透き通る世界を照らす銀魂(ぎんのたましい)   作:時代に遅れている

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なんかコメントが欲しい出来れば良いこと書いたコメント
いつもくれる方ありがとうございます!


第二十一訓 遺跡探索での報酬で俺たちは悪くねぇ!

前回からの続き。

「40秒で支度しな!」

 銀時の(パクリ全開の)無茶振りを受け、ゲーム開発部の部室は戦場のような慌ただしさに包まれていた。

 引き出しが開け放たれ、機材が鞄に詰め込まれていく。

 そんな中、一人だけ動こうとしない少女がいた。

「……お姉ちゃん?」

 ミドリだけは、リュックサックに携帯ゲーム機と大量のスナック菓子(コンソメ味)を詰め込んでいる姉を、マイナス50度の冷ややかなジト目で見つめていた。

「ミドリ! 何突っ立ってんの! とりあえず出かける準備だけして! 時間ないよ! ドーラの飛行船が出発しちゃう!」

 急かすモモイに対し、ミドリは微動だにしない。彼女は腕を組み、深々と溜息を吐き出して口を開いた。

「……まだ銀さんたちにも、私にも、ちゃんとした『理由』と、その『廃墟』がどんな場所か、具体的に話してないよ? 勢いだけで連れて行こうとしてもダメだからね。それに、お菓子は遠足じゃないんだから」

「あ! ……そうだった! ――んんっ!」

 ミドリの正論に、モモイはハッとして動きを止め、わざとらしく咳払いを一つした。

 そして、どこかのトレジャーハンターのようにキリッとした表情を作り、得意げに人差し指を立てた。

「説明しよう! まず『廃墟』っていうのは、ミレニアム自治区の郊外にある場所なんだけど……少し前までは、あの行方不明の連邦生徒会長が立ち入りを完全に封鎖していた、超・重要機密エリアなの!」

「ふむ……」

 その言葉に食いついたのは、白衣のアフロ科学者、Mr.カッツーラ(桂)だ。

「連邦生徒会長直々の封鎖……立ち入り禁止区域だったということは、何か国家レベルの重要な秘密、あるいはオーパーツが隠されている場所に違いない。……一体何があったんだ?」

 桂はひび割れた丸メガネを光らせ、革命家としての血を騒がせながら身を乗り出す。

 モモイは、大人の関心を引けたことに満足げに頷き、声を潜めた。

「そこはね、誰も入ったことがないのか、そもそも物理的に入ることができないのか……それとも、入ったが最後、帰って来れていないのか……それすらもわからない、未知の領域なんだよ!」

「……」

 その言葉を聞いた瞬間。

 銀時の顔色が、イチゴ牛乳よりも白く、便器のように真っ白に染まった。

「わ、私はやめようって言ったんですよ? でも姉が『絶対にお宝がある』ってきかなくて……」

 ミドリが弁明しながら、ふと横を見ると、ガタガタとマナーモードの携帯のように震えだしている銀時がいた。

「あの……銀さん、大丈夫ですか? 顔色が、その……死人みたいに真っ白だけど……」

「だ、大丈夫だよ……! こ、こ、怖くなんかねぇから! コレはアレだよ、そう、武者! 武者震いだから! 戦を前にした侍の、魂の高ぶりだから!」

 銀時は心霊現象やお化けが、この世で最も(ユウカの説教の次に)苦手である。

 「廃墟」「帰って来ない」「未知の領域」――これらのパワーワードは、彼の脳内で「霊(スタンド)が出ます」と同義語に変換されていた。

「お、俺は……みんなの帰りをここで、ジャンプ読みながら待ってるから……。ほら、留守番も大人の大事な任務だし? 空き巣が入ったら大変だし? それに、最新号の『To LOVEる』のえっちな展開が気になって夜も眠れねぇし……」

 必死に逃げ道を探し、クズな理由を並べ立てる銀時。

 しかし、桂は空気を読まずにさらに追及する。

「モモイ殿。その情報とは? 何故そこまで『ある』と確信を持っている?」

 モモイは胸を張り、瞳をキラキラと輝かせて答えた。

「フフンッ……昔のミレニアム、ううん、昔のキヴォトスには、伝説的なゲームクリエイターがいたの。その人がミレニアム在学中に作った、究極の秘伝書……それが、『G.Bible(ジー・バイブル)』!」

「G.Bible……ほほう」

 名前は初耳だが、なんだか凄そうな響きだ。桂は「なるほど、我が松下村塾の教えのようなものか」と勝手に解釈して深く頷いた。

「詳しい内容は誰も知らないけど、噂によれば、その中には最高のゲームを作れる秘密の方法、ツール、エンジン……すべてが入ってるんだって! それさえあれば、素人でも絶対に神ゲーが作れるの!」

 夢のような話に目を輝かせるモモイ。

 だが、銀時は依然として椅子の背もたれにしがみついたまま、震える声で水を差した。

「……あ〜ハイハイ、出たよG.Bible。Gって何だよ、Gって。アレか? 『G』ってのは『ゴキブリ』のGか? 読むだけで台所の黒い悪魔を駆逐できる、バルサンの説明書か? どうせアレだろ? タイトル画面で『上上下下左右左右BA』とか入力したら最強装備が手に入るとか、そういう裏ワザが書いてあるただの攻略本じゃねーの? ほら、ファミ通の袋とじ的なヤツ」

「違うよ! そんな付録みたいな扱い雑なものじゃなくてーー! もっと神聖なものなの!」

「ま、まぁでもさ……そんな胡散臭い同人誌探すより、オレはジャンプの懸賞ハガキ書いて、プレステ5当てる方が大事だし? みんながそのGなんとか探してる間、ここで優雅に待ってるってことで。……いや、マジで怖くなんかねぇし。ホントだって。オバケとか非科学的なモノ、信じてないから」

 銀時は椅子の背もたれと一体化し、テコでも動かない構えを見せる。

 しかし、モモイは銀時の反対をものともせず、必死に食い下がった。

「絶対にあるって! 読めば最高のゲームを作れるようになる、ゲームクリエイターの聖書だもん! そのG.Bibleを読めば、最高の『テイルズ・サガ・クロニクル2』が作れるはず! だから、そんなこと言わずに銀さんも行こうよ! 先生なんでしょ!?」

「……なんでもかんでも大人の先生に頼ってはいけません!! 少しは自分の力で大秘宝(ワンピース)を掴み取る、大航海にでなさい!! ルフィの麦わらを見習いなさい!! 己の力で海賊王におなり!!」

 大人げなく喚き散らす銀時。

 その一方で、ミドリは冷静に疑念を抱きながら口を開いた。

「お姉ちゃん。そもそも、その廃墟にG.Bibleがあるって……誰に言われたの? いつものネットの都市伝説掲示板?」

 モモイは自信満々に即答する。

「ヒマリ先輩が言ってたの!」

「えっ」

「『キヴォトスから消えて忘れ去られたものが集まる、時代の下水道みたいな場所かもしれない』って!」

 ミドリは驚いて問い返す。

「ヒマリ先輩って……あの『特異現象捜査部』部長で、『ヴェリタス』の元部長……車椅子に乗った『超天才清純派病弱美少女ハッカー』の、あのヒマリ先輩?」

「そう!」

「あの、いつも『私は何でも知っていますよ』って全知全能みたいな顔してるヒマリ先輩が、『かもしれない』って言うなんて……それくらい、データすらない未知の場所ってことだね……。でも待って、お姉ちゃん。本当にそれだけの不確かな理由で行くの? 危険すぎるよ!」

 ミドリの懸念は尤もだ。ミレニアム随一の天才が確証を持てない場所に、非力なゲーム開発部(とポンコツな大人)が飛び込むのは自殺行為に等しい。

 だが、モモイは怯むことなく答えた。

「それだけじゃないよ! ヴェリタスに無理言ってG.Bibleの捜索を依頼したら、最後にG.Bibleの信号……稼働が確認された座標を教えてもらったの。そこは『普通の地図には存在しない場所』だったんだ!」

 地図にない場所。

 その響きに、銀時の顔から完全に生気が消え失せ、魂が口から半分抜けかけた。

(地図にないって……え、嘘でしょ? それってアレじゃね? 行ったら最後、神隠しに遭うやつじゃねぇ? ネットでよく見る『きさらぎ駅』的なやつだろソレェ!? 帰りの切符ないヤツだろ!?)

 ミドリは銀時と桂に振り返り、心配そうに尋ねる。

「銀さん、カッツーラさんはどう思――」

 ガリッ!!

 突然、ミドリの言葉を遮るように、骨が軋むような嫌な音が響いた。

 続いて、銀時が大きく口を開け、カエルのように目をひん剥いて声を漏らした。

「―――――――ゴプッ!」

「銀さん!?」

「吐血!?」

 ミドリとモモイが驚愕し、悲鳴を上げる。

 銀時の口から、鮮血がダラダラと流れ落ちたのだ。

 それは、恐るべき病魔によるものではない。敵の襲撃でもない。

 自らの生存本能(危機感)が警鐘を鳴らし、絶対に幽霊スポットに行きたくない一心で、思わず自分の舌を思い切り噛み切った(寸前の)音だった。

 銀時の「逃げたい」という執念は、自傷行為すら厭わないレベルに達していたのである。

【ゲーム開発部・パニックルーム】

「まずいよ! お姉ちゃん、銀さんが! 銀さんが死んじゃう!」

 突如として口から大量の鮮血を吐き出し、白目を剥いて倒れた銀時。

 その惨状を目の当たりにしたミドリは、涙目でパニックに陥り悲鳴を上げた。

「えっ、えっと、だ、だだだ大丈夫だよミドリ!」

 姉であるモモイも完全に冷静さを失っていた。彼女は銀時の介抱をするでもなく、部室の学習机に駆け寄り、手当たり次第に引き出しをガタガタと開け閉めし始めた。

「とりあえず引き出し開けまくって、タイムマシンを探そう!! 過去に戻って銀さんが血を吐くのを止めるんだ!」

「お姉ちゃんが落ち着いてよ!! ドラえもんはミレニアムにはいないから!!」

 現実逃避を始めた姉に、ミドリの悲痛なツッコミが飛ぶ。

 阿鼻叫喚の地獄絵図。そんな中、一人だけ腕を組み、泰然自若としている男がいた。

 白衣のアフロ、Mr.カッツーラ(桂)である。

「フン、この程度のトラブル如きで狼狽えるとは情けない!」

「カッツーラさん!」

 ミドリがすがるような目を向ける。大人の、しかも科学者(自称)の冷静な対応。これなら銀さんを助けられるかもしれない。

「カッツーラさんじゃない、桂だ。ここは俺に任せておけ……」

 桂はゆっくりと銀時の傍にしゃがみ込み、その顔を覗き込んだ。

「……………」

 銀時もまた、薄目を開けて桂を見つめ返す。

(ヅラ……! 頼むヅラ、気づいてくれ! 俺のこの完璧な『廃墟に行きたくないがための仮病(セルフ舌噛み)作戦』に気づいてくれ! そして「おのれ病魔め! 仕方ない、ここは彼を休ませよう」って言ってくれ! お願い!)

 言葉を発せない銀時は、必死にテレパシーで長年の腐れ縁にメッセージを送る。

 数十秒の沈黙。桂は何かを確信したように深く頷き、立ち上がった。

「……………どうやら」

 ゴクリ、と双子が息を呑む。

 桂はメガネをスッと押し上げ、深刻な表情で言い放った。

「――G.Bibleに取り憑かれたようだ」

「「えぇ!?」」

 ミドリとモモイの声がハモる。

「G.Bibleに!?」

 モモイが驚愕の声を上げた。

 そして、床に転がっている銀時の心の中では、ツッコミのビッグバンが起きていた。

(オイィィィィ!! なんかとんでもねぇ方向に話飛んでったんだけど! 俺の仮病どこ行った!? っていうかお前、G.Bibleより完全に『BLEACH』に取り憑かれてるよ!! 久保帯人先生に怒られるよ!!)

 銀時の魂の叫びは声にならない。

 桂は真剣な顔のまま、何もない空間を見つめて解説を続ける。

「うむ。このまま放っておけば、間違いなく奴の魂は『虚(ホロウ)』に連れ去られてしまう……。胸に穴が開き、白い仮面を被ることになるだろう」

「すいません、カッツーラさん……」

 ミドリが、冷や汗を流しながら震える指で桂の背後を指差す。

「カッツーラさんの背後に浮かんでるイメージ図が、完全に『尸魂界(ソウルソサエティ)』なんですけど? 瀞霊廷が見えるんですけど?」

「このままだと、彼の魂は『卍解』しなくてはならなくなる!」

「いや、ソレ完全に別作品から引っ張ってきてるよねカッツーラさん!! 設定がごちゃ混ぜだよ!」

 ミドリの必死のツッコミも虚しく、ゲーマーであるモモイの思考回路は、その厨二病的な設定に見事なまでにリンクしてしまった。

「そうか! つまり、廃墟に行ってG.Bibleを見つけ出し、その力を使って銀さんを卍解させてあげれば良いんだ!!」

「大正解だモモイ殿。君は優秀な『死神』になれるぞ」

 桂が親指を立ててモモイを褒め称える。

(ならねーよ! ソイツは卍解も出来ないよ!! 馬鹿開(バカカイ)しかできねーよソイツゥゥゥ!! っていうか俺の口から血がダラダラ出てるの放置かよォォ! 誰か止血してェェェお願い!!)

 銀時は床の血溜まりの中で、一人孤独にツッコミを入れ続けていた。だが、熱血アニメの主人公モードに入ってしまった二人に、その声は届かない。

「行こう! 明日の夕陽に向かって!! 銀さんの魂を救うために!」

「レッツゴー!! 廃墟へアヴァロン!!」

 桂とモモイは、窓から差し込む夕陽に向かって、なぜか戦隊ヒーローのようなポーズをビシッと決めた。

(アヴァロンンン!!!)

 残されたのは、絶望する常識人(ミドリ)と、自業自得で舌を噛み切って死にかけている男(銀時)だけ。

 かくして、彼らのG.Bibleを求める(ツッコミ不在の)大冒険が、強制的にスタートするのであった。

【ミレニアム自治区郊外・廃墟構内】

 そこは、最先端の科学都市ミレニアムがひた隠しにしてきた「技術の墓場」だった。

 かつては威容を誇っていたであろう高層ビル群は半壊し、剥き出しになった鉄骨が痛々しく絡み合っている。コンクリートの亀裂からは鬱蒼とした草木や蔓が這い出し、文明の痕跡を緑の暴力で飲み込もうとしていた。

 錆と湿った苔の匂いが立ち込める中、静寂を破るのは「ガシャン、ガシャン」という無機質な駆動音だけ。

 瓦礫の山や荒れ果てた道の上を、無数の「ロボット兵」たちが亡霊のように徘徊していた。

「出入り禁止区域っていうから、まぁそれなりにヤバい場所だとは思ってたけど……冷や冷やするね~」

 モモイは引きつった笑みを浮かべ、額ににじんだ冷汗を手の甲で拭った。

 普段はゲームのモニター越しにしか見ない「廃墟ステージ」も、リアルな肌寒さと鉄の匂いを伴うと、途端にホラーゲームへと変貌する。

「このロボット、一体何なんだろう……」

 ミドリが不安げに口を開き、モモイの背中に半分隠れるようにして周囲を窺う。

 徘徊するロボット兵たちは、赤く濁ったカメラアイを光らせ、その手には物騒な銃器や、ギザギザの刃こぼれが目立つ剣を握りしめている。

 いくらキヴォトス人が常人より頑丈なヘイロー持ちとはいえ、これほどの数の機械兵団に一斉掃射されれば、ただでは済まないだろう。ゲームオーバー(現実)はすぐそこを歩いている。

「こんなのがうろついてたら、そりゃ立入禁止にもなるよね……」

 モモイも同じく、強がってはいるものの不安を隠しきれず、声が上ずっていた。

「……ねぇお姉ちゃん。本当にこんな場所に、G.Bibleなんてあるの? どう見てもボスの気配しかしないんだけど……」

 ミドリが尤もな疑問を口にする。しかし、生粋のゲーマーであるモモイの思考回路は、恐怖よりも「お宝フラグ」への期待が上回っていた。

「ある! 絶対にあるよ! だって、こういう高難易度ダンジョンの最奥には、絶対レアアイテムの宝箱があるってRPGの鉄則じゃん!」

 根拠のない自信満々なモモイの宣言。

 だが、その張り詰めた空気を、白衣のアフロが優雅に切り裂いた。

「モモイ殿……。良いお知らせと悪いお知らせ、どちらを聞きたい?」

 背後を歩いていたMr.カッツーラ(桂)が、ふと足を止めて尋ねてきた。その声は、なぜか酷く冷静で、平坦だった。

「え? なんで急にそんな洋画みたいなこと言うの? う、うーんと……じゃあ、悪い方から」

 モモイは戸惑いながらも、恐る恐る答える。

「悪いお知らせと来たか……。悪いお知らせはなーー」

 桂はひび割れた丸メガネを中指で押し上げ、感情の読めない声で告げた。

「敵に囲まれた……」

 ピタリ、とモモイの足が止まる。

 だが、彼女はすぐさま「またまた冗談を」とばかりに苦笑いを作った。

「そんな馬鹿な〜! ちょっと足音立てて騒いだぐらいで、そんなすぐにエンカウントするわけ……」

 モモイは笑い飛ばそうとしながら、自らを安心させるように、ポンと自分の右肩に置かれた「手」をギュッと握りしめた。

「ねぇ、ミドリ? カッツーラさんったら変な冗談ばっかり……」

 モモイは語りかけながら、その手に違和感を覚える。

 硬い。そして、氷のように冷たい。

 微かに機械油の匂いがする。何より、指の関節が金属のプレートで覆われているような……。

「アレ? ミドリ……随分と手が冷たいね。それに、なんかゴツゴツして……」

 モモイが不思議そうに振り返ろうとした、その瞬間。

「お姉ちゃん……」

 ミドリの声は、モモイの右肩からではなく――数メートル前方から聞こえた。

 ハッとして前を見ると、ミドリは顔面を蒼白にさせ、ガタガタと震える指でモモイの『背後』を指差しているではないか。

「ソレ……」

 ミドリの瞳に映っていたもの。

 それは、モモイの背後に音もなく立ち塞がり、赤く濁ったレンズを光らせながら、無機質なマニピュレーター(鋼鉄の腕)を彼女の肩に置いている――巨大なロボット兵の姿だった。

 そしてモモイが握りしめているのは、ミドリの温かい手ではなく、冷たい殺意を放つ鋼鉄の指である。

「――――」

 モモイの時間が、完全に停止した。

 廃墟に、一触即発のデッドエンドの足音が響き渡る。

【ミレニアム自治区郊外・廃墟構内】

 ギギギ……と、油の切れた錆びた歯車が軋むような音を立てて、モモイは首を真後ろへと向けた。

 視界を埋め尽くしたのは、血のように赤く発光する無機質な単眼レンズ。

 そして、自分の肩を万力のようにガッチリとホールドしている、傷だらけの鋼鉄のマニピュレーター。

「あ、あはは……。こ、こんにちは……?」

 痙攣する頬を引きつらせ、愛想笑いを浮かべるモモイ。

 だが、ロボット兵は挨拶を返す代わりに、手にした巨大な銃剣をガチャリと水平に構えた。

 無慈悲な殺意のロックオン。

 モモイの脳内で、危険を知らせるエマージェンシー・アラートが最大音量で鳴り響いた。

ギャァァァァァァァァァァアアアアア!!?《/shake》

 廃墟の静寂を木端微塵に粉砕する、鼓膜を劈くような絶叫。

 それを合図にしたかのように、周囲に点在していた無数のロボット兵たちのカメラアイが一斉に赤く発光し、不気味な駆動音を響かせながら彼女たちへと群がり始めた。

「逃げるよお姉ちゃん!!」

「ヒィィィィ!! 無理無理無理無理!! 適正レベル足りないよォォォ!! 初心者狩りエリアじゃんここォォ!!」

 双子は悲鳴を上げながら、全速力で荒れ果てた瓦礫の道を駆け出した。

 もはや探索どころではない。生き残るためのデスランニングである。

 背後からは、無数の金属足がコンクリートを削る音と、容赦のない銃撃音が迫ってくる。レーザーが頬のすぐ横を掠め、瓦礫を吹き飛ばした。

 だが、そんな必死の逃走劇の中。

 その後ろを、白衣をバサバサと翻しながら、Mr.カッツーラ(桂)が息一つ乱さず涼しい顔で並走してくるではないか。

 しかも彼の右脇には、口からダラダラと鮮血を流し、白目を剥いて完全に気絶している(仮病から本物の気絶に移行した)銀時が、まるで丸めたカーペットか特売のネギか何かのように小脇に抱えられていた。

「カ、カッツーラさん!?」

 大人の成人男性を片手で抱えながら、陸上選手顔負けの美しいフォームで併走するアフロの狂人。ミドリは走りながらも、そのシュールすぎる光景にツッコミを入れそうになるのを必死で堪えた。

 そして、ふと思い出したように叫ぶ。

「そ、そういえばカッツーラさん!! ひ、必死に逃げてる最中に聞くことじゃないかもしれないけど! さっきの『良いお知らせ』は何なの!?」

 先ほど、この男は確かに言った。「良いお知らせと悪いお知らせ、どちらを聞きたい?」と。

 悪いお知らせは『敵に囲まれたこと』。ならば、この絶望的な状況を打破するような『良いお知らせ』が何かあるはずだ。援軍か、脱出ルートか、それとも敵の弱点か。

 ミドリとモモイは、一縷の望みをかけて桂の言葉を待った。

 桂は走りながらも、余裕の笑みを浮かべて丸メガネを光らせた。

 そして、自信に満ちた声で堂々と宣言する。

「フッ……良いお知らせはーー」

 ゴクリ、と双子が息を呑む。

 桂は前を向いたまま、爽やかに言い放った。

「ないな」

「…………は?」

「ないな」

「…………え?」

 時が止まった。

 ミレニアムの廃墟に、虚無の風がヒューッと吹き抜ける。

「な、ない!? 良いお知らせ、ないの!? ゼロ!?」

 ミドリの悲痛なツッコミが、廃墟の静寂を切り裂いた。

 桂は悪びれる様子など微塵も見せず、むしろ胸を張ってキリッとした表情で頷く。

「うむ。強いて言えば、今朝見た星占いで俺の星座が1位だったことくらいか。だが、現在のこの死地に直結するような良い知らせは一切ない! 我々は完全に袋の鼠、チェックメイトだ!」

「なんでそんな絶望的な状況を堂々と言い切れるの! 大人でしょ! 科学者でしょ! なんとかしてよぉ!!」

 モモイが半狂乱になって叫ぶ中、事態はさらに悪化の途を辿る。

 ガシャッ、ガシャッ、という不気味な駆動音が、周囲の瓦礫の陰から次々と響き始めたのだ。

 一体だけではない。赤く光るカメラアイが、暗がりの中から十、二十と浮かび上がり、完全に彼女たちを全方位から包囲していた。

「ピガガ……目標……ロックオン……」

 チャキッ、と無数の銃口が一斉にモモイたちへと向けられる。

「終わった……G.Bibleどころか、私たちの人生がバッドエンドだよぉ……」

 モモイが膝から崩れ落ちそうになる。

 しかし、桂だけは無駄にポジティブだった。

「フハハハハ! 走れ若者よ! 人生という名のゲームにおいて、常にハッピーエンドが用意されているとは限らん! さぁ走れ! 立ち止まれば蜂の巣だ!」

「アンタのせいで余計に絶望感増したよ!! 責任取ってよ大人ァァァ!!」

 半泣きになりながらモモイが叫ぶ。

 絶え間なく降り注ぐレーザーの雨と、コンクリートを砕く実弾の嵐。

 死の旋風が吹き荒れる中、モモイとミドリは瓦礫の陰から陰へとダイブし、泥だらけになりながらも必死に駆け抜けていた。

「あそこ! お姉ちゃん、あの防空壕みたいな建物のシャッター!」

 ミドリが叫び、指差した先。

 そこには、半壊した施設群の中で唯一、分厚い隔壁と頑丈そうな鋼鉄のシャッターで守られた旧時代のシェルターらしき入り口があった。

 あの中に入ってシャッターを閉めれば、少なくとも全方位からの銃撃は防げるはずだ。

「行くよミドリ!」

 双子は弾幕を掻き分けるように走り込み、シャッターの横にある古びたコントロールパネルにすがりついた。

 ミドリが即座に自前の端末をパネルの端子に接続し、目にも留まらぬ速さでコードを打ち込み始める。

「お願い、動いて……! 」

 ピーッ!

 パネルが緑色に点灯し、ミドリの顔に安堵の光が差した、その時。

 ギ……ギギギギギギギ……ッ!!

 錆び付いた巨大な歯車が、断末魔のような悲鳴を上げた。

 分厚い鋼鉄のシャッターが、砂埃を撒き散らしながら上にスライドし始める。

 ……が、その速度は、絶望的なまでに遅かった。まるで、死にかけているカタツムリが這うようなスピードである。

「お、遅ぉぉぉぉい!! 何これ!? 昔のダイヤルアップ接続で100GBのパッチデータ落としてる時くらい遅いよぉぉぉ!!」

 モモイが頭を抱えて絶叫する。

 隙間はまだ数十センチしか開いておらず、人が潜り込むには到底足りない。

「だ、ダメだよお姉ちゃん! 駆動系のギアが錆び付いてて、これ以上速度を上げたらモーターが焼き切れちゃう! 開き切るまでに……あと3分はかかる!」

 ミドリが泣きそうな声でパネルを叩く。

 3分。普段ならカップラーメンが出来上がるのを待つだけの、他愛のない時間だ。

 しかし、背後から迫り来る無数の殺人ロボット兵を前にしての「3分」は、永遠にも等しい死のカウントダウンに他ならなかった。

「ガシャン……ガシャン……!」

 暗がりの中から、赤く光るカメラアイが次々と姿を現す。

 容赦のない足音が、ジリジリと彼女たちを壁際へと追い詰めていく。逃げ場はない。

「終わった……もうダメだ……神ゲー作る前に私たちのセーブデータが消去されるぅ……」

 モモイはへたり込み、涙目で自分の愛用銃を構えるが、震える手ではまともに狙いすら定まらない。ミドリもまた、絶望に顔を青ざめさせ、姉の背中をギュッと掴んだ。

 ――そんな、阿鼻叫喚とパニックの渦中において。

「……フゥ」

 一人だけ、場違いなまでに優雅なため息をつく男がいた。

 Mr.カッツーラ(桂)である。

 彼は小脇に抱えていた銀時(相変わらず口から血を垂らして気絶中)を、まるでゴルフバッグでも置くかのように壁際にゴロンと転がした。

 そして、白衣の埃をパパンと払い、割れた丸メガネを煌めかせる。

「慌てるな、モモイ殿、ミドリ殿。ロード時間の長さは、名作ゲームの証でもある」

「こんな時にゲーマー気取らないで! 今ロードしてるの私たちの死へのカウントダウンだから!」

 ミドリの悲痛なツッコミにも動じず、桂は腕を組み、迫り来るロボット兵の群れを静かに見据えた。

「武士というものは、いかなる時も泰然自若としていなければならん。カップラーメンの3分すら待てずに蓋を開けるような奴に、真の勝利は掴めん」

「アンタみたいに悠長に待ってたら、私たちがラーメンの具材(ミンチ)にされちゃうよォォォ!! お願いだから大人としてなんかしてよぉぉ!!」

 モモイが半狂乱で叫ぶ。

 チャキッ……。

 ロボット兵の先頭集団が、一斉にアサルトライフルの銃口を彼女たちに向けた。完全に射程距離に入ったのだ。

「ピー……目標確認。排除シーケンス、開始」

 無機質な電子音声が、死刑執行の合図を告げる。

「ヒィッ!?」

「いやぁぁぁっ!!」

 双子が互いを庇い合うように抱き合い、ぎゅっと目を閉じた。

 その時ーー。

「大人としての責任取らせりゃ良いんだろ?」

 聞き慣れた、気怠げな声が鼓膜を打った。

 双子が目を開けると、そこには、先程まで血を吐いて気絶していたはずの銀髪の男が、幽鬼のようにゆらりと立ち上がっていた。

「ぎ、銀さん!?」

「ホイ」

「「「え?」」」

 銀時は、まるでゴミ袋でも放り投げるかのような、極めて無造作に桂の背をおしてロボット兵の群れに向かって落とした。

「はいズラかるぞーテメェら〜」

 銀時は双子の首根っこを掴むと、僅かに開いたシャッターの隙間へ悠々と入り込んだ。

「おい待て銀とーー!」

 空を舞う桂の抗議の声は、シャッターが閉まる轟音によって無惨にも遮られた。

 ガシャン!!!

 分厚い鋼鉄の扉が、完全に外部との接触を断ち切る。

「…………」

 数秒の静寂。

 そして、分厚い扉の向こう側から、くぐもった、しかし確かな絶叫が響き渡った。

「ンギャァァァァァァァァァ!!!!」

 レーザーの雨あられと、アフロが燃えるような音が微かに聞こえた気がした。

          †

【シャッター内】

 暗く、埃っぽいシェルター内部。

 安全地帯へと逃げ込んだ双子は、呆然と鋼鉄の扉を見つめていた。

「あの……銀さん。カッツーラさんーー」

 ミドリが、震える声で言葉を紡ごうとする。

 大の大人を囮(物理)にして生き延びたという、あまりに外道すぎる現実が飲み込めないのだ。

 だが、銀時は壁に寄りかかり、ひどく哀しい、憂いを帯びた瞳で天井を仰いだ。

「いうな」

 銀時は静かに首を振り、ポツリと呟いた。

「奴の死を無駄にするな……」

「…………」

 ミドリは、ジト目という言葉では生ぬるい、絶対零度の視線を銀時に向けていた。

 対する銀時は、壁に背を預けたまま、どこか遠くの虚空を見つめて物憂げな表情を作っている。

「……いや」

 静寂を破ったのは、ミドリの淡々とした、しかし鋭いツッコミだった。

「さっき、完全に突き落としたように見えたんだけど」

 その言葉に、銀時はゆっくりと首を振った。まるで、悲劇の戦場からただ一人生還した古参兵のような、哀愁漂う横顔で。

「違う。……アレは、奴が『俺を犠牲に先に行け』って目で訴えてきたから、俺は涙を飲んで背中を押したんだ。……奴は、1人の大人として、友として責任を取りに行ったんだよ」

 落ち着き払った、低く渋い声。

 もし事情を知らない者が聞けば、友の死を乗り越えようとする男の熱いドラマに涙したかもしれない。

「いや、さっきの悲鳴からして絶対違うよね?」

 だが、ミドリは一切の情緒を挟まない、冷静な事実確認でその安っぽいドラマを粉砕した。

「断末魔みたいな声聞こえたし。……無理やり捨て石にしたよね?」

「……」

 銀時のこめかみに、ピキリと青筋が浮かぶ。

 数秒の沈黙の後、彼は物憂げな古参兵の仮面をかなぐり捨て、自暴自棄気味に声を荒らげた。

「良い加減にしろよお前! 突き落とした本人が『突き落としてねぇ』って言ったんだから、突き落としてねぇってことで良いだろうが!! 大人にはな、建前ってモンが必要なんだよ!」

 薄暗い空間に、ダメな大人の情けない言い訳が響き渡る。

「今、認めたよね?」

 ミドリはため息をついた。一切のブレがない、完璧な論破である。

 もはや逃げ道はないと悟ったのか、銀時は態度を急変させ、もじもじと両手の人差し指を合わせながらミドリにすり寄った。

「お前さ〜……本当さ〜……ここは顔を立てようよ」

 先ほどの威勢はどこへやら、完全にすがるような情けない声色である。

「ここは『銀さんが身を呈してお前らを助けた』ことにしとこうよ。俺めっちゃ恥ずかしいじゃん。オバケ怖くて仮病使って寝込んでて、挙句の果てに友人を物理的な盾にして何もしてないなんて知れたら……それこそ俺のキヴォトスライフ終わりだから。あの100kgの太ももにマジで絞め殺されるから……」

 あまりに等身大すぎるクズの告白に、ミドリはもはや言葉を失い、蔑むような目を向けることしかできなかった。

「……ねぇ、そこのお姉ちゃんも流石に今の聞いてドン引きしてるだろ? ……笑ってない? ねぇ、笑ってない?」

 銀時は、ミドリの冷たい視線に耐えきれず、せめてもの同調(あるいはツッコミ)を求めてモモイの方へと振り返った。

 しかし。

「ねぇねぇ、そこで何してるの! さっさと『G.Bible』探しに行こうよ!」

 モモイは、扉の向こうの惨劇などとうの昔に忘却し、シェルターの奥へと続く暗い通路をペンライトで照らしながら、目をキラキラと輝かせていた。

 完全に「新ダンジョン突入」のゲーマー脳に切り替わっており、大人の醜い保身ドラマなど1ミリも視界に入っていなかったのだ。

「…………」

 銀時は、その無邪気すぎる背中を見て、わなわなと唇を震わせた。

 そして、天井を仰ぎ見て、魂の底から絞り出すように呟いた。

「バカだ……! あいつバカだ……!」

 銀時は頭を抱え、薄暗い通路に響くほどの声で嘆いた。

「先導してくれた人に敬意も示さない、ただのバカだよ……! 人の心がないバカだよ、あの子……!」

 友(桂)を無惨に生贄に捧げた張本人が、どの口で言うのか。

 ミドリは小さく、しかし深くため息をつき、これ以上この男を相手にするのは時間の無駄だと悟り、静かに歩き出した姉の後を追うのだった。

 地下へと続くシェルターの暗闇だけが、彼らのどうしようもないやり取りを静かに見下ろしていた。

その時だった。

『――接近を確認』

 薄暗く、埃っぽいシェルターの最奥から、突如として無機質な機械音声が響き渡った。

 重い扉の前で座り込み、不毛な言い争いをしていた三人は、全員その場でピタリと凍りつく。

「何だ何だ? 」

 銀時が不思議そうに音のした方へ歩み寄る。

 一方、モモイは恐怖よりもゲーマーとしての探求心が勝ったのか、暗闇の奥へと目を輝かせた。

「も、もしかして……これがG.Bible」

 その期待を断ち切るように、冷たい電子音が無慈悲なスキャン結果を宣告する。

『対象の身元を確認します。……才羽モモイ。アクセス権限なし。入室資格がありません』

「え、え!? なんで私の名前知ってるの!? っていうか資格ないの!?」

 モモイが素っ頓狂な声を上げてパネルを叩く。

『対象の身元を確認します。……才羽ミドリ。アクセス権限なし。入室資格がありません』

「私も!? これ、どうなってるの……?」

 ミドリも困惑の表情を浮かべ、周囲の暗闇を見渡す。

 その様子を見た銀時は、先ほどまでのオバケへの怯えをケロッと忘れ、途端にニヤニヤといやらしい笑みを浮かべ始めた。

「いや〜、残念だったなぁお前ら! 意気揚々と隠しダンジョンに来たはいいけど、そもそも入場レベルに達してなかったみたいじゃん!」

「なっ……!」

「『私たちがゲーム開発部ですぅ〜』とかイキってたのに、システム側からは『ただのモブAとBですね、お帰りください』って門前払い食らってんの! だから言ったろ、素人がいきなりラストダンジョンに来るなって。身の程を知れってことだよ、お子様たち」

 銀時が腹を抱え、これ見よがしに双子を嘲笑う。

 モモイとミドリが悔しさに顔を赤くし、抗議の声を上げようとした――次の瞬間だった。

『対象の身元を確認します。……坂田銀時、ならびに『先生』としての生体IDを照合。資格を確認しました。特級入室権限を付与します』

「ほーら見ろ! 大人は顔パスなんだよ! ゴールドカード持ってんの! VIP待遇でレッドカーペットなんだよ! ひれ伏せガキ共!」

 銀時がドヤ顔でダブルピースを決める。

 ミレニアムの極秘システムがなぜ「先生」の権限を承認したのか、という根本的な疑問など、彼のエゴの前には完全に吹き飛んでいた。

『続けて、才羽モモイ、才羽ミドリの2名を『先生の同伴者(おまけ)』として認定。同行者としての臨時資格を与えます……承認』

「同伴者!? っていうか今カッコおまけって聞こえたんだけど!?」

「やったぁ! さすが銀さん、保護者パス最強!」

 ミドリが理不尽なシステムにキレかけ、モモイがプライドを捨てて無邪気に喜ぶ中、システム音声が最後にこう告げた。

『――それでは、地下保管区画へとご案内します』

「え、何……地下、ご案内……?」

 銀時が嫌な予感に首を傾げ、足元に目を落とした瞬間。

 ガコンッ!!!

 何の前触れもなく、三人が立っていた強固なはずの床板が、真下へと勢いよく開いたのだ。

「うわァァァァァァァ!!」

「キャァァァァァァァ!!」

「ウォォォォォォォォォ!!!」

 大人の余裕(笑)を見せつけていた男の絶叫と、双子の悲鳴が、真っ暗な奈落の底へと吸い込まれていく。

 彼らは、物理的にどん底へと真っ逆さまに落ちていったのだった。

 

【ミレニアム極秘施設・地下区画】

 光すら届かない真っ暗な縦穴を、三つの影が猛スピードで落下していく。

 鼓膜を破らんばかりの凄まじい風切り音と、それに負けないほどの三者三様の絶叫が、底知れぬ闇の奥底へとこだましていた。

「いやぁぁぁぁ! セーブしてない! 私まだセーブしてないぃぃ!!」

「お姉ちゃんうるさぁぁぁい!!」

「俺はジャンプのアンケートハガキまだ出してねぇぇぇ!!」

 ゲーマーの悲痛な叫び、妹の真っ当なツッコミ、そしてダメな大人のちっぽけな未練。

 それぞれの魂の叫びが交差した、次の瞬間だった。

 ドグシャァァァァァァァンッ!!!

 重く、鈍く、そして何かが物理的にひしゃげるような、ひどく情けない生々しい音が地下空間に響き渡った。

「…………あれ?」

 恐る恐る固く閉じていた目を開けたモモイは、自分が五体満足で、かすり傷一つ負っていないことに気がついた。

 隣を見ると、ミドリも同じように目を丸くして、自分の身体をペタペタと触って無事を確認している。

「痛く……ない。あんなにすごく高いところから落ちたはずなのに……」

「うん。なんか下に、凄く都合の良い『柔らかいマット』みたいなのが敷いてあって……」

 双子は顔を見合わせ、自分たちのお尻の下にある「ふわふわで、ちょっと弾力のある謎のクッション」へと同時に視線を落とした。

「……誰が……低反発マットレスだ……コノヤロー……」

「「ヒッ!?」」

 マットレスが、血を吐きながら喋った。

 慌てて双子が飛び退くと、そこには、カエルのように手足を大の字に広げ、見事なまでにペラペラに圧殺された坂田銀時の姿があった。

 彼はVIP待遇の特級権限保持者でありながら、その身を呈して(物理的な下敷きとなって)おまけの少女たち2人の命を救ったのである。

「ぎ、銀さぁぁぁん!! ごめんなさい! まさか銀さんの上に綺麗に着地してたなんて!」

 モモイが青ざめて駆け寄る。

「……オイ……さっきの……VIP待遇ってのは……レッドカーペットで迎えられるんじゃなくて、俺自身がカーペットになるって意味だったのか……? どんなブラックジョークだよ……」

 銀時はピクピクと手足を痙攣させながら、恨み言を絞り出す。

「骨が……内臓が……さっき仮病で噛んだ舌の傷が開いて……もうダメだ……パトラッシュ、俺ぁもう疲れたよ……なんだかとても眠いんだ……」

「死なないで銀さん! さっきカッツーラさんを囮にして犠牲にしたバチが、光の速さで当たっただけだから! 罪を背負って強く生きて!」

「ミドリ! それ励ましになってないよ! 追い討ちだよ!」

 ミドリの容赦ない(しかし的確な)正論のツッコミを受けながら、銀時は「ぐふっ」と最後の血を吐いて、再び冷たい床に突っ伏した。

「落ちた程度でくたばるとは情けない……。銀時、それでもお前は武士か」

「「え?」」

 背後から響いた凜とした声に、双子が勢いよく振り返る。

 そこには、白衣の埃をパパンと払い、ひび割れた丸メガネを中指で押し上げている男――Mr.カッツーラ(桂小太郎)が、無傷で立っていた。

 トレードマークのアフロの先端だけがチリチリと焦げ、微かに焦げ臭い煙を上げているが、それ以外は驚くほど無事である。

「カ、カッツーラさん!? 生きてたの!?」

「シャッターの外で、ロボットのミンチにされたんじゃ……!」

 モモイとミドリが、幽霊でも見るかのような驚愕の声を上げる。

「フッ……。我輩を誰だと思っている。かつては『逃げの小太郎』と呼ばれた男だ。あの程度のポンコツ包囲網、スマートにすり抜けてダクトから侵入してきたに決まっているだろう」

 桂は自慢げに胸を張り、フッと鼻で笑ってみせた。

 だが、その足元には何故かロボット兵の装甲パーツや引きちぎられた配線がボロボロと転がっており、どう見ても「スマート」とは程遠い、物理的な力技で強行突破してきた痕跡が散乱していた。

「……ごめんなさい、カッツーラさん」

 ミドリが、引きつった顔で恐る恐る指摘する。

「頭に……ヘイローじゃない、輪っかがついてるように見えるんだけど……」

「……ん?」

 桂が自身の頭上を見上げる。

 そこには、キヴォトスの生徒たち特有の神秘的なヘイロー……などではなく、明らかに漫画やアニメでよく見る、死者の証である『天使の輪っか』が、ポワワ〜ンと神々しく浮遊していた。

「あ、あぁ。これは……先ほどレーザーの雨を避けた際に、うっかり三途の川の向こう岸まで行ってしまってな。婆さんに『お前が来るのはまだ早い』と追い返された記念品だ。土産物屋でもらったようなものだから、気にするな」

「死んでるじゃん!! 一回完全にゲームオーバーになって、コンティニューコイン入れて戻ってきてるじゃん!!」

 モモイの的確なツッコミが地下空間に響き渡った。

【地下保管区画・メインサーバー群】

「騒々しいやつらめ。ツッコミにリソースを割いている場合ではないぞ。見ろ、あれを」

 頭上に天使の輪っかを浮かべたまま、桂はバサリと白衣を翻し、空間の奥を指差した。

 双子がその方向へと視線を向けると、そこには想像を絶する光景が広がっていた。

 広大な地下空間。

 青白い冷光に照らされたその場所には、巨大なモノリスのような旧世代のメインサーバーが、幾重にも連なってそびえ立っていた。

 床には無数の極太ケーブルが血管のように這い回り、中央に鎮座する巨大なコンソールパネルへと接続されている。埃を被ってはいるものの、システムの電源は生きており、微弱な駆動音が心臓の鼓動のように響いていた。

「ここが……地図にない場所……」

 ミドリが息を呑む。

 まるで、かつての文明の記憶を丸ごと冷凍保存したかのような、静謐で圧倒的な空間だった。

「す、すごい……! 絶対この奥に『G.Bible』が眠ってるよ!」

 モモイは目を輝かせ、さっきまでの恐怖を完全に忘れてコンソールへと駆け出そうとする。

 その時。

「……待てェ……」

 背後から、地獄の底から這い上がるような怨念めいた声が響いた。

 振り返ると、ペラペラのマット状態だった銀時が、ゾンビのような奇妙な角度でムクリと上半身を起こしていた。口の周りは血まみれである。

「ゾンビが生き返った!?」

「銀さん! もう無理しないで!」

「うるせぇ……。お宝の匂いがしやがった……。GバイブルだかGカップだか知らねェが、それをメルカリで高く売り捌けば、プレステ5どころか、一生パチンコ打って暮らせる資産になるかもしれねェ……」

 痛みを金への執着でねじ伏せ、銀時はフラフラと立ち上がった。ダメな大人の底力である。

「不純な動機で伝説の秘伝書を汚さないでよォォ!!」

 モモイの抗議を無視し、銀時は血走った目でコンソールパネルへと近づいていく。

 中央のパネルには、まるで彼らの到来を待っていたかのように、一つのホログラムディスプレイが浮かび上がっていた。

『――メインシステム・オンライン。ユーザーアクセスを要求します』

 無機質な音声が空間に響く。

 銀時、桂、そして才羽姉妹は、息を呑んでその光るパネルを見つめた。

 この先に、ゲーム開発部の運命を覆す「神ゲーの聖書」が眠っている。

「さぁ、いよいよ本番だ。モモイ殿、ミドリ殿。お前たちの手で、未来の扉を開けるがいい」

 桂が促し、双子はゴクリと唾を飲み込んで、光るコンソールへと手を伸ばした。

 

分厚い隔壁が、重々しい金属音と長年の埃を撒き散らしながら開け放たれた。

視界に飛び込んできたのは、まるで世界から忘れ去られた「聖域」のような空間だった。

ひび割れた無機質な床面にはまばらに雑草が顔を出し、静かな時の流れを物語っている。そして、ドーム状になった薄暗い廃墟の天井から、一筋の神々しい光がスポットライトのように真っ直ぐに降り注いでいた。

 

「どうしたのミドリ……って、あれは……女の子?」

 ミドリの視線を追ったモモイもまた、驚きに目を見開き、息を呑んだ。

 そこは、無機質な機械とケーブルだけが支配するはずの、生命の気配が完全に死に絶えた廃墟の最奥部。しかし、そこにはあまりにも不釣り合いな光景が広がっていた。

 巨大なサーバー群に囲まれるように置かれた、一脚の古びた椅子。

 そこに、一人の少女が座っていた。

 身に纏うものは何一つなく、生まれたままの姿で、ただ静かに――まるで深い永遠の微睡みの中にいるかのように眠っている。

 非常灯の青白い光が、彼女の透き通るような白い肌をふんわりと闇の中に浮かび上がらせていた。その姿は、精巧に造られた彫像か、あるいは機械の森に迷い込んだ妖精のように、生々しくも現実離れした美しさと静謐さを保ってピクリとも動かない。

 

あまりの神秘的な光景に、双子が息を呑んで立ち尽くす中。

ただ一人、まったく空気を読まない男が、気だるげに沈黙を破った。

 

 

「おいおい、なんでこんなところに裸のガキが……」

 銀時が、血まみれの口元を手の甲で拭いながら、胡散臭そうに眉をひそめた。

 伝説のゲーム開発ツール『G.Bible』を探しに来たはずが、見つかったのは全裸で眠る見知らぬ少女。RPGの宝箱を開けたらイベントアイテムではなく謎のNPCが入っていたような、予想外すぎるバグ展開である。

 銀時が状況を把握しようと、死んだ魚のような目を細めて一歩踏み出そうとした――その瞬間だった。

「銀さん! カッツーラさん! 見ちゃダメ!!」

 ハッと我に返ったモモイの、悲鳴に近い声が地下空間に響き渡った。

 彼女は猛ダッシュで大人二人の前に立ちはだかると、背伸びをして両手を限界まで大きく広げ、銀時と桂の両目をバチンッ!と強引に塞いだのだ。

「痛ッ!? ちょっ、お前何すんだ! 指が眼球にクリティカルヒットしてんだけど!」

「モモイ殿! 視界を奪うとは何事か! 敵の奇襲か!?」

「奇襲じゃない! 大人の男の人が見ちゃいけないハプニングCGスチルだから!! コンプライアンス違反だから! 倫理的レーティングが跳ね上がってゲームの販売停止になっちゃうでしょ!!」

 モモイは顔を真っ赤にして叫びながら、鉄壁の検閲フィルターとなってダメな大人たちの視線を完全にシャットアウトした。

「アホか! 誰がこんなペチャパイのガキ見て興奮すんだ! そもそも俺たちはお宝を探しに――」

「ペチャパイとか言わない! レディーに対して失礼でしょ! ミドリ、早くあの子に何か着せてあげて!」

 姉の必死の指示を受け、ミドリは慌てて自分の着ていた緑色のパーカーを脱ぎ、椅子で眠る少女のもとへと駆け寄った。

 そっと肩を揺すってみるが、少女は規則正しい寝息を立てるばかりで、一向に目を覚ます気配がない。

「……すごく冷たい。それに、なんだろう……この子……」

 パーカーを羽織らせながら、ミドリは少女のあどけない寝顔を間近で見つめた。

 こんな人の立ち入らない危険な廃墟の地下で、たった一人で眠り続けていた少女。

 彼女は一体何者なのか。そして、彼女こそが『G.Bible』と何か関係があるのだろうか。

 巨大なサーバーの微弱な駆動音だけが響く中、ミドリは眠れる少女の温もりのない手を、そっと握りしめた。

 

 

 




次回予告
銀時「なぁコイツどうするよ?え!連れ帰って介護する!?おいおい俺たち無償活動団体じゃねぇんだぞ!」
アリス「銀さん天パでだらしない先生で勇者のメンバーのマスコットです!」
銀時「コラァ!お前清渓川のピラニアに食い尽くされてしまえ!」
次回 子供若いとスポンジのように吸収するから気をつけて!

〜透魂〜第一回キャラクター人気投票

  • 銀時
  • 新八
  • 神楽
  • 沖田
  • 土方
  • 山崎
  • 高杉
  • 定春
  • エリザベス
  • ホシノ
  • シロコ
  • ヒナ
  • アコ
  • ミカ
  • ナギサ
  • セイア
  • ユウカ
  • ノア
  • 近藤
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