透き通る世界を照らす銀魂(ぎんのたましい)   作:時代に遅れている

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このペースじゃ間に合わねぇ

うーん弱った弱った。


第五十二訓 たまには後輩も頑張るから先輩は見守ることを学べ!

「このPCは駄目、あっちも……マキ、そっちは!?」

「こ、こっちも駄目、エラーコードが返って来ちゃう……! こ、これどうすれば良いの、ハレ先輩!? 回線が完全に駄目になっちゃっているよ!?」

「……ネットワークは完全に沈黙してしまいました、これでは手の打ちようがありません」

「っく……!」

 

 ヴェリタス部室内、デスクにずらりと並んだモニタすべてに表示されるエラーコード、アクセス権限無しの表記。操作していた全ての端末、PCがネットワークから弾かれ、マキとコタマが悲鳴染みた声を漏らし、ハレが強く唇を噛む。何とか現状を打開しようと手を尽くすが、この場所からは通信が出来ず、アクセスは全て弾かれる。

 険しい表情のままモニタを睨み付けたハレは、椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がると振り返り、マキに向かって叫んだ。

 

「マキ、予備のノートPCは!?」

「えっ!? えっと、確かこっちに――あ、あった!」

「サーバー室に走るよ!」

「っ、了解……!」

 

 サーバー室。

 その単語を耳にした瞬間、マキとコタマの二人は頷きを返しヴェリタスのサブルームを飛び出す。ハレはアテネを連れ、コタマは辛うじて無事だった携帯端末、マキは云われた通り予備のノートPCを小脇に部室棟の廊下を走る。

 ヴェリタスの管理するサーバールームはメインルームよりも更に奥、最も人の出入りが少ない奥まった場所に設置されている。自動点灯する廊下の明かりを横目に、サーバー室の扉に飛びついたマキは、そのまま傍に備え付けられている指紋認証装置へと自身の指先を押し付ける。

 ゆっくりと奔る光、読み取っている時間すら彼女には長く感じられた。

 

「はやくっ、はやくッ……!」

『――認証完了、窒素ガス噴射装置を自動から手動に切り替えます』

「開いたっ!」

 

 ゆっくりと開いて行くサーバー室の扉、途端に吹き込む冷風、空調やファンの稼働音が響き渡り、騒音が部屋中に響いていた。床はフリーアクセスフロアとなっており、幾つかの配線が見え隠れしている。ずらりと並んだサーバーラック、背後には繋がれた無数のケーブル、中へと踏み込んだ三人は出入り口付近に飾られた神棚――ヒマリ部長が設置したもの、サーバーの調子を占ったりするらしい――を横目に軽く身を震わせる。仕方ないとは云え、この季節にサーバー室の冷房は酷く堪えた。

 しかし、今はそれにどうこう云っている場合ではない。ノートPCを抱えたまま周囲を見渡したマキは、焦りの滲んだ声で問いかける。

 

「ネットワーク管理サーバーって、どれだっけ!?」

「こっちです、マキ! ケーブルを――っ!」

「コタマ先輩、これを使って!」

 

 滅多にサーバー室へと出入りせず、保守点検も担当していないマキにとって、どれが何なのか全く把握出来ていない。代わりにコタマがネットワーク管理サーバーへと駆け出し、その裏面へと屈み込めば、ハレが傍のラックに収納されていたケーブルをコタマへと投げ渡した。

 

「ありがとうございます……! マキ、PCをッ!」

「う、うん!」

 

 感謝を告げながら受け取ったソレをネットワーク管理サーバーへと差し込む、そしてもう一方の接続口をマキへと投げ渡し、マキはノートPCへとケーブルを接続、その場で胡坐を掻き膝の上にPCを乗せた。そのままキーボードを叩き、レスポンスを待つ。

 

「お願いっ……!」

 

 一縷の望みを賭けた祈り、両手を合わせモニタに向かって拝み込む。ややあって表示された予測復旧時間に、マキはその表情を一気に蒼褪めさせた。

 

「っ、駄目だ、解析に必要なスペックが全然――これじゃアクセス権限を取り返すのに、何時間も掛かっちゃうよ!」

「っ……!」

 

 マキの膝上にあるノートPCを覗き込んだコタマとハレ、二人もマキと同じように表示された数字を見て思わず顔を顰める。彼女の持ち込んだ予備のPC、それは決して性能的に悪い品ではない。腐ってもヴェリタス、その予備として常備している端末である。キヴォトス全体から見れば一級品と称して問題ないスペックを誇っており――しかし、彼女達が普段使いするソレと比較すれば聊かランクが落ちるのも事実であった。ましてやあの、ビッグシスターが用いる代物と比較すればどうか? 考えるまでもなかった。

 マキはPCの縁を掴んだまま焦燥に塗れた表情で俯き、コタマも険しい表情のまま思案する素振りを見せる。

 

「か、考えなきゃ、まだ皆戦っているのに、どうすれば――……!」

「このまま此方の支援が完全に途切れてしまえば、最悪実働部隊全滅の可能性も――」

「チッ……!」

 

 不意に、舌打ちが零れた。

 それはハレのものだ、彼女らしくない怒りに満ちた表情。しかしそれは他者に向けられたものではない、自身の見通しの甘さに対して沸き上がったものだった。コタマが顔を上げ、ハレへと視線を向ける。

 

「……ハレ」

「相手の対応を舐めていた……!」

 

 顔を歪め、組んだ両腕を指先で叩くハレは重く、響く声で以て呟く。挑む相手はあのビッグシスターだと云うのに、自分達ならば問題ないと能力を過信していた。今はメインルームだって使用できず、機材だって完全に取り戻せた訳じゃないのに。

 

「最初からどんなルートで行くにせよ、ジャミング対策は完璧にするべきだったんだ、そうじゃなくても大掛かりな中継器じゃなくて良いから、私のアテナか外周にドローンを飛ばしていれば、リレーして別の方法だって……!」

「――ハレ、落ち着いて下さい」

 

 自身の爪を噛み、徐々に荒くなっていく語気――それに対しコタマは彼女の肩を叩くと、強引に自身の方へと顔を向けさせる。ハッと目を見開いたハレの視界に映る先輩、その表情は真剣で、何処までも冷静に見えた。

 

「今は悔やんでも仕方ありません、私達が取り乱しても事態は好転しない――具体的な対策を練りましょう」

「っ、ごめん、コタマ先輩……」

 

 真摯に投げかけられた言葉、怒りに呑まれかけていたハレは自身の額を軽く叩き、大きく息を吐き出す。感情に呑まれてはいけない、後方で支援に徹する自分達が状況を見れなくなれば終わりだ。そう自身に云い聞かせ、思考を一度冷却する。

 

「で、でも、どうするの? ネットワークを潰された以上、電子上で私達に出来る事は限られちゃっているし……」

「えぇ、こうなると再度ネットワークに接続する為に、暗号化されたシステムを無理矢理突破するしかない訳ですが……」

「この予備PCだと突破にどれだけ時間が掛かるか分からない、一日、いや数日で済めば良い方だね」

 

 全員の視線がマキの膝上に注がれ、そのモニタを注視する。表示される数字は常に変動し、安定しない、そもそものスペックが不足しているのだ。今からでもミレニアム中を走り回り高スペックPCを探し回るのも手ではあるが――。

 

「えっと、なら今から私達がエリドゥに直接乗り込むって云うのは……!」

 

 僅かに腰を浮かせたマキが、ふとその様な事を口走る。それは咄嗟に出た提案なのだろうが、コタマもハレも彼女の提案に緩く首を振った。

 

「それで物理的にアクセスするって話? それとも戦力として手助けするって話? 前者ならその間の護衛の問題がある、全員が端末と睨めっこしながらタイプしている間、会長が放置してくれるとは思えない、後者ならそもそも私達は戦力として力不足だよ、悔しいけれどね」

「それにエリドゥへと繋がる路線は見つけたとは云え、次の運搬列車がいつ来るか、そもそも今から出立したとしても到着は何時間後になるか――恐らく到着した頃には、既に戦闘は終了しています」

「あ、そ、そっか、そうだよね……」

 

 咄嗟に出た言葉であったが、良く考えずとも現実的ではないソレにマキは思わず意気消沈する。マキは一年生、ハレは二年生、そしてコタマは三年生――最上級生である自身が何とかしなければならない、そんな想いに背を押されコタマは思考を巡らせるが、どうにも打開出来るビジョンが見えない。

 幾つもの案が脳裏に過っては消えて行く、時間的な制約、技術的な制約、予算的な制約、立地的な制約――浮かんでは消えて行くそれに、コタマは静かに目を伏せる。

 

「悔しいですが、打開できる策がありません……現状ですと打つ手なし、私達だけでは此処までなのでしょうか?」

「そ、そんなの嫌だよ! アリスちゃんの事、諦めるなんて絶対に――ッ!」

 

 思わず漏れた弱音、コタマのそれに食って掛かったマキの声がサーバー室に響く。ハレは何度も指先を開閉させ、現状を打破し得る何か――切っ掛けを必死に考え続けた。

 

「何か、何でも良い、方法は――……?」

 

 懸命に思案するハレの視界、そこにふと過るウィンドウ。それはマキの持ち込んだ予備PCのモニタから。操作していない筈の彼女のPCが独りでに動き始めていた。

 

「……ちょっと待って、マキ、コタマ先輩」

 

 焦燥に駆られる二人に声を掛け、ゆっくりとモニタを覗き込む。二人も何やら異変に気付き、ハレへと瞳を向けた。ハレは指先をPCのモニタへと向け、現在進行形で起こっている変化を伝える。

 

「マキのPC、モニターにコマンドが……」

「えっ」

「まさか、これもクラックされたの!?」

「いや、これは――」

 

 まさか此方にもリオ会長の手が伸びたのかとマキは身を竦めるが、どうにもそういう様子では無い。モニタに走る文字列、コマンドプロンプトに表示される――白い羅列。

 その中に彼女達は、見覚えのある単語を見つけ出す。

 

『Optimus Mirror System』

「……!」

 

 外部からの遠隔操作、そして表示されるそのコマンドに――彼女達は息を呑む。

 何故なら、このコマンドが意味するところは。

 

『――鏡、起動』

 

 

 

「うわぁっ! また来たぁ!」

「こ、コトリ……!」

「えっと、ガジェット、ガジェット――ッ!?」

 

 アヴァンギャルド君と交戦を続けるゲーム開発部、エンジニア部一行――裏路地の危機を脱し、広い街道で再び追撃を躱し続ける彼女達は、全身に冷汗とも脂汗とも取れるそれを滲ませながら必死に駆け続けていた。

 この様な逃走劇を続けて一体どれ程になるだろう? 一時間近く続けた様な気もするし、五分程度しか経過していない気もする――極限状態の中で、時間の間隔は疾うの昔に狂いに狂っていた。

 此方側の攻撃は一切通らず、向こうの火力は圧倒的。僅かな望みを賭けて残弾払底を狙っているものの、一向に攻撃が止む様子はなく――背後から迫る走行音に混じり、再び聞こえて来る空転音。またガトリング砲が火を噴くとヒビキが隣を駆けるコトリに叫べば、彼女は攻撃を防ぐ為に懐に手を入れガジェットを取り出そうとする。

 

「えっ、あ、あれ……?」

 

 しかし、幾ら探れど出てくるのはエンプティ状態のガジェットばかりで、未使用のものは一つたりとも残ってはいなかった。その事実に気付き、コトリは思わず涙交じりに叫ぶ。

 

「さ、さっきので防壁ガジェットは最後でしたぁッ!?」

「嘘ぉッ!?」

 

 コトリの声に、前を駆けていたモモイが愕然とした表情で振り返る。全員の顔色が一変し、背後から迫る音はどんどん大きくなっていた。最後尾を駆けていたウタハが突き出されるガトリング砲に苦笑を浮かべる。

 次の攻撃を防ぐ手立ては――無い。

 

「っ、正に窮地だね――ッ!」

 

 だが、ウタハの瞳に諦観の色はなかった。それを理由に諦める事はしない。仮に倒れるとしても、その時は前のめりに倒れよう――そんな想いが彼女の中にはある。

 いざとなれば諸共、そう考え足を止めたウタハの視界に、しかし弾丸の雨が降り注ぐ事はなかった。

 

「ん……!?」

 

 空転していたガトリング砲が徐々に停止し、走行していたアバンギャルド君の動きが不自然に硬直、まるで出来の悪いマリオネットの如く色褪せて行く。高い唸り声に似た稼働音は徐々に形を潜め、低音へと偏差していた。

 

「……あ、あれ?」

 

 頭を抱え、攻撃に備えていたゲーム開発部も異変に気付き、全員が駆ける足を徐々に緩めて行く。そうしてウタハと同じように足を止めて振り返れば、アバンギャルド君も同じように速度を落とし、軈て突き出していた火器や盾を下げ、頭部だけが痙攣する様に振動し、その挙動の一切を停止した。

 

「アバンギャルド君の動きが……」

「な、何か急に、ぎこちなくなった、様な?」

「ぎこちなくって云うか、完全に停止しちゃいましたね……?」

「これは一体――」

 

 全員が疑念と共に声を発せば、不意に装着していたインカム、ポケットに突っ込んでいた携帯端末から声が響く。

 

『ふぅ……まぁ、何とか間に合ったかな』

 

 それはリオ会長のモノではない、しかし全員聞き覚えのある声だった。慌てて端末を取り出せば、いつの間にか通信が繋がっており、画面の向こう側に佇むチヒロの姿が見えた。

 彼女は端末に備え付けられたインカメラに向かって微笑むと、緩く手を振る。

 

『んっ、皆、無事?』

「ち、チヒロ先輩!?」

 

 端末を握り締め驚愕の声を上げるゲーム開発部。エンジニア部の三人もまた、通信の向こう側より聞こえて来た彼女の声に驚きの感情を見せる。同時にヴェリタスとの通信も回復し、先程まで全く聞こえてこなかった彼女達三人の声が耳を打った。

 

『つ、通信回復、アクセスが通った! うわぁ~ん! チヒロ先輩ぃ~!』

『流石です、待っていました副部長……!』

『凄い、あの状況から此処まで持ち直す何て……でもチヒロ先輩、あんな状況から一体どうやって?』

 

 サーバー室に固まったまま、マキの予備PCを覗き込む三人はこの状況を打開した副部長、チヒロに賞賛と驚愕の声を漏らす。チヒロは現在進行形でエリドゥの防衛システムと格闘しているのか、その両手は忙しなくコンソールを叩いている様だった。

 

「そうですよね! だって、エリドゥの通信網は……!」

「確か、リオ会長が掌握しているんじゃなかった?」

『うん、そうだよ、でもこういう時の為にヒマリが秘密兵器を用意していてくれたみたいでね』

「ひ、秘密兵器――?」

「何やら、魅かれる響きだね」

 

 その浪漫溢れる響きにウタハは薄らとした笑みを浮かべる。ワードチョイスが実にエンジニア部好みで、大変心躍る様子だった。しかし、当の秘密兵器とやらに彼女達は思い当たるモノがなく、ゲーム開発部も然り。しかしややって、ミドリが不意に思い出したかのように手を叩き、モモイの肩を揺さぶった。

 

「それって……あ、お姉ちゃん! ユズちゃん! アレだよ、アレ!」

「えっ、アレって何……?」

「あ、アレ……?」

「前にG.Bibleを解析しようとした時に見つけた奴!」

 

 モモイとユズは一瞬何の事か分からず疑問符を浮かべるが、少し思案した後、思い当たる代物があったのか手を叩き納得の色を見せた。ユズとモモイが顔を見合わせ、互いを指差しながら叫ぶ。

 

「――鏡!?」

『御明察、鏡を使ってエリドゥのネットワークをクラックしたの、序に通信も繋ぎ直した』

「えっ、あれ、でも鏡って確か、まだセミナーの差押品保管所にあるんじゃ……?」

『そう、だから――』

 

 そこまで口にして、不意に通信の向こう側から銃声が響き渡った。序にチヒロの背後からマズルフラッシュが瞬き、空薬莢の落ちる音が木霊する。それを横目に微動だにせずキーを叩くチヒロは苦笑を浮かべ、呟く。

 

『……絶賛戦闘中、前線に立っているのは私じゃないけれどね』

『皆さん、御無事で何よりです』

「スミレ先輩!?」

 

 インカメラを覗き込む様にして現れる影、愛銃であるミレニアム製最新型ダンベル――と云う名前のショットガンを掲げたスミレが、画面の向こう側に見える面々に手を振って見せる。どうやら彼女達は部屋の一室に籠城し、こうして通信を繋げている様だった。ウタハはスミレの姿を見て、納得した様子で頷きを返す。

 

「そうか、トレーニング部が協力を……」

『そういう事、警備ドローン――多分リオ会長の息が掛かった部隊だろうけれど、兎に角交戦しながらサポートするよ、どれだけ耐えられるかは正直未知数……やるだけやってみる、って奴だね』

『持久戦なら望む所です、任せて下さい、私の銃は一際頑丈ですから、最悪近接武器としても使えます、弾が尽きても安心です!』

「た、頼もしい……」

「流石、常日頃鍛えている方は違いますね……!」

 

 ふんすと鼻を鳴らして親指を立てるスミレに、ユズとコトリが思わず声を漏らす。「では、私は防衛に専念しますので!」と告げ颯爽と去っていくスミレを見送り、チヒロは軽く息を吐き出した。

 スミレの事は信頼も信用もしているが、それはそれとしてチヒロは明確な撤退ラインを引いていた。可愛い後輩の為に尽力はするが、かと云って延々と戦い続けられる訳ではない。恐らく一時間も耐えられたのならば良い方だと、彼女はそう判断する。チヒロは万が一スミレの持ち込んだ弾薬が尽きた場合、自身が殿を務め撤退する事を決めていた。横合いに転がしたバックドア愛銃を一瞥し、チヒロは再度モニタに注視する。

 

「あっ、あれ、アバンギャルド君が、また……!」

「ちょ、ちょっと動いたかも……!?」

 

 微かに、その腕に握られた銃器が持ち上がった気がした。その事に目敏く気付いたユズが声を上げれば、モモイもまた同調する。チヒロは表情を僅かに顰め、キーを打つ手を早める。

 

『鏡を使った状態でファイアウォールが反応している……パスが切れる前に先手を打つ必要があるね』

 

 流石はリオ会長と云うべきか、彼女の切り札というのは嘘でも何でもなく、内部のセキュリティもかなり強固な造りとなっている。ヒマリの用意した鏡を用いてコレならば、通常の端末では手も足も出なかっただろう。チヒロは視線でモニタのウィンドウを操作すると、小分けにしたウィンドウの向こう側に佇むヴェリタス仲間達に語り掛けた。

 

『こういう時こそ、ヴェリスタス――私達の出番でしょ? サブルームの復旧は終わった?』

 

 口元を緩めながら問いかければ即座に映る仲間達の姿。サーバー室からヴェリタス・サブルームへと移った彼女達は復旧した自分達の端末を操作し、再び通信を開いた。その向こう側に、不敵な笑みを浮かべた三人が大きく表示される。

 

『バッチリ準備完了、任せてよ副部長』

『私達のリソースを全部使い切ったとしても! ネットワークは維持してみせるよ!』

『副部長が集中出来る様、可能な限りこの状態を保ちます』

 

 ハレ、マキ、コタマの順で帰って来る声。息を吹き返したヴェリタスが一斉にコンソールを操作し、現在のネットワーク維持の為に動き始める。チヒロは目に見えて楽になった処理に安堵の息を吐き、額に滲んでいた汗を指先で拭った。

 

『うん、そっちは任せた――代わりに此処からは私が皆を支援する、手始めの目の前の……妙な機体を撃退しないとだけれど』

 

 モニタに映る機体――アバンギャルド君を見て明らかに言葉を濁らせるチヒロ。かなり奇抜な見た目だが、内部を覗き見た彼女からすれば実力が抜きん出ている事は理解している。故に油断も慢心もなく、しかし彼女は全幅の信頼を以て告げた。

 

『そんなに難しい事じゃないでしょう――ねぇいつまでそこに居るつもり?』

 

 チヒロの視線が横合いのウィンドウへと飛ぶ。それはゲーム開発部でもエンジニア部でもない、第三者に向けられた問い掛け。その中でゆっくりと歩みを進める人影は、力強い一歩を踏み出した。

 暗がりの街道、等間隔で設置された街灯に照らされた影が伸びる

 

一歩を踏み出したその男たちを見て、全員が一斉に振り向く。そして視界に飛び込んで来た二人の姿に、一瞬息を呑み、絶句する。

 

「ぎっ……!?」「銀さんっ!?」

 

その声を受けた銀時と金時は、普段通りの死んだ目と飄々とした態度を崩さず、ゆったりと足を進めていた。

全員が拍子抜けしたような表情を見せ、ミドリとモモイが慌てて詰め寄る。

 

「なっ、なんで、銀さんたちが、ど、どうやって此処に――!?」

「そうだよ! さっきの都市の変形で移動させられたはずじゃ……」

 

二人の元へと駆け寄りながら、触れるか触れまいか、絶妙な距離で腕を伸ばしたり引っ込めたりするモモイとミドリ。そんな様子を見た銀時は苦笑を浮かべ、背を少し曲げて視線を合わせながら軽く頭を撫でる。

 

「……細けぇことは気にすんなよ。」

「なぁに、ちょっと寄り道しながら戻って来ただけさ。」

 

 

その言葉に二人は戸惑いを隠せない。銀時の指先は硬く、冷たい。しかし、どこか安心感のある触れ方で、確かに彼らの先生の手だった。

 

「テメェら今そんなこと気にすることじゃねぇだろうが」

 

銀時は少し真剣な表情に変わりながら、静かに言葉を続ける。

「アリスを助けないといけねぇ……そのために俺たちはここにいるんだろ?」

 

言葉を失う一行。しかしその言葉に背中を押されるように、ユズが呟くように答えた。

「銀さん……!」

 

銀時は背を伸ばし、振り返る。中央タワーの方向を見つめ、再び口を開いた。

「アリスはミレニアムの生徒で、ゲーム開発部の一員で、皆の仲間で――俺の生徒でもある。」

 

その声は暗い街道に力強く響き渡る。ユズ、モモイ、ミドリ、ウタハ、ヒビキ、コトリ――全員がその言葉に視線を上げた。その瞳にはまだ闘志が灯っている。

 

銀時は木刀を握り直し、振り返ると彼女たちに投げかけた。

「テメェら――まだ行けるよな?」

 

その問いに答えるのは一瞬だった。生徒たちの声が重なる。

「当然ですッ!」

 

声が重なるその瞬間、端末からチヒロの声が響く。

『金さん、機体が制御権を取り戻した……! こっちで多少妨害は出来るけれど、気を付けて!』

 

金時は冷静に頷き、巨体のアバンギャルド君を見上げながら声を張る。

「兄弟……俺がアイツに向けて必殺技を放つ。だが、何発も放てるシロモンじゃねぇ。だから、動きを止めてくれ……」

 

「分かったよ。」

銀時は小さく笑い、木刀を構えると一行に向けて一言。

 

「反撃開始だ――行くぜ、テメェら!」

 

生徒たちは武器を握り直し、口元に笑みを浮かべる。ウタハが静かに呟いた。

「ふふっ、この感覚、久々だね。」

コトリは手を見下ろし、しっかりと拳を握る。

「……悪くない、銀さんがいるなら――!」

 

その声に続き、エンジニア部とゲーム開発部全員が力強く叫んだ。

「行こう! アリスを助けるために――!」

 

徐々に唸り声を上げるアバンギャルド君。その盾が再び構えられ、内部演算が修復されつつあるのか、動きが次第に滑らかになっていく。全員が緊張した面持ちでその挙動を見守る中、銀時は生徒たちの背後で静かに木刀を握り直していた。

 

「まだ動くか……流石はリオちゃんの作品ってとこだな」

 

 軽く呟きながら、生徒たちを冷静に見守る。銀時はアバンギャルド君に向けて攻撃を仕掛ける事なく、あくまで彼女たちのサポートに徹していた。だがその瞳には、周囲の状況を一切見逃さない鋭さが宿っている。

 

 

「さて、コレを使った戦闘なんて本当に久方振りだが……っ!」

 

 ウタハがそう言いながら前線を駆け抜け、銃口をアバンギャルド君へ向ける。その軽快な動きに銀時がすかさず指示を飛ばす。

 

「ウタハ、盾を引き付けろ! あいつの目をそっちに集中させるんだ!」

「了解! 全力で引き付けるよッ!」

 

 マイスター・ゼロの銃声が響き、アバンギャルド君の盾に弾丸が次々と叩き込まれる。ウタハの射撃に反応して盾が動いた瞬間、銀時が背後のヒビキに振り返り指示を送る。

 

「ヒビキ、砲弾の用意はどうだ?」

「着弾三秒前には撃てます!」

「よし、頼んだ!」

 

 その声に応じ、ヒビキがファンシーライトを肩に担ぎ上げる。ウタハの射撃が盾を引き付けたところで、迫撃砲の砲弾が上空から降り注ぎ、アバンギャルド君の周囲に爆炎を巻き起こす。

 

「着弾――今!」

「くっ――距離を取る!」

 

 全員が爆炎から素早く距離を取りつつも、爆風が発生した瞬間を見逃さなかった。銀時が鋭い声で叫ぶ。

 

「ミドリ、右肩の関節を狙え!」

「はい……撃ちますッ!」

 

 ミドリが構えたフレッシュ・インスピレーションの狙撃が炸裂し、アバンギャルド君の右肩関節を捉えた。その一撃で盾の動きが鈍り、銀時が小さく笑う。

 

「いいぞ、関節部がやっぱり弱点だな。これで攻撃のタイミングが見えた!」

 

 

 銀時はまだ自身の本気を出す様子は見せず、生徒たちの攻撃が成功するよう適切な指示を送り続ける。その瞳は冷静にアバンギャルド君の動きを見極めながら、生徒たちにタイミングを与えていた。

 

「モモイ、そっちからも一発撃ってみろ。奴の頭部を揺らせ!」

「お任せくださいッ!」

 

 モモイの弾丸が顔面を掠め、アバンギャルド君の盾が僅かに浮き上がる。その隙を見逃さず、銀時が声を張り上げた。

 

「ユズ、いけ!」

「……分かりました!」

 

 ユズの放った擲弾が足元に命中し、アバンギャルド君の履帯が炸裂。破損した足回りが金属音を響かせ、完全に停止する。その結果を見届けた銀時が満足げに頷く。

 

「これで足止めは完了だな……次は頼むぞ、金時!」

 

徐々に唸り声を上げるアバンギャルド君。その盾が再び構えられ、内部演算が修復されつつあるのか、動きが次第に滑らかになっていく。全員が緊張した面持ちでその挙動を見守る中、銀時は生徒たちの背後で静かに木刀を握り直していた。

 

「まだ動くか……流石はリオちゃんの作品ってとこだな」

 

 軽く呟きながら、生徒たちを冷静に見守る。銀時はアバンギャルド君に向けて攻撃を仕掛ける事なく、あくまで彼女たちのサポートに徹していた。だがその瞳には、周囲の状況を一切見逃さない鋭さが宿っている。

 

 

 

 

アバンギャルド君の足回りが破壊され、機能停止状態に追い込まれたその瞬間――金時が静かに前へ進み出る。

 

「サンキュー!!あとは……ちょっと乱暴しようか……」

 

「電磁気順転……電磁気反転……」

 

金時の声が低く響き渡ると同時に、彼の全身に眩い黄金の光が集まり始めた。その光は単なるエネルギーではない。街灯をも凌ぐ強烈な輝きが周囲を照らし、街道全体が黄金色に染まる。

 

銀時が後ろで余裕の表情を浮かべながら、生徒たちに軽く手を振る。

「よーし、みんな。金時がやらかすから、ちょっと離れてろよー。巻き込まれたらシャレになんねぇからな」

 

「えっ、そんなに危ないの!? 金さん、大丈夫なんですか!?」

「ま、大丈夫だろ?だってアレ(五条悟)をモデルにしてるんだし、必殺技は派手なだけで、当たれば最強だからよ。後のことは考えなくていいってさ!」

 

銀時が軽い口調で言う一方、金時は手を前方に掲げ、両手の間に巨大な黄金の球体を生成し始めた。その球体は見る者の目を奪うほどの純粋な輝きを放っている。

 

「……“虚式・金魂”!」

 

 

金時が手を勢いよく突き出すと、黄金の球体が猛スピードでアバンギャルド君へと放たれる。その光は一筋の閃光となり、周囲の空間を揺るがすような音波と共に一直線に進む。

 

「なんだ、この光……っ!?」

「すごい……眩しくて目が開けていられない……!」

 

生徒たちが驚きと恐れを滲ませる中、銀時は木刀を肩に乗せながらニヤリと笑う。

「全く派手だなぁ〜 でも、しっかり当てるのがスゴいんだよな、これが」

 

「金魂」はそのままアバンギャルド君に直撃し、周囲の空気を震わせる程の衝撃を生み出した。装甲を焼き焦がし、内蔵されたシステムを一撃で破壊する。その余波は地面を揺らし、街道の瓦礫を飛ばすほどだ。

 

 

眩い閃光が収まった後、アバンギャルド君は完全に沈黙していた。機体は黒く焼き焦げ、その姿はもはやかつての脅威を思い出させるものではなかった。

 

「やった……本当にやったんだ!」

「すごい……金時さん、これが……!」

 

歓声を上げる生徒たちの前で、金時は静かに肩を落とし、息を整えていた。その顔には疲労の色が見えたが、満足げな微笑みも浮かべている。

 

銀時がその肩を軽く叩く。

「お疲れさん、金時。派手に決めやがったな」

「まぁな。だが、次はお前の番だぞ……」

 

二人は目線を交わし、深く頷き合う。そして生徒たちの方を振り返り、銀時が声を張り上げた。

 

「よーし、テメェら! ここからが本番だ――今度こそアリスを助けに行くぞ!」

 

「はいッ!」

 

生徒たちは銀時と金時に続き、倒れたアバンギャルド君を後に中央タワーを目指して走り出す。

 

 

 

「遅ぇ、遅ぇ、遅ぇ――!」

「っ、く……!」

 

 視界に影がちらついた。

 変動した街並み、自身が優位になる配置であるその場所で、トキは縦横無尽に駆け巡る人影に翻弄される。

 視界に表示される予測行動線、その指示に沿って身体を動かしていると云うのに、対応がワンテンポ遅れる。それは限りなく影が――ネルの動きが予測行動線に迫っているが故のものだ。演算予測が彼女の速さについていけていない、その事実にトキの思考は掻き乱される。

 

「――遅ぇぞ後輩ッ!?」

「いッ……!?」

 

 駆けながら薙ぎ払う様に放たれた弾丸、暗闇の中でマズルフラッシュが瞬き小柄なネルの姿が浮かび上がる。しかし、視認出来たのはその一瞬のみ、飛来する弾丸は暗中で戸惑うトキを正確に捉え、左足に直撃する。瞬間、弾かれた様に足が後方へと流れた。衝撃と鈍痛に思わず声が漏れ、その場に膝を突く。

 

『脚部装甲被撃、損害軽微――戦闘行動に支障なし』

「………ッ」

 

 直撃を許した、しかし致命的なものではない。彼女が身に纏うレッグギアは装甲も十全に備わっている、如何にネルの放つ弾丸とは云え一発二発で貫通を許す程軟ではない。痛みを噛み殺し、地面を蹴って後退するトキ。

 戦闘に於ける速度、スピードは明らかに武装を扱う自身が上であった。演算の齎す予測線、自身の四肢をサポートするギア、エリドゥという自身が優位に立てる立地、此処には全てが揃っている。

 ――だというのに。

 

「っ、そこッ!」

 

 トキは愛銃を構え、駆ける影に向かって引き金を絞る。マズルフラッシュが薄暗い街道を照らし、乾いた銃声が轟いた。弾丸は視界に表示される予測線に沿う様にして飛来し、影を穿つ――だが、着弾したと思った時、既にその場所にネルは存在しない。捉えるのは彼女の背後に付き従う影ばかり。

 

「ははッ、外れだ! どうしたよ、オイ! 御自慢の銃口が迷子だぜッ!? どこに銃口を向けたら良いかも分からねぇか!?」

 

 弾丸すらも置き去りにして、暗闇の中を駆け巡るネルは鎖を尾の様に靡かせながら挑発を口にする。トキは歯を食い縛りながら腕を動かし、過る影に銃口を向ける。だが、引き金を絞る事はしない――出来ない。命中しないという確信にも似た予感があったのだ。

 視界に表示されるデータは間違っていない筈だ、彼女会長の命令通り戦場の地形を変更し地の利を得た、C&Cとも分断し強制的に一対一の構図を創り上げた。状況は圧倒的に有利であり、以前の戦闘データからして自身が敗北する可能性は限りなく低い。

 何度もシミュレーションを行った、対策は万全。

 万全、だった。

 

「どうして――予測先を、捉えれきれない……っ!?」

「オラァッ!」

 

 視界の中、急接近する影。外壁を蹴り飛ばし、加速したネルが真っ直ぐ此方へ銃口を突きつけるのが見えた。回避を――そう思い、しかし左足が鈍痛を発し膝から力が抜ける。

 

「ッ――!」

 

 間に合わない。

 反射的に愛銃のシークレットタイムを構え、防御態勢を取る。瞬間、閃光が網膜を焼き、集中砲火が彼女の愛銃越しに肉体を叩く。アームギアと腕回りに弾丸が突き刺さり、トキは衝撃に唇を噛み締めた。

 

「っ、これ以上の、被弾は……!」

 

 一発一発が重い、彼女の扱うSMGは本来其処まで火力に優れた火器ではない筈だ。しかし彼女の神秘濃度、そしてエンジニア部にカスタムされたソレは最早別物の領域。口径の小ささに反し、トキの身体は徐々に後方へと押し込まれて行く。

 まさか、データが間違っていたのか? そんな思考がふとトキの脳裏を過った。

 収集し、シミュレーションに用いた彼女のデータが誤りであった可能性――いいや、仮にそうだとしても元の戦闘データと目の前の彼女には、余りにも乖離がある様に思えた。

 目の前に立ちはだかる、美甘ネルの強さ――それは最早、データの正誤云々の次元ではない。

 一陣の風がトキの横合いをすり抜けた。

 

「おいおい、まさか知らなかった訳じゃねぇだろう、後輩?」

「ッ!?」

 

 声は、背後から響く。

 一拍遅れて鳴り響くアラート、視界に表示される接近報告。前方から銃撃を加え急接近、そこから更に加速を敢行し相手の背後に回り込む。一体どういう身体能力だと叫びたくなる。

 振り返る――その動作が余りにも遅く感じる、ほんのコンマ一秒、それだけの刹那が永遠にすら感じてしまう程に。

 

「此処は、あたしの距離領域だ」

 

 自身の直ぐ真後ろ、赤い瞳と共に突きつけられた銃口――ネルの浮かべた不敵な笑みが、淡い月光に照らされていた。

 

「―――」

 

 銃声、視界がマズルフラッシュで覆われる。

 直撃コースだ――顔面、受ければ致命的な一発となる。

 これは絶対に避けなければならない。

 殆ど反射的な動きだった、顔を逸らし膝を抜き、そのまま崩れ落ちるようにして上体を反らす。ほんの僅かな差で頬を弾丸が掠め、仰け反る様な体勢のまま数発の弾丸が鼻先を通過した。

 

「ぅ、ぐッ……!?」

 

 しかし彼女に許されたのはそこまでだ。崩れた体勢から二撃目を防ぐ手立てはない、隙だらけな恰好を相手の前に晒してしまう。

 

「オラァッ!」

「がッ!?」

 

 故に無造作に放たれた前蹴りを彼女は何の防御も出来ず受けた。脇腹に突き刺さる蹴撃、ズンと芯に響く様な衝撃と痛みだった。顔を顰め、そのまま後方へと吹き飛ばされるトキ、地面を転がり、バウンド、砂埃に塗れながら素早く跳ね起きる。無意識の内に脇腹を抑え顔を上げた時、ネルは直ぐ目前に迫っていた。

 

「まだ、こんなモンじゃねぇぞ」

「っ……!」

 

 また、一拍遅れてアラートが鳴り響く。

 彼女が距離を詰める度に、リアルタイムでデータが更新されているのだと分かった。その事実にトキは思わず動揺の声を漏らす。何だそれはと、叫びたい気分だった。

 

「あり、得ない……っ! 一秒毎に、データが更新されるなんて――」

「てめぇの限界で、あたしの底を知った気になってんじゃねぇッ!」

「くッ!」

 

 突撃の勢いそのままに再度繰り出される回し蹴り、回避しようと足に力を籠め、しかし脇腹の痛みで身体が思う様に動かない。仕方なく腕を畳み、辛うじてアームギアで蹴撃を受ける。ネルの靴先とアームギアの装甲がぶつかり、火花を散らした。重い打撃だ、身体が撓り足に来る。揺らぐ身体、だが防いだ、そう思った。

 

 同時に耳へと届く――鎖の音。

 

「―――」

 

 まさかと、勘付いた時には遅かった。咄嗟に横合いに視線を飛ばせば、暗闇の中撓る銀色。風切り音と共に視界外から飛来した鎖が、トキの顔面を側面から強かに殴り飛ばした。

 

「ごふッ!?」

 

 遠心力を活かした鎖の打撃、それは彼女の芯にまで響く。自身の攻撃を囮に愛銃へと繋がれた鎖を振り回し、横から鞭の様に飛ばす。まるでハンマーで顔面を殴り飛ばされた様な衝撃と痛み。肌が熱を持ち、視界が揺れる。

 

『バイタル変調、頭部に被撃――被弾率増加傾向、回避を推奨』

 

 頸を引っこ抜かれた様な心地だった。勢いそのままに地面へと叩きつけられ、歪む視界をそのままに何度も転がる。苦悶に呻き、這い蹲りながら血と唾液の混じった口元を拭うと、微かに肺が痛んだ。冷静に、淡々と告げられるアナウンス――出来るのならば、やっている。らしくもなくトキは胸中で悪態を吐いた。

 這い蹲るトキの目前に立つネルは、自身の後輩を見下ろしながら鼻を鳴らす。

 

「この前は面食らって一本取られちまったが、あたしとこの距離で撃ち合える奴なんざそういねぇ――どんな大層な絡繰りがあるかは知らねぇが、こんなモンかよ? 後輩?」

「……いいえ、まだです」

 

 ネルの問い掛けに、トキは緩慢な動作で立ち上がる事で以て答えた。伸びた腕はしかし、その愛銃を確りと握り締めている。向けられる瞳には闘志が宿っていた――彼女の意志は、まだ死んでいない。

 それでこそだと、ネルは歯を剥き出しにして笑う。

 戦う意思を持つ相手を叩きのめしてこそ、意味がある。

 

「――私は、まだ」

『――トキ、一度撤退なさい』

「っ、リオ様!?」

 

 しかし、耳元から聞こえて来る制止の声。インカムから響くリオの声に、トキは思わず息を詰まらせた。

 

「しかし、私はまだ……!」

『貴女を責めている訳ではないわ、先程ヴェリタスの干渉でアバンギャルド君の制御権を引き合う結果になったの、恐らくスペックは十全に発揮出来ず、既に撃破されてしまっている可能性が高い……この状況を放置して戦闘を継続するのは危険よ』

「!」

 

 アバンギャルド君が撃破された――その事実にトキは隠し切れない動揺を見せた。彼女とて理解している、見た目は兎も角あの機体の強さは本物だ。兵装を身に着けた自身とも互角の勝負を繰り広げたアバンギャルド君は、戦力として信用に足る存在であった。その彼が撃破されるとは。

 

『それに――どうやら彼女の【直感】を甘く見積もっていたみたい』

「どーんッ!」

「っ!?」

 

 リオの言葉と共に、不意に巻き起こる爆発。

 同時に飛来する影は炸裂した爆炎を裂き、宙を舞っていた。それを見上げ、トキは目を見開く。炎に照らされ影となった三人の生徒、その恰好には見覚えがある。

 

「おっ! やった、リーダー見つけたよ!」

「漸く、ですか」

「っと」

 

 アスナ、アカネ、カリン――分断した筈の彼女達が障壁を爆破し、この場へと現れたのだ。閉ざされた障壁に穴を空け、着地を敢行する三名。制服は所々煤け、傷も負っているが大したものではない。トキは愕然とした表情のまま思わず叫ぶ。

 

「ッ!? C&C……何故、この場所に!?」

「あははっ! 迷子になっちゃったかなぁ~って思っていたけれど、そんな事なかったね! 何となく進んで来たらリーダーと合流出来ちゃった!」

「ふぅ、道中それなりにドローンと出くわしましたが銀さんが多く倒していたので楽でしたよ、辿り着けたのなら正解だったという訳ですね」

「……銀さんに感謝しないとな」

 

 アスナは溌剌と、アカネは僅かな疲労感を滲ませ、カリンは淡々とした様子で告げる。C&C――ネルと分断した筈の彼女達が変動した区画を突破し自分達の居場所を探し当てた、それは一体どれ程の確率だろうか? このエリドゥはミレニアム区画一つ分程度の大きさを持っている。その経路を操作し、迷路の如く配置したトキには分かる。到底突破できる確率ではない、そう理解しているからこそ冷汗が滲んだ。

 

「要塞都市の迷路区画を、こうも容易く……一体どんな確率で――」

『こんな事は口にしたくないけれど、彼女の直感もまたネルに迫る変数、場合によっては計画を大きく崩しかねない生徒のひとりよ』

「ん~?」

 

 リオの淡々とした声、トキの視線に薄らとした笑みを浮かべながら小首を傾げるアスナ。当の本人は何と無し、殆ど無意識の内に行っているのだろうが、彼女の持つ直感は余りにも危険であった。ほんの僅か、例え一パーセントの未満の確率であろうとも――彼女は幸運か、直感によってその未来を引き当てる。

 それの、何と恐ろしい事か。

 リオは声色に若干の感情を滲ませながら告げる。

 

『私の予測が足りなかった、一度再計算を行うわ――まずは撤退して状況を立て直しましょう』

「……イエス・マム」

 

 彼女の言葉は正しい、元より自身が意見する事などあってはならない。トキはそう自身を定義する。愛銃を抱えたままバックステップを踏み、ネルとC&Cより距離を取る。

 

「速やかに撤退行動に移ります」

「あぁッ!? ンだとコラ!」

 

 撤退行動、その一言を耳にしたネルは明らかな苛立ちと怒りを見せた。響き渡る怒声、しかしトキの表情に揺らぎはなく、冷静に端末を操作し逃走経路を作り出す。

 

「――区画の変動開始、隔壁閉鎖」

 

 彼女の言葉と同時、再び地響きが鳴りC&Cとトキを隔てる様にビル群が移動、地面より隔壁がせり上がる。

 

「なッ、テメェ!」

 

 それを見たネルは咄嗟に銃口を向け、引き金を絞る。銃声が轟き、暗闇の中弾丸が直進するも――トキに命中するよりも早く、せり上がった隔壁に着弾し、表面を僅かに凹ませるに留まった。

 そうこうしている間にも二重、三重に展開される障壁。左右はビル群が聳え立ち、トキの姿を完全に見失ってしまう。振動が収まり、駆け出したネルは自身の前に聳え立つ隔壁を見上げ、青筋を浮かべながら思い切り隔壁を蹴飛ばした。金属を打ち鳴らす様な反響が周囲に木霊する。

 

「だァッ! クソ、邪魔くせぇ!」

「離脱したか……」

「漸く巻き返しの機会かと思ったのですが、判断の速さは流石ですね」

 

 C&Cの全員が展開された隔壁を見上げ、その表情を顰める。変動した区画はC&Cの行く手を完全に遮っており、隔壁も一枚限りではない。恐らく目の前のコレを爆破し強引に進んだとしても、奥には更に二枚、三枚と隔壁が存在する事だろう。素直に迂回すべきだ、全てを爆破するだけの火薬は存在しない。アカネは眼鏡を指先で押し上げながらそう思考する。

 

「んだよ、この場でケリをつけてやりたかったってのにッ!」

「仕方ありません、此処は彼女達のホーム、追撃を行うのも撒くのも、向こうが常に優位です……相手方が撤退した以上、陽動作戦は一旦中止しましょう、救出部隊の皆さんと合流するべきです」

「確かに、深追いは危険かもしれない、此処にはまだどんな仕掛けがあるかも未知数だ」

「……ちっ、わ~った、わ~ったよ」

 

 未だ火種が燻ると云った様子のネルであったが、アカネとカリンの言葉に舌打ちを零しながらも納得の色を見せる。元々彼女達の役割はトキの足止め、盛大に暴れて注意を引くというもの。その役割が果たせなくなった以上、態々部隊を二つに分ける必要もない。アリス救出に動いているゲーム開発部、エンジニア部と合流するべきだと理性で判断出来た。

 不満顔で踵を返すネル、彼女の様子に肩を落としながら後に続こうとしたカリンは――しかし、ふと夜空を見上げたまま動きを止めたアスナに気付く。

 

「ん……アスナ先輩、どうしたんだ?」

「……アスナ先輩?」

 

 カリンに釣られるようにして足を止めたアカネもまた、アスナの異変に気付く。ぼうっと頭上を仰ぐ彼女に対し、ネルは顔を顰めながら問いかけた。

 

「何だ、まさか何かあったのか?」

「……うん、今何となく感じたんだけれど」

 

 アスナは星々の瞬く夜空を見上げながら、不意に目を閉じた。まるで全身で何かを感じているかのように、或いは月明かりを浴びるかのように。両腕を広げたアスナは暫し沈黙を守り――それから目を見開くと、満面の笑みを浮かべ叫んだ。

 

「銀ちゃん、――近くにいるかも!」

「えっ」

 

 

 唐突に放たれた言葉、それに対しカリン、アカネの両名は面食らう。ご主人様、彼女達がそう呼ぶ相手などこの世に一人しか存在しない。彼女達は顔を見合わせ、戸惑いを露にした。何故なら、銀時は、今頃アリスのところに行ってついているはずだからである。

 

「……アイツ一体何してんだ?」

 

「まぁいいや、そういう事なら話は早ぇ――急いで向こうと合流するぞ」

「はーい!」

「りょ、了解!」

「分かりました……!」

 

 しかしネルはアスナの言葉を疑る事無く鵜呑みにし、早速とばかりに愛銃を担ぎ駆け出す。その背後に喜色を滲ませたアスナが続き、二人の姿は暗闇の街道に消えて行く。余りにも早い行動、カリンとアカネも慌てて二人の背中を追いかけ駆け出す。




次回


「データだ。未来予知だ。そんなもんで俺たちの魂の限界を図ってんじゃねぇよガキども……」

『何ですって……』

「取れるもんなら取ってみな………」

「この攘夷志士白夜叉の首を取れるもんならな」

〜透魂〜第一回キャラクター人気投票

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