メモリアル・アーカイブ 作:神話オタク
そしてお気づきでしょうが作者はトリニティ(補習授業部顧問)先生です。
生徒のことはみんな大事だ、などと言ったものの、私は大人である以前に一人の人間であり、好き嫌いや得意苦手がある。
出先で自治区ごとに違った特色のある食べ物に舌鼓を打つのが好き、フィギュアやプラモを飾るのが好き、生徒の話を聞くのは得意、でもデスクワークは嫌いだし、書類の管理は苦手だ。
同じように、生徒にも私から積極的に関わりたいと思う生徒と、腰が重たくなる生徒がいる。この差は、本来よくないことなんだろうけれど、私は大人であってもただの凡人だ。
「あら、先生」
「こんにちは、ハナコ」
前置きというか、言い訳を並べても私に苦手な生徒がいるということには変わりない。重たい腰を上げてトリニティ総合学園の正門を通り抜ける。もう通常の授業は終わっているようで、すれ違う生徒たちに挨拶を返しながら進んでいくと、噴水で涼みながら本を読んでいるハナコの姿があった。
「今日はどなたからデートに誘われたのですか?」
「ちょっとね」
「秘密の逢瀬……というわけですね♡」
私にモモトークを送ってきたのは彼女ではない。いや、彼女が得意か苦手かで言えば若干、苦手な部類ではあるけれど、それも補習授業部として日を重ねることで随分と緩和されていっている。
思わせぶりな言動、裏の読めない言葉に惑わされることはあっても、それが彼女なりのコミュニケーションだと理解すればかわいいものだ。
「……ははは、内緒にしてもハナコには隠せそうもないだろうね」
「そうですね」
「本当にそうなんだ」
「
柔和な微笑みでまだ名前も言っていない生徒の行方を知らされて、私は苦笑いをするしかなくなってしまう。恐らく、顔に出ていたのだろう。
──私は、あの子が苦手だ。衝動的で、感情的、だが妙なところで自己肯定感が低く承認欲求も高い。だから他者に自分を肯定してもらうことに飢えて依存しているし、肯定してくれる誰かに依存したがる。
「……先生」
「ごめんね、ありがとう」
「いえ……私は、彼女の気持ちも、少しだけ解ってしまうんです」
「ハナコ?」
「似て非なる、歪な鏡のよう……とでも言いましょうか、時折、あそこに居たのが自分ではないのかと錯覚することがあるんです」
ハナコの言葉は、どこか悲哀を帯びていた。
目の前にいる、浦和ハナコという人物は、私なんかよりも大勢を見極める力があって、自分が思ったことを実現できる能力がある。
かつて、彼女は「トリニティくらい半日で転覆させられる」と笑顔で言ってみせた。私の権限ありきと前提は付けていたものの、それを考えるくらいに追い込まれていて、それを実行しようとすればまさしく彼女と同じ称号を得たのだろう。
「だから私は、少しだけあの方に同情的なのかもしれませんね」
「……あの子の気持ちを解ってくれるのは、私としても嬉しいよ」
「まぁ、それ以外にも、彼女が欲しているものを私が持っている、という優越感から来ているというのは否定できませんが」
──だからこちらから話しかけて、仲良くなることはできないのです。
そう、続くような気がして、私は何も言えなくなる。ハナコがそういった感情に振り回されることのないという信頼はあるけれど、差し伸べた手に縋られるのも、憐憫だと振り払われるのも望んでいないだろう。
「少し話過ぎたね、それじゃあ」
「はい」
私は、自らを罰するように堕ちていく彼女に手を差し伸べた。あの時は本当に私もいっぱいいっぱいで、他に方法が思いつかなかった。そんな言い訳を並べて、結果として彼女はずっと傷ついている。
だけどやり直せると思ったのは間違いではないと今でも思っている。
あの子は、明るくて友達思いの彼女は、聖園ミカは、魔女なんかじゃないと。
──それで衝動的に「私の大切な
「やっほー☆ 来てくれたんだ、先生!」
「うん」
「あ、でも今ドロドロだからさ……もうちょっと後で会いたかったかも、なんて」
「私は気にしないよ」
「そ、そっか……いやいや、私が気にするから!」
やや顔を赤らめるミカはもうすぐ終わるから、と雑草を抜いていく。
健気なその様子を、だが通り過ぎるトリニティの生徒たちは冷ややかな目を向ける。依存されてはいけないと思いつつも、私がミカに手を貸してしまうのは、彼女が道を外す前に私が助けられた筈なのにという後悔だった。
「無駄なアピールご苦労様」
「先生も可哀想に」
ちいさく、だがしっかりと耳に入ってくる嘲り、憤り、妬み、そんな負の感情が私たちの──いや、ミカの背中に刺さっていく。
トリニティの殆どの生徒にとって聖園ミカは普段は目にすることすらないティーパーティーの一員で、三大派閥パテル分派のトップで、だというのにトリニティを裏切りアリウスを使って同じティーパーティーの百合園セイアを傷つけ、エデン条約の調印式の場にミサイルを打ち込んだ張本人なのだから。
全てがミカのせいじゃない、むしろミカのおかげで白洲アズサはトリニティで友人に囲まれて過ごすことができている。
だけどベアトリーチェのこと、アリウスに何が起こったのかという真実は公にはできない。ゲマトリアという存在はそれだけ、生徒にとって悪影響だからだ。
「……せ、先生?」
「手伝うよ」
「ど、どうして」
「……私も何かしたくてね」
「そ……そっかぁ……」
彼女が自分を罰し続けているように、私もあの事件の結末を、黒幕という役をミカに押し付けた罰を本来は受けなければならないと思っている。
トリニティ生からの冷たい視線も、嘲笑も、憤怒も、本当は私も背負わなくてはいけない。
「ありがとう、先生」
「……どういたしまして」
お礼を言ってもらえるような大人ではない。私はミカを本当の意味で助けてあげられなかったのだから。
でもミカはまるで救われたかのように笑顔を向けてくれる。
「着替えるまで待っててくれたんだ……えへへ」
「勿論」
「で、でも消灯時間まで少ししかないから」
「……そのことなんだけど」
「え?」
「ナギサとサクラコ、あとハナコにも協力してもらってね、外出許可をもらってきたよ」
「──ッ!」
ナギサは以前からミカの自罰的な言動を憂いていたから、少しでもミカが自分を許せるようにとすぐに許可してくれた。サクラコは少し渋い顔をしていたように感じたけれど、ハナコが何かを耳打ちして、二人で数回やりとりをしたらやや頬を赤らめて「なにか問題を起こさないと
「だからパテル派の人たちはナギサが、寮の監督生はサクラコとハナコが説得してくれたよ」
「……ナギちゃんやシスター・フッド、ハナコちゃんが」
「だから少し……歩こうか」
流石にトリニティの自治区外に出ることはできない。ミカの場合はシャーレの当番として呼ぶことにすらかなりの制約が付きまとう。
本当ならもっと自由にしてあげたいけれど、今はこれで精いっぱい、私にできる精いっぱいだ。
「──うん!」
だがミカにとっては嬉しいサプライズになったようで、瞳を潤ませながら私の手を取る。
その姿は「魔女」というにはあまりにも眩くて、透き通る光を放っているようだった。目を細めて、私は彼女を隣に立たせる。
聖園ミカは決して魔女なんかじゃない。キミはいつだって、私の大切な生徒だから。
「何処に行こうか?」
「先生がエスコートしてよね、そういうのって男の人がするものだもん」
「ははは、その代わり文句があってもちょっとは我慢してね」
「んー、考えておくね☆」
日が暮れていく街へと繰り出していく。
──私は、聖園ミカが苦手だ。だけれど、それは彼女を嫌っているというわけではない。
生徒と大人という線を意図的に、敢えて引いている私にとって衝動的で感情的な彼女は、私に肯定されることでその線を容易く飛び越えようとしてくる。
明け透けな程の好意は、私の判断を鈍らせてしまう。だから、偶には──私もミカのように感情的に、そしてあの時のハナコのようにもう少しだけ自分の思うままに振舞ってみてもいいだろうか。
「あー、おいしかった! 先生、あんなスイーツのお店知ってたんだ!」
「放課後スイーツ部の子に教えてもらってね」
「放課後スイーツ部……ふぅん、そのカンジだと二人きりで出かけちゃってるの?」
「そうだね、今のミカと一緒だよ」
「……ずるい言い方、先生ってそんなこと言う人だっけ?」
「どうだろうね」
すっかり日も暮れて、星明かりと街灯が照らす通りを並んで歩いている。誤魔化すような言い方をして、私は自分に苦笑いをしていた。
隠すことのない嫉妬、話題に出た放課後スイーツ部のメンバーであるカズサにも忠告されていた。あれはひょっとしてミカのことを言っていたのだろうか。
「ミカ」
「なに?」
「誰がなんと言おうと、たとえミカが自分で名乗ろうと、キミは魔女なんかじゃないよ」
「うん」
「キミは、キミを許していい。ナギサも、セイアも、アズサも、キミが魔女として石を投げられる姿を見て心を痛めているよ」
「……でも、先生も言ってたよ。私は悪い子だから、そんな風に許しちゃったら──また騙されちゃうかもね?」
「もう騙されたりしないよ」
「そっか」
ミカは私の言葉に微笑み、そして少しだけ前を歩いてから振り返った。
──街灯が途切れた少し暗いはずの路地に、けれど彼女の表情がはっきりと解る程に月と星が聖園ミカにスポットライトを当てた。
「──でも私は、きっと何度でも先生を騙そうとするよ」
「ミカ」
「考える前に、こうしたいって思ったこと、しちゃうから」
「うん、それがキミだね」
「あはは、そうそう──だから、騙されないなんて、簡単に言わない方がいいよ?」
一瞬、スポットライトからミカが消える。
そして次の瞬間には私の目と鼻の先にまで迫っていた。無意識に後ずさっていたのか、背中にはトリニティ門があり、まるで逃がさないとばかりにミカの手が私の肩の横にあった。
「ほら、先生は弱いもん」
「そうだね、でも……私だってミカのことを解ってきてる」
「どういう意味?」
「──こういう意味ですよ、ミカさん」
格子の門、背中を向けていた私の横から銃弾が発射され、至近距離でミカに当たる。
流石に驚いたのか、飛びのいて射線の先に目を向けたミカがその相手に驚愕していた。
無理もない。フィリウス派トップ、ティーパーティーの現ホスト、桐藤ナギサが独りで優雅にティータイムを取っているのだから。
「な、ナギちゃん……?」
「お待ちしておりましたよ、予定よりも随分と」
「ごめんねナギサ」
「おかげで紅茶もすっかり冷めてしまいました」
「……こんなところにまで机と椅子を持ち出しているのは、私のせいではないよね」
「それよりも、先生に危害を加えようとするなんて……ミカさんにはロールケーキが必要なようですね」
「危害って……そういうわけじゃ」
ミカのことだから別れる直前になったら何かしらの行動を起こすことは読めていた。
まさかナギサ本人がいて、問答無用で銃を撃つ、なんてのは予想できなかったけれどね。
後でナギサが言うには、他の方に見られるのは私の責任問題にも発展しますので、ということらしい。セイアの直感もあって、驚くこともなかったようだ。
「私だって学んでいるんだよ、何度も騙されてあげられなくてごめんね」
「……やっぱり、今日の先生はずるいね」
「大人だからね」
「さて、ミカさん、行きますよ」
「はぁい」
不満げな、けれど何処か楽しそうな顔でミカは私に手を振りながらナギサと共にトリニティの敷地内へと消えていくのを見送った。
──私らしくなかっただろうか。なんて自問してみても、そもそも生徒の前に見せる私らしさとは何だろうか、という意味のない問が返ってくるだけ。質問に質問で返すだなんてナンセンスだ。
「今度、ナギサには何か恩返しをしないとね」
頭を切り替えるためにそんな独り言を呟いて、シャーレへの道を歩き始めた。
仕事もせずにこんな時間までシャーレを空けていたとあれば、きっとリンちゃんからの小言は必至だろう。
せめての現実逃避とばかりに地下鉄に揺られる間、私は最新のプラモデルの情報やフィギュアの製作情報などをSNSでチェックしながら帰るのだった。
壁ドンしたら撃たれるミカさん、効いてないけどかわいそう。