よい子テスト~悪い子は死んでください~ 作:崖の上のジェントルメン
「ま、待てよ!本当にそれで大丈夫か!?」
海斗の声が部屋いっぱいに響き渡る。
「怪物が本当にいるのかどうか、それもまだよくわかってねえんだろ!?なら、その投票の仕方で本当にいいのか!?大丈夫なのか!?」
「ああ、確かに海斗の言うとおりだ。怪物はいないかもしれないし、いるかもしれない」
「なら!」
「でも、それ込みで、処刑しないって選択肢を取れるかどうかなんじゃないか?」
「!」
「怪物がいるかどうかを疑うこと。それ自体が天使の狙い。そういう風にも考えられるんじゃないか?」
「そりゃ、理屈は分かるけどよ……!」
俺たちの会話は、平行線を辿っていた。
正直、俺も海斗を上手く説得する材料はない。よい子テストっぽい答えだというのに、賭けるだけなんだ。
「海斗くん、ここは優太郎くんの話に乗らないかい?」
ここで、直樹から援護が来た。
「優太郎くんと岡本さんの言う『全員で票を分散する』というのは、一応の筋は通ってる。投票もちゃんと完了しているし、他のルールとも齟齬はない」
「直樹……」
「もう時間がない。僕は、これしかないと思う」
「………………」
チッ
チッ
チッ
時計の針が、容赦なく進んでいく。
制限時間まで、あと3分を切っていた。
「ひとつ確認があるわ」
谷口が告げた。
「具体的に、どうやって票を分散させるの?前もってやり方を決めておかないと、取り返しのつかないことになるわ」
「……じゃあ、こうしよう」
俺は投票用紙に自分の名前を書き、みんなへそれを見せた。
「自分で、自分に投票する」
「!」
「単に票を分散させるだけじゃない。誰のことも疑わない、殺す気はないと、そういう意思表示にもなるんだ」
そうして、その紙を投票箱へ入れた。
「みんな、もう時間がない。ここで決めてくれ」
「「………………」」
俺の言葉を受けて、一人、我先にと投票箱へ入れる者がいた。
塩ケ崎さんだった。
「ぼくも、ユータローの案に乗る」
「塩ケ崎さん」
「もし間違えたとしても、ユータローの案を信じて死ぬんだ、文句ないよ」
「………………」
俺と塩ケ崎さんは、何も言わずに目を合わせた。
彼女の瞳は、いつになく輝いていた。
「……よし、僕もやる」
「私もやるわ」
ここで、直樹、谷口ともに自分の名前を書いて、投票箱に入れた。
「僕も今は、優太郎くんの案が最善だと思う」
「私も、他に案は思い付かない。あなたの考えに乗らせてもらうわ」
「……ありがとな、二人とも」
それから俺は、海斗へ目を向けた。
「………………」
海斗は一時険しい顔をしていたが、ふう~と深く息を吐くと、鉛筆を手に持った。
「俺はよお、難しいことはよくわかんねえ」
「………………」
「だからよ、難しいことは考えねえようにするぜ」
そして、用紙に書かれた『佐々木 海斗』の文字を、俺たちへ見せた。
「海斗……!」
「俺の考えはシンプルだ。友だちを誰も死なせたくねえ。だから、誰にも投票しねえ」
「さすがだな、海斗」
「あたりめえよ」
俺と海斗は冷や汗を垂らしながら、ニッと笑いあった。
「………………」
そして、最後に残ったのは、岡本さん。
彼女はずっと、顔を強張らせて、スカートの裾を握り締めていた。
「岡本さん、後は君だけだ。投票を頼む」
「………………」
「ネネ、お願い。もうあと1分しかない」
「……ほ、本当に」
「え?」
岡本さんは、怯えた目で俺を見つめた。
「本当に、藤山先輩は……怪物じゃ、ないんですよね?」
「!?」
「だ、だって、最初の自己紹介の時、藤山先輩が一番怪しかった……。そして今、藤山先輩の思い通りに事が進んでる……」
「………………」
「も、もちろん、本当は先輩を信用したいです。したいですが……これが、先輩への投票を避けさせるための罠だったらどうしようって、そんな考えが頭から抜けないんです」
「ネ、ネネ!お願い!今はユータローを信じて!」
「塩ケ崎ちゃん……」
「じゃないと、ユータローが死んじゃう!お願いネネ!」
「………………」
岡本さんは、目をぐっと見開いて、唇を小刻みに震わせていた。
(ち、ちくしょう……!ここにきて前半の疑いがぶり返すか!)
いや、岡本さんからしたら、当然の判断だ。
彼女と俺は、まだそこまで親しくない。他の奴らはある程度俺を信頼してくれているから成り立っているが、岡本さんにはそこまでの交流がない。
「お、岡本さん。君の気持ちはよく分かる!」
「………………」
「俺を信用できないのも、分かっているつもりだ!だが……!投票だけはして欲しい!」
「………………」
「俺の潔白を証明することはできない!でも、もう他に手がないんだ!」
「……だ、だけど、もし失敗したら、塩ケ崎ちゃんが減点されて……し、死んじゃうんですよ?」
「!」
「わ、わからない。私、どうしたらいいの……?」
彼女の目の端には、涙が浮かんでいた。
「………………」
制限時間まで、あと30秒を切った。
もう、仕方ない。これしかない!
「わかった、岡本さん。俺に投票してくれ」
「!?」
「ユ、ユータロー!?」
「優太郎くん、何を言ってるの!?」
「お前、正気かよ!?」
「藤山!あなた死ぬつもり!?」
みんなから反対の意を唱えられたが、今は岡本さんを説得する材料がない。
なら、最後の手段に出るしかない!
「俺が処刑されれば、ひとまずノーマルクリアは達成できる。だから、塩ケ崎さんを生かしたいなら、俺に投票してくれ」
「………………」
「な、なんで!?やだ!ユータローだめ!絶対だめ!」
「岡本さんが納得しないなら、もうこうするしかないんだ!」
「ばか!藤山、あなた私と約束したはずよ!絶対死んじゃダメって!その約束を破るつもり!?」
「……ごめんよ谷口、破る気はなかったんだが」
「………………」
「岡本さん、俺と君は付き合いが浅い。だから、信じられなくていい」
「ふ、藤山先輩……」
「大丈夫、君がどんな選択をしても、俺は恨まない」
「………………」
岡本さんは、塩ケ崎さんの方へ顔を向けた。
「ネネ、お願い……」
「………………」
「ユータローを、助けて……」
「………………」
岡本さんはぎゅっと目を細め、急いで投票用紙に名前を書いた。
『制限時間まで、あと10秒』
天使のアナウンスが流れ始めた。
『9秒』
『8秒』
『7秒』
『6秒』
「か、書きました!」
岡本さんが鉛筆を置いて叫んだ。
「早く投票箱へ!」
「はい!」
『3秒』
『2秒』
岡本さんは、投票箱へ手を入れた。
『1秒』
俺は歯を食い縛って、目を思い切り閉じた。
キーンコーンカーンコーン
『これにて、第三回実力テストを、終了いたします』
「「………………」」
俺たちは、しばらく動けずにいた。
サナギから成虫が羽化する時のように、おそるおそる動いて、周りを確認した。
「……死んで、ない?」
俺は自分の呼吸や身体を確認した。
「お、岡本さん、投票したのは……」
「………………」
彼女は、疲れきった顔で、ため息をついた。
そして、すっと投票箱から手を抜いた。
投票用紙には、「おかもと ねね」と書かれていた。
『藤山 優太郎、佐々木 海斗、浅倉 直樹、谷口 さやか、塩ケ崎昴、岡本 寧々。以上六名、トゥルークリア』
それに呼応するように、天使がアナウンスを告げた。
「ク、クリアだ!俺たち生き残ったんだー!」
わあああああああっ!!
俺たちは、みんな肩を抱き合わせた。
今までの疲れが吹っ飛ぶほどに、歓喜の気持ちで溢れていた。
「よかった!本当に誰も死ななくてよかった!」
「マジ怖かったー!ぶっちゃけミノタウロスの方がマシだったぜー!」
「藤山!あなたちゃんと生きてるわね!?どこも痛くないわよね!?」
「ああ!ピンピンしてるぜ!はははは!やったんだ俺たちはーー!」
「ユータローーー!よかったーーー!よかったよーーー!」
「………………」
みんなが声をあげて喜ぶ中、岡本さんは一人、静かに微笑んでいた。
「ネネ」
そんな彼女の元へ、塩ケ崎さんが近づいた。
「ありがとう。ユータローを、信じてくれたんだね」
「……ううん、違うよ」
「え?」
「結局、最後の最後まで、私……確信が持てなかった。藤山先輩が怪物かもって、ずっと疑ってた」
「そ、それならなんで、ユータローに投票しなかったの?」
「………………」
岡本さんは優しい声色で、塩ケ崎さんにこう告げた。
「私が信じたのは、塩ケ崎ちゃんだよ」
「……え?」
「私、このよい子テストが始まってから、塩ケ崎ちゃんにはお世話になりっぱなしで……。リンゴの時もミノタウロスの時も、塩ケ崎ちゃんに助けてもらってばかりだった」
「………………」
「その塩ケ崎ちゃんが藤山先輩を信じてるなら、私も……信じようと思ったの」
「うっ、ううう……!」
塩ケ崎さんは、岡本さんへ思い切り抱き着いた。
「ごめんね、ネネ!さっき酷いこと言って、ごめんね!」
「……ううん、いいの。いつも私のことを助けてくれて、ありがとう」
「うわあっ!ああああああっ!」
塩ケ崎さんの嗚咽が、辺りいっぱいに響いていた。
俺、海斗、直樹、谷口の四人は、黙って目を合わせて、みんなで微笑みあった。