――侍と名乗った銀時。

その強さと正体に、ホシノの中にある警戒心は、静かに膨らんでいた。

 

「ご覧になった通り、わが校は現在危機にさらされています……。そのため、シャーレに支援を要請し、こうして先生が来てくださったことで、大きな危機を乗り越えることができました。感謝してもしきれません……」

 

「別にいいよ。依頼だからな。……まぁ、どうしてもっていうなら、甘いもんでもくれたら嬉しいけどな」

 

「先生って、甘い物が好きなんですか?」

 

「好きってレベルじゃねぇな。糖分取らないと、癇癪起こすくらいにはーー」

 

「それ……中毒じゃ……?」

 

アビドスのメンバーたちが、こっそりと心配そうな視線を交わす。

 

「ところで、対策委員会ってなんなんだよ。なんか、この學校を盛り上げよう! 的な部活か?」

 

「そうですね、先生はもうお気づきのようですし、説明します。対策委員会とは……このアビドスを蘇らせるために、有志が集まって立ち上げた部活なんです」

 

「うんうん! 全校生徒で構成される唯一の部活なのです! ……全校生徒っていっても、私たち五人だけなんですけどね~」

 

ノノミが照れ笑いを浮かべながら付け加えた。

 

「なんでお前ら五人しかいねぇんだ?」

 

銀時の率直な疑問に、答えたのはシロコだった。

 

「他の生徒は転校したり、退学したりして、町を出て行った。……学校がこんな状態だから、住民もほとんどいなくなって……。だから、ヘルメット団みたいなチンピラにまで襲われる始末。現状、私たちだけじゃ学校を守りきれない。在校生として、情けない話だけど……」

 

静かな口調の中に、確かに込められた悔しさ。

その感情は、無表情気味な彼女の瞳の奥で、微かに揺れていた。

 

「もし先生が来てくださらなかったら……あの時、本当に万事休すだったと思う」

 

ホシノが静かに続ける。

ノノミがうんうんと大きく頷いた。

 

「補給品も底をついてたしね。あのタイミングで現れるなんて、ほんとに神様かと思ったよ、侍先生!」

 

「侍の力ってすごいです☆……って、あれ? 侍?」

 

ノノミがふと首を傾げる。

 

「ホシノ先輩、“侍先生”って……?」

 

「うへ~、先生が自分で言ったんだよ~。シャーレの先生で、侍だって。侍って何かは……よくわかんないけどさ~」

 

とぼけた口調のまま、ホシノはちらりと銀時の様子を伺う。

 

銀時は相変わらず鼻をほじっていたが、会話はきちんと聞いているらしい。

 

「ん、私に名乗ったときは先生ってだけだった。……銀ちゃん、侍って何?」

 

シロコが隣で小首を傾げながら問う。

 

思えば、いつの間にか彼女は銀時のすぐ隣に座っていたが、誰も突っ込まなかった。

それが自然な距離になっているようにも見えた。

 

「侍、ねぇ……。そりゃお前、自分の武士道ってやつを掲げてよ。自分の大事なもんを守る。どんな小さな約束でもな。――それが、侍ってやつだよ」

 

静かな声。

だが、その言葉には、確かに何かが込められていた。重みが、魂が。

 

「……なるほど。武士道……は、よくわからないけど。大切なものを守るってことは、わかる。……どんな小さな約束でも、ね」

 

シロコが目を伏せ、小さく呟く。

彼女もまた、この荒廃したアビドスを守ろうとしている一人なのだ。その気持ちには、誰よりも共感していた。

 

遠目にその様子を見つめながら、ホシノはふっと目を閉じた。

 

――何度も向けた警戒心。それに銀時が気付いていることも、ホシノはわかっていた。

だが、ここで敵意を向ければ、守るべき後輩たちが巻き込まれる。自分が本気を出しても勝てるかどうか……そういう直感が、ホシノにはあった。

 

一方でノノミは、屈託のない笑顔を浮かべながら、銀時の方を見ていた。

 

「ね、先生って、もしかしてすっごく頼りになる人なのでは……?」

 

まるで、救いを見つけた子どものように。

 

そして、銀時は――

どこか遠い空を見上げるような顔で、それでもどこか飄々と、黙って鼻をほじり続けていた。

 

「先生が強いのは、大切なものを守るために戦ってきたからっていうことですか?」

 

アヤネの素朴な問いかけに、銀時は鼻をほじったまま、どこか気の抜けたように、それでいて重みを含ませた声で答えた。

 

「まぁ、そんなもんだ。……つうか、俺のことより。あの、ロケット団?ガタガタヘルメット団?まぁどうでもいいけどどうすんだ? あのまま放っときゃ、また戻ってくること間違いなしだ。」

 

言葉に含まれる軽口の奥で、どこか戦い慣れた者特有の鋭さが垣間見える。

その現実的な視線に、シロコたちの表情が引き締まった。

 

「……確かに。これまでの傾向を考えると、あれくらいじゃ引き下がらないと思う」

 

「先生にビビって退いたとしても、時間の問題でしょうね。また夜にでも襲ってくるかも」

 

「しつこいんだよね、あいつら。ゴキブリ並みに」

 

セリカの言葉に苦笑が漏れる。

だがそれは、何度も同じ戦いを繰り返してきた彼女たちだからこその実感でもあった。

 

「とはいえ、こっちもそう何度も消耗戦なんてできないし……。補給もまだ届いてない。ヘルメット団以外にも問題山積みで、正直、手が回らないんです」

 

アヤネが小さく溜息を吐く。その眉間に寄る皺が、彼女の年齢よりも少しだけ大人びて見えた。

その場に流れる空気が重たく沈む中で、ひときわ明るい声が響いた。

 

「はーい! そのことについてだけどー、おじさん、実はちょっとした作戦を立ててみましたー」

 

ひょいと手を挙げたホシノ。

その言葉に、一同の目が点になる。

 

「えっ!? ホシノ先輩が!?」

「ま、まさか……本気で……?」

「いやぁ~、その反応はちょっと傷つくなぁ……。おじさんだって、たまにはキメるんだからさ」

 

頬を指でかきながら苦笑するホシノ。

だが、彼女の目の奥には、いつもの飄々とした態度では隠しきれない真剣さが宿っていた。

 

「……で、その作戦って?」

「うん、今こそ仕掛けるべきかなって。ヘルメット団のやつら、数日置きに襲撃してきてるでしょ? 今が一番、やつらも疲れてるはず。だからこっちから奇襲をかけて、前哨基地を叩いちゃおうかなーって。先手必勝、ってね」

 

その大胆な作戦に、アヤネが目を丸くする。

 

「い、今……ですか? でもまだ補給も届いていなくて、私たちも――」

 

「強い侍先生もいるし、それに補給もそろそろ届く頃でしょ?」

 

その言葉を待っていたかのように、空気の裂け目から、いつもの声が飛び出してくる。

 

「あぁ、確かな。He『もう着きます! なので、その呼びかけはいい加減やめてもらえませんか!? いつまで引っ張るんですか!?』

 

「あぁ? 仕方ねぇだろ。たまにはボケねぇと締まらねぇんだよ。そこは作者に文句言えって」

 

『メタいです! 先生、今すっごくメタいです!』

 

アロナと銀時の軽妙なやりとりに、場が一瞬だけ和らぐ。

しかし、それも一瞬――再び戦いの話題に戻る。

 

「ほら~、侍先生もノリノリだし? この勢いで攻め込んじゃおうよ~」

 

「ん。銀ちゃんは頼りになる。……私も木刀持って、前線に出たほうがいい?」

 

「銃あるだろ。木刀なんか持ったら余計戦いづらくなんぞ。蹴りで十分だっつの。てか、さりげなく俺が先陣張ることになってない?」

 

「頼れる人がいるなら、その力を頼るのが正しい判断だと思いますっ!」

 

「いや、物資さえ届けば、お前らだけでもなんとか――」

 

「先生、生徒のために体張るなんて、ホント先生の鑑だね〜」

 

「話を聞けやァァァァクソガキども!! 俺にも限界があんだよ! 三十路の腰はもう砕けそうなんだぞ!」

 

「ん、大丈夫。銀ちゃんはまだ余裕ある。体力もある。今度一緒にツーリング行こう。いや、行くべき」

 

「行かねぇぇぇぇよ! なんで自転車で遠出すんだよこの流れで!俺が言いてぇのはーー」

 

「はいはーい! 侍先生が先陣切ってくれるってさ〜! よ〜し、行くぞ〜!」

 

「話を聞けェェェェェェ!!」

 

 

そして、アビドス対策委員会と銀時は、ついにカタカタヘルメット団の拠点へと進軍する。

奇襲作戦は、まさに電光石火。夜の静けさを裂いて、拠点へと突入した。

 

「敵襲! 敵襲だ! 奴らが来たぞォ――」

 

「うるせェェェ!! 黙って寝やがれ、カスどもがァァァァ!!!」

 

銀時が絶叫とともに木刀を振り抜く。

その一撃一撃が、まるで雷鳴のように空気を震わせ、敵を吹き飛ばす。

ホシノはその背後をすかさずカバーし、シロコの的確な援護射撃が戦線を切り開く。

対策委員会の五人と一人の侍――小さな部隊が、嵐のように敵陣を蹂躙していった。

 

やがて――

 

カタカタヘルメット団は、音を立てるともに崩れ落ちた。




次回予告
銀「なぁお前らセリカのやつ俺をよく避けるだけど?、」

ホシノ「まぁー先生はまだきたばっかりってのもあるんじゃない?でも放課後もよくどこか行ってるよね?」

シロコ「ん、私も知らない」

ノノミ「じゃあ♪みんなでセリカちゃんを尾行しませんか?」

「「「「「賛成‼︎」」」」」

次回[ツンデレはウソなんてつかねぇーよ]

〜透魂〜第一回キャラクター人気投票

  • 銀時
  • 新八
  • 神楽
  • 沖田
  • 土方
  • 山崎
  • 高杉
  • 定春
  • エリザベス
  • ホシノ
  • シロコ
  • ヒナ
  • アコ
  • ミカ
  • ナギサ
  • セイア
  • ユウカ
  • ノア
  • 近藤
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