透き通る世界を照らす銀魂(ぎんのたましい)   作:時代に遅れている

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 ――数日後。再びアビドス対策委員会室。

 パイプ椅子の上で足を組んでいた銀時が、ため息をつきながらホワイトボードに貼られた1枚の紙を見つめている。その紙には、こう書かれていた。

 「アンケート結果:参加者 11人」

 銀時「…………何これ」

 ホシノ「少なッ!? いや……うちの人数よりは多いけどさ〜」

 セリカ「ちょっと待って!? あれだけ“読者の清き一票にかかってます!”って言ってたのに!?」

 ノノミ「むしろその呼びかけが怖かったとか……?」

 シロコは無言でお茶をすする。いや、完全に現実逃避している。

 アヤネ「しかも……しかもですよ、銀さん……」

 アヤネは手元のタブレットを操作しながら、とある画面を見せてきた。そこには――

 「作者の同じ他の作品:アンケート回答数・240件超え」

 銀時「おいィィィィ!!作者ァァァァァ!!」

 パイプ椅子がバンッと音を立てる。

 銀時「なぁ、何だこれ!? 俺たちが命懸けで茶番やってんのに!! なんであっちのアンケートだけ240件も来てんだよォ!? おかしいだろ!? これ選挙だったらこっち供託金没収だぞォ!!」

 ホシノ「むしろ本気で凹んでない? 大丈夫?」

 銀時は項垂れながら、ぐるぐるホワイトボードの前を歩き回る。

 銀時「……っつーわけで、もう一回だけ言わせてもらうわ」

 銀時は正面を向き直り、読者に目線を向けた(というていでカメラ目線)。

 「お前ら、マジで頼む!! この作品が埋もれてるって感じしてモチベ下がるからお前らの一票にかかってんだ!!」

 「“なんか銀魂ノリっぽいけどブルアカの子たちも可愛いな~”とか、“アビドスの話、ちょっと気になる”とか、そんなノリでもいい!」

 「編集してほしいか、このままでいいか、もしくは“全部やり直せ”でもいい!! 何でもいいからコメントでもアンケートに参加してくれ!!」

 「頼むよォォォ! このままじゃが作者のモチベが他の作品に引っ越しちまって終わっちまうんだよォォ!!」

 ノノミ「銀ちゃんがんばってください⭐︎」

 シロコ「ん、……メインヒロインの私もいるし、きっとまた盛り上がる……きっと……たぶん……」

 ホシノ「すごい曖昧な希望的観測だね〜でもシロコちゃんおじさんに人気投票で負けてなかった?」

シロコ「ん!」

 銀時「というわけで、今見てるそこのお前!! お前のそのクリックとコメントが、俺たちの未来を変える!!」

 セリカ「なんか通販番組みたいなノリになってない?」

 アヤネ「でもまぁ……本当に、読者の皆さんがいなきゃこの話は進められませんからね」

 ――再び、ホワイトボードに掲げられたアンケート結果。

 その隣に、大きく赤文字でこう書かれた。

 「投票、まだまだ募集中!」

 銀時「頼んだぜ、相棒(読者)……」

 ホシノ「今その呼びかけに乗ってくれる人、きっと優しいよ……」

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第一話は改変させております。それを読んでみて考えてもいいかもしれません。


第八十五訓 シスターさん神に毛根が生えるように祈ってくれませんか?

 「…………ったく、ガキのくせに……」

 

 ぽつりと落とした銀時の独り言は、誰に向けたものでもなかった。

 面会室の重たい扉を後にして、彼はまるで迷子のような足取りで廊下を歩いていた。薄暗い蛍光灯の下、彼の影だけが床に長く伸びている。

 

 教室へ向かうその歩みは、まるで何かを引きずっているかのように重たく、時折その足音さえも遅れて響くように感じられた。

 

 ――やだな〜、そんなわけないでしょ?

 

 あの笑顔。あの明るさ。

 だが、それはあまりにも整いすぎていた。

 銀時の脳裏に焼きついたその一言は、何度も何度も再生されては、胸の奥をざらりと削っていく。

 無邪気さに隠された、その裏側――それが透けて見えてしまった自分の目が、今はひどく疎ましかった。

 

 「吐ける分は吐いとけ」なんて、偉そうに言ったのは他ならぬ自分だ。

 なのに、肝心なところには届かなかった。何一つ、引き出せなかった。

 

 銀時は肩を落とし、くしゃくしゃの髪を乱雑に掻いた。

 自嘲と諦念が混じったため息が、唇から細く漏れ出る。

 

 ――ああ、面倒くせぇな。

 

 そんな思いを抱えながら、彼は無言のまま教室の前に立ち、片手でドアを開いた。

 

 「……ただいまっと」

 

 軋む音と共に開いた扉の向こう、空気がふっと変わった。

 まるで静かな水面に一滴のしずくが落ちたように、教室の雰囲気が波紋のように広がり、弾ける。

 

 「――あっ、銀さん! おかえりなさーい!」

 

 ぱっと駆け寄ってきたのはヒフミだった。

 その笑顔は、作り物ではない。飾らない、眩しいまでの純粋さがそこにあった。

 抱えている分厚い参考書と、机に並べられた几帳面なノート。その全てが、彼女の誠実さを物語っていた。

 

 「おかえりなさいです、銀さん。何かあったんですか? ちょっとお顔が……お疲れ気味?」

 

 心配そうに覗き込むヒフミの視線。銀時は苦笑を浮かべ、「まぁな」とだけ言って肩をすくめた。

 

 教室を見渡せば、生徒たちは静かに自習に励んでいた。

 まるで嵐の前の静けさのように整然とした空気。

 誰一人として無駄口を叩かず、それぞれの学びに集中している。

 だが、その静けさはただの偶然ではない――皆、うすうす感じているのだ。外の世界で何かが動いていることを。

 

 銀時はその空気に、かすかに眉をひそめた。

 

 そんな中、ひときわ異質な存在が、くるりと椅子を回して振り返った。

 

 「銀時……今、闇の幽波紋がそなたの背後に立っていたぞ」

 

 まるで巫女か預言者のような口ぶりで語る桂。

 真剣な顔つきに、一瞬だけ教室が静まり返る――が、すぐに銀時が気だるそうに口を開いた。

 

 「うるせぇよ。お前の方にもすでに白い悪魔(エリザベス)の闇の幽波紋がいるだろうが」

 

 視線をその傍らに向けると、そこには無言の存在感を放つエリザベスが――

 

 「白い悪魔の幽波紋(スタンド)ではない」

 

 まるで間髪入れず、桂が訂正する。

 

 「エリザベスだ!(様です)」

 

 ヒフミ、桂、そして教室の隅にいたアズサまでが、見事なハモりで名を叫んだ。

 

三者三様、だが息の合ったそのコールに、銀時は一瞬呆けた顔をしてから、肩をすくめた。

 

 「……息ぴったりすぎんだろ、お前ら」

 

 そんなやり取りをしている中、ふいにヒフミが「あっと!」と声を上げた。

 

 「そうでした! 銀さん、こちらをご覧ください!」

 

 彼女の手元から差し出されたのは、数枚の白い紙。まだインクの匂いが残っていそうなその紙を受け取りながら、銀時は胡乱な視線を落とす。

 

 「ああ?」

 

 紙の中央には、しっかりと記された黒文字があった。

 

第二次補習授業部模試・結果

 

ハナコ:八点・不合格

アズサ:五十八点・不合格

コハル:四十九点・不合格

ヒフミ:六十四点・合格

栗子:六十七点・合格

 銀時の眉がぴくりと動く。

 

 「……あっそういえば模試とか何とか言ってな」

 

 彼の呟きに、ヒフミが明るく頷く。頬がほんのり紅潮し、喜びを抑えきれない様子が見て取れる。

 

 「はい! 今回は本当に紙一重でした! アズサちゃん、すっごく惜しかったんです……っ!」

 

 声の調子は跳ねるように高く、今にも飛び跳ねそうな勢いだ。彼女のその笑顔は、教える側としての達成感に満ちていた。

 そして何より、すぐ隣に立つアズサも、どこか得意げに胸を張っていた。クールな顔立ちのままではあるが、誇りと自信がうっすらと滲んでいる。

 

 五十八点。合格には届かなかったが、前回の三十点台からの急成長。わずか数日の準備でここまで伸ばした努力は、決して無視できるものではない。

 

 「この調子で行けば、次は確実に受かるな……」

 

 銀時が呟くと、コハルがたまらず前へ出てきた。

 

 「ひ、ヒフミ! 私のも見て! 私だって、結構上がったよ!?」

 

 ヒフミはその声にぱっと振り向き、嬉しそうに頷いた。

 

 「はい、確りと見ましたよ! コハルちゃん、前回は十五点だったのが一気に四十九点まで……伸び代では一番ですっ、凄いです!」

 

 「ふっ、ふふーん! 云ったじゃない、本当は実力を隠していたんだってっ!」

 

 小さな拳を腰に当て、鼻を鳴らして得意げに笑うコハル。その笑顔は誇張でも誇りでもなく、素直な達成感がにじんでいた。四十九点。数字だけ見ればまだ道半ばだが、確かな成長がそこにはあった。

 

 「……本当によく頑張ったな、お父さん泣きそうだよ」

 

 思わずこぼれた銀時の言葉に、コハルがすかさず突っ込む。

 

 「誰が誰のお父さんよ!」

 

 そのやり取りに、教室がふっと和やかな笑いに包まれる。空気が、少しだけ温かくなる。

 

 そこへ、銀時がふと紙の端に記された名前に目を止めた。

 

 「そういえばマヨラーの婚約者な奴も合格してんじゃねぇか」

 

 桂も目を凝らして紙を覗き込む。

 

 「栗子殿はどこに……」

 

 その問いに答えるかのように、エリザベスが静かに掲げた紙には、シンプルにこう書かれていた。

 

 『あっち』

 

 銀時と桂が視線を向けた先――

 

 「おい、ちょっ離れろ」

 

 教室の端、土方がいつになく戸惑った声を上げていた。その前にいたのは、白い制服に身を包んだ栗子。合格の喜びと何かの勘違いが混ざった、奇妙に高揚した表情で彼女は口を開いた。

 

 「マヨラ13様、合格したので、私をマヨラー星の王女として迎えて欲しいでござりまする」

 

 「……あのな〜、マヨラー星にはもうキューピーって名前の王女が――」

 

 呆れ顔で手を振る土方。だが栗子は全く聞いていない。後ろから抱きつかんばかりの勢いで迫っていた。

 

 そんな一幕に、銀時が教壇から叫ぶ。

 

 「おい、何見てんだよ」

 

 皆が一斉に振り向く。銀時は片手を上げて、いつもの調子で、だがどこか誇らしげに言った。

 

 「皆〜今日はお祝いだよ〜夜は赤飯だ。好きなだけお二人の結婚を祝ってやるぞ〜」

 

 教室が、爆発するような歓声で包まれた。

 

 「おおォォォ!」

 

 教室全体が、一気に熱を帯びたように盛り上がる。拍手と歓声が入り混じり、生徒たちのあちこちから「赤飯!」「ケーキも!」「余興やりたい!」と好き勝手な声が飛び交う。

 祝福というより、もはやお祭り騒ぎの様相だ。

 

 その中心で、ただ一人、凍りついたように硬直している男がいた。

 

 「勝手に祝うなァァァァァ!!」

 

 土方十四郎が叫んだ。教室の中心で、白目を剥きかけながら銀時を指差す。

 

 「おいテメェ、絶対この状況楽しんでやがるだろ!」

 

 顔を真っ赤にして怒鳴る土方に対し、銀時は涼しい顔のまま片手を胸に当て、芝居がかった口調で返す。

 

 「おやおや、人聞きの悪いことを言わんでいただきたい。俺たちはね、ただ純粋な善意で、お二人の幸せを祝おうとーー」

 

 「どこがだ!」土方が即座にツッコむ。「完全に悪ふざけだろ!さっさと会場設営をやめーー」

 

 言いかけたところに、ちょうど教室のドアが開く。

 

 「総悟!ちょうどいいところに……!」

 

 土方が声を掛けたのは、すっと現れた沖田総悟。鋭い眼光の奥に、何やら悪巧みの気配を滲ませながらゆっくりと近づいてくる。

 

 「こいつらが俺とアイツ(栗子)との式を開こうとしてやがる。お前もこいつらを説得しーー」

 

 しかし、その言葉が終わる前に、沖田は口元に笑みを浮かべた。

 

 「そうですかい。」

 

 眼鏡の奥の瞳が、きらりと光る。

 

 「旦那? じゃあ俺は神父役で、登録を。絶対に逃げられない愛の鎖に繋ぎ止めるんで」

 

 「おいィィィィ!!止めろって言ったのが聞こえねぇのか!!」

 

 銀時、桂、エリザベス、そして生徒たちまでが、勝手気ままに式の準備を始めようとするその様子に、土方のツッコミはもはや追いつかない。

 

 「ったく、どいつもこいつも……!」

 

 額に青筋を浮かべたまま、土方は救いを求めるように振り返った。

 

 「近藤さん!」

 

 「ちょうどよかった。こいつらがーー」

 

 だがそこにいたのは、さらなる火種だった。

 

 「万事屋、トシと栗子ちゃんの夫婦最初の共同作業は、ベッドの準備のバナナ入刀でいいか?」

 

 真剣な顔でそう言ったのは、真選組局長・近藤勲だった。

 

 「……え?」

 

 教室内に、一瞬の静寂が流れたあと。

 

 「それはいい案ですね!」と元気よくハナコが乗っかってくる。

 

 「いいよ〜新しく生まれてくる生命が楽しみだね〜」銀時が調子に乗って続ける。「ちょうど保健体育の勉強もできて一石二鳥だろ」

 

 「いいわけあるかァァァァァ!!」

 

 土方の絶叫が、教室中にこだました。が、その声はもはや勢いを増す騒ぎには届かない。

 

 「何神聖な式で穢らわしいことしようとしてんのよ!」

 コハルが机を叩いて立ち上がる。顔を真っ赤にし、拳を振り上げて叫ぶ。

 

 「Hなのはダメ! 死刑!!」

 

どんちゃん騒ぎのさなか、教室に突如として、軽やかな電子音が鳴り響いた。

 

 「……?」

 

 「……あら?」

 

 ふいに訪れたその音に、教室の喧噪がぴたりと止む。誰もが目を丸くし、音の出どころへと視線を向けた。

 

 音源は、玄関のセンサー通知。

 この建物――第二次補習授業部校舎では、日中のみ来客センサーを稼働させていた。用途は限定的。主に補習の生徒と指導教官以外の来訪者を察知するためのものであり、この時間帯の来客など、そうあるはずがない。

 

 「来客でしょうか?」

 ヒフミが不安げに声をあげる。

 

 「みたいですね。食材の配達は……まだ頼んでませんし。一体、誰が……」

 

 桂が顎に手を当て、思案顔を浮かべる。

 

 そして――

 

 「あっ」

 

 誰かの短い声が空気を裂いた。

 皆の視線が、ある一点に吸い寄せられる。

 

 その先には、淡々と会場設営の一端を担っていた少女、アズサの姿があった。小柄な体をしゃんと伸ばし、几帳面に白布を広げていたその背に、皆が冷や汗を流す。

 

 「アズサ……」

 

 「ん? どうかしたか?」

 

 呼ばれたことに気づいた彼女は、首を傾げながらも疑問符を浮かべるだけだった。しかし、周囲の視線がただ事ではないことを物語っていたのを察したのか、すぐに頬を緩めて得意げに言葉を返した。

 

 「ああ、心配するな――侵入者対策に、ちゃんとトラップは仕掛けてあるぞ」

 

 「――えっ?」

 

 ヒフミの顔が、さっと青ざめる。

 

 トラップ。

 その言葉が教室の空気を一変させた。

 凍りつくような沈黙とともに、全員の表情が引きつる。桂とエリザベスを除いて。

 

 トラップと聞いて真っ先に浮かぶのは、数週間前の「事件」。

 無防備にロビーへ足を踏み入れた銀時が、豪快に空中回転しながらネットに吊し上げられた悪夢――あれと同じ仕掛けか。

 

 『し、失礼致します……あの、どなたかいらっしゃいますか?』

 

 廊下から聞こえてきた、控えめながらも上品な声。

 

 「……あら、この声は――」

 

 ハナコがふと首を傾げ、声の主に聞き覚えがあることに気づく。

 

 その直後だった。

 

 『へっ? きゃあぁああッ!?』

 

 甲高い悲鳴が、教室まで鮮烈に響き渡る。

 バランスを崩したコハルが椅子ごとひっくり返りそうになり、ハナコは肩を震わせて小さく声をあげる。

 

 トラップは、確実に作動した。

 

 教室の中心で、アズサは誇らしげに頷いていた。胸を張り、小さな鼻からフン、と鼻息を吐く。

 

 「うん、ちゃんと起動したみたいだ。良かった」

 

 「ア、アズサちゃん……一体、何を!?」

 

 ヒフミが駆け寄り、困惑した目でアズサを見つめる。

 

 「前に言われた通り、殺傷性のないトラップにしてあるぞ? 前に誰かが引っかかったタイプと同じ。ワイヤーを使って、足を絡め取るタイプのものだ」

 

 そう説明しながら、彼女は机の傍に立てかけていた銃を、まるで箸でも取るような自然さで手に取った。

 その所作に、ヒフミは全身の血の気が引いていく。

 

 「さあ、鎮圧に行こう」

 

 「ま、待って、アズサちゃんんんッ!!」

 

 慌てふためくヒフミを尻目に、アズサは迷いなく廊下へと歩み出そうとする。その後ろで、桂もエリザベスも、静かに歩調を合わせていた。

 

 『こ、これは一体……!? と、取れなっ、う、動きが……』

 

 扉の向こう、ロビーからは戸惑いと混乱に満ちた声が聞こえてくる。その声に覚えがある者も、ない者も、教室の空気は一気に「戦闘準備モード」へと変貌した。

 

 「さあ、標的が逃げる前に続け!」

 

 桂が高らかに叫ぶと、アズサはこくりと頷いた。

 

 「ああ」

 

 廊下へ走り出す足音が響く中、ヒフミは机にしがみついて、泣きそうな声をあげる。

 

 「アズサちゃあああん!!」

 

「……面白そうじゃねぇか」

 

 廊下の騒ぎに耳を澄ませながら、教室の片隅で頬杖をついていた沖田が、不意に立ち上がった。

 その顔には、明らかに期待と悪戯心が入り混じった笑み。

 机の上に転がっていた木刀を片手で軽く拾い上げると、そのまま何食わぬ顔で教室を出て行こうとする。

 

 「さて、俺も神父役としての義務を全うしに行きやすかねぇ。今度は説教じゃなくて、弔辞になるかもしれませんが」

 

 ポンと自分の肩を払うように埃を払って、片手をひらひらと振りながら、興味本位と悪意半分の足取りで教室の外へ。

 

 

 

 

 

 数秒後、銀時と土方もその後を追うように、教室のドアを抜けた。

 歩幅は一定、だがどこか互いに出し抜いてやろうという妙な意地の張り合いが滲んでいた。

 

 「……まったくよォ。目ぇ離すとすぐこれだ。お前のとこの生徒、トラップ張るのが当たり前になってんのか?」

 

 土方がタバコを指に挟み、やれやれといった顔で銀時に言う。

 

 「おーおー、部下の尻も拭けねぇ副長さんが、教師様に説教たぁ偉くなったモンだな。てめぇんとこの神父志願兵はどこで教育ミスった?」

 

 「俺の部下が暴走したのは、一時の気の迷いだ。お前の生徒はな、戦争用ロボットみてぇなもんだぞ。いつ暴発するか分かんねぇ」

 

 「そりゃあな。だって教育係が俺じゃなくて、まず“副長”だったら、そりゃ部下も無差別テロ始めたくなるわ」

 

 「言ってろ。俺のせいだってんなら、てめぇは何だ。教壇に立った瞬間に生徒の性格が歪む疫病神か?」

 

 「疫病神とでも呼んでくれりゃ本望だ。お前みたいなストレスフルな管理職よりゃまだマシだろ、ブラック職場の看板背負った妖怪マヨネーズ」

 

 「黙れ砂糖依存症。てめぇの血糖値、いずれはK点突破して苛立ちのあまりアイツらに手を出すだろうが!!」

 

 「おー怖ぇ怖ぇ、職場に殺意抱いてそうな副長に言われたくねぇわ。あ、そろそろ生徒に刃向ける前に、アンガーマネジメントでも習って来たら?」

 

 互いに一歩も引かず、あくまで涼しい顔で皮肉と毒を投げ合いながらも、足取りは自然と早まり、すでにロビー手前の角まで迫っていた。

 

微かに揺れる蛍光灯の光が、ロビーの天井に吊るされた“それ”を淡く照らしていた。

 

 「う、うぅ……」

 

 最初に聞こえたのは、まるで風に揺れる風鈴のような弱々しい呻き声だった。教室から駆けつけた一同が目にしたのは、かつて“例の先生”が誇らしげに罠へ掛かった時と同じ光景――いや、それ以上に見てはならない何かだった。

 

 「――うそでしょ」

 

 ヒフミが呟いた。

 

 修道服を身にまとった少女――マリーが、器用に吊り上げられていた。逆さに宙吊りとなり、両脚を捕らえるワイヤーがしっかりと肉に食い込み、彼女の華奢な体をまるで獲物のように宙にさらしている。重力は無情にも裾をめくり上げ、真っ白な布地がちらちらと空中で翻る。それを懸命に押さえつける彼女の両手と、赤く染まった顔が、状況の滑稽さと惨状をより強調していた。

 

 「きょ、今日も……平和と、安寧が……あ、ありますように……!」

 

 絞り出すように放たれたその言葉は、信仰というよりも、自身の尊厳を支えようとする最後の祈りのようだった。

 

 「まずは自分の安寧を心配してくださぁいッ!」

 

 ヒフミの叫びは、若干涙目気味である。声の震えは笑いか、動揺か、それとも心底の同情か。

 

 そのとき、ひょこりと顔を出したハナコが目を見開いた。

 

 「あら……マリーちゃんじゃないですか」

 

 軽やかな口調とは裏腹に、その目はしっかりと驚愕の色を帯びている。吊るされたマリーはハナコを認識すると、次いでその背後に立つもう一人の人物を見て――悲鳴のような声を漏らした。

 

 「せ、先生っ!?」

 

 その瞬間、彼女の身体がわずかに揺れ、吊り下げられたワイヤーが「ギシリ」と不穏な音を立てる。宙を舞うスカートと、それを懸命に抑え込もうとする白い指先。その全てが滑稽で、同時に哀れでもあった。

 

 「ちょっ……あのっ、今は、こ、此方を見ないで頂けると……!」

 

 必死の懇願にもかかわらず、銀時は顔を上げ、彼女を見据えた。

 その目はいつものように眠たげで、それでいて不思議なほど真剣な色を宿していた。

 

 「お前のパンツはな――」

 

 重々しく言葉を区切りながら、銀時は静かに、そして残酷に告げる。

 

 「もうとっくに、フィギュア買った変態先生共に覗かれてんだよ。魂の奥底まで、すっ裸だ」

 

 マリーの顔が一気に真っ赤に染まる。目を見開いた彼女は、抗議の言葉を紡ごうとするが、口から出てきたのはただの息切れだった。

 

 「な、何の話をしているんですかぁぁっ!?」

 

 だが、容赦はない。

 

 「旦那? 後ろからは丸見えですぜ〜」

 

 沖田が、ひょっこりと顔を覗かせながら、地獄の案内人のように言い放つ。

 

 「このまま皆で、こいつの尊厳でも折ってやりやしょう。従順な雌豚にしてやるんで」

 

 「なっ!?」

 

 羞恥と怒りと絶望が入り混じったような声がマリーの口からこぼれ落ちる。

 

「そういや、シスターフッドってのは、“覚悟”がどうとか言ってましたよねぇ」

 

 沖田の口元に浮かぶ笑みは、天使の皮を被った悪魔のような無邪気さだった。そんな彼に銀時が軽く目を細め、面白そうに頷いてみせる。

 

 「へぇー、そりゃまた殊勝な心がけじゃねぇか。じゃあアレか? その格好も覚悟の証ってわけ? シスターってのは見上げた変態だったんだなぁ、なるほどねぇ」

 

 「な、ななっ……なにを仰ってるんですかぁっ!」

 

 逆さ吊りにされたマリーは、血が逆流するのも忘れて顔を真っ赤に染め、半ば悲鳴のような声で叫んだ。スカートを抑える両手はぷるぷると震え、羞恥と屈辱のダブルコンボで涙すら浮かべている。

 

 「銀さん! 冗談言ってないで助けてあげてください!」

 

 ヒフミが鬼の形相で銀時に詰め寄る。だが銀時はというと、まるで誰かに頼まれた仕事を渋々やるような口調で肩をすくめた。

 

 「はいはい、わーったよ。じゃ、沖田くん、そっちの足持って」

 

 「了解でさぁ」

 

 二人はごく自然な流れで動き始める。見慣れた所作でロープを外し、代わりにどこからともなく取り出した布と紐を使い――

 

 「よし、コレをこうして……」

 

 銀時の手が器用に動き、沖田が手際よく締めていく。

 

 「完成っと」

 

 ぱん、と手を打って完成宣言をする銀時の前に現れたのは――

 

 亀甲縛りにされたマリーだった。

 

 「……あら」

 

 ハナコの呟きが静かに響いた。思考が一瞬フリーズしたヒフミの顔が、次の瞬間には真っ赤に染まる。

 

 「な、ななな……何をやってるんですかあなたたちはァァァァァ!!」

 

 「何って、見えて困るっていうから縛り直したんだよ。スカートめくれないように、な」

 

 銀時はいたって真顔だった。

 一方、沖田はといえば、しれっとした顔で付け加える。

 

 「これで神に不純なパンツを見せる心配はなくなったんで。良かったな〜卑しマリー。お望み通り、パンツ見えないようにしてやったぜ」

 

 「ううぅ……なんでこんな目に……」

 

 羞恥に身を震わせるマリー。どこか遠い世界に意識が飛びそうになっている。

 

 「何でわざわざ縛り直す必要があるのよっ! むしろもっと見せられない事になってるじゃないの!」

 

 

 

 「Hなのはダメ! 死刑!!」

 

コハルが雷のように怒りを炸裂させ、今にも銀時に鉄拳制裁を喰らわせそうな勢いで詰め寄る。

 

 「あら……これはこれでアリじゃないですか?」

 

 ハナコが首をかしげ、ほんのりと頬を染めながら呟くと、さらに混沌に拍車がかかった。

 

 

 「なるほど……こういう制圧の仕方もあるのか。参考になるな……」

 

 アズサが呟く。頷きながらスマホでメモを取り出すその姿はまるでフィールド実践中の指揮官。

 

 「覚えないでくださいっ! というか罠を仕掛けないでくださいっ!!」

 

 ヒフミはついに叫ぶ。ほぼ泣きそうだ。

 

そんな騒然とした中、重たい足音と共に一人の男が廊下を曲がって現れる。

 

 「おせぇぞ、お前ら〜一体何をーー」

 

 そう言いながら、現れた土方の目が亀甲マリーに止まる。

 

 「……これ、どういう事だ」

 

 声が低くなった。明らかに、冷めた。

 

 「何って?」

 

 銀時が首を傾げる。

 

 「あ、土方さん、ちょうど今ね。清らかなシスターが煩悩に敗北して、心身ともに堕ちた瞬間でさぁ」

 

 沖田がニッコリ笑って言い放つ。

 

 「堕ちただぁ!? お前らが堕としたんだろうが!!」

 

 土方が叫ぶ。

 

 「何教師と警察が共同で生徒にSMプレイ仕掛けてんだ!! 誰もがお前らのSに耐えられると思うなよ!!」

 

 「おやおや、トッシーくん、何を勘違いしてるんだい?」

 

 銀時が頬をかきながら、とんでもないことを言い放つ。

 

 「こいつは先生たちの間で“卑しマリー”って名前がつけられるほどの痴女だぞ?」

 

 「俺たちはなぁ、ただその本来の姿に戻してやっただけなんだよ……なぁ〜、JUDY & MARIE?」

 

 「わ、私に聞かないでください! というか、何でJUDY & MARIEなんですかぁぁぁ!」

 

 涙目で叫ぶマリー。

 

 その声に、さすがの土方も頭を抱えた。

 

 「……もういい。とにかく、下ろしてやれ。正しく、普通にだ」

 

 銀時と沖田が顔を見合わせ、ため息をついた。

 

 「ちぇ、せっかくいい感じだったのにな〜」

 

 「やっぱ役得の時間って短いですぜ……」

 

 ヒフミがそれを睨みつけると、二人はしぶしぶロープを解き、ついにマリーは地面へと“正常な形”で降ろされた。

 

 その瞬間、彼女は小さく座り込み、赤面のまま手で顔を覆った。

 

 「……もう、今日一日、人間やめたいです……」

 

「はい、お水」

「あ、ありがとうございます……」

 

 マリー逆さ吊り騒動から数分後。

 無事、救助された彼女はコハルから差し出されたカップを両手に、何とか人心地ついていた。補習授業部の教室へと招かれた被害者ことマリーは、その修道服を正しながら穏やかに微笑んでいる。しかし、その奥には僅かな疲労と羞恥心が透けて見えた。

 

「いや、何と云いましょうか、とてもビックリしました……ロビーの方に踏み入った途端、何かが足に絡み付いて、突然天井に引っ張られたと思ったら、あのような事に……」

「うん、センサー式のワイヤー射出機だ、遠隔操作も出来る優れものだぞ? 肝心のセンサーは少し値が張ったが、残りは廃材でも上手く組み合わせると――」

「アズサちゃん?」

「むぐっ」

 

 マリーに対し、仕掛けたトラップの有用性を説いていたアズサだが、ヒフミの何処となく圧力がある言葉に口を噤む。そして何を求められているのかを察し、マリーに向けてそっと頭を下げ謝罪を口にした。

 

「その……ごめん、てっきり襲撃かと」

 

 

 「あ、ええと……いえ、お気になさらず。怪我もありませんし……それに、きっと防衛は大切なことですし……」

 

 マリーは苦笑混じりに首を振る。極限状態から脱したばかりだというのに、他人を気遣うその姿は、まるで慈母のように柔らかかった。

 

 その姿を見ていた桂が、なぜか朗らかに手を叩いた。

 

 「良かったなアズサ殿! これでまた罠を仕掛けられるぞ!」

 

 「桂さん?」

 

 ヒフミがひきつった笑顔のまま振り返るが、桂はどこ吹く風。

 

 「全く、ヅラのやつも学ばねぇな〜」

 

 銀時が腰をかきながら、わざとらしく嘆息する。

 

 「今回、マリーの奴があんな目に遭ったのは、元を辿ればテメェの責任だっての。反省しろよ、ヅラ」

 

 「誰がヅラだ、桂だ!」

 

 銀時と桂がいつもの茶番を交わす中、沖田が飄々とした口調で割り込む。

 

 「まぁ、そもそもは土方さんの監視体制がガバガバなのが問題だったわけで。敷地内の出入り管理がちゃんとしてれば、こんな事にならなかったはずでさぁ」

 

 「お〜、じゃあつまり全てはオタクの副長殿が腹切って詫びるってことで?」

 

 銀時がにんまりと笑ってそう告げると、

 

 「さんさーい」

 

 桂・沖田・アズサが息ぴったりにハモった。

 

 「……賛成じゃねぇよ!!全部お前らのせいだろうがァ!!」

 

 遂に堪忍袋の緒が切れた土方が、豪快なツッコミを教室中に響かせた。

 

「ところで、シスターフッドの方が一体、何故このような所に……?」

 

 問いかけたのはコハルだったが、口調に攻撃性はない。だが、その言外に含まれる“警戒”は、誰の耳にもはっきり届いた。

 

 マリーは一瞬きょとんとし、次いですぐに柔らかな微笑みを浮かべた。だが、その唇はわずかに揺れ、その笑みはどこかぎこちなかった。

 

 「えっと、それはですね、こちらに補習授業部の方々がいらっしゃるとお聞きして……ただ、ハナコさんが在籍されているとは知らずに……」

 

 「ふふっ、私も、成績が良くないので」

 

 ハナコは冗談めかして笑って見せるが、マリーの返答は、どこか戸惑いを含んでいた。まるで予想外の再会に思考が追いついていないような、あるいは……触れてはならない過去が顔を覗かせたような。

 

 コハルは、そんな二人を交互に見てから、少しだけ眉を寄せて口を開いた。

 

 「ハナコ、知り合いなの?」

 

 「えぇ、少しだけご縁がありまして……」

 

 ハナコは言葉を濁す。そして、微笑みのまま話題を変えるように問いかけた。

 

 「それより、マリーちゃんは私を訪ねてきたというわけではないのよね? 補習授業部には、どういったご用事で?」

 

 その問いに、マリーは一瞬だけ言葉を失った。持っていた紙コップをそっと机に置き、背筋を正す。そして静かにアズサの方へと視線を向けた。

 

 「本日は、補習授業部の白洲アズサさん、桂さん、そして……エリザベスさんを訪ねて参りました。伺ったところ、此方にいらっしゃるとお聞きしまして」

 

 「……うん、私?」

 

 アズサは目を瞬かせながら、自分を指さす。

 

 「俺とエリザベスに用だと……?」

 

 桂もまた、狐につままれたような表情を浮かべる。

 

 エリザベスはホワイトボードを取り出し、『何かした覚えしかない』と書かれた一文を掲げた。

 

 当然だ。アズサにしても桂にしても、シスターフッドの関係者など記憶にない。にもかかわらず、目の前の少女は迷いなく名を呼んでいる。

 

 「はい。実は――先日、アズサさんたちが助けて下さった生徒の方から、感謝の言葉をお伝えしたいとの事で……」

 

 マリーは、まっすぐに言葉を紡ぐ。

 

 「本人は……諸事情によりこちらへは出向けませんので、代わって私がこの場に参りました」

 

 「感謝……?」

 

 アズサの瞳が僅かに細められた。記憶を掘り返すように目を伏せ、しかし何も思い当たらない様子で、首を横に振る。

 

 「悪いけれど、身に覚えがないな。桂たちは?」

 

 桂は肩をすくめる。

 

 「いや、俺にも心当たりがない」

 

 エリザベスも『同じく』とボードに記し、ペタペタと揺らしていた。

 

 「恐らく、アズサさんにとっては――何て事の無い出来事だったのかもしれませんね」

 

 そう言ったマリーの声は、どこか寂しさを含んでいた。

 

 「でも、当人からすればとても有難いことだったのだと思います。その……クラスメイトの方々から、いじめを受けていた子がいらっしゃいまして……。その日も、校舎裏手に呼び出されたところを、偶然、皆さんに助けていただいたそうです」

 

 その一言が、空気を一変させた。

 

 「え、えぇっ……!?」  「いじめ!?」

 

 コハルが眉を吊り上げ、憤怒の色を隠そうともせず立ち上がる。ヒフミは驚きに目を見開き、小さく震える手で口元を押さえていた。

 

 「おいおい……」

 

 銀時が、思わず頭を掻きながら呟く。

 

 「校舎裏って……1世代前のヤンキー漫画かよ。やっぱここの生徒、腹黒い奴多いんじゃねぇの?」

 

 「まさか……」

 

 栗子が目を伏せ、首を横に振る。

 

 「私が見た限りでは、そんな風に見えた方はいなかったでござりまする……」

 

 「いや、人は見た目によらないよ、栗子ちゃん」

 

 近藤が静かに言う。

 

 「実際、俺たちが来てから何度も生徒をしょっぴいてるがこういった事例、少なくない」

 

 「っていうか、多すぎるくらいだな」

 

 土方の低い声が響く。

 

 「“お嬢様”って肩書きやら、取り繕った笑顔やら……全部“弱い奴ら”の上に立つための道具になってる。見えないとこで平気でやりやがるんだよ」

 

 「現に、桂たちが追い払った連中も、自分たちが“被害者”だって言ってきた口だからな」

 

 「……何よそれ!」

 

 コハルが机を叩いた。怒りの熱が全身から立ち上っていた。

 

 「うぅ……そんな……」

 

 ヒフミが沈む声を漏らす。その言葉の先には、救えなかった“誰か”への悔しさが滲んでいた。

 

 「おのれ、奴らめ……!」

 

 桂が拳を握り締める。

 

 エリザベスは静かにホワイトボードを掲げる。

 

 『次会ったらミンチにして腹引きウインナーにしてやる』

 

沖田が、不敵に笑った。

 

 「……あっ、その点については安心してくだせぇ」

 

 ふっとポケットから一枚の写真を取り出し、ひらひらと宙に掲げる。紙面には、何やら異様な空間――冷たいコンクリートと無骨な金属フレーム、そして奇妙なピンクの照明に照らされた小部屋で、ぶ厚いマスクと耳がついた奇抜なコスチュームを着せられた数人の女子生徒たちが、哀愁と羞恥の入り混じった表情を浮かべていた。

 

 「奴らが裏でやってた事は、ちゃんと“調査”させてもらいました。すでに俺の『更生プログラム第37号・養豚場コレクション』に登録済みでさぁ」

 

 「何が“更生プログラム”よ!? ただの変態でしょあんた!!」

 

 コハルが即座に叫び、写真を奪い取ろうとするも、沖田はくるりと手首を回し、器用にそれを回避した。

 

 「違いますよ、俺は正義の執行人。愛と慈悲と鞭をもって……生徒たちの本性を導き出しただけでさぁ」

 

 「導いちゃダメです! というか教育の手段がどこかおかしい!!」

 

 ヒフミが突っ込むも、もはやツッコミが追いつかない。

 

「――私達も、その方から相談を受けて漸く知ったのですが……呼び出されてしまった日に、そこを偶然通りかかったアズサさんたちが彼女を助けてくださったとの事です」

 

 マリーの静かな語り口に、場の空気が一瞬で張り詰めた。曇りない目で語るその内容が、あまりにも現実的で、胸に引っかかるほど生々しい。

 

 「え、アズサちゃん、桂さん、エリザベス様……本当ですか!?」

 

 ヒフミの声が裏返る。信じられないといった様子で問いかける彼女に対し、アズサは腕を組み、わずかに視線を逸らす。

 

 「……ん。そういえば、そんな事もあったな。ただ、数で威圧して弱者を虐げる愚行が、目に余っただけだ。それ以上の意味はない。なぁ、桂?」

 

 「うむ、あのような不届き者を放置するなど、この攘夷志士・桂小太郎の名が廃るというもの。見過ごせるはずもない」

 

 エリザベスがすかさずフリップを掲げる。

 

 『よ! 桂さんかっこいい!!』

 

 ――どう見ても手書きだった。用意周到過ぎてむしろ怪しい。

 

 アズサと桂は、鼻を鳴らしながらそれぞれの正義を口にする。正義感というよりは、許容できない「不正」に対する、彼らなりの自然な反応だった。

 

 「それで、その方が報告を兼ねて私達の元を訪れて下さり、アズサさんに感謝をしたいと……ただ、学園内では見つけられず、此処に辿り着いたという次第です」

 

 マリーの言葉には、感謝の気持ちが丁寧に込められていた。しかしアズサはそれに対し、わずかに眉根を寄せる。

 

 「……そうか。だが、別に特筆すべき行動じゃない。結局、私はその後に捕まったしな」

 

 「つ、捕まったのは余り関係ないんじゃ……?」

 

 ヒフミが困ったように口を挟むが、桂がその肩をぽんと叩く。

 

 「なに、ヒフミ殿。我ら志士にとって捕縛など日常茶飯事よ。問題は、抗う心を捨てないことだ」

 

 「いやいやいや、何でそれが“攘夷活動”の話になってるのよ……」

 

 ヒフミのツッコミも虚しく、桂はやけに清々しい顔で腕を組んだまま天井を仰いでいた。

 

 アズサの瞳が、静かにマリーを見据える。

 

 「気の毒だが、虐げられる側がいつまでも耐えるだけでは、事態は変わらない。虚しくとも、無駄に見えても……抵抗の意思だけは、失ってはいけない」

 

 ――その言葉は、芯が通っていた。炎のように熱くはないが、雪解けの水のように静かに、だが確かに胸に沁み込むようだった。

 

 「……そうかもしれませんね。その言葉、確かに伝えます」

 

 マリーは立ち上がると、深々と一礼した。その所作には敬意と感謝が滲んでおり、アズサはそれを黙って受け止めた。

 

 「……でもアズサさんは“氷の魔女”、桂さんは“狂乱の貴公子”なんて噂があったから、てっきりもっと冷たく変な方だと……ふふ、やっぱり噂は噂ですね」

 

 「うん……?」

 

 ぽかんとした顔のアズサに、ハナコが小さく笑って言葉を添える。

 

 「ふふっ、でも、アズサちゃんは氷の魔女って呼ばれても仕方ない部分もあるのよ? ちょっと表情が読みにくいところとか」

 

 「むっ……そんな事はない。私は――」

 

 「いや、いつも仏頂面だから」

 

 「む、むむ……?」

 

 そんなやり取りに、銀時が肩をすくめた。

 

 「まぁな、ヅラも変人だし、あながち間違ってねぇだろ」

 

 「ヅラじゃない、桂だ!!」

 

 「ほら見ろ、反応がもう“変人”」

 

 「あはは……」ヒフミの苦笑が場の緊張を溶かした――その時だった。

 

 

 

 「……つまり、白目を剥いて舌を出せば良いのか?」

 

 アズサの真顔での唐突な発言に、場の空気が一瞬凍った。

 

 「そうそう、あとはよだれ垂らして、鳴けば完璧でーー」沖田が即答。

 

 「総悟ォォォ!!」 

 

 土方が怒声と共に沖田の背中に蹴りを叩き込むと、沖田は華麗に受け流しながら肩をすくめた。

 

 「いってぇなぁ、こちとら養豚術でもって更生プログラム考えてやってんのに」

 

 「いらねぇよその発想が一番の公害だ!!」

 

 「……マリーちゃん、元気そうで良かったです」

 

 ハナコの声は、春の陽だまりのように優しく、柔らかだった。思いがけない再会に言葉は少なかったが、それだけで互いの安否を十分に確かめ合えた。

 

 「はい、私は……ですが――」

 

 マリーの表情に一瞬、翳りが落ちる。が、それを見て取ったハナコは、そっと微笑み、言葉を被せた。

 

 「ふふっ、続きは後で……玄関まで送りますよ。さぁ、一緒に行きましょう」

 

 「……あ、はい」

 

 立ち上がるハナコの動きに促されるように、マリーもゆっくりと腰を上げた。静かに椅子を引き、お辞儀と共に一言――

 

 「お水、ありがとうございました」

 

 その礼儀正しい所作に、思わずその場の空気まで清らかになるような気がした。彼女は、姿勢を正したままハナコの後にぴたりと続いた。

 

 「では、私はマリーちゃんを見送って来ますね」

 

 「みなさん、お邪魔いたしました。先生も……急に訪ねて来てしまってごめんなさい」

 

 マリーが深々と頭を下げる。敬意と感謝を込めたその言葉に、誰もが静かに頷いた――……誰もが、である。

 

 「……ああ、いいっていいって。いい感じに尺が取れたから」

 

 不意に軽い調子で返したのは、銀時だった。

 

 「えっと……何のことかよくわかりませんが……ありがとうございます。それでは」

 

 マリーは困惑を少し滲ませながらも、丁寧な口調のまま微笑み、そして――去っていった。

 

 

 

 ――が、彼女が完全に見えなくなった、その直後。

 

 「……あっ!!」

 

 銀時の間の抜けた叫びが、教室に響き渡った。

 

 「銀さん、どうしたんですか?」

 

 ヒフミが首を傾げて尋ねると、銀時は椅子から立ち上がり、天を仰いで頭を抱えた。

 

 「アイツに土方くんと栗子の結婚式のシスター役やってもらうの忘れてたァァァァァ!!」

 

 「その話はもういいだろォォォォ!!」

 

 土方が絶叫と共に銀時の背に手刀を振り下ろす。その勢いはもはや、模擬結婚式どころか現実の婚姻届けすら破り捨てそうな威圧感を放っていた。

 

 「なぁにぃ、せっかく神の御加護が降りてきそうな清純派シスターが来てたってのに……!」

 

 「てめぇの発想が不純なんだよ! どこが清純派だ、欲望ダダ漏れじゃねぇか!!」

 

 銀時と土方が再びじゃれ合うように(あるいは真剣に)揉み合いを始める中、

 

 ヒフミは、笑いをこらえながらそっと頭を抱えた。

 

 ――かくして、マリーの訪問は幕を閉じたが、嵐のような余韻だけは、確かに補習授業部に残されたのだった。

 

 




次回予告

銀時「やれやれ突然の雨とかついてないな〜おい。」

ハナコ「ふふふそうでもないですよ。」

「こういう時こそみんなでーー」

「水着パーティーです」

次回 天気予報をよく見て雨が降ったら室内干しやるように

〜透魂〜第一回キャラクター人気投票

  • 銀時
  • 新八
  • 神楽
  • 沖田
  • 土方
  • 山崎
  • 高杉
  • 定春
  • エリザベス
  • ホシノ
  • シロコ
  • ヒナ
  • アコ
  • ミカ
  • ナギサ
  • セイア
  • ユウカ
  • ノア
  • 近藤
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