よい子テスト~悪い子は死んでください~ 作:崖の上のジェントルメン
……夜の七時頃。俺は家の食卓で、家族と夕飯を食べていた。
『いやどういうことやねーん!』
「ははははっ」
「最近この芸人さん、よく見かけるわねえ」
父さんと母さんは、テレビを観ながら笑っていた。
妹の明梨(あかり)は、スマホをいじりながらハンバーグを食べていた。
「………………」
やっぱりここも、普通の日常だった。
ニュースには一度たりとも、よい子テストのことは出ない。俺の頭上に8点の数字が浮かんでいることも、誰も気にとめない。
「……ねえ、母さん」
「うん?どうしたの?」
「今日……よい子テストがあったよ」
「ああ、そうだったわね。どうだった?」
「……何人も、友達が死んだよ」
「あら、残念ねえ。優太郎はよく頑張ったわね」
母さんはにっこりと、まるで俺がテストでいい点数を取ってきたかのような表情で俺を褒めた。
俺は結局、それ以上は何も言わなかった。
いつもの日常のはずなのに、どこか嘘臭くて、俺一人が取り残されたような感覚だった。
……翌日。
俺は重たい足を引きずりながら、学校へとやって来た。
正直言って、サボりたかった。生き死にのかかったテストが開催されている学校に、誰が好き好んで行きたがるだろう。
だが、仮病を使うと減点される可能性があったため、致し方なくやって来たのだ。
もう、昨日からこればっかりだ。
何を考えるにしても、「減点されたらどうしよう」「減点されないようにしなきゃ」と、そればかりが頭に浮かぶ。
まだ1日と経っていないのに、俺はもう頭も身体もくたびれて仕方なかった。
「……おはよう~」
クラスメイトたちに挨拶をすると、みんなも「おはよう」と返してくれた。
でも、やっぱりみんな、どこか顔が暗かった。なかなか寝付けなかった者もいるようで、目の下にクマができている人もいた。
「よお、優太郎」
「優太郎くん、おはよう」
俺が席に着くと、海斗と直樹が来てくれた。
「今日もまた、1日が始まったな」
海斗がそう言うと、俺はため息混じりに「だな」と答えた。
「なんかマジで、ずっとしんどいよな。心が擦り切れるっつーか、張り詰めるっつーか……」
「僕もだよ海斗くん。家族の誰に話しても、よい子テスト頑張ってねって言われるばっかりで、なんだか凄く……孤独だったよ」
「お前んとこもか。やっぱりなんか、あの天使たちが記憶を操作したりしてんだろーな」
「そうかもね。大人の力を借りられないのは、僕らとしても心細いよ……」
「「………………」」
俺たちは三人とも無言になって、静かにため息をついた。
「……いや、止めとこう。ネガティブな気持ちばかりじゃしんどくなる一方だ」
俺は両手でごしごしと顔を擦った後に、直樹と海斗に向かってこう言った。
「なあ二人とも、仲間を増やさないか?」
「仲間?」
「これから先、どんなテストをされるかわからない。なら、仲間が多い方が絶対に有利だ」
「確かに、それは言えてるな。仲間が多けりゃ、情報収集も早くなる」
「それに味方が多いと、心細くないもんね。一人じゃないって思えるし」
「ああ」
俺たち三人は顔を見合わせて、こくりと頷いた。
「ひとまず、このクラスのみんなを仲間にしよう。三人でクラスをまとめるんだ」
俺は席を立ち、二人とともに教卓の前へ行った。そして、クラスメイトたちに声をかけた。
「なあみんな!ちょっと聞いてくれないか!?」
疲れ切った顔をしたみんなは、どんよりとした表情を俺たちへ向けてきた。
「よい子テストは、3月31日まである。この半年のテストを乗り切るには、仲間が必要だ」
「仲間?」
クラスメイトからの問いかけに、俺は「ああ」と言って頷いた。
「俺たちはみんな、よい子かどうか採点されている。その間、大人たちには協力してもらえない。だからこそ、当事者たちで団結する必要があるんだ」
「「………………」」
「俺は昨日の実力テストでトゥルークリアを達成した。でも、それはたまたま運がよかっただけだ。だがもし、テストの構造にいち早く気づける人がいたら、それを共有して、みんなでトゥルークリアを達成できるかも知れない。そうしたら、誰も死なずに済む」
クラスメイトたちは、みんな互いに顔を見合わせて、ざわつき始めた。
そんな彼らへ、今度は直樹が言葉を投げた。
「僕たちが一番怖いのは、どんなことが減点対象で、何点引かれるかわからないところだ」
「「………………」」
「でも、みんなでそれぞれ減点対象を共有しあえば、心強くないかな?」
直樹の説明に、何人かのクラスメイトは「確かに」と納得する素振りを見せた。
そして今度は、海斗がクラスメイトたちへ語った。
「ぶっちゃけな、一人でこのテストを攻略できるわけねえんだよ。俺も昨日のテストは、残り1点まで追い詰められた。だが、ここの二人のお陰で助かったんだよ」
「「………………」」
「敵同士になるよりか、仲間になって助け合う方が絶対いい。そうじゃねえか?」
クラスメイトたちの大半は、俺たちの意見に同意するように、深く相づちをうっていた。
しかし、まだ疑心暗鬼の人たちもいた。彼らは顔をしかめて、怯えながら俺たちを見つめていた。
「……本当に、そんな簡単にいくの?」
その疑心暗鬼の中の一人が、手を上げてそう告げた。それは、中川さんという女の子だった。
彼女は不安そうな瞳を、ありのまま俺たちへぶつけてきた。
「私……昨日のテストで、彼氏に……有吉くんに裏切られたの」
「………………」
「一緒にリンゴを探して、二人で生き残ろうって話してたのに、私がリンゴを見つけたら、それを無理矢理奪ってきて……」
「………………」
「それで、たぶんそれが原因で減点されて、有吉くんは……」
彼女は、声を震わせながら泣いた。
近くにいた女の子が、彼女の背中を擦った。
クラスメイトみんなが、何も言えなかった。中川さんと有吉くんは、おしどりカップルで有名だったから。
彼がいなくなったことよりも、彼が豹変してしまったことが、彼女は何より悲しいかも知れない。
「………………」
つくづく、嫌なテストだ。
こんな極限まで追い詰められたら、どんな人でも変わってしまう。そんなもので、優しさを測れるわけがない。
(くそったれめ……!)
口に出せない言葉を、俺は胸の中で反響させていた。
「……なあ、みんな」
俺は絞り出すようにして、もう一度みんなに言った。
「確かに、中川さんの言うとおりだと思う。そんな簡単にはいかない」
「「………………」」
「この極限状態だ、誰がどんなことをしても不思議じゃない。もちろん俺だって、みんなのことを裏切るかも知れないし、俺がみんなから裏切られるかも知れない」
「「………………」」
「でも……でも、さ」
俺はクラスメイト一人一人の顔を見つめながら、こう告げた。
「だからこそ俺は、みんなを信じたいんだ」
「「………………」」
「俺、悔しいんだよ。こんな凄惨なテストでよい子かどうか判断させられて……。何人も友達が死んで……」
「「………………」」
「だから俺は、このテストを否定するために、絶対最後まで良心を保ってやろうと思った。絶対に生き延びてやろうと思ったんだ」
「「………………」」
「こんな状況で、人を信じられなくなる気持ちは本当によく分かる。だから、俺のことを疑ってくれても構わない。でも、それでずっと疑心暗鬼になってたら、それこそ永遠に殺し合い続けることになる。こんな状況だからこそ……協力し合うことが必要なんじゃないかって、俺はそう思うんだ」
「「………………」」
クラスは、しーんと静まり返っていた。
各々が各々で、いろいろと思うことがあるのだろう。誰が何を思っているのかはわからないが、それでも俺がみんなへ問いかけたことは、無駄じゃなかったように思う。
キーンコーンカーンコーン
教室内に、チャイムが響き渡った。
「よーし、じゃあホームルーム始めるぞー」
先生が教室へ入ってきたので、俺たち三人はまた自分の席へと戻っていった。
「……クラスをまとめるのって、難しいな」
俺はそう言って、ため息をついた。
夕方の16時頃、俺と海斗、直樹の三人は、学校の近所にある公園へ来ていた。
俺はブランコに腰かけて、そこでぼんやりと夕暮れを見ていた。
海斗は隣のブランコで立ち漕ぎをしており、「しかたねーよ、あんな経験したんじゃ」と呟いた。
直樹は俺たち二人の間に立って、海斗の言葉に「そうだね」と返した。
「一朝一夕でクラスがまとまるわけもない。今はとにかく、僕たち三人が協力し合うことを考えよう」
「………………」
「そして、少しずつクラスメイトたちを仲間にしていけばいい。焦っても仕方ないんじゃないかな?」
「……そう、だな」
直樹の冷静な言葉に、俺は首を縦に振った。
二回目の実力テストは、明後日の木曜日にある。それまでに、ある程度はみんなと協力できるようにしたかったんだが……。
「とりあえず、僕は減点対象の一覧を作ってみるよ」
直樹はそう言って、ポケットからスマホを取り出した。
「Wordで、その一覧を作る。そしてそれを、LINEグループに共有するよ」
「なるほど、それはいいな」
「まずは……何が減点されたか、みんな覚えてる?」
直樹がそう言うと、海斗がブランコから降りて、「俺が2点減点されたのがあったよな?」と答えた。
「悪口とスマホを叩きつけたやつ。あれがたぶん、それぞれ1点ずつなんじゃねーか?」
「なるほど、悪口が1点で、スマホを叩きつけたは……器物破損?それとも感情的になったから?」
「どっちかはわかんねーが、一応どっちとも減点されるもんと思ってた方がいいかもな」
「そうだね」
そうして、俺たち三人はそれぞれに意見を出しあって、その一覧を作っていった。
「学校から出て殺されたやつもいたよな?あれは確か、4点のやつだったはずだ」
俺がそう言うと、直樹は顔をしかめて「そうだったね」と返した。
「学校を出たら4点の減点……か。恐ろしい得点だね」
「いや、もしかすると、それ以上かも知れない」
「え?どうして優太郎くん?」
「俺たちは、点数が0になったら死ぬだろ?ってことは、学校の外に出たやつも、4点以上減点の可能性がある」
「なるほど……」
「下手すると、5点や6点の減点……最悪の場合、全部の点数を持ってかれる即死減点かも知れない。だから、まだ4点ぴったりだと確定しない方がいい」
「確かに、じゃあ『4点以上減点』って書いとくね」
「ああ」
「よし、それじゃあ……他に対象はあるかな?」
直樹が俺と海斗にそう問いかけた、その時だった。
「……人を殴ると、2点減点」
「え?」
俺たちじゃない声が、どこかからか発せられた。
それは、女の子の声だった。
俺たちが顔を上げると、そこには谷口がいた。
「た、谷口、お前いつの間に……」
「………………」
谷口の胸には、スマホが握られていた。
そして、おずおずと俺のことを見つめていた。
「「………………」」
俺たち三人は一度目配せした後、彼女へ尋ねた。
「入るか?俺らのLINEグループ」
「………………」
彼女は少しだけ、こくりと頷いた。
「わかった、じゃあこっち来いよ」
俺が手招きすると、彼女はゆっくりと近づいてきた。
そして、俺たちのLINEグループの中に、谷口 さやかの連絡先が追加された。
「……んで、谷口よ。さっき人を殴ったら2点減点って言ってたが、それは何かで見たのか?」
「……私が」
「え?」
「私が、それで減点されたから……」
「………………」
そうだ、そう言えばこいつ、俺が助けようとした時には残り1点だったんだ。
こいつが減点されてたのは、そういうわけか。
「わかった、教えてくれてありがとよ」
俺がそう言うと、谷口は少し驚いた顔をして、目を伏せた。
(……ひとまず、やれることをやろう)
考えられるだけのことを考えて、絶対に生き延びてやる。
あんなテストに、負けてたまるか。