よい子テスト~悪い子は死んでください~ 作:崖の上のジェントルメン
……2026年10月24日、土曜日。
「だーーーー!また負けたーーー!」
俺は部屋いっぱいに、遠吠えを轟かせた。
俺と海斗は、直樹の家に遊びに来ていた。
海斗と格闘ゲームの対戦をしていたが、こいつ容赦なしにこてんぱんにしてくるもんだから、一向に勝てなかった。
「まだまだでんなあ、優太郎くんよ!」
「このー!お前マジちょっとは手加減しろよなー!」
「手加減されて喜ぶようじゃ、修行が足りねえよ!ぎゃははは!」
海斗のバカ笑いに、俺は思わず「クソ野郎め!」と言いそうになった。さすがにこんなところで減点されるのは嫌なので、言わないが。
ちぇ、こういう時にも、テストのことが頭にちらつくようになっちまった。
「お待たせ、二人とも。お菓子持ってきたよ」
その時、直樹が扉を開けて部屋に入ってきた。手にはポテチの袋が掴まれていた。
「おー!サンキュー直樹!」
「コンソメしかなかったけど、よかったかな?」
「なに言ってんだよ、ポテチなんて何味でも美味いぜ!」
直樹は小さなテーブルの上に袋を置き、いわゆるパーティー開きをやって、三人が一遍に食べれるようにした。
「はー、なんかようやく、落ち着けた気がするわ」
俺がそう言うと、海斗も直樹も深く頷いた。
「つい3日前は、俺と優太郎はミノタウロスに追いかけ回されてたんだぜ?信じられるかよ」
「なんだか遠い話だよね。みんなで一緒に見た悪夢だったようにさえ思うよ」
そう、みんな同じ気持ちだった。
生死を賭けた恐ろしいテストは確かにあったし、今も続いている。これからも何度もある。なのに今は、それが嘘だったかのように平和なんだ。
頭の上の数字がなければ、本当に夢だったと思いたくなる。
「なんか、変な言い方するけどさ、これっていわゆるデスゲームみたいなものだよな?」
俺がそう言うと、直樹が「デスゲーム?」と聞き返した。
「ほら、漫画とかであるだろ?負けたら死ぬゲームみたいなの」
「ああ、確かによく見かけるね」
「一応、そういう状況に似てるんだけどさ、日常は日常で普通にあるのが、こう……逆に嫌なんだよな」
「………………」
「俺たちが普通に過ごしてて、楽しいはずの時間に……黒ずんだ血が一滴垂れているような、そんな気分になるんだよ」
「……うん、僕もよく分かるよ。まるで、自分たちの感覚を壊されているみたいだ。もしかすると、戦争中の兵隊たちも、同じような気持ちになるのかも知れないね」
海斗は「ちっ」と舌打ちをし、「つくづく嫌な話だぜ」と呟いた。
「そーいや、次の実力テストは11月3日にあるらしいな?」
「うん、本来は祝日だけど、テストのために学校へ行かないといけないね」
「はあっ、あの天使どもマジうっ……」
海斗は寸でのところで、「うっぜー」というのを止めた。
「11月にテストか……。修学旅行前にそういうのやるの、キツいな」
「今回はみんな助かったからよかったものの、何人もクラスメイトが死ぬようなことになったら……修学旅行なんて楽しんでられないよね」
「な、ほんとだよ」
俺はポテチを一枚口に含み、パリッと音を立てて食べた。それにつられて、海斗と直樹もポテチを食べ始めた。
「にしても、昨日の塩ケ崎さんは凄かったな。あんな子が一年にいるとは思わなかったぜ」
「うん、凄かったね!ああいうのを天才肌って言うんだろうな~」
「でも、優太郎がやたらと気に入られてたな?お前ってほんと罪な男だよな~」
「まさか、塩ケ崎さんの俺への興味は、恋愛感情じゃねえだろ?」
「なに言ってんだよ、俺が言ってんのは谷口だよ谷口」
「ああ?別に谷口も……俺にそんな気持ちないだろ?そりゃ一緒にテストを乗り越えた戦友ではあるけどさ」
「これだよ。見たか直樹?」
「優太郎くん、君の唯一の欠点かも知れないね」
「???」
俺には二人の言っている意味がよく分からず、ぽかんとしてしまった。
ピリリリ、ピリリリ
その時、ポケットに入れていたスマホへ着信が入った。
「おっ?なんだ?」
手に取って着信先を確認すると、なんとそれは谷口からだった。
「え?谷口?」
俺がその名前を口にした途端、海斗と直樹が「谷口(さん)!?」と声をあげた。
「優太郎!早く電話に出ろ!」
「え?」
「優太郎くん!早く早く!」
「あ、ああ……」
二人から異様に急かされて、俺はひとまず、彼女からの電話に出ることにした。
「あー、えーと、もしもし?」
『もしもし、藤山?』
「お、おう。そうだけど」
『あなた、今時間ある?』
「……?どうしたんだ?」
『……あの、よかったら……これから駅前で会えないかしら?』
「え?」
『……べ、別に、大したことじゃないわよ。ただ、少し話をしたいだけ』
「話なら、電話でもいいんじゃねえか?」
『も、もう、そういうのじゃないのよ。ただ……』
「……なんかよくわかんねーが、すまん。今日は俺、直樹んちに来てんだ。もし急用じゃねえなら、明日でもいいか?」
『浅倉の家?』
「ああ、明日なら時間空いてるぜ」
『……そう、分かったわ。じゃあ、明日の11時に、駅前に来て』
「おう、分かった。悪いな、今日行けなくて」
『いいのよ。そうきっぱり言われたら、私も文句言えないわ。それじゃ、明日……待ってるから』
ピッ
そうして、俺は電話を終えた。
「……おい、優太郎」
「ん?」
「なんだったんだよ?今の電話」
「いやあ、別に。大したことねえよ」
俺は彼女との話の流れを、二人に説明した。
「……は~~~~。優太郎、お前なあ」
「うーーん、そっか~~~、断っちゃったか~~……」
二人は手で顔を覆って、深くため息をついた。
「な、なんだよ。明日には会うんだし、いいじゃないか」
「僕としては、だいぶ勇気を出してくれた気がするんだけどなあ」
「行けばよかったのによお、優太郎」
「な、なに言ってんだよ。今日はお前らと一緒にいたいから断ったんだぜ?」
「………………」
「友だちとの約束が先にあるなら、それを反古にはできねえって。な、なんか悪いことしたかよ俺?」
「………………」
海斗と直樹は互いに顔を見合わせて、ふっと苦笑した。
「ったく、しょーがねえなーお前ってやつは」
「本当に、優太郎くんらしいね」
「???」
俺はまたもや、二人の話がよく分からなくて、首を傾げるばかりだった。
……翌日の、日曜日。
俺は約束通りに、駅前へ11時きっかりに到着した。
「えーと、谷口は……おっ、あそこか」
俺は一人佇む彼女を見て、「おーい」と手を振った。
「あ、ああ、藤山……」
「よお、待たせたみたいで悪かったな」
「べ、別に、大して待ってないわ」
谷口は照れ臭そうに顔を背けて、頬を赤らめていた。
ふと見ると、谷口は薄く化粧をしているのが分かった。耳にはイヤリングもつけており、それがきらりと光っていた。
「へえ、谷口、なんだか今日はお洒落だな」
「!」
「確か、読者モデルとかやってるんだっけ?さすがだなあ。俺には分からん世界だよ」
「……も、もう」
彼女はまたもや恥ずかしそうに、俺から顔を背けるばかりだった。
「ところで、話ってのはなんだ?」
俺がそう訊くと、彼女は「そうね……」と言って、少し考える素振りをした。
「大っぴらに話しにくいなら、どっか落ち着ける場所に行くか?」
「え、ええ、そうね」
「分かった。じゃあちょっと、場所を探してみるか」
そうして、俺は谷口と並んで、駅前を散策することにした。
日曜日だからか、周りはガヤガヤと人で溢れていた。
「人が多いなあ、駅前は」
「そうね」
「家族連れもカップルもいらあ。日曜日だし、みんな出かけるよなあ」
「……ねえ、藤山」
「うん?」
「あなた、恋人が欲しいと思ったことはないの?」
「えー?うーん、そうだなあ」
俺は顔をしかめてから、彼女へ答えた。
「まあ、欲しいと言えば欲しいけど、別にいなくても平気だなあ」
「……寂しくはないの?」
「寂しい?まさか!俺には、海斗と直樹がいる。寂しいなんて思ったことねえぜ」
「………………」
「あーでも、あいつらに恋人ができたら、俺は嬉しいなあ!あいつら、どんな人と付き合うのかなあ?」
「……もしかしたら、ライバルは塩ケ崎さんじゃなくて、あの二人かも知れないわね」
「ん?」
「なんでもない」
なんだかよく分からない会話を交わしつつ、俺と谷口は小さな喫茶店に入ることにした。
「ジンジャーエールと、ミルクティーをお願いします」
店員さんへ注文をし終えて、俺はふうと息を吐いた。
「………………」
谷口は、顔をうつむかせたまま、じっと石のように固まっていた。
「大丈夫か?話しにくいことか?」
俺からの問いかけに、彼女は口をきゅっと結んだ。
「まあ、全然時間はあるからよ。ゆっくりでいいぜ」
「……ええ、ありがとう」
それから彼女は、本当にしばらく黙り込んでしまった。
俺は頬杖をついて、窓の外に目をやっていた。
「お待たせしました、ジンジャーエールとミルクティーです」
店員さんがジンジャーエールを俺の前へ、ミルクティーを谷口の前へ置いた。
ミルクティーからは薄く湯気が立っていて、谷口はそれをぼんやりと見つめていた。
「……私、自分でも、嫌な人間だったと思うの」
彼女が最初に言ったのは、その言葉だった。
「友だちにも酷いことばかり言ってたし、不遜で傲慢で、生意気だった」
「……まあ、うん。そうだな。正直言うと、俺も最初はその印象だったよ」
「ええ、きっとそうよね」
谷口は自虐するように、眉をひそめながら苦笑した。
「……でもね、私、あなたに一回目の実力テストの時に助けられてから、いろいろと……思うことがあったの」
「………………」
「今はまだ、そのいろいろを言葉にできないけれど……でも、ひとつだけ言えるのは……」
彼女は目をぎゅっと閉じた。
そして、その目から、ほろりと涙が溢れた。
「嬉しかったの、助けてもらえて……」
「………………」
「あなたに気にかけてもらえて、本当に、嬉しかったの……」
「谷口……」
「ごめんなさい、ずっとお礼を言えてなくて。今日は、改めて伝えたかったの」
「………………」
「ありがとう、藤山。いつも私のこと、気にかけてくれて」
彼女は右手の中指で、目頭に溜まった涙を拭っていた。
「何を言うんだよ谷口、俺の方こそだぜ?」
「え?」
「お前だって、この前のテストでいろいろと助けてくれたじゃないか」
「それは……」
「俺も、嬉しかったんだよ。だから、ありがとな」
「………………」
谷口は、軽く頷くと、泣いたままにこっと笑った。
なんだかそれが嬉しくて、俺もにこっと笑って返した。
……それから俺たちは、しばらく他愛のない雑談を交わした。
「へー、谷口って結構漫画読むんだな」
「ええ、少女漫画は特に好きね」
「俺は全然触れたことねーから、わかんねーや。何がオススメなんだ?」
「『BANANA FISH(バナナ フィッシュ)』ね」
「バ、バナナ フィッシュ?」
「そうよ、これは是非読みなさい」
「や、やけに推すなあ。どういう話なんだ?」
「あら、私に語らせると、二時間は止まらないわよ?」
そうして、本当に谷口はマシンガンの如く、漫画について語りまくった。
「でね、このシーンが最高なのよ。私ここ読んでる時に、もう堪らなくなって……」
「ははは、そうか」
意外過ぎるオタクな一面に面食らったが、彼女が本当に楽しそうだったので、俺は気が済むまで聞き手に回ることにした。
「……というのが、簡単なあらすじよ」
「なるほどな、めっちゃ詳細なあらすじをありがとよ」
俺は苦笑しながら、ジンジャーエールに口をつけた。
「それにしても、意外だな。少女漫画っていうから、もっと甘い恋愛ものの話しかと思ってたのに」
「それはそれで大好きよ。それとはまた別に、BANANA FISHは私の心臓を撃ち抜いたのよ」
「なるほどなあ」
俺は腕を組んで、うんうんと頷いた。
谷口も、いろんな面があるなあ。話してみないと分からないことってあるよな。
……三時を過ぎてからは、一旦店を出て、駅前をあてもなくフラフラした。
「おっ、ゲーセンがあらあ」
「あなたゲーム好きなの?」
「まあそれなりにな。海斗たちとはよく遊ぶぜ」
「ふーん、なら寄りましょうよ」
「いいのか?」
「怖いゲームじゃなければね」
そうして、俺たちはふらりとゲーセンへ立ち寄った。
リズムゲームにドライブゲーム、シューティングゲームにガチャガチャと、多種多様なゲームが揃っていた。
「おっ」
そんな中で、俺たちはクレーンゲームが並ぶ場所へやって来た。
アニメのキャラクターのグッズや可愛らしいぬいぐるみが展示されているのもあれば、チョコやガムなどのお菓子が取れるゲームもあった。
「すげーなー、いろいろ種類あるぜ」
「このキャラクター、可愛いわね。藤山、ちょっとやってみてよ。取って欲しいわ」
「えー?無理だよ。俺、ゲームは好きだけど下手なんだ」
「もう、つまんないの。こういうのは男の子がぬいぐるみを取って、女の子に渡すのがセオリーじゃないわけ?」
「なんだよ、欲しいならお前プレイしてみるか?」
「私がやってもしょうがないでしょ?全く、あなたったら変わらないわね」
谷口は、なんだか呆れた声色で笑っていた。
「!」
そんな中、俺はふとゾンビのシューティングゲームに目がいった。
ちょうどプレイしている人たちがおり、「きゃー!」と叫びながら、迫り来るゾンビたちへ銃を撃っていた。
「………………」
「何よ藤山、あれやりたいの?」
谷口は眉をひそめて「怖いのは止めてってば」と呟いていた。
「いや、なんつーかさ、昔の俺ならやりたかったと思うんだけど……なんか、今はそんな気分になれなくて」
「……?なんでよ?」
「こう、上手く言えねえけどさ、ゾンビが“ちゃっちく”感じるんだよな」
「………………」
「あのミノタウロスと対面した時の恐怖に比べたら、どれだけ襲われても死にはしないし……所詮は、画面の向こう側なんだなと思って、冷めちまってさ」
「まあ、それはそうね。私もさすがに、あれよりは怖くないわ」
「……それがちょっと、哀しいんだよ」
「え?」
谷口は、俺へ顔を向けた。
俺は少し苦笑しながら、ぽつりと答えた。
「ゾンビゲームが楽しかった頃に、戻りてえや……」
「………………」
「ごめん、つまんねえ話だったな。そろそろ行こうぜ」
そうして俺たちは、大してゲーセンで遊ぶこともなく、その場を離れていった。
……気がつくと、夕方の五時を過ぎていた。
日が傾いており、ビルの影に隠れようとしていた。
「私、そろそろ帰らないと」
谷口はその夕日を見つめながら、どこか寂しげに告げた。
「そっか、じゃあ気をつけて帰れよ」
「………………」
「ありがとな、今日は楽しかったぜ」
「……ええ、私もよ」
「また明日、学校でな」
「………………」
「……?なんだ谷口?どうしたんだ?」
彼女は、なにかを考え込むように唇を噛み締めて、じっと押し黙っていた。
そして、ゆっくりと口を開き、小さな声で言った。
「死なないで、藤山」
「………………」
「絶対、死んじゃダメよ。お願いだから……」
「……あ、ああ。もちろん俺だって死ぬ気はねえさ」
「………………」
「テストを無事終えるまで、お互い死なないように、頑張ろうぜ」
谷口は、儚い笑みを浮かべていた。
風が彼女の背後から吹き付けて、長い髪をふわりとなびかせた。
そうして、彼女は手を振ってから、自分の家へと向かって行った。
夕暮れの赤に染まった街が、異様に綺麗だった。
これが、俺たちのかけがえのない、休日での出来事だった。