透き通る世界を照らす銀魂(ぎんのたましい) 作:時代に遅れている
ユウカは、まるで盤上を完全に支配したチェスプレイヤーのように、冷ややかで計算高い笑みを浮かべながら銀時に銃口を向けた。
「チェックメイトですよ、銀さん」
その宣告は、ひんやりとした死刑宣告のように廊下に響き渡った。
才羽姉妹は、彼女たちの背後を埋め尽くすように無数に迫り来るロボット兵たちの、赤く明滅する無機質なセンサーの威圧感に完全に圧倒され、ガタガタと震えが止まらない。徐々に忍び寄る「ゲームオーバー(廃部)」という絶望が、空気をさらに重く息苦しく変え、冷たい汗が少女たちの背筋を伝っていく。
一方の銀時はというと、両手を軽く上げて降参のポーズを取りつつ、ポリポリとボサボサの頭を掻きながら、どこか諦めたような苦笑いを浮かべていた。
「……全く。見事に『してやられた』ぜ」
アスナという規格外の獣を倒したことで、一瞬の安堵と油断が生まれてしまった自分を内心でひどく悔やんでいた。
――アスナによって強引に時間を稼がれた結果、銀時たちは背後から接近してきたセミナーの増援本隊に完全に退路を塞がれ、追い詰められていたのだ。数十体のロボット兵たちは、彼らの動きを封じ込めるかのように完璧な射線(クロスファイア)を形成し、いつでも銀時たちを蜂の巣にできる態勢を整えている。
「うッ……ユウカ先輩!」
恐怖に声を震わせながらも、モモイが強がり、鋭くユウカを睨みつけた。
「お久しぶりね、ゲーム開発部。取り敢えず……ここまでミレニアムのセキュリティを引っ掻き回し、防衛システムをハッキングしたことについては『よくやった』と褒めてあげるわ。まさかあの弱小部活に、これほどまで手を焼かされるなんて、本当に驚いたもの」
ユウカは、理知的な瞳を細め、余裕たっぷりの微笑みを浮かべる。
「フフン♪ そうでしょそうでしょ? 私たちにかかればこんなもん――」
「まぁ、ほぼ全て『そこの銀さんが色々やってくれたおかげ』でしょうけどね」
ユウカの辛辣で的確すぎる皮肉の追撃に、モモイのドヤ顔がピシッと固まった。
「うっ……」
モモイが、図星を突かれて気まずそうに銀時を振り返る。
「ええ。銀さんも……本当に、今回は『色々』とやってくれましたね。物理的にも、システム的にも」
ユウカは、破壊されたロボットの残骸や、吹き飛んだ壁の惨状を一瞥し、ジロリと銀時を見据えた。
「いやぁ、それほどでもないぜ。まぁ、大人の甲斐性ってやつ?」
銀時は軽く肩をすくめるが、その表情には明らかな自嘲気味な笑みが浮かんでいる。
「全く褒めてませんからね!」
ユウカが青筋を立てて冷ややかに言い捨てる。
「……とにかく。こんな、ありとあらゆる不法な手を使ってセミナーの施設を襲撃するなんて、いくら何でもやり過ぎよ。あなたたちにゲーム開発の『猶予』を与えたことも含めて……私が少し、あなたたちの情熱に甘すぎたのかもしれないわね」
チャキッ。
ユウカはその言葉と同時にサブマシンガンのセーフティを外し、再び彼らに銃口を向けた。極限まで高まる緊張感に、才羽姉妹はヒッと息を呑んだ。
「もう子供の『悪戯』では済まされないわよ。無条件の1週間停学か、あるいは重過失による拘禁……どちらかを覚悟しなさい」
冷酷な算術使いの、一切の感情を排した宣告。
「て、停学!?……こ、拘禁!? それって……」
ミドリが絶望的な声を上げ、ショックで膝から崩れ落ちそうになる。
「そんな……1週間も停学になったら……ミレニアムプライスの応募期限が終わっちゃうよぉ!」
モモイがボロボロと大粒の涙をこぼし、声を震わせる。
「アリスちゃんも、今は先にセミナーの『反省部屋』に入ってもらってるわ。一人で可哀想だったけど……あなたたちが合流すれば、きっと喜ぶでしょうね」
ユウカの冷たい微笑みが、さらに少女たちの不安をどん底まで煽り立てる。
「うぅ……! アリスちゃぁん……っ!」
ミドリとモモイが、ついに堪えきれずに泣きじゃくり始めた。
その絶望の光景を横目に、ユウカは再び銀時に視線を移し、さらに一段と低く、深刻そうな声色に変わった。
「当然、主犯格の大人である銀さんも同様です。シャーレの業務権限の剥奪による『監禁』、もしくは大幅な『減給』処分を連邦生徒会に申請しますからね」
「へぇ。……まぁ、それぐらいなら。俺、前いた世界じゃ家賃滞納してキャットフード食うような極貧生活なんて当たり前だったし? 監禁されてタダ飯食えるなら、全然耐えられるね。むしろご褒美だわ」
銀時は、ミレニアムの脅しなどどこ吹く風と、なぜか誇らしげなドヤ顔で言い放った。底辺の矜持である。
「いいえ。銀さんの場合……それに加えて、今後2ヶ月間の【週刊少年ジャンプの購入】と【糖分(甘いもの)の摂取】を、ミレニアムの権限においてミレニアム自治区内及びシャーレ周辺の店舗で完全に禁止するよう手配します」
「…………え」
ピシリ。
銀時の顔から、全ての血の気が、そして「ドヤ顔」が、音を立てて崩れ落ちた。真っ青、いや、純白の灰になったかのようだった。
「それから、シャーレの溜まりに溜まったお仕事(書類整理)に関しても……私もノアも、それどころかあの連邦生徒会の首席行政官(アオイ)でさえも! 向こう半年間、絶対に手伝ってあげませんから!」
ユウカの声は淡々としていたが、そこには「過労死確定」という鋼の決意が込められていた。
「マ・ジ・で・す・か……?」
銀時の顔は、先ほどのマッハの弾丸を避け続けた時とは比べ物にならない、この世の終わりを見たかのような深い深い【絶望】に染まっていた。
「銀さんから……ジャンプと甘いものを奪うなんて……ひどい、ひどすぎるよユウカ先輩! それはもう拷問だよ!」
モモイが、銀時の唯一の生き甲斐を奪われる苦しみを自分のことのように理解し、涙ながらに理不尽を訴える。
(……えっと。監禁や減給といった社会的死よりも、ジャンプと甘いものを没収される方がダメージがデカいのですか? それに、一番のペナルティが『お仕事を手伝わない』って……その程度の脅しで、この化け物は絶望しているのですか?)
傍らに立つアカネは、この緊張感のない極限状況のズレに激しいツッコミを入れた衝動に駆られたが、メイドの矜持でなんとかそれを飲み込み、黙っていた。
「くっ……捕まっても、アリスちゃんみたいに後で抜け出せば大丈夫だと思ってたけど……。このままじゃ、たとえ鏡を奪えたとしても、お姉ちゃんも私も停学で、期限内にゲームは完成させられない……。どうにかして、ここを強行突破しないと……!」
ミドリが、涙を拭いながら自らを奮い立たせるように呟く。
「突破?……へぇ、私たちを?」
ユウカの目が細まり、彼女は挑発的に、そして圧倒的な自信を持って銀時たちを見据えた。
チャキッ、チャキッ!と、ロボット兵たちが一斉に銃口を銀時たちへと向ける。才羽姉妹はビクリと身体を震わせながらも、震える手でおもちゃの銃を彼女たちに向けるが、圧倒的な数の暴力に押され、その手はガクガクと震えていた。
「え? ……ちょっと待って。この包囲網の陣形だと、真ん中に倒れてる私にも思いっきり流れ弾が当たっちゃわない?」
床に寝そべったままのアスナが、ふざけた口調で、かすかに笑みを浮かべて尋ねた。
「弾幕張る前に、這いずってでも逃げてくださいね♪」
ユウカは軽く笑うが、その目は「巻き込まれても自業自得よ」と冷酷に告げていた。
「ひどーい! 無茶言わないでよ〜」
アスナが苦笑いを浮かべてジタバタする。
「さぁ、銀さん。無駄な抵抗はやめて、今持っているその危険な木刀をこちらに渡して投降してください。そうすれば……ジャンプと甘いもの禁止の期間は『1週間』に減免してあげます」
ユウカは、悪魔の契約を持ちかけるように冷徹に言い放つ。
「えぇ〜……。俺なんてただでさえ糖尿病予備軍で、主治医から一週間に一回しかパフェ食べられないって制限食らってんのに……。それに、俺からジャンプを取るってことは、オッサンの数少ない『青春の1ページ』を破り捨てるようなもんだぞ、いいのか? 俺の青春、シュレッダーかけちゃうぞ?」
銀時は大げさに頭を抱えながら、渋々、本当に渋々とユウカの提案(司法取引)を考え始めた。
「えぇ……パフェ、一週間に一回って、その不摂生な生活しててそれでも多くないですか……健康第一ですけど。……まぁ、ジャンプも……うん、子供みたいですけど、銀さんにとっては大事、かもですけどね……」
ユウカは呆れてため息混じりに呟くが、普段から銀時の生活習慣を管理しているオカンのような一面を持つ彼女の目には、微かな同情の色が見え隠れしていた。
「仕方ないですねぇ〜。素直に投降すれば、溜まったお仕事も今まで通り手伝ってあげます。……今回の襲撃の件で爆増した始末書や報告書を、銀さん一人で処理して終わらせるのは、能力的にかなり厳しいでしょう?」
ユウカはさらにアメ(手伝い)をチラつかせ、完全に精神的優位に立つための提案をする。
「……全くもってその通りだ。オレ一人じゃ3行書いた時点で知恵熱出して倒れる自信があるね」
銀時は再び、悔しそうに、しかし深く同意して頷いた。
「ですから……武器を投げ捨てて、大人しく投降してください。少ししたら、カリンも下から合流してきますので、もう逃げ場はありませんよ」
ユウカは冷静さを失わず、完全に銀時たちを心理的にも物理的にも追い込んだ。
ガチャ、ガチャ、と。ロボット兵たちとユウカ、アカネはゆっくりと、しかし確実に包囲網を狭め、銀時たちへと近づいていく。
†
「…………」
銀時は、しばらくの間、深い沈黙の中でボサボサの頭を掻きむしって考え込んでいたが。
やがて、憑き物が落ちたようにフッと息を吐き、あっさりと態度を変えた。
「……わかったよ。オッサンの負けだ。その『木刀』、そっちに渡せばいいんだろ?」
「ぎ、銀さん!?」
ミドリが裏切られたような顔で驚き、銀時の方に振り返る。
「うわぁぁぁぁん! 終わったぁぁ!! 私たちの神ゲーがぁぁ!!」
モモイも絶望に膝をつき、悲痛な叫び声を上げる。
「いい判断です、銀さん。大人はそうでなくちゃ。さあ、変な真似をせず、ゆっくりとこっちに」
ユウカは満足そうに深く頷き、警戒を解かずに銀時に武器を渡すよう促した。
「ちょい待ちなって。給食の揚げパンに飛びつくガキですか〜、このヤロー。急かすんじゃねェよ……」
銀時は渋々といった様子で、大事な愛刀『洞爺湖』を両手で持ち、ゆっくりとユウカの方へと差し出す仕草を見せる。
しかし。
深く頭を下げた銀時の前髪の奥、その死んだ魚の目には――どこかしら、とてつもなく悪辣な『企み』の光がギラリと潜んでいた。
「……ちゃんと、柄の方から渡してもらえますか、銀さん?」
ユウカは、銀時がこの絶望的な状況下で素直に投降するだろうと(ジャンプと甘いものを人質に取っているため)完全に信じ込み、勝利者の余裕の表情を見せ続けていた。
その時。
銀時は、顔を下げたまま、ボソッと、誰かに向けて極小の声で【合図】を送った。
「(……コクッ)……よし」
銀時は、何もない虚空に向かって微かに頷いた。
そして次の瞬間。銀時はユウカに向かって、木刀をスッと下から差し出すように見せかけ――。
「じゃあ――ちゃんと受け取れよ、【ヅラァ】」
銀時は、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。
「え?」
ユウカは一瞬、銀時の放った不可解な言葉に違和感を覚えた。
フフッ。銀さん、今回は私に渡す木刀のことを……ヅラ? 頭の被り物と間違えているのかしら?
彼女の脳裏にそんな的外れな疑問が浮かんだ、その刹那。
銀時は突然、弓を引き絞るように大きく身体をのけぞらせ、差し出そうとしていた木刀を、あろうことか【自分たちの背後】――つまり、ユウカたちを飛び越えた、敵の包囲網のさらに奥深くへと向かって、思い切り【ぶん投げた】のだ。
「そ〜〜〜〜〜〜……れっ!!」
銀時の腕の筋肉が爆発的に加速し、木刀『洞爺湖』が空気を裂くような凄まじい風切り音を立てて、真っ直ぐに放物線を描いて飛んでいく。
「きゃっ!」
突然飛来した丸太のような質量に、ユウカは驚愕して即座に身を屈め、木刀の軌道を避けた。
「っ!?」
アカネも同様にヒュッと息を呑んでしゃがみ込み、即座に回避の動作を取る。
二人を飛び越えた木刀は、真っ直ぐ後方、暗がりで待機していたロボット兵の群れのさらに奥へと飛んでいき――。
パシッ!!
という、的確に何かを「素手でキャッチした」重い音が響いた。
全員の視線が、木刀の飛んでいった暗がりへと集まる。
木刀をキャッチしたその人物の、やけに凛とした、そして聞き覚えのある声が、静まり返った廊下に堂々と響き渡った。
「遅せぇよ、ヅラ」
銀時は、空になった右手をプラプラと振りながら、ニヤリと笑って言った。
「銀時。何度も言うが、俺はヅラじゃない。……桂だ!!」
その声の主は――一番最初の突入時、インターホンを押してアリスたちと共に【わざと捕まり、反省部屋に投獄されていたはずの】男、桂小太郎であった。
ブゥゥゥゥゥゥンッ!!
直後、空気を叩き割るような一閃。
桂の手に渡った木刀『洞爺湖』が、目にも留まらぬ速さで暗闇を薙ぎ払い、ユウカたちの背後を固めていたロボット兵数体を、瞬く間に粉々に粉砕(スクラップ)してのけた。
「なっ……!? なぜ、反省部屋に収監されていたあなたがここに!?」
ユウカが驚愕に目を見開き、振り返る。
破壊された機械の山を踏み越え、マリオの帽子を深く被った男が、木刀を片手に威風堂々と姿を現した。
「フッ……。反省部屋の扉など、我が相棒(エリザベス)のドリルにかかれば紙屑同然よ! そして……侍の魂(木刀)は、必ず持ち主、あるいは友の元へと還るもの!」
桂が胸を張り、ミレニアムの防衛システムを根本から否定するドヤ顔で、高らかに名乗りを上げる。
「新興勢力【侍部】・副部長! 桂小太郎、ただいま推参!!」
圧倒的絶望の盤面(チェックメイト)が、ただの一本の木刀のパスによって、完全にひっくり返された瞬間だった。
【ミレニアムタワー・最上階 差押品保管庫前】
「……とはいえ。いくらあの奇妙な男(桂)が反省部屋を抜け出して木刀を手にしたところで、盤面は覆りません」
驚愕から即座に立ち直ったアカネが、メイドとしての冷徹な顔つきを取り戻し、通信機へ手を伸ばした。
「背後を取られたのは想定外ですが、このフロアを埋め尽くすロボット兵たちはまだ健在。それに、メイン火力の銀さんたちの位置も完全に把握できている。……このまま挟み撃ちにして、一斉射撃で――」
アカネが冷酷な掃討命令を下そうとした瞬間。
またしても、暗がりから空気を鋭く引き裂くような、奇妙で暴力的な音が廊下に響き渡った。
ビュンッ!!
「なっ……今度は何!?」
ユウカが、信じられないものを見る目で声を荒げる。
「エリザベス! よくぞ間に合ったか!」
マリオの帽子を被った桂が、破壊された機械の山を踏み越えながら、嬉しそうに背後の闇に向かって叫ぶ。
飛んできたのは、弾丸でもレーザーでもなく――鞘に収められた、鈍く光る一本の『真剣』だった。
闇の中から現れた巨大な白い生物・エリザベスが、まるでバトミントンのシャトルでも打ち出すかのような軽やかなスナップで、その真剣を銀時の元へと正確無比に放り投げたのだ。
「い、いったい何が飛んできて……って、え!? 銀さんが、刀を……」
ユウカが振り返った瞬間。
無手となり、完全に無力化されたはずの銀時は、背後から猛烈な速度で飛来したその刀を、見もせずにノールックでガシッと素手でキャッチしていた。
「うしっ! ……これで、形勢逆転だ」
チャキッ、と。
銀時は、受け取った刀を鞘から少しだけ抜き放ち、ギラリと冷たい刃を覗かせた。
先ほどまでの「降参」の気配は微塵もない。死んだ魚の目に、圧倒的な強者の余裕と、反撃の炎が灯っている。
ユウカたちは、理解を超えた光景の連続に呆然と立ち尽くした。
銀時が木刀を投げ、背後の桂がそれを受け取る。そして、さらに背後のエリザベスから銀時へ、新たな武器(真剣)が一直線にパスされる。
完璧に詰んでいたはずのチェス盤が、たった数秒の間に、ルール無用の大立ち回りによって完全にひっくり返されてしまったのだ。
「…………い、いま」
壁際で震えていたミドリが、信じられないものを見たように、ひくひくと顔を引きつらせて低い声で呟いた。
「なに? どうしたのミドリ、何があったの!?」
モモイが、隣で固まる双子の妹の肩を揺さぶって問い詰める。
「エ、エリザベスさんが……まず『プラカード』の角で、背後のロボットの分厚い装甲を豆腐みたいに数体破壊して……」
ミドリは、自分が見た常軌を逸した光景を、震える声でゆっくりと説明し始めた。
「その爆発で煙が少し立ち上って、ユウカ先輩とアカネ先輩の視界が塞がれた、その瞬間に……」
グイッ〜〜…グッ!
「あの中におっさんが入ってるみたいな謎の生物が……一瞬で煙の向こうの銀さんの位置を完璧に把握して、刀を真上に向かってトスしたの」
ミドリの目には、理解不能な物理現象への驚愕が浮かんでいる。
「で、空中に浮いたその刀を……自分の『脛(すね)』毛が生えた足で、サッカーのボレーシュートみたいに、ピンポイントで銀さんの頭上に向けて……蹴り飛ばしたんだよぉぉ!!」
ビューーーーーーン!!
ミドリの解説により、先ほど銀時の手に収まった刀が、どのような狂った軌道で飛んできたのかが明らかになった。
「アッハハハハ! なにそれ!? プラカードで殴って、スネ毛の足でボレーシュート!? 銀さんたち、本当に面白すぎる!!」
あまりのカオスっぷりに、絶望していたはずのモモイが耐えきれずに腹を抱えて爆笑の声を上げる。だが、銃口を突きつけられているこの状況は、決して笑えるものではなかった。
「笑えないわよ! こんなふざけた奴らに……ウチの最新鋭の警備ロボットが、プラカードと木刀でこんな簡単にやられるなんて……ッ!」
ユウカは、自らの算術を完膚なきまでに破壊された屈辱に顔を歪め、青筋を立てて叫んだ。
「こうなったら、意地でもこの場で全員止めて――」
ユウカが強引にトリガーを引き絞ろうとし、アカネが背後のロボット兵に一斉射撃の命令を下そうとした、まさに次の瞬間。
ドンッ!!
銀時と桂の足が、同時に床を爆発的に踏み砕いた。
空気がビリッと震え、絶対的な『死線』が敷かれる。
「……オレから『ジャンプ』と『糖分』っていう、数少ない青春(生きがい)を不当に奪い取ろうなんざ……」
銀時が、ギラリと光る真剣を正眼に構え。
桂が、受け取った木刀『洞爺湖』を上段に構え。
二人の白夜叉と狂乱の貴公子が、同時に深く、地獄の底から響くような声で言い放った。
「――一億年早ェんだよ、クソガキ共ァァァァァァッ!!」
反撃の狼煙が、ミレニアムの最上階に高らかに轟いた。
「え――」
ユウカの計算式が、そしてアカネのメイドとしての完璧な反射神経が、その『理不尽な速度』に追いつくことはなかった。
驚愕の声が喉から漏れるよりも早く、銀時と桂は床を爆発的に蹴り飛ばし、一瞬の隙を突いて二人の懐へと滑り込んでいた。
トスッ! ドスッ!
「ぐぅっ――」
重く、しかし絶妙に手加減された当身が、ユウカとアカネの首筋に正確に叩き込まれる。
ミレニアムが誇る頭脳とメイドは、まるで操り糸を切られたからくり人形のように、一切の抵抗もできずにその場に崩れ落ちた。完璧だったはずの包囲網が、たった二人の侍の突撃によって瓦解する。
ユウカは白目を剥き、口元からカニのようにぷくぷくと泡を吹きながら、完全に意識を手放していた。
「……ふぅ。これで終わったな」
銀時は、受け取った真剣をチャキッと鞘に納め、肩の力を抜いて深く息を吐いた。
「これで終わりだと!? 莫迦を言うな銀時、俺はまだ、この異世界の学園で『侍部』としての青春を1ミリも謳歌していないというのに!」
桂が、倒れたロボットの残骸の上で悔しそうに天を仰いで叫ぶ。
「ヅラ、お前の青春は幕を開ける前に終わってんだよ。諦めやがれ。……てかお前、さっきの登場の決め台詞、もうちょっと短くまとめられなかったのかよ。テンポ悪ィんだよ」
銀時は、死地を脱した直後だというのに、いつものように気怠げなツッコミを入れた。
「そ、それよりも! なんで反省部屋に捕まってたはずの桂さんと、エリザベスさんがここにいるの!?」
ミドリが、泡を吹くユウカたちを恐る恐る避けながら、最大の疑問を投げかける。
「そりゃあ、お前。相手の目をオトリに釘付けにして、本命が裏から急所を突く……『キツツキ戦法』ってやつをやったのさ。俺たちがわざとド派手に暴れ回って、生徒会とメイドの意識を全部こっち(前線)に集めてたんだよ」
銀時は、ボサボサの頭を掻きながら得意げにニヤリと笑った。
そう。彼らの作戦には、もう一つの『真の裏策』が存在したのだ。銀時たちが全てのヘイトを稼いで時間を稼いでいる間に、最初にわざと捕まったアリスがこっそりと反省部屋を抜け出し、手薄になった本命の保管庫へと侵入して『鏡』を盗み出すという、大胆不敵な二段構えの囮作戦である。
エリザベスは、銀時へ刀をデリバリーした後、すでにアリスのサポートに向かうべく、無言のまま通路の奥へと走り去っていた。
「さぁて、俺たちの仕事(ヘイト稼ぎ)はここまでだ。あとは……」
銀時は、硝煙と機械のオイルの匂いが立ち込める戦場跡で、ゲーム開発部とヴェリタスの少女たちを振り返り、優しく目を細めた。
【ミレニアムタワー・下層階 連絡通路】
一方その頃、下層階では、エンジニア部長・ウタハと、メイド部スナイパー・カリンの対峙が最終局面を迎えていた。
何もない無機質な廊下で、カリンは巨大な対物狙撃銃を構え、ウタハを壁際へとじりじりと追い詰めていた。
「ここまで粘った手腕は見事だが、もう終わりだな」
カリンは冷徹な声で宣告した。カチャッと、銃の撃鉄が起こされる無情な音が響き渡る。圧倒的な火力の前に、ウタハの逃げ場はないように見えた。
「フフフッ……アハハハハ!」
しかし、ウタハは唐突に、腹の底から湧き上がるような笑い声を上げた。
「……何を笑っている?」
カリンはスッと眉をひそめ、警戒を強める。
「カリン、君はまだ大きな勘違いをしているよ。この勝負は……まだ終わってない。いや、これから『お掃除』が始まるのさ」
ウタハの眼鏡の奥には、狂気的なまでの余裕が見て取れた。
「何を言ってる……?」
カリンが不審に思い、銃口を微かに動かしたその瞬間、暗がりから『別の声』が響いた。
「その通りです、カリン様」
「!? 誰だ!」
カリンが驚愕して周囲に目を光らせる。
そこへ静かに歩み出てきたのは、クラシカルなメイド服を身に纏った、エンジニア部の専属からくりメイド――タマだった。彼女は、一見なんの変哲もない掃除用の『箒(ほうき)』を両手で持ち、悠然と佇んでいる。
「タマ……!? なぜエンジニア部のメイドが、こんな最前線に?」
「もちろん、お掃除に来たんです。カリン様、あなたについた『埃(ほこり)』を……きれいにして差し上げるために」
タマは、サファイアのような無機質な瞳に不敵な笑みを浮かべ、手に持った箒を軽く振り上げた。
「ただの箒? そんな時代遅れの清掃用具で……私に何ができるっていうんだ!」
カリンは半ば呆れたように鼻で笑い、タマを侮った。
だが、次の瞬間。
タマの構えた箒の先端から、**ゴォォォォォッ!!**という爆音と共に、地獄の業火のような超高温の炎が猛烈な勢いで吹き上がった。
「消毒(お掃除)の時間ですよ、カリン様!」
タマはメイド服のスカートを翻して勢いよく踏み込み、先端が真っ赤に燃え盛る箒を、槍のようにカリンに向けて繰り出した。
「なっ……!?」
カリンは反射的に引き金を引き、大口径の弾丸を放った。
しかし、音速で飛来した凶弾は、タマの放つ常軌を逸した熱量の炎の壁に触れた瞬間、ドロドロの飴玉のように空中で【融解】し、無力化されてしまった。
「弾丸が……溶けた!? なんて熱量だ……!」
ミレニアムの科学力を嘲笑うかのような江戸のからくり技術に、カリンは驚愕し、致命的な一瞬の隙を見せた。
タマはその隙を見逃さない。炎の推進力を利用して一気に距離を詰めると、燃え盛る箒の柄で、カリンの足元を鋭く薙ぎ払った。
「くっ……!」
体勢を崩されたカリンは、そのまま冷たい床へと倒れ込み、完全に制圧された。
「ふぅ……。タマをただのメイドだと舐めてかかると、火傷じゃ済まない痛い目を見るんだよ」
ウタハは、倒れたカリンを見下ろしてニヤリと微笑んだ。
カリンは、炎の熱気と己の敗北の事実に圧倒され、潔く銃から手を離し、呆然と天井を仰いでいた。
【ミレニアムタワー最上階・差押品保管庫 内部】
激しい戦闘の喧騒から切り離された、静寂と埃に包まれた保管庫の中。
アリスとエリザベスは、うず高く積まれた押収品の山を漁りながら、目的の『鏡(USBメモリ)』を必死に探していた。
「これでもない……あれでもない……鏡、どこですか!? 伝説のアイテムが入ったUSBはどこにあるのですか!?」
アリスは、段ボール箱をひっくり返しながら焦りの声を上げる。
『焦るな。落ち着いて探せ』
エリザベスは、冷静にプラカードを掲げてアリスを宥める。
しかし、その時だった。
――コツン、コツン。
廊下の奥から、重く、そして圧倒的なプレッシャーを伴う『足音』が近づいてくるのが聞こえた。アリスの心臓が一瞬で跳ね上がり、ビクッと肩を震わせる。
「あ、足音が……近いです! 新しい敵のエンカウントですか!?」
アリスは涙目でエリザベスを振り返った。
『まだバレてない。とりあえず、これに着替えて誤魔化せ』
エリザベスは、どこから取り出したのか、モモイの私物である巨大な『ペロロなりきり着ぐるみセット』をアリスに押し付けた。
「え!? こ、これって……!」
『早く着ろ! 時間がない!』
エリザベスのプラカードの勢いに押され、アリスは戸惑いながらも慌ててその不格好な鳥の着ぐるみをすっぽりと被った。
ギィィッ……。
保管所の重い扉が開く。
そこに入ってきたのは、背中に金色の龍の刺繍が入ったスカジャンを羽織り、両手にSMGを提げた小柄な少女――ミレニアム最強の破壊の化身、メイド部部長『美甘ネル』であった。
「……チッ。派手に荒らされてんな。ネズミがここに入り込んだみたいだな」
ネルは鋭く尖った目つきで部屋を見回し、獲物を探す肉食獣のように隅々まで確認し始めた。
「……そこか?」
ネルの冷たい視線が、部屋の隅の不自然な影を捉え、持っていたダブルSMG『ツイン・ドラゴン』の銃口がスッと向けられる。
着ぐるみの中のアリスは、息を殺し、心臓の音すら消すような思いで、微動だにせず「ただのペロロのぬいぐるみ」のポーズを固守していた。エリザベスも、すぐ横で「ただの白い布」のフリをして直立不動で立っている。
(今、バレたら……HPがゼロになります……!)
アリスは着ぐるみの中で滝のような冷や汗を流し、天に祈っていた。
ネルは、その薄汚れた変な鳥(ペロロ)と謎の白いシーツ(エリザベス)の姿に怪訝な顔をした。
「……こんなふざけたキャラクターグッズ、前からここに押収されてたか?」
ネルが怪しみ、ペロロの頭部に銃口を突きつけようとした、まさにその絶対絶命の瞬間――。
「ネル先輩! 大変です!」
突然、扉の外から悲痛な声が響き渡った。
「……あん?」
ネルは舌打ちをし、銃を下げてそちらを振り返る。
そこに立っていたのは、ゲーム開発部の部長・ユズだった。普段はロッカーに引きこもっているはずの彼女が、肩で息をし、決死の覚悟を顔に張り付けて立っていた。
「……何が大変なんだ? アタシは今、不審者の捜索で忙しいんだが」
ネルは不機嫌そうに問いかける。
「い、今、下層階でセミナーの戦闘ロボットが制御不能になって暴走していて……あちこちが滅茶苦茶になっているんです! アカネ先輩やカリン先輩が必死に対応していますが、手が足りません!」
ユズは、銀時たちが本当に起こした大混乱を逆手にとり、必死の作り話(ブラフ)を説明した。
「ロボットが暴走……? ユウカの管理してるポンコツが? なんでそんな事態になってんだ」
ネルは訝しげに眉をひそめる。
「と、とにかく、現場に急行して鎮圧しないと、タワーが崩壊します……! お願いです、最強のネル先輩の手を貸してください!」
ユズは、恐怖で震える膝を必死に抑え込みながら、真っ直ぐにネルの目を見て懇願した。
ネルは、ユズの必死な表情をしばらく見つめた後、「チッ」と短く舌打ちをして頷いた。
「……仕方ねェ。場所はどこだ?」
「あ、ありがとうございます! 場所は2Fの……Bブロック全域だったはずです……!」
「2階のBブロックか。結構広いが……まぁ、アタシが暴れ回るにはちょうどいい広さだな。で、アンタはどうするんだ?」
「わ、私は此処(保管庫)の整理をします! そ、その……私は戦闘は怖くて……経験もあまり無いですし、足手まといになるので……」
ユズが身を縮こまらせて答えると、ネルは『そうか』と短く呟き、ドアのない入り口まで歩いていき……ふと、立ち止まって振り返った。
「……おい、前髪」
「ひゃ、ひゃい!」
「アンタ、覚えておきな。戦闘で一番大事なのは、持ってる武器の火力でも、場数の経験でもねェ。……最後にモノを言うのは『度胸』だ」
「度胸……」
「その点で言えば、アンタに素質が無いとは思わねェよ。自分が周りからどう思われているかくらい、アタシにだって分かってる。アンタが普段、人目を避けるような結構なビビりだって事も、まあ見てれば分かる。……それなのに、初対面のアタシを真っ直ぐ見て声を掛けるのは、そんじょそこらの奴じゃできない、立派な『度胸』だろうからな」
ネルは、ニヤリと凶暴で、しかしどこか温かい笑みを浮かべた。
「は、はい! ……ありがとうございます!」
ユズの瞳に、うっすらと涙が浮かぶ。
「じゃあな。またどっかで会おうぜ」
「よし、行くぞ」とネルは一人ごちて決断し、そのまま足早に、ロボットが暴走しているという嘘の現場へと駆け出していった。
ネルの重い足音が完全に聞こえなくなったと分かった瞬間。
ピンと張っていたユズの緊張の糸がプツリと切れ、彼女はその場にへたり込み、スライムのように地面へと溶け落ちた。
「ふえぇぇ……死ぬかと思ったぁぁ……」
『ユズ! お前は本物の勇者だ! ナイス!!』
着ぐるみを脱ぎ捨てたエリザベスが、ユズに向けて激しくプラカードを掲げ、最大の賛辞を送った。
「ユズさん! 本当にありがとうございます! おかげで助かりました!」
ペロロの頭を脱いだアリスも、涙目でユズに抱きつく。
「いいえ……私は……ただ、みんなの役に立ちたくて……」
ユズは荒い息を整えながら、安堵の笑みを浮かべて答えた。
『よし! これで心置きなく鏡を探せるぞ!』
エリザベスが勢いよくプラカードを掲げ、再び段ボールの山へと突撃する。
「みんな、もう一踏ん張りです……! 伝説のアイテムを手に入れるために、頑張りましょう!」
アリスは勇者の顔を取り戻し、再び鏡探しに全集中した。
「「『おーー!!!』」」
――そして数分後。
ガラクタの山の中から、エリザベスとアリスはついに、暗号解除の鍵『鏡』のプログラムが入った、古びたUSBメモリを見つけ出すことに成功した。
全ての死線と絶望をくぐり抜け、知恵と力と、そして何よりも『仲間との絆』によって掴み取った勝利。
こうして、銀時たちの無茶苦茶な潜入作戦は、奇跡的な大成功を収め、彼らは伝説のデータと共にミレニアムタワーからの脱出を果たすのであった。
次回
銀時「ようやく戦いからも解放されたぜ、で結果どうだった?」
モモイ「……」
桂「どうしたのだ?」
ミドリ「これ見てよ……」
銀時・桂「な、な、なんじゃこりゃぁあ!」
次回 科された課題くらい自力で頑張れ!
〜透魂〜第一回キャラクター人気投票
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銀時
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新八
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神楽
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沖田
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土方
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山崎
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高杉
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桂
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定春
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エリザベス
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ホシノ
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シロコ
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ヒナ
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アコ
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ミカ
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ナギサ
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セイア
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ユウカ
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ノア
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近藤