怪人とくらそっ!   作:エビソード怪人

1 / 1
1 河原のミーティング

◆序文

 

 作為性を感じさせない怪人ムーブが自然発生的にSNSに沸き起こった。

 はじめ安全で退屈な日常に刺激を求めた市民が趣向を凝らしてコスプレする程度のものだったが、やがて現体制への不平を視覚的に体現して魅せる、つまりは破壊衝動・恐怖・殺人願望などといった負の感情を実際に『着て』、我が身と同化しようとする試みが始まった。

 平和で穏便だったものが先鋭化して過激になるのが世の常で、衣装を脱げばただのヒトへ戻れるコスチュームプレイに飽き足らず、自身の肌にメスを入れ異形に成り果ててまで怪人に変身したいと切望する者も少なからずいた。

 彼ら彼女らをそこまで思い詰めさせた現社会は腐り切っていたのか?

 いいやそうは思えない。

 衣食住足り、小型で多機能な最新家電に囲まれて孤独を感じさせない幸福な生活を保障する。

 現行社会はできうる範囲で彼ら彼女ら市民に寄り添い尽くしてきたはずだ。ならばなぜ?

 結論──百パーセント正しい結論など無論この世には存在しないが──を言えば、ヒトという種は綺麗な枠に収まって生きられる動物ではなかったのだ。必ずはみ出そうとする。それも、内に入れず外に追われ枠との激しい摩擦のなか生きざるを得ない者達にとっては尚の事。

 未来さえ計算できるこの息苦しい電気社会に投じられた予測不能な存在、それが怪人。

 正義にも悪にも属さぬ自由で孤独で異質な怪人という生き物が、厳しく制度化されたこの家畜システムに投じられたなら。

 いったい。

 どんな現象が巻き起こるのか。

 怪人に憧れた人々が抱いていたのは、そんな、純粋な、好奇心であったのかもしれない。

 

 

 

◆河原のミーティング

 

 俺が『文明を捨て去りし怪人の集い』略して『モフモフ会』に参加したのは成り行き上というか不可抗力と言うべきか。

 現在、怪人達は社会に適合しようと足掻く『文明派』と、社会を否定する『自然派』の二極に分かれてしまい、ただでさえ孤立しがちな怪人が更に分断されて良くない方向に行ってるように思う。

 文明派はスマホや新幹線を当たり前に利用していて、一般人類と変わらず生活するため人類との軋轢が絶えず、数で勝る人類に立ち向かった怪人が度々事件を起こしてしまっている。

 そもそも我慢ができない性分だから人間だった自分を捨てて怪人化してるわけで、理屈上は然りなのだが、そいつらのやらかしのせいで俺達自然派の怪人まで危険視され排撃される現状はどうにも納得いかない。

 だがそれも、総帥に言わせれば「あるがまま、なすがまま」なんだろうけど。

 

 そんなこんなで、俺はまたしても川に架かる橋の下へと足を運んだのだった。

 今の俺の家から自転車漕いで1時間。

 ほどほどの文明を育む平野をそこそこ多い水量で二つに裂いたこの北内川(きたないがわ)流域が俺達、『文明を捨て去りし怪人の集い』のホームだった。

 

「よっし! みんな集まったねー」

 

 よく通る高い声に号令されてモフモフ会、正式名称『文明を捨て去りし怪人の集い』の第15回目の定例ミーティングが始まった。

 

「んじゃ、今月も始めますか。テツ君、参加ありがとね」

「……別に。いいって、総帥」

 

 このテツってのが俺のことだ。……勿論、テツは俺の本名じゃない。

 俺に話しかけてきたのが総帥と呼ばれる、(俺らに呼ばせている)怪人だ。

 

「ナーオも、来てくれてありがとっ」

「……(無視)」

 

 モフモフ会の参加メンバーは俺が知る限り3人。

 総帥、俺、ナーオの3人だ。

 総帥は仰々しい名前の割にはただのサークル代表ってだけの怪人で、特撮みたく人類を殺戮して世界をどうこうしようなんて大それた野望もないし、狼を模した怪人らしい出で立ちも所詮はコスプレなので、ひと肌脱げば眼鏡が似合うただの一般会社員に戻る。

 ただその思想が現代文明を完全に否定するという反社会的なシロモノで、スマホ、車、香料、AI、人工妊娠中絶に至るまで、現代人が現代人であるための叡智をことごとく拒んで自然の猿に回帰しようというのが総帥の願いであるらしい。

 流石にそこまで行くと極端ではあるのだが、自然派を自覚している怪人は多かれ少なかれ文明に『つかれて』いて、野生への復帰を理想視しがちではある。当然ながらそこに俺も含まれているのだが、俺は文明を完全に排除して怪人が生きて行けるとは思えないし、自殺行為に等しいのではと危惧してもいる。総帥の前では言えないが……。

 

 橋の下、雑草に囲まれながら総帥は拳を振って持論を展開し始めた。

 元々、総帥がこの集いを始めたきっかけが「SNSで文字を打つだけじゃもう我慢できない!」だったらしく、批判も中傷も検閲もない自由な言論空間を欲してこの橋の下へと行き着いたらしい。

 確かにこの川べりは人類も文明もなくて自由なのかもしれないが、俺とナーオ以外は草しか演説を聞いていないし、独りの頭で考えただけの理屈をベラベラ喋ったからって世界が変わるわけでもない。

 麗らかな太陽の下、狼の瞳の奥に真っ赤なメガネを光らせて、総帥は自分の声を川の流れに溶かしていった。

 総帥から離れていても声がよく聞こえるのは、元は歌い手志望だったからと総帥がこの前話していたっけ。

 総帥──いや、この女の人は、本当は怪人になんてなりたくなかったんじゃないか?

 俺は、そう思わずにはいられなかった。

 

 一方、ナーオは総帥の教義なぞ馬の耳に念仏といった風情で、河原に飛来する蝶々を追っていた。

 …………ナーオについても、一応説明しておくか。

 ナーオも当然、本名じゃない。怪人は基本的に本名を名乗らない。姓名は人間時にはめられた足枷と考える風潮が怪人界にはあり、俗世を捨て怪人に変貌した後は自ら命名して名乗りを上げるが粋とされている。

 もっとも、ナーオが自分で名乗ることは絶対にありえない。

 

 なぜなら、ナーオは、猫をベースにした改造人間だからだ。

 

 同じ自然派怪人の中でも、文明の利用を即時やめて自然回帰を唱える総帥達が純自然派としたら、その逆。文明を最大限使用しながら自然回帰の達成を目論む派閥もまた存在する。……むしろそちらの方が数が多い、主流派だ。

 世俗自然派とでも呼ぶべきその勢力は一部が相当に過激で、何しろ文明を使って文明を破壊しようというのだから倫理観なぞあったものじゃない。

 自然派共通の終着点が人類のこさえた倫理とやらの消却にあるとしても、文明を捨てヒトという動物に一度戻ってから倫理を忘れ去ろうとする純自然派と、倫理を忘れてから文明を破滅的に濫用する世俗自然派じゃ順序が全く違う。

 

 この世界に怪人ブームが起きてからというもの、世俗自然派は自然回帰を名目に人類をさらっては動物と融合させる人体改造手術を施した。

 ナーオも被検体の1人ってわけだ。

 ナーオはシルエットこそ女子高生の体だが、頭の中には50匹分の野良猫の脳が詰まっている。

 頭頂部にはつぎはぎで形成された人造の猫の耳。

 肌には色とりどりの猫の被毛。手には肉球。勿論鋭い爪も隠れてる。

 猫を材料に人の型に押し込めたらどうなるか。そんな邪悪な好奇心の下に生み出された怪人がナーオだ。

 だからナーオは名乗れない。猫の言葉しか知らず、猫の鳴き声しか喋れないから。

 

 ナーオのような被検体は街に放たれ、人類と遭遇しては双方に甚大な被害が出ている。

 このままでいいのか。

 ナーオのふりふり動く尻尾を眺めながら、俺は無意識に拳を握り締めた。

 

 

 

◆水も飲めない

 

 そろそろ、ミーティングの終わりが近いみたいだ。総帥が演説を止めた。

 

「いやー、それにしても、喉乾いたねー! んじゃ、今日はここでお開き、という事で〜」

 

 俺らのリアクションを待たず一方的に宣告した総帥が、河原を歩いて川に入った。狼のコスプレ衣装を着たまましゃがみ、両手で川の水をすくって口元に持って行く。そのまま川の水をひと息に──飲まなかった。

 手を止めて、指の隙間からポタポタ水を落としながら逡巡している。そりゃそうだ。ここから上流には工場が幾つもある。工場排水がクリーンだった例がない。文明で汚染された河川の水。直に飲めばどんな地獄が待ってるか想像できない総帥じゃない。

 

「い、いや〜。喉乾いたな〜、水飲みたいな〜」

 

 ……とか言いつつ、総帥が躊躇ってるうちに、すくった水は掌から落ちてしまった。

 さっきあれほど「自然に帰ろう!」「ヒトは文明を捨て生きて行こう!」と息巻いていた総帥がほんのコップ1杯の川の水すら飲めない。その残酷な現実に打ちのめされたのか総帥はカクっと地面に膝を着けヘナっとお尻を着地させた。その後、よく喋る総帥が黙り込み微動だにしない。恐らく、狼のマスクの奥で泣いてるんじゃないか?

 俺は背負ったリュックからペットボトルを取り、へたり込む総帥のとこまで歩いて行った。

 

「総帥、無理しないで下さい」

 

 スポーツドリンク入りのペットボトルを渡す。熱中症を案じて今の俺の母親が持たせてくれたものだが、今日もまた総帥の胃袋に吸い込まれていった。

 

「テツ君、ありがと〜〜っ!」

 

 狼の被り物をしたまま一瞬でボトルを空にした総帥がキャップを締め締め俺にボトルを渡して返す。

 

「やっぱり、無理なんですよ。便利さを捨てて、自然の中で生きるなんて……」

 

 俺は地べたにレジャーシートを敷いて座り自分用の水筒で水分補給しながら総帥に言った。総帥は俺の隣に座って狼の手で膝を抱えて、「……うん」と一言呟いた。

 

 そんな俺達をよそに、蝶々を食べ終えたナーオが川に顔を近付け、舌をピチャピチャ動かして川の水を飲み始めた。

 形は女子高生だが頭の中身は野良猫なので人体の健康に関する頓着そのものが無い。

 

「なんだかなぁ……」

 

 俺が呆れて見ていると、隣で総帥が

 

「人体動物融合実験、正解なのかもね……」

 

 珍しく、間の抜けた調子で溜め息をついていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定