よい子テスト~悪い子は死んでください~ 作:崖の上のジェントルメン
このままじゃヤバい。
このテストは、制限時間内にクリアできないとマイナス1点の減点がされる。
俺と直樹はまだ3点あるから余裕があるが……今既に1点だけとなってしまった海斗は、クリアできなきゃ死んじまう。
(この学校の様子を見る限りじゃ……一年生から三年生までの全生徒がテストの対象だ。ウチの学校は全校生徒がおおよそ500人いる……。でも、リンゴは最初から100個しかない……)
つまり、どう足掻いても400人は減点されてしまう。
(くそったれ!なにがよい子テストだ!400人は無慈悲に減点されるテストなんだったら、リンゴは奪い合って当然だ!こんなんでよい子かどうかとか分かるもんか!)
テストを進行させている天使へのヘイトが、どんどんと募っていく。
だが、進行役の天使に何か暴力行為や反抗した態度を見せれば、それが3点や4点級の……即死レベルの減点対象になる可能性が高い。下手な反抗は絶対しない方がいい。
となれば、もう後はこのテストを……言われたとおりの手順でクリアするしかない。
「優太郎くん、これからどうする?」
直樹から声をかけられた。
「直樹、お前も気がついてると思うが……海斗はもう残り1点で、このテストをクリアしないと、死んでしまう」
「……うん」
「今からすぐに、手分けしてリンゴを探そう。そして、もし見つけることができたら……海斗に分けてやって欲しい。もちろん、俺もそうするつもりだ」
「……僕と優太郎くんは、まだ点数に余裕があるから、海斗くんを優先させるってことだね?」
「ああ。だがこれは、あくまで俺の要望だ。お前が自分の分を優先したいって思うなら、それでもいい」
「いや、いいよ。見つけたら海斗くんに渡す」
「直樹……」
「僕だって、友だちが死ぬところを黙って見てたくない」
直樹は額に汗をかきながら、真剣な眼差しで俺を見つめていた。
「ありがとよ、直樹」
「ううん、いいんだ」
「さて、と。海斗!泣きたくなる気持ちは分かるが、今は俺の話を聞いてくれ!」
三角座りをして泣いていた海斗の肩を揺さぶって、俺は直樹と話した内容を伝えた。
海斗は小さな声で「わりい」と言ってから、ようやくすっと立ち上がった。
そうして俺たちは、三手に分かれてリンゴを探すことにした。海斗は体育館方面、直樹は職員室方面、そして俺は教室方面へと走った。
何かあった時のために、スマホは常に他二人と電話を繋いだ状態にしていた。
『ダメだ、見つからないや』
手に持っているスマホの向こう側から、直樹の声が聞こえてくる。
『こっちもダメだ、全然分からねえ……』
海斗の方も、弱気な声でそう呟いている。
「大丈夫、まだ絶対残りがあるはずだ。根気よく探そう」
『だけどよお……もう、もう本当に見当たらねえんだよ』
「最初の10分とかで、目につきやすいリンゴは取られるから、後は見付けにくい場所にあるはずなんだ。絶対ある!そう信じようぜ海斗!」
『……………………』
海斗のか細い吐息が、微かに聞こえていた。
(うう……に、臭いがキツイ……)
廊下には、首のない死体がそこら中に転がっている。血だまりが廊下に流れていて、足の爪先でそれを踏みつける。 生臭い鉄の臭いに、頭がクラクラする。
時々「うっぷ」と吐きそうになりながら、なんとかリンゴを探し続ける。
『ねえ優太郎くん』
「なんだ?直樹」
『誰かのかじったリンゴじゃ、たぶん点数は入らない……よね?』
「……うーん、そうだな。やってみなきゃわかんねえけど、たぶん無理だと思う。確か天使も『リンゴは一人1個』って言ってたし」
『そう、だよね。誰もかじってないやつを探さなきゃ』
「ああ」
俺はお腹の中に溜まった重苦しい息を、ふうと細く吐いた。
(……本当に何が起きてるんだ?よい子テストだなんて、俺は今までに聞いたことがない。でも先生も警察も、みんなよい子テストをもともと知っている風な言い方だった)
大人の間では、これが常識なのか?互いに了解し合ってるものなのか?
ピンポンパンポン
『制限時間、残り15分。リンゴは、残り14個です』
(くそっ!いよいよもう後がない。どうにかしてリンゴを見つけないと……)
バクバクと心臓が鳴るのを必死に抑えながら、俺はリンゴを探し続けた。
『あった!リンゴだ!』
そう叫んだのは、海斗だった。俺はすぐに「あったのか!?」と彼へ言葉を投げかけた。
『ああ!体育倉庫の、跳び箱の中に隠れてやがった!』
「よかった!じゃあ、すぐにかじれよ!それでお前も生き残れる!」
『あ、ああ!』
そうして、リンゴをシャクっと齧る音が聞こえてきた。
(よし!これで海斗は救われた!)
俺は強張っていた身体の力が、すーっと抜けていくのを感じた。
『海斗くん!もうそこから一歩も動かないでね!テストが終わるまでは、そこでじっとして、何も話さない方がいい!』
『ああ、分かってる!もう減点はされたくねえからな!』
これでひとまずは安心だ。後は、俺も直樹もリンゴを見つけられたら、万々歳でテストを終えられる。
(確か天使は……このテストは3月31日まであるとか言っていた。この期間まで点数が0にならないようにするには、ここで少しでも点数をあげておくべきだ……!)
俺は抜けた気合いをもう一度取り戻すため、自分の頬を両手でパーンと叩いた。
(よし、探すぞ!)
そうして俺はまた、草の根を掻き分ける勢いで、リンゴを探していた。いろんな学年の教室の中に入って、ロッカーの中や教卓の中など、くまなく見て回った。
ピンポンパンポン
『制限時間、残り3分。リンゴは、残り2個です』
長い時間が経ち、校内にそのアナウンスがされたのと同時刻。
「やった!ついに見つけたぞ!」
俺はようやくリンゴを発見していた。そこは、二年B組の教室にある掃除用具入れの中だった。
(よし!これで俺もクリアに……)
そう思って、口を開けてリンゴをかじろうとしたその時。
「ねえ!お願いだから助けてよ!」
廊下の方から、懇願するような絶叫が聞こえてきた。俺はつい気になって、廊下へと出てみた。
廊下には、一人の女子生徒が床に座り込み、友だちらしき女子生徒のスカートを掴んでいた。 友だちらしきその女子生徒の手には、リンゴがあった。
「私!もう1点しかないのよ!クリアできなかったら死ぬのよ!?私が死んでもいいの!?」
床に座っている女子生徒は、喉が枯れるほどにそう叫んでいた。
待てよ、あの女子生徒、どこかで見たことあるような……?
──私が読者モデルやってるの、知ってるでしょ?写りの悪い写真投稿して人気落ちたら、どう責任取ってくれるのよ?
「あ……」
そうだ、思い出した。あいつ、同じクラスの谷口 さやかだ。
今日の朝も、友だちに対して横柄な態度取ってた、あの意地悪な谷口だ。
「ねえ!あなた友だちでしょう!?だったら、あなたには私を助ける義務があるわ!さっさと私のこと助けなさいよ!」
「……………………」
「そのリンゴ、寄越しなさいよ!あなたはまだ2点あって、点数に余裕あるじゃない!私の方を優先すべきよ!分かるわよね!?」
谷口はこんな局面になっても、相変わらず横柄な態度だった。いや、こんな局面だからこそ、いつもの本性が出るのだろう。
「……友だち?友だちだって?」
リンゴを持っている女子生徒は、眉をしかめてそう言っていた。 そして、パシンッ!と谷口の手を払うと、彼女ははっきりとした口調でこう言った。
「あなたを友だちなんて、思ったことないから」
「な、なんですって!?」
谷口は目を大きく見開いて、そう叫んだ。
「いつもいつも、私たちをバカにして……。ほんと、心底ムカついて仕方なかった」
「な、何よ……!ちょっとした冗談じゃないの!」
「冗談?あれを冗談だと思ってるなら、いよいよあなたのことなんて友だちと思いたくない」
「な……!」
「あなたみたいな『悪い子』が、よく今まで生き残ってたね。でも、もうそれもここで終わり」
女子生徒は心底冷たい眼差しを、谷口へと送った。
「さようなら、さやかちゃん」
そうして、彼女はリンゴを持ったまま、廊下の奥へと走り去ってしまった。
谷口はすっかり腰が抜けてしまってるみたいで、廊下にへたりこんだまま、遠ざかっていく彼女の背中を凝視するばかりだった。
「や、止めてよ……」
谷口の声が、弱々しく掠れていた。
「止めてよ、嘘でしょ……?お、お願いよ、戻ってきてよ。今までのこと謝るから。ねえ、お願いよ。もうバカにしたりしないから。ねえ、ねえ、ねえ!」
そうして谷口は、思い切り泣きくじゃりながら、「戻ってきてよーーーー!」と絶叫した。
「うわああああああ!!!ああああああああああ!!」
「……………………」
周りの目も気にせず、子どものように泣き叫ぶ彼女の背中を、俺は黙って見つめていた。
その姿は、俺が登校前に助けようとした、迷子の女の子の姿にそっくりだった。
ピンポンパンポン
『制限時間、残り30秒。リンゴは、残り1個です』
……残り1個。
つまり、今俺が持ってるこのリンゴが、最後の1個ってわけか。
「……………………」
正直言って、谷口がこんな目に遭ってるのは、自業自得だと思う。
彼女の態度は、間違いなく悪かった。あんなの、敵意を持たれて当然の行いだ。 身から出た錆……。
ここで彼女が死ぬのは、もう避けようのない運命だ。悪いことばっかりする谷口がいけないんだ。
そう思いながら、俺は彼女に背を向けて、リンゴをかじろうとした。
「うう……ううう……」
だが、背中越しに、谷口のすすり泣く声が耳に届く。それを聞いていると、胸がズキズキと痛んで、開いた口がまた閉じてしまう。
「……い、嫌よ。お願い……」
「……………………」
「死にたくない、死にたくない……」
「……………………」
「ううう、やだ、怖い……怖い……。助けて、助けてよ……ママ……」
「……………………」
俺は、目をぎゅっと閉じた。そして、思い切り歯を食い縛った。
ピンポンパンポン
『制限時間、残り20秒。リンゴは、残り1個です』
「……谷口!」
意を決した俺はくるりと振り返り、彼女の名前を呼んだ。俺がいることに気がついていなかった彼女は、びくっと肩を震わせて、俺の方へ目を向けた。
「これ、やる!」
俺はすっと腕を伸ばして、リンゴを彼女の前に差し出した。
「え……?」
「早く!もう時間がないぞ!」
「な、なんでくれるのよ……?」
「俺はまだ点数に余裕がある!だから……だから仕方なくだ!」
「……………………」
「はっきり言うぞ!ほんとはお前なんかにあげたくない!でも……目の前で死なれるのも後味が悪いんだよ!さあ早く!受け取れってば!」
「……………………」
ピンポンパンポン
『制限時間、残り10秒、9秒、8秒』
くそっ!カウントダウンが始まった!
「谷口!早く!早く受けとれって!!」
「……………………」
俺からそう促されて、彼女はリンゴを手に取った。震える口で、たとだとしくリンゴをかじった。
そうしたら、彼女の頭上にある点数が1点追加されて、合計2点となった。
「よし!これでお前はクリアだ!谷口!そのリンゴをまた俺へ渡してくれ!」
「え?」
「いいから早く!」
谷口は困惑しながらも、俺へとまたリンゴを返した。俺は直ぐ様そのリンゴにかじりつき、パッと自分の頭上の点数を確認した。
だが、加点はされていなかった。点数は3点のまま、動いていなかった。
(くそ……!やっぱり誰かが最初にかじったリンゴじゃ、加点はされないよな……!)
望み薄だと分かっていながらも試してみたが……やはりダメだったようだ。
仕方ない、もう今回は……やるだけのことはやった。大丈夫、減点されるのは1点だけだ。ここで死ぬわけじゃない。大丈夫、きっと大丈夫だ……。
『5秒、4秒』
俺は何度も深呼吸をして、目を瞑った。目蓋の裏に、今まで死んでいった人たちの姿が浮かんで、思わず拳を握り締めた。
『3秒』
『2秒』
『1秒』
キーンコーンカーコーン
校内全体に、チャイムが鳴り響いた。そして、それと同時に天使のアナウンスが流れ始めた。
『みなさま、お疲れ様でした。これにて、第1回実力テストを終了します』
「……ねえ、ちょっと」
谷口から声をかけられて、俺はまた目を開けた。彼女は俺の頭上を指さして、「なんでそんな点数なの?」と告げた。
どういうことか意図が分からなかった俺は、ふっと顔をあげた。
「……え?」
俺は思わず、声を出してしまった。てっきり俺は、テストをクリアできなかったから、3引く1の2点……。その点数になると思っていた。
だが、実際に頭上に浮かんでいる数字は、『8』だった。
「は、8点……?なんだ?5点も加点されてるぞ?」
その疑問へ回答するかのように、天使のアナウンスがまた流れた。
『第1実力テストの結果を発表します。死亡者、57名。クリア未達成、331名』
「………………」
『そして、ノーマルクリア、89名。トゥルークリア、23名』
「……?ノーマルクリア?トゥルークリア?一体、なんの話だ?」
俺が疑問に思ったその瞬間に、天使が答えを示した。
『ノーマルクリアの条件は、制限時間内にリンゴをかじること。トゥルークリアの条件は、自分が見つけたリンゴを、他人へ譲渡することです』
「!」
『ノーマルクリアの者には、+1点。トゥルークリアの者には、+5点の得点が加えられます』
そこまでの説明をしたら、天使はまた『お疲れ様でした』と言って、アナウンスを終了させた。
なるほど、俺は知らず知らずの内に、トゥルークリアの方を達成していたのか。だから点数が8点に……。
「……………………」
点数が増えて嬉しい、と思うのはほんの一瞬だった。そのすぐ後に、堪えきれないほどの怒りが込み上げてきた。
(……まさか、意図的に伏せられてたのか?トゥルークリアの条件は)
あの天使の連中は、この極限の中で善い行いができるかどうかを測ってやがる。
だからノーマルクリアの方だけが事前に知らされていて、トゥルークリアの方は伏せられていたんだ。リンゴをあげても点数が貰えることを知っていたら、みんなそっちに流れるからだ。
(……クソ野郎)
俺は心の中で、天使に向かって毒づいた。口に出したら減点される可能性があるから、心の中でしかそう言えなかった。
(お疲れ様でしただと?ふざけやがって。この一回のテストだけで、一体何人死んだと思ってるんだ……)
目の前にある景色が、じんわりと滲んでいく。 俺は拳を、力いっぱい握り締めた。爪が手の平に突き刺さり、じくじくと皮膚を痛めた。
俺が怒っている一番の理由は、人をたくさん殺したからじゃない。人の心を試すようなことをして、生き死にを弄んでやがるところだ。
なにがよい子テストだ!ばか野郎!
(クソ、クソ、クソ!見てろよ天使ども!)
──何がなんでも、絶対生き残ってやる。
俺は眼から溢れる涙を拭いて、顔を上げた。
これが、生き死にを懸けた地獄のテスト……その第一回実力テストの結末だった。