透き通る世界を照らす銀魂(ぎんのたましい)   作:時代に遅れている

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アンケート結果によりヘイローは付けません。
となるとどうやって百鬼夜行編対処しようかなぁ〜
キャラクター導入…
気にせずどうぞ


第三十訓  勘の娘は嫌いだよ

 

 【ミレニアムタワー・最上階 差押品保管庫前】

 ミレニアム最強の狙撃手、C&Cコールサイン・ゼロツー角楯カリンの脅威を退けた銀時たちは、ついに作戦の最終段階――『鏡』が眠る保管庫の目前へと迫っていた。

「さっきのタワー全体の停電って、源外師匠とヒビキちゃんの【6秒間(トロイの木馬)】の策がうまくいったってことだよね?」

 息を乱しながらも、ミドリが期待に胸を膨らませて銀時へ確認するように問いかける。

 先ほど一瞬だけタワーの照明が完全に落ち、非常灯の赤い光だけが不気味に瞬いた時間があった。それは間違いなく、エンジニア部とヴェリタスが作り出した、鉄壁の防衛システムをハッキングするための『隙』だった。

「あぁ、そのはずだ……。ハレの言っていた通りなら、確か、このポイントを抜けた先にある扉を開ければ……『鏡』の保管場所に辿り着くはずだ」

 銀時は、コンクリートの壁に手をつき、度重なる肉弾戦で少し疲れた表情を見せつつも、冷たい目で周囲の監視カメラの動きが完全に停止していることを確認し、冷静に状況を把握していた。

「さすがはエンジニア部だね! 準備ができたら、一気に駆け込もう!」

 ミドリが、ゴールを目前にして再び元気を取り戻したようにパァッと笑顔を見せ、モモイも力強くそれに頷く。

「うん! ここまで来たら、もう誰も私たちの邪魔は――」

 モモイが勝利宣言を口にしようとした、その言葉を遮るように。

『あはっ! やっと来たね!!』

 突然、静まり返った廊下の奥から、鈴を転がすような明るく無邪気な声が響き渡った。

「「……えっ?」」

 声の主は、薄暗い廊下の先――保管庫の巨大な扉を背にして、軽やかにステップを踏みながら現れた一人の女性だった。

 アッシュグレーの艶やかな長い髪をフワリとたなびかせ、射抜くような鋭い青い瞳が、獲物を見つけた子供のように無邪気な笑みを浮かべている。切れ長のツリ目がさらに彼女の圧倒的な目力を強調し、豊満なプロポーションを包むメイド服姿と相まって、危険で蠱惑的な雰囲気がその美しさに拍車をかけていた。

 メイド部・コールサインゼロワン、一之瀬アスナ。

「遅かったね〜! だいぶ待ってたんだよ〜! ようこそ、ゲーム開発部の可愛い子たち! ……それから、ウワサの先生!」

 アスナは、まるで親しい友人を招き入れるように両手を広げ、天真爛漫に笑いかける。

 しかし、その太陽のような笑顔の奥底に潜む、本能的な野生の『殺気』――理屈抜きで、ただ戦いと破壊を楽しむ純粋な暴力の気配が、才羽姉妹をカエルを睨む蛇のように震え上がらせ、完全に怯ませていた。

「ヒッ……!」

 モモイとミドリは瞬時に背筋を凍らせ、恐怖で足をすくませる。

 だが、その張り詰めた感情とは対照的に、先頭に立つ銀時は、木刀を肩に担いだまま「どこ吹く風」といった気怠げな態度を一切崩さなかった。

 彼は小指で耳をほじりながら、のろのろと口を開いた。

「よォ。俺は坂田銀時、訳あって『先生』みたいな面倒くさいポジションをやらされてまーす。……なぁオネーサン。戦う前にさ、まずその立派なメイド服らしく、俺の肩でも揉むなり『オムライスに美味しくなるおまじない♡』でもかけるなりの【ご奉仕】でもしてくれねェか? その後は、大人のスマートな話し合いで解決するとしようや」

 銀時は、緊迫した空気を微塵も読まない、アキバのメイドカフェにでも来たかのようなふざけた調子で挨拶を返し、あろうことか敵の最高戦力に「ご奉仕」まで要求した。

「な、なんでこんな絶体絶命の状況でご奉仕を頼むの!?」

 才羽姉妹はその場でズコーッと崩れ落ち、涙目で勢いよくツッコミを入れた。

「いやぁ、最近お前らの立て続けのトラブルのせいで、銀さんゆっくりボケる暇もなかったしよォ。それに、シリアスな戦いばっかり続いてると、画面の前の読者(プレイヤー)のみんなも胃もたれして飽きてきてるだろ? そろそろお色気というか、息抜きしてもいい頃合いだと思ってよォ」

 銀時は、メタ発言を交えながら飄々とした態度を全く崩さない。

「そ、それはそう(?)かもしれないけど! あの人は敵で、私たちを完全に物理で『お掃除(排除)』しにきてる殺し屋なんだよ!?」

 ミドリが、アスナから放たれる圧倒的なオーラに焦りながらも、必死に現状の危険度を説明する。

「ほら、でもよ。元々あいつらは『メイド部』なわけじゃん? 本職じゃん? 少しでも俺の溜まりに溜まった三十路前の疲れを癒してくれねェかなーって、淡い期待を抱くのが男のロマンじゃん?」

 銀時は肩をすくめて、さらにダメな大人全開のふざけた調子を保つ。

「素直にも程があるよ、バカ銀さん!!」

 モモイが半狂乱で叫ぶ。

「ほら見て! 相手の人も絶対困って怒ってる――」

 ミドリが恐る恐る指差した先。

 そこには、眉をひそめて怒るどころか、ニコニコと花が咲いたように笑いながら、まさかの予想外すぎる反応を返してくるアスナの姿があった。

「あははっ! 銀ちゃんっていうんだね! 私は一之瀬アスナ、永遠の17歳! ミレニアムサイエンススクールの3年生で、誕生日は3月24日だよっ! 好きなものはゲームと楽しいこと! よろしくね、銀ちゃん先生!」

 アスナは、初対面の不審な男に対し、屈託のない満面の笑顔を見せ、ご丁寧に生年月日までの自己紹介を始めたのだ。

「あ、相手……普通にノリノリで挨拶を返した!?」

 才羽姉妹が、あまりの予測不能なカオス空間に驚きの声をあげる。

「わ、私たち、敵同士……だよね?」

 ミドリが、自分たちの置かれている状況が分からなくなり、困惑したまま確認を入れる。

「うん! そうだよ、私たちは敵同士! でもさ、わざわざ名乗って挨拶してくれた上に、メイドとしての『ご奉仕のお願い』まで直々にされたら、ちゃんと元気にご挨拶を返さないと、メイドとして失礼でしょ?」

 アスナは、微塵も狂いのない純粋な笑顔を崩さない。

「その通りだ。お姉さん、よく分かってるじゃねェか。今の若いもんは挨拶がなってねェ奴ばっかで、オジサン困っちゃうのよ」

 銀時も「ウンウン」と満足げに深く相槌を打つ。

「うん! 銀ちゃんって、すっごく面白いし、いい人だね!」

 アスナは目を輝かせながら、完全に銀時の波長にシンクロし、彼に対して明確な「好感」を持っているようだった。

「それほどでも〜……あるかな。まぁ、俺の魅力が分かるなんて、お姉さんもなかなか見どころがあるよ」

 銀時は、鼻の下を少し伸ばして照れたように頭を掻きながら笑い返す。

 緊迫感の欠片もない、謎のほのぼのした和やかなお見合い空間。

「あははっ! 銀ちゃんと仲良くなれて、アスナすっごく嬉しいな〜!」

 アスナは、本当に嬉しそうに両手を胸の前で合わせた。

 ――しかし。

 そのひまわりのような笑顔が、一瞬だけ、ふっと陰る。

 アスナは、心底残念で、困ったような表情を浮かべ、本当に申し訳なさそうに眉尻を下げて言った。

「けど、ざんねん……。アスナ、今は大事な『お仕事(防衛任務)』の真っ最中だから、銀ちゃんたちと本気で戦わなきゃいけないんだよね〜」

 アスナの手に握られた特注のアサルトライフルが、チャキッ……と、冷たく重い音を立てて持ち上げられた。

 その銃口が、笑みを浮かべたままの彼女から、正確に銀時の眉間へと向けられる。

 

「だからね、今日はご奉仕はできないの。……ごめんね、銀ちゃん」

 申し訳なさそうに眉を下げたアスナの口調は、まるで「今日のおやつは売り切れちゃった」とでも言うような、極めて日常的で軽いものだった。

 だが、その指先がアサルトライフルのトリガーを引く動きに、一切の躊躇(ためら)いはなかった。

「あははっ! それじゃあいくよ、銀ちゃん!」

ダダダダダダダダダダッ!!!!!

 鼓膜を劈くような爆音が、密閉された廊下に連続して弾けた。

 放たれた無数の銃弾は、一切のブレもなく、銀時の急所――そして背後に立つ双子へと向かって殺到する。

「ヒィィィッ!?」

「きゃあぁぁっ!」

 モモイとミドリが悲鳴を上げ、頭を抱えてしゃがみ込む。

 だが、その彼女たちの身体に冷たい鉛玉が突き刺さることはなかった。

「……悪いが、俺は予約をすっぽかされるのが一番嫌いなタチでね」

「無理やりにでも御奉仕させてもらうぜ!!」

ガガガガガガガガガガガッ!!!!!

 火花が、銀時の目の前で狂ったように咲き乱れた。

 死んだ魚の目をスッと細めた銀時が、目にも留まらぬ速さで木刀『洞爺湖』を振り回し、飛来する銃弾の雨をことごとく弾き落としていたのだ。重い金属音が連続して響き、ひしゃげた弾丸がパラパラと床に転がり落ちる。

「うわぁっ……!? 銀ちゃん、すごいすごい! アスナの弾、全部木の棒で弾いちゃうんだ! まるでゲームのチートキャラみたい!」

 アスナは驚愕するどころか、パァァッと顔を輝かせて子供のようにはしゃいだ。

 そして、その無邪気な感嘆の声とは裏腹に、彼女の身体はバネのように跳躍し、壁を蹴り、信じられないほどアクロバティックな動きで立体的な射撃を仕掛けてきた。

 

彼女は銀時に向かって銃弾を放ち、その隙に一気に前進する。だが、銀時は冷静に対応する。前に出ながら、放たれた弾丸を右に軽く避け、向かってくるアスナにいつも通りの一振りを繰り出した。

 

「わっ、こっちよりも早い!」アスナは素早く銀時の攻撃を避け、銀時の背後に回り込む。すぐさま銃口を銀時に向けるが、銀時も即座に反応し、背後に回ったアスナが、至近距離から銃口を突きつける。

 銀時はジャンプすることでそれを躱し、木刀を上から下へと滝のように振るった。

ガキィィィィンッ!!

 木刀とアサルトライフルの銃身が激しくぶつかり合い、ギリギリと鍔迫り合いの形になる。

 至近距離で顔を突き合わせた二人。銀時の死んだ魚のような目と、アスナのキラキラと輝く無邪気な青い瞳が交差する。

「やるな、お姉さん。メイドにしとくには惜しい身のこなしだ」

「えへへ、褒められちゃった! 銀ちゃんもすっごく力強いね! ドキドキしちゃう!」

 アスナはニコッと笑い、鍔迫り合いの反動を利用してクルリと後方へ宙返りし、再び距離を取った。

 

「そりゃどうも。だがなァ、こっちは三十路前のオジサンなんだよ。元気なワンちゃんと延々フリスビーで遊んでやる体力は残ってねェの」

 銀時は、ポリポリと首の後ろを掻きながら、面倒くさそうに息を吐いた。

 しかし、アスナは不意にステップを止め、不思議そうな、けれどすべてを見透かすような真っ直ぐな青い瞳で彼を見つめた。

「ねぇ、銀ちゃん?」

「ん?」

「銀ちゃんってさ……まだ、ぜんっぜん『全力』……出してないでしょ?」

 その無邪気で残酷な指摘に、背後で見守っていたモモイとミドリがハッと息を呑んだ。

 そう。銀時はこの死闘において、いまだに本気を出していないのだ。

 理由は単純明快である。相手がどれほど理不尽な戦闘力を持っていようと、どれほど容赦なく銃弾を撃ち込んでこようと、一之瀬アスナは「ミレニアムの生徒」――つまり、彼から見れば守るべき子供だからだ。いくら敵対しているとはいえ、大人が生徒を本気で傷つけるわけにはいかない。

 その最低限の倫理という名のブレーキが、彼の木刀の速度と威力を、無意識のうちに手加減させていたのである。

「多分だけど……私が『生徒』だから、手加減してくれてるんでしょ?」

 アスナは小首を傾げ、嬉しそうにふわりと笑う。

 銀時は木刀を肩に乗せたまま、ふっ、と自嘲気味に口角を上げた。

「……バレたか。まぁ、生徒相手に本気で殺し合いのステップ踏む大人は、ただのロクデナシだしな」

 銀時はあっさりと図星であることを認めつつも、肩をすくめてみせた。

「でもな、勘違いすんなよ。手加減してるってのは優しさなんかじゃなくて、ただのオッサンの『余裕』ってやつだ。ま、次は少しはマジでいくかもな」

 強がりにも似たその言葉を聞き、アスナは「そっか……」とだけ小さく呟いた。

 そして、再びアサルトライフルを胸の高さで構え直す。その瞳から、先ほどまでのただの遊び半分の光が消え、野生の獣としての純粋な闘争心がフワリと立ち上った。

「銀ちゃんが余裕なのはわかったし、優しくしてくれてるのはよーくわかったから、アスナすっごく嬉しい! ……けどね」

 チャキッ、と。

 銃口が、ピタリと銀時の心臓を捉える。

「このままじゃ、本当に危ないよ?」

 それは、純粋な忠告であり、明確な警告だった。手加減をしたまま勝てるほど、ミレニアムの『01』は甘くないという、強者ゆえの絶対的な自信。

 だが、その銃口を突きつけられた銀時の死んだ魚の目に、冷たい理知の光が宿った。

「確かにアスナ、お前のそのバケモンじみた直感は凄え。並の奴なら手も足も出ねェだろうよ」

「でしょ?」

「――だがな。お前の場合は、その『直感』に聞きすぎてる」

 銀時の声が、一段階低く、凄みを増した。

 アスナの眉がピクリと動く。

「……え?」

「理屈をすっ飛ばして『ヤバい』と感じた方向に身体が勝手に避けちまう。それは最大の武器だが……裏を返せば、てめェの意思とは無関係に【動かされてしまう】ってことだ」

 銀時は、肩に乗せていた『洞爺湖』をゆっくりと正眼に下ろした。

 フェイントは通じない。論理的な罠も直感で抜けられる。

 ならば――直感が「絶対に回避しなければ死ぬ」と最大級の警鐘を鳴らすほどの、圧倒的で純粋な『殺気』を真正面から叩きつければどうなるか。

 アスナの野生の勘は、嫌でも彼女の身体を「銀時の意図した方向」へと強引に逃がす(誘導する)はずだ。

「教えてやるよ、お嬢ちゃん。本物の大人の『余裕』ってやつをな」

 ドンッ!!

 銀時の全身から、先ほどまでの気怠さが完全に消え失せ、冷たく重い覇気が床を軋ませて廊下を満たしていった。

 ただの木刀が、名刀すら凌駕するほどの危険な気配を放ち始める。

 

「アハハ、無駄無駄ぁ! 銀ちゃんがどんなに速くても、何度だって避けて――」

 アスナは弾むような声で笑い、銀時の神速の刺突を紙一重で躱そうとした。

 ――しかし。

 彼女の青い瞳が、不意に見開かれる。

(アレ……? いない!?)

 直感が「正面から来る」と最大級の警鐘を鳴らしていたはずなのに、そこには銀時の姿も、木刀の切っ先も存在しなかった。ただ空気が揺れただけ。

 次の瞬間、ゾクリと首筋を撫でるような悪寒が【背後】から走る。

「そこっ!」

 アスナは即座に身体を反転させ、背後の虚空に向かってアサルトライフルの銃口を向け、容赦なく引き金を引いた。

 ダダァン!!と鼓膜を劈く銃声が響く。だが、放たれた鉛玉は無情にも何もない空間を切り裂き、コンクリートの壁に虚しい弾痕を穿つだけだった。

(また、いない!)

 アスナの額に、初めて一筋の冷や汗が滑り落ちた。

 右から、左から、上から。圧倒的な「死の気配」が全方位から彼女を襲うのに、いくら銃を乱射しても実体(ターゲット)を捉えられない。

「ね、ねぇミドリ……。アスナ先輩、なんかおかしくない?」

「全然分からないよ……。でも、間違いなく、あのアスナ先輩が完全に『翻弄』されてる……!」

 安全圏に隠れたモモイとミドリの目には、その光景はあまりにも異様に映っていた。

 銀時は少し離れた場所で、だらりと木刀を下げて立っているだけだというのに。アスナは一人で虚空に向かって銃を撃ち、まるで見えない大軍と戦っているかのように、焦燥感を滲ませてステップを踏み続けているのだ。

(どこ? どこにいるの!? 危険だって気配はビンビン感じるのに……そこに銀ちゃんが、いない……!)

 アスナの野生の勘が、処理しきれないエラー情報に悲鳴を上げる。

「どうして――」

「どうしてって決まってんだろ?」

 ふと、アスナの耳元で、気怠げで、底知れぬ凄みを孕んだ男の声が囁いた。

「それはテメェが、侍(オレ)の『何も』感じ取れてねェからだ。お前は侍の、ちょんまげの先っぽすら感じ取れちゃいねェよ」

 ハッとして声のした方へ銃を振り向けるが、そこにも誰もいない。声だけが、全方位から響くように錯覚する。

「そんなに知りたきゃ、その自慢の『勘』とやらで、攻撃(殺気)以外のモンも感じ取ってみな。俺の、腹の底までな……。一度でも感じれば、二度と抜け出せねェ底なし沼かもしりゃあしねェがな」

 暗闇の中で、銀時がニヤリと口角を上げる気配だけが、アスナの背筋を撫で上げた。

「!?」

 直後、今度こそ本物の銀時の突進が彼女を強襲する。

 アスナは咄嗟に半身を捻って銃弾を避けるようなアクロバティックな動きで反撃を試み、回し蹴りによる牽制を放ち、さらには死角からのトリッキーな射撃を仕掛ける。

 それらの複合的な猛攻を、彼女の直感は見事に弾き出し、完璧なタイミングで捌いてみせた。

「もらった!」

 アスナは反撃の勢いを利用し、銀時の襟首を掴んで強引に背後の壁へと叩きつけた。

「ぐっ!」

 鈍い衝突音。壁に縫い止められながらも、銀時は振り回されたアスナの銃身を咄嗟に木刀で受け止めて防ぐ。

「どうしたの? それが銀ちゃんの、侍の『底』って奴?」

 アスナの顔に、再び余裕の笑みが戻る。

「これなら、うちのリーダー(ネル先輩)の方がよっぽど――」

 ――スッ。

 アスナが言い終わるよりも早く、壁に縫い止めていたはずの銀時の姿が、蜃気楼のようにブレて消滅した。

(また!!)

 アスナは息を呑んだ。

 次々と全方位から襲い来る、圧倒的な死の気配。上、下、右、左。

(なんで……銀ちゃんが、いっぱい……!? もしかして、コレ!)

 野生の勘を持つ彼女だからこそ、そのカラクリにようやく気がついた。

(【殺意の投影】!? 私の直感頼りの戦法を逆手にとって……実体のない『ダミーの殺気』だけで、私を圧迫してるんだ!)

 直感が鋭すぎるがゆえに、銀時が意図的に撒き散らす「本物と遜色ない殺気(フェイント)」を全て律儀に拾い上げてしまい、情報過多(オーバーフロー)を起こしているのだ。

(まさか――もしかして、さっきの言葉――)

『直感が利きすぎるってのも、考えものだな』

 銀時の気怠い声が、脳裏に響く。

『感じ取れるモンをすべて無差別に拾っていたら……いつの間にか、本当に感じ取りてェもんが、感じ取れなくなっちまうぜ?』

「っ!!」

 背後から、明確な足音と強烈な気配が迫るのを感じ、アスナは反射的に全力の回し蹴りを繰り出した。

(銀ちゃん、本当にすごいね……。まさか、殺気(フェイント)だけで私を翻弄して圧倒してみせるなんて。……でも、これで、おしまい)

 アスナの蹴りが空を切った瞬間、彼女の背後から「気配」が完全に消え失せた。

 勝負に負けると確信した時、人から気配が消える。なぜなら、それ以上何も成せないから。負けという不条理を受け入れるために、人は諦め、何も発しなくなるからだ。

(だから、私は人から『気配がなくなった』時に実感するの。……私の、勝ちを)

 アスナが勝利を確信し、ふわりと微笑んだ――まさに、その刹那だった。

(あー……ジャンプ読みてェなぁ。今週号、合併号だったっけ?)

「……!?」

 アスナの背筋が、氷の刃で撫でられたように粟立った。

 気配が消えたのではない。殺気も、敵意も、闘争心すらも。

 ただひたすらに「週刊少年ジャンプが読みたい」という、限りなく無害で、限りなく純度の高い【日常の思考】を持った男が、完全に無防備となった彼女の懐の『ド真ん中』に、音もなく入り込んでいたのだ。

(嘘! じゃあ、今まで私を攻撃してきてたこの気配(銀ちゃん)も……全部、本物じゃない!?)

「ざんねーん。そいつも外れだ」

 アスナの真横。

 完全に直感のレーダーから外れた完全な死角から、銀時の声が落ちた。

「言っただろ? お前は直感が利きすぎだってな」

 振り向く暇もない。銃を構え直す時間など、コンマ一秒も残されていなかった。

「そんな大層な勘なんか働かせなくとも、俺にも分かるぜ? 今のお前さんの、腹ん中くらい」

 銀時は、木刀の柄を深く握り込み、死んだ魚の目にスッと鋭い光を宿した。

「当ててやろうか?」

ドカァッ!!!!

「! ――イタッ!!」

 手加減はされている。しかし、大の大人による容赦のない、そして寸分の狂いもない正確な腹部への一撃(柄打ち)が、アスナの華奢な胴体を深く打ち据えた。

 衝撃で肺の空気が強制的に吐き出され、アスナの身体が「くの字」に折れ曲がり、床に力なく崩れ落ちる。

 その様子を静かに見下ろしながら、銀時は木刀を肩に担ぎ直し、つまらなそうに、けれど少しだけ安堵したように息を吐いた。

「(……何もねェ。ただの、遊び好きの空っぽなガキじゃねェか)」

 直感が鋭すぎる野生のメイド。その圧倒的な理不尽を、大人の「無気力」という名の究極のフェイントでねじ伏せた銀時。

 静寂が戻った廊下で、戦いの勝敗は、誰の目にも明らかであった。

 

 

「悪いが俺たちは先に行かねぇとなんねェ用事があってな。……次会う時は、ツケで高級パフェと極上のご奉仕を頼むわ」

 床に仰向けに倒れ、荒い息を吐くアスナを見下ろし、銀時は木刀を肩に担ぎながらニヤリと笑いかけた。

 死闘の末の完全決着。安全圏からその結末を見届けていた才羽姉妹も、「やったー!」「銀さんすごーい!」と歓声を上げながら、強敵を打ち破った喜びに満ちた足取りで銀時のもとへと駆け寄っていく。

「……いいよ。悔しいけど、負けちゃった。アハハ、もう指一本、ぜんっぜん動けないや……ねぇ、銀ちゃん?」

 アスナは、冷たいコンクリートの床に大の字になったまま、少しだけ首を動かして銀時を見上げた。敗北したというのに、その青い瞳には微塵の暗さもなく、ただ純粋な楽しさの余韻だけがキラキラと輝いていた。

「あァ?」

「また会った時は……殺し合う『敵』じゃなくて、普通の『生徒』としても会いたいな」

 それは、ミレニアム最強の猟犬としてではなく、ただの一人の少女としての、飾らない本音の願いだった。

 銀時は、死んだ魚の目を少しだけ和らげ、気怠げに息を吐いた。

「……おう。全然構わねェよ。次会う時は、血生臭ェ銃弾じゃなくて、パフェのいちごでもぶつけてこい」

「うんっ、約束だよ? アスナ、すっごく楽しみ!」

 アスナは満面の笑みを咲かせ――そして、ふふっと悪戯っぽく口角を吊り上げ、誰もいないはずの薄暗い通路の奥に向かって、明るい声を響かせた。

「………いいよね? みんな!」

 ――ピタリ。

 銀時の足が止まった。

「………みんな?」

 周囲には、自分たちと倒れたアスナしかいないはずだ。ヴェリタスの情報網でも、このフロアの隔離は完璧に成功していたはず。

 だが、銀時の研ぎ澄まされた直感が、背後から音もなく膨れ上がる「巨大な質量」を感知し、総毛立った。

――カチャッ。

 静まり返った廊下に、乾いた、そしてひどく冷酷な金属音が鳴り響いた。一丁や二丁ではない。無数の銃の撃鉄が一斉に起こされる、圧倒的な暴力の胎動。

「な……っ!?」

 振り返ったモモイとミドリの顔から、一瞬にして血の気が引いた。

 そこには、冷ややかな視線を向ける二人の少女――生徒会『セミナー』の会計・早瀬ユウカと、C&Cのメイド・室笠アカネの姿があった。

 そして、彼女たちの背後の暗がりを埋め尽くすように、赤く無機質な眼光を明滅させた重武装のロボット兵たちが、まるで処刑執行人のように整然と陣形を組んで立ち並んでいたのだ。

 静寂。絶望的なまでの戦力差。

 アカネは、いつもの完璧なメイドの微笑みを浮かべながら、ゆっくりと、ヒールを鳴らして銀時たちへと歩み寄る。丸眼鏡の奥の瞳には、見事に獲物を罠に嵌めた狩人のような狡猾な光が宿っていた。

「はい、みんなです。……よくここまでいらっしゃいましたね、先生」

 銀時は、一瞬で事態の深刻さと、自分たちが完全に「盤面の上で踊らされていた」という事実を悟り、ギリッと奥歯を噛みしめた。

 モモイとミドリも、あまりの状況の急転直下に言葉を失い、身を寄せ合って震えることしかできない。

 勝利を確信した瞬間。それこそが、最もスキが生まれる絶望の入り口だったのだ。

 地面に横たわったままのアスナが、かろうじて顔だけを動かし、えへへと笑いながら口を開いた。

「ごめんね、銀ちゃん。私は銀ちゃんをダウンさせるつもりだったんだけど……本当は足止めだったんだぁ。ごめんアカネ! さすがに無理だったー!」

 そう。アスナの役割は「撃破」ではなく、本隊がセキュリティを突破し、包囲網を敷くまでの『時間稼ぎ(ストッパー)』だったのだ。本能で戦う彼女の猛攻すらも、セミナーの緻密な計算式の一部に組み込まれていたのである。

 アカネは一度静かに目を閉じ、深く息を吸った後、労うような落ち着いた声で応えた。

「いえ……。あの規格外の化け物(先生)を相手に、これだけの時間を稼ぎ、あまつさえ相手を油断させたのです。むしろ、満点以上の働きでしたよ、アスナ先輩」

「ふふん。どうかしら、私の計算通りの展開は」

 ユウカが、勝利を確信した小悪魔のような笑みを浮かべ、構えた二丁のサブマシンガンの照準を、ピタリと銀時の眉間に定めた。

「チェックメイトですよ、銀さん!!」

 冷酷な算術使いの死刑宣告が、廊下に冷たく響き渡る。

 背後に迫る数百のロボット兵。前を塞ぐ生徒会と最強のメイド。

 逃げ場のない完全な密室で、才羽姉妹は迫り来る鋼鉄の威圧感に圧倒され、ただ絶望の淵で立ち尽くしていた。

「…………」

 だが、その絶体絶命の包囲網のど真ん中で。

 銀時は、ボサボサの天然パーマをボリボリと掻きながら、ふっ……と、どこか吹っ切れたような、どうしようもない苦笑いを浮かべた。

「……全く。大人の『余裕』を見せてたつもりが、ガキの『計算』の手の平で踊らされてたってわけか。……してやられたぜ」

 自らの油断を悔やみつつも、その死んだ魚の目には、まだ抗うことを諦めていない野生の光が微かに燻っていた。

 アスナを鎮圧し、ついに伝説のゲーム開発バイブル『鏡』を手に入れたと思った矢先。

 逆にユウカとアカネ、そして圧倒的な物量を誇る軍勢によって完全に退路を断たれてしまった万事屋とゲーム開発部。

 冷たい銃口の森に囲まれた彼らの運命は、果たしてどうなってしまうのか。

 絶望の包囲網の中、次なる一手が試される――。

(次回へと続く)

 




次回予告

アカネ「ここまで粘ったこと褒めて差し上げますが、ここまでです先生」

銀時「フッ」

一同「?」

銀時「後ろを見てみな」

壊れたロボットの残骸が散らばっていた

銀時「おせぇーよヅラ」
ーーーーーーーーーーーーーーーー
カリン「こんなところで良くここまで粘っただがこれでおしまいだな」

ウタハ「終わり?まだ終わっていないさ」

ウタハ「何だと?」

ウタハ「銀さんが言ってただろ?「メイドの世話にでもなってろ」って」

カリン !?

次回楽しみは最後まで取っておくもんだ!

〜透魂〜第一回キャラクター人気投票

  • 銀時
  • 新八
  • 神楽
  • 沖田
  • 土方
  • 山崎
  • 高杉
  • 定春
  • エリザベス
  • ホシノ
  • シロコ
  • ヒナ
  • アコ
  • ミカ
  • ナギサ
  • セイア
  • ユウカ
  • ノア
  • 近藤
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