よい子テスト~悪い子は死んでください~ 作:崖の上のジェントルメン
「ダメだ!みんな!中へ入っちゃいけない!」
僕、浅倉 直樹は、生け贄組のみんなが校内に入ろうとするのを止めていた。
「なんで止めるんだよ浅倉!大暉たちが中に入っていったんだぞ!?助けに行かねえと!」
「テストのルールを思い出して!僕たち生け贄組は、制限時間内にグラウンドへ出てないといけない!つまり、制限時間内に校舎にいたら、ゲームオーバーになるってことなんだ!気持ちは分かるけど、今は堪えて欲しい!」
「そ、そうは言ったってよお!みんながミノタウロスにやられたらどうすんだよ!俺たちはみんなに助けられたんだ、今度は俺たちが助けにいかなくてどうすんだ!」
ああ、困ったなあ。友達思いがゆえに、危険を省みない状況になってる。
(僕も正直、優太郎くんと海斗くんが心配だし、助けに行きたいところだけど……僕たち生け贄組が戻ったら、確実に間に合わない)
そんな歯がゆい思いを抱いていた、そんな時だった。
「あっ!おい、帰ってきたぞ!」
「!」
その声につられて、僕は校舎の方へ目をやった。
そこには、吉田くん、谷口さん、海斗くん、そして優太郎くんの姿があった。
優太郎くんは腕を怪我したようで、海斗くんに担がれながら、血を垂らしていた。
「優太郎くん!」
僕が駆け寄ると、彼は痛みに悶えながらもニッと笑って、「クリアしたな」と答えた。
「藤山!」
「藤山くん!」
「優太郎!大丈夫か!?」
ふと気がつくと、彼の周りには人が集まっていた。
「へへっ、ちょっとドジっちまってさ。まあ、死なずに済んでよかったぜ」
「藤山……」
「みんな、無事に生き残れてよかった。俺、嬉しいよ」
「「………………」」
彼の言葉を受けて、テセウス組の者たちは黙り込んでしまった。
そして、その中の浜田さんがぽつりと、「ごめんなさい」と告げた。
「私、藤山くんのこと……疑っちゃってた」
「………………」
「酷いこと言ったりして、ごめんなさい……」
それに影響されて、他の人たちもみんな「ごめん」や「すまん」といった謝罪を述べていた。
僕には何のことか分からなかったけど、きっと僕らを助ける道中で、テセウス組もいろいろあったのだろう。
「いいさ、俺は気にしてない」
藤山くんは朗らかに笑ってみせた。
「こんな極限の状態じゃ、気が動転してもおかしくない。みんなは何も悪くないさ。悪いのは……」
と、そこまで彼が口にした時だった。
『二年一組のみなさま、お疲れ様でした』
僕たちの前に、あの片羽の天使が現れた。
『トゥルークリア、おめでとうございます。いくつかのクラスにテストを受けてもらいましたが、トゥルークリアを達成したのはみなさまを含めて、2クラスしかありません。素晴らしい成績です』
「………………」
『これにて、第二回実力テストを終了します。教室に戻り、授業を再開してください』
それだけを言って、その天使は僕たちへ背を向け、去っていこうとした。
「………………」
僕の胸の中には、いろんな思いが渦巻いていた。
丁寧な口調だけど、そこにはなんの感情もない。人の善性を測るために、生き死にのテストを開催する、悪魔のような天使たち。
正直、言いたいことはたくさんある。
でも、悪口や暴言は減点対象になる。だから僕は、ぐっとその気持ちを飲み込むしかなかった。
きっとここにいるみんなも、同じ気持ちだったと思う。
「……ちょっといいですか?」
そんな中、天使の背中へ声をかけた人がいた。
藤山くんだった。
彼は海斗くんの肩から離れて、一人足を引きずりながら、天使へと近づいていった。
「前々から思ってたんですけど、どうしてこのよい子テストって……悪いことしたら減点されるのに、いいことをしても加点されないんですか?」
『よいこと?具体的には?』
「……ごみを拾ったり、人に道案内をしたり、おじいさんやおばあさんへ席を譲ったりしても、俺は全く点が変わらなかった。なぜ、それらを加点してくれないんですか?」
『申し訳ありませんが、よい子テストにはそのような制度はありません』
「………………」
『よい子が、よいことをするのは、当たり前だからです』
「……そうですか」
藤山くんは、一度目を瞑り、深く息を吐いた。
「……そんなことで、本当によい子を測れるんですか?」
そして、すっと目を開けて、さらに天使へ投げかけた。
静かな怒りに満ちた目だった。
燃え盛る炎が、その瞳の向こう側に見えていた。
「テセウス組のみんなは、俺を責めたことを謝ってくれた。吉田くんに至っては、自分のことを省みて、助けに来てくれた」
『………………』
「直樹たち生け贄組のみんなも、俺たちを信じて待っていてくれた。海斗はみんなを逃がすために、自らミノタウロスの囮になってくれた……!」
『………………』
「そして、谷口は……俺がみんなから責められても、一人味方してくれたんだ……!」
藤山くんは、ぐっと歯を食い縛った。
そして、お腹の底から、思い切り叫んだ。
「なんでそういうことを、評価しないんだ!?」
「お前ら勘違いしてるみたいだけどな、よいことをするって簡単じゃねえんだぞ!怖くて、勇気が出なくて、泣きそうになる中でも、それでも優しくなれるってことなんだぞ!それがどれだけ立派なことか、お前らは本当にわからねーのかよ!?」
『………………』
「そういう気持ちを知りもしないで、お前らが勝手にやった勝手なテストで、よい子だなんだって基準を作りやがって!いいことをしても無視する癖に、悪いことをしたら殺すまで減点しやがって!ふざけんじゃねえ!」
『………………』
「俺は、絶対こんなテスト否定してやるからな!こんなテストで、お前らなんかに評価されてたまるか!」
バカヤローーーーーー!!
『………………』
天使は、じっと藤山くんをみていた。
そしてぽつりと、『5点減点です』とだけ言った。
「………………」
天使はそれ以上何も言わずに、その場から立ち去っていった。
風が吹いて、グラウンドの砂ぼこりが舞っていた。
……優太郎くんはその後、すぐに保健室へ行き、応急措置を施した。
肩から背中にかけて切られていたものの、思ったよりも傷が浅いらしく、数日で完治するとのことだ。
「ふー、よかった。血がやたらと出るから、内心めっちゃ怖かったんだよな」
そう言って安堵する優太郎くんを見て、僕と海斗くんも微笑んだ。
「優太郎、やっぱお前、足が遅いんだって。無理してカッコつけるんじゃねーよ」
「はー!ひでえ言い草だぜ。そんな悪口言ってたら、減点されるぞお前」
「こんなんで減点されるかよ。ほら、見てみろ。点数変わんねーぜ?」
「おいおい、なんでこれが減点されないんだよ!やっぱこのテストおかしいって!」
優太郎くんと海斗くんの悪友漫才を見て、僕はクスクスと笑った。
「それにしても、今回のテスト、みんなでトゥルークリアを達成できたのは大きかったね」
僕がそう言うと、二人はこくりと頷いた。
この三人の点数は、今このようになっている。
僕:11点。
海斗くん:9点
優太郎くん:12点。
優太郎くんは、さっきの天使への暴言がなければ、17点という圧倒的な点数になっていた。
「よかったの?優太郎くん。せっかく17点だったのに」
「いいんだよ。こんな点数、あいつらが勝手につけただけだ。死なない程度に残しときゃいいのさ」
「ふふふ、優太郎くんらしいね」
彼だって、せっかく命がけで手に入れた点数を減らしたくはなかったはずだ。
それでも、言わずにはいられなかったんだろう。それくらい、優太郎くんには許せないことだったんだ。
(みんなのために、あれを臆せず言えることが、優太郎くんの一番優しいところかも知れないな)
僕はそんなことを思いながら、三人で教室に戻っていった。
……それから僕たちは、また日常に帰ってきた。
よい子テストに監視された、息苦しい日常ではあるけれど、あの実力テストを終えられたことで、僕たちの空気は朝よりも緩和されていた。
何より、今回はクラスメイトの誰も死ななかった。これが、かなり精神的に大きかった。
みんなで頑張れば、これからも生き残れるかも知れない。そういう希望が灯ったような気がした。
キーンコーンカーンコーン
夕方になり、帰りのホームルーム間近となった時間帯。この時に、天使からの放送がなった。
『現時刻をもちまして、第二回実力テストを全クラスが終了いたしました。参加者のみなさま、お疲れ様でした』
『これより、各クラスの成績を発表します』
天使はそう言うと、三年生から順にテストの結果を放送した。
『三年一組、ノーマルクリア。クリアまでの時間56分24秒。死者5名』
『三年二組、ノーマルクリア。クリアまでの時間59分3秒。死者3名』
『三年三組、クリアできず。死者17名』
「………………」
この放送が流れ始めた瞬間、僕たちの間にあった前向きな空気が、また凍りついていくように思えた。
みんな神妙な表情で、静かにうつむいていた。
結果を聞くだけで、どんな残酷なことがあったのか、容易に想像できてしまう。ありありと、目の前にその光景が浮かんでくる。
『二年一組、トゥルークリア。クリアまでの時間60分00秒。死者0名』
僕たちの結果も発表されたけど、誇らしいとは思えなかった。
それはみんなも同じだったようで、教室の中はしーんと静まり返っていた。
……事が起きたのは、一年生のクラスだった。
『一年三組、トゥルークリア』
「!」
これか。
天使がトゥルークリアは2クラスしかないと言っていたけど、一年三組のことだったんだ。
「………………」
そして、その次に発表された結果に……僕は度肝を抜かされた。
『クリアまでの時間、6分17秒。死者0名』
「え!?」
僕は思わず、声が出た。
優太郎くんと海斗くんも、「は!?」と言って席を立っていた。
他のクラスメイトたちも、みんな顔を強張らせていた。
(あ、あのテストを、6分でクリア……?)
僕と優太郎くんと海斗くんは、みんな顔を見合わせた。
天使はそんな僕らを置いていくように、淡々と発表を続けていた。