よい子テスト~悪い子は死んでください~ 作:崖の上のジェントルメン
「優太郎!」
「優太郎くん!」
俺は教室で、別れていた海斗、直樹と合流した。
海斗は2点、直樹は4点となっていた。
「よかった、二人とも……無事だな」
俺たちはそれぞれに握手を交わして、肩で抱き合った。
「直樹、4点ってことは、リンゴを見つけられたんだな」
「うん、なんとかね。あれ?優太郎くんは8点になってるね?」
直樹に突っ込まれて、俺は頭上の点数を見上げた。
「トゥルークリア……だとさ。それで5点追加された」
「す、凄い!じゃあ、誰かにリンゴをあげたってこと!?」
直樹の言葉に俺は歯切れ悪く「……まあな」と答えた。
「誰なんだよ、それ?」
「………………」
海斗からの質問を受けて、俺は黙って谷口の方へ視線を向けた。
それにつられて、海斗と直樹も谷口の方へ目をやった。
谷口は、ひどくやつれていた。
いつもはあんなに高飛車で、ふんぞり返っているような女なのに、今は弱々しく背中を丸めて、なにも言わずに放心していた。
「……その、なんだ。いろいろあったんだよ」
俺がそう言うと、海斗は「そうか」とだけ答えた。
ふと気がつくと、他のクラスメイトたちも教室に戻っていた。
そいつらもみな、俺の方を見て「あいつ8点だぞ」「藤山くん、トゥルークリアなの?」と、ひそひそ話す声が聞こえた。
「………………」
帰ってきてないクラスメイトが、三人いる。
もしかしたら、そいつらはもう……。
(……ちくしょう)
抉れるように胸が痛むのを抱えて、俺は拳を握り締めた。
『みなさま、お疲れ様でした』
天使が、教室の中に入ってきた。
そいつはまたもや教卓の前に立ち、俺たち生徒を見渡していた。
「「………………」」
みんな、強張った顔をしていた。
この天使に対しての怒りや恐怖が、みんな胸の中に渦巻いている。それが肌で感じられるくらいに、空気がひりついていた。
『これにて、第一回実力テストは終了です。第二回は、10月21日の水曜日に実施しますので、よろしくお願いいたします』
「「………………」」
『それではこれより、日間テストを始めます』
「に、日間テスト?」
俺の言葉に、天使は「はい」と答えた。
『日間テストでは、日常のあなた方をテストします』
「………………」
『日頃のあなた方の行いが、よい子かどうか、それを測るのです』
「……それで減点されて、0点になると?」
『当然、“処分”します』
「………………」
『そして、定期的に今日のような実力テストも実施いたします。これらを含めて、3月31日の午前9時まで行います。これが、よい子テストの大まかな流れです』
「あ、あの!」
直樹が右手を上げて、天使に質問を投げた。
「このよい子テストは……悪いことをすると減点されるんですよね?」
『ええ、そうです』
「そ、その悪いことが何か、教えてくれませんか?減点対象一覧とか、そういうのをもらえませんか?」
『残念ですが、それはできません』
「え?」
『何がよいことで、何が悪いことか。それはご自身で判断をお願いします』
「………………」
直樹は何か言いたげだったが、ぐっと口を噛み締めて、それ以上は何も言わなかった。
「……ふ、ふふ」
その時、込み上げるような笑い声が聞こえた。
最初、誰が笑っているのか分からなかった。だがその声が次第に大きくなるにつれて、その声の主が……山口くんだということに気がついた。
「ふふふ、ふふ、ふふっ」
山口くんは口に手をあてて、肩を震わせ、必死に笑いを堪えていた。
「お、おい山口、どうしたんだ?」
隣にいたクラスメイトの男の子に声をかけられた途端、山口くんは堰を切ったように高らかと笑った。
「あははははははははっ!!ははっ!!ははははははは!!ははははははっ!!」
「や、山口くん……?」
困惑する俺たちに向かって、彼は「夢が叶ったんだ!」と叫んだ。
「早く!早くこうなって欲しかった!」
「!」
「ずっとずっと、思ってたんだ!悪いやつがなんでのうのうと生きて、いい人間が苦しまなきゃならないんだって!」
「………………」
「ああ!やったやった!やっと和田が死んでくれた!!あいつらやっと死んでくれたんだ!!」
「………………」
山口くんのテンションが上がるにつれて、周りの俺たちはどんどんと沈んでいった。
彼の気持ちは、正直痛いほどよく分かる。俺も実際にそんなことを望んでいたし、いじめられていた彼からしたら、あんな風に喜ぶのも仕方ない。
だけど俺は、今はとても彼のように喜べなかった。鼻の奥にこびりついた死臭が、それを許さなかった。
「死んだ!死んだ!和田たちが死んだ!ざまあみろバーカ!」
彼の言葉は、次第に激しさを増していった。隣にいる男の子も、「お、おい山口、それくらいにしとけ」とたしなめるほどだった。
「いい人間だけが生きればいいんだ!悪いやつなんか死ねばいいんだ!ははは!死ね!死ね!みんな死ねーーーー!」
と、そう言った瞬間に。
ぱあああああんっ!!!
山口くんの頭が、破裂した。
「うわあっ!?」
「きゃーーーーーー!!」
クラスメイトたちの悲鳴があがった。
今日、何度も同じように死ぬ人間を見てきた。だが、一度だって慣れる気がしない。
心臓は未だにバクバクと激しく動く。冷や汗も止まらない。
(そうだ、俺たちはずっと採点されている。絶対に気を抜けない……)
俺はごくりと生唾を飲んで、拳を握り締めた。
『それではみなさん、今後ともよろしくお願いいたします』
そうして、天使は淡々と言葉を告げて、教室から出ていった。
それと入れ替わるようにして、先生が教室へ戻ってきた。
「よーし、それじゃあ授業始めるぞ~。席に着け~」
そして、まるで何事もなかったかのように、先生は授業を始めた。
血まみれになった教室は、まるで悪い夢のようだった。
……山口くんの死体を掃除した後、俺たちは本当にいつも通り授業を受けた。
これが逆に恐ろしかった。さっきまでのことは本当に現実だったのか、それが曖昧になってくる。
でも、俺たちの頭上に見える点数が、現実が何かを突きつけてくる。
普段は気の抜けた授業も、みんな食い入るように真剣に聞いている。寝てる人なんか一人もいない。
「それじゃ、この問題分かる人~」
「は、はい!私分かります!」
「お、俺も分かります!」
先生から問題が出題されると、みんな我先にと手を上げる。必死になってよい子であることをアピールしているんだ。
「おお、凄いな。今日はみんなやる気があるなあ~」
先生だけが、取り残されたように呑気だった。「お前ら内申点欲しいんだろ?」と、笑いづらい冗談を投げたりしてきた。
いつもは平和なはずの教室が、押し潰されそうなほど重苦しい空気を孕んでいた。
キーンコーンカーンコーン
四時限目までを終えて、お昼休みとなった。
「海斗、直樹、弁当食おうぜ」
「ああ」
「うん」
俺たちもクラスメイトたちも、みんなそれぞれ仲のいい人たちと集まり、机をくっつけてお弁当を食べ始めた。
「………………」
「………………」
「………………」
でも、誰もなにも喋らなかった。いつもならあちこちから談笑する声が響いているのに、今は水をうったように静かだった。
それもそうか、下手なことを喋って減点されたら、目もあてられないものな。
(……はあ)
弁当の味がしなかった。味の濃いミートボールさえ、粘土細工を食べているような感覚だった。
食欲なんてほとんどなかったが、食事を残すと減点されるかもと思い、無理やり口の中に詰めていた。
「けほっ、けほっ」
どこかの誰かが、静かに咳き込んだ。
その乾いた咳が、教室の中に小さく木霊していた。
……そうして、息の詰まるような長い1日を、俺たちは必死になって終えていった。
キーンコーンカーンコーン
「よし、じゃあ今日の授業はここまで」
最後の授業が終わった時、俺は堪らず息を吐いた。
は、早く帰りたい……。帰って早く寝たい……。
「………………」
周りを見ると、みんな俺と同じように疲れていた。目をごしごしと擦る者もいれば、ぼーっと虚空を見る者もいた。
ひとまず、帰りのホームルームまでは時間があるので、俺は一旦トイレへ行くことにした。
用を足す時も、なるべく便器を汚さないように注意した。便器を汚すことが「悪いこと」に分類されたらどうしよう……?そんな馬鹿げた考えすら、今の俺には笑えなかった。
ジャーーーー
そして、用を終えて手を洗い、トイレから出たところだった。
「!」
その時俺は、あの谷口 さやかが女子トイレの前に立っているのを見つけた。
彼女の前には、かつての友人たちがいた。リンゴのテストの時に、「友だちなんて思ってない」と言ってた人たちだった。
「あ、ね、ねえ……」
谷口はその人たちへ声をかけるが、かつての友人たちは何も反応することなく、谷口の脇を通り過ぎていった。
「ねえ、なんで谷口さん、生き残ってるの?」
「しっ、あんまり言わない方がいいって。減点されるよ」
遠ざかっていく友人たちの小さな会話が、谷口と俺の耳に届いていた。
「私、私は……」
谷口は、彼女たちの背中へ手を伸ばしたが、それは宙を掴むばかりだった。
そして、今にも泣きそうな顔で、うつむいてしまった。
「………………」
何も言えなかった。
正直言って、これに関しては谷口の自業自得だ。日頃からの態度のツケが廻ってきただけだ。
しかし、あまりにも落ち込んでいる彼女を見ていると、そういう正論を告げるのも酷な気がしてならなかった。
「………………」
その時、俺は彼女と目があった。
でも、特にお互いに、何も言わなかった。
妙な緊張感と、気まずい空気が流れるばかりだった。
「……よっ」
俺はちょっと挨拶程度にそう声をかけて、くるっと背中を向けて、教室に向かおうとした。
「ま、待って……よ」
背後から、谷口が声をかけてきた。
俺はその場で立ち止まり、顔だけ後ろに向けて「なんだ?」と訊いた。
「………………」
谷口はうつむきながら、下唇を軽く噛んでいた。何か言いたげだったが、言葉にならないようだった。
「なんだよ?谷口」
俺は身体ごと振り向いて、彼女と向き合った。
「……あ、あなた」
谷口はようやく、たどたどしくも喋り始めた。
「あなた、私のこと、好きなの?」
「は?」
「わ、私のこと、好きだから……助け、たの?」
「………………」
正直、「んなわけあるか」と口にしそうになった。
でも、そういう乱暴な言葉も減点されるかもと考えて、喉の奥に引っ込めた。
つーか、お前なんかにリンゴあげたくないって言っただろ俺。それで気がつけよ普通。
「……好きとか嫌いとか、そういうのじゃない」
俺はなるべく気持ちを落ち着かせてから、彼女へ自分の気持ちを語った。
「目の前で人が死ぬのが嫌だっただけだ。お前のことを特別に感じてるわけじゃない。あの場にいたのが違う人だったとしても、俺は同じことをした」
「………………」
「そら、早く行こうぜ。ホームルームに遅刻したら、また減点されるかもしれないぞ」
そうして彼女に促してから、俺はまた前を向こうとした、その時だった。
「あ、あなた、名前は?」
「なに?」
「な、名前。なんて言うのよ?」
「………………」
クラスメイトの名前くらい覚えておいてくれよと、頭の中でそう毒づきながら、「藤山 優太郎」と答えた。
「ふ、藤山ね。分かった、覚えたわ」
「………………」
「あ、あの、藤山。これをあげる」
彼女はそう言って、スカートのポケットから、1万円札を取り出した。
「?なんだこのお金?」
「な、なにって、その……。リンゴ代よ」
「リンゴ代?」
「………………」
「はあ……。なあ谷口、俺は別に見返りが欲しくてやったわけじゃない。だから、この金もいらない」
「で、でも」
「いいって。俺は……」
「………………」
彼女は、怯えたような眼差しで俺を見つめていた。
こうして見ると、こいつもただの……一人の女子高生なんだよな。
高飛車で厚かましいやつだけど、同じ人間であることに、変わりはない。
「俺は……お前が生きてたらそれでいいんだ」
「………………」
「ほら、もう行こう。そろそろ行かないとまずいぞ」
そうして俺は、小走りで教室に戻っていった。
窓から差し込む光が、廊下の床を照らしていた。