透き通る世界を照らす銀魂(ぎんのたましい)   作:時代に遅れている

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すいません銀さんの戦闘シーン書くと長くなりそうだから
次回に回しますが……セリフは出るからカッコいいシーンは出るから!!ちょっと待てェェェ!!


第五十三訓 人生は苦労あってなんぼ

「あっ、見えた! アレじゃない!?」

「あぁ、その様だな……!」

 

 そうして騙し騙し走り続けた先に、開けた広場が見えた。遠目にもはっきりと分かるロータリー、その向こう側に聳え立つタワー、中央タワーの直ぐ前にある広場まで足を進める。広場はかなりの面積を誇っており、ちょっとしたグラウンド並みの広さがあった。その中心に立ち、大きく息を吐き出しながら足を緩める。

 

「到着したね〜、此処が――」

 

「エリドゥの心臓部、つまり」

 

「このタワーの中に、アリスが居る……」

 

 聳え立つ中央タワー、巨大なソレは正に摩天楼の如く。夜の暗がりの中で煌々とした光を発するその場所は一行を照らし、長い影を地面に伸ばしていた。

 このタワーの何処かにアリスが居る、その事実に彼女達は否が応でも身を強張らせ、緊張した表情を浮かべる。

 

「はぁー……ッ、よしテメェら、警戒は怠らずに攻め入るぞ」

「う、うん……!」

「そうだね」

「はいッ!」

 

 銀時は再びゲーム開発部やエンジニア部の生徒の気を引き締めさせる。コンディションとしては決して良好とは云えないが、此処で足踏みしているだけの時間もない。銀時が気合を入れ直し、そう告げれば生徒達も頷きを返す。

 そしていざ、中央タワーに踏み込もうとして――。

 

「あっ! やっぱり、ほら! 銀ちゃんだ!」

「ほ、本当に居た……!」

「まさかとは思いましたが……」

 

 後方から聞き慣れた声、足音が響く。思わず足を止め、振り向くと――暗がりから此方に駆けて来る人影が複数。良く目を凝らせば、別動隊として陽動を担当していたC&Cの皆だという事が分かった。

 特徴的なメイド服の輪郭が暗闇の中で踊り、尾を引いている。

 

「先輩!」

「あ、あれ……どうして、此処に?」

 

 エンジニア部とゲーム開発部の面々は驚きと共に彼女達を迎えた。階段を駆け上ったC&Cは一行の直ぐ傍まで足を進め、先頭を駆けていたアスナは愛銃を足元に放り投げると、そのまま銀時に向かって飛び込んで来る。

 

「銀ちゃ~ん!」

 

「よっと」

銀時は歌舞伎町でさっちゃんに抱きつかれそうになった時の発作反応として木刀が頭に突き刺さるように投げるようになっており、今回はその餌食にアスナが………

 

「ほいっと……」

 

ならなかった。アスナの予知が働き運良く攻撃を避けたようだ。

 

木刀はそのまま彼女の後ろにいたネルの方向へ。ネルは無言で飛び上がり、その手で鮮やかにキャッチした。

 

「――何だよ、銀時。わざわざ投げるくらいなら、せめて落ち着いて抱き止めるくらいしとけよな?」

そう言いながらネルは木刀を銀時に向かって放り返す。

 

「いや、こういうのは条件反射なんだよ! 反射神経の進化だっての!」

「それを進化って言っちゃうあたり、相変わらずアンタはどうかしてるよな」

 

ネルの軽口に銀時がむっとした表情を浮かべる中、「えぇと、C&Cが此処に来たという事は、陽動は中止に?」

「……えぇ、そうです、交戦していたトキちゃんがリオ会長の指示で後退しまして、目標が撤退した以上陽動作戦は中止、皆さんと合流を目指したという形です」

「成程、順当だね」

 

 ウタハは彼女の言葉に頷きを返し、銀時もまたアスナを何とかあやしながら口を開く。

 

 

「そうか、トキが後退したのは私達がアバンギャルド君を撃破したからだろうね」

「アバン……何だって?」

「――アバンギャルド君、リオ会長の用意した高性能なAMASという所だろうか」

「見た目はちょっと、その、えっと……」

 

「アレはアレだよ。リオちゃんが中国で学んだ美的センスを集結させたの新手の先行者」

 

「違うだろォォォォ!」

 

「グハッ」

 

「何が中国学んだ美的センスだ!何が新た先行者だ!敵陣に攻め込む人が何相手のことを気遣っている!」

 

「気を引き締めさせる事言ってた銀さんが何緩い事言ってんの!?ふざけてるでしょ!!」

 

「いやぁ〜そろそろ銀さんもおふざけしないと気が済まないっていうか……もう蹴るのやめてもいいだろテメェら!!普通に痛いんだよ!!」

 

 

 

 

「と、とにかく凄く強かった……です」

「――?」

 

 銀さんの流れに持ってかれたゲーム開発部とエンジニア部、その様子に首を傾げるC&Cの面々。

「えぇと……ともあれ、C&Cの皆が無事で良かったよ」

「はい、ところで銀さんは何故こんなところで――」

 

 

「それは………めんどくせぇなぁ〜、アビスに落ちて迷いました〜はい終わり」

 こうして駆け付けてくれたと云う事は、見た目に反して大した怪我では無かったのだろうか? そんな希望的観測を多分に含んだ言葉を口にしようとしたアカネは、しかし――途中で言葉を切り眉を下げた。

 

「――そのようには、見えませんが」

「いいんだよ。後で知らねぇところは個人でハーメルンで読み返したら分かるから!」

 

 

 

「――というより、ネル先輩は余り驚いていませんでしたね」

「……あん?」

「あぁ、そう云えばリーダーはアスナ先輩が銀ちゃんの事を勘付いた時も平常運転だったし」

 

 

 

「別に、今そんなことより、あのチビ奪還の方が優先すべきだと思っただけさ」

 

 ネルは問い掛けに対し、ぶっきらぼうに答える。何故銀時がアリス奪還を今だに達成せずに近くに来たとアスナが感じ取った時、驚きを見せなかったのか。その理由は単純であり、銀時がこのまま黙って寝入っている筈がないという想いがネルの中に在ったからだった。

 

 故に彼女はニッと歯を見せながら破顔し、告げる。

 

「――それにこのバカ「銀時」の根性を一番高く買っているのは、他ならぬあたしだぜ?」

 

「……なら株代として10万くらいで買ってくれない?ほら……300円あげるから」

 

「そういう意味で買うって云ったんじゃねぇし、それに300円って何だよ!?今時のJKが300円なんかで買収出来るわけねぇだろ!?」

 

 

「とにかくこれから全員で攻め入るって感じで行こうか?」

 

 

「まぁ、事前の計画とは少々異なる形になってしまいましたが、幸いにして中央タワーの膝元まで進む事は出来ました」

 

 云って、アカネが目前の中央タワーを見上げる。計画自体は変更する事になってしまったが、最低限このタワーの元へと進むという目的は達成出来た。道中のAMASは目に付く限り撃破した、リオ会長の戦力もそう多くは残っていないだろう。

 残るは――。

 

「……後は、このタワーの中に居るアリスを見つけて連れて帰るだけだ……」

「――はい」

 

 銀時の声に頷きを返すアカネ。一行の最終目標は変わらない、この何処かに捕らわれているアリスを救出する事。

 銀時は映し出されたチヒロに向け問うた。

 

「チヒロ、アリスの正確な居場所は此処から分かるか?」

 

『難しいね、エリドゥの電力がこのタワーに集中している事は確かだけれど、流石に内部構造まで情報を探るのは……一応セキュリティ周りが硬いのは上層と下層、屋上付近か地下のどっちか、だね』

「こういう時の御約束だと、大抵上の方にあるもんじゃねぇの――」

 

 ゲームの中で悪役や敵対するキャラクターがこの手の高層ビルで待ち構えている時、大抵その居場所は屋上とか、上層に近い位置と決まっている。

 

「さて、その御約束をリオ会長が守ってくれるかどうかは未知数だけれど、地下にあるのはタワー全体を管理する為のものだろう、一般的にはボイラーや配電盤、冷凍機、冷温水器等だけれど、或いは会長の事だ、発電所そのものを地下に設けていても私は驚かないよ」

 

「確実ではない場合、一階に近い下層を先に探索し、そこから上層まで登るという選択もあります!」

「……なら実際に侵入して、虱潰しに探すしかなぁってわけか」

「そっちの方が分かり易くて良い、立ち塞がるモンぶっ壊して進めばいつか見つかるだろうよ、幸い目安はあるんだ」

 

 銀時の呟きに対し、ネルは余裕の表情で告げる。ちまちま隠れて探るのは性に合わない、待つよりも突っ込む、真正面から全てを叩き潰しながら進めば良いというのがネルの考えだ。彼女らしい大胆で勇敢、恐れ知らずな思考と云えた。

 

『そうだね、銀さんの云う通り実際に中に入って探索するしかない――ただ』

「……あのリオが何の備えも講じていない筈がない」

『そういう事』

 

 チヒロの憂いを帯びた声色に先生が続ける。二人の思考は一致していた、自分達が中央タワーに来る事は既に知られていたのだ。ならば彼女が対策を練っていない筈がない、何かしらの防衛システム、或いは戦力を配置しているだろうという確信があった。

 

「――えぇ、その通りです」

「……ッ、誰だ!」

「敵――!?」

 

 最初に銃口を向けたのはネル、そしてアスナも殆ど同時に気付く。

 二人の言葉を証明するかのように現れる人影、その足音と声が響くと同時に全員が身構え、銃口を中央タワー入り口――その階段を緩慢な動作で降りる人物へと向けた。

 人影はしかし、銃口を向けられて尚焦燥を見せる事無く、悠々とした足取りで階段を下る。暗闇から進み出る人物、その顔が明かりに照らされた。

 

「――お待ちしておりました、皆さん」

「……トキ」

 

 果たして現れたのは、C&Cと交戦中に撤退したトキその人。彼女は戦闘時の恰好そのまま、一行の前へと立ち塞がる。ネルは彼女の顔を一瞥すると、挑発する様に鼻を鳴らし目を細めた。

 

「……なんだ後輩、さっきは尻尾巻いて逃げ出した癖に、どの面下げて出て来やがった?」

「あれは戦略的撤退に過ぎません、皆さんが作戦を変更したのならば、此方も相応の対応を行うまで……それだけの話です」

『――えぇ、その通りよ』

 

 トキの返答に被せ、響き渡る音声。見ればトキの持つ端末からホログラムが投影され、リオの姿が浮かび上がっていた。暗がりの中に躍る映像、虚像が皆を見つめる。

 

『まさか、作戦を変更せざるを得ない状況に持ち込まれるなんて、此処に至る確率は相当低く見積もっていたのだけれど』

「てめぇ、リオ……」

 

 ホログラム越しとは云え姿を現したリオに対し、ネルは分かり易く顔を歪める。直接でなくとも、こうして顔を合わせたのはアリスを奪われた時以来か。そう考えると腹の奥で煮え滾る様な激情をネルは自覚する。そんな想いを抱いている事を知ってか知らずか、リオは相変わらず色の無い瞳で以てネルを見つめていた。

 

『前も口にしたけれど……流石ねネル、武装したトキを相手に此処まで食い下がれる戦力、シミュレーション上であればトキに軍配が上がっていたのだけれど、貴女達C&Cはその悉くを覆して見せた、重ね重ね惜しいわ』

「当たり前だろうが、あの時尻尾を撒いて逃げなきゃ、生意気な後輩にキッチリ上下関係を叩き込めただろうよ」

「………」

 

 ネルのはっきりとした言葉に一瞬、トキはその瞼を震わせる。しかし、彼女が口を開く事はない、今この場に於いて自身が口を挟むべきではないと云う自制心が働いていた。

 

『私は貴女達が来る事を見越して幾つもの計画を準備して来た、けれど既存の防衛システムだけでは、貴女達を止めるには十分ではなかった様ね』

 

 彼女の声には呆れと称賛の色が混じっていた。リオの用意した迎撃計画、それは今正に破綻しようとしている。

 こうして彼女達の中央タワー到達を許した時点で、彼女の想定とは大きく異なっているのだ。本来であれば既に戦闘は終了し、C&Cと救出部隊、両部隊を捕縛しアリスの処置に移っていただろう。腕を組み、目の前に立つ一行を眺めながら彼女は視線を鋭く尖らせる。

 『――えぇ、そうよ。けれど計算外の変数が一つ、いや……一人、存在していた』

 

そして、リオの指先がゆっくりと銀時を指し示す。

 

『――先生、貴方の存在よ』

 

その言葉が発せられた瞬間、全員の視線が銀時に集中した。

 

銀時はその注目を受けてもなお、いつものだらけた姿勢を崩さず、鼻をほじりながら呟くように言った。

 

「……俺? いや、そりゃまぁそうだろ、俺何だかんだで主人公っぽいし?」

 

ネルが即座にツッコむように銀時を小突いた。

 

「おい、そこはほんとでも自重するのが主人公としての余裕なんじゃねぇのかよ?」

 

リオの言葉の真意が何であれ、その場の緊張は解けることなく続いていた。ホログラム越しのリオの瞳はなおも冷徹な輝きを保ちながら、一行を見つめていた。

『陽動部隊と救出部隊の各個撃破、C&Cの戦力を甘く見積もったつもりはない、しかし救助部隊に向かわせたアバンギャルド君を撃破されるなんて……本来ならばアバンギャルド君とトキ、この二つの戦力でC&Cを正面から打ち破るつもりだったのよ』

「なッ! それって最初から、私達をあの変なロボットで倒せると思っていたって事!?」

「お、お姉ちゃん、云い方……」

「でも、実際銀さんと金さんが来てくれなかったら、危なかったし……」

「まぁ強敵だったんじゃね?新手の先行者だったわけだし……」

 

「別にそれは関係ないよね」

『……けれど、この作戦は破綻した、貴方が生徒達に力を貸し、アバンギャルド君を打ち破ってしまったから』

 

 リオは呟き、銀時の瞳を覗き込むようにして注視する。

 銀時の強さは、前に言ったように自身の戦闘能力だけではない――生徒との繋がり、その人脈の広さも含まれる。

 彼が動いた時、それは同時に周囲の生徒も動く事を意味するのだ。エンジニア部然り、ヴェリタス然り、C&C然り、トレーニング部然り。例え相手が何者であったとしても、どれだけ劣勢であったとしても、彼が介入した途端逆転の芽が生まれる。それはリオにとって最も恐ろしい変数だ、敵の数は把握出来ず、何処に潜んでいるかも分からない。想定外の戦力が一つ、また一つと増えて行く現状は根源的な恐怖すら感じる程。

 そう、これを理解しているからこそ銀時を敵には回したくなかった。銀時を味方に引き込めば協力する可能性が見出せる組織が、丸々敵に回ってしまうのだから。敵に回せば恐ろしく、味方にすれば何と頼もしい事か。

 

「そうだよっ! 銀さんも来てくれたし、此処まで辿り着いたなら実質私達の勝ちでしょ!」

「此処に居る全員で掛かれば、如何に優秀なエージェントと云えどひとたまりもないだろう」

「うん、AMASが増援として投入されても問題ない、それだけの戦力が此方には揃っている」

「……まぁ、ちっと思う所はあるがな」

 

 対峙するトキを前にしてモモイ、ウタハ、カリン、ネルが告げる。この場に集う生徒は先生を除き十一名、戦力としては申し分なく、内四名はミレニアム最強の名を冠するC&Cである。如何にトキがリオに選出される程の才覚を持っており、武装と呼ばれる摩訶不思議なデバイスを行使しようとも限界はある。

 この場に居る十一名――全員を相手取る事など不可能だ。

 全員がそう確信していた。

 ただ一人、そう銀時を除いて。

 

「それで、降参する為にわざわざ挨拶に来たってわけ――じゃあなさそうだなリオちゃん?」

 

『そう。その通りよ』

 

 ネルの降伏勧告に対し、リオは憮然とした態度で否定を口にする。彼女とて現状は理解している筈だった。頼みの綱であったアバンギャルド君は撃破され、彼女の持つ手札はトキとAMASのみ。しかし通常のAMASで銀時の指揮下にある彼女達を撃破する事は困難である。

 分かっている、理解している筈だ――だと云うのに彼女の表情には不気味な気配があった、それをホログラム越しに感じ取ったネルは思わず険しい表情を浮かべる。

 

 まだ何かがある、リオには現状を打破する手札が。

 

 ネルの戦闘に関する嗅覚が警鐘を鳴らしていた。そしてそれは、銀時も同じであった。何処か楽観的な気配を滲ませるゲーム開発部やエンジニア部とは異なり、二人は徐々に気配を張り詰めさせていく。

 

『先生が私達の演算結果を覆し、計画の変更を強いる……それはそれで構わない』

「ふぅーん」

 

 演算結果を覆す、計画が変更される。

 それをリオは良しとした。

 それは彼女の性格上、殆どあり得ない事であると云って良い。少なくともネルからすればそうであった。思わず疑問の声を上げれば、リオは微動だにしないまま言葉を続ける。

 

『先生、貴方が規格外の力を、私の演算を凌駕する力を見せると云うのなら』

「………」

『――こちらも、それ相応の切り札を出すまでの事よ』

 

 切り札――その言葉が皆の鼓膜を震わせる。

 その一言には重い響きが伴っていた。全員の背筋が伸び、気配が困惑と緊張を帯びる。虚言ではない、彼女の発言が嘘でも何でもない事は理解していた。全員の脳裏に過る影がある。

 

「ふぅーん?」

「そ、それって、もしかして……」

 

 全員が困惑を滲ませた呟きを漏らす、彼女の云う切り札――それはトキの扱う武装か、アバンギャルド君だったのではないか、そんな疑念があったのだ。

 しかし、事実は異なる。

 トキの武装も、アバンギャルド君も、彼女にとって手札の一つではあっても【切り札】ではない。

 

「……それはコイツの使う、【武装】って奴じゃねぇのか?」

『いいえ、ソレはあくまで副産物に過ぎない』

 

 ネルの問い掛けを、リオは淡々と否定した。トキの身に着けている武装は謂わば、『前提条件』なのだ。その切り札を運用する為に必要な機能であり、武装であり、それ単体でも機能はするものの本来の運用方法とは全く異なる。

 彼女達の切り札は――まだ、その姿さえ見せていない。

 

 本当の戦いは、これからですよ――リオ。

 

 ふと、リオの脳裏にヒマリの言葉が過った。彼女の何処か挑む様な瞳、此方を見透かすような視線を思い返しながら、深く息を吐き出す。コンソールを掴む掌に汗が滲んでいた、彼女も自覚せぬ内に降り積もっていた重圧。

 それを握り締め、彼女は呟く。

 青白いモニタが、彼女の表情を淡く照らしていた。

 

「……えぇ、そうねヒマリ」

 

 彼女の云う通りだ、あの場面でチェックメイトを確信していた自分――しかし現実は先生とヴェリタス、別動隊の参入により崩れた。状況は圧倒的に此方が不利、賛同者は無く、計画は崩れ、直ぐ膝元まで彼女達の肉薄を許した。

 敗色は濃厚、この状態のまま戦闘に突入すれば勝利する確率は如何程か。演算を用いずとも予測は簡単である。

 そう、だからこそ。

 

「本当の戦いは、これからよ」

 

 誰も居ない部屋、その中心で彼女は呟く。

 

 ――まだ、終わりにはさせない。足掻く余地は残っている

 

『――トキ、現時刻を以て【アビ・エシュフ】Abi-Eshuhの使用を許可するわ』

「――!」

 

 リオの瞳が赤く煌めき、力強い意志と共に宣言する。

 声は、確かな驚愕と共に迎えられた。トキが息を呑み、投影されたホログラムに対し戸惑いの視線を向ける。それは彼女が初めて見せる、強い感情の揺れであった。

 

「リオ様、しかしあの兵装は……ッ!」

『えぇ、貴女の云いたい事は十分に理解している』

 

 咄嗟にトキの口から出た抗議の声、しかしそれを遮りながらリオは尚も言葉を重ねた。其処には無感動でありながら強い、強い覚悟を感じさせる響きがあった。

 

『この力は本来、名も無き神々の王女、その尖兵と本体を叩く為に用意したもの、けれど出し惜しむ余裕はない、これは先生を、彼女達を止める為に必要な事よ、裏で暗躍するヒマリを阻止する為にも、これ以上時間は掛けられない』

「それは、そう、ですが――……」

『今此処で、この子達を阻止出来なければ全てが無に帰してしまう――私達だけの話ではない、ミレニアムも、キヴォトスも、何も知らない多くの人々が』

「………」

『ならば、今がその時よ』

 

 言葉を失うトキに対し、リオは淡々と、しかし力強い口調で彼女の背を押す。この場所で負ければ全てを失う、自分達だけではない、キヴォトスの全てが掻き消える――そう信じているからこそ、リオの言葉は重くトキの両肩に圧し掛かった。

 

「っ……」

 

 頬を伝う冷汗、それは肉体的疲労からではない、精神的な重圧によって流れたものだ。アレは本来、キヴォトスの生徒に向ける様な兵器ではない。そして勿論、先生の様な人間にも。そんな罪悪感とも、躊躇とも取れる彼女の葛藤が胸中を駆け巡る。

 

『トキ』

 

 その葛藤を理解しているからこそ、リオは自身の従者の名を呼ぶ。俯いていたトキの顔が上がり、ホログラム越しに此方を見下ろす自身の主、その視線が重なった。赤く煌めく瞳が、トキに語り掛ける。

 重く、しかし確固たる意志と共に。

 

『――私達の役割を果たしましょう』

「……イエス、マム」

 

 例え泥に塗れようとも例え誰に理解されずとも。

 

 その重圧を、苦しみを知っているからこそ――彼女はゆっくりと、しかし確かに頷きを返した。

 この力を同じ生徒に、先生に振るうつもりなど無かった、コレはあくまで来る終焉に備え、抗う為のもの。しかし、此処で敗北すれば全てが無に帰す。ならばあらゆる力を、手段を以て対抗すべき――自身の主が下したその判断は正しい。少なくともトキはそう信じる。

 その罪も、苦痛も、困難も、共に背負うと誓った。

 

 ならば躊躇う事は――罪悪である。

 

「――パワードスーツシステム、アビ・エシュフへ移行します」

 

 彼女は自身の肩に手を伸ばすと、アームギアの端末を操作しながら告げた。再び前を見据えた彼女の表情に、躊躇いの色は無い。

 「何? エビ……エシュフ?」

 

「何それエビの料理か何かですか?いいよねー、エビ。最近の海老は輸入品に頼って円安だから高くて買えないんだよ。ほんと、財布がピンチでさ。あ、でもこの前スーパーで見切り品のエビがあって、それでエビチリ作ったんだけど、やっぱ新鮮なやつとは違うんだよねぇ。味がこう……」

 

「銀さん……今までの話聞いてた?」

 

「いや……ご大層な演説聞くのだりぃから……タブレットでパチンコの新春! 新台入れ替えスペシャル見てた。」

 

銀さんはのんびりした表情で、膝の上にタブレットを置いている。画面には派手な演出とともに「超激アツ!」と書かれた文字が踊っており、画面からはジャラジャラとメダルが出てくるような効果音まで聞こえてきた。

 

「なんでそんなもん見てるの!? 今一応、危機感迫ってるシーンなんだけど……!」

 

「いや、このペースじゃ新春イベントまでストーリー行けそうにないし、少しでも新春の感覚を身体で味わっておこうかと……。ほら、冬は気持ちを温めるのが大事だろ? それに、この台の演出、派手でテンション上がるんだよなぁ。」

 

「そんなのいいから、今は話に集中して!!」

 

タブレットの画面を奪おうと手を伸ばすが、銀さんはそれを避けながら画面を手で隠すようにして守った。

 

「ちょっ、待て待て、いいとこだったのに! あと5分でこの演出終わるから!」

 

「終わる前にアリス奪還作戦の方が終わるよ!」

 

モモイの怒鳴り声が響き、銀時はようやく渋々とタブレットを閉じたものの、未練がましく「当たってたら銀魂の予算増やせたかもなぁ」とつぶやき、小声で「年末調整しとくか……」などと呟いていた。

 

 

「……コホンッ聞いたことがないシステムだけれど――」

 

 告げられた名称、聞き覚えの無いそれに疑問の色を浮かべるエンジニア部。そんな彼女達を尻目にトキは次々と衣服、そして兵装を全て脱ぎ捨てて行った。衣擦れの音、床に落ちる物品。身に着けていたメイド服、装飾品、ベルトポーチ、サイドアーム、ホルスター――足元に次々と転がるソレを目にした一行は、強い戸惑いの視線を彼女に向ける。

 「な、なに、突然……?」

 

「武装解除のつもりか――?」

 

「ちょ、銀さん、見ちゃ駄目!」

 

慌てて声を上げたが、銀さんはまったく聞く耳を持たない。むしろその声を合図にしたかのように、さらに視線を鋭く、いやいやらしく細めた。

 

「何だよ……他の過激な同人誌作品は公認なのに、アリスの着替えシーン然り、こいつの着替えシーン然り、俺たち先生は見る機会もくれねえのかYostar!?」

 

「――いい加減シリアスモードに戻って銀さん!!」

 

声を張り上げるも、銀さんは完全にマイペースを貫いている。その目には、妙にキラリと光る好奇心が宿っている。

 

「――いいや、違う。お色気シーンじゃ無さそうだ。みんな……」

 

金時は急に意味ありげに語り始めた。しかしその姿勢の裏で、金時の視線は完全に「ガン見」の状態を維持している。

 

「そりゃそうでしょ!?ってか何手を隠す振りしてガン見してるのさ金さん!!」

 

「チッチッチッ…こういうのはディティールをしっかり見てだね……物語の奥深さを掘り下げるためには――」

 

「そんな言い訳いらないから! 今はシリアスシーンなんだって言ってるでしょ!!」

 

銀さんはしぶしぶ目を逸らすものの、どこか不満げな顔で「ちぇっ、また規制かよ……」とつぶやいた。その後ろ姿は、妙に哀愁漂うように見えなくもない――ただし、自業自得であることを除けば。

 

 戸惑うエンジニア部、警戒を強めるC&C、必死に銀時の目を隠そうとブロックするモモイ&ミドリ。

 そしてC&Cの警戒を裏付ける様な報告が、銀時の端末より響く。

 

『先生! 探知に何かの信号が引っ掛かった! そっちに向けて熱源反応が高速で接近中――!』

「っ、――ッ!」

 

 凶兆は、宙から到来した。

 夜空に瞬く星々、その中で流れ星の様に飛来する一筋の光。銀時が天を仰げば、生徒達もまた釣られて夜空を見上げる。轟音を鳴らし飛来する青白い光、それを注視しながらトキは指先で足元を指し示す。

 瞬間、彼女の足元に広がるロックオンマーカー、青白いそれが着弾地点を定め、トキのアームギアに備え付けられたパネルが点灯する。

 

『上空! 上から来るよッ!』

「信号確認ダウンリンク、着弾位置ポイント――現在位置」

「――全員離れろッ!」

「っ……!」

 

 何かが堕ちて来る、そう察するのに時間は必要なかった。銀時が叫んだ瞬間、咄嗟にC&Cが後退、エンジニア部もまた全力で駆け出す。ゲーム開発部も皆に続いて地面を蹴り――一拍遅れて広場へと何かが着弾した。

 光沢を放つ地面が粉砕され、轟音と衝撃、風圧が彼女達を襲う。思わず地面に伏せるゲーム開発部とエンジニア部。C&Cはアカネが手にしていたケースを盾代わりとして地面に打ち付け、アスナとカリンが銀時の隣で武器を構える。ネルはアカネとケースの影に背を預けながら、トキの影を凝視していた。

 地面に這いつくばるエンジニア部とゲーム開発部は、背中を叩く破片を感じながら皆の無事を確かめ合う。

 

「ッ……な、何、何なの!?」

「エンジニア部……!」

「へ、平気……」

「凄い衝撃でした――!」

「お姉ちゃん、ユズちゃん、無事!?」

「だ、大丈夫……」

「私たちも大丈夫だ しかし、アレは一体――!?」

「換装システムアビ・エシュフ・シェル、現着」

 

 舞い上がる粉塵、それらを裂き現れたのは黒く巨大なボックス。大きさは三メートルか、四メートルはあるだろう。見上げる程のそれに戸惑い、目を白黒させるゲーム開発部。トキはメイド服の下に着込んでいたレオタードの様な恰好のまま、コンテナの表面にそっと手を這わせた。

 

「ぼ、ボックス……?」

「あっ、あの、大きな箱みたいなものは、一体……!?」

「あれが、リオ会長の切り札なのか?」

「――違う」

 

 戸惑いの声を上げるモモイ、ユズ、アカネ――彼女達の声に否を突きつけたのはウタハ達、エンジニア部だった。彼女達は地面に這い蹲ったまま、トキの目前に着弾した黒い箱の様な代物を注視する。外装はシンプルな一言、見る限り正面に展開溝が見えるが、側面や上部には一切見当たらない。もしアレ自体が切り札、戦闘を行うモノだとすれば余りにもシンプル過ぎる造りだと断言出来た。

 

「恐らくあれはただの外装外側、運搬用のコンテナだろう」

「運搬用コンテナ? って事は、もしかして……」

「あぁ、中身こそが彼女達の云う、切り札だ……!」

「装着シークエンス開始、着用者認証、確認――スーツの開放」

 

 ウタハがそう告げると同時、トキはコンテナに向かって何事かを呟く。瞬間、白煙を撒き散らしながら展開されるコンテナ、中央が二つに分かれ展開機構が稼働する。そうして内部を晒した時――全員が思わず言葉を失った。

 

「う、ぁ――」

「これは……」

 

 内部に収納されていたのは一見何かも分からない代物だった。しかし、彼女が白い外装にアームレッグごと足を突き入れた時、それがどういった意図の元設計されたのかを理解する。足を突き入れ、次いで操縦桿に腕を通す。アームギア、レッグギアはアビ・エシュフのシステムにアクセスし、背後より専用のデバイスが耳元に装着された。

 用意されていたガイドアイコンに従って指先を動かせば、最後に頭上より戦術支援バイザーが視界を覆う。それで一連の装着シークエンスは完了し、その巨躯はゆっくりとコンテナより一歩を踏み出した。駆動音が鳴り響き、特徴的な両足が展開する。

 暗闇の中に青白いラインが浮かび上がり、散らばった破片を踏み砕きながら彼女は告げた。

 「パワードスーツシステム、アビ・エシュフ――起動完了」

 

冷ややかな電子音声が響き渡ると同時に、空間を切り裂くような機械音が続き、目の前には光沢のある漆黒のパワードスーツが姿を現した。鋭いラインのデザイン、緻密に設計された関節部、そして胸部に輝く青いコア――すべてが見る者に圧倒的な存在感を与えていた。

 

「な、何その格好良いスーツ!?」

 

モモイが思わず声を漏らすがいる中、

「きょ、強化外骨格だ……!」

 

「なーんだ、美的センスバカシリーズは完全に終わっちゃったのか〜」

 

金時が肩をすくめながらぼそりとつぶやく。その目はどこか退屈そうで、興味を失った様子だ。

 

「次はもっと変な奴期待してたんだけどなぁ〜。頭にカニの殻でも乗っけたようなやつとかさ、あと脚がホタテみたいに開閉するやつとか?」

 

銀さんが空想を語るたびに、その場の空気は一気に緩んでいく。そして最後に、装着者が不思議そうに顔を上げた。

 

「え?」

 

場の空気が一瞬静まり返る。銀さんは腕を組みながらさらに話を続ける。

 

「いやさ、こういうスーツってもっと遊び心が欲しいんだよ。なんかこう、見た瞬間に『ヤベェ奴来た!』って全員が理解する感じの……」

 

「銀さん……それただのギャグでしょ……。これ、シリアス展開の伏線だから!!」

 

隣からツッコミが飛ぶが、銀さんはそのまま飄々とした態度でスーツを眺め続けていた。

 

「ハッ、面白くなってきたじゃねぇか」

 

 トキの身に着けた兵装――アビ・エシュフパワードスーツを前に各々が反応を示す。ゲーム開発部は驚愕を、エンジニア部は何処か高揚を、C&Cは滾る戦意を。とは云っても笑顔を浮かべたのはネル位なもので、アスナ、カリン、アカネの三名は肌を刺す様な脅威を前に正しく警戒を露にしていた。

 ぎゅっと唇を結んだアスナが、険しい視線でアビ・エシュフを見つめる。

 

「何か……嫌な感じ」

「あぁ、私も感じた、アレは並大抵の兵装じゃない」

「部長、此処は――」

 

アスナのような直感が無くとも分かる、目の前の兵装――その異質さ。

 

リオ会長が「切り札」と断言し、あのトキですら装着を躊躇したという代物。その異様なフォルムは戦慄を呼び起こし、この場にいる全員の胸中に緊張を走らせていた。アカネはすぐに作戦を決めた。

 

「――全員で一斉に掛かる。」

 

ネルへそう提案しようとした刹那、彼女の肩に小柄な影が手を置いた。

 

「――下がっていろ。」

 

その低い声には、静かだが強烈な威圧感があった。

 

「部長……?」

 

アカネが振り返ると、そこにはネルが立っていた。その背中には揺るぎない決意が漂っている。

 

「ネル先輩?」

 

ユズが不安そうに問いかけるが、ネルは微動だにせず、毅然とした態度を崩さない。

 

「C&Cだけじゃねぇ。てめぇら全員だ。此処はあたしがやる。」

 

ネルはその場の全員――C&Cのメンバー、ゲーム開発部、エンジニア部――全てに向けて声を掛ける。そして手にした愛銃を強く握り締め、そのまま静かに、だが力強い足取りで前へと進み出した。

 

目の前に立つトキは沈黙を守りつつ、ただじっとネルを見つめている。その視線の間には、二人にしか分からない何かが流れているようだった。それは言葉ではなく、共通の信念や拘りといった類のものかもしれない。

 

ネルは一歩、また一歩と前へ進む。その間、鎖が小さく音を立て、彼女の気迫を引き立てる。

 

「――あいつとはまだ決着が付いてねぇんだ。向こうも本気なら、丁度良いと思ってよ。」

 

ネルは肩に愛銃を担ぎながら軽い調子で続けた。

 

「この喧嘩戦闘――どっちが勝つか、あのバカ『銀時』の信じる方に賭ければ良い。簡単だろう?」

 

その目は銀時を捉えている。ネルの視線は無言の問いを投げかけた。「信じてくれるか?」と。

 

銀時は一瞬、いつもの飄々とした表情の裏に何かを宿したかと思うと、鼻をかきながら気の抜けた声を出した。

 

「……良いけど……俺、弱いよ~賭け事。だって二分の一の確率でも外すマダオだからな。」

 

「それでも良いなら賭けな」

 

ネルは口元に薄く笑みを浮かべ、銀時の返答を聞くと肩を軽くすくめた。

 

「じゃあ……私が勝ったら、アンタはその勝ちの少ない賭け事の勝利に貢献した戦姫ってなるわけだ。面白ぇ!」

 

一方で金時が口を開く。

 

「……銀時、もし彼女が危なくなったら俺が助けに入るけど……良いよな?」

 

銀時は肩をすくめながら答える。

 

「良いんじゃねぇ? 相手も兵装使ってるし、戦闘支援くらいは許されるだろ?」

 

ネルは肩越しに振り返り、再び静かに呟いた。

 

「さっきの続きだ、後輩――構わねぇだろう?」

 

トキは何も言わなかったが、その目に宿る意思は雄弁だった。言葉を必要としない圧倒的な気配――「問うまでもない」と、トキはそう答えているように見えた。

 

「や、やっぱり、一気に全員で戦った方が良いんじゃ……」

 

ユズが小声で不安を漏らすが、それに答えたのはウタハだった。彼女は鋭い視線で目の前の兵装を見据え、真剣な口調で返す。

 

「いや、見に徹するのもまた重要だ。あの機体――どうも普通じゃない気がする。」

 

「見た事のないフォルム。両腕はトライポッドだけど、手腕は別にある……肩のあれは砲身? 形状からすると実弾じゃなくてエネルギー砲の類……若しくはレールガン? ううん、でもそうすると砲身が細すぎるような……」

 

「ミレニアム内での強化外骨格パワードスーツは一通り目を通していた筈ですが、同型に見覚えがありません……! リオ会長独自に開発した機体なのでしょうか。

 

 

 エンジニア部である彼女達はミレニアムのマイスターとしてあらゆる分野に手を出している、勿論強化外骨格も然り、ベースタイプとなる型や骨格は凡そ把握したつもりでいたが、どうにも既存のそれらとは余りにも乖離が見られた。アバンギャルド君と同じく、アレもリオ会長が自ら研究・開発したものだろう。ならばその性能もまた、察して余りあるというもの。

 

「――あん?」

 

 ゲーム開発部やエンジニア部、彼女達を押し退け前に出たネル。そんな彼女とトキの距離は凡そ三十メートル前後にあった。撃ち合う距離としては比較的近距離であり、現状で在れば可もなく不可もない交戦距離と云える。

 

「………」

 

 しかし、トキは何を思ったのかその身を動かし、重々しい足音と共に尚も距離を詰め始めた。

 一歩、二歩、巨大なアビ・エシュフが影を伸ばしネルと肉薄する。しかしそれは、余りにも緩慢な足取りであり、飛び掛かる為の助走でもなければ、攻撃のフェイントですらない。

 

「―――」

 

 軈て二人の影が重なり、互いが一歩踏み込めば手が届いてしまう程の距離――一メートル圏内へと辿り着く。小柄なネルからすれば、アビ・エシュフを身に纏ったトキは見上げる程に巨大である。しかし、双方とも愛銃を構える事もなく、ごく自然体で腕を垂らしていた。

 ネルは愛銃のSMGを、トキは両腕に装着したトライポッドガトリング砲を。

 直ぐ目の前、自身の懐まで無防備に近付いて来たトキに対し、ネルは低く唸る様な声で問いかける。

 

「……何のつもりだ、てめぇ」

 

「先程の続きと仰いました」

 

 トキは淡々と、バイザー越しの視線を寄越したまま告げた。青白い光が点滅し、ネルの表情を淡く照らす。

 

「なら――この距離クロスレンジでお相手致します」

 

「……上等ォ」

 

 最後に自分達が戦った時、その状況を再現するならならば――この距離クロスレンジで決着をつけるべきである。

 何の感慨もなく、寧ろ余裕さえ滲ませ断言するトキに対し、ネルは額に青筋を浮かべる。

 舐められていると感じたのか、或いは挑発と受け取ったのか、その両方か。ミシリと、ネルの持つ愛銃、ツイン・ドラゴンのグリップが軋む音がトキの耳に聞こえた。

 

「ね、ネル先輩、本当に大丈夫なの!? いや、先輩が強いのは知っているけれどさぁ!」

「……何、心配すんじゃねぇ」

 

 後方から響くモモイの声に、彼女は視線を向ける事無く、ただその背中で以て応える。彼女の愛用品であるスカジャン、その背中に描かれた金色のドラゴンが靡いていた。

 

「あたしは文字通り――勝利が約束されてンだよ」

 

 アビ・エシュフ――ミレニアムの生徒会長、リオが終焉に備え用意した切り札。

 大層な肩書だが対峙するネルに気負いはない。先程までのトキと戦う状況と同じ、相手が誰であろうと、どれ程強大だろうと、彼女にとっては関係ない。

 真正面から戦い、何度でも食らい付いて、最後には必ず立っている。

 

 ――美甘ネルは、そうしてミレニアムに最強の雷名を轟かせたのだ。

 

 ゆっくりと広げられる両腕、握り締められた愛銃の銃口が鈍く光り、その矮躯が前傾姿勢を取る。応じる様にアビ・エシュフもまた身構え、稼働音がより一層甲高いものとなった。

 二人の間に火花が散る、目に見えない重圧が二人の肩を圧し潰さんと押さえつける、だがその表情に苦悶はない。

 ネルは挑発的な笑みを。

 トキは冷徹な無貌を。

 

「――行くぞ、後輩」

 

「――どうぞ、先輩」

 

 短く交わされた言葉。

 それが合図であった。

 殆ど同時に動き出した両者、ネルが飛び上がって全力の回し蹴りを放ち、トキは読んでいたとばかりに腕を振り被る。両者の攻撃は丁度中間地点で衝突し、金属同士がぶつかり合う様な甲高い音と衝撃、火花が散った。

 暗闇に咲く火花が二人の顔を照らし、ネルは獰猛な笑みで以て吼える。

 

「その新品のスーツごと、纏めてぶっ壊してやるよ!」

「アビ・エシュフ、戦闘行動を開始します――ッ!」

 

「オラオラオラァッ!」

「―――」

 

 閃光が瞬く、影が飛び交う、爆ぜる火花と衝撃が風となって頬を撫で、先生達の髪を靡かせた。弾丸が四方八方を跳ね回り、この広場だけ昼間の明かりを取り戻している様な錯覚さえ覚える。C&Cに周囲を囲まれ、戦場より一歩退いた位置で見守る先生は固唾を呑んで二人の戦いを見守っていた。

 最早その視界に映るのは彼女達の残影に過ぎない、キヴォトスに於いてもトップレベルの戦闘――それは最早人間の肉眼で捉えられるものではなかった。ましてや、視界が一つしか存在しないのならば尚更。

 

「一斉掃射フルバースト、ファイアッ!」

「当たるかよ、ンなもんッ!」

 

 ネルに向けられて一斉に放たれた射撃、トライポッドが火を噴き重低音を搔き鳴らしながら放たれる鉛の雨。しかしネルはそれを目視し、愛銃を素早く振り回しながらトリガーを絞る。鎖の甲高い音が銃声の中に混じり、ネルの周囲に展開される弾丸の盾。跳弾角度、位置、先生の支援によってリアルタイムで飛来するそれを知覚するネルは弾丸同士を衝突させる事により、疑似的な安全圏を作り出す。凡そ常人の真似出来る芸当ではない、驚異的なセンスと戦闘支援が合わさり可能な絶技であった。

 

「弾丸を、弾丸でッ……!?」

「全く、どういう戦いだ、これは――」

 

 ゲーム開発部が驚愕に息を呑み、エンジニア部が呆れを含んだ吐息を漏らす。同じキヴォトスに生きる彼女達からしても驚愕に値する動きだ。真似しようと思っても、出来はしないだろう。

 

「お、お互い殆ど攻撃が当たらない……!?」

 

 地面を這う様に駆け、小柄な体格を生かして弾丸を避けつつ、どうしようもない場合は撃ち落とし、鎖で弾き、死中に活を見出すネル。反しトキはアビ・エシュフという巨大な強化外骨格を身に纏いながらも、動きそのものは以前と変わりなし。

 それどころか寧ろ、スピードに関しては更に磨きが掛かっている様に思えた。一瞬、ほんの一瞬目を離せば掻き消える巨躯、その事にモモイは思わず地団駄を踏む。

 

「なんであんな巨体で速く動けるのさ!? おかしいでしょ!?」

「というかあの機体、ネル先輩が銃を撃つ前に動いてない……?」

「あの機動、若干アスナ先輩に似ているというか――」

 

 トキの機動は、やはりと云うべきか以前の彼女と同じようにまるで最初から攻撃が見えているように動く。洗練された動きは、最小限の動作で以て飛来する弾丸を躱す事を可能にし、ネルと比較して余りにも大柄なアビ・エシュフであっても凄まじい回避性能を発揮していた。ネルがその超絶技巧と圧倒的な戦闘勘、先生の支援によって攻撃を凌ぐとすれば、彼女のそれは正に合理の極致。自身の攻撃をほんの半歩、或いは身体の傾きで回避するトキを前にして、ネルは獰猛に笑う。

 

「やるじゃねぇか後輩……! 切り札は伊達じゃねぇってか!」

「………」

「なら、コイツはどうだ――!」

 

 告げ、ネルは唐突に投擲モーションへと入る。ピクリと、トキの肩が震えるのが分かった。乾坤一擲、全力で地面を踏み締め鎖の付いた愛銃をブーメランの如く投擲するネル、本来であれば到底銃で行う様な動きではない、しかし彼女の場合は異なる――両側を繋がれた愛銃同士が鎖を打ち鳴らし、弧を描くように投擲されたツイン・ドラゴン、その鎖がトキを捉えようと靡いていた。

 

「銃ぶっ放すだけが戦いじゃねェぞ!」

「ッ!」

 

 長い鎖を用いた絡め手――グン、と残った愛銃を引き絞るネル。同時に鎖が伸び切り、トキの左腕へと巻き付いた。強烈な力で引き込まれるトキ、しかし単純なパワー比べであればアビ・エシュフとて強力無比。自身の元へと全力で引っ張り込むネルに対し、トキもまたアビ・エシュフの両足で地面を踏み締め、抗った。

 張り詰めた鎖が震え、ある一定の距離で二人の身体がぴたりと静止する。

 引き込む力は――互角。

 

「ハッ、パワーでもあたしとタメ張るってか!」

「……出力にはまだ、余裕があります」

「吼えたなてめぇッ!」

「ッ――!」

 

 力の緩急、一気に引っ張る力を弱め自らトキの懐へと飛び込むネル。それを読んでいたかのように迎撃の為、主腕を振り上げるトキ。接触する直前、ネルは思い切り地面を蹴飛ばし体を横合いへと逸らす。同時にトキの振り下ろされた主腕が地面を叩きつけ、爆音と衝撃を撒き散らしながら表面を粉砕した。

 

「貰ったッ!」

「いいえ――!」

 

 横合いへと飛んだネルが、手元へと引き戻したツイン・ドラゴンを構える。目前には腕を振り抜いた姿勢のアビ・エシュフ――その隙だらけの脇腹。しかしネルが引き金を絞るより早く、トキは驚異的な反応速度で後退。閃光が瞬き、弾丸はアビ・エシュフの外装を掠めるのみ。

 ネルはその結果に舌打ちを零し、再び二人は高速戦闘へと身を投じる。

  リオがアビ・エシュフを設計する上で最低限求めたものは三つある。

 一つ、絶対的な耐久性。これはつまり、撃墜されない事を目的としている。終焉に立ち向かう上で最も重要なのは斃れない事だ、如何に優れた兵装であっても破壊されてしまえばどうしようもない。故に身に纏う装甲はより強固に、しかし未来予測を活かす回避性能も最大限発揮する為軽量に、そんな設計思想の元大枚を叩いてエンジニア部の宇宙戦艦、その外装に用いられるレベルの装甲を採用していた。

 

 二つ、対複数戦、対個人戦両方に対応可能な火力の搭載。終焉の内容がどの様なものか具体的に把握出来ない以上、どんな状況であっても対応出来なければ意味がない。故にアビ・エシュフには独自の換装システムが存在しており、両腕のガトリング砲を始め様々な兵装が用意されている。近距離、中距離、遠距離、全ての戦闘距離に於いて有用性を保ちつつ、どのような環境、天候であっても戦闘が行える万能兵器。それこそがリオの求めたアビ・エシュフの対応能力である。

 

 三つ、防衛戦闘での絶対的優位性の確保。このアビ・エシュフは元より防衛戦闘を主眼に開発されたものである。本来の運用方針であればこのエリドゥ外周で敵を迎え撃ち、内部に攻め込まれた場合は区画変動を利用した地の利を生かし、敵を分断、同時に各箇所の防衛設備と連携し撃破を狙う計画であった。その為、機体の機動性は極めて高く、エリドゥとの連動を前提とした戦闘支援はエリドゥ内部に於ける戦闘に於いて絶対的な優位を約束する。云ってしまえば単純に真正面から戦っても強いが、防衛戦闘に於いては更にもう一段階上の強さを発揮するという点である。アビ・エシュフはエリドゥ内部で性能を百二十パーセント発揮出来る様、リオによって設計されていた。

 

「単独でこのアビ・エシュフを突破する事は不可能です……そして」

「――ッ!」

 

 つい今しがた目前を駆けていたトキの姿が掻き消える。それは本当に、唐突にと表現する他ない程に速く、ネルは一瞬彼女の姿を完全に見失った。残ったのは蹴り穿たれ、破片を撒き散らし陥没した地面のみ。

 

「人体で不可能な加速、減速、挙動もまた同じく」

「てめぇッ……!?」

 

 声は、背後から響いた。同時に発生するアラート、余りにも急速な加減速、ネルの背後へと回り込んだトキは言葉を挟む余裕すら見せる。

 手を抜いていやがったのか――そんな言葉を口にしようとして、しかし意識外から放たれた打撃がネルの脇腹を捉える。巨大な手腕、トライポッドの銃身で殴りつけられたネルは自身の肉体から骨の軋む音を聞いた。

 

「ぐ、がァッ!?」

 

ネルの身体が衝撃で宙を舞い、地面に何度も叩きつけられた。痛々しい音が響き渡り、最後には傍の建物――そのエントランスホールのガラスを突き破って飛び込んだ。鋭い破砕音と共にガラス片が四散し、ネルの身体は床を滑り受付デスクへと激突。崩れ落ちたデスクとラックが彼女の身体を覆い尽くし、ネルは動きを止めた。

 

「部長!」

「ネル先輩!?」

 

悲痛な声が周囲に響き渡る。正面戦闘での被撃自体は珍しいことではないが、ネルが防御も回避もできず、一方的にダメージを受けたのはこれが初めてだった。

 

「ネル!」

 

銀時が叫びながら駆け出す。その時、既に金時がトキの背後に回り込んでいた。

 

「人体で不可能な動きをして避けてくるなら、避けられないようにしてやれば良いんだよね~。」

 

金時が素早くトキの頭を掴むと、腕から膨大な情報を流し込む。

 

「無量空処――――。」

 

モモイたちが歓声を上げる。しかし、その喜びも束の間だった。

 

「金時ィィィィ!!早くそこから離れろォォォォ!!」

 

銀時の叫びが金時に届いた瞬間、全員が驚愕の声を上げる。

 

「え?」

 

金時は即座に銀時の指示に従い、その場を離れた。次の瞬間、トキの砲撃が金時の右腕を吹き飛ばす。

 

「くっ………。」

 

銀時が息を切らしながら金時に駆け寄る。

 

「おいテメェ、大丈夫か?」

 

「銀時……助かったよ。まぁ右腕の方は……。」

「治せるしね……。」

 

銀時は冷静を装いながら言葉を返す。

 

「無下限呪術までご習得とは、平賀源外様様だな。」

「でも、これ。エネルギー消費が激しいから、あんま使いたくないんだよね。」

 

そんな二人のやり取りを聞いていたトキが冷淡に口を開く。

 

「やはり貴方はそこまで脅威ではない……。」

 

「何?」

 

モモイが思わず声を上げた。

 

「良かった~、金さん何とも無いみたいで……。」

 

一方、ウタハは冷静にアビ・エシュフの性能を注視していた。

 

「……あの強化外骨格、一体どういう材質を使っているんだ? あれ程の機動力を確保しながら、あの猛攻をものともしない装甲とは……。」

 

「それに! 金さんの無量空処が効いていませんでしたよ!?」

 

コトリが焦燥感を隠せず声を荒げるが、ウタハは目を逸らさず続けた。

 

「複合装甲コンポジット・アーマーか? それともアルミ合金の可能性も? だが、重量負荷に耐えられる訳がない。それにRHAと比較して嵩張る、あの薄さなら防弾性能は期待できない……となると――。」

 

ウタハの考察を遮るように、ヒビキが震える声で叫ぶ。

 

「待って、ウタハ先輩! あれは多分、単純に装甲で耐久している訳じゃない……。」

 

「そもそもネル先輩の攻撃が届いていないんだとしたら……。」

 

「何――?」

 

ウタハが反射的に目を凝らすと、確かにトキの装甲には被弾痕が全く見られなかった。

 

「まさか……攻撃を全て躱しているのか?」

 

ウタハが息を呑むが、自分でその仮説を否定する。

 

「いいや、不可能だ。ネル先輩が相手だぞ? 加えてあの巨躯、要所で避けきれない攻撃が出る筈だ。」

 

その時、不意にエンジニア部に後方支援を行っていたチヒロの叫び声が響いた。

 

『待って、おかしい。このデータ量は――あり得ない!』

 

「チヒロ……?」

 

画面に映るチヒロは冷汗を流しながら口を開いた。

 

『要塞都市エリドゥ全域を賄う電力と演算機能が、全てあの一機に集中している!』

 

「なっ……!」

「都市全域ですか!?」

 

その言葉に全員が凍り付く。

 

『これだけの電力と演算機能なんて……正直、私でも想像できないレベルの……! 多分、未来予知とか、それくらいのことまで可能――!』

 

 

「なるほど……それだけの情報処理能力があれば無量空処を対策できるかもしれないが………ほとんどゴリ押しじゃないか……」

 

「未来予知!? なっ、ちょ、そんなのラスボスの能力とかじゃッ!?」

 

「無量空処を防ぐなんて……チート! チートだよそんなのッ!」

 

「お姉ちゃん……今までは金さんが異常だったんだよ……」

 

「な、あ、ぅ……」

 

 

「そうその通りです。」

 

「………低資金で作られた俺に対して、高額資金で作られたお前じゃ天と地ほどの差があるってか?」

 

トキが冷静に答えた。

 

「それに、貴方の無量空処は……相手の身体の一部に触れないと発動できない。発動対象も、掴んだ相手と情報を共有しているものに限る……。」

 

「なっ!? もうそれにも気付かれていたか……。」

 

トキは最後に告げる。

 

「私は貴方の戦闘映像を元に、あらゆるシミュレーションを重ねて来ました。そのため貴方の攻撃は全て見切ることが出来ます。」

 

――ここに来て、トキの装着するアビ・エシュフの力が明らかになる。リオ会長が設計したこの武装。それは膨大なリソースを利用した未来予測と絶対的な戦闘支援を誇る兵器だった。

 

 

 全員の端末よりチヒロの声が響く。

 

『駄目、皆! もうこれはタイマン云々の話とか、そういう段階じゃない……! アレには全員で掛かっても勝てないッ! エリドゥのリソースがその機体に集中している限り、手持ちの火器で対抗するのは不可能――……!』

『えぇ、その通りよ』

『ッ!?』

 

 チヒロの声、通信にノイズが走る。驚きと共に端末を見下ろせば、僅かではあるが通信障害が再び発生し掛けている様子だった。恐らく、通信回線を再び乗っ取ろうとしている――チヒロの端末からヴェリタスの声が漏れていた。焦燥と怒声、今も尚彼女達は必死に戦っているのだろう。その必死の抵抗が微かに耳を叩く。

 ノイズ混じりの画面、その向こう側に佇むリオが先生を見据え告げる。

 

『そして私に感傷は必要ない、効率的に、合理的に、この場に於いて最も大きな変数――先生、貴方の能力を奪い、終止符を打たせて貰うわ』

「…………」

『貴方さえ居なくなれば部隊は瓦解する……そういう演算結果が既に出ているの』

 

 「生徒達の核となる存在、銀時。」

 

指揮を執り、団結を促し、彼らを導く者。彼がいる限り、エリドゥにおけるリオの演算は乱され、予測不能な結果を生み出す。だが、もし彼が居なくなれば――変数は消え、演算の結果は単純明快なものとなるだろう。

 

アビ・エシュフは絶対的な戦力だ。この都市、エリドゥの内部において、その力に匹敵する存在はない。

 

『トキ、早急に先生を確保、拘束しなさい。』

 

リオの冷たい声が指示を下す。

 

「……イエス・マム。」

 

トキは静かに答えると、アビ・エシュフを操作し、ゆっくりと銀時の方へ旋回を始めた。その視界に映る銀時は、険しい表情を浮かべ、微動だにせず立っている。

 

「ッ、おい、てめぇ、後輩……ッ!」

 

突如、背後から掠れた声が響く。ネルだ。

 

エントランスホールに突っ込んだネルは、自分の身体に圧し掛かったデスクやラックを押し退け、血の滲む額を拭いながら立ち上がる。しかしその足元はおぼつかず、ふらつきながら怒りの声を上げた。

 

「個人的なプライドファイトと命令の遂行、どちらが優先されるべきかは明白です――それはネル先輩、あなたとて同じ筈。」

 

トキの淡々とした声がネルの耳に届く。二人は確かに「戦い」として拳を交えた。だがトキはその約束を反故にし、リオの命令に従う道を選んだ。それはトキにとって絶対であり、感情を差し挟む余地はない。

 

ネルは再び駆け出そうとしたが――。

 

「ぐッ……!?」

 

膝を突き、視界が揺れる。先程の一撃が想像以上に身体に響いていた。彼女は震える足を見つめ、僅かばかりの回復時間を必要としていた。

 

「先生、申し訳ありませんが、一緒に来て頂きます。」

 

アビ・エシュフが巨大な脚で街道を踏み締めながら銀時へと歩み寄る。伸ばされたその巨大な手は、銀時を捕らえるためのもの。人間である銀時が抗う術は、誰の目にもないように見えた。

 

「ッ、阻止します――アスナ先輩、カリンっ!」

「銀ちゃんは連れて行かせないッ!」

「分かっている!」

「ユズ、ミドリ!」

「う、うんッ!」

 

生徒達が次々に声を上げ、トキに向かって駆け出す。その銃口がトキに向けられ、引き金が引かれようとした――その瞬間だった。

 

「無駄です。」

 

銃弾が放たれる前に、アビ・エシュフの巨大な影が彼らの視界から掻き消えた。そして、銀時の目の前にその手が伸びる。

 

「っ、――……!」

 

「皆さん、これは戦略や戦術、そういったもので覆せる差ではありません。この機体は、文字通り世界の破滅を退けるために生まれたもの……。」

 

トキの声は冷たく響き渡る。

 

「如何に強力な個人が募ったとしても、これ以上の力は存在し得ない――アビ・エシュフとは、そういうものです。」

 

彼女の言葉は絶対的だった。立ち塞がるトキとアビ・エシュフは、エリドゥそのものの力を背負っている。それに抗うことは、この都市に挑むも同然――そのはずだった。

 

ドンッ!

 

「は?」

「え?」

 

生徒達は目を見開いた。トキの目も驚きに染まっていた。

 

――銀時の木刀が、トキの手を貫いていた。

 

「……な、何で?」

 

戸惑うトキの前で、銀時は飄々とした口調で応じる。

 

「いくら計算できる未来予知が出来るパーフェクトなカラクリでも……予想外の動きには攻撃が入るらしいなぁ。」

 

そう言うなり、銀時はすかさず蹴りを放ち、距離を取った。

 

「どうして……先程のスピードで掴みに行けば、普通の人間は……なす術なく拘束されるはず……。」

 

トキの動揺を見た銀時は鼻をかきながら嘲るように言った。

 

「それがテメェらの大好きなデータってやつか?」

「未来予知だの動きの学習だの、データだとこうなるはずだの……テメェらはデータに囚われた囚人ですか?コノヤロー」

 

銀時は木刀を肩に担ぎながら、いつもの飄々とした態度で続けた。

 

「ここでいっちょ、人生の先輩、先生としてアドバイスしてやらぁ。」

「人生ってもんはなぁ、誰にも予想なんてできやしねぇ。だから失敗もするし、苦労もする。」

 

『そうね……だから私たちは先人の経験をデータから学び、合理的な生き方を……』

 

「だがなぁ、何の苦労もねぇ人生なんてつまらねぇだろ?」

 

リオはその言葉に一瞬、返す言葉を失った。

 

「さて……俺からの授業はここまでだ。」

 

銀時は木刀を軽く振りながら、トキを睨む。

 

「トキ……テメェ、俺を捕まえるとか抜かしてたよな?」

 

「なら、取れるもんなら取ってみやがれ。」

 

その瞳に宿る光がギラリと鋭くなる。そこにはもういつも死んだ目はなく敵を見据えた侍の目をしていた。

 

「この現代に生きる攘夷志士、戦場で“白い鬼”として恐れられたこの白夜叉の首、取れるもんならな……。」

 

ミドリが震える手で拳銃を握りしめ、足元を見つめる。

「そんな……銀さん、一人じゃ……!」

 

だが、銀時は一切振り返らなかった。彼の背中は、ただ正面にいるトキだけを見据えている。その姿は、どこか頼もしく、同時に儚さをも感じさせる。

 

アビ・エシュフがわずかに動く音が響く。

 

「……承知しました。」

 

トキの言葉と同時に、アビ・エシュフのブースターが赤く燃え上がった。周囲の瓦礫が風圧で弾き飛ばされる。

 

銀時は木刀を構えながら、ほんの一瞬、口元に笑みを浮かべた。

 

そして、二人が激突する瞬間――。

 

――次回へ続く――

 

 




次回……戦場にて

〜透魂〜第一回キャラクター人気投票

  • 銀時
  • 新八
  • 神楽
  • 沖田
  • 土方
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  • 定春
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