透き通る世界を照らす銀魂(ぎんのたましい) 作:時代に遅れている
失礼。
今回の話はヒナのゲヘナ案内の前日談です。後半は同日
ではどうぞ!
トリニティ総合学園。
学園都市キヴォトスにおいて、ゲヘナ、ミレニアムと並び「三大学園」の一角を占める、由緒正しき超マンモス校である。
白亜の壁に囲まれた敷地内には、荘厳な礼拝堂、歴史の重みを感じさせる古書館、優雅な音楽堂といった施設が建ち並び、その景観はさながら中世の宮殿。
領内には清らかな水を湛える湖もあり、そこを行き交う生徒たちは皆、品行方正なお嬢様……に見える。
しかし、その実態は。
一部では陰湿な足の引っ張り合い、派閥争い、そして何より――
ドォォン!!
バァァァァァァン!!
ガァァァァァァァァァァァン!!
優雅なティータイムのBGMにしてはあまりに騒々しい、爆発音と銃声が日常的に轟く修羅の国でもあった。
そんな「清楚」と「硝煙」が混在する奇妙な学園に、時代錯誤な羽織を身に纏った男たちの集団が降り立った。
真選組である。
「おいトシ、ここはどこなんだ? 随分とハイカラな建物ばかりだが」
「近藤さん。それは俺にも分からねぇ。……ただ」
土方十四郎はタバコに火を点け、目の前で優雅に紅茶を飲みながら手榴弾を投げ合っている女子生徒たちを眺めた。
「治安が悪いってことだけは、確かだな」
「まぁ、昔いた江戸の街も同じくらい治安悪かったですし、何も驚きませんぜ土方さん。むしろ実家のような安心感すらありますぜ」
沖田総悟は気だるげに辺りを見回し、全く動じない。
彼らにとって、銃弾と爆音は子守唄のようなものだ。
「おい総悟、あいつら……頭の上に妙なもんが浮いてねぇか? 天使の輪みたいなのがついてやがるが」
近藤勲が不思議そうに指差す。
確かに、生徒たちの頭上には、幾何学的な光の輪――ヘイローが浮かんでいた。
「へぇ……ありゃあ『天使の輪』ですか。なるほど」
沖田は口の端をニヤリと吊り上げると、どこからともなく巨大なバズーカ砲を取り出した。
「だったら土方さんにも、その輪っか(物理的な昇天)つけてやりましょうかい。お似合いですよ、死ねば誰でも仏ですからね」
「あ? 総悟テメェ何取り出して――」
沖田は土方に向けて、躊躇なく引き金を引いた。
ドカァァァン!!!
爆風が吹き荒れ、土方が黒焦げのアフロヘアになって吹き飛ぶ。
そのあまりの日常風景(?)に、唯一の常識人・山崎退がバドミントンのラケットを投げ捨てて絶叫した。
「いや順応早すぎだろォォォォ!!」
山崎は煙を上げる土方と、涼しい顔の沖田の間に入ってツッコミを入れた。
「何『郷に入っては郷に従え』みたいなノリで内輪揉め始めてんですか!? まだ着いて五分も経ってないんですよ!? まずは状況確認でしょうが! なんで異世界に来てまで平常運転なんだアンタたちは!!」
「うるせぇなザキ。俺はただ、土方さんが『天使になりたい』って顔してたから夢を叶えてやっただけ、」
「願ってねぇよ! 副長はそんなメルヘンな願望持ってねぇよ! ほら見て!輪っかがつく前に副長が黒焦げのちくわみたいになってんでしょうが!!」
『エデン条約反対!! 悪魔に魂を売ったティーパーティーに裁きを!!』
『裏切り者に裁きを!!!!』
白亜の壁に囲まれた学園の一角は、今や硝煙と怒号が支配する戦場と化していた。
顔を布で覆った女子生徒の集団が、戦車を盾に猛進してくる。
対するは、トリニティの治安を守る「正義実現委員会」の一般生徒たち。しかし、彼女たちは圧倒的な物量と狂気に押され、壊滅寸前だった。
「ど、どどどうしよう!! あの人達、撃たれても怯まずにそのまま突き進んでくる!」
「こっちの弾もそろそろ限界……うぅ、どうしよう」
「―はい、はい! みんな聞いて! さっき通信で、こっちにツルギ先輩達が向かってるって! もう少し耐えたら勝てるよ!」
「うぅ……もう帰りたい…………」
恐怖に震え、涙目で銃を握りしめる少女たち。
その頭上、崩れかけた建物の看板に向けて、暴徒側の一撃が放たれた。
ドガァァァァァァン!
爆音と共に、巨大な鉄製の看板が支えを失う。
重力に従い、落下する数トンの鉄塊。その真下には、恐怖で足をすくませた数名の正義実現委員会の生徒たちがいた。
「わっ……!?」
逃げられない。死ぬ。
少女たちが絶望に目を瞑った、その刹那。
シュッ――キンッ!!
鋭い金属音が空気を裂いた。
落ちてきたはずの鉄塊が、空中で真っ二つに両断され、少女たちの左右へとドスンと落下した。
舞い上がる砂煙の中、黒い隊服をなびかせた男が一人、静かに紫煙を燻らせていた。
「……たく。どいつもこいつも、威勢がいいのは結構だが」
土方十四郎は、愛刀を鞘に納めながら、鋭い眼光で暴徒たちを睨みつけた。
「女子供がデカい玩具(チャカ)振り回してんじゃねぇよ。危なっかしくて見てらんねぇ」
「え、あ、あの……」
呆然とする少女たちの前に、さらにもう一人の巨漢が躍り出る。
真選組局長、近藤勲である。
「ここは俺たちに任せて、君たちは下がっていなさい!」
「え!?」
近藤が両手を広げ、盾となるように立ち塞がる。
それを見たデモ隊の生徒たちが、憎悪に満ちた声を上げた。
「な、なんですかあの黒い制服……まさか、ゲヘナの風紀委員!? いや、あの毛深さ……ゲヘナの制服を着たゴリラですわ!!!!」
「誰がゴリラだ!! 俺は人間だ! それにゲヘナって何だ!?」
近藤が食い気味にツッコミを入れるが、暴徒たちの耳には届かない。
「ヘイローを持たないゲヘナの一般人……いいえ、ゴリラ……貴方には関係のない事! すぐにこの場から立ち去りなさい!」
「関係なくても放っておけるわけないだろう! 君みたいなあどけない女の子が、そんな物騒なもんを持つなんて……おじさん、絶対に許せない!」
近藤は真剣な眼差しで諭そうとする。
彼の目には、彼女たちが敵ではなく、道を誤りかけた子供にしか見えていなかった。
「ここは俺が何とかするから、早くその銃を下ろしなさい! 話せば分かる!」
「――なら……我々の邪魔をするゲヘナのゴリラめ、そこにいる悪しき正義の手先と共に、裁きを受けなさい!!」
交渉決裂。
暴徒たちがトリガーを引く。放たれた無数の銃弾が、生身の近藤へと殺到した。
「ひっ……!」
背後の少女たちが悲鳴を上げる。
だが。
カカカカカカッ!!
近藤の刀が閃き、迫りくる弾丸をすべて叩き落とした。
ヘイローなどない。神秘などない。
あるのは、修羅場を潜り抜けてきた剣豪としての技量のみ。
「なっ……!?」
「弾を……剣で……!?」
常識外れの光景に、暴徒たちが戦慄し、後ずさる。
「な、なんなのよあの人!!」
「ひ、怯んではダメです! 私たちの道を阻む悪は――」
「君らの方がよっぽど悪党(ワル)だろ」
低く、ドスの効いた声と共に、近藤が距離を詰めた。
その動きは、ゴリラというよりは獲物を狩る猛獣のそれだった。
「――おイタが過ぎるぞお嬢さん?」
ズドンッ!!
峰打ち。あるいは手刀。
近藤は生徒たちを傷つけぬよう、しかし確実に意識を刈り取る一撃を見舞い、瞬く間にその場を制圧してしまった。
†
砂煙が晴れ、静寂が戻る。
「……ふぅ。酷い有様だな……あっ、君たち大丈夫かい?」
近藤が振り返り、腰を抜かしている正義実現委員会の生徒たちに声をかける。
彼女たちは、助かった安堵と、目の前の男の強さと、そして極限状態の恐怖が混ざり合い――
「は……はい……グスッ」
「あれ、やっぱり何処か怪我してるのかな? おじさん、バンドエイド持ってるよ?」
「ち……違うんです……あの人達強くて、怖くて……死ぬかと思って……」
一人の涙腺が崩壊したのを皮切りに、全員が堰を切ったように泣き出した。
「う、うえぇぇぇぇぇぇん!! 怖かったぁぁぁ!!」
「ツルギ先輩ぃぃぃぃ!!」
「お、おぉ、よしよし! 大丈夫、もう大丈夫だ! おじさんがついてるからな! ほら、バナナあるよ!?」
大の男(しかも強面)が、号泣する女子中高生に囲まれる図。
近藤は途端にパニックに陥った。剣は振るえても、泣く子をあやすスキルは持ち合わせていない。
「え、ちょ、トシ! どうしよう!? どうすればいいんだコレ!? 大丈夫だよね!?俺、今不審者を見るような目で見てないよね!?」
「知らねぇよ。アンタが助けたんだろ、責任取ってあやしてやれよ」
「無理無理! 俺、お妙さん以外泣かせたことないもん! 嬉し泣きさせたことないもん!」
「近藤さん、俺に任せてくだせぇ」
慌てふためく近藤の横を抜け、沖田総悟が涼しい顔で歩み寄った。
彼は泣きじゃくる少女の一人の前にしゃがみ込み、優しく微笑んだ。
「お嬢さん方、怖かったね。もう安心していいからね」
「ひぐっ……う、うん……ありがと……」
「いいえ。……じゃあ、ゆっくりお休みな」
トンッ
沖田の手刀が、少女の首筋に深々と突き刺さった。
少女は白目を剥き、泥人形のように崩れ落ちる。
「え?」
他の少女たちが固まる中、沖田は流れるような動作で次々と手刀を見舞っていく。
トンットンットンッ……バタバタバタッ
一瞬にして、辺りは静寂に包まれた。
物理的な意味での「沈黙」である。
「はい、これにて一件落着でさァ。静かになって何よりですぜ」
爽やかに手を払う沖田。
その光景を目の当たりにした山崎は、声を揃えて全力でツッコミを入れた。
「おいィィィイイイイ!!」
「何してんですかアンタ!! それ永遠に泣き止むやつ! 救助した相手にトドメ刺してどうすんですか!!」
「いやぁザキ、これが一番手っ取り早い精神安定剤(物理)でさぁ」
「安定しすぎて永眠しかけてんだよ! 起きろー! 君たちー! この人たち味方だけど味方じゃないからねー!!」
悪びれもせず言い放つドS王子と、頭を抱えるゴリラとフォロ方。
トリニティの混沌は、彼らの到着によってさらに加速しようとしていた。
、その時だった。
空気を切り裂くような、背筋が凍る絶叫が鼓膜を叩いた。
「ギシャァァァァァァ!!!!! ウグゲハウハハハハ!!!!」
「なんだ!?」
土方が即座に反応し、刀の柄に手をかける。
遠くから聞こえてきたその声は、尋常ではない速度で、音源の方角を置き去りにするかのように真選組がいる場所へと肉薄してくる。
「新手か……? だが、この殺気……!」
近藤が表情を引き締めた瞬間、赤い残像が視界を横切った。
「きさまぁ――私の……可愛い後輩たちに……何をしているゥゥァァッ!!」
「!」
標的は、気絶した生徒たちの傍に立っていた沖田。
その声の主は、獣のような雄叫びを上げながら、弾丸ごとき速度で沖田へと飛び蹴りを放った。
ガギィィィンッ!!
金属同士がぶつかり合うような重い衝撃音。
沖田は瞬時に抜刀し、その蹴りを刀身で受け止めていた。だが――
(……ッ、重ぇな)
涼しい顔を崩さない沖田だったが、その腕には痺れるような衝撃が走っていた。
ただの女子生徒の蹴りではない。戦車でも蹴り飛ばしそうな質量と破壊力。
「ヒャハハハハ!!! 死ね死ね死ね死ねェ!!!」
「おっと」
声の主は防がれた足を支点にし、物理法則を無視した空中二段蹴りを放つ。
沖田は舌打ちし、バックステップでその衝撃を殺しながら後方へと吹き飛ばされるように距離を取った。
ズザザザッ……
土煙を上げて着地する沖田。その瞳には、嗜虐的な光が灯り始めていた。
(攻撃の一つ一つが重え……それに、追撃が速え。デカい図体して、随分と器用なマネしやがる)
「面白え……」
沖田は口元の血を親指で拭い、ニヤリと笑った。
「貴様が……さっきから暴れている集団の一人だな? それも、幹部クラスの……」
「は? なに言ってんでさぁ?」
「エデン条約が控えていると言うのに、よくも暴れてくれたなぁ? トリニティの顔に泥を塗るゴミクズ共がァ!!」
狂乱する少女の剣幕に、山崎が慌てて割って入ろうとする。
「いや、待ってください! 誤解です! 俺たちはそいつらから彼女たちを……!」
「ザキ」
沖田の冷徹な声が、山崎の言葉を遮った。
「余計なことするなよ。……俺、今アイツと一戦交えてぇんだ。邪魔するってんならーー」
「ザキ、まずテメェから豚箱にぶち込む」
山崎が振り返ると、そこにはこの世で一番楽しそうな顔をしたドS王子の姿があった。
「いや邪魔とかじゃなくて!! 誤解だから! 話せば分かるから!! 副長も止めてくださいよ!」
山崎が助けを求めるが、土方は冷静に相手を観察し、刀の柄に手を掛けていた。
「無駄だ山崎。あのツラを見ろ。……言葉が通じる相手じゃねぇよ。やる気満々だ」
「近藤さんは!?」
「いやぁ、あんなワイルドな女子も、案外悪くないかもしれんぞトシ」
「アンタは何でもいいのかよ!」
真選組内のコントをよそに、ツルギの殺気は膨れ上がる。
彼女こそ、キヴォトス全体でも最高峰の個人戦闘力を有し、『歩く戦略兵器』と恐れられている存在。
トリニティ総合学園3年生・正義実現委員会委員長、剣先ツルギ。
「ギチチチ……ミンチにしてやるよォォォ……」
「へぇ……上等だ。ミンチにされんのはどっちか、試してみようじゃねぇか」
沖田が不敵な笑みと共に構える。
トリニティ最高戦力 vs 江戸一のドS侍。
説明無用の開戦のゴングが、今、鳴り響いた。
――――――――――――――――――――
トリニティの白亜の校舎を背景に、異次元の戦闘が幕を開ける。
最初に仕掛けたのは、トリニティ最強の戦略兵器、剣先ツルギだった。
彼女は狂気的な笑い声を上げながら、愛用の二丁ショットガン『ブラッド&ガンパウダー』を構え、獣のような前傾姿勢で沖田へと肉薄する。
「ダンダンッ!! ダダダダッ!!」
鼓膜をつんざく爆音。至近距離から放たれる散弾の嵐。
普通なら肉片すら残らない飽和攻撃。だが、沖田はまるで舞うように体を捻り、紙一重でそれを躱していく。
「……っぶね」
涼しい顔で避ける沖田だが、ツルギに攻撃の手を緩めるつもりなど毛頭ない。
弾丸を避けた次の瞬間には、赤い靴底が沖田の顔面を捉えようと迫り、その蹴りを沖田がガードしている隙に、もう片方の手でリロードを完了させる。
カチャッ――ダンッ!!
「キャハ!
ヒャハハハ!! 踊れェェ! もっと踊り狂えェェェ!!」
「フッ!」
沖田はツルギの重い蹴りを腕で受け流し、直後に放たれた銃弾を刀の腹で弾く。
(動きがデタラメだ……銃と格闘術の複合技か。こいつは初めて見るタイプだ)
沖田は冷静に相手の動きを観察しつつも、慣れない戦闘スタイルに、防戦に回る時間がわずかに生まれていた。
「ゲヒャヒャャ……ッチ、弾切れかァ……?」
ツルギの指が空を切る音が聞こえる。
その一瞬の隙を、真選組一番隊隊長が見逃すはずがない。
「チャンス」
沖田の身体が沈み込む。狙うは足元。鋭い足払いで体勢を崩しにかかる。
だが――ツルギの反応は、常軌を逸していた。
「甘い!!」
「イテッ……やるじゃねぇか」
ツルギは足払いをジャンプで回避したわけではない。
なんと、銃身を鈍器として振り下ろし、沖田の脛を狙った足払いを強引に迎撃したのだ。
「潰れろ! 潰れろォォォォ!!」
金属塊と化したショットガンが、容赦なく沖田に襲いかかる。
掠っただけでも骨が軋む威力。
ツルギは勢いを殺さず、さらに追撃の横薙ぎを放つ。
「………フッ!!」
沖田の瞳が鋭く光る。
彼は回避を選ばなかった。振りかぶられたショットガンの軌道を見切り、その切っ先を突き出したのだ。
ガキンッ!!
鋭い金属音が響き、ツルギの持つショットガンの機関部が砕け散る。
精密無比な突きが、銃の構造的弱点を正確に貫いたのだ。
「潰れんのはテメェだ……」
「!」(こいつ……正確に私の銃の機関部へ突きを入れた……!? なんてコントロールだ!)
ツルギの動きが一瞬止まる。
「残念でしたね。伊達に死闘を潜り抜けてきてねぇんでさぁ」
「見ればわかる……だが、銃はもう一本ある。この距離で……どう隙を作るゥ?」
ツルギは壊れた銃を投げ捨て、残ったもう一本の引き金に指をかける。
ゼロ距離射撃。
だがその時、沖田の姿は既にそこにはなかった。
身体を捻り、バックステップで間合いを大きく空けていたのだ。
そして、沖田は刀を構える。
その構えは、ただの剣術ではない。ある種の必殺の型。
「まさかこいつを使う相手が、あのチャイナ娘ではなくお前になるとはねぇ」
「っ!?」(何かがくると感じたツルギは、本能的に身構える)
次の瞬間。
沖田の周囲に、不可視の斬撃が九つの閃光となって顕現した。
捌 壱 弍
漆 玖 参
陸 伍 肆
「ぐっ、っ!!(なんて、速さの攻撃だ……!)」
「クズ龍閃(くずりゅうせん)! ……意外と簡単でさぁ」
ズドンッ!!!
九つの斬撃が同時にツルギを襲う。
回避不能の連撃。
ツルギはその衝撃に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
通常であれば、気絶どころか五体満足でいられるはずもない絶技。
だが――。
『――まだだ……まだ足りないィ!』
土煙の中から、ゆらりと影が立ち上がる。
「……やっぱり只者じゃねぇな」
沖田は眉をひそめた。
ツルギは立っていた。制服は裂け、多少の血は滲んでいるものの、致命傷には程遠い。
キヴォトス人の耐久力、そしてツルギ自身の異常なタフネス。
「正直……普通ではないと思っていた。最初の攻撃を防いだ時や、ショットガンの攻撃をするりと避けたその時から……。しかし、ここまでとはなァ」
ツルギの瞳から狂気が消え、代わりに冷徹な戦士の光が宿る。
「あれ? 意外と冷静なんですね」
「お前……何者だァ? よく見ればヘイローが無い。キヴォトス人では無い『弱い』はずの人間が、そんな力を持っているなんて……普通に考えたら有り得ない。……何をした?」
「鍛えました」
沖田は即答する。
「キヒヒ……そんな嘘を………いや、本当か?」
ツルギは鼻を鳴らす。嘘の匂いはしない。
「へい。じゃあ俺からも一つ聞いていいですかい?」
「なんだ」
「さっき、確実に攻撃は喰らわせたと思うんですけど……痛み、感じてやすかい?」
「いいや喰らったさ。……しかし、もう完治した」
ツルギの傷が、見る見るうちに塞がっていく。
その驚異的な回復力に、沖田は内心で舌を巻く。
(ヤベェな……あのチャイナ娘(神楽)並みにヤベェ。ゾンビかよ)
「――しかし、全部喰らったせいか少しばかりダメージが入っているな。少し視界が悪い……。早めに終わらせる!」
「いいぜ! 次で終わらせてやりまさぁ」
再び、二つの影が激突する。
ツルギは残ったショットガンを乱射しながら突進し、沖田はそれを刀で弾きながら斬りかかる。
互いに一歩も引かない高速の攻防。それはもはや、人間業を超えた「鬼ごっこ」だった。
「は、早すぎて見えないです。局長!」
山崎が目を回す。
「なんでアイツ、あの化け物みてぇな女と互角なんだ!?」
近藤も驚愕を隠せない。
そして、物陰で目を覚ました正義実現委員会のモブ隊員が、涙目で祈るようにつぶやいた。
「ハスミ先輩ぃ……早く来てくださぁい……」
一方、ツルギは冷静に戦況を分析していた。
(どうする……奴の体力は底が見えない。技術も上だ。このまま泥仕合を続けては、先に私の集中力が切れる。……詰めるしか手はないな)
ツルギは覚悟を決める。
次、沖田が間合いを詰めてきた瞬間、ショットガンを足元へ向けて放ち、体勢を崩してゼロ距離から叩き込む。
そう、シミュレーションした。
はずだった。
沖田が、刀を鞘に納めるまでは。
「(納刀……? 抜刀術か!?)」
ツルギが警戒レベルを最大に引き上げた、その時。
ズンッ!!
沖田が背中から取り出したのは、刀ではなかった。
巨大な鉄の塊――ロケットランチャーだった。
「ロケットランチャー!?」
ツルギの目が点になる。
「もうめんどくさいんので、一発で決めますぜ」
沖田は無慈悲に引き金を引いた。
ドカァァァン‼︎
轟音と共に放たれたロケット弾。
それは地面を抉り、回避行動を取ろうとしたツルギの足元で炸裂した。
剣劇の応酬だと思い込んでいたツルギにとって、それはあまりに不意打ちすぎる一撃だった。
「ぐぁ……ッ!?」
爆風に吹き飛ばされ、ツルギが地面に転がる。
手からショットガンが滑り落ち、彼女はついに沈黙した。
勝負あり――。
その結末は、あまりにも真選組らしい(卑怯とも言う)幕切れだった。
砂煙と硝煙が混じり合う、荒れた学園の片隅。
沖田はロケットランチャーを無造作に放り捨てると、息を整えて倒れ伏すツルギを見下ろした。
「まだ、やるかい?」
その問いに、ツルギは口元の血を拭いながら、力なく首を振った。
「……いや。背中にダメージが行き過ぎた……もう動けん」
「………手加減、してたな」
「………」
ツルギの目が僅かに見開かれる。沖田は懐からアイマスクを取り出しながら、淡々と続けた。
「さっき、俺が二つある銃の内の一つ壊して、もう一つの銃で撃とうとした時……反応が明らかに遅かった。それに、狙いは胴体じゃなくて足だった。殺気はあっても、殺意は削いでやがった」
「……気づいていたか」
「あぁ。俺も殺し合いのプロなんでね」
沖田は手を差し伸べるでもなく、ただそこに佇む。
「お前たち……何者だ?」
「ああ? こんだけ派手に暴れた後に自己紹介か?」
「私は剣先ツルギ……これでも正義実現委員会の委員長をしている……」
ツルギはボロボロの制服で体を起こし、名乗った。その姿からは、先程までの狂気は消え失せ、職務に忠実な一人の生徒としての理性が戻っていた。
「へぇ、奇遇だなぁ。俺も一応、組織のトップの補佐をしていてな……」
沖田はニヤリと笑い、親指で自分を指した。
「俺は沖田総悟。真選組副長の男でさぁ」
「何どさくさに紛れて勝手に副長宣言してんだ!!」
すかさず土方の怒号が飛んでくるが、沖田は無視して手を差し出し続ける。
「――真選組…の…フクチョウ?」
「ま、まぁまぁ! と、とりあえずお話しをしませんか? 怪我の手当てもしたいですし」
近藤が人の良さそうな笑顔で割って入る。
ツルギはおずおずと、その血塗れの手を差し出した。
「……あ…は……はい…」
殺し合いの果てに芽生えた、奇妙な友情。
戦場に少しだけ温かい空気が流れた、次の瞬間だった。
『ばけ――もの!!』
「――!」
瓦礫の陰から、一人の生徒が飛び出した。
その手にはピンの抜かれた手榴弾。
『消えなさい!!』
放物線を描いて飛来する死の塊。標的は、動けないツルギと、その傍にいる近藤たち。
ツルギが反射的に動こうとするが、ダメージの残る体は悲鳴を上げ、反応が遅れる。
(しまっ――!)
ツルギが死を覚悟した時、視界が大きな「背中」に覆われた。
「大人しく、して!」
「ぐっ! ……で、ですかこれであの二人は―――――――へ?」
ドォォォォォォォン!!!
爆風と炎が巻き起こる。
投げた生徒はすぐに駆けつけた正義実現委員会のモブによって取り押さえられたが、彼女は「やった!」と歪んだ笑みを浮かべていた。
だが。
もうもうと立ち込める黒煙の中から、その影は現れた。
羽織は焼け落ち、炭となって風に舞う。
しかし、その下に現れたのは――傷一つ負わず、黒い隊服に身を包んだ近藤勲の姿と、彼にガッチリと抱き抱えられ、守られたツルギの姿だった。
「……危ない奴らだ。後でしっかり指導せねばな」
近藤は煤けた顔を拭いもせず、腕の中の少女を気遣った。
「大丈夫か? お嬢さん」
「は……ぇ……ぁ……ぅ……」
状況を整理しよう。
爆発から身を挺して守ってくれた、逞しい男性。
至近距離で見つめ合う瞳。
太く、温かい腕の中。
構図は完全に、お姫様を守った王子様(ただしゴリラ似)である。
ツルギの脳内CPUが、戦闘モードから乙女モードへと強制切り替えを起こし――そして、オーバーヒートした。
ボッ!!!!
音が出そうなほどの勢いで、ツルギの顔が真っ赤に染まる。
「――キ…ぇ……あ…わ…あわわわ…あわわわわわ……/////」
「ん? どうした? どこか痛むのかな?」
「き――キェ――!」
「おや? 顔が赤いですよ? 熱でもあるのかな、とりあえず誰か――」
近藤が心配して顔を近づけた、その時。
ツルギの羞恥心が限界を突破した。
「キェェェェェェェェェッッッッ////////!!」
「オブッ」
ドガッッッ!!!
ツルギは照れ隠しの奇声を上げながら、近藤の顎先めがけて渾身のアッパーカットを叩き込んだ。
ゴリラのような巨体が、紙切れのように空高く舞い上がる。
「近藤さーん!!」
「きょ、局長ォォォ!!」
土方と山崎が絶叫し、空の彼方へ消えていく近藤を目で追う。
†
「こちら正義実現委員会です!! 大人しく投降を………」
そこへ、遅れて到着した増援部隊――羽川ハスミと静山マシロが現場に踏み込んだ。
しかし、彼女たちが目にしたのは、予想外のカオスだった。
「えーーと……なんですか、この状況は……」
ハスミが呆然と呟く。
目の前には、顔を真っ赤にして「あわわ」と身をよじる委員長・ツルギ。
その近くで呆気にとられる侍たち。
そして――
「先輩が赤面しながら照れていて……空から、おそらくゴリラに近いゲヘナの制服らしい方が、地面に落ちてきましたね」
マシロが冷静に空を見上げて実況する。
ズドォォォォン!!
「―――痛ぇ……」
地面に大の字にめり込んだ近藤が、呻き声を上げる。
江戸でもキヴォトスでも、近藤勲はどこへ行っても女性から手ひどい扱い(物理)を受ける運命にあるようだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
キヴォトスと呼ばれる学園都市において、最も広大で、最も危険な自治区。
その名は、ゲヘナ学園。
「自由」と「混沌」を校風――いや、絶対的な指針として掲げるこの場所では、常識という言葉は銃弾一発よりも軽い。
破天荒、型破り、粗暴。そんな言葉で飾られた生徒たちが闊歩し、挨拶代わりに銃撃戦が繰り広げられる。
校舎の壁は穴だらけ、グラウンドは爆撃跡だらけ。教育機関としての機能はとうに崩壊し、そこにあるのは「ヒャッハー!」が飛び交う世紀末の荒野のみ。
そんな無秩序な地獄(ゲヘナ)の均衡を辛うじて保っているのは、生徒会である『万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)』――ではなく、実質的な治安維持組織である『風紀委員会』と、その頂点に立つ委員長・空崎ヒナの圧倒的なカリスマと武力だけだった。
そんな、硝煙と狂気が支配する学園の正門前に、場違いなほどに白く、整然とした集団が降り立った。
白い制服、冷徹な眼差し、そして漂う「エリート」の風格。
エリート警察組織、見廻組である。
「はて? ここはどこでしょうね? 随分と空気が悪い。私の携帯の電波も圏外とは……田舎なのでしょうか? ……信女さん」
局長である佐々木異三郎は、モノクルを光らせながら、優雅に携帯電話を操作(しようとして諦め)し、隣に立つ少女へと声をかけた。
だが、返ってきたのは言葉ではなく、咀嚼音だった。
モグッ、モグモグモグ……
「……あれ?」
異三郎が視線を向けると、副長である今井信女は、周囲で鳴り響く爆発音など意に介さず、幸せそうな無表情でドーナツを頬張っていた。
口の周りには砂糖がつき、その手にはミスターなドーナツの箱が抱えられている。
「まだ食べてたんですか? ドーナツ……。これから敵地に乗り込むかもしれないというのに、糖分補給ですか。仕方ありませんね」
異三郎は呆れたように肩をすくめ、しかし即座に気を取り直して、いつもの「エリートポーズ」を決めた。
「いいですか皆さん。我々はエリートです。エリートたるもの、未知の土地であっても動じてはいけません」
彼はバサリとコートを翻し、部下たちへ命令を下す。
「エリートのリーダーとして、私がこの荒廃した土地の情報をササッとスマートに調べてきます。メールの一通でも打つ間に解決してみせましょう。……なので」
異三郎は、ドーナツを咀嚼し続ける信女を指差した。
「君たちは信女さんの口の周りの砂糖を拭いてあげなさい。あと、ドーナツが喉に詰まらないように見守りなさい。それがエリートな部下の仕事です」
『ハイ! 局長!!』
一糸乱れぬ敬礼を返す見廻組の隊員たち。
こうして、ゲヘナの混沌の中に、もう一つの「厄介な秩序(エリート)」が足を踏み入れたのだった。
次回に続く
次回予告
ヒナ「銀ちゃん今日は私がゲヘナ学園を案内するわ」
銀時「あぁ頼むわ」
ヒナ「いろいろ問題があるけど出来るだけ片付けて来たから大丈夫だと思う」
銀時「まぁ俺も先生だし生徒指導なら手伝うわ」
次回 中編
〜透魂〜第一回キャラクター人気投票
-
銀時
-
新八
-
神楽
-
沖田
-
土方
-
山崎
-
高杉
-
桂
-
定春
-
エリザベス
-
ホシノ
-
シロコ
-
ヒナ
-
アコ
-
ミカ
-
ナギサ
-
セイア
-
ユウカ
-
ノア
-
近藤