よい子テスト~悪い子は死んでください~ 作:崖の上のジェントルメン
……学校中が、阿鼻叫喚の地獄と化していた。
「いやああああ!!?な、な、なんで!?どうして!?」
「ちょっとどういうことだよ!!意味わかんねえって!」
どこそかしこから絶叫が聞こえた。山口くんも和田の友だちも、腰が抜けた者を除いて、みんなその場から散り散りに逃げた。
「な、何が起きてるんだ!?」
「なにこれ……!?一体どうして……!」
震える声で狼狽える海斗と直樹の姿が、俺の目に飛び込んできた。
それを見てハッと我に返った俺は、彼らに向かって「二人とも!」と叫んだ。
「俺のところへ来てくれ!」
「ああ!?なんだよ優太郎!いきなり!」
「いいから!とにかくこっちへ!」
二人は怪訝な顔をしながらも、俺の元へと走ってきた。
「いいか、海斗、直樹。まずは落ち着くんだ。深呼吸しよう」
「深呼吸?」
「頼む、一緒にやってくれ」
「……………………」
「いくぞ?吸って、吐いて、吸って……」
俺がかけ声をかけながら、三人で深呼吸をした。何度か繰り返していくうちに、俺たちはさっきよりは落ち着いた表情になっていた。
正直俺も、和田が目の前で死ぬのはかなり堪えた。頭が吹き飛ぶ瞬間が、脳裏にこびりついて離れない。
自分の心を落ち着かせるためにも、二人に向かって冷静な口調でいることを心がけた。
「……なあ二人とも。今はとにかく、何が起きているのかきちんと理解しよう。パニックになるのが一番ヤバイ」
「「……………………」」
「まだ憶測だけど、このテストは……『悪いこと』をすると殺される」
「悪いこと……?」
直樹の問いかけに、俺はこくりと頷いた。
「和田は死ぬ直前、頭の上にある点数が0になった。この点数が無くなると、死ぬんだと思う」
「!マ、マジかそれ?」
「ああ、たぶんな」
「「……………………」」
二人は強張った顔で、自分の頭上の点数を見上げていた。
「ちょっと!私のリンゴ返してよ!」
そんな時、遠くの方でリンゴの取り合いをしている二人組の女の子がいた。
その子たちの喧騒が耳に届いた俺たちは、すっとそちらの方に顔を向けた。 彼女たちの点数は、どちらも1点だった。
「私が最初に見つけたの!返して!返してよ!」
「ウチが最初に見つけたんだし!はやくどっか行って!うざい!」
彼女たちは、髪の掴み合いになるほどに喧嘩がヒートアップしていた。そして、片方の女の子が「離してよ!ブス!」と叫んだ瞬間に、頭上の点数が0点になった。
そして。
ぱああああんっ!!!
頭は和田の時と同じように、粉々に弾けとんだ。
「うわっ!」
俺たち三人は直ぐ様、目を背けた。
「いやあああ!!いやあ!!いやあ!!」
生き残った方の女の子は、顔中が血にまみれて、発狂していた。
腰が抜けてその場にへたりこんでしまい、顔を地面に埋めてぶるぶると震えていた。そして、手に持っていたリンゴを小さくかじっていた。
「……やっぱり、それっぽいな」
俺は二人に向かってそう告げた。
「ブスと言ったら……つまり、悪口を言ったら点数が減点された。そして、0になった瞬間に……」
この時、俺は「死んだ」という言葉を口にできなかった。あまりにも直接的すぎる言い方で、 俺自身怖くて仕方なかった。
「……悪いことっていうのは、どういうことなんだろう?」
直樹が震える声で呟く。
「何をもって『悪いこと』と判定するんだろう?さっきのブスとかは間違いなく悪口なんだろうけど……。線引きがはっきりしてないと、うっかり口を滑らせて死ぬ……なんてこともあり得るよね」
「……そうだな、確かにその線引きは曖昧だ」
「あんまり無用心に喋らない方がいいかもね……」
「ああ」
「お、おい、優太郎!直樹!さっさとこんな学校からずらかろうぜ!警察に行って、この話をしなきゃよ!」
「……警察、か」
「なんだよ優太郎?こんな大事件、警察に言わないでどうするんだよ!」
「……いや、確かに海斗の言う通りなんだけどさ……」
「だったらちんたら迷ってる暇なんかねえぞ!さっさと抜けようぜ!」
「……………………」
俺はこの時、何か言い様のない不気味な予感を感じていた。
ざざざと背中に虫が這ってくるような、そんな気味の悪い予感。
だがそんな予感を感じつつも、今の俺には海斗の提案を否定する材料がなかったので、ひとまず三人で正門に向かうことにした。
「………………」
てっきり他の天使が見張りでもしているのかと思ったが、拍子抜けするくらいに、そこには誰もいなかった。
それどころか、正門には施錠がされておらず、広く開け放たれていた。逆にそれが、俺には不気味だった。
(……変だな、これは。嫌な予感がする)
正門へと向かう足取りが、どんどんと重くなってきた。それに気がついた海斗が走りながら「何してんだよ!」と一括してきた。
「もっと走れよ!早くここから出ねえと!」
「……………………」
「おいって!優太郎!」
「……なあ海斗。やっぱりちょっと出るのは待とうぜ」
「なに!?」
俺は走るのを止めて、ついにその場に立ち止まった。 海斗も直樹も、俺の動きに合わせてその場に止まった。
「すんなりこの正門を潜らせるようにしてるのは……変だ」
「なんでだ優太郎?なんでそう言い切れる?」
「いや、なんつうか……こんな簡単に、出れていいのか?」
「……………………」
「この正門を通るのも『悪いこと』判定されたら、減点されちまう。もう少し慎重に……」
と、俺がそう二人に話していた時。
「うわあああ!!もう嫌だ!嫌だあああ!!」
俺たち三人の脇を、見知らぬ男子生徒が走り抜けて行った。
彼の背中は血にまみれて、真っ赤に汚れていた。彼の頭上の点数は、4点だった。
俺たちはみんな3点がスタートラインだ。だから4点である彼は、もう既にリンゴをかじってクリアしていることになる。
それでもこうして逃げてきたのは、あまりの悲惨な現状に耐えられなくなったからだろう。
「お母さん!お母さん!」
泣きくじゃりながら、その男子生徒は正門を超えて、学校の敷地外へと足を踏み入れた。
その途端。
パアアアアンっ!!!
……頭上の点数は一気に0にされて、直ぐ様殺された。
「うわあああ!!」
直樹が悲鳴を上げた。 彼の死体はその場にひざまづき、仰向けになって倒れた。
「……あ、あ、危なかった」
直樹はぶるぶると震える声で呟いた。
「い、一瞬で4点も減点された。3点の僕たちじゃ、絶対ここは、通れない……」
「ああ……」
「……………………」
海斗は、ギリギリと歯を食い縛っていた。そしておもむろにポケットへ手を入れると、スマホを取り出した。
「ここが通れないんだったら!通報すりゃいいんだよ!」
そう言って海斗が電話をかけた先は、110番通報だった。電話の向こう側で『はい、こちら東区警察署です』という受付の声が聞こえてきた。
「あ、あの!今学校で人が死んでるんでるんすけど!助けに来てください!」
『人が死んでる!?一体何があったのですか?』
「なんか、天使が突然やって来て!よい子テストだかなんだか言って!今やべえことになってるんすよ!」
海斗の荒ぶる声とは裏腹に、受付の警察官は『ああ!よい子テストですね』と、明るく元気な声で答えてきた。
『よい子テストなら、仕方ありません。お身体に気をつけて、頑張ってくださいね』
「は、はあ!?いやいや!頑張ってくださいじゃなくて!」
『それでは、失礼します』
「おい!ちょっと!ちょっと待てって!」
海斗は何回も何回も、警察へ電話を入れた。だが、結果は同じだった。
『では、頑張ってくださいね~。失礼します』
「おい!待てよ!待てってくれよ!人が死んでんだよ!人が……!」
三回目の電話を無慈悲に切られた時、海斗はいよいよ堪忍袋の緒が切れたみたいで、目にいっぱい涙を浮かべながら、「バカヤローーー!」と叫んでいた。
そして、自分のスマホを思い切り地面へ叩き付けた。
「か、海斗!待て!落ち着け!」
「落ち着け!?落ち着けだと!?こんな時に落ち着いていられるわけ……」
「いいから落ち着け!ほら!減点されてるぞ!」
「えっ!?」
そう言われて、ようやく海斗は頭上を見上げた。もう彼の点数は、既に1点になっていた。
「な、なんで!?いつの間に……!」
「……たぶん、今のが原因だ。バカヤローって言ったのと、スマホを地面に投げて壊したのが減点対象だったんだ」
「……………………」
彼はぼろぼろと涙を流しながら、その場にへたりこんだ。
ピンポンパンポン
『制限時間、残り30分。リンゴは、残り26個です』
天使の無慈悲なアナウンスが、学校中に響き渡った。