よい子テスト~悪い子は死んでください~   作:崖の上のジェントルメン

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13.かけがえのない休日

 

 

……2026年10月24日、土曜日。

 

「だーーーー!また負けたーーー!」

 

俺は部屋いっぱいに、遠吠えを轟かせた。

 

俺と海斗は、直樹の家に遊びに来ていた。

 

海斗と格闘ゲームの対戦をしていたが、こいつ容赦なしにこてんぱんにしてくるもんだから、一向に勝てなかった。

 

「まだまだでんなあ、優太郎くんよ!」

 

「このー!お前マジちょっとは手加減しろよなー!」

 

「手加減されて喜ぶようじゃ、修行が足りねえよ!ぎゃははは!」

 

海斗のバカ笑いに、俺は思わず「クソ野郎め!」と言いそうになった。さすがにこんなところで減点されるのは嫌なので、言わないが。

 

ちぇ、こういう時にも、テストのことが頭にちらつくようになっちまった。

 

「お待たせ、二人とも。お菓子持ってきたよ」

 

その時、直樹が扉を開けて部屋に入ってきた。手にはポテチの袋が掴まれていた。

 

「おー!サンキュー直樹!」

 

「コンソメしかなかったけど、よかったかな?」

 

「なに言ってんだよ、ポテチなんて何味でも美味いぜ!」

 

直樹は小さなテーブルの上に袋を置き、いわゆるパーティー開きをやって、三人が一遍に食べれるようにした。

 

「はー、なんかようやく、落ち着けた気がするわ」

 

俺がそう言うと、海斗も直樹も深く頷いた。

 

「つい3日前は、俺と優太郎はミノタウロスに追いかけ回されてたんだぜ?信じられるかよ」

 

「なんだか遠い話だよね。みんなで一緒に見た悪夢だったようにさえ思うよ」

 

そう、みんな同じ気持ちだった。

 

生死を賭けた恐ろしいテストは確かにあったし、今も続いている。これからも何度もある。なのに今は、それが嘘だったかのように平和なんだ。

 

頭の上の数字がなければ、本当に夢だったと思いたくなる。

 

「なんか、変な言い方するけどさ、これっていわゆるデスゲームみたいなものだよな?」

 

俺がそう言うと、直樹が「デスゲーム?」と聞き返した。

 

「ほら、漫画とかであるだろ?負けたら死ぬゲームみたいなの」

 

「ああ、確かによく見かけるね」

 

「一応、そういう状況に似てるんだけどさ、日常は日常で普通にあるのが、こう……逆に嫌なんだよな」

 

「………………」

 

「俺たちが普通に過ごしてて、楽しいはずの時間に……黒ずんだ血が一滴垂れているような、そんな気分になるんだよ」

 

「……うん、僕もよく分かるよ。まるで、自分たちの感覚を壊されているみたいだ。もしかすると、戦争中の兵隊たちも、同じような気持ちになるのかも知れないね」

 

海斗は「ちっ」と舌打ちをし、「つくづく嫌な話だぜ」と呟いた。

 

「そーいや、次の実力テストは11月3日にあるらしいな?」

 

「うん、本来は祝日だけど、テストのために学校へ行かないといけないね」

 

「はあっ、あの天使どもマジうっ……」

 

海斗は寸でのところで、「うっぜー」というのを止めた。

 

「11月にテストか……。修学旅行前にそういうのやるの、キツいな」

 

「今回はみんな助かったからよかったものの、何人もクラスメイトが死ぬようなことになったら……修学旅行なんて楽しんでられないよね」

 

「な、ほんとだよ」

 

俺はポテチを一枚口に含み、パリッと音を立てて食べた。それにつられて、海斗と直樹もポテチを食べ始めた。

 

「にしても、昨日の塩ケ崎さんは凄かったな。あんな子が一年にいるとは思わなかったぜ」

 

「うん、凄かったね!ああいうのを天才肌って言うんだろうな~」

 

「でも、優太郎がやたらと気に入られてたな?お前ってほんと罪な男だよな~」

 

「まさか、塩ケ崎さんの俺への興味は、恋愛感情じゃねえだろ?」

 

「なに言ってんだよ、俺が言ってんのは谷口だよ谷口」

 

「ああ?別に谷口も……俺にそんな気持ちないだろ?そりゃ一緒にテストを乗り越えた戦友ではあるけどさ」

 

「これだよ。見たか直樹?」

 

「優太郎くん、君の唯一の欠点かも知れないね」

 

「???」

 

俺には二人の言っている意味がよく分からず、ぽかんとしてしまった。

 

 

ピリリリ、ピリリリ

 

 

その時、ポケットに入れていたスマホへ着信が入った。

 

「おっ?なんだ?」

 

手に取って着信先を確認すると、なんとそれは谷口からだった。

 

「え?谷口?」

 

俺がその名前を口にした途端、海斗と直樹が「谷口(さん)!?」と声をあげた。

 

「優太郎!早く電話に出ろ!」

 

「え?」

 

「優太郎くん!早く早く!」

 

「あ、ああ……」

 

二人から異様に急かされて、俺はひとまず、彼女からの電話に出ることにした。

 

「あー、えーと、もしもし?」

 

『もしもし、藤山?』

 

「お、おう。そうだけど」

 

『あなた、今時間ある?』

 

「……?どうしたんだ?」

 

『……あの、よかったら……これから駅前で会えないかしら?』

 

「え?」

 

『……べ、別に、大したことじゃないわよ。ただ、少し話をしたいだけ』

 

「話なら、電話でもいいんじゃねえか?」

 

『も、もう、そういうのじゃないのよ。ただ……』

 

「……なんかよくわかんねーが、すまん。今日は俺、直樹んちに来てんだ。もし急用じゃねえなら、明日でもいいか?」

 

『浅倉の家?』

 

「ああ、明日なら時間空いてるぜ」

 

『……そう、分かったわ。じゃあ、明日の11時に、駅前に来て』

 

「おう、分かった。悪いな、今日行けなくて」

 

『いいのよ。そうきっぱり言われたら、私も文句言えないわ。それじゃ、明日……待ってるから』

 

 

ピッ

 

 

そうして、俺は電話を終えた。

 

「……おい、優太郎」

 

「ん?」

 

「なんだったんだよ?今の電話」

 

「いやあ、別に。大したことねえよ」

 

俺は彼女との話の流れを、二人に説明した。

 

「……は~~~~。優太郎、お前なあ」

 

「うーーん、そっか~~~、断っちゃったか~~……」

 

二人は手で顔を覆って、深くため息をついた。

 

「な、なんだよ。明日には会うんだし、いいじゃないか」

 

「僕としては、だいぶ勇気を出してくれた気がするんだけどなあ」

 

「行けばよかったのによお、優太郎」

 

「な、なに言ってんだよ。今日はお前らと一緒にいたいから断ったんだぜ?」

 

「………………」

 

「友だちとの約束が先にあるなら、それを反古にはできねえって。な、なんか悪いことしたかよ俺?」

 

「………………」

 

海斗と直樹は互いに顔を見合わせて、ふっと苦笑した。

 

「ったく、しょーがねえなーお前ってやつは」

 

「本当に、優太郎くんらしいね」

 

「???」

 

俺はまたもや、二人の話がよく分からなくて、首を傾げるばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

……翌日の、日曜日。

 

俺は約束通りに、駅前へ11時きっかりに到着した。

 

「えーと、谷口は……おっ、あそこか」

 

俺は一人佇む彼女を見て、「おーい」と手を振った。

 

「あ、ああ、藤山……」

 

「よお、待たせたみたいで悪かったな」

 

「べ、別に、大して待ってないわ」

 

谷口は照れ臭そうに顔を背けて、頬を赤らめていた。

 

ふと見ると、谷口は薄く化粧をしているのが分かった。耳にはイヤリングもつけており、それがきらりと光っていた。

 

「へえ、谷口、なんだか今日はお洒落だな」

 

「!」

 

「確か、読者モデルとかやってるんだっけ?さすがだなあ。俺には分からん世界だよ」

 

「……も、もう」

 

彼女はまたもや恥ずかしそうに、俺から顔を背けるばかりだった。

 

「ところで、話ってのはなんだ?」

 

俺がそう訊くと、彼女は「そうね……」と言って、少し考える素振りをした。

 

「大っぴらに話しにくいなら、どっか落ち着ける場所に行くか?」

 

「え、ええ、そうね」

 

「分かった。じゃあちょっと、場所を探してみるか」

 

そうして、俺は谷口と並んで、駅前を散策することにした。

 

日曜日だからか、周りはガヤガヤと人で溢れていた。

 

「人が多いなあ、駅前は」

 

「そうね」

 

「家族連れもカップルもいらあ。日曜日だし、みんな出かけるよなあ」

 

「……ねえ、藤山」

 

「うん?」

 

「あなた、恋人が欲しいと思ったことはないの?」

 

「えー?うーん、そうだなあ」

 

俺は顔をしかめてから、彼女へ答えた。

 

「まあ、欲しいと言えば欲しいけど、別にいなくても平気だなあ」

 

「……寂しくはないの?」

 

「寂しい?まさか!俺には、海斗と直樹がいる。寂しいなんて思ったことねえぜ」

 

「………………」

 

「あーでも、あいつらに恋人ができたら、俺は嬉しいなあ!あいつら、どんな人と付き合うのかなあ?」

 

「……もしかしたら、ライバルは塩ケ崎さんじゃなくて、あの二人かも知れないわね」

 

「ん?」

 

「なんでもない」

 

なんだかよく分からない会話を交わしつつ、俺と谷口は小さな喫茶店に入ることにした。

 

「ジンジャーエールと、ミルクティーをお願いします」

 

店員さんへ注文をし終えて、俺はふうと息を吐いた。

 

「………………」

 

谷口は、顔をうつむかせたまま、じっと石のように固まっていた。

 

「大丈夫か?話しにくいことか?」

 

俺からの問いかけに、彼女は口をきゅっと結んだ。

 

「まあ、全然時間はあるからよ。ゆっくりでいいぜ」

 

「……ええ、ありがとう」

 

それから彼女は、本当にしばらく黙り込んでしまった。

 

俺は頬杖をついて、窓の外に目をやっていた。

 

「お待たせしました、ジンジャーエールとミルクティーです」

 

店員さんがジンジャーエールを俺の前へ、ミルクティーを谷口の前へ置いた。

 

ミルクティーからは薄く湯気が立っていて、谷口はそれをぼんやりと見つめていた。

 

「……私、自分でも、嫌な人間だったと思うの」

 

彼女が最初に言ったのは、その言葉だった。

 

「友だちにも酷いことばかり言ってたし、不遜で傲慢で、生意気だった」

 

「……まあ、うん。そうだな。正直言うと、俺も最初はその印象だったよ」

 

「ええ、きっとそうよね」

 

谷口は自虐するように、眉をひそめながら苦笑した。

 

「……でもね、私、あなたに一回目の実力テストの時に助けられてから、いろいろと……思うことがあったの」

 

「………………」

 

「今はまだ、そのいろいろを言葉にできないけれど……でも、ひとつだけ言えるのは……」

 

彼女は目をぎゅっと閉じた。

 

そして、その目から、ほろりと涙が溢れた。

 

 

 

「嬉しかったの、助けてもらえて……」

 

 

 

「………………」

 

「あなたに気にかけてもらえて、本当に、嬉しかったの……」

 

「谷口……」

 

「ごめんなさい、ずっとお礼を言えてなくて。今日は、改めて伝えたかったの」

 

「………………」

 

「ありがとう、藤山。いつも私のこと、気にかけてくれて」

 

彼女は右手の中指で、目頭に溜まった涙を拭っていた。

 

「何を言うんだよ谷口、俺の方こそだぜ?」

 

「え?」

 

「お前だって、この前のテストでいろいろと助けてくれたじゃないか」

 

「それは……」

 

「俺も、嬉しかったんだよ。だから、ありがとな」

 

「………………」

 

谷口は、軽く頷くと、泣いたままにこっと笑った。

 

なんだかそれが嬉しくて、俺もにこっと笑って返した。

 

 

 

 

……それから俺たちは、しばらく他愛のない雑談を交わした。

 

「へー、谷口って結構漫画読むんだな」

 

「ええ、少女漫画は特に好きね」

 

「俺は全然触れたことねーから、わかんねーや。何がオススメなんだ?」

 

「『BANANA FISH(バナナ フィッシュ)』ね」

 

「バ、バナナ フィッシュ?」

 

「そうよ、これは是非読みなさい」

 

「や、やけに推すなあ。どういう話なんだ?」

 

「あら、私に語らせると、二時間は止まらないわよ?」

 

そうして、本当に谷口はマシンガンの如く、漫画について語りまくった。

 

「でね、このシーンが最高なのよ。私ここ読んでる時に、もう堪らなくなって……」

 

「ははは、そうか」

 

意外過ぎるオタクな一面に面食らったが、彼女が本当に楽しそうだったので、俺は気が済むまで聞き手に回ることにした。

 

「……というのが、簡単なあらすじよ」

 

「なるほどな、めっちゃ詳細なあらすじをありがとよ」

 

俺は苦笑しながら、ジンジャーエールに口をつけた。

 

「それにしても、意外だな。少女漫画っていうから、もっと甘い恋愛ものの話しかと思ってたのに」

 

「それはそれで大好きよ。それとはまた別に、BANANA FISHは私の心臓を撃ち抜いたのよ」

 

「なるほどなあ」

 

俺は腕を組んで、うんうんと頷いた。

 

谷口も、いろんな面があるなあ。話してみないと分からないことってあるよな。

 

 

……三時を過ぎてからは、一旦店を出て、駅前をあてもなくフラフラした。

 

「おっ、ゲーセンがあらあ」

 

「あなたゲーム好きなの?」

 

「まあそれなりにな。海斗たちとはよく遊ぶぜ」

 

「ふーん、なら寄りましょうよ」

 

「いいのか?」

 

「怖いゲームじゃなければね」

 

そうして、俺たちはふらりとゲーセンへ立ち寄った。

 

リズムゲームにドライブゲーム、シューティングゲームにガチャガチャと、多種多様なゲームが揃っていた。

 

「おっ」

 

そんな中で、俺たちはクレーンゲームが並ぶ場所へやって来た。

 

アニメのキャラクターのグッズや可愛らしいぬいぐるみが展示されているのもあれば、チョコやガムなどのお菓子が取れるゲームもあった。

 

「すげーなー、いろいろ種類あるぜ」

 

「このキャラクター、可愛いわね。藤山、ちょっとやってみてよ。取って欲しいわ」

 

「えー?無理だよ。俺、ゲームは好きだけど下手なんだ」

 

「もう、つまんないの。こういうのは男の子がぬいぐるみを取って、女の子に渡すのがセオリーじゃないわけ?」

 

「なんだよ、欲しいならお前プレイしてみるか?」

 

「私がやってもしょうがないでしょ?全く、あなたったら変わらないわね」

 

谷口は、なんだか呆れた声色で笑っていた。

 

「!」

 

そんな中、俺はふとゾンビのシューティングゲームに目がいった。

 

ちょうどプレイしている人たちがおり、「きゃー!」と叫びながら、迫り来るゾンビたちへ銃を撃っていた。

 

「………………」

 

「何よ藤山、あれやりたいの?」

 

谷口は眉をひそめて「怖いのは止めてってば」と呟いていた。

 

「いや、なんつーかさ、昔の俺ならやりたかったと思うんだけど……なんか、今はそんな気分になれなくて」

 

「……?なんでよ?」

 

「こう、上手く言えねえけどさ、ゾンビが“ちゃっちく”感じるんだよな」

 

「………………」

 

「あのミノタウロスと対面した時の恐怖に比べたら、どれだけ襲われても死にはしないし……所詮は、画面の向こう側なんだなと思って、冷めちまってさ」

 

「まあ、それはそうね。私もさすがに、あれよりは怖くないわ」

 

「……それがちょっと、哀しいんだよ」

 

「え?」

 

谷口は、俺へ顔を向けた。

 

俺は少し苦笑しながら、ぽつりと答えた。

 

「ゾンビゲームが楽しかった頃に、戻りてえや……」

 

「………………」

 

「ごめん、つまんねえ話だったな。そろそろ行こうぜ」

 

そうして俺たちは、大してゲーセンで遊ぶこともなく、その場を離れていった。

 

 

 

 

 

……気がつくと、夕方の五時を過ぎていた。

 

日が傾いており、ビルの影に隠れようとしていた。

 

「私、そろそろ帰らないと」

 

谷口はその夕日を見つめながら、どこか寂しげに告げた。

 

「そっか、じゃあ気をつけて帰れよ」

 

「………………」

 

「ありがとな、今日は楽しかったぜ」

 

「……ええ、私もよ」

 

「また明日、学校でな」

 

「………………」

 

「……?なんだ谷口?どうしたんだ?」

 

彼女は、なにかを考え込むように唇を噛み締めて、じっと押し黙っていた。

 

そして、ゆっくりと口を開き、小さな声で言った。

 

「死なないで、藤山」

 

「………………」

 

「絶対、死んじゃダメよ。お願いだから……」

 

「……あ、ああ。もちろん俺だって死ぬ気はねえさ」

 

「………………」

 

「テストを無事終えるまで、お互い死なないように、頑張ろうぜ」

 

谷口は、儚い笑みを浮かべていた。

 

風が彼女の背後から吹き付けて、長い髪をふわりとなびかせた。

 

そうして、彼女は手を振ってから、自分の家へと向かって行った。

 

夕暮れの赤に染まった街が、異様に綺麗だった。

 

これが、俺たちのかけがえのない、休日での出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 

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