透き通る世界を照らす銀魂(ぎんのたましい)   作:時代に遅れている

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第二十二訓次回 若いとスポンジのように吸収するから気をつけて!

 

廃墟の最奥部、冷ややかで埃っぽい静寂に包まれた地下空間に、場違いなほど切羽詰まった少女たちのヒソヒソ声が響き渡る。

ミドリが脱いで急ごしらえで着せられた緑色のパーカー。そのぶかぶかの生地にすっぽりと包まれた謎の少女は、周囲のドタバタ劇など知る由もなく、依然としてスヤスヤと規則正しい寝息を立てていた。

青白い非常灯に照らされたその寝顔は、あまりにも無防備で、ある種の神聖さすら漂わせている。その神秘的な姿と、自分たちが置かれた異常な状況を前に、モモイは完全にキャパシティを超えた困惑顔で双子の妹を振り返った。

「ねぇ……コレ、誰が話しかけるの? RPGだと話しかけないとストーリー進まない系の重要NPCだと思うんだけど……」

「ここはやっぱり、人生経験豊富な大人の銀さんたちが……」

ミドリは、背伸びをしながら大の大人(銀時)の両目を背後から必死に小さな手で覆い隠したまま、ファーストコンタクトという重すぎる責任を丸投げしようとする。ちなみに、隣にいる桂は「武士たるもの、乙女の裸体を覗き見るなど恥知らずの極み!」と自ら固く目を閉じ、微動だにしていなかった。

しかし、ミドリの小さな手によって視界を奪われた理不尽な暗闇の中で、銀時は心底めんどくさそうに首を振った。

「何、この一番面倒くさいイベントのフラグ、全部銀さんに任せちゃうの?」

銀時は目の上のミドリの手を振りほどこうとジタバタと腕を振り回し、必死に、そしてあまりにも現実的すぎる自己保身の弁明を始めた。

「いやだよ俺こういうの……! 俺ロリコン趣味じゃないし、俺のストライクゾーンは朝の天気予報で『今日の運勢は〜』って微笑んでくれるお姉さんみたいな、ちゃんとした大人のレディーだから。何よりお前、考えてみろよ? こんな薄暗い密室で、全裸(今はパーカー着てるけど)の記憶喪失のガキに声かけたら、事案発生でセクハラとか青少年のなんちゃら条例違反とかで真っ先にしょっぴかれるの俺だからね! 取調室でカツ丼食いながら『魔が差しました』とか供述するのごめんだからねホント!」

「誰も通報するなんて言ってないでしょ! こんな時こそ、大人の余裕と頼もしい包容力を見せてよ!」

ミドリが必死に背後から叫ぶが、ダメな大人の被害妄想は止まらない。

「余裕なんてあるかァ! 今の時代、幽霊や未確認生物より、コンプライアンスとSNSの炎上が一番怖いんだよ! 『ミレニアムの廃墟で怪しい銀髪の男が事案』とか写真付きで拡散されたら、俺のキヴォトスでの輝かしい第二の人生が終わるんだよォォ!」

あまりにもちっぽけで情けない大人の叫びが、厳かな空間にむなしく響く。

「もうっ! 頼りにならないなぁ……!」

「待て、お前たち。ここは俺に任せてもらおう」

その時、目を固く閉じたままのMr.カッツーラ(桂)が、腕を組みながら一歩前へと進み出た。

「カッツーラさん! やってくれるの!?」

モモイが期待の眼差しを向ける。桂は深く頷き、力強く宣言した。

「うむ。素性も知れぬ少女だが、見捨ててはおけん。俺が責任を持って彼女を保護し、立派な『攘夷志士』として育て上げよう! ゆくゆくは幕府を倒すための重要な戦力となるはずだ!」

「絶対ダメェェェ!! 立派なテロリストにしようとしてるゥゥゥ!!」

「アンタが一番通報案件だよ!!」

双子の息の合ったツッコミが炸裂する。

銀時は「ほら見ろ、ロクなことにならねぇんだよ」と鼻で笑っていた。

――だが、その騒々しいやり取りが、ある『システム』の起動条件を満たしてしまったのだろうか。

「……ん……」

不意に、少女の唇から、小さな、本当に小さな寝言のような声が漏れた。

「「「「え?」」」」

言い争いをしていた四人の動きが、ピタリと止まる。

静寂の中、少女の長いまつ毛が微かに震え、重い瞼がゆっくりと、本当にゆっくりと押し上げられていく。

隙間から覗いたのは、透き通るような、深海のように静かで美しいサファイアブルーの瞳だった。

「……あ……」

モモイが息を呑む。

少女は、ぼんやりとした瞳で数秒間、虚空を見つめていたが、やがて焦点が合い、目の前で固まっている四人の不審者……いや、来訪者たちの姿を真っ直ぐに捉えた。

「――システム、起動(オンライン)」

鈴の転がるような、しかしひどく平坦で無機質な声が、地下空間に響き渡った。

「目標(ターゲット)を、確認しました」

少女は、ぶかぶかの緑色のパーカーの袖から白い手を覗かせ、ゆっくりとその身を起こす。

そして、目の前で口をポカンと開けている銀時たちを見つめ、小首を傾げて言った。

「あなたたちは……勇者、ですか?」

あまりにもRPG的すぎる、そしてゲーム開発部にとってあまりにもタイムリーすぎるその第一声に。

「……」

「……」

銀時と桂は顔を見合わせ、そして同時に双子の方を指差した。

 「「あ、勇者はこっちの二人なんで。俺たちはただの村人AとBです」」

「大人たち逃げたァァァァァ!!?」

 ミドリの魂からのツッコミが、薄暗い地下空間に虚しく響き渡る。

 伝説の秘伝書を探しに来たはずのゲーム開発部は、こうして謎の「勇者(仮)」を探す少女と、責任から全力で逃亡を図るダメな大人たちという、あまりにも歪なパーティー編成でファーストコンタクトを果たした。

 ぶかぶかの緑色のパーカーに身を包んだ少女は、コテンと小さく首を傾げた。

 その透き通るようなサファイアブルーの瞳が、銀時と桂をじっと見つめる。

「村人Aと、村人B……ですか? しかし、あなたたちの装備(木刀と白衣)は、初期村のNPCにしては極めて特殊なテクスチャをしています。隠しステータスを持つ、重要キャラクターと推測します」

「うわっ、この子めっちゃゲーム脳だ! 喋り方が完全にRPGのシステムメッセージじゃん!」

 モモイが驚きつつも、どこか嬉しそうに声を上げる。

 すると、さっきまで「村人B」として背景に徹しようとしていた桂が、ふっと丸メガネを光らせて一歩前に出た。

「フッ……鋭いな少女よ。いかにも、村人というのは世を忍ぶ仮の姿。俺はただの村人ではない……! 俺の真の姿は、勇者を導く偉大なる賢者・カッツーラだ!」

((さっきまで『我輩は科学者だ』って言ってたのに、ジョブ変えてきたァァァ!!))

 双子は心の中で完璧にハモった。

 桂は自らのアフロをかき上げ、キリッとした表情で続ける。

「そしてこちらの銀髪の男は……そうだな、序盤でパーティーを裏切る金に汚い盗賊・ギントキだ」

「誰が寝返り前提のクズキャラだ! せめて酒場のマスターとか、セーブポイントの横で突っ立ってるだけの喋る石像にしとけ! 俺絶対ダンジョンには潜らねェから!」

 銀時が即座に否定し、あくまで「安全圏から出ないNPC」のポジションを死守しようとする。

 だが、少女はそんな大人たちの不毛な言い争いをスルーし、無表情のままコクンと頷いた。

「ピロリン。情報(データ)を更新しました。パーティーメンバーを確認。勇者、賢者カッツーラ、盗賊ギントキ」

「おい、盗賊で登録されちゃったよ! おまけに効果音(ピロリン)口で言ったよ!?」

 銀時がツッコミを入れるが、少女は瞬き一つせず、真っ直ぐにモモイとミドリを見つめた。

「あなたたちは……勇者。私を、この場所から連れ出してくれるのですか?」

 その声はひどく平坦で、感情の起伏が感じられない。

 しかし、その言葉の奥底には、まるで長い長い間、暗闇の中でたった一人「誰か」を待ち続けていたような……そんな微かな寂しさが混じっているように、モモイには聞こえた。

「――っ、うん! そうだよ!」

 モモイは胸をドンッと叩き、満面の笑みを浮かべた。

「私たちが君を助けに来た勇者! 私はモモイ、こっちは妹のミドリ! ……で、君の名前は?」

 モモイの問いかけに、少女は再びコテンと首を傾げた。

 そして、自分の両手を見つめ、少しだけ困ったように眉を寄せる。

「私の、名前……。…………わかりません。該当するメモリーが、破損、あるいはロックされています」

「記憶喪失……王道だけど、これはガチのやつだね」

 ミドリが心配そうに少女に歩み寄る。

 その時、ふとミドリの視線が、少女が座っていた機械の椅子の背もたれ――その上部に取り付けられた、古びたネームプレートのような刻印に止まった。

「お姉ちゃん、銀さん……見て。これ」

 ミドリが指差した先。

 そこには、埃に塗れながらも、確かにこう刻まれていた。

 【 AL-1S 】

「AL……1S……? アル、イチ、エス?」

 銀時が首を傾げながら読み上げる。

 すると、モモイが閃いたようにポンッと手を打った。

「違うよ銀さん! これはLeet(リート)表記だよ! 1をIに見立てて読んでみて!」

「あぁ? エー、エル、アイ、エス……アリス?」

「そう、アリス!!」

 モモイは満面の笑みで振り返り、緑色のパーカーに包まれた少女の手を、両手でギュッと握りしめた。

「君の名前は『アリス』だよ! どうかな? RPGのヒロインっぽくて、すごく可愛い名前でしょ!」

「……アリス」

 少女――アリスは、自分の新しく与えられた名前を、口の中で転がすように呟いた。

 サファイアブルーの瞳がパチパチと瞬き、やがて、その無表情だった顔に、ほんのわずかだが……春の陽だまりのような、柔らかい光が差した。

「ピロリン。ステータスを更新。私の名前は、アリス。……勇者モモイ、勇者ミドリ。アリスを、パーティーに加えてくれますか?」

「もちろん!! アリスは今日から、私たちゲーム開発部の新メンバーだよ!」

 モモイが歓喜の声を上げ、ミドリもホッと安堵の笑みをこぼす。

 廃墟の冷たい地下空間に、少女たちの温かい笑い声が響き渡った。

「やれやれ……。お宝探しのつもりが、とんだ厄介なモンを拾っちまったな」

 銀時は頭を掻きながら、呆れたようにため息をつく。

 だが、その死んだ魚のような目は、どこか優しげに細められていた。

「フッ。だが、これもまたRPGの醍醐味だろう。新たな仲間(パーティー)との出会いは、大いなる冒険の幕開けに過ぎんのだからな」

 桂が腕を組み、満足げに頷く。

 G.Bibleという「モノ」は見つからなかった。

 しかし彼女たちは、それよりも遥かに厄介で、神秘的で、そして愛おしい「宝物」を見つけ出してしまったのだ。

「よーし! それじゃあアリスも加わったことだし、さっさとこんなカビ臭いダンジョンからはおさらばして、私たちの部室(セーブポイント)に帰ろう!」

「はい、勇者モモイ。アリスも、あなたたちに同行します」

 こうして、ゲーム開発部に新たな(そして規格外の)部員が加わった。

 しかし、彼らはまだ気づいていなかった。この「アリス」という存在が、ミレニアムサイエンススクール全体を巻き込む、とてつもない嵐の中心であることを――。

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 【ミレニアムサイエンススクール・ゲーム開発部 部室】

 無事に生還を果たした彼らは、廃墟の底で拾った謎の少女――アリスを部室へと運び込んでいた。

 乱雑にケーブルが這い回り、レトロゲームのパッケージが地層のように積み重なったオタクの聖域。とりあえず彼女をふかふかのソファに座らせ、大の大人が二人、そして女子高生が二人、額を集めて「この正体不明の少女の処遇」について真剣な会議を始めようとしていた。

 ……はずだったのだが。

「わーーっ!! アリスちゃん、それは食べちゃダメェェェ!」

 鼓膜を劈くようなモモイの悲鳴が、密室空間にビリビリとこだました。

「それ、『星のカービィ』じゃなくてただの黒い円盤(ディスク)だから! 吸い込んでも能力コピーできないから! しかもそれ、クソゲーの中でも一周回って神ゲーの部類に入っている、市場に出回ってない超貴重なプレミア物だからぁぁ!」

 モモイが半狂乱になって飛びつく先。

 そこでは、ぶかぶかの緑色のパーカーを着たアリスが、虚無のような無表情のまま、手当たり次第に周囲の物体を口の中へ放り込もうとしていた。

 コントローラーのスティック、読みかけの『週刊少年ジャンプ』、果ては名作(迷作)ゲームのディスクまで。生まれたての小鳥が動くものを親と思うように、彼女の胃袋はブラックホールか最新型のシュレッダーかと言わんばかりの無差別な暴食ぶりを見せている。

「こらっ! アリスちゃん、ぺっしなさい! ぺっ!」

 ミドリが、まるで誤飲しそうな幼児を叱る母親のような手つきで、アリスの小さな口元に両手を添えた。

「……ぺっ」

 アリスはコテンと小首を傾げ、言われた通りに素直にディスクを吐き出した。

 得体の知れない唾液(?)でベトベトになったプレミアソフトを見て、モモイが「私のセーブデータがぁぁ……」とその場に崩れ落ち、咽び泣く。

「少女よ、あれは食べるものじゃない。ゲームのカセットなど、端子に息を吹きかけることはあっても、口に入れても美味しくなどないからな。まったく、食いしん坊な奴め、仕方ない……」

 見かねたように一歩前に出たのは、白衣のアフロ・Mr.カッツーラ(桂)だった。

 彼は懐にスッと手を入れると、熟練のマジシャンのような鮮やかな手つきで、円柱状の駄菓子を次々と取り出し始めた。

「食べていいのは……そうだ、この『んめぇ棒(コーンポタージュ味)』だけだ。それ以外の無機物は断じて口にするなよ!」

 桂は至極真面目な顔つきのまま、どこかズレた説教を垂れつつ、アリスの膝の上に大量のんめぇ棒を山積みにしていった。ざっと見積もっても三十本はある。

「…………質問」

 アリスは膝の上の駄菓子の山と、桂のペラペラの懐を交互に見比べ、サファイアブルーの瞳を瞬かせた。

「今、それをどこから出したのですか? 対象(カッツーラ)の懐の容積に対し、明らかに物理法則を無視した容量の『んめぇ棒』が出現しました。四次元ポケットという概念は確認できません。――理解不能、理解不能」

 アリスの瞳の奥で、膨大な計算処理が行われているのか、チカチカとハイライトが点滅する。

 極めて論理的な彼女のAI頭脳が、異世界のギャグ時空がもたらす理不尽な現象を前に、盛大にショートしかけていた。

「大丈夫だよアリスちゃん。私たちも、その人がどういう構造してるのか全く分かってないから」

「うん、考えるだけ無駄だよ。宇宙のバグみたいな人だから」

 モモイとミドリは、完全に悟りを開いたチベットスナギツネのような無の表情で、アリスの両肩をポンポンと優しく叩いた。もはやツッコミを入れる気力すら削ぎ落とされていた。

「フッ……細かいことは気にするな」

 当の桂は、静かに目を閉じ、堂々と腕を組んだ。

 その姿は、世界の真理を悟った賢者のように自信に満ち溢れ、無駄に神々しい後光すら差しているように見える。

「そんなもの、作者の設定次第で、物理法則すらねじ曲げられるのがこの世界なのだから。メタフィクションという言葉を知るがいい、少女よ」

 ついに第四の壁を完全に破壊しにかかる自称科学者。

「オイィィィィ!! お前さっきから世界観ぶち壊しすぎなんだよ!! ここはキヴォトス! 『透き通るような世界観でお送りする』ブルーアーカイブの舞台なの! 泥臭いジャンプのノリを平然と持ち込むんじゃねぇよ!!」

 ずっとソファの端で死んだように横たわっていた銀時が、たまらず上半身をガバッと起こしてツッコミを入れた。

 先ほど舌を噛み切って吐血していたダメージは、驚異的な回復力(ギャグ時空特有の補正)で既に癒えつつあるようだ。

「ったく……」

 銀時はボサボサの天然パーマをガシガシと掻きむしりながら、深い溜息をついた。

 そして、まだ状況を理解しきれずにキョトンとしているアリスの前に歩み寄ると、その濁った死んだ魚のような目を、ふと真剣なものに変えた。

「おい、そこのアリス」

「……はい、盗賊ギントキ」

「盗賊じゃねェっつってんだろ。まぁいい」

 銀時は、先ほどアリスが食べようとしていた分厚い雑誌――表紙が少しヨレた『週刊少年ジャンプ』を拾い上げ、ポンと彼女の頭の上に乗せた。

「お前は『勇者』やらなんやら、ゲームの表面的な知識こそあるみたいだが……大してその本当の意味も理解してねぇんだろ? ほら、コレでも読んどけ」

 手渡されたのは、G.Bibleなどという幻の秘伝書ではない。

 だが、そこには「友情・努力・勝利」という、どんなゲームのシナリオよりも熱く、泥臭く、そして世界を救うために必要な『真の勇者の教科書』が詰まっていた。

「……これは、何ですか?」

「俺たちダメな大人を、ギリギリ人間の形に繋ぎ止めてる聖書(バイブル)だよ。伝説の剣の振り方より、まずは仲間と一緒にバカやる方法を学びな」

 銀時はニヤリと不敵に笑う。

 薄暗い部室に、新しい冒険の始まりを告げるような、不思議で温かい空気が流れていた。

 

【ミレニアムサイエンススクール・ゲーム開発部 部室】

 ペラッ……ペラッ……ペラッ……。

 静まり返った部室に、紙をめくる規則正しい音がリズミカルに響き続けている。

 先ほど銀時から手渡された『週刊少年ジャンプ』を、緑色のパーカーに身を包んだ少女――アリスは、瞬き一つせずに凄まじい速度で読み進めていた。

 そのサファイアブルーの瞳には、「友情」「努力」「勝利」という人間社会の熱苦しい概念が、膨大なデータとしてものすごい勢いでインストールされているのだろう。ページをめくる速度は、次第に人間離れした早送りへと加速していく。

「……それで、これからどうするの?」

 すっかりジャンプの愛読者と化した謎の少女から視線を外し、ミドリは深々とため息をついた。そして、ソファで鼻をほじっている銀髪の男と、無駄に背筋を伸ばして腕を組んでいるアフロの男へと、すがるような目を向ける。

「今からでも、ヴァルキューレ警察学校あたりに連絡したほうが良くない? さすがに身元不明の女の子を、こんな狭い部室に匿っておくなんて……バレたら私たち、絶対にただじゃ済まないよ」

 常識人であるミドリの、至極真っ当な提案だった。

 その「警察」という単語に、銀時はピクリと肩を震わせ、わかりやすく視線を泳がせた。

「お、おう。そうだな。お巡りさんは俺たち市民の味方……じゃなくて、天敵……でもなくて。ほら、面倒事はサツに丸投げして、俺たちは早く元のぐうたら生活に戻るのが一番の得策ってもんで……」

「待て銀時。警察に引き渡せば、彼女は生徒会の手に落ち、実験体として解剖されるかもしれん! ここは我々攘夷志士が責任を持って匿い、次世代のテロリストとして……」

「お前はまずその物騒な思考回路を解剖してもらえ」

 二人のダメな大人が、またしても次元の低い的外れな議論を交わそうとした――その時だった。

「それは…………」

 部屋の奥、積み上げられたブラウン管モニターの陰から、ニチャァ……と、どこか邪悪で、それでいて希望に満ちた「意味深な笑み」を浮かべたモモイが、ゆっくりと姿を現した。

 その瞳は、レアリティSSRの確定演出を引いた廃課金ゲーマーのようにギラギラと血走っている。

「私たちの『やるべきこと』が終わった後にね……!」

「やるべきこと?」

 銀時、桂、そしてミドリ。

 三人の頭上に、見事なまでにシンクロした巨大なクエスチョンマークが浮かび上がった。

 モモイはビシッと、ジャンプを読み終えて「次号に続く……理解不能」と首を傾げているアリスを指差した。

「ミレニアムプライスだよ! あと2週間で、私たちは神ゲーを作ってユウカ先輩をギャフンと言わせて、廃部を免れなきゃいけないの! G.Bibleは見つからなかったけど……代わりに、こんなに凄い『未知のオーパーツ』が手に入ったじゃない!」

「オーパーツって……お姉ちゃん、アリスちゃんは人間(?)だよ! 都合のいい便利道具じゃないんだよ!」

 ミドリが慌てて姉の暴走を止めようとするが、モモイのゲーマー脳は完全にレッドゾーンに突入していた。

「聞いてミドリ! アリスちゃんはさっき、ミレニアムの極秘システムのハッキングもせずにあの地下施設を起動させたんだよ!? それにあのページをめくる速度! つまり、ものすごい演算能力とか、チート級のプログラミングスキルを持ってるかもしれないじゃん!」

「おいおいバカ言ってんじゃねぇよ」

 銀時が、死んだ魚の目をさらに腐らせて、ジト目でツッコミを入れる。

「お前、それ完全に『拾ってきた記憶喪失のガキを、寝食忘れてタダ働きさせる』っていう、ブラック企業顔負けの児童労働宣言だぞ? 銀さんドン引きだよ。万事屋の俺でも引くレベルの悪徳プロデューサーだよ」

「違うもん! これはパーティーメンバーへの正当な『クエスト依頼』だもん!」

 モモイが必死に弁明する中。

 当の「労働力」として名指しされたアリスは、手元のジャンプを静かに閉じ、ゆっくりと立ち上がった。

 そして、サファイアブルーの瞳をキラキラと輝かせ、真っ直ぐにモモイたちを見つめた。

「ピロリン。クエスト『神ゲーの制作と、ミレニアムプライスでの勝利』を受注しました」

「受注しちゃったよ!? この子、ジャンプ読みすぎて完全に主人公(ヒーロー)マインドに染まっちゃってるよ!?」

 銀時の叫びを余所に、アリスは胸に小さな手を当て、厳かに宣言した。

「勇者モモイ、勇者ミドリ。そして村人A(ギントキ)、村人B(カッツーラ)。アリスは、あなたたちのパーティーメンバーです。……『海賊王』や『火影』になるための道のりは険しいですが、アリスも、経験値稼ぎ(ゲーム開発)に全力で協力します」

「なんか色んな作品の目的がごちゃ混ぜになってるゥゥゥ!!」

 ツッコミ過労死しそうな銀時、満足げにウンウンと頷く桂、頭を抱えるミドリ、そして「よーし、そうと決まればさっそく開発スタートだー!」と歓喜の雄叫びを上げるモモイ。

 記憶喪失の少女と、ポンコツな大人たちを巻き込んだゲーム開発部の「神ゲー」制作。

 タイムリミットまで残り2週間。

ーーーーーーーーー

 

 

 

「服装もある程度それっぽく整ったし……あとは学生登録を誤魔化して、学生証を手に入れないとね」

 モモイが腕を組み、アリスの緑色のパーカー姿を見定めて頷く。

 だが、ソファに寝そべって『週刊少年ジャンプ』をパラパラとめくっていた銀時が、胡散臭そうに目を細めた。

「出来るのかァ? ミレニアムってアレだろ? セキュリティとかガッチガチのサイバー学園だろ? お前らみたいな末端のゲーマーが、戸籍(データ)いじれる権限なんて持ってんの?」

 

「まぁね! 学生証については、私の方で何とかするよ!」

 

 モモイが自信満々に胸を叩く。昨日、実は夜遅くにこっそり手続きに行こうとしたらしいが、時間が遅すぎて窓口が閉まっていたという経緯がある。今日こそは決めるつもりらしい。

「すごい自信だな、モモイ殿。だが、身分証の偽造など幕府(セミナー)の目を欺くには高度な技術が……」

「偽造じゃないもん! ちゃんと申請するの! それよりミドリ、アリスちゃんに『自然な話し方』を教えてあげて!」

 

「それよりミドリは、アリスに『普通の話し方』を教えてあげて!」

「は、話し方?」

「今のままだと、完全にロボットっていうかAI丸出しで怪しまれちゃうよ! もし、何かの拍子にあのユウカ先輩に『本当にゲーム開発部の新入部員なのか』って問い詰められたとして……」

 モモイはコホンと咳払いをし、無表情を作ってアリスの声真似を始めた。

『肯定。あなたの質問に対し、アリスの回答を提示。私はゲーム開発部の部員です』

「……なんて言っちゃった暁には、全部台無しになりかねないからね!」

「モモイ、お前妙に声マネ上手いな。芸人でも目指す気か?」

 銀時が感心したように拍手を送るが、ミドリは深々とため息をついた。

「それはそうだけど……はぁ、仕方ない。やれるだけやってみるよ」

 ミドリが諦め半分でパソコンを開き、子供向けの教育プログラムや自然言語処理のサンプルデータを検索し始めた、その時だった。

「……? 正体不明の物体を発見。確認を行います」

 アリスが、積み上げられた機材の山から「ある雑誌」を引っ張り出してきた。

「ん? あっ、そ、それは……っ!?」

 ミドリの顔からサッと血の気が引く。

「……なんだ? エロ本か?ダメだよ、こういうアブナイ系はちゃんと隠さないとPTAとかうるさいから」

 銀時が身を乗り出すが、ミドリは慌てて首を横に振った。

「ち、違います! ちょっと恥ずかしいんですけど……実はその雑誌のインディーズコーナーに、私たちが作ったゲームが載ってるんです。……まぁ、凄い酷評されちゃったんだけどね」

「……まぁ、完成させて世に出しただけでも凄いんじゃないか?」

 桂が珍しく年長者らしい優しいフォローを入れる。

「あはは……そう言って頂けると救われます。……いや、クソゲーランキング1位にはなっちゃったけど、もしかしたらアリスちゃんなら……」

 ミドリはハッと閃き、アリスへと向き直った。

「ねぇアリスちゃん、私たちのゲーム……やってみない? ゲームの中のキャラクターたちと会話をしながら進められるから、自然な言葉を覚える勉強になるかも!」

「……? ここまでの言動の意図、完璧に把握しかねます。しかし……肯定。アリスはゲームをします」

「ほ、本当に!? ちょ、ちょっと待ってて、すぐにセッティングするから!」

 数分後。

 部室のブラウン管モニターの前に、アリスがちょこんと座り、コントローラーを握りしめていた。

 その背後で、銀時と桂も内心ワクワクしながら画面を見つめている。

「よし、準備完了!」

「……アリス、ゲームを開始します」

 アリスがスタートボタンを押す。

 モモイが誇らしげに解説を始めた。

「タイトルから分かるかもしれないけど、このゲームは童話テイストで、色彩豊かな王道ファンタジーRPGなの! 題して『テイルズ・サガ・クロニクル』!」

『コスモス世紀2354年、人類は劫火の炎に包まれた……』

「……?」

 

「SFじゃねぇかァァァ!!!」

「ちょっとどういうことコレ!?ファンタジー系じゃねぇのかよ! バリバリのSFから始まってんじゃねーか!」

 画面に映し出された無骨なテロップに、銀時が即座にツッコミを入れる。

「えっと、王道とは言っても、色々な要素を混ぜてたりするんだけどね! トレンドそのままでもダメだけど、王道に拘り過ぎても古くなるからってことで!」

「ふむ、和洋折衷、温故知新というやつだな。ファンタジーとSFの融合は嫌いではないぞ」

 ファミコン時代のレトロゲーマーである桂は、一人で深く頷いている。

「……ボタンを押します」

『これよりチュートリアルを開始します』

『まずはBボタンを押して、目の前の武器を装着してみてください』

「ふむ、親切な設計だな。Bボタン……」

 アリスと桂が、指示通りに素直に『Bボタン』をポチッと押した。

 次の瞬間。

ドガァァァァァァン!!!

 画面いっぱいに無慈悲な爆発エフェクトが広がり、血文字のようなドギツイ赤いフォントが浮かび上がった。

< GAME OVER >

「「「!?!?!?」」」

 部室が静まり返った。

 アリスのサファイアブルーの瞳が、エラーを起こしたように点滅している。

「え……終わり?」

「あはははははっ! 予想できる展開ほどつまらないものはないよね! 本当はここで指示通りじゃなくて、Aボタンを押して回避しなきゃいけないの! プレイヤーの意表を突く、斬新なチュートリアルでしょ!」

 モモイがノリノリでドヤ顔をキメた、その時。

「あァん? バカなのかお前?」

 地を這うような、ドスの効いた銀時の声が響いた。

 彼はソファから立ち上がると、死んだ魚の目を限界まで見開き、モモイに詰め寄った。

「そんな初見殺しでプレイヤーが喜ぶと思ってんのか、このポンコツシナリオライターが! ただでさえこんなテンプレSF設定で胸焼けしてんのに、チュートリアルで理不尽に殺されるとか、どんだけ自己満足なんだよ! 誰だよこれ企画通した奴、頭冷やしてこいっつーの! これでゲームが完成したとかドヤ顔してんなら、お前のそのピンクの頭の中こそデバッグしてもらえよ、バカ野郎!」

 容赦ないゲーマー(万事屋)のガチ説教が炸裂する。

「そ、そんな言わなくてもいいじゃん……! うぅ……」

 正論という名の物理打撃を受け、モモイは涙目になって部屋の隅へと体育座りで避難した。

「……も、もう一度始めます……再開」

 アリスは無表情のままコンティニューを選択した。

「……テキストでは説明不可能な『感情』が、システム内で発生しています」

「あっ、私それ分かるかも! きっと興味とか、期待とか、そういうワクワクする感情だと思う!」

 ミドリが嬉しそうに身を乗り出す。

 横では、銀時が「いや絶対それ殺意だよね?殺す気満々だよ」と呆れ返っていた。

「アリス殿、俺も共に行くぞ! この理不尽な世界、攘夷志士の意地で見事切り抜けてみせよう!」

 桂がアリスの隣に正座し、謎の熱意を燃やし始めた。

 こうして、ポンコツAI少女と狂乱の貴公子による、クソゲー攻略の幕が上がった。

 ――ゲームを開始してから、2時間が経過。

「……電気処理系統、及び意思表示システムに、致命的なエラーが発生」

 アリスの瞳のハイライトが消えかけ、頭部から微かにシュゥゥという排熱音が漏れ始めている。

「頑張ってアリスちゃん! カッツーラさん! ここさえ乗り越えれば、待望のクライマックスだから!」

 ミドリが必死に応援する。

 だが、ゲーム開発部が生み出した『テイルズ・サガ・クロニクル』は、はっきり言ってクソゲーを超えた「情報量の暴力(バカクソゲー)」だった。

「……質問。どうして母親がヒロインで、それでいて実は前世の妻で、さらにどうしてその妻の元に、子供のころに別れたきりの腹違いの友人がタイムリープしてきているのか……………………エラー発生、論理パズル崩壊、エラー発生!」

 アリスの目から、ツツーッと一筋のオイル……ではなく涙がこぼれ落ちる。

「前世の妻が……今の母親で、ヒロイン……? で、その母親に子供……あれ違う、前世の妻の子供が……タイムリープ……で……うごぉっ!?」

ゴプッ。

「桂さんも吐血しだしちゃった!!」

 情報過多なシナリオに脳の処理能力が追いつかず、桂が口から鮮血を吐き出して白目を剥いた。

「が、頑張って二人とも! クライマックスまでもう少しだから! 考えるな、感じて!」

 ――さらに1時間後。

ボンッ!!!

 部室に、小さな爆発音が響き渡った。

「カッツーラさん!? アリスちゃん!?」

「二人の頭から煙が出てる!?」

「あぶぶぶぶぶぶ……母上は妻で、妻は友人で……あぶぶ……」

 桂は完全にショートし、口からカニのように泡を吹いている。

 そしてアリスもまた、瞳のハイライトを完全に消失させたまま、虚空を見つめて呟いた。

「勇者よ……汝が同意を求めるならば、私はそれを肯定しよう。……&!)$&8%&……*%#%#……我は古の盟約に従い……」

「アリスが変な言葉を言い始めた……! けど、すごいよアリスちゃん! 開発者二人が一緒とはいえ、たった3時間でトゥルーエンドに到達するなんて!」

 ミドリが歓喜の声を上げるが、代償はあまりにも大きすぎた。

「もしかして、ゲームをやればやるほど……アリスちゃんの喋り方のパターンが、どんどん多彩になる……!?」

 

「だからって代償がデカすぎんだろ! 脳味噌スクラップになってんじゃねーか!」

 

 ソファで耳を塞いでいた銀時が、たまらずツッコミを入れる。

「語彙力と引き換えに正気を失ってんぞ!」

「うん、確かにちょっと不自然かも? でも、ゲームからそのまま覚えたせいでちょっと中二病っぽいけど……前の『肯定』しか言わないロボット口調よりは、全然人間らしくて良いね!」

 ミドリの超ポジティブな解釈に、銀時は頭を抱えた。

 

「と、ところで……その」

 ミドリが、もじもじと指を合わせながら、煙を上げているアリスを覗き込んだ。

「こういうのを面と向かって聞くのは、すごく緊張するんだけど……わ、私たちのゲーム、面白かった!?」

「……………説明不可」

「え、えぇっ!? なんで!?」

「……類似表現を検索……ロード中……」

 アリスの頭脳が、必死にこの地獄のような3時間を言語化しようとフル回転する。

「も、もしかして、悪口を探してる……? そんな事無いよね……?」

 ミドリが不安げに見守る中、アリスはゆっくりと口を開いた。

「……面白さ。……それは、明確に存在しました」

「おおっ!」

「プレイを進めれば進めるほど……まるで、別の世界を旅しているような……理解の及ばない夢を見ているような、そんな気分でした。…………もう一度……もう一度、プレイしたいと、思います」

 アリスはコントローラーをぎゅっと握りしめ、画面をじっと見つめた。

 すると。

「……」

ポロッ。

 アリスのサファイアブルーの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちたのだ。

「えぇっ!?」

「あ、アリスちゃん!? どうして泣いてるの!?」

 慌てるミドリの横で、部屋の隅から復活したモモイが、パァァッと顔を輝かせた。

「決まってるじゃん! それぐらい、私たちのゲームのシナリオが感動的だったってことでしょ! やったぁぁ!」

「あんなプレイヤーの頭をパンクさせるような電波シナリオ作った奴のセリフじゃねぇよ!」

 銀時がすかさずモモイの頭をスリッパで叩く。

「明らかに頭の処理速度が追いつかなくなって、排熱代わりに流れた謎の液体(涙)だろうがァァア! 脳細胞が悲鳴上げてんだよ!」

「ありがとうアリスちゃん! その辺の自称・評論家の言葉なんかより、アリスちゃんのその涙のほうが100倍うれしいよ! あー、早くユズにも教えてあげたい……!」

「もしも〜し、聞いてますか? バカモモイ。大人の忠告聞こえてますかー?」

 銀時がツッコミを入れ続けていた、その時だった。

「……ちゃ、ちゃんと、全部見てた」

「……え?」

 部室の隅。

 今まで誰も気に留めていなかった、少し扉が開いたままの薄暗いロッカーの中から。

 ズルッ……と、小動物のように震える一人の少女が這い出してきた。

「ユズ!」

 モモイとミドリが驚きの声を上げる。

「ユズちゃん!? あれだけ探しても見つからなかったのに! い、いつからロッカーの中にいたの?」

「み、みんなが、廃墟から帰ってきた時から……ずっと、息を潜めて……」

 前髪で目を隠した気弱そうな少女――ゲーム開発部部長、花岡ユズは、顔を真っ赤にしながらモジモジと答えた。

「なんか気配がすると思ったら……そういうことだったのか。座敷童かお前は」

 銀時が呆れ顔で呟く。

「あ、アリスちゃんや銀さんたちは初めてだよね。この人が私たちゲーム開発部の部長、ユズだよ」

「……?」

 アリスが小首を傾げる。

 ユズはビクッと肩を震わせると、おずおずとアリスの前に進み出た。

「えっと、あの、その……。あ、あ、あ……」

「あ……?」

「……ありがとう」

 ユズの目から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。

 それはアリスのような処理落ちの涙ではない。紛れもない、クリエイターとしての純粋な喜びの涙だった。

「私たちのゲームを、面白いって言ってくれて……もう一度やりたいって言ってくれて……泣いてくれて…………本当に、ありがとう」

「?????」

「面白いとか、もう一度とか……そういう言葉が、私……ずっと聞きたかったの」

 ユズは、戸惑うアリスの小さな手を、両手でぎゅっと大切そうに握りしめた。

 バカみたいなクソゲー。

 理不尽なシナリオ。

 それでも、誰かの心を(物理的に)動かし、涙を流させたという事実。

 ゲーム開発部という小さな部室に、奇妙で、カオスで、そして少しだけ温かい絆が芽生えた瞬間だった。

 ……なお、隣では桂がいまだに白目を剥いて「母上が妻で……」と念仏のように唱え続けていたが、今は誰も気にしなかった

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 先ほどまでの騒動が嘘のように、部室には穏やかな空気が流れていた。

 ロッカーの陰から這い出してきた小動物のような少女――花岡ユズは、いまだにモジモジと身をよじらせながらも、勇気を振り絞ってアリスの前に立った。

「あらためまして……。ゲーム開発部の部長、花岡ユズです。この部に来てくれてありがとう、アリスちゃん……これから、よろしくね」

 ユズの震える、けれど温かい言葉。

 アリスはサファイアブルーの瞳を瞬かせ、その言葉の意味を内部で検索し、処理する。やがて、彼女の無表情だった顔に、パッと花が咲いたような明るい光が灯った。

「よろ、しく……? ……理解しました」

 アリスは両手を小さく上げ、無機質な声色に精一杯の抑揚をつけて宣言した。

「ユズが仲間になりました! パンパカパーン! ……で、合っていますか?」

「あ、うん。大体そんな感じ、かな」

 口で効果音を奏でるアリスの愛らしさに、ユズは照れくさそうにはにかんだ。

 ポンコツAI少女と、引きこもりの部長。不器用な二人の間に、確かなパーティーの絆が結ばれた瞬間だった。

「ふふっ、その様子だと、アリスちゃんは本当に私たちのゲームを楽しんでくれたんだね」

 ユズが安堵の息を吐く横で、モモイが腕をまくり上げ、鼻息を荒くして身を乗り出した。

「RPGを面白いって思ってくれたなら、私がとっておきの『おすすめ神ゲー』を教えてあげる!」

「ちょっと待ったぁ! アリスにおすすめするのは私が先だよ! 良質なゲームをやればやるほどアリスちゃんの話し方も自然になって、ミレニアムプライスでの私たちの計画の成功率も上がるんだし!」

 ミドリも負けじと、積み上げられたソフトの山から名作RPGを引っ張り出してくる。

 双子の間で「アリスちゃん育成計画」の主導権争いが勃発しかけた、その時だった。

「はいはい、お前らストーップ」

 ソファから気怠げに身を起こした銀時が、二人の間に割って入った。

「ゲームの英才教育もいいがなぁ、人生っていう最大の無理ゲーを攻略するには、もっと根源的なパラメーターが必要なんだよ。俺からはゲームじゃなくて、ジャンプの定番『友情・努力・勝利』の極意を叩き込んでやるよ。まずは『ドラゴンボール』の精神と時の部屋編からだ」

 銀時が分厚いジャンプの束をドンッと机に積む。

 すると、部屋の奥から「待たせたな」という、無駄に響く渋い声が聞こえてきた。

「そうだな。だが、アクションの基礎も忘れてはならん。カッツーラさんじゃない、俺は『カツオ』だ!!」

 バサァッ!と白衣を脱ぎ捨てたその男は、どこから調達したのか、赤と青のオーバーオールに身を包み、鼻の下には極太のマジックで書かれたヒゲを生やしていた。頭には「M」ではなく「K」と書かれた赤い帽子。

 完璧なまでに著作権ギリギリの、配管工のおじさん(偽)である。

「俺は元祖マリオに弟子入りした男として、お前にジャンプアクションの全てを叩き込む。まずはBダッシュからの……」

「あァん? 元祖マリオに弟子入りぃ?」

 銀時のドスの効いたツッコミが、部室の空気を切り裂いた。

「お前、怪しい色のキノコでも食いすぎてついに頭おかしくなったか!? だいたいあの配管工が弟子なんか取るわけねぇだろ! あいつはなァ、何十年もずっと一人でカメ蹴飛ばして姫救ってんだよ! 弟ですらたまにしか出番ねぇのに! そんな同人設定を勝手に公式みたいに語ってんじゃねぇ、このデマブロック!!」

 銀時がスリッパでカツオ(桂)の頭をスパーン!と叩く。

 大人たちの次元の低いコントを前に、普通なら呆れ果てるところだが、アリスの瞳は違った。彼女は知識という名の経験値を与えられる喜びに、目をキラキラと輝かせていたのだ。

「……わかりました。アリス、ゲームを再開すると同時に、銀さんたちからも色々な概念(システム)を教わります」

 すべてを肯定し、吸収しようとする恐るべきスポンジ少女。

 こうして、ゲーム開発部と万事屋による、常軌を逸した「アリス・アプデ合宿」が幕を開けた。

          †

 それからしばらく、銀時と桂(カツオ)は部室に居座り、双子やユズと共にアリスのゲームプレイに付きっきりで言葉や概念を教えていった。

 ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ……。

 深夜の部室に、コントローラーのボタンを弾く異常な連打音と、テキスト送りの電子音だけが高速で響き続ける。

「うわっ、アリスちゃん、テキスト読むスピード早くない……? 画面に会話が出力されるとほぼ同時に読み終わってるみたいな……」

 ミドリが、残像が見えそうなアリスの指捌きを見てドン引きする。

「アリスちゃん、次はこれ! 『伝説のオークバトル』やろう! ターン制バトルの奥深い面白さを教えてあげる!」

「肯定。ディスクをロードします」

 ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ……。

 ――3時間後。

「……魔王、討伐完了。クリアしました」

「やるなアリス殿! だがクリボーの避け方がまだ甘い! 次はどうする!」

 アリスはコントローラーを置き、ふぅ、と小さく息をついた。

 そして、画面から視線を外し、隣で胡座をかいてジャンプを読んでいる銀時と、土管に入るポーズの練習をしている桂を見つめた。

「……銀さんと、カツオさんのお話も、もっと聞きたいです」

「ん?」

「ジャンプの主人公たちは、みんな過去に色々な経験をして、強くなっています。銀さんたちは、どんなクエストを経て、今のレベルになったのですか?」

 アリスの純粋な、一点の曇りもない問いかけ。

 その瞬間、銀時のページをめくる手がピタリと止まった。

 彼の脳裏に一瞬だけ、血に染まった雪景色、屍の山、そして決して忘れることのできない「喪失の記憶」がフラッシュバックする。語るにはあまりにも重く、この平和で温かい部室には似合わない、血生臭い過去。

「……そうか」

 銀時は、いつもの死んだ魚の目の中に、微かな哀哀愁と優しさを滲ませて、小さく笑った。

 そして、アリスの頭にポンと手を乗せ、乱暴に撫で回す。

「大人ってのはな、セーブデータから消し去りてぇ黒歴史の一つや二つあるモンなんだよ。……俺たちの昔話は、また今度、お前がもっとレベルアップして『大人の階段』ってやつを登った時にな」

 はぐらかすような、けれどどこか寂しげな銀時の横顔。

 アリスはそれ以上踏み込まず、「わかりました」と静かに頷いた。

 深夜の部室は、不思議と居心地が良かった。

 モニターの放つ青白い光の中、ゲームの電子音と、他愛のない笑い声が交差する。色々なことを教わり、世界を広げていくアリスの横顔は、人間の子どもと同じように幸せそうであり、彼女を見守る部員たちや大人たちもまた、心地よい疲労感の中で微笑んでいた。

 やがて、一人、また一人と睡魔に負け、部室のあちこちで静かな寝息が聞こえ始めた。

          †

 そして――翌朝。

 小鳥のさえずりと、窓から差し込む眩しい朝日によって、ソファや床で雑魚寝していた4人(銀時、モモイ、ミドリ、ユズ)は、重い瞼をこすりながら身を起こした。

「んぁ……朝か……。首痛ェ……」

「ふわぁ……よく寝たぁ……」

 寝ぼけ眼で周囲を見渡した彼らが、一番最初に目にしたモノ。

 それは、朝日に照らされて神々しいまでの後光を背負った、緑色のパーカーの少女の姿だった。

「あ! おはようございます、4人とも!」

 アリスは、昨日廃墟で見つけた時の「感情のない人形」のような面影を完全に消し去り、ヒマワリのように眩しい、超が付くほどの満面の笑顔を浮かべていた。

 そして、彼女の右手には分厚い『週刊少年ジャンプ』が。

 左手には『スーパーマリオ』のレトロカセットが、まるで聖遺物のように高々と掲げられている。

「アリス、一晩中計算して、ついにこの世界の真理がわかりました……!」

「……は?」

「えっ?」

 嫌な予感しかしない銀時と双子が、顔を引きつらせる。

 アリスは胸を張り、キヴォトスの空に向かって高らかに宣言した。

「この世界は全て、『ジャンプの友情』と『マリオのBダッシュ』で救えるって!!」

「…………」

「…………」

「さあ! みんなで一緒にジャンプを読んで、土管に入ってカメを蹴飛ばしまくりましょう!! これが勇者の道です!!」

 あまりにも偏った教育(英才教育)のせいで、純真無垢なAI少女の思考回路は、一晩にして完全に「ジャンプとレトロゲーのキメラ」へとバグってしまっていた。

「えっと……コイツは誰のせいにーー」

「「「銀さん(お前)のせいだァァァァァァァ!!!」」」

 モモイ、ミドリ、そしてユズの怒りのツッコミが、爽やかな朝の部室に木霊する。

 ミレニアムプライスまで、あとわずか。

 こんなポンコツに仕上がってしまった勇者(アリス)を連れて、果たして彼らは神ゲーを完成させることができるのだろうか。

 ゲーム開発部の前途は、マリオの残機よりも圧倒的に少なく、そして果てしなく多難であった。

 

 

 

 

 

 

 




次回予告
銀時「おいおいアリスかめはめ波が撃ちたいって?」
アリス「はい!かめはめ波じゃなくてもなんか凄いビームを放ちたいです!」
銀時『アロナがいねぇと俺も撃てねぇしなぁ』
モモイ「諦めるのはまだ早いよ!」
「なんか最近エンジニア部に変わった顧問が来たらしくてそれがすごく腕がいい人らしいから行ってみるのもいいかも」

次回 必殺技って派手じゃないとやる気出ないよね?

〜透魂〜第一回キャラクター人気投票

  • 銀時
  • 新八
  • 神楽
  • 沖田
  • 土方
  • 山崎
  • 高杉
  • 定春
  • エリザベス
  • ホシノ
  • シロコ
  • ヒナ
  • アコ
  • ミカ
  • ナギサ
  • セイア
  • ユウカ
  • ノア
  • 近藤
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