透き通る世界を照らす銀魂(ぎんのたましい)   作:時代に遅れている

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第二十五訓 探し物には秘密あり

前回、ユウカにまあまあ怒られたゲーム開発部だったが、銀時たちの励ましもあり、もう一度全員で最高のゲームを作ることを決意した。

「そのためにも!! やっぱりもう一度廃墟へ行かないと!」

とゲーム開発部のメンバーたちが意気込む。

「……は?」

 つい数十秒前まで、後光が差すほどの立派な「侍」の顔つきで感動的な演説をぶち上げていた銀時の顔面が、ピシリと無様に凍りついた。

 彼の脳内で流れていた熱血アニメのクライマックスのような劇伴(BGM)が、レコードの針を乱暴に引っこ抜いたような音を立てて強制終了する。

「ちょ、ちょっと待てタイムタイム。ピーッ、笛鳴ったよ今。お前ら、今なんつった?」

「だから、もう一度ミレニアム自治区郊外の『廃墟』に行くんだよ! 私たちの本来の目的は、最強のゲーム開発ツール『G.Bible』を見つけることだったじゃん!」

 モモイが、まるで近所の公園にピクニックにでも行くかのような無邪気な笑顔で、とんでもない死地(お化けスポット&殺人ロボの巣窟)への再訪を宣言した。

「い、いやいやいや! おかしいよね!? 話の構成として絶対におかしいよね!?」

 銀時はソファの背もたれにガシッと抱きつき、必死に自己保身のための抗弁を始めた。

「俺たちはあの危険なダンジョンの底で、アリスっていう最高のレアキャラ(仲間)を引き当てたんだよ!? RPGならここで第一章完結、あとはこの仲間と一緒に魔王(ユウカ)を倒すためのレベル上げパートに入るのが王道ってもんだろ! なんでまた同じ初期ダンジョンに潜らなきゃなんねェんだ!」

「何言ってるの銀さん。アリスちゃんっていう最強のプログラマー(?)が加入しても、肝心のゲームを作るためのエンジンがないと始まらないでしょ! あと2週間で神ゲーを作るには、やっぱり『G.Bible』の力が絶対に不可欠なの!」

 モモイの正論という名の物理打撃が、銀時のちっぽけな逃避行を打ち砕く。

 ミドリも深く頷き、ユズも「う、うん……怖いけど、やるしかない、です……!」と小さな拳を握りしめている。

 先ほどの銀時の「侍スピーチ」が、少女たちの心にあまりにも強力なバフ(勇気)をかけてしまったのだ。完全に裏目である。

「お、俺は行かねェから……! さっきユウカに殴られた顎が粉砕骨折してるし、なんなら古傷が疼いて『地図にない場所』に行くと死んじゃう病が再発したし……!」

「フハハハハ! 銀時よ、見苦しいぞ! 侍たるもの、一度抜いた刀を鞘に収めるなど言語道断!」

 先陣を切って部室の扉を開け放ったのは、マリオの帽子(偽物)を被った桂だった。

「さぁ行こう、若き勇者たちよ! 再びあの地下水道(ダンジョン)に潜り、今度こそ隠しブロックから伝説のアイテムを叩き出すのだ!」

「オメェはただ単に土管に入りたいだけだろうがァァァ!!」

 必死にソファにしがみつき、テコでも動こうとしない銀時。

 その時、彼の頭上にスッと巨大な影が落ちた。

「ピロリン。村人A(ギントキ)に『恐怖』のステータス異常を確認しました」

 見上げると、そこには右手で140kgの超大型レールガン『光の剣:スーパーノヴァ』を軽々と担いだアリスが、虚無の表情(しかし瞳はキラキラ)で見下ろしていた。

「だ、だから俺は村人じゃなくて……って、アリスちゃん? なんでそんな物騒な大砲を構えて……」

「勇者モモイ。ギントキは足がすくんで動けないようです。アリスが、彼をインベントリに収納して運びます」

「え? 収納? ちょ、おま、力加減――」

ガシッ。

 アリスの空いている左手が、銀時のジャージの襟首を無造作に掴んだ。

 そして次の瞬間。

「ヒョイッ」

「ギャアァァァァァァァァァ!?」

 140kgの兵器を片手で扱う規格外の膂力によって、成人男性(銀時)の身体がまるでスーパーのレジ袋か何かのように、軽々と宙に浮き上がった。

 そのままアリスは、スーパーノヴァを右肩に、銀時を左脇に抱えるという、世紀末のバーサーカーのようなスタイルで歩き出した。

「よし! パーティー再結成だね! それじゃあ、目指すはミレニアム郊外の廃墟! G.Bible探索クエスト、リスタート!!」

「おー!!」

 モモイ、ミドリ、ユズが歓声を上げ、桂が「Bダッシュだ!」と走り出す。

「おろせェェェ! 胃が! さっき食った糖分が逆流するぅぅ!!止めてェェェ!! 誰かこのパワー系AIを止めてぇぇぇ!!」

 銀時の情けない悲鳴がミレニアムの廊下に響き渡るが、もはや誰の耳にも届かない。

 感動的な誓いから一転、やっぱり最後は強引なドタバタ劇に巻き込まれる形で、彼らは再び、あの忌まわしき(そして秘密が眠る)廃墟へと歩みを進めるのであった。

 

【ミレニアム自治区郊外・廃墟構内】

 灰色の雲が垂れ込め、ひび割れたアスファルトの間から枯れ草が顔を覗かせるミレニアム郊外の廃墟群。

 つい昨日、無数の殺人ロボット兵に追い回され、命からがら逃げ惑った死地である。冷たい風が吹き抜け、錆びた鉄骨がギシギシと不気味な音を立てるその場所に――。

「とぉうっ!」

ズゥゥンッ!!

 地響きを立てて、緑色のパーカーを着た少女が着地した。

 右肩には140kgの規格外兵器『光の剣:スーパーノヴァ』。そして左脇には、まるで出荷前のマグロのように抱えられた死んだ魚の目の侍。

「ミッションエリア『廃墟』に到着しました! アリス、ファストトラベル完了です!」

「……おぶぉっ」

 アリスが左手を離すと、銀時は無造作に瓦礫の上に落下し、カエルのように手足を投げ出してピクピクと痙攣した。

「胃液が……俺の胃袋の中で、ストロベリーパフェと宇治銀時丼が禁断のフュージョンを果たして逆流してきやがった……。お前、人権って言葉知ってる? AIに人道条約教え込んだプログラマー呼んでこい……」

「大丈夫ですかギントキ? HPが赤ゲージで点滅しています。やくそう(んめぇ棒)を使いますか?」

「余計吐くわ!!」

 青ざめた顔で抗議する銀時をよそに、後から息を切らせてモモイ、ミドリ、ユズ、そして謎の配管工(桂)と白い謎の生物(エリザベス)が到着した。「はぁ……。相変わらずカオスなパーティーだけど、とにかく着いたね。廃墟の深部……G.Bibleが眠る『地図にない場所』への入り口に!」

 モモイが気を取り直し、探検家のようにおもちゃの銃を構えて前を指差す。

 しかし、その後ろに隠れるように立っていたユズは、ブルブルと小動物のように震えていた。

「うぅ……やっぱり、怖いよぉ……。本当にオバケとか、出ないよね……?」

「大丈夫だよユズちゃん! オバケが出ても、アリスちゃんがいるから!」

 モモイが根拠のない自信で胸を張るが、その言葉を遮るように、廃墟の奥から**ギ……ギギギギギ……**という、錆びついた金属が擦れるような不快な音が響き渡った。

「ヒッ!?」

 ユズが悲鳴を上げてミドリの背中にしがみつく。

 ズォォォン……。

 暗がりの中から姿を現したのは、オバケではない。

 血のように赤く発光する無機質な単眼レンズ。そして、傷だらけの鋼鉄の装甲。昨日、モモイとミドリを絶望の淵に追いやった「殺人ロボット兵」の群れだった。

 その数は昨日よりも遥かに多く、瞬く間に瓦礫の山から数十体が湧き出し、侵入者である一行を完全に包囲した。

『ピガガ……目標、確認。排除シーケンス、開始』

 チャキッ、と無数の銃口が一斉に彼女たちに向けられる。

「あわわわわ……! や、やっぱり来なきゃよかったぁぁ!」

 ユズが涙目でしゃがみ込む。双子も、昨日のトラウマがフラッシュバックし、思わず一歩後ずさった。

 

 だが、昨日逃げ惑うことしかできなかった双子は、不思議と落ち着いていた。

 モモイはニヤリと不敵な笑みを浮かべ、バサッと腕を振り下ろした。

「ふっふっふ……。銀さん、テンプレな絶望リアクションありがとう! でもね、今日の私たちは昨日までの『レベル1の村人』じゃないんだよ!」

 

 絶体絶命のピンチを前にして、パーカーを着た少女が、微動だにせず、キラキラと目を輝かせて前に進み出た。

 

「勇者モモイ。敵の群れを確認しました。戦闘(エンカウント)に突入しますか?」

 アリスが、ルンルン気分で一歩前へと進み出た。

 彼女の右肩に担がれた『スーパーノヴァ』の砲身が、青白いプラズマの光を帯びて微かな駆動音(ハミング)を鳴らし始める。

「やっちゃえ、アリスちゃん!!」

「了解しました! アリス、先制攻撃を仕掛けます!!」

 アリスは140kgのレールガンを、まるで水鉄砲でも構えるかのような軽快な動作で腰だめに構えた。

 キュイィィィィィン……ッ!!と、周囲の空気が振動し、大気中の静電気がバチバチと弾ける。莫大なエネルギーが、砲身の先端へと一気に収束していく。

「目標、ロックオン! 銀さんから教わったジャンプの必殺技を、今こそ試す時です!それにーー」

 アリスのサファイアブルーの瞳に、昨夜インストールした『週刊少年ジャンプ』の熱き魂がメラメラと燃え上がる。

「アリスは今、強敵(ライバル)を前にして、とても『ワクワク』しています! 修行の成果を見せる時です!」

「だからお前はどこの戦闘民族だよ!!」

 銀時の魂のツッコミが響く中、アリスは深く息を吸い込み、構えたスーパーノヴァの銃口をロボット兵の密集地帯へと向けた。

 ギュイィィィィン……!!と、青白いプラズマの光が砲身を駆け巡り、凄まじいエネルギーが収束していく。リミッターがかかっているとはいえ、その出力は常軌を逸していた。

「いきます! アリスの、オリジナル必殺技……!!」

 アリスは大きく振りかぶり、高らかにその名を叫んだ。

「天◯斬月・ゴムゴムの・かめは◯波ァァァァァァァ!!!」

「全部乗せだァァァァ!! 著作権の致死量超えてるゥゥゥ!!」

 

 ――瞬間。

 世界から、音が消えた。

ズドォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!

 レールガンの銃口から放たれたのは、ミレニアムの科学技術とアリスのロマンが融合した、極太の閃光。

 音速を遥かに超える青白いプラズマの濁流が、竜巻のように周囲の瓦礫を巻き上げながら、一直線にロボット兵の群れへと殺到した。

「ピガッ――!?」

 電子音が途切れる間すら与えない。

 プラズマの奔流は、数十体のロボット兵を装甲ごと瞬時に蒸発させ、そのまま背後にあった巨大な廃ビルの壁面を豆腐のようにぶち抜き、はるか彼方の空へとレーザーの軌跡を残して消え去った。

 後に残ったのは、綺麗に舗装されたかのように一直線に溶けた地面と、赤熱して煙を上げる鉄くず(元・ロボット兵)だけだった。

「…………」

「…………」

 圧倒的な、あまりにも理不尽なまでの暴力。

 銀時と桂の口が、アゴが外れるのではないかというほどポカーンと開いたまま塞がらない。エリザベスに至っては、持っていたプラカードをポロッと落としていた。

「デデデッデデッデ♪ デッデッデデデデッデデッデデデ♪」

 静まり返った焦土のど真ん中で、アリスだけが満面の笑みでマリオのクリアBGMを口ずさみ、スーパーノヴァの銃口から立ち上る煙を「フッ」と息で吹き飛ばしていた。

「戦闘終了! アリスは経験値を獲得しました! パンパカパーン!」

「……」

「……」

 

「……なぁモモイ」

「……なに、銀さん」

 圧倒的な蹂躙劇を目の当たりにし、銀時は死んだ魚の目を虚無へと向けたまま呟いた。

「これ、G.Bibleなんかいらねェんじゃねェ……? この物騒なチート娘一人いれば、ミレニアムごと制圧できんじゃねェの……?」

「それはゲーム開発じゃなくて、ただのテロだよ銀さん……」

 常識外れの暴力(物理)によって切り開かれた、強引すぎる道。

 恐怖と安堵がないまぜになった複雑な表情を浮かべながらも、ゲーム開発部と万事屋の面々は、気絶したユズをエリザベスに背負わせ、大きく口を開けた廃墟の最深部――未知の領域へと、再び足を踏み入れていくのであった。

 

 ――――――――――――――――――――

 

【ミレニアム自治区郊外・廃墟構内 最深部への道】

 アリスが放った著作権ガン無視の超絶プラズマ砲が抉り取った跡は、もはや「道」というより、強引すぎる「暴力の通り道」と呼ぶにふさわしい有様だった。

 分厚いコンクリートの壁は円形にくり抜かれ、切断面からは未だにチリチリと高熱の火の粉と白煙が上がっている。

「素晴らしいぞアリス殿! その圧倒的な破壊力、まさにマリオがスーパースターを取った時の無敵状態! ……いや、どちらかと言えばクッパの火炎ブレス寄りかもしれんが、細かいことは気にすまい!」

 マリオの帽子を被った桂(カツオ)が、なぜか横スクロールアクションゲームのように真横を向いたままカニ歩きで進みながら、アリスの暴挙を手放しで絶賛する。

 その後ろでは、恐怖で気絶したままのユズが、緑のオーバーオールを着た白い生物(エリザベス)の背中に、まるで打ち上げられたリュウグウノツカイのようにだらんとぶら下がって運ばれていた。

「あはは……。でも、おかげで迷路みたいに入り組んでた廃墟のルートが、全部綺麗に一直線になっちゃったね……」

 ミドリが、まだ熱を持った壁を横目に見ながら引きつった笑いを浮かべる。

 一方のモモイはというと、完全にゲームの主人公気取りで、意気揚々とアリスの隣を闊歩していた。

「これぞ勇者の特権だよ! めんどくさい迷路のギミックも、回りくどい謎解きも、全部圧倒的な火力でぶっ壊せば超絶ショートカットできるんだから! さぁ、この一直線の道の先に、いよいよ『G.Bible』が眠ってるはずだよ!」

 彼女の明るい、遠足にでも行くような声が響く。

 しかし、それに反して、深く潜れば潜るほど、工場内の空気は次第に冷たくなり、何か言葉にできない不穏な気配が重く漂い始めていた。

「それにしても……本当に不気味だよね……ここ」

 ミドリが身震いし、声を潜めた。

 壁に張り付く得体の知れない黒ずんだ汚れや、光が届かず闇に沈み込んだ無数の通路跡。まるで、世界から見捨てられた巨大な墓標か、ラスボスが潜むラストダンジョンそのものの威圧感だ。

 その時。

 先頭を歩いていたアリスが、不意にピタリと足を止めた。

 140kgの巨大兵器を軽々と担いだまま、彼女は周囲をキョロキョロと見渡し、その整った細い眉をひそめて、ひどく不思議そうな――まるで迷子になったような表情を浮かべた。

「……アリス、どうしたの?」

 いち早く異変に気づいたモモイが声をかける。

「……えっと」

 アリスは、サファイアブルーの瞳を微かに揺らしながら、少し戸惑うように答えた。

 その様子を見た桂が、カニ歩きをやめて優しくアリスに近寄る。

「体調が悪い時は無理をするな。ここは俺たち大人に任せて、セーブポイントで休むといい」

「いえ、体調のエラーではありません。大丈夫です……ただ」

 アリスは首を振りながら、再び暗い辺りを見回した。

「……わかりません。……ですが、この場所のデータ、どこか見慣れた景色のような気がします。……あちらのほうに行かないと、いけないような……」

 銀時は、その死んだ魚のような目を細め、アリスの様子を鋭く、そして訝しげに見つめていた。記憶喪失のはずの彼女が、ミレニアムの極秘の廃墟で「既視感」を覚えている。

「お前、ここについて何か知ってるのか?」

 銀時が低く問い詰めた、その瞬間。

「ッ……!」

 アリスは質問に答えることなく、何かに見えない糸で強引に引き寄せられるように、真っ暗な空間の奥へと突然全速力で走り出した。

「えっ!?」

「やべぇな……! おい、追いかけるぞ!」

 銀時が即座に指示を出し、木刀を握り直して駆け出す。モモイたちも慌ててその後を追った。

          †

 暗闇を抜け、アリスが立ち止まった場所。

 そこは、埃まみれの瓦礫が散乱するだだっ広い空間の中央だった。

 彼女の視線の先には、一台の古びた巨大なメインフレーム……コンピューターがぽつんと置かれていた。

 周囲は完全に薄暗く、電力供給を絶たれてから数十年は経っているはずの廃墟だ。

 しかし、そのコンピューターのモニターだけが、まるで彼らが来るのを待っていたかのように、青白い光を放って異様な存在感で起動していたのだ。

「あのコンピューター、電源が点いてる……?」

 モモイが、あり得ない光景に息を呑み、疑問の声を漏らす。

 銀時は木刀を肩に担いだまま、怪訝な顔でその光るモニターへとズカズカと近づいていった。

「めっちゃ怪しいな……。呪いのビデオでも再生されそうな雰囲気じゃねーか。とりあえず、斜め45度から叩いてみるか?」

「だ、ダメだよ銀さん! もしも壊しちゃダメな重要アイテムとか、システムの中枢だったら……ほら、後が大変……だから!」

 ミドリが、昭和の家電修理法を実行しようとするダメな大人を必死に羽交い締めにして止める。

 そんな二人の横をすり抜け、アリスはまるで吸い寄せられるようにコンソールパネルへと近づき、キーボードを見つけると、躊躇いなく指を滑らせ始めた。

「キーボードを発見。……検索コマンド、『G.Bible』と入力してみます」

「あっ、アリスちゃん待って!」

 アリスがエンターキーをターンッ!と押し込もうとした、その刹那。

 キーを叩くよりも早く、コンピューターの画面が突如として激しい砂嵐(ノイズ)に塗れ、**『ギギュゥゥゥゥン!!』**という、耳を劈くような奇妙な電子音が空間に響き渡った。

「こ、壊れた!? アリス、一体何を入力したの!?」

「い、いえ! まだエンターは押していないはずですが……!」

 アリス自身も困惑し、キーボードから両手を離す。

「やっぱりな。こんな気味の悪い廃墟で、ひとりでに動き出すコンピュータなんて、元からイカれてるに決まってるんだよ。ここはやはり、左右から往復ビンタの要領で叩いて直すとするか」

「直るわけないでしょ!? というかいつの時代の知識なのそれ! ファミコンのカセットじゃないんだから!」

 モモイがすかさずキレのいいツッコミを入れる。

 すると、激しく乱れていたコンピューターの画面がゆっくりとぼやけ始め、やがてノイズの中から、血のように赤いフォントで「奇妙なメッセージ」が浮かび上がった。

【あなたは―AL-1Sですか?】

『ピィン……』と、無機質な機械音声がメッセージの表示を知らせる。

 この廃墟の奥深くに眠るシステムが、明確にアリス(AL-1S)という個体を認識し、語りかけてきたのだ。物語の核心に迫る、極めてシリアスで重大な局面である。

 ――しかし。

「やっぱり、ゲームのキャラはド派手な必殺技で戦う奴がいいよなァ。かめは◯波とか、◯解とかさ」

 銀時は、赤く光るモニターに完全に背を向け、唐突にRPGのキャラクター論を語り始めていた。

「わかる! 一撃の火力がロマンだよね! けど、魔法とかに頼らず、自分自身の物理的なパワーで戦うってのも良くない? 筋肉は裏切らないし!」

 モモイもモニターを無視し、目を輝かせてウンウンと頷く。

「いや、俺は素早い動きで相手を翻弄する感じのスピードキャラがいいと思うぞ。残像を残して背後を取るようなな。アリス殿はどのようなタイプが好みだ?」

 桂まで話に混ざり、真面目な顔でアリスに尋ねる。

「はい! アリスは、正義感が強くて、圧倒的な光の力で闇を打ち払うキャラクターがいいです!」

 当のアリス本人も、モニターの呼びかけを完全に放置して、無邪気な笑顔で答えていた。

【…………あなたはAL-1Sですか?】

 背後のコンピューターが、先ほどよりも少しだけフォントサイズを大きくし、まるで苛立ちを帯びたかのように再度メッセージを表示する。

 だが、彼らは相変わらずキャラクター談義に夢中だ。

「あとはアレだな、途中で味方を裏切る『裏切りキャラ』ってのもスパイスとして必要だろ。……まぁ、そういう胡散臭い役回りは、大体別の世界線のお前(桂)の担当だろうけどな、ヅラ?」

「裏切りはしない! そしてヅラじゃない、桂だ! 無礼だぞ銀時、貴様! 俺はいつだって主人公を導く高潔な……」

「うんうん、やっぱり裏切りキャラには、石田◯さんのボイスが一番しっくりくるよね! 何か裏があるんじゃないかって、一番愛着が湧くっていうか……」

 ミドリがメタすぎるキャスティング事情に踏み込みながら、ふと銀時を見上げた。

「そういえば銀さんは、裏切りとかそういうドロドロした展開は大丈夫な人ですか?」

 ミドリの素朴な質問に、銀時は小指で耳をほじっていた手を止め、ふっ、と息を吐いた。

 赤く明滅する【AL-1S】の文字を背にしながら、彼は死んだ魚の目を少しだけ和らげ、気怠げに口を開く。

「はぁ? 何言ってんだお前。銀さんはな、裏切りだの陰謀だの、そういう胃が痛くなるような面倒くさいのはご免だね」

 銀時は、木刀を肩にトントンと当てながら、真っ直ぐにミドリたちを見つめた。

「ま、オレはオレなりに、てめェの決めた筋を通すってだけさ。国だの、大義だの、忠誠だの……そういう小難しいこと言ってんじゃねぇよ。美味い飯食って、ぐっすり寝て、守りてェもんのためにたまーに戦って……。それが、銀さんのやり方なんだよ」

 薄暗い廃墟の中で、その言葉はやけに温かく響いた。

「だからお前も、誰が裏切るとか、明日の面倒事とか、そんなこといちいち気にせず、ただやりたいように、てめェの好きなゲーム作ってりゃいいだろ。……なんかあったら、オレはいつでもここにいるからよ」

 それは、適当に見えて、誰よりも不器用で真っ直ぐな、彼なりの「絶対的な安心感」の提示だった。

「わぁ……銀さんらしいね〜。なんか、ちょっとかっこいいかも」

 モモイが感心したように、えへへと笑う。ミドリも、少し顔を赤らめて小さく頷いた。

 アリスも「これが、侍の生き様……!」と感激の眼差しを向けている。

 とても温かい、仲間との絆を感じる感動的なシーンである。

 

 

【ミレニアム自治区郊外・廃墟構内 最深部】

 ――その時だった。

【あなたは!! AL-1S!! ですか!!?】

 突如として、完全に無視され続けていたコンピューターのスピーカーから、廃墟の空気を震わせるほどの凄まじい大音量が爆発した。

「うわぁっ!?」

 あまりの爆音に、ユズがビクッと肩を跳ねさせて両耳を塞ぐ。

「いってェ……鼓膜破れるかと思ったぞ。なんだ急に大声出しやがって。大声出していいのは、バラエティ番組のドッキリの時だけって開発者の親から教わらなかったのか?」

 銀時が小指で耳をほじりながら、心底鬱陶しそうに文句を垂れる。

 すると、コンピューターは数秒の沈黙を挟み……まるで深い溜息をつき、ギリギリで苛立ちを押し殺したような文面を画面に表示させた。

【何度も、何度も話しかけました。しかし、あなた方はこちらの音声に一切耳を傾けず、自分たちだけの世界に入り込んで……失礼だとは思わないんですか?】

「あさーく反省しておりやす」

 銀時が、1ミリも誠意を感じさせない軽いトーンで頭を掻いた。

 コンピューターは再び仮想の溜息をつくように、文字の点滅速度を落とし、静かに問い直してきた。

【では、改めまして――あなたは、AL-1Sですか?】

「い、いいえ! わたしはアリスです!」

 アリスが、モモイから貰った自分の新しい名前を誇るように、慌てて首を横に振って訂正する。

 だが、その声の波形を読み取ったシステムは、無慈悲な事実を突きつけた。

【音声パターンの再認識完了。……お帰りなさいませ、AL-1S】

 ピリッ、と。

 銀時たちの間に、冷たい緊張が走った。

「えっと……AL-1Sっていうのは、やっぱりアリスちゃんのことなの?」

 ユズが、不安げな上目遣いでアリスを見つめる。

「……アリスの本当の名前。……本当の、私……」

 アリスは、自分の胸元――【AL-1S】と刻まれていたプレートがあった場所をギュッと握りしめ、静かに頷いた。

 工場内の空気が、先ほどまでの和やかなものから、ひどく冷たく、張り詰めたものへと変わっていく。記憶喪失の少女のルーツが、今まさにこの廃墟の底で紐解かれようとしている。不安と、隠しきれない好奇心。

 アリスはしばらく黙り込んでいたが、やがて、恐る恐る小さな口を開いた。

「……あなたは、AL-1Sについて、知っているのですか?」

 アリスが、青白く光るモニターに向かって真っ直ぐに問いかける。

【……】

 しかし、コンピューターは何も答えない。

 画面に表示される文字列が一瞬、水面に落ちた波紋のようにぼやけ、銀時は不思議そうに顔を近づけた。

「もしもーし、聞こえてんの? 奥さん」

 銀時がモニターをコンコンと叩く。

「なんか画面もぼんやりしてきたけど、処理に詰まってんのか? ……あ、もしかしてさっきからずっと話しかけてたのに、俺たちがガン無視してたからスネちゃった感じ?」

【そうで……――@! #%#@! $%@!!!!】

 次の瞬間、コンピューターの画面が一気にバグのノイズに呑み込まれ、聞いたこともない不快な電子音が周囲に鳴り響いた。

「え、え? なに!? 急にメンヘラみたいに混乱されても、何もわかんねぇよ俺たち!」

 銀時が困惑の声をあげる。

 コンピューターはしばらく暴走したかのように激しく画面を明滅させていたが、やがてノイズの中から、血のように赤い警告メッセージを吐き出した。

【緊急事態発生。システム電力、限界値に到達。電源が落ちると同時に、全データが消失します。残り時間、51秒】

「ええっ!? ダメ! せめて『G.Bible』のことだけ教えてからにしてよ!」

 モモイが思わずパネルにすがりついて叫ぶ。

【あなたが求めているのは、G.Bibleですか? <Y/N>】

「!?」

「YES!!」

 ミドリが即座に大声で叫ぶ。

【G.Bible……確認完了。コード:遊戯……人間、理解、リファレンス。ライブラリ登録ナンバー193、廃棄対象データ第1号。残り時間、35秒】

「廃棄!? どうして!? それはかつてのゲーム開発者たちの……ううん、この世界中のゲーマーの宝物なのに!」

 モモイが必死にモニターへ訴えかける。

 その時、マリオの帽子を被った桂が、唐突に前に歩み出た。

「案ずるな若人よ。こういう時こそ、この俺の類まれなる暗記力で、画面のデータを一言一句……」

 バタンッ。

 桂はそう言い残した瞬間、目をカッ開いたまま、立った姿勢から綺麗に丸太のように倒れ込み、深い眠り(気絶)に落ちた。先ほどの情報過多なゲームプレイで、脳の処理能力が完全に限界を迎えていたのだ。

「寝るの早いよ!! っていうか寝方キモッ!!」

 モモイの鋭いツッコミが炸裂する。

【G.Bibleのデータ取得を希望するのであれば、提案します。データを転送するための『保存媒体』を直ちに接続してください。残り時間、22秒】

「えっ……? G.Bibleの在り処を知ってるの?」

 ミドリが息を呑む。

【あなたたちも知っています。……今、目の前に】

「ど、どういうこと!?」

 モモイが焦りの色を濃くする。

【正確には、私『の中』にG.Bibleのデータが存在します。しかし、現在私は消失寸前。新しい保存媒体への早急な移行を希望します】

「そ、そうは言っても、急に保存媒体なんて……! あ、これ! 『ゲームガールズアドバンスSP』のメモリーカードでも大丈夫!?」

 モモイが半狂乱になりながら、自分のカバンの中から年季の入った古いメモリーカードを引っ張り出した。

 コンピューターは、数秒の重い沈黙の後、明らかな「呆れ」と「妥協」を滲ませた文面を表示した。

【……………………まぁ。可能、ではあります】

「テキストからすごい嫌そうな感情伝わってくる……」

 モモイが苦笑しつつも、急いでカードを差し出す。

「データケーブル……連結完了です!」

 アリスが素早い手つきで、物理ケーブルをコンピューターのポートへと接続する。

【転送シーケンス開始。……警告。保存領域が不足しています。容量確保のため、既存のデータを削除します。残り時間、9秒】

「え、嘘っ!? ちょっと待って、もしかして私のセーブデータ消す気!? ねぇ!?」

 モモイの顔からサーッと血の気が引く。ゲーマーにとって、セーブデータは自らの血肉と同義である。

【容量が絶望的に不足しているため、強制的に確保します】

「ダメ! お願いだから! それだけは! セーブデータだけは残してぇぇぇ!!」

【削除完了】

「ちょっとおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!?」

 モモイの魂を引き裂くような悲痛な絶叫が、冷たい廃墟の工場内に虚しく響き渡った。

 まるで長年連れ添った家族を失ったかのような絶望顔で、彼女はその場に膝から崩れ落ちる。

 ――そして、数秒の静寂の後。

 ノイズに塗れていたモニターの光がスゥッと収まり、静かな電子音が鳴った。

【転送完了】

【新しいデータを、指定の媒体へ転送しました】

「え?」

 涙目のモモイが顔を上げる。

 画面上に、たった一つのファイル名がぽつんと浮かび上がっていた。

< G.Bible.exe >

「こ、これって!?」

 ミドリが歓声をあげる。

「これ、今すぐ実行してみようよ! 中身が本物なのか、早く確認しなきゃ!」

 銀時が急かし、モモイが震える手で端末を操作する。

 しかし、画面には非情な入力ダイアログが立ち上がった。

 だが、アリスは静かに目を閉じ、力強く頷いた。

「……大丈夫です。パスワードの暗号化レベルなら、ヴェリタスの皆さんにお願いすれば、きっと解除できるはずです」

 モモイも、涙と鼻水を拭いながら、希望に満ちた目でその小さなメモリーカードを両手で包み込んだ。自らの犠牲(セーブデータ)と引き換えに手に入れた、伝説の秘伝書。

「……これがあれば。これさえあれば、本当に面白いゲームが……」

「うん! 絶対に作れるはず!!」

 全員の視線が、小さなプラスチックの塊に宿った『G.Bible.exe』に集中した。

「よし」

 銀時は大きく息を吸い込み、木刀を肩に担いで工場内をぐるりと見渡した。

 役目を終えたコンピューターは、完全に電源が落ち、ただの黒い鉄の箱へと戻っている。

「もうここに用はねェな。大魔王ユウカさまの突きつけてきた期限まで時間もねェ。……さっさとこの陰気なダンジョンとおさらばして、セーブポイント(部室)に帰ろうや」

『賛成!』

 モモイ、ミドリ、ユズが、声を揃えて元気よく叫ぶ。気絶したままの桂を担いだエリザベスも、プラカードで『同意』と掲げた。

 銀時たちは、お目当ての伝説のデータを無事に入手できた喜びに満ち溢れ、足早に出口へと向かって歩き出した。

          †

「…………」

 ただ一人。

 アリスだけは、その場に立ち止まり、後ろを振り返っていた。

 彼女の視線の先には、今は真っ暗になってしまった、巨大なコンピューターの沈黙のシルエットがあった。

 銀時たちは、手に入れたG.Bibleの話で持ちきりで、楽しそうに笑い合いながら先を歩いている。アリスの異変には気づいていない。

 アリスは目を細め、何か大切な記憶を探り当てるように、その黒い画面をじっと見つめ続けた。

(……私。……AL-1S。……本当の、私……)

 アリスは、その冷たい響きの名前を頭の中でゆっくりと反芻し、自分の胸元にそっと手を当てた。

 そこに「何か」確固たる過去があるはずなのに。自分が何のために作られ、何のためにあそこで眠っていたのか。

 指先から伝わる心臓の鼓動の奥に、手の届かない、ひどく不安定で底知れぬ空洞が広がっているような気がした。

「おーい、アリス! 何してんだ、置いてくぞー!」

 通路の先から、銀時の気怠げな、しかし温かい声が響いてくる。

「……はい!」

 アリスはその声にハッと我に返り、モモイにもらった「アリス」としての無邪気な笑顔を顔に貼り付けて、小走りで仲間たちの元へと駆け寄った。

 その小さな背中には、目に見えない重い鎖が絡みついているような感覚が残っていたが、今はただ、その重さを心の奥底に押し隠すように、小さく微笑んだ。

 廃墟を後にするゲーム開発部の面々は、目的を果たした満足感と希望に満ちていた。

 しかし、アリスの胸の奥には、たった一つの、しかし決して無視することのできない巨大な疑問が重くのしかかり、じっと息を潜めていた。

(……G.Bibleが……あのコンピューターが、私に何を伝えようとしていたのか……)

 自分の存在意義。失われた記憶。

 アリスは、いつか直面しなければならないであろうその「真実」への予感を胸に深く秘めながら、今はただ、新しくできた大切な仲間(パーティー)たちと共に、光の射す出口へと歩みを進めるのであった。

 

 

 




次回予告

モモイ「ねぇデータの方はどうだった?」
???「……」
ミドリ「何でずっと黙ってるのさ」
???「開くことが出来ないから」
全員「!?」
??「でも、方法はあるよ「鏡」がいるけどね」

次回 秘密兵器は隠しとけ!

〜透魂〜第一回キャラクター人気投票

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