よい子テスト~悪い子は死んでください~ 作:崖の上のジェントルメン
翌日の、2026年11月4日、水曜日。
この日は、悲しいニュースを聞くことから1日が始まった。
「ふぁっ、おはよー」
俺があくびをしながら教室へ入ると、クラスメイトの女の子が泣いているのを見かけた。
「ううっ、うううっ!ああああうっ!」
彼女は机に突っ伏して、肩を震わせていた。
その周りには、彼女を慰めるために数人の女の子たちが囲んでいた。
「どうしたんだ?」
その取り巻きたちに話しかけてみると、彼女たちは眉をひそめてこう答えた。
「この子の友だちがね……昨日、亡くなったの」
「え?」
「二年四組の子なんだけど、もうよい子テストに耐え切れなくなっちゃったみたいで……」
「……つまりそれは、点数が減点されたわけじゃなくて、自分から……?」
彼女たちは、こくりと頷いた。
「………………」
俺はなんともいたたまれない気持ちにかられて、仕方なかった。
昨日俺たちは、六人で遊んでいた。
当然、俺たちだって危険なテストを受けた。それを乗り越えた上で、みんなと大切な時間を過ごしたんだ。
なのに、今の俺には言い様のない罪悪感が湧き出ていた。
自ら命を絶ってしまうほど追い詰められている人たちがいたのに、俺はその時……悠々と笑っていた。
どうしようもないことだけど、それでも考えずにはいられなかった。
「藤山」
背後から、谷口が声をかけてきた。
「どうしたのよ?何があったの?」
「……ん、ちょっとこっち来てくれ」
俺は当事者たちから少し離れ、教室の隅に谷口と移動した。そして事の顛末を簡単に話した。
谷口は「そう……」と言って顔を伏せた。
「正直、亡くなったその子の気持ちは……よく分かるわ。こんなの、正気じゃいられないもの」
「……ああ、俺もそう思う」
「私たちは……どうしたらいいのかしら?」
「………………」
俺は谷口の言葉に何も答えられず、窓の方に視線を向けた。
朝焼けの日差しが、ぼんやりと差し込んでいた。
……たくさんの人間が死んでいるのに、学校は相変わらず変わらない。
授業は当然あるし、来月の文化祭の準備もしなくちゃいけない。
「えーと、文化祭の出し物についてですが……みなさん、何か候補はありますか?」
文化委員の浜田さんが、黒板の前に立ってクラスメイトたちに尋ねる。
しかし、返答はひとつもなかった。みんな疲れきっており、やつれていたり、目にクマができていたりしていた。
(昨日あった実力テストで、友だちを犠牲に生き残った人たちもいたかもしれない。とても文化祭の話なんかできる状態じゃねえや……)
海斗や直樹に目をやると、二人も場の空気を読んだのか、顔を曇らせていた。
「ふ、藤山くん、どうしたらいいかな……?」
いつの間にか、俺の机の前に浜田さんが立っていた。
「え?お、俺?」
「ねえ、何か、いい方法ない……?」
「………………」
ぶっちゃけ、俺もどうしたらいいのか分からないし、そんなこと聞かれても困るのが本音なのだが、彼女の懇願するような瞳に負けて、おずおずと席を立った。
「んーと、まあ……そうだな」
俺は頭を掻きながら、教卓の前に立った。
「……なあ、みんな。一旦俺の話を聞いてくれるか?」
クラスメイトたちは、黙って俺へ視線を向けた。
正直言うと、俺も文化祭なんてやる気分じゃない。しんどいことが続くし、心が擦り減るのも分かる。
だが、この文化祭をちゃんとやらないと、不真面目だと判断されて、減点対象になるかもしれない。そういう意味でも、ちゃんと取り組まないといけないんだろうが……。
(個人的には、減点されないように頑張ろうとは言いたくない。みんな、よい子テストには辟易してるんだ。そんな正論言われたって、心は動かない……)
なら、俺が言うべき言葉は……。
「……俺さ、この際だからはっきり言うけど、このよい子テストに心底ムカついてんだよな」
「「………………」」
「四六時中ずっと監視されて、ちょっとでもはみ出したら減点されて、下手すると殺される……。こんなの、たまったもんじゃない。減点されるから過激なことは言えねえけど、本当はボロクソに罵倒したい」
「「………………」」
「そんな想いが、ずーっと腹ん中で燃えてるんだ。このよい子テストを絶対に肯定するもんか、こんなテストなんかに俺の人間性を壊されてたまるかって、そう心に誓って生きてる」
俺は、クラスメイト一人ひとりの目を見た。
一人対数十人なのではなく、一人対一人を何度も繰り返すように話した。
「だからこそ、俺は楽しいことをしたい」
「「………………」」
「よい子テストがあろうがなかろうが、知ったことかよ。俺はそんなもんあっても楽しく生きてやらあ」
「藤山くん……」
「だからみんな。この文化祭、楽しんでみないか?あいつら天使への、反抗も込めてよ」
「「………………」」
クラスメイトたちは、周りの人と目を合わせて、互いの気持ちを伺っていた。
「なあ、藤山」
そんな中、一人の男子が手を上げた。中西くんという人だった。
「言いたいことはよく分かる。俺だってお前みたいな考え方をしたい。でも……どうしても、そんな気持ちになれねえんだ」
「………………」
「俺たちが楽しいことしてるとさ、死んでった奴らに申し訳ないんだよ。どうしてもみんなの顔が……ちらつくんだ。夢に出てうなされたこともある」
「………………」
中西くんの言葉を聞いて、クラスメイトたちはうつむいた。
俺もしばらく言葉を迷いながら、ゆっくりと口を開いた。
「……俺も、その気持ちはよく分かる。それこそつい昨日、俺は友だちと遊んだ。めちゃくちゃ楽しかったけど、中西くんと同じ罪悪感も……消すことはできない」
「………………」
「でも、こう……なんかさ、みんなで遊んでいる時に、俺……思ったんだよ」
「………………」
「俺……俺、さ」
口が、小刻みに震えていた。
視界が、じんわりと滲んでいた。
「俺、みんなのことが……好きなんだよな」
それを言葉にした途端、堰を切ったように涙が溢れた。
それはぽたぽたと、教卓の上へ落ちていった。
「もう、それ以上なんにもなくていいんだ。ただ一緒にいられるだけで、十分なんだ……」
「………………」
「だから、俺……好きなみんなといられる時間を、大事にしたいんだよ。テストへの反発心もあるけど、一番はこれなんだ……」
俺はその場で、必死になって涙を拭った。でも、どんどんと溢れる涙を止めることはできなかった。
「………………」
周りのみんなも、俺と同じように、静かに泣いていた。目を擦ったり、鼻をすすったりしていた。
それはきっと、俺につられた涙ではない。一人ひとりの中に、大事な人の顔が浮かんでいるんだ。
その人の面影を見て、泣いているんだ。
「………………」
嗚咽をあげる人はいなかった。みんな何かを堪えるように、口を固く閉ざしていた。
それは、死んでいったみんなへの、追悼の意味もあったのかもしれない。