透き通る世界を照らす銀魂(ぎんのたましい) 作:時代に遅れている
補習授業部の教室――卒業試験の幕開け
補習授業部の教室。
いつもの場所、いつもの顔ぶれ――だが、そこに流れる空気だけは明らかに違っていた。
黒板の上には、**「第一回 補習授業部卒業試験」**の文字。
最後の瞬間まで必死に暗記しようとするコハル。
いつもと変わらぬ仏頂面で問題集を眺めるアズサ。
意味ありげな笑みを浮かべるハナコ。
そして、どこか落ち着かない様子のヒフミ。
銀時はそんな様子を見て、面倒くさそうに頭をかきながら、ダルそうに言った。
「はいはい、お前ら~。覚悟決めて席につけよ~。これから第一回補習授業部卒業試験が始まるんだからな……」
「えっ、ちょっと待って!!」
コハルが勢いよく立ち上がる。
「そんなの聞いてないんだけど!? 私たち、試験なんて受ける予定なかったわよね!?」
アズサは冷めた目でチラリとコハルを見て、ぼそりと呟いた。
「ダメだコハル。全ては虚しいもの。諦めろ。」
「なんでアンタはもう諦めムードなの!? 試験開始前よ!? まだ戦えるわよね!? ねぇ!?」
ヒフミは曖昧な笑顔を浮かべながら、そっと目を逸らした。
ハナコは口元に手を当てながら、クスクスと笑う。
「まぁまぁ、こんなハラハラドキドキする展開も悪くないじゃないですか?」
「いやいやいや、全然良くないでしょ!! 私たちの未来がかかってるんだから!!」
そんなコハルの動揺をよそに、桂が静かに立ち上がり、腕を組んだ。
「席につけと言われたのが分からんのか?」
そして、教師然とした口調で続ける。
「はい! 教科書しまう~! 今さら詰め込んだところでもう遅い!」
「ちょっと待って! 今までの勉強は何だったの!? せめて見直しの時間くらいくれてもいいでしょ!?」
銀時はため息をつきながら、肩をすくめる。
「そうそう、日頃から予習復習してた奴には敵わねぇんだよ。なぁ?」
コハルは絶望した顔で机に突っ伏した。
「予習復習って何!? いつそんな時間があったの!? 私なんてーー」
「アンタらに無理やり補習授業部に連れ戻されて、30分もしないうちにテスト受けさせられてんだけど!!」
ハナコがくすくすと笑いながら、両手を広げた。
「まぁまぁ、スリルがあって楽しいじゃないですか?」
「いや、楽しくないわよ!! 私たち、試験に落ちたらどうなるか分かってんの!?」
ハナコはそんなコハルの焦燥をよそに、微笑みながら呟く。
「さて、私も人肌脱ぐとーー」
そして、制服のボタンに手をかける。
「どうして本当に脱ごうとするのよ!? Hなのはダメ! 死刑!!!」
コハルは顔を真っ赤にしながら叫び、ハナコの肩を掴んで揺さぶる。
ハナコは「冗談ですよ」と微笑みながら軽く手を振る。
その時だった。
「……さて、お前ら、試験官の目が光ってるからな?」
桂が静かに言いながら、黒板の方を指さす。
そこには、白い着ぐるみの試験官――エリザベス。
エリザベスはじっとこちらを見つめながら、札を掲げた。
『試験開始、カンニング厳禁ペロ』
さらにもう一枚札を取り出す。
『もしカンニングしたら……』
次の瞬間、エリザベスの足元から――
とんでもなくデカいチ◯コのような武器がニュッとせり上がってきた。
コハルが目を丸くする。
「……えっ……ちょっと待って!? 何それ!? 何が出てきたの!?」
桂は満足げに頷いた。
「これぞデカ◯コ・九頭龍殲。試験中に不正を働いた者には、これが炸裂する仕様になっている。」
ハナコが頬に手を当てながら、ニヤリと笑う。
「まぁ、おや……そんなにデカいチ◯コになら……」
コハルは即座に立ち上がり、顔を真っ赤にして叫ぶ。
「何言ってるの!! Hなのはダメ! 死刑!!!」
補習授業部の教室に、微妙な緊張感が漂う。
黒板の前に立つ桂が、まるで軍隊の指揮官のように胸を張り、誇らしげな表情で言い放った。
「ハイ、これを見てくれたまえ!」
桂が勢いよく指をさすと、教室の中央に設置された巨大スクリーンが、静かな駆動音とともに輝き始めた。
「今からこのスクリーンに、一問ずつ問題が出される!」
彼は満足そうに腕を組み、試験のルールを続ける。
「皆は手元にあるパネルを使って、その問題に回答していくのだ!」
机の上には、いつもの筆記用具ではなく、どこか最新鋭のデバイスのようなパネルが置かれている。
その場の誰もが、かすかに眉をひそめる中、ヒフミだけが違和感に気づいていた。
(あれ……? 試験って、いつも筆記だったはずじゃ……?)
小さな違和感を覚えた彼女は、恐る恐る手を挙げる。
「すみません……」
桂が振り向く。
「どうした? ヒフミ殿」
「今回はパネルを使うんですか? いつも筆記だったので……」
桂は、まるで待ってましたと言わんばかりに、人差し指を立てながら 「チッチッチ」 と舌を鳴らした。
「ヒフミ殿は流れについていけていないようだな?」
そして、得意げな表情で胸を張る。
「今のご時世、先生の働き方改革が叫ばれている!」
「その一環として、採点時間の短縮と回収作業の削減を目的に、このパネル形式を導入することとなったのだ!」
桂の説明に、ヒフミは納得しつつも、どこか腑に落ちない表情で頷いた。
「なるほど、分かりました……」
桂は満足そうに微笑み、再び教室を見渡す。
「続いて、回答時間は一問につき3分! 問題が終わり次第、すぐに正解を発表する!」
銀時は椅子に深く腰掛けながら、ダルそうに手を振った。
「まぁ、各々ベストを尽くして頑張れ~」
「では……試験開始!!」
瞬間、スクリーンがピカッと光を放ち、第一問が映し出された。
《第一問:次の漢字の読み仮名を書きなさい》
『真選組』
ヒフミの目が輝いた。
(!!)
(なんですかこれ!! 超簡単じゃないですか!?)
あまりの簡単さに拍子抜けしそうになったが、すぐに彼女はある可能性に思い至った。
(もしかして……これは私たちへの救済措置!?)
コハルたちの視線をそっと横目で確認すると、それぞれの反応が目に入る。
「こ、これは……え、えぇっと……」
コハルは明らかに苦戦しているようだった。
「ふふっ」
ハナコは余裕の笑みを浮かべながら、楽しげにペンを動かしている。
「……ふむ」
アズサは時折頷きながら、機械のように冷静に解答を進めていた。
(やはり、ハナコさんはもう解き終わっている……さすがですね)
ヒフミは彼女の落ち着いた態度を見ながら、改めて気を引き締めた。
(問題は基礎レベル……決して難しくはありません。皆さん、最後まで気を抜かずに……)
(笑顔でこの補習授業部を卒業しましょうね!)
そう心に誓い、彼女もまた、全力でパネルに解答を打ち込んだ。
「ハイ、時間切れ!」
桂の声が響き、スクリーンに正解が映し出される。
《正解は……カスだ!》
ヒフミの思考が一瞬で停止した。
(…………どこの惑星の常識なんですか!?)
彼女の混乱をよそに、桂は堂々と腕を組み、誇らしげに言い放った。
「まぁ、我々攘夷志士の間では常識だな。」
「他にも、『バカ』『クズ』『最近出番なくて清々するな』などの答えも特別正解とする!」
「よし!」
アズサが静かにガッツポーズを取る。
ヒフミは唖然としながら、必死に理解しようとする。
(あなたたちは……真選組の方々を……そんな風に読んでたんですか!?)
そんな中、コハルは小さく肩を震わせながら呟いた。
「クッ……引っかけなんて……」
その手元のパネルには 「まえらぐみ」 と書かれていた。
ヒフミの心の中で誰かが盛大にズッコケた。
(アナタは普通に間違えてるだけでしょ!! どこが惜しいんですか!?)
ヒフミの頭の中は、まるで制御不能のジェットコースターのように混乱していた。
(ダメですね……常識では正解できません……)
(ここは桂さんたち……テロリストになりきって答えないと……!!)
すでに試験という概念を超えた謎の戦場に立たされているような感覚だった。
そんなヒフミの葛藤など露ほども気にせず、桂は堂々と次の問題を出題する。
「続いて、問二だ!」
スクリーンに新たな文字が映し出される。
《第二問:次の漢字の読み仮名を書け》
『将軍』
ヒフミの目が細められる。
(……普通に考えれば「しょうぐん」よね?)
(でも、待って……相手は桂さんたち……攘夷志士……つまり、真選組を「カス」と読ませるような連中……!)
彼らの立場からすれば、「将軍」はただの偉い人ではなく、むしろ 宿敵のボス にあたる。
(ということは……貶す方向性……? ここは「チンカス」とか適当に悪口を入れておけば正解になるんじゃ……?)
そんなヒフミの思考を、桂の堂々とした声が粉砕した。
「正解は……松平健だ!」
「……は?」
一瞬、教室の時間が止まった気がした。
ヒフミの脳内で、常識という名の城が、巨大隕石によって崩壊する。
(なんで漢字を漢字で読んでるんですかァァァァァ!!!??)
目の前のスクリーンには、堂々と「松平健」と書かれていた。
桂は満足げに頷き、腕を組みながら言い放つ。
「まぁ、志士の間では常識だな。」
「他にも『暴れん坊』『下のエクスカリバー』『ハリウッド映画よかったよ』なども正解とする!」
ヒフミは頭を抱えた。
(いや、下ネタあるし!! 最後のやつ、あなたの感想でしょうが!!)
そんなヒフミの絶望をよそに、教室の片隅では静かにガッツポーズを取る者がいた。
「うふふ、正解です♡」
「やった!」
ハナコとコハルが、まるで難関大学に合格したかのような晴れやかな笑顔を見せる。
ヒフミのツッコミスイッチが完全に崩壊した。
(なんで正解してるんですか、あなたたちは!? どんな脳みそしてんですか!?)
だが、そんな混乱すらも無情に流され、次の問題が提示される。
「次は問三だ!」
スクリーンに新たな問題が表示される。
《第三問:次の言葉を漢字で書け》
『ジャッキー・チュン』
ヒフミの意識が遠のいた。
(……最早、試験と関係ない内容になってきたんですけど!?)
(ジャッキー……!? そんなの知らない……普通に難しいですぅ!!)
彼女が顔を青ざめさせながら、何とか正解を導き出そうとする中――
「正解は……亀の甲羅だ!」
今度こそ、ヒフミの思考が完全にフリーズした。
(それ、アンタがジャッキー・チュンの正体に驚いているだけでしょうが!!)
桂はまたもや堂々と胸を張り、さらなる解答例を並べる。
「まぁ、志士の間では常識だな。」
「他にも『エロジジイ』『亀◯人』『鳥山先生DAIMAありがとう』なども正解とする!」
ヒフミは、心の中で拳を握りしめた。
(いや、鳥山先生には感謝しきれないけど!! 今じゃないでしょ!!)
彼女のツッコミをよそに、補習授業部の卒業試験は、さらに混迷を極めていく――。
試験開始からすでに数十分。ヒフミは深い沼に足を取られた旅人のように、もがき続けていた。
(マズイ……!)
今のところ、一問も正解していないのは 私だけ。
周りの皆は、どんなに意味不明な解答でも、なぜかしれっと正解を取っている。まるでこの試験には「裏ルール」でもあるのではないかと錯覚してしまうほどだった。
だが、ここでようやく希望の光が差し込んできた。
数学の問題。
数学ならば、どんなに捻くれた問題でも、数式に当てはめれば必ず答えが導き出せるはず……!
(ここで巻き返すしかない……!!)
そんな決意を固めた瞬間――
「ここまでが国語だ。次は数学の問題に移るぞ!」
桂の声が教室に響き渡る。
彼がスクリーンに映し出した問題を、ヒフミは祈るような気持ちで見つめた。
《問四》
「真選組または正義実現委員会、合わせて10人の敵対勢力が鉢合わせました。」
ヒフミは頷いた。
(よし、ここまでは普通の文章題!)
「襲いかかる真選組と正義実現委員会に、敵対勢力は3人やられました。」
(うん、簡単な引き算です! 10-3=7!)
「負けじと敵対勢力はカスどもを2人殺りました。」
(カスども……? って、桂さん!? 完全に私情が入りすぎてる!!)
ヒフミは心の中でツッコミつつも、計算を進める。
(7-2=5……うん、まだいける!)
「混戦の中、カスどもはさらに2人が負傷しましたが、加勢が6人入り、敵対勢力は2人やられました。」
(つまり、5+6-2=9! うん、いい感じ!)
――が、その次の瞬間。
「さて、ここで問題です。」
「亀の甲羅は何個ですか?」
(…………は??)
一瞬、教室の空気が凍ったような気がした。
ヒフミの目が、今しがた解いていた数式と、スクリーンの文字を交互に行き来する。
戦いの人数、負傷者、加勢―― すべてを考慮して答えを導き出そうとしていたのに、いきなり亀!?
(どんだけ亀◯人引っ張るんですか!? さっきの戦闘シーンのくだり、丸々いらなかったですよね!?)
唖然としているヒフミをよそに、桂は平然と続ける。
「えー、この問題はかなりの難易度なので、時間を多めに取ります。」
「制限時間は1時間!」
(いりませんよ!!!)
とはいえ、ヒフミも一応は冷静に考える。
(待って……今までの傾向からして、ここで常識的な答えを出しても引っかかる……)
(桂さんは明らかに前回の「ジャッキー・チュン=亀の甲羅」という問題を引きずってる……)
(……でももし、今回の「亀の甲羅」が、単に亀仙人のものではなく普通の亀のものだったとしたら……?)
戦闘が繰り広げられた場所が 海でないとは言われていない。
つまり、これは 「前回の問題を混ぜた引っかけ問題」 に見せかけた、さらに 一歩上の罠 なのでは!?
(答えは……分からないからX!)
そう確信して、自信満々に解答ボタンを押す。
だが――
「正解は――一個です!」
その瞬間、ヒフミの中で何かが砕け散った。
(完全に引っかかりましたよ!! 深読みしすぎて、解ける問題を逃してしまいました……!!)
しかし、その隣でさらに意味不明な答えを提出している者がいた。
「うーん、また引っかかるなんて……」
「134個」
それを聞いたヒフミは、愕然とコハルの顔を見つめる。
(コハルちゃんは一体、何に引っかかってんですか!?)
桂は淡々と告げる。
「えー、数学はこれで終わりだ。」
ヒフミは目を見開いた。
(数学はこんなんじゃありませんよ!!!!)
だが、そんなヒフミの絶叫を無視し、桂は静かに次の試験を告げた。
「次は外国語だ!」
その瞬間、ヒフミの心臓はひとつ大きく跳ねた。
今までの問題は、常識では到底解けないようなものばかりだった。しかし、外国語であれば違う。たとえ難解な単語が出てこようとも、文法のルールに従って翻訳すれば、必ず意味を導き出せるはずだ。
そう自分に言い聞かせながら、ヒフミは期待を込めてスクリーンを見つめた。
――だが、そこに表示された「文章」を見た瞬間、彼女の思考は凍りついた。
『¢£%#&□△◆■!?」¢£%#&□△◆■!?
¢£%#&□△◆■!?」¢£%#&□△◆■!?¢£%#&□△◆■!?」¢£%#&□△◆■!?¢£%#&□△◆■!?¢£%#&□△◆■!?
¢£%#&□△◆■!?¢£%#&□△◆■!?』
……。
(……なに語なんですかコレェェェ!!!??)
文字の羅列が、もはや人類が扱う言語の範疇を超えている。アルファベットですらない。漢字でもなければカタカナでもない。どこかの星で生まれた古代文明の碑文か、あるいは未知の生命体が人類に残したメッセージなのではないかと錯覚するほどだった。
ヒフミの額から一筋の冷や汗が流れ落ちる。
(いやいや……まさか……こんな訳の分からない問題を、本気で解かせるつもりじゃないですよね……!?)
周りを見渡すと、案の定、全員が困惑している。アズサは腕を組んでじっとスクリーンを睨み、ハナコは楽しそうに微笑んでいる。コハルに至っては頭を抱えて机に突っ伏していた。
その時――ヒフミの目に、スクリーンの端に映る小さな挿絵が飛び込んできた。
それは、一人の兵士が戦場の片隅で、仲間の最期の言葉に耳を傾ける場面だった。
その瞬間、彼女の脳内に電流が走った。
(これだ……!!)
この意味不明な記号の羅列が言語であるならば、きっと戦場での最後の言葉 に違いない。つまり、これは 戦友との別れのシーン を描いた感動的な物語なのでは!?
そう確信したヒフミは、直感に従って答案を書き始めた。
――戦場のど真ん中で、瀕死の状態にある鬼教官。
その教官の腕の中で、泣き叫ぶ新兵。
かつて憎らしく思えた上官の顔が、今は驚くほど優しく見える。
死にゆく教官は、新兵に向かって最後の言葉を口にする。
「俺のことはいい、早く逃げろ……クソ虫が!」
涙を堪えながら、新兵は必死に抗う。
「上官の命令が聞けんのか!? クソ虫!」
「私は……クソ虫であります! クソ虫のように親に捨てられ、生きてきました! 私が死のうと、悲しむ者などいません!!」
すると、教官はふっと笑い、血に染まった写真を取り出した。
そこにはかつての自分と、家族の姿が写っていた。
そして――最後の一言。
「俺をクソ虫と言え……息子よ」
「教官は……クソ虫であります!! でも、クソ虫の……大事なクソ親父であります!!!」
教官は満足そうに微笑むと、そのまま静かに息を引き取った――。
(これなら間違いない! 100点満点の解答ですよね!!)
自信満々にペンを置き、ヒフミは息を整えた。
その時――
桂の静かな声が、再び教室に響いた。
「えー、時間切れです。では正解を発表します。」
「正解は――
『亀○人の甲羅背負って走るクリリン凄くね?』
教室が、シン……と静まり返った。
(クリリンの……写真だったんですかァァァァァ!?!?)
ヒフミの目の前で、今まで作り上げてきた壮大な物語が粉々に崩れ落ちていく。
いや、待ってほしい。どこをどう解釈したら、あの戦場の挿絵が 「クリリンの特訓」 になるのだろうか。
いや、そもそも長文の翻訳問題で、なぜ解答が 「桂の感想」 になっているのだろうか。
(そこはせめてカカロットの写真にしましょうよ!!! ていうか亀仙人の特訓についての感想を表現するのに、どんだけ長い文章使ってるんですか!!)
その時、ヒフミの肩にポンと手が置かれた。
振り向くと、アズサが無表情のまま言葉を発した。
「間違っていたが……感動した。」
(人の答案見ないでくれません!? なんかすごく恥ずかしいじゃないですか!?!?)
ヒフミの心が悲鳴を上げる。
もはや限界だった。
このままでは精神が耐えられない。
ヒフミは机を強く叩き、叫んだ。
「桂さん!! もういいです!!!」
桂が怪訝そうな顔でこちらを見る。
ヒフミは荒ぶる感情を抑えつつ、最後の頼みを口にした。
「銀さんに出題者を変わってください!!」
ヒフミの悲痛な叫びが教室に響き渡った。
桂は不満そうに腕を組み、ゆっくりとした動作で顎に手を添える。
「む……我が出題の何が不満だというのだ? 志士の間では極めて常識的な問題ばかりだったはずだが?」
「その志士の常識が、普通の人間には非常識なんですよォォォ!!!」
ヒフミは勢いよく立ち上がり、今にも桂に詰め寄らんとする勢いだった。
ハナコは楽しげに微笑み、コハルは机に突っ伏したまま何かをぶつぶつ呟いている。アズサは無言でパネルをいじっていたが、もうこの試験に対する興味をほぼ失っているようだった。
桂はそんな彼女たちをじっと見つめた後、静かに息を吐いた。
「……仕方ない、ここまでの試験内容について、銀時の意見も聞いてみるとしよう。」
桂がそう言った瞬間、教室の隅で椅子に深く腰掛けていた銀時が、だるそうに頭を掻いた。
「おいおい……めんどくせぇ流れになってんじゃねぇか……」
銀時の口調には、明らかに「絶対巻き込まれたくなかった」という気持ちが滲み出ていた。
「いや、俺は最初から言ったよな? こんな頭のおかしい試験、どうせロクなもんにならねぇって。」
桂が静かに銀時を睨む。
「貴様、我が試験のどこに不満があるというのだ?」
銀時は呆れたように天井を見上げ、ため息をついた。
「どこに不満があるって? 全部に決まってんだろうが。」
そう言いながら、銀時はゆっくりと椅子から立ち上がった。
「仕方ねぇ……お前らがそこまで言うなら、俺が出題者やってやるよ。」
ヒフミは目を輝かせた。
「本当ですか!? よかったぁ……銀さんなら、きっと普通の問題を出してくれるはず……!」
しかし、その期待は次の瞬間、いとも簡単に崩れ去ることになる。
「俺はこのバカと違ってちゃんとしてるから、間違っても0点取っても俺に文句なんて言うなよー」
ヒフミは少しだけ嫌な予感を覚えたが、それでも銀時の言葉を信じることにした。
銀時は黒板の前に立ち、堂々と腕を組むと、ゆっくりとした口調で続けた。
「さぁて、これから出す問題は……ここ、トリニティの元ネタでもあろうと作者が勝手に思ってるキリスト教の神話についてだ。」
その瞬間、教室の空気が一瞬固まった。桂の問題のような無茶苦茶な展開を想像していた生徒たちは、一転して銀時の意外な知的な選択に驚きを隠せなかった。
しかし、その感心も束の間、銀時の口元が意地の悪い笑みを浮かべた。
「第一問」
黒板に大きく書かれた問題が視界に入る。
(1) 天使ルシファーが堕天した理由を説明しなさい。
ヒフミは思わず息を呑んだ。
(よかった〜流石は銀さん、やる時はやるんですね〜!)
心の中で小さくガッツポーズをしながら、素早く解答パネルに手を伸ばす。
(答えは簡単です。ルシファーは神に従わず、権限への究極の抵抗を始めたことで、天国から追放された……)
間違いない。これは常識的な問題だ。まともな試験なら、この答えが正解のはず――
「はい終了。正解はーー」
銀時はおどけた調子で、だらしなく腕を振りながら続ける。
「天界での攘夷戦争で敗北したためでした〜」
「でした〜じゃないでしょ!!」
ヒフミの叫びが教室に響き渡った。
銀時は平然と肩をすくめる。
「その様子だとお前ら、答えに不満しかねぇって感じだな。」
不満しかありませんよ!!と叫びたくなる気持ちを抑えながら、ヒフミは頭を抱える。
「よし、ヅラ解説してやれ」
「ヅラじゃない桂だ!」
桂は勢いよく立ち上がり、教室の中央に進み出る。その目には、不自然なほどの情熱が宿っていた。
「ルシファーは天界のクーデターに失敗して、地下送りにされたんだ!」
桂の語る声は、どこか芝居がかった熱量に満ちている。まるで歴史の真実を暴露する革命家のように、彼の表情は誇り高かった。
「……つまり、ルシファーってのは、攘夷志士」
(は???)
ヒフミの頭が混乱する。しかし桂は止まらない。むしろ、さらに熱を帯びながら語り続ける。
「天の支配者、すなわち天帝(ミカエル)に抗い、自由を求めた戦士ルシファー!」
「だが、その志は非情な弾圧を受け、彼は堕天させられた……!」
「これはまさしく、攘夷戦争と同じ構図ではないか!!」
桂の目が燃えている。例の如く、彼はもう誰の声も耳に入っていない。
「この試験問題は、我々に試練を与えている!!」
「これは、天帝の圧政に立ち向かった偉大な志士の物語……」
「すなわち、天界攘夷戦争の記録なのだ!!」
ヒフミは力なく机に突っ伏した。
(なんで微妙に内容が合ってんですか!!)
いや、違う。そうじゃない。根本的に違うはずなのに、なぜか妙に説得力があって悔しい。桂の語り口が堂々としているせいで、思わず納得してしまいそうになる自分が憎らしい。
もういいでしょ!!これが正解でも!!
そう言いたかったが、そんなことを言えば、桂の妄想がさらに加速するのは目に見えている。
銀時は黒板に大きく**「(5) 旧約聖書に登場する『バベルの塔』はなぜ崩壊したのか?」**と書き出した。
教室には再び緊張感が戻る。
ヒフミは慎重に考えを巡らせた。バベルの塔の話は有名だ。人間たちが神に近づこうと天高く塔を築いたが、神の怒りを買い、言葉を混乱させられたことで人々の協力が崩れ、塔も崩壊した――そんな内容だったはずだ。
(よし、これなら大丈夫……!)
自信を持って解答を入力する。
「人々が神の怒りを買い、言葉を混乱させられたため。」
完璧だ。ようやくまともな問題が出た気がする。
「はい終了〜。じゃあ正解発表いくぞ〜。」
銀時はチョークを指に挟み、器用に回しながら黒板に正解を書き出す。
「施工業者が手抜き工事した」
「そんな理由で神話の塔が崩れますかァァァァァ!!??」
ヒフミの絶叫が教室にこだました。
神によって建てられた物がそんな理由で崩壊したならそれこそ大問題でしょ!!どんだけ現実的な神の塔なんですか!!
ヒフミが不安そうに手を挙げる。
「あの……銀さん、それって本当に旧約聖書に書かれているんですか?」
銀時はあっさりとうなずく。
「当たり前だろ。バベル建設(株)がな、材料費ケチって砂利まみれのモルタル使ったせいで、強度不足になったんだよ。」
「そんなバカな!??」
ヒフミが目をむく。
桂が横から神妙な顔で補足する。
「うむ、当時の労働環境は過酷だった。残業続きの建設作業員たちは疲弊し、士気は低下。しまいには『もう適当でよくね?』という風潮が生まれた結果、建材の選別が甘くなったのだ……!」
「違いますよね!? これ、絶対違いますよね!?」
ヒフミは机をバンバン叩くが、桂はどこまでも真剣だ。
「しかもな、工事の発注元が神様だったんだが、途中で『なんかイメージと違う』とか言い出して、設計変更しまくったんだ。施工業者も頭抱えてたらしいぞ。」
「神様、発注者として最悪じゃないですか!!」
もうめちゃくちゃだった。
アズサは淡々と呟く。
「つまり、これは『発注者のこだわりが強すぎて現場が混乱し、結果として手抜き工事になってしまった』というケーススタディというわけか。」
「いや、そういう話じゃないんですよ!?」
コハルが自分の解答を確認する。
「あっ、私の答え『塔が高すぎて倒れた』なんですけど、これも正解でいいわよね?」
銀時は軽く頷く。
「まぁ、それも大体合ってるから正解にしとくわ。」
「合ってないですよね!? 絶対に違いますよね!!?」
ヒフミは必死に訴えるが、銀時も桂もアズサも、誰一人としてまともに取り合わない。
「えぇっと結果を発表するぞ〜」
「ヒフミ0点」「アズサ20点」「ハナコ30点」「コハル30点」
「お前ら全然ダメだな〜まっ、赤点回避は2人、合格点に届いたやつなんか1人もいねぇじゃねぇか」
銀時が呆れたようにいうと
「ダメなのはあなたたちでしょうが!!」
ヒフミは銀時と桂にペロロバックのフルスイングを食らわせた。
「何ですかあの問題!何ですかあの解答の数々!!むしろ答えられる生徒の方がおかしいですよ!!」
「というか、普通にペーパーの問題ありましたよね?どうしたんですかそれ!!」
ヒフミが血気迫る感じで銀時らを問い詰めると、
銀時は頬をさすりながら、めんどくさそうに肩をすくめた。
「いや〜、ほら、俺たちも働き方改革ってやつ? 効率よくやらねぇといけねぇからさ。最近の試験はデジタル化が進んでるって聞いたんだよ。」
桂も真面目な顔で頷く。
「うむ。現代の教育現場では、従来のペーパーテストから脱却し、より創造的で柔軟な思考を促す問題が求められている。」
「創造的とか柔軟な思考とか言ってる場合ですか!? これただのクイズ番組の珍解答集ですよね!? しかも答えがふざけすぎてて、こっちの思考力が削られていくんですけど!!」
ヒフミは怒りを抑えきれず、机をバンッと叩いた。
「そもそもペーパーの問題あったんですよね!? なんでわざわざこの意味不明なテストにしたんですか!?」
ヒフミの鋭い追及に、銀時と桂は一瞬目をそらした。
「……それはだな……」
「……その……」
二人の口ごもる様子に、ヒフミは嫌な予感を覚えた。そして、ほんの数秒後――
銀時が観念したように溜息をついた。
「悪ぃ……ペーパーの試験問題、どっかいっちまった。」
「はぁぁぁぁぁぁぁ!?」
ヒフミの絶叫が教室中に響き渡った。
コハルが呆れたように銀時を見つめる。
「えぇ……? そんな重要なもの、どうしてなくすんですか……?」
銀時はバツが悪そうに鼻をこすった。
「いや〜、昨日ちょっと仕事終わりに甘味処行ってよ。あんみつ食いながら問題持ってたんだけど、帰るときになんか紙の束が邪魔で、店のゴミ箱に捨てちまったみたいなんだよなぁ……」
「捨てるなあああああああああ!!!」
ヒフミがもう一度ペロロバックを振り上げたが、銀時は素早くかわした。
桂が咳払いをして、真剣な表情を作る。
「まぁ、結果的にはこれでよかったのだ。試験というのは本来、型に囚われない柔軟な思考力を養うためのもの……つまり、我々の試験は次世代型の革命的評価方法だったということだ!」
「何が革命的評価方法ですか!? ただの行き当たりばったりの珍問祭りでしょうが!!」
ヒフミが再び机を叩くが、ハナコはのんびりと微笑みながら拍手した。
「まぁまぁ、楽しかったからいいじゃないですか♪」
アズサも淡々と頷く。
「意外と頭を使わされたのは確かだ。」
ヒフミはその場に崩れ落ちるように座り込み、天を仰いだ。
(ダメだ……この補習授業部にまともな常識を求めるのが間違いなんだ……)
――こうして、波乱に満ちた卒業試験(?)は、史上最低の平均点とともに幕を閉じたのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
テラスには上品なティーカップの並ぶテーブルと、穏やかな夜風に揺れるカーテン。テストの嵐が過ぎ去った後とは思えないほど、優雅な空間が広がっていた。
銀時と桂は、まるで何事もなかったかのように椅子に腰掛け、目の前に座るナギサを見上げた。
「それで……先生、結果の方は?」
ナギサは、銀時と桂を交互に見つめる。表情は微笑んでいるようで、どこか鋭い。
銀時は、そもそも自分が先生という立場で呼ばれていること自体に違和感を覚えながらも、気だるそうに頬杖をついた。
「いやいや、そんな堅苦しい話しなくてもよくね? ほら、せっかくのティーパーティーなんだし、紅茶でも飲んでリラックスでも……。」
桂もそれに乗るように、優雅にティーカップを持ち上げる。
「うむ、英国式の紅茶か……なかなか悪くない。これにビスケットでもあれば完璧だな。」
「先生。」
ナギサが微笑みながら、しかし明らかに低い声で二人を制した。
「結果の話をしてください。」
静かに放たれたその言葉に、銀時と桂は同時にカップを置いた。
「…………」
「…………」
二人はちらりと互いに目を合わせる。どうやら、逃げられそうにない。
銀時は喉を軽く鳴らしてから、適当な方向に視線を逸らしつつ答えた。
「えーっと……まぁ、みんな、頑張った……よ?」
桂も真面目な顔を作りながら続ける。
「そうだな。非常に個性あふれる解答が揃っていたと言えるだろう。」
ナギサの微笑みが、より深まった。
「つまり、全員赤点ですね?」
銀時と桂は、一瞬だけ硬直したが、次の瞬間にはまるで用意していたかのように堂々と胸を張った。
「そんなことはない!」
ナギサが冷静にカップを持ち上げ、優雅に一口。
「では、誰が合格だったのか教えてください。」
銀時は一瞬目を泳がせたが、すぐに思いついたように堂々と口を開いた。
「あー、あれだ。合格ってのは、学力だけじゃ測れねぇんだよ。人生ってのはなぁ、答えのない問題に挑み続けることが重要なんだ。」
桂も頷き、さらに話を膨らませる。
「うむ、試験とは単なる指標に過ぎん。真の学びとは、いかにして己の信念を貫くかにある!」
「……つまり、全員不合格、と。」
ナギサの冷たい言葉に、銀時と桂は一瞬だけ視線を交わした。そして、次の瞬間にはまたしても堂々とした態度で応じる。
「いやいや、合否にこだわるのは野暮ってもんだろ、な?」
「むしろ、彼らは試験に囚われない自由な精神を持っていた。つまり……真の意味での合格者だ。」
ナギサは静かに息をつき、カップを置く。そして、淡々とした口調で告げた。
「では、追試ですね。」
「……え?」
銀時と桂の表情が固まる。
まるで時間が止まったかのように、二人は固まった。
テーブルを挟んで向かい合うナギサは、まったく動じることなく優雅に微笑んでいる。その表情には、圧倒的な自信が滲んでいた。
そして、紅茶を一口飲み、さらりと続ける。
「安心していいですよ。元から出来ないものだと思っていましたし、……試験はまだ二回残っていますから。」
ナギサの言葉が、夜の空気に溶けていく。
銀時はその言葉の意味をゆっくりと噛み締めながら、片眉を吊り上げ、少し顎をさすった。
「その様子だと、あいつらには卒業されちゃ困るみたいな言い方に聞こえるんだけど……?」
ナギサはその問いに対し、まるで予想通りだとでも言わんばかりに微笑む。
「あら? 気づいていたんですか?」
まるで、こちらが問い詰められる側であるかのような口ぶりだった。
桂は驚いたように銀時を見やる。
「銀時、それはどういう――」
しかし、銀時は桂の言葉を制するように片手を上げ、ナギサから目を逸らさない。
その間にも、ナギサは再び優雅にカップを持ち上げ、一口。思慮深げな表情を浮かべながら、ゆっくりとした動作でカップを置くと、穏やかな声で話し始めた。
「今日は、私からも先生方にお伝えしておきたいことがあったので、お呼びしたのですが……それよりも先に、先生の方から何か云いたげなことがあるように見受けられますね。」
銀時は口の端をわずかに上げながら、椅子の背にもたれた。
「そうかい、じゃあこの際、銀さんはっきり聞いちゃおっかな〜?」
ナギサは、すっと手を組み、目を細める。
「どうぞ。」
銀時は一瞬だけナギサの表情を窺い、それからゆっくりとした口調で核心を突いた。
「アイツら(補習授業部)が三回とも不合格になった場合、テメーらはアイツらを見捨てるのかって話だ。」
その言葉が落ちた瞬間、夜の静寂がより深くなった。
桂の表情が一変し、勢いよく銀時の方を向く。
「な……!」
信じられない、というような声だった。
銀時の視線は真っ直ぐナギサを射抜いている。まるで、何気ない雑談のような言い回しだったが、その眼差しは一切の冗談を許さないものだった。
ナギサは、その問いを受けてもなお、表情を崩さない。
「………」
「……情報の出所は、ヒフミさん、でしょうか?」
ナギサはまるで世間話でもするかのように穏やかに問いかけた。
銀時は、ふっと鼻で笑い、カップの縁を指でなぞりながら答える。
「なぁに、単なる疑問だよ。出所なんて野暮なこと聞いてる余裕があるなら、俺の質問に答えやがれ。」
「ふふっ、確かに、先生ならば――そうですね。」
ナギサは、しなやかにティーカップを手に取り、軽く口をつける。その仕草には微塵の動揺も見られない。むしろ、この状況を楽しんでいるようにも見えた。
そして、カップをそっと置き、静かに告げる。
「簡単なお話です。」
彼女の声は夜風のように滑らかだったが、その内容は冷ややかだった。
「試験で不合格を繰り返す、落第を逃れられそうにない、助け合うこともできない――」
「だとすれば、皆さん一緒に退学していただくしかありません。」
その言葉が落ちた瞬間、銀時は目を細め、ナギサをじっと見据えた。桂は驚愕の表情を浮かべ、息をのむ。
「……やっぱりな。そんなこったろうとは思ったよ」
銀時は低く呟いた。その声には、確信と、僅かな苛立ちが滲んでいた。桂はすぐに銀時の方を振り向き、問いかける。
「銀時、いつからそれに気づいたというのだ?」
銀時は椅子の背に寄りかかり、片手をポケットに突っ込んだまま、ゆっくりと視線を夜空へと向けた。
「おかしいと思わねぇか?」
「こんだけの生徒数がいる学園に、赤点の生徒がたったの4人しかいねぇなんて……」
ナギサは微笑みを浮かべたまま、何も言わず銀時の言葉を待つ。桂はハッとした表情を浮かべ、銀時の言葉の続きを促した。
銀時は、少しだけ考えるように間を置き、それからゆっくりと口を開く。
「普通ならだ、エデンなんとかでテロ行為を繰り返してるヤツらみたいなのを連れてくるはずなのに……」
「エデンなんとかに反抗してねぇアイツらが、わざわざ集められてるって時点で、怪しさしかねぇじゃねぇか。」
ナギサは紅茶の香りを楽しむように、わずかにカップを傾ける。彼女の微笑みは変わらない。
そして、淡々とした口調でこう告げた。
「なるほど……さすがですね、先生。」
ナギサ「その通り、そもそもの話、補習授業部は――」
ナギサは、相変わらずの穏やかな微笑みを崩さぬまま、静かに夜空を見上げた。
青く澄んだ星々が、静寂の闇の中で瞬く。まるで、この場の張り詰めた空気とは無関係に、ただ美しく輝いているようだった。しかし、ナギサの言葉は、そんな夜の穏やかさを覆すには十分な衝撃を持っていた。
「――生徒を退学させるために作ったものですから。」
桂は、息をのみ、銀時は表情を変えずに聞く。
「………………」
思わず絶句する桂をよ、静かにナギサを言葉を続ける。
「率直に申し上げますと……補習授業部の中に、トリニティの裏切り者がいるのです。」
「裏切り者だと?」
桂が即座に反応する。
「我らの中に裏切り者がいるというのか!?」
まるで彼自身がその言葉に衝撃を受けているかのような声色だった。
ナギサは、落ち着いた様子で頷く。
「えぇ、その者の狙いは――エデン条約締結の阻止。」
「エデン条約……?」
桂が眉をひそめる。銀時もまた、興味深げにナギサを見つめた。
彼女は、手元に置かれた書類を一つ取り上げ、二人の前にそっと差し出した。
紙面は真っ白だったが、中央には赤い大文字で警告文が記されていた。そして、その上にはティーパーティーと万魔殿のエンブレムが並んでいた。
桂は静かにそれを見つめる。
「エデン条約――これは、簡潔に云いますと、トリニティとゲヘナ間に結ばれる『不可侵条約』です。」
ナギサの声は淡々としていたが、その内容は、銀時たちにとっても決して軽いものではなかった。
「その核心は、ゲヘナとトリニティの中心メンバーが全員出席する、中立的な機構を設立することにあります。」
「中立……ってことは……連邦生徒会みたいなものか?」
銀時が言葉を挟む。
「えぇ、とは言え、キヴォトス全域を管理する連邦生徒会ほどの権力や自治区は持ちません。」
「トリニティとゲヘナ限定の連邦生徒会と考えて頂ければ……通称『エデン条約機構(Eden Treaty Organization)』、ETOと呼ばれるであろうこの団体が、トリニティとゲヘナの間で紛争が起きた際に介入し、あらゆる問題を解決することになるのです。」
銀時は腕を組み、考え込むように口を閉ざす。
桂もまた、納得したように頷きながら呟いた。
「…ふむ。」
ナギサは、静かに話を続けた。
「この条約と機構により、二つの学園での全面戦争は回避される。そういう筋書きです。」
「学園の規模を考えれば、もし戦争など起これば、両陣営仲良く共倒れしてしまうことになるでしょう。」
ナギサの言葉には、わずかな皮肉が滲んでいた。
「忌々しいことに、ゲヘナの戦力だけは侮れませんから。」
銀時は鼻を鳴らす。
「……まぁ、確かに。」
ゲヘナとトリニティは、キヴォトス最大の軍事力を誇る学園だ。
その二つが少しのいざこざから戦争にでも発展すれば、最終的に他の学園――例えば、ミレニアムやヴァルキューレまでもが巻き込まれ、キヴォトス全体が戦火に包まれるのは明白だった。
これは決して誇張でも妄想でもなく、現実的な脅威だった。
「……トリニティとゲヘナの長きにわたる敵対関係は、お互いにとって大きな重荷となっています。」
ナギサの声には、どこか憂いが滲んでいた。
「エデン条約はその無意味な消耗を防ぐための、恐らく唯一の方法であり、キヴォトスにおける力のバランスを保つための方策でもあります。」
「これは、元々、連邦生徒会長が提示した解決策でした。」
彼女は一瞬、視線を落とす。
「……彼女が行方不明になってしまい、一度は空中分解しかけたものを、私の手でどうにかここまで立て直したのです。」
銀時と桂は、じっとナギサを見つめていた。
彼女の表情は変わらない。
「…………何となく、理解した。」
銀時が静かに呟いた。桂もまた、何かを思案するように視線を落とす。
しかし、銀時は次の瞬間、核心に迫るように問いかけた。
「……それを邪魔しようとしてる輩が、俺たちの中にいるってのか?」
ナギサは静かに頷く。
「ええ。この念願の条約が締結される直前まで来た、このタイミングで、これを妨害しようとする者たちがいると云う情報を耳にしました。」
「残念ながら、それが誰かを特定するには至りませんでしたが――」
ナギサは、ゆっくりとティーカップを置く。
「そこで、次善の策として、その可能性がある容疑者を一箇所に集めたのです。」
桂の表情が強張る。
銀時は無言のまま、じっとナギサの顔を見つめていた。
「……いつでも、その輩を退学させられるようにか?」
「その通り。」
ナギサは微笑みながら静かに答えた。
「裏切り者は補習授業部の中にいます。ですが、誰かは分からない……。」
「であれば、一つの箱に纏めてしまいましょう。」
ナギサの瞳が、どこか冷たい光を帯びる。
「いざという時――まとめて捨ててしまえるように。」
ナギサの言葉が夜の静寂に溶け込む。冷たい風がテラスを吹き抜け、銀時の白髪をわずかに揺らした。
「……もうお判りでしょうが、それが補習授業部の実態です。先生には、その箱の制作にご協力いただきました。」
その言葉に、銀時は鼻を鳴らし、椅子の背にもたれかかる。
「なるほどな、まんまと一枚食わされたってわけか。」
ナギサは静かに微笑む。
「えぇ。」
そのまま、カップを手に取り、紅茶を一口含んだ。そして、まるで先ほどまでの会話がただの世間話だったかのように、何気ない調子で話を続ける。
「そこで私からの提案が……いや、依頼があります。」
銀時は無言でナギサを見た。
「……補習授業部にいる裏切り者を、探していただけませんか?」
銀時の眉がピクリと動く。
「先生を、トリニティを騙そうとしている者がいます。平和を破壊しようとするテロリストです。」
ナギサは言葉を区切りながら、まっすぐに銀時を見つめる。
「私たちだけではなく、キヴォトス全体の平和を、自分たちの利益と天秤に掛けようとしている者です。」
「天秤ねぇ……」
銀時は、和服から取り出した棒付きキャンディをくわえながら、ぼんやりと夜空を仰いだ。
── エデン条約が結ばれなければ、いずれキヴォトスには争いの未来が待っている。
ナギサの言葉を信じるなら、これはトリニティだけの問題ではなく、キヴォトス全体の未来に関わることだ。
銀時は、それが嘘か本当かを見極めるように、ナギサの顔をじっと見つめた。
── ナギサは、銀時たちのことを完全に理解しているわけではない。
だが、彼女は確信していた。銀時はまごうことなき善人であり、彼ならばこの話を理解し、賛同し、感心すらしてくれるはずだと。
だからこそ、今この場で話を持ち出した。
ナギサは続ける。
「裏切者を探し出すことが、キヴォトスの平和に直結します。無論、この件に関する手助けは惜しみません。」
彼女の口調は淡々としているが、言葉の端々には、これが単なる依頼ではないことを感じさせる重みがあった。
「先生に、連邦捜査部シャーレとして協力していただければ――」
「そりゃあねぇだろ。」
銀時の皮肉めいた声がナギサの言葉を遮る。
紅茶を口に運ぼうとしていたナギサの手が、一瞬だけ止まる。
銀時は、先ほどまでのどこか投げやりな態度とは一転し、はっきりとした声音で続けた。
彼はゆっくりと椅子から身を起こすと、テーブルに肘をつき、指でカップの縁を軽く弾く。
「それを最初に言わねぇで、俺に教師やれって? まるで後出しジャンケンじゃねぇか。」
ナギサは微笑を崩さずに応じる。
「先生が、ただの報酬目当てで引き受けたなら、話す必要もなかったことです。ですが――先生は、違うでしょう?」
銀時の目がわずかに細くなる。その隣で、桂が静かに聞いていたが、ついに口を開いた。
「ナギサ……貴様、まさか初めから銀時を“駒”として動かすつもりだったのではないだろうな?」
ナギサは桂の問いに即答しなかった。ただ、カップを置くと、ゆっくりと桂を見つめる。
「それが何か問題でも?」
桂の顔に、わずかに険しい影が落ちる。
「教師として生徒を見ているのではなく、学園の都合で切り捨てるために利用していると言うのか!? 貴様、俺のことはともかく、銀時のことを何と――」
銀時が、桂の肩を軽く叩いた。
「やめとけ、ヅラ。」
「ヅラじゃない、桂だ!」
桂は反射的にそう返したが、それでも銀時は軽く笑っただけだった。
銀時は、苦笑しながら椅子の肘掛けに肘をついた。
ナギサは、なおも微笑みを崩さなかったが、その目の奥にはわずかに読めない感情が揺れていた。
銀時はわざとらしく溜息をついた。
「なぁ、俺は教師なんだろ?」
「……ええ、そうですね。」
「だったら、生徒を疑うんじゃなくて、信じるのが筋ってもんじゃねぇのか?」
その言葉に、ナギサの微笑がわずかに揺らぐ。桂は腕を組み、銀時の言葉を静かに聞いていた。
「そもそもさぁ、裏切り者がいるなんてのも確定情報じゃねぇんだろ?」
「……可能性の話です。」
「だったら余計にくだらねぇよ。単なるてめぇの可能性のために、俺がアイツらを疑って、それっぽい奴を一人排除して終わり……そんなの、教師のやることじゃねぇよ。」
銀時は、夜空を見上げると、ぽつりと呟いた。
「少なくとも、俺たちの先生はどんなに国に狙われようが、どんなに学舎を失おうが、俺たちを疑う真似はしなかったからな。」
かつての銀時の師である吉田松陽、近所の悪ガキ(性根から腐っている)どもに学舎を潰されそうになった時、天道衆に捕まった時も、
彼らを責めることはなかった。いつも生徒を信じていた。銀時には、生徒というものを疑うという行為自体認められるものではないと考えているようだ。
ナギサは、少し考え込むように目を伏せた。
「……ですが、それでは先生は何をされるおつもりですか?」
銀時は、すっと立ち上がると、面倒くさそうに伸びをした。
「決まってんだろ。」
桂が銀時の横顔を見つめる。
銀時は、ナギサに向き直ると、不敵な笑みを浮かべた。
「アイツら全員もれなく全額返金(卒業)キャンペーンさせてやるよ。」
ナギサの表情が、初めてわずかに変わった。
桂は、銀時らしい答えに思わず笑みを漏らす。
「その通りだ銀時、俺たちは仲間であろうと生徒であろうと見捨てることも疑うこともしない。それはこれからも同じで、変わらんよ。」
銀時は懐からアメを取り出し、それを口に放り込む。
「そんでな、ナギサ。」
ナギサは無言で銀時を見た。
「“裏切り者がいるかどうか”なんて、俺らの知ったこっちゃねぇ」
彼はアメを舌で転がしながら、続ける。
「俺たちゃ。ただ教師としてアイツらを信じて全員まとめて卒業させてやる。ただそれだけだ。」
銀時は軽く手を振ると、桂と共にその場を後にした。
ナギサは彼らの背中を見送りながら、ふと小さく呟く。
「……果たして、その理想は、現実の前にどこまで通じるのでしょうね?」
夜風が吹き抜け、テラスの紅茶が冷めていった。
教えて銀八先生!
銀八「はーいまたまた来ました。銀八先生のコーナー」
「えぇっと今回は銀時たちは初日からテストを行った理由と、テスト用紙の行方に関してですが、」
「まぁ、ヒフミは関係ない!みたいなカッコいいこと抜かしてましたけど、」
「結局はヒフミのか「全員で合格しないと卒業出来ない」って言葉が気に掛かったみたいね〜全く、なんでこんな時だけカッコつけるのかな〜」
「さて次は初日だったのならなぜ、テストを無くしたのか、初日にしたのかについてですが、」
「まぁテストに関して、ΣとかΩとか出た問題が並んでて古代兵器の研究材料だと思って怖くなり捨てたらしいでーす」
「ほら、信長の草履を温めた古代兵器エクスカリバーΩとか、本能寺の原因にもなった電子レンジΣとか、それらの研究資料だと思ったんでしょうね。アイツらバカだし」
「まぁ、ナギちゃんのいうことも分かるけどさ〜ここの作者すげ〜ナギちゃん悪く書くじゃん。ナギちゃんファンに嫌われるよ。マジで、」
「生徒目線で考えたらおかしいかもだけど、学校目線から考えたら仕方ないからね!ほんと、俺は理解してるからね!」
「というわけで、次回はついにあの税金泥棒どもが出るかもしれない。」
「お楽しみに〜」
〜透魂〜第一回キャラクター人気投票
-
銀時
-
新八
-
神楽
-
沖田
-
土方
-
山崎
-
高杉
-
桂
-
定春
-
エリザベス
-
ホシノ
-
シロコ
-
ヒナ
-
アコ
-
ミカ
-
ナギサ
-
セイア
-
ユウカ
-
ノア
-
近藤